とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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全然知らないうちに、君のコト

 

 

 

 

「痛ッ……」

 

「大丈夫?きぬはた」

 

「思ったより傷は深いですけど、超大丈夫です。あの病院にかかればあっという間に超治ります」

 

 

 

スナイパーを始末する仕事をやり終えた絹旗、七惟、滝壺の三人は帰路についていた。

 

既に辺りは暗闇に包まれており、廃墟となったビルから出る頃には秋口ということもあって肌寒かった。

 

 

 

「とりあえず応急処置はしてますから問題はありません、さっさと帰りましょう」

 

 

 

痛む傷口を抑えながら、彼女は黙々と歩く。

 

仕事はやり終えた、しかしまるで終わったようなすっきりとした感覚はない。

 

むしろ仕事を始める前よりも、自分の中に溜まっているストレスは増えたような気がする。

 

身体の中をストレスが渦を巻いて覆い尽くして、おかしくなりそうだ。

 

 

 

「なーない」

 

「……組織の連中に電話して車を寄越して貰うか」

 

「そんなことは超不要です、下の人達に軟弱だとは思われたくないですしね」

 

「強がってる余裕はあんのかよ」

 

「はい、それは超あります。少なくとも七惟に心配されなくても超大丈夫ですよ」

 

「……」

 

やはり苛立ちの原因はこの男、というかこの男以外有り得ない。

 

今も一緒に居るだけで苛々してくる、いや一緒に居るのはいいのだが七惟の刺々しい口調に過剰に反応してしまうのだ。

 

七惟と喋りたかった、仲良くしたかった、それなのにどうしてもそれが出来ない。

 

アイテムで唯一七惟と交友があると思っていたのに、その立場も今では既に滝壺理后という少女に奪われてしまっている。

 

昔のように七惟の隣で話しているのは自分ではない、喋っているのは不思議天然系の純粋な少女滝壺理后。

 

その事実に今度は苛立たしさではなく寂しさがこみ上げてくる。

 

 

 

「滝壺、お前のほうは怪我ねぇのか」

 

「うん、なーない達が頑張ってくれたから」

 

「ならいい」

 

 

 

ルービックキューブのようにごちゃごちゃで、バラバラになってしまった気持ちの整理が出来ない自分。

 

一つ一つのパーツを構成するのは当然七惟や滝壺のことが大半で、後のことは一握りも無いと言うのに……。

 

その七惟と滝壺は親しげに会話を重ねるばかりで、余計ごちゃごちゃになってしまった。

 

何処からおかしくなってしまったのだろう?何時から自分と七惟の関係は変わってしまったのだろう?

 

自分が変わった?七惟が変わった?

 

いや、自分は変わってないはずだ、絶対に。

 

ならばやはり表の世界での一年で七惟が変わってしまったのか。

 

七惟が表の世界で生活している時はあまり会う機会はなかったが、それでも月1回くらいは会っていた。

 

会った時は全然変わっていなかったし、きっと同じ方向を向いて進んでいるのだと思った、だから会話のキャッチボール…いやドッチボールだって成り立っていた。

 

だが、本当は違った。

 

七惟は成長はしていたが、自分と同じ方向を向いていなかった。

 

七惟の心と体は、暗部のやり方を耐えられない構造になってしまった。

 

昔の彼ならば無表情でやり過ごせたであろう所業も、目を血走らせて怒り散らすものとなる。

 

二人の距離は、自分が進むにつれて……二人が成長するにつれて、どんどん離れてしまったのだ。

 

決定的になってしまったのは大覇星祭直後だ、あの時に自分が間違いを犯さなければ……七惟をお見舞いに行った時にあんなことを考えなければ、今とは違った未来があったのかもしれ

 

ない。

 

 

 

「あ、むぎのから電話」

 

「あぁ」

 

「……」

 

 

 

街並木を抜け、地下鉄を目指す。

 

過ぎ去る景色もよく彼女の頭の中には入ってこなかった。

 

 

 

「うん、仕事は終わった……きぬはたが怪我してる。それで―――」

 

 

 

帰宅ラッシュの時間帯は過ぎ去っているのか、思いのほか駅周辺に人通りは少なかった。

 

しかし視界が狭くなってしまった絹旗は、人通りを避けきれず数人に体を当ててしまう。

 

 

 

「え……私だけ?二人はいいの?」

 

 

 

ぶつかって平謝りをする絹旗、その声にも力はない。

 

 

 

「分かった、それじゃまたあとで」

 

 

 

絹旗と七惟が電子カードに現金をチャージし終える頃には、滝壺と麦野の電話も終わっていた。

 

