とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
メンバーの現在主要構成員は以下の通りだ。
リーダー格として組織を纏めているのが博士、その補佐をこなしているのがショチトル。
総合的に事務処理をこなしているのが馬場、戦闘で矢面に立つことはまずない。
その戦闘面を担当しているのが七惟と査楽、一応キャリアでは査楽が上だが実際の最高戦力は七惟で間違いない。
七惟が下部組織からメンバーに戻ってきた際既に加わっていたのはショチトルという少女。
そして彼が再加入してからまた一人、構成員が増えた。
「オールレンジ、上手くいきました」
「…………あぁ」
目の前で殺人訓練をしている少女、名前はまだ分からない名無しの少女。
今二人はメンバーの核シェルターアジトで、少女の能力を使った訓練を行っている。
他のメンバーは基本的に出払っており、また今回は馬場も外に食糧の買い出しに行っているため二人きりだ。
目の前で訓練に励んでいる少女を見つめながら、七惟は訓練面の視点だけでなく、探りの視点でも彼女を見ている。
先日の絹旗の言葉から少女の疑いが確信に近いものへと変わり、監視をして何かおかしな点が少しでも見つかったらすぐに問いただすつもりでいた。
だがやはり少女は相変わらず無表情で、言と動が一致しない不安定な感じのまま淡々と毎日を過ごし、特に何か怪しいことは見受けられなかった。
「次、これやってみろ」
「はい、わかりました」
少女は銃器の取り扱いは上手いが能力を使うことは苦手なようである。
まぁそう簡単に能力を開花させられるのなら開発機関や学校など不要だが。
距離操作能力を使って椅子や机を七惟が指定した場所に移動させる単調な作業だが、レベルが低い距離操作能力者はこの訓練ですら一苦労なようだ。
少女は一心不乱に訓練をこなしており額からは若干だが汗をかいている。
しかし……その姿がやはり納得いかない、確かに必死に訓練をこなしているようにも見えるが表情が余りになさすぎる、それに違和感を感じてしょうがない七惟は少女の小さな背中に声をかけた。
「おい」
「なんでしょうか?」
「…………お前、デパートに捕まるまでは何をしていた?」
デパートに使った時、この少女は憔悴しきっていたと覚えている。
七惟の悪い予感など考えられないくらいの状態だった。
今はその姿を想像できない程至って健康に見えるものの、服の下はあの男から虐待を受けた傷がまだ残っているだろう。
「仕事をしていました」
「本当か?」
「はい、では訓練を続けます」
彼女は変わらぬ表情、トーンでその言葉を綴る。
だが『はいそうですか』と此処で引き下がる程七惟だってバカではない。
もしかしたら本当に彼女はこれが素であり、七惟同様無愛想であったり、また自分の感情を外に出さない性格なのかもしれない。
だが、暗部で十数年生きてきた七惟の直感がそこで考えを止めてはいけないと警鐘を鳴らしている。
「嘘じゃねぇな?」
「嘘をつく必要が考えられません」
頑なに姿勢を変えない少女。
…………少し、カマをかけてみるか。
「お前、銃の扱い上手いよな」
「いえ、そんなことは」
「今まで触ったことあるか?」
「…………はい、あります」
「…………」
少女はここで初めて訓練を止めて振り返り、答えた。
応えるまで若干の空白があったものの、予想外の言葉が返ってきて七惟は眼を細める。
これまでの傾向ならばもっとぼかす答え方をすると思っていたが、そうはいかないらしい。
こちらを攪乱するような言動ばかり取る少女に、七惟は益々不信感を覚える。
少女の発言や行動が、姿形や言動は全く似ていないもののこちらを誑かしてくるあの定規女を思い出して仕方がない。
それとも唯単に査楽も馬場も篭絡してしまった今の段階では、ある程度のことなど喋ってしまっても大丈夫だと踏んでいるのか。
「それじゃあ、何処で触ったんだ?」
「前に居た組織でそういうことを…………」
そこで、初めて彼女が口を噤んだ。
おそらく少女は七惟の意図に気付いたのだろう、こちらに向ける視線も先ほどとは違い何らかの戸惑いの色が混ざっているように感じた。
これ以上喋ったら危険だ、これ以上喋ったら秘密がばれる、といったような口の閉じ方を七惟が逃すわけがない。
前の仕事は暗部組織、これで話が繋がった。
「前居た組織…………?」
「はい、そうです」
先ほど一瞬震えた口元はもう元通り、いつも通り無表情無感情に見えるその姿勢へと戻る。
「前居たところじゃ、何だ?」
「基本的に」
「あぁ」
「…………基本的には、銃器で攻撃を行っていましたから」
「へぇ、それで銃の取り扱いが上手い訳か」
「そうなります」
やはり一度エラーが出てしまえばそれの修正はそう簡単にはいかないらしい。
事務的な声を出す少女の声に若干の抑揚を感じられた七惟は、更に畳み掛けていく。
「本気を出せば、査楽より上手いだろお前」
「そんなことは」
「嘘付け。俺だって銃はそこそこ扱えんだよ、そうすりゃ銃の取り扱いの上手い下手はある程度分かる。お前は明らかに査楽の前じゃ手を抜いてる」
