とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
苦手な方は注意して下さい。
盤上の駒達-ⅰ
学園都市には全距離操作と呼ばれる男がいる。
その男は、つい最近まではごく普通の平和な生活……とまでは言えないが、俗に言う表の世界で主に生活を送っていた。
今現在は学園都市の危険な場所……表に反してこちらは裏、暗部と呼ばれるそこにフィールドを移し工作員として日常を送っている。
此処はそんな男、七惟理無が表裏の高校生活を送るにあたって拠点となる場所第七学区だ。
彼が住んでいる寮もあり、今まで此処には上条当麻を始めインデックス、ミサカ19090号、絹旗最愛など様々な人物が尋ねてきた。
しかし今回ばかりは彼らを家に入れることすらままならない、それほどまで今の七惟の身の周りには闇が渦巻いている。
先日処理した雑貨屋に続き、今日は『医者』を潰してきた。
こちらの世界の『医者』というのはカエル顔の医者のようにまっとうな仕事を行うものではなく、臓器売買、整形手術など本来ならばやってはいけない分野に手を出している者たちだ。
彼ら自体は戦闘力が皆無なため制圧するのにそう時間はかからなかったが、後始末である書類の片付けが非常に面倒だ。
自宅で全てを終わらせるには限界があるため、今から七惟はメンバーのアジトであるあのシェルターへと出かけることとなる。
必要なモノをタンクバックに押し込み、冴えない表情でヘルメットを被りグローブを装着した。
家を出て駐輪場で愛車のバイクにまたがる、普段の七惟ならば此処で幾分か気分が高揚したりするのだがそれらも全く湧きあがってこない。
あれほどまで溺愛したバイクに乗っても、今のもやもやは晴れることがないのだ。
「……よくねぇことが近いうちに起こりそうだ」
沈んだ気持ちを無理やり振り払おうと、七惟はアクセルを全開にし公道を猛スピードで突っ走って行った。
*
午前中に仕事の処理を済ませた七惟は、今度はアイテムの面々と会うために第七学区へとやってきていた。
待ち合わせ場所はアイテムの根城の一つである個室サロン、七惟のような借金を背負った貧乏とは全く縁が無いような豪華な施設だ。
カウンターで話を済ませ、七惟はエレベーターに乗りアイテムが居る個室の前までやってきた。
今日は確か新入りの歓迎会……ではなく、先日何処かの暗部組織により粛清されたスキルアウトの一人が雑用としてアイテムに入れられた。
要するにあの女共の奴隷になれということである、正式な構成員ではない七惟としてあまり関係のないことだが。
手をインターフォンに伸ばしボタンを押すと、七惟の寮のインターフォンと同じ音の後聞きなれた女性の声が聞こえた。
「はい」
「おい、滝壺」
「なーない?入っていいよ」
「あぁ」
中から滝壺の声が聞こえ、七惟はドアノブを回し部屋の中に入る。
完全な個室となっており、性犯罪の温床とも言われている部屋だけあってそれはもう未成年を誘惑するモノがいっぱいなわけだが。
彼女達はそんな道具にかまけているような人間ではなかったらしい。
「浜面、ドリンク遅い。焼き殺すぞ」
「超浜面、その視線超気持ち悪いんで止めてください超不快です」
「結局浜面は木偶の棒な訳よ」
「大丈夫、そんな浜面を私は応援してる」
「……」
部屋の中では少女たち4人がソファーで寛ぎ各々やりたいことをやっている。
麦野はファッション雑誌を、絹旗はB級映画雑誌を、フレンダは缶詰を漁り、滝壺は相変わらずぼけーっとした表情で一点を見つめている。
その視線がこちらに向けられる、あまりにもこちらを直視してくるので七惟は気まずくなり視線を逸らした。
それに、今は彼女と視線を合わせるよりも、先ほどから雑用としてせっせと働いている男のほうが気になる。
スキルアウトからやってきたらしいこの男、名前は確か浜面仕上と言う。
見た目不良少年のソレは、暴れ回っていた頃の面影など全く感じられず今はパシリも従事しており、何だか非常に違和感を感じる。
「あ、超七惟。今日はソコで働いている悪い男の紹介でしたっけ」
見た感じ絹旗は先日の一件で負傷した傷は塞がっているようだ、動作に不自然さは見当たらないし我慢している様子もない。
やはりあの医者は何かよからぬことをしでかした経験があるのではないだろうか?
外法に頼ならければ、、通常の医療技術では此処までの速度で治療を行うこと不可能だろう。
しかしかまぁ、そのおかげで絹旗があれだけ良い表情になっているのだから悪いことじゃない……のか?