とてとてと駆けてくる滝壺が口を開く。

 

 

 

「今回のお仕事は私の口座に振り込まれるから、印鑑持ってこいだって。私はむぎのの居る学区に行くから、きぬはたとなーないは先に帰ってて」

 

「あぁ…分かった」

 

「超了解です」

 

 

 

そう言って滝壺は自分達とは真逆方向の改札口に向かって走って行く。

 

彼女は最後に振り返って七惟を一瞥すると、そのまま人ゴミの中へと消えて行き見えなくなった。

 

 

 

「帰んぞ絹旗」

 

「……言われるまでもないです」

 

 

 

しかめっ面をした絹旗と、口を真一文字に結んだ七惟は改札を通り、第七学区行きの電車に乗り込む。

 

揺れる電車の中で二人の会話は皆無、時間が時間だけにあって車両内は静まり返っており二人以外の人間は片手で数えられる程度の人数しか居なかった。

 

 

 

「超七惟」

 

「……何だ」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

喋り始めても、これ以上の会話は続かない。

 

聞こえてくるのは軋むレールの音と、車両内放送だけ。

 

そんな沈黙の空間が15分程続いただろうか、電車は第7学区の駅に止まり、二人は無言で降りる。

 

電子カードを通して改札を抜け、完全に日が沈んでしまった屋外へと出ると辺り一体は静まり帰っていた。

 

そこから見える音のない風景は一人落ち込んでいる自分の心のように静寂を保っている。

 

駐輪場からバイクを出そうとしている七惟をぼーっと見つめながら、自分の意識や、力、何もかもが小さくなっていくのを感じる。

 

 

 

「おい、絹旗」

 

 

 

バイクを路上まで運んできた七惟が口を開いた。

 

 

 

「……なんですか?」

 

「お前、どうして滝壺を人質に取った」

 

 

 

このタイミングで、それか……。

 

 

 

「……何時のことですか?」

 

 

 

しらばっくれてみる。

 

 

 

「あの時しかねぇだろ。廃墟になった研究所だ」

 

「あぁ……七惟に麦野がアイテムに入らないと滝壺さんの肢体をぶっ飛ばすって言った時ですか」

 

 

 

七惟が言っているのは第19学区防災センターでの出来事。

 

あの時絹旗達アイテムは、味方であるはずの滝壺理后を餌にし、七惟理無を引き入れようとしていた。

 

当時の絹旗自身は知る由もないが、あの時の七惟はフレンダが何処かで滝壺を捉えており、七惟が首を横に振ればすぐさま原子崩しで滝壺の手足を吹き飛ばすと思っていた。

 

その考え方はあながち間違っておらず、七惟の前に麦野、後ろに絹旗で逃げ道をふさぎ込み、崩れたコンクリート壁の影にフレンダと滝壺は居た。

 

そこであのカウントダウン、0になった瞬間フレンダが出てきて滝壺の手足に銃口を向ける。

 

しかし七惟の考えと違うのは、実際そこまで芝居であり、アイテムは滝壺理后の肢体を潰すつもりなどなかった。

 

滝壺の身体を利用するのではなく、二人の関係を利用したのだ。

 

しかし表の世界で1年間近く生活してきた七惟はそれを本気だと捉えてしまい、絹旗に対して憎悪の感情を向けてしまう。

 

結果出来あがったの今の自分と七惟の窮屈な関係という訳だ。

 

 

 

「別に大した意味はありません、七惟が考えてた通りだと思います」

 

「本当にそうなのかよ?」

 

「……七惟の考えと超違うのは、私と麦野とフレンダは本気で滝壺さんの手や足を切り落とそうとしていなかった、という点くらいですかね」

 

「……」

 

「あの時の七惟は超本気で私達がそんなことをすると思ってたみたいですけど、私達はそういう態度を取れば七惟がこちら側に入ってくれると分かっていたから、ああいう大げさな仕掛

 

けをしたんです」

 

 

 

まぁあそこまで激昂するのは超予想外でしたけどね、と言いそうになり口を瞑った。

 

それは予想外な出来ごとではなく、表の世界では当たり前のことなのだから言うのは野暮だろう。

 

 

 

「お前自身はあの作戦に賛同だったのかよ?腹の底から俺をアイテムに入れてスクールとドンパチやりてぇのか?」

 

「……何を馬鹿なことを。何処ぞの第3位と違って私はそんな超戦闘狂じゃありません」

 

「麦野の命令、か」

 

「それももちろんあります、でも本当は……」

 

「本当は……?」

 

 

 

息が、詰まった。

 