「オールレンジの勘違いです、私はそんな卓越した力は持っていません」
白を切るつもりなのか、本当のことなのか…………。
視線を一切逸らさずこちらを見つめてくる少女に七惟も自信を失いかける。
嘘をついている人間がこうも真っ直ぐに人の目を見ることが出来るのか、そもそもコミュニケーションが苦手な七惟はそこから始まってしまうため、こうやって会話から人の嘘を見抜くことは極端に下手だ。
だが下手ならば、それをカバーする力がを持っているのがレベル5である。
「そこまでして査楽に媚売んのが楽しいのか?煽てて気分を良くさせて、何か企んでんのか」
「ありえません、オールレンジは深く考え過ぎです」
これだけ言っても語気を荒らげることもなく、いつも通りの姿勢を全く崩さない。
少女がそこまで頑固なのか、それとも七惟の勘違いか。
確かめるにはやはり口だけでは上手くいかない、自分の欠点をカバーするモノで試してやろう。
「俺の考え過ぎ、か」
「はい、それよりも訓練を続けましょう。そろそろ査楽さんが戻ってこられます」
査楽。
はっきり言って既に査楽はこの少女の手中に落ちてしまった、性別は異なるものの査楽は上条に熱を上げる五和とかなり似通っている。
だから助けを求める訳か?査楽が来ると分かればこんな尋問のようなことも止めると思っているのか、査楽が来てくれればこんなことを止めてくれると考えているのか……どっちだ。
いやどっちも有り得る、此処で手を引いてしまったら恐らく取り返しのつかないことになるはず。
「お前、『心の距離』って知ってるか?」
その言葉に、少女の表情が一瞬歪んだのを七惟は見逃さない。
「距離操作能力者ならまぁ知ってて当然だな?俺はこんな屑でも一応距離操作の頂点に居るからな、そいつも扱えるんだよ」
「心の距離を操作して、どうするつもりですか?」
「決まってんだろ。お前がの言ってることが嘘かどうか見抜く」
「…………!」
「逃げんな。距離操作能力者同士は『転移』や『距離操作』じゃ干渉出来ねぇがな、精神距離は別なんだよ。触れちまえばな」
此処でもうはっきりとさせてしまったほうがいい、手遅れになってしまう前に。
此奴がどういう奴なのか、精神操作をかけてゲロさせてしまったと言えば博士はもちろん、馬場や女に熱を上げている査楽だって納得するはずだ。
七惟が一歩前に出ると、少女は二歩下がる。
「どうした?俺の考え過ぎなんだろ、なら大丈夫なはずだろが」
「それは…………!」
面持は無表情にも、怯えているようにも見える。
一瞬、その自分に恐怖を抱いている少女の顔が、あの五和と重なって見えた。
そういえば神奈川の教会で五和と出会った時、精神距離操作をかけたような気がした。
そしてその後、自分たちの関係はどうなっただろう?
彼女は自分を親の仇のように見て、奇襲をかけて殺しに来た。
その眼には、怒り以外の何物も感じられなかったのは七惟にだってよく分かった。
奇跡的に今では良好な関係を築けているものの、下手をしたらあのまま奇襲され続けて、何時かどちらかが死んでしまったかもしれない。
…………これは、使わないほうがいい。
人の心を弄繰り回すのは、いい気がしない。
逃げ場をなくした少女の肩まで手を伸ばせば届く、そこまで追い詰めて七惟はこの答えにたどり着いてしまった。
「…………止めだ」
「え…………?」
「助けた奴に、こんな拷問紛いのことするのは気が引けるしな」
七惟は少女に背中を向けて、足早にその場を去る。
問題の先送りかもしれないが、今は仕方ない。
もし彼女が何かしらの爆弾を抱えているというのならば、すぐに尻尾を出すはずだ。
それが遅いか早いか、それだけの違い、大きな問題にはならない。
「もし俺に言うことがあったら、早く言え。どんなことだっていい、何かあったら言え」
「オールレンジ」
「お前がこんなことしてんのには何か理由があんだろ?だから言いたくなったら言え……手遅れになる前にな」
それだけ言い残すと、七惟は訓練場のドアを開け隣の部屋へと去って行った。
もうこれ以上あの場に居ても有益な情報は得られないだろう。
途中通路で査楽とすれ違ったような気がする、彼は何かを言ったかもしれないが全く耳には入ってこなかった。
唯々、今の自分の判断が正しかったのか自問自答する七惟。
「あ、此処にいたんですね。今日はあの男と一緒に訓練だったんですか?」
「はい、オールレンジから能力訓練の指導を受けていました、結果は上々です」
「そ、そーなんですか。でもオールレンジは無愛想ですからね、僕の方が余程上手く教えられるのに博士も分かってない。現に銃の扱いは此処までに上達していますからね」
去り際に訓練場から二人の声が聞こえてきた、既に少女は何時も通りに戻ってしまったようで会話をしている。
脳裏に過るのは最後の言葉を発した時の少女の顔、まるでこちらに助けを求めるような……縋るような表情と、こちらを騙す演者のように感じた表情が混ざってごちゃごちゃになった。