「結局この男役に立たない訳よ、下っ端組織に左遷したほうがいい訳?」
「フレンダの超言う通りです。これなら置物のほうがまだ超マシかもしれません」
絹旗とフレンダは酷い言いようだが、浜面は気にすることなく動きまわっている。
「オールレンジ、アンタも何か飲む?浜面が運ぶし」
「……」
「アンタ確かウーロン茶よね?浜面、ウーロン茶。15秒以内」
「分かってるからバチバチ言わせんな!」
浜面は一応抗議の声を上げるが、これはもはや顎で使われるどころか人権すら与えられていないような感じだ。
しかしスキルアウトならばこんな麦野のでかい態度に業を煮やして襲いかかりそうなものだが……まぁ麦野のことだ、メルトビームの1発や2発くらいは見せてやったんだろう。
30秒後浜面は七惟の座っているソファーにウーロン茶を持ってきた、そしてようやく彼も雑務から解放されたらしく七惟の横に収まった。
15秒遅れたことに麦野が多少バチバチ言っているが、浜面は怯えることはなくただただその顔に疲労の色を濃く刻むばかりである。
「これで一応全員揃ったことだし、新人紹介でもやりましょうか」
「……俺は臨時だぞ?」
「分かってるわよそんなこと。アンタじゃなくてそこに居る木偶の棒。ほら浜面、オールレンジと私らに立って自己紹介しなさい」
「……わかってる」
浜面は短い返事を返し、こちらに向けて自己紹介を始める。
「浜面仕上だ、年齢は―――」
「うんわかった、それだけで十分よアンタは。ルームサービスでミックスピザとポテトさっさと頼んで」
しかし3秒も経たないうちに彼の自己紹介は終了してしまった。
しかも絹旗もフレンダも肘をついて全く聞いている様子は無かったし、滝壺に関しては先ほどから微動だにしていない。
これはおそらく寝ている、もはや浜面など視界に入っていないと言うわけか……。
というかこれなら何故麦野は浜面に自己紹介などさせたのだろうか?面白いことでも期待したのか?それをする時間すら与えられなかったように見える。
「おい!?」
堪らず浜面は声を荒らげるが、それをうっとおしそうに麦野が返す。
「何よ?どうかした?」
「……ッ、何でもねぇよ」
「そう、さっさとして」
「……」
麦野はそれ以降浜面に視線を向けること無く、再び雑誌に目を通し始める。
各々が趣味に走り始めたため、再び浜面は雑用として駆けまわることとなった。
アイテムの中でこの浜面という男は酷い立ち位置に居るようだが、他の暗部組織でも同じものだろう。
それほどにまで軽く見られている、というか『ただ雑用をするしか能のない無能な人間』が浜面仕上だと彼女達は思っているのだ。
能力のない浜面など、死んでしまえば新たにまた補充すればいいし、特別な個性は求められていない。
つまり使い捨ての紙コップ、使い終わったらさっさとあの電子炉にぶち込んで骨まで溶かしてしまえばいい。
変わりなんていくらでもいるのだ、それ程腐るほどに。
七惟はこの一連のやり取りを見て思う。
やはり、この裏の世界は腐りきっているなと。
別に滝壺達が腐っているというわけではない、こういう日常が当たり前になってしまっているこの裏社会がおかしいのだ。
深い深い闇の底の世界、誰もそこに光など持って来る訳も無い。
あるのは裏切り殺し謀略の数々。
故に滝壺達アイテムのメンバーも理解している、これが普通であり、今までもこれからもずっとこうしていくということを。
だから浜面のような人間のことなど別段気にかけようとも思っていないのかもしれない……特に麦野やフレンダは。
その後は特に仕事の電話などかかってくることもなく、七惟はソファーの上で惰眠を貪りアイテムがそれぞれの家に帰宅するまで待った。
サロンにやってきて3時間、サロンの会計を済ませて七惟達アイテムは建物を後にすることとなる。
会計を済ませ、豪奢な施設を出ようとするその際、七惟は再度施設を見渡す。
汚れ役の暗部がよくもこんな綺麗な施設に足を運び寛ぐことが出来るものだ。
自分からしてみれば、暗部というのはメンバーのシェルターのように暗い穴倉の底のほうがお似合いだと思う。
メンバーは男メインで組織が構成されているから、女メインのアイテムではそういう訳にもいかないのだろう。
まぁ、何処ぞの女が見てくれだけでもよく見せたいという虚栄心の結果がこんなチンケなものなのかもしれないが。