もう、言ってしまってもいいのかもしれない。

 

吐きださなければこの感情は、何時か爆発してしまう……。

 

 

 

「仲良くしたかっただけだったんです、七惟と」

 

「……は?」

 

「私だって好き好んであんな超馬鹿なことしませんよ。でもああする以上無かったんです、七惟をこっちに引き入れるにはそれが最善の策と麦野に提言したのは私なんですから」

 

「お前は俺の監視を命じられてんだから、弱点見抜いてこいくらい当たり前だしな」

 

「そうですけど、私にとって七惟がアイテムに入ってスクールとドンパチすることなんて全然興味がないんですよ」

 

「……」

 

「私はただ単に、七惟がアイテムに入るんだったら今まで以上に馬鹿話をしたり、一緒にご飯を食べたりして、滝壺さんやフレンダみたいな関係になりたかった」

 

「お前」

 

「私だって人間なんです。こんな掃き溜めみたいな暗部の生活にも、それなりの楽しみがないとやっていけません。その楽しみが七惟だった、七惟と仲良くしたかった、それだけです」

 

「……」

 

 

 

言ってしまった。

 

しかし彼女は後悔よりも、何かを吐きだしたかのような爽快感のほうが大きかった。

 

本当は真正面から七惟に向かって、ずっとこう言いたかったのかもしれない。

 

『仲良くしたい、楽しくやりたい』と。

 

本当ならばその中心に居るはずの七惟が、それと全く反する方向へと向かっていては、楽しくないし苛立ちを募らせるのも当たり前だろう。

 

でも、今までも自分はその感情すらよく分からなかったし、そもそも自分の中身を整理することすら出来ていなかったのだ。

 

今自分の全てをさらけ出し、こうもすっきりとするのならば……もう少し早く言うべきだったのかもしれない。

 

きっと自分はきっかけが欲しかったのだろう。

 

自分の中にその感情があるのは分かっていても、険悪な七惟に自分からその言葉を言うなんて変なプライドが許さず、無意識のうちに気付くことを忘れていた。

 

だから分からない振りをして、押しこめて、一人相撲で腹を立てて……馬鹿みたいだ。

 

 

 

「ごめんなさい……、七惟」

 

 

 

でも今、こうやって自分に素直になれたから。

 

 

 

「ったく……おい、こっちこい絹旗」

 

「何ですか?」

 

「お前歩きだろ、病院まで送ってやるから後ろに乗れ」

 

 

 

こんな素敵なことも、起きるのかもしれない。

 

 

全然掴めない、七惟のこと。

 

 

全然知らない、七惟のこと。

 

 

 

「……レディの扱い方を心得たんですか?」

 

「お前の何処がレディだ」

 

「む、何を言いますかこの超スタイルを見てください」

 

 

 

それでも、一緒に居て楽しいのだ。

 

 

しかめっ面をした七惟、仏頂面をした七惟、無愛想な七惟、ふてぶてしい七惟、口が悪い七惟、怒ってる七惟、闘ってる七惟、全部が全部褒められることじゃない。

 

 

でも、それでも全然気づかない内に楽しいと思ってしまっている自分がいる、全然知らない内にドンドン七惟理無という存在が自分の中で大きくなる。

 

 

こんな七惟だからこそ、暗部の中で自分は七惟の居る生活を求めてしまうのかもしれない。

 

 

シリアスなシチュエーションなんて、自分達には似合わない。

 

 

ヘルメットを七惟から受け取り、バイクに跨る。

 

 

 

「乗ったか?」

 

「超大丈夫ですよ。七惟、七惟。女の子とこんなに超密着してますよ?何か超湧きおこってきません?」

 

「……すぐ調子に乗りやがる」

 

 

 

ほら、さっきまであんなに遠くに感じていた七惟との距離が、こんなにも近くなった。

 

 

 

「さぁ、超行きましょう!」

 

 

 

それだけで、ドキドキな、ワクワクな気持ちになれる!

 

さっきまであんなにも狭くて窮屈だった私の世界が、こんなにもキラキラになって輝いてるから!

 

 

 

 

 






全距離操作と窒素装甲、これにて閉幕です。

この章は絹旗を主人公に据えて書き続けましたが、

ぶっちゃげ如何にして絹旗を可愛く書くかしか考えていませんでした(笑)

距離操作シリーズの女性人は、

妹達→滝壺→五和ときまして、最後に絹旗さんな訳です。

次の章の暗部編は途中までにじふぁん時代に投稿していましたが、

今回は全部投稿できるよう頑張っていきます。

今後ともスズメバチの作品をよろしくお願いします。


 

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