とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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少女が描く嘘のキャンパス-ⅳ

 

 

 

 

 

七惟達メンバー側と、絹旗達アイテムとの会談が終わってから数日が経っていた。

 

相変わらず七惟は頻発するスクールとのいざこざに駆りだされ、その度に麦野に滝壺との連携を確認するよう耳にタコが出来る程言われ続けている。

 

そして今日もまた一仕事を終えてメンバーのアジトに帰ってきた。

 

今日のアジトも前と同じ0.00のアジト。

 

要するに核シェルターで厳重に守られているアジトである。

 

最近はこのアジト以外には集合しなくなった、此処にしか集まらない理由は単純明快で、馬場がこのシェルターから移動したくないと喚いているからだ。

 

スクールとの戦闘がいよいよ本格的に始まりそうな今、戦闘能力が皆無である馬場が外に出るのは余りにリスクが大きい。

 

まぁ七惟からすればそんな蚤の心臓しか持たない男など、さっさと始末したほうが組織のフットワークが軽くなるため死んで貰ったほうがマシ、と考える辺り自分も相当な屑だとの自覚がある。

 

そんな七惟は今日も名も無き少女の訓練を見つめていた。

 

七惟はまだ少女の名前を知らない、先日訓練を終えた後にロッカールームを確認したが、少女のネームプレートには何も記入されていなかった。

 

今更聞ける訳もないし、データベースにも何処にも名前らしきものはない、ロッカーに名前を書けといったら必要性がありませんと一蹴された。

 

「そうです、良い感じになってきました」

 

「はい、ありがとうございます」

 

今七惟の目の前では査楽が少女に銃の打ち方を仕込んでいた。

 

元から銃器の取り扱いは得意だったのか、既に拳銃の腕は七惟の上であり、査楽にも近づきつつある。

 

査楽の惜しみない讃辞に喜びの声を上げる少女。

 

メンバーにしてはらしくない日常、言ってみれば非日常の光景を見ながら七惟は思う。

 

 

 

 

 

やはり、変だ。

 

 

 

 

 

今回は少女だけではなく、あの査楽すら何処かがおかしく感じる。

 

確か査楽はあの女のことだ大嫌いだったはずだ、中古品だとか不良品だとか色々言っていたし、自分を度々無視していたあの女に対する感情は絶対によくなかった。

 

それなのに、ここ最近はむしろ査楽のほうからあの少女に近づいていっているし、最初はあれだけ嫌がっていた少女への訓練も積極的にこなしている。

 

あのプライドが高くて、自尊心の塊のような男がそう簡単に幸薄い少女のことを認めるなんて考えられない。

 

それに輪をかけておかしいのが、もちろんあの少女。

 

今も自分を褒めてくれた査楽に対して喜びの声を上げて、査楽の手を握ってお礼を述べている。

 

だが表情は自分の時と同じでやはり無表情だ、その顔からは一切の喜びも、悲しみも、何も感じることが出来なかった。

 

そんな少女に対して査楽はだらしなく頬を緩ませ、にへらと笑っている。

 

 

 

「…………」

 

 

 

あまりにも、非日常過ぎる。

 

査楽が少女と一緒にいること自体が異常すぎるというのに、それに加えてあの笑顔と無表情だ。

 

アンバランス極まりないその光景は余計に七惟のネガティブ思考に拍車をかける。

 

 

 

「次はこっちの銃を使いましょう、これは先ほどより重くて威力が高めですが扱えますかね?」

 

「はい、やってみます」

 

「…………」

 

 

 

『やってみます』ではなく『やったことがある』、なのではないか?

 

先ほどから見ていたがこの少女の銃の腕は普通ではない、明らかに熟練の兵クラスのものである。

 

一日や二日練習した程度で、あれだけの技術を身に着けることなど不可能だし、実質既に七惟よりも上手いのだ。

 

七惟だって幼少期から拳銃の類は扱ったことはあるが、それでもこれだけの腕前になるために10数年かかった。

 

それなのにあの少女はたったの1日2日でそれをこなすなんて、おかし過ぎる。

 

 

 

「ではいきます」

 

 

 

少女が構えた。

 

その構えには何処にもスキはなく、拳銃が余り得意ではない七惟ですら分かる程完璧な構え。

 

そしてやはり少女が放った弾丸は的の中心を射抜き、的を震えさせると同時に七惟の体も一緒に震えさせた。

 

何か、あるのではないか。

 

此奴はあのデパートなる男から売られていたことから、捕まる前まで暗部側の人間であったということは容易に想像出来る。

 

だがいくらなんでも学園都市暗部の中でトップクラスの実力を誇る暗部組織の構成員と同じ程の銃の腕前など、並みの暗部人員では考えられない。

 

 

 

「流石ですね。これは僕もウカウカしていられない」

 

「そんなことありません、まだまだです」

 

 

 

自然に会話を続ける二人を見ると、こうも色々と考えている自分のほうがおかしくなってしまったのかと考えてしまう。

 

訓練場の隣では平然と馬場が事務処理をこなして、ショチトルと博士は居なくて、いつも通り自分が始末書を提出しに来たら査楽と少女が一生懸命訓練している。

 

これが日常に思えてしまう程二人の動作、言動、表情は普通そのものだった。

 

 

 

「おぃオールレンジ!お前此処印鑑押し忘れてるぞこの間抜けが!」

 

「うっせぇ黙れ」

 

「なんだと!」

 

 

 

このやり取りだって普通なのに、その一つ一つがざわつくような、自分の体を何かが這いずり回るような気味の悪さを感じさせる。

 

…………このままでは、埒があかない。

 

 

 

「おぃ、てめぇ何処行くんだ!」

 

