とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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盤上の駒達-ⅱ

 

 

 

 

 

スクールとは。

 

垣根提督を中心とした学園都市の最も深い暗闇で働く組織のことである。

 

元はと言えば彼らは学園都市のためにその身を捧げる者たちだった。

 

しかしその心の底の何処かで、何時かはこの学園都市を掌握してみせると思っていた。

 

学園都市のために身を捧げるのは別に悪いこととは思ってはいない、だがあの男のために身を捧げ良いように利用されるのだけはまっぴらごめんだ。

 

心の片隅でもいい、『何時かは』、これさえ思っていれば、チャンスはやってくる。

 

そう、必ず―――――。

 

 

 

「オールレンジが『アイテム』に入ったみたいね」

 

「みたいだな、これでいよいよあの女の組織も見逃せなくなった」

 

 

 

彼らの塒となっているビルの一角で、構成員である垣根提督と心理定規は高級ソファーに腰をかけ、ゆったりと寛いでいた。

 

まるでvipのような扱いだが、彼らはある意味でvipなのだ、こんな部屋を使用することなど容易い。

 

しかしその使用目的はvip待遇を満喫するのではなく、この部屋ならばそう簡単に敵が襲ってくることもない、という理由からだ。

 

 

 

「やっぱり彼が必要だったの?」

 

 

 

心理定規は髪を弄りながらさぞ関心がなさそうに問いかける。

 

そんな彼女の態度を見て垣根は腹を立てることもない、これが二人の日常なのだ。

 

 

 

「まぁな、第1位の糞野郎をぶち殺すにはアイツの力が重宝した。まぁ絶対必要ってわけじゃねぇし……こっちの邪魔をするんだったら容赦はしねぇ」

 

「ふぅん……アイテムに入ったのは何故だと思う?」

 

「俺の知る範囲じゃないが、噂じゃアイテムの一人にお気に入りがいるらしいぜ?」

 

「あのオールレンジが?眉唾ものね」

 

「そうでもない、第3位のクローンに入れ込んでるってのは結構前から聞いていた」

 

 

 

9月の頭、もうだいぶ前になるが垣根が七惟と会った時に、あの男の気配は1年前と明らかに変わっていた。

 

牙の抜けおちた狼、それくらいまでに七惟から感じる威圧・狡猾さは感じなくなっていた。

 

それが弱さだと考える程垣根も馬鹿ではない、自分たちとは違う世界で、七惟はその世界の強さを手に入れたのだ。

 

どちらが強いかは分からないが、少なくとも純粋な能力関係では未元物質が上である。

 

 

 

「でもそれだけで入るとは思えないわ、彼の後ろに居る組織が関係しているんじゃない?」

 

「『カリーグ』はこんなでかい案件の中心に居られる程上位組織じゃねぇよ、となると……1年前掴み損ねたアイツの本当のバックが絡んやがるってのが普通の考えだ」

 

「予想は?」

 

「まぁ、アイテムに入る程学園都市に協力的な組織って言ったらだいぶ限られてくるしな、目星は付いてるぜ」

 

「相変わらずそういうところでは頭の回転が早いのね」

 

「仕事柄自分の敵はすぐに察知するようになってるからな」

 

 

 

あとはその組織にオールレンジの在籍を裏付けるためのピースが必要だ、むやみやたらに暗部組織を潰しては余計な敵を増やすだけ。

 

それに……この事柄は出来れば自分の思い通りにコトを勧めたい、何故ならば。

 

 

 

「その表情、貴方のことだからまたよからぬことを考えているんでしょ?」

 

「は……まぁな。オールレンジ……敵に回っちまったんなら、死ぬまで利用させてもらう」

 

 

 

あの男の力は、一方通行への勝利を確実にする。

 

標的を見定めた獣のように目をぎらつかせるも、その表情から笑みは絶えない。

 

七惟理無、この男は自身の計画を成功させるためには必要なピースだ。

 

そして彼の思惑通りに動いてくれる『駒』でなければならないが……その下準備も既に終えている。

 

あとは七惟がどのように手を打ってくるかだが、きっと表の世界で生きてきたあの男は自分の思い通りに動くだろう。

 

 

 

「表の世界で力が錆びれちまってナマクラのポンコツ……そんな展開は勘弁だぜ、オールレンジ」

 

 

 

足を組み、ソファに深く座る垣根帝督

 

彼からは絶対的な強者の風格が溢れ出ていた。

 

心理定規はそんな垣根を興味なさそうに一瞥し、彼が握る全距離操作七惟理無のモノクロ写真を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ浜面、最後にオールレンジを第7学区にまで送って。それで今日のアンタの仕事は終了、明日からは携帯に連絡入れるから24時間いつでも出られるようにしとくこと。わかった?」

 

「……わかってるよ」

 

「そう、それじゃ。オールレンジ、近いうちにスクールが仕掛けそうだから準備を怠らないように」

 

「わかってる、うっせぇな」

 

「それじゃあ超お疲れ様でした」

 

 

 

サロンで時間を潰したアイテム+雑用の浜面と臨時メンバーの七惟は会計を済ませ建物から出た。

 

麦野を始めとした各々はそれぞれの家へと帰っていく。

 

明確には『家』ではなく、各々が寝ることが可能な場所な所へ行くだけだ。

 

それが何処かは分からないし、アイテム間でも他の仲間達が何処で眠っているのかなど知る由も無い。

 

非常に不安定な存在、少しでも綻びが出てしまえば地割れのように一気に身内を切り裂く危険性を孕んでいる組織、それがアイテムだった。

 

