とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

84 / 176
盤上の駒達-ⅲ

 

 

 

 

 

未元物質と全距離操作の出会いは至ってシンプルだった。

 

そこに二人の様々な思惑や怒り、悲しみなど何もない。

 

戦場で二人は出会った、それだけのことだ。

 

数年前に、外部から侵入した外の組織とスクールは戦闘になったが、垣根は手こずっていた。

 

理由は簡単、スクールの一人である心理定規が盾に取られていたからだ。

 

昏睡状態にあった彼女は能力も使うことは出来ず、垣根としてもこんなところで心理定規を失うわけにはいかなかった。

 

それは彼女と交友関係があったとか、恋愛関係があったとか、そういう理由ではなく、ただ単純にこの場で死なれるには惜しい『利用価値』があったからだ。

 

廃墟ビルの一室で外の組織の連中は垣根に向かってハンドガンを向けたまま硬直している。

 

対する垣根も身を守るためその背中から白い翼を生やしているものの、一歩を踏み出すことが出来ない。

 

普段の彼ならばこんな舐めた真似をする奴らは痛みを感じる暇も与えない程に一瞬で始末してしまうのに、この状況は彼の判断能力を奪ってしまう。

 

 

 

「どうした未元物質!俺たちの要求通り脱出用のヘリを寄越せ!」

 

「ソイツは出来ねぇって言っただろ」

 

「強気だな、女一人取られただけで動けない小僧が」

 

「……余程愉快な死体になりてぇようだなてめぇら」

 

 

 

外部組織の人間は4人、一人が心理定規を盾にして、二人はこちらに向かって拳銃を構え、残りの一人はビルの屋上でヘリを待っている。

 

この男の言う通りヘリなど用意するわけがないが、いずれはソレに痺れを切らした男が彼女に手を出すとも考えられない。

 

彼の未元物質は圧倒的な破壊力を誇る、それは太陽光線を殺人光線に変えたり、ただの風を身を切り裂く烈風へと変えることも出来る。

 

しかし、誰かを助けるとなるとその破壊力が仇となり、味方も巻き込んでしまう可能性が非常に高いのだ。

 

先ほど携帯に入った話では他の組織から一人派遣されたらしい、早いところソイツと協力してこんなストレスが堪る仕事はさっさと片付けてしまいたい。

 

が、此処でとうとう男たちも苛立ちが限界にまで達したらしい、痺れを切らした男は銃口を心理定規の頭ではなくその腕へと移した。

 

 

 

「どういうつもりだてめぇら」

 

「こちらとしても早いところ脱出したいんだよ、要求に応じないんだったら……まずは右腕から吹き飛ばしてやろうか」

 

「……」

 

 

 

別にあの女の腕が吹き飛ばされようが知ったことではないが、能力の使用に後遺症が残るような傷を残すのは得策ではない。

 

 

 

「あと10秒くれてやる、さぁ携帯を出せ」

 

 

 

10秒。

 

外からの援護は来そうにも無い。

 

このままでは心理定規の右腕は吹き飛ばされる。

 

彼女を助けるためには未元物質の力を使えばいい、だがこの力では敵諸共彼女も殺してしまうかもしれない。

 

それだけは絶対に避けたい。

 

 

 

「8……7……6……」

 

 

 

こうなったら『質量』をぶつけるしかないが、男の何処の部分に当てても、奴は心理定規と密着しているためその衝撃が彼女へも伝わってしまう。

 

だが腕が無くなるよりかはマシなはずだ、激痛程度ならば今後の行動に支障も出まい。

 

 

 

「3……2……1」

 

 

 

タイムリミットだ、垣根はその翼を広げてこの部屋にある質量を男3人にぶつけようとするが……。

 

次の瞬間、心理定規の姿が消えた。

 

手品でも何でもない、完全に目の前から消え去った。

 

その事態に男だけではなく垣根も一瞬思考回路が鈍るが、これは援軍が転移関係の能力者だったと考えるのが妥当だ。

 

瞬時に脳の戦闘回路をくみ上げた垣根は容赦なく男達に攻撃を加える。

 