「ちょっと野暮用だ。あとてめぇの眼は節穴かよ蚤、印鑑押す場所は何時もの書類と違って右下だ」

 

「そんなバカなことがある…………あ」

 

「…………あんまり適当なこと抜かすんじゃねぇよ」

 

 

 

七惟は携帯を持ち立ち上がる。

 

此処は、何かがおかしい。

 

彼の背後では相変わらず査楽と少女が訓練に勤しんでいて、馬場はストレスが爆発したのか頭を掻き毟り物に当たっている。

 

それら全てが、七惟からすれば曲がって見えた。

 

 

 

「アイツに、聞いてみるか」

 

 

 

七惟はエレベーターホールへと向かう。

 

目指すは地上、一度この空間から抜け出して考え直さなければ、自分も此処で今行われていることに違和感を感じなくなってしまうだろう。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「絹旗か?」

 

「あ、七惟ですか。どうしたんです?」

 

 

 

シェルターをカモフラージュしてくれているホテルロビーで七惟が電話をかけた相手は絹旗最愛。

 

スクールとのスナイパーとの一件以来、コイツとはまた昔のように何気なく気をかけず喋れる仲になれた気がする。

 

それはやはり悪いことではないし、七惟自身今まで絹旗に対して持っていた蟠りを解消することが出来たので、気持ちが良い方向に向かっているのは確かだ。

 

滝壺に電話をしてもよかったのだが、あの不思議天然系よりも暗部のことに精通しており、常に周囲に注意を払って警戒している絹旗のほうが何かに気付いているかもしれない。

 

 

 

「まさかまた保存食が切れたとか言って私を疑いに来たんじゃないでしょうね?」

 

「誰がんなこと聞いたんだよ。勝手に話を進めんな」

 

「超残念ですが私は七惟が気付くような失態はしませんよ、以前やったのはだいたい1週間前ですが七惟は何も言ってこなかったんです」

 

「…………お前、俺の家の合鍵まだ持ってのたかよ」

 

 

 

何故絹旗が七惟の家の合鍵を持っているのか?

 

 

 

答えは簡単。

 

絹旗が七惟を監視していた大覇星祭の前後、家に鍵をかけていてもどうせドアを蹴破って中に入ってくるだろうと考えた七惟がスペアを渡したのだ。

 

任務が終わったと同時にそんなものは捨ててしまっただろうと考えていたが、どうやら彼女は七惟家で寛ぐのが大好きなようである。

 

 

 

「今日はそんな下らない話をするつもりはねぇ、まずは俺の話を聞け」

 

「そうなんですか、てっきり保存食を奪われた超敗北宣言かと思いましたが…………」

 

「1週間前のことなんざこの糞忙しい時に覚えてる訳ねぇだろ」

 

「相変わらずエロ本がなくてびっくりでした、七惟本当に男の子ですか?」

 

「俺はお前みたいに出るとこ出てない女に対して欲情しねぇから安心しろ」

 

「なん……っ!」

 

 

 

このままでは会話が無限ループしてしまうと判断した七惟は絹旗が口を開く前に言葉を切り出す。

 

 

 

「ところで絹旗」

 

「…………言いたいことが山ほどありますが、なんですか?」

 

「お前、こないだメンバーのアジトに来ただろ」

 

「まぁ行きましたね、超腹が立つ女が居たのをよく覚えてますよ」

 

「なら話が早い、お前その女に対して何か違和感覚えたか?」

 

「違和感ですか?」

 

「あぁ」

 

「んー…………七惟にめちゃくちゃ超引っ付く女ってくらいですかね、それ以外は特に」

 

「引っ付くのは別に俺だけじゃねぇよ、基本的にメンバーの構成員全員にアイツはあんな感じだ。偶々あの日は俺に引っ付いてただけだぞ」

 

「そうなんですか?…………じゃあ益々分からないですね」

 

 

 

分からない?

 

その単語に七惟は反応する。

 

 

 

「それはどういうことだ?」

 

「あの女、七惟にべったりしていた時全く表情の変化がなかったんですよ。それって超おかしくないですか?」

 

「何がだ?」

 

「少なくともあれだけ七惟にべったりということは七惟に気に入られたいと思っているはずですよ。あれは間違いなく人に媚びる時に使う手段です、私たちもああいうのは叩き込まれましたし。ですけどそれにはちゃんと表情も作る必要があるんです、じゃないと相手を本気にさせられないですから」

 

「まぁそうかもな」

 

「私はてっきり七惟が無愛想で鉄面皮で厚顔野郎だからそれに合わせてるのかと思ってましたけど、全員に対してそれってことは流石に超違和感があります」

 

「おい絹旗、てめぇどさくさに紛れて何言いやがった」

 

「行動に体が付いていっていないと超感じましたけど、いったい何なんでしょうねアイツは、ただの超男たらし?」

 

「無視かよ」

 

「いずれにしても、私はちょっと変な感じがしましたね。地に足が超ついていないというか」

 

「…………」

 

 

 

行動に、体が付いて行っていない。

 

それは、七惟がここ最近あの少女に対して抱いている疑問と似通っているものだ。

 

これで七惟の考えは客観的に見てもある程度間違いではないことになる。

 

何かがおかしい、あの女には何かがあるはずだ。

 

 

 

「わかった、それだけ聞けりゃ十分だ。じゃあな」

 

「あ、ちょっと待ってください七惟!次は何時アイテムに――――!」

 

 

 

何の脈絡も無しに通話を切ろうとした七惟にストップをかけた絹旗だったが、時既に遅し。

 

七惟は躊躇いもなく電源ボタンで通話を切ると、再度自分の思考の海に沈むのだった。

 

 

 

 

 


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