そんな場所に何の前触れもなく放り込まれた浜面としては、はっきり言って堪ったものではなかった。

 

今日の朝初めてアイテムに出会った時は、考えていたモノよりだいぶマシではあったが、それは外見だけで中身は想像のソレと同じ。

 

無能力者に人権など存在せず、ただただ死ぬまで良いように使い回される。

 

スキルアウトに居た頃は、大きな組織を束ねるリーダーとして君臨していた浜面だったが、この生活は今までとは全く逆だった。

 

今後この生活がいつまで続くか分からないが、はっきり言ってこのままでは1年持たず自分の精神が破壊されてしまうだろう。

 

しかし今はそうしていく以外は浜面は生きて行く術を知らない、暗部に染まってしまった自分が再びスキルアウトに戻ったとしても、すぐさまその居場所は無くなるだろう。

 

それほどまでに巨大な暗闇がこの学園都市には存在する、浜面もスキルアウトの集団を潰された時にそのことは重々に承知していた。

 

 

 

「おぃ下っ端。第七学区の駅までだ」

 

 

 

そして助手席で足を組んでいるこの男も、素性は分からないがおそらく最暗部で活動しているだろう。

 

何より麦野の態度が他のアイテムの構成員達とは全く違った、一目置いているという感じだ。

 

麦野は確かレベル5で第4位、その麦野が認める相手となれば当然同じレベル5と考えられる。

 

序列は分からないが、浜面では考えられないような能力を使い、その価値も自分とはまるで月とすっぽんのように違うのだろう。

 

その辺りに散らばっている石ころ同然の扱いを受け続けている浜面にとって、ダイヤモンドであるレベル5と一緒に居るというのは苦痛以外の何物でもなかった。

 

 

 

「おいお前」

 

 

 

一々癇に障る呼び方をしてくる男だ、自分は『下っ端』でも『おい』でも『お前』でもない。

 

 

 

「なんだよ」

 

「はッ……不機嫌だな?」

 

「そんな呼び方されたら誰だって良い気はしない」

 

 

 

浜面は車を発進させ、闇に染まった街を走り抜ける。

 

運転が荒くなっているのは彼の心理状態を表していると受け止めて間違いない、今の彼はストレスの塊のようなものだ。

 

 

 

「どうして、てめぇはアイテムに入った?」

 

 

 

投げかけられた問いはシンプルなもの、浜面は包み隠さず事実のみを告げる。

 

 

 

「俺のスキルアウトのチームが壊滅して、裏側の刑務所にぶち込まれるかこっちで働くか選べって言われたんだ。それで今は此処で働いているんだよ」

 

「へぇ……」

 

「そういうアンタはまず誰なんだ?アイテムの構成員じゃないんだろ?」

 

 

 

この男は自分のことを『臨時』だと言っていた。

 

要するに戦力補強のためアイテムが外部から雇った人員ということになる、元は違う組織に所属していたのだろうか。

 

 

 

「俺はお前みたいに中途半端な奴だ、表にも裏にも属してる……どっち付かずな野郎だ」

 

「その割にはあの麦野から評判が高いじゃないかアンタは」

 

「はン、そりゃあ共闘関係にある他組織の人間だからな。無碍には扱えねぇんだろ」

 

「そういうもんなんだな、こっちは」

 

「……羨ましいのか?」

 

 

 

その言葉に浜面の心が一瞬揺れる。

 

此処は素直に答えるべきなのか、それとも無視を決め込むべきなのか。

 

数瞬車内を沈黙が包み込むが、先に声を発したのは七惟だった。

 

 

 

「沈黙の肯定……ってことで処理して問題ねぇか」

 

「う、うるさい!俺だって石ころみたいな扱い方されんのは嫌なんだよ!お前みたいなレベル5には分かんねぇだろうけど!」

 

 

 

レベル5の居る世界は、自分が見ている世界とはまるで違う。

 

麦野のみたいに自分のような無能力者を顎で使って、思うがままに生活を送る女。

 

スキルアウトのリーダーをゴミのように蹴散らしていった第1位。

 

何もかもが違う、その価値も、その力も。

 

だから浜面は無力な自分に腹が立つが、今更どう足掻いても自分が能力を手にすることは出来ない。

 

それにレベル5というのは元から何かしらの素養があった者しかなれないに決まっている、どれだけ努力しようが今更自分には……。

 

 

 

「わかんねぇけどな、つうかお前は分かって貰いたいのか?お前が大嫌いな能力者に」

 

「……別に能力者全員が悪いってわけじゃない」

 

 

 

少なくとも、アイテムの中では滝壺という少女はこちらに気を配っていてくれたし、絹旗だって嫌みなどは当然言うが、自分を邪険に扱った訳でもない。

 

フレンダと麦野は違うが……まさに能力者が無能力者に対して行うソレと同じ、いやもしかしたらもっと酷いかもしれない。

 

 

 

「へぇ……」

 

 

 

意味ありげに呟く七惟、まさかこちらの考えに気付いたのか。

 

 

 

「なんだよ、何か言いたいんだったら言えよ」

 

「何でもねェよ。まぁ精々生き残るために足掻くんだな、踏み外したレールは余程のことがねぇ限り元には戻らねぇ」

 

「……」

 

 

 

その後二人に会話は無く、数分後車は第七学区の駅に付き、浜面は七惟を下ろして自分がスキルアウトの頃使ってい場所へと車を走らせた。

 

初日でこれだ、明日から扱いがドンドン酷くなっていくだろう。

 

明日自分が麦野の元で働く姿をイメージする、何だかそれだけで鬱になってしまいそうだった。

 

 

 

 

 


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