月明かりの柔らかな光を、その白い翼を通すことで『熱線』へと変化させた。

 

摂氏数百度にもなった月の光はあっという間に男たちの肌を焼き尽くし、骨まで完全に溶かした。

 

肉を焼いた臭いすら残さない、それはもう完全な消滅を意味した。

 

それと同時屋上から何者かの絶叫が聞こえ、どうやらこれで仕事は終わったようだ。

 

誰かの靴音が階段から聞こえてくる、さてどんな面をした援軍だったのか。

 

 

 

「未元物質、女は下の階に移動させておいた。後始末は他の奴らがやる、じゃあな」

 

 

 

出てきたのは短髪で平均的な日本人男性の身長に体格、容姿をした男だった。

 

自身と年齢は近いが多少下にも見えるかもしれない。

 

 

 

「あぁ、分かった」

 

「はッ……こんなヘマ二度とすんじゃねぇぞ。俺の仕事を増やすんじゃねぇよ」

 

「それは悪かったな」

 

 

 

そう言って男は背を向けて去っていく。

 

普通ならば此処で二人は別れ、垣根は心理定規の元へと赴きその安否を確認、援軍は組織へ作戦成功の旨を伝える。

 

だが。

 

未元物質に『常識』は通用しない、つまり『普通』などない。

 

この男がどれ程の使い手なのか知りたい、今後のためにも。

 

任務を終えた達成感や心理定規の安否よりも先に確認しておきたいものが目の前にある。

 

垣根は男たちにぶつけるつもりだった質量を援軍の男に定めて、それを投げつけた。

 

が、その質量は援軍の男に直撃することはなく、鉄筋コンクリートの床とぶつかり鈍い音を生み出す。

 

おかしい、自分は確実にあの男に狙いを定めたはずだ、狙いは正確だったし、組あげた演算式にも不備はない。

 

となると考えられる原因は唯一つ、あの男の能力だ。

 

 

 

「喧嘩がやりたりねぇんだったら他の仕事をさっさと受注しろ馬鹿野郎」

 

「俺はお前と喧嘩がやりたい……って言ったらどうする?」

 

 

 

もしかしたらこの男、自分と同じレベル5かもしれない。

 

見た感じではプライドもそこそこ高そうだし、能力に絶対の信頼を置いている。

 

だが、未元物質に常識が通用しないのと同じで、レベル5にもある程度の一般常識は通用しなかった。

 

 

 

「生憎俺は勝ち目のねぇ奴とドンパチやる趣味はねぇんだよ」

 

「んだと……?」

 

「そのまんまの意味だ」

 

 

 

意外にも、自分の力を過信していない男である。

 

第1位と言い自分と言い、能力に絶対の信頼を置いているのがレベル5だと思っていたのだが、そういうわけではなかったらしい。

 

 

 

「お前……名前は?」

 

 

 

すると男はそのまま振り返ることなく、手をふらふらと揺らしながら答えた。

 

 

 

「全距離操作。あばよ」

 

 

 

これが垣根と七惟の出会いであった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「査楽、お前がこの女に仕事教えろ」

 

「はぁ?何故僕がそんな面倒なことをしなければならないんですかね、そもそもこんな中古の女なんて僕の嗜好の範疇じゃないんですけど」

 

 

 

此処は、メンバーの本拠地である馬場の核シェルターだ。

 

七惟はアイテムの情報をメンバー全体に伝えるため再びこの場所にやってきたのだが、またリーダーである博士が集合していない。

 

時間つぶしに何かないか、と思案したが妙案は思いつかない。

 

そこで七惟は馬場の秘書のような仕事をしていたあの少女を捕まえて、査楽に殺人方法を教えさせようとしていた。

 

偶々の偶然と言えども自分が助けた命であるには違いない、そう簡単に消えて貰っては何だか後味が悪い。

 

毎日殺し合いの暗部で何を甘えたことを、という意見ももっともだが。

 

 

 

「だいたい貴方が助けたならば、貴方が教えればいいじゃないですか?同じ同系統の能力なんでしょう」

 

「こういうのは下っ端の仕事だろ、何で俺がやらなきゃいけねぇんだ」

 

「ぐ……言ってくれますね、確かに僕じゃ貴方に勝てませんけど、キャリアでは僕のほうが上なんですよ」

 

「はン、負け惜しみはいいからさっさと銃の使い方でも教えてやれ」

 

「……」

 

 

 

無言でため息をつく査楽、どうやら折れたようだ。

 

査楽は銃を取って少女のほうへ歩み寄るが……。

 

 

 

「私は……オールレンジから、教わりたいです」

 

 

 

少女が声を上げる。

 

 

 

「僕じゃ不満だって言うんですか?生憎彼は貴方に興味がないようなので僕が教えるんですよ。勘違いしないで欲しいのは僕も貴方になんか興味はなくて、仕方な――」

 

「オールレンジ」

 

 

 

査楽の言葉を少女が遮る。

 

査楽のこめかみがぴくぴくと動き、こんな奴隷少女からも軽くあしらわれる自分に腹を立てているのだろうか。

 

 

 

「私は貴方が、いいんです」

 

 

 

小さく弱弱しい声、更に七惟にそっと寄り添うように身体を持ってくる少女。

 

今まで自身の存在を存外にアピールしてくる連中は嫌という程見てきたが、この少女のように希薄で今にも消えてしまいそうな感覚を持たせる人間は初めてだ。

 

この彼女の行動は七惟の心の中の何かを動かすには十分だった。

 

人から求められる、そんな初めての感覚を七惟に覚えさせてしまったのだから。

 

 

 

「こっち来い」

 

「……ありがとう」

 

 

 

そう言って七惟と少女は核シェルターの奥の部屋へと歩いて行った。

 

一人残された査楽はつまらなそうに、馬場に尋ねた。

 

 

 

「僕は奴隷少女から見てもつまんない人間なんですかね」

 

 

 

すると馬場はパソコンから視線を逸らすこと無く、一言。

 

 

 

「つまんねぇ人間の集まりが『メンバー』じゃないのか」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟は一先ず少女の出力の確認を取るために、地下シェルターのカモフラージュとなっている高級ホテルのロビーまでやってきた。

 

だいたいレベルは3程度だと馬場から聞いてはいるものの、どれくらいの重量物を動かせるか確かめ、今後の指南方法を考えたほうが良いとの判断である。

 

そしてこのロビーにはレベル3の距離操作能力者が動かせるに限界であろう大型のソファーや装飾品がおいてるため、出力確認にはもってこいだ。

 

受付の女性には『地下の者』と伝えるだけで、実損が出ないある程度のことまでは黙認して貰えるため七惟自身昔はシェルターに行くのが嫌でこのロビーで時間を潰していたものである。

 

 

 

「さて……あの壁際のソファーを俺の目の前まで移動させることは出来るか?」

 

「やってみます……!」

 

 

 

語尾を強め力を入れる少女、だが悲しいことに彼女の力ではまだ大型のソファーは動かせなかったようだ。

 

彼女の能力が発動したことによってソファー本体ではなく、ソファーの装飾品が七惟の目の前まで移動してくるものの、その速度もお世辞にも早いとは言えない速度だった。

 

 

 

「目に見えて役立つものの、まだまだってところか」

 

「はい……」

 

 

 

おそらくこれは能力を鍛え上げるよりも重火器の扱いを磨き上げたほうが近道かもしれない。

 

おそらくそちらのほうが生存率上昇の手助けになる。

 

フレンダのように道具を使った戦闘のスペシャリストになるのは無理だろうが、拳銃等から始めていけばいいだろう。

 

 

 

「距離操作での出力より暗部で当たり前の『銃』の腕を磨け、まずはそこからだな」

 

「わかりました」

 

「それと並行して割合は少なくていいが出力の訓練もやっていけばいい、そうすりゃ少しはマシだろ」

 

 

 

銃の扱いは査楽の奴に指導して貰えばいいだろう。

 

あのプライドの塊のような奴がはいそうですかとこちらの言葉に従ってくれるとも思えないが。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。