とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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少女が描く嘘のキャンパス-ⅵ

 

 

 

 

七惟理無が助けた少女、名前は※※※。

 

※※※…………自分の名前すら、思い出せない名無しの少女。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

どうしてこうなってしまったのか、彼女本人にも分からなかった。

 

気が付いたら、自分はデパートと名乗る男に捉えられていて、服を着ていなくて、手足を縛られ、殴られて、蹴られて、毎日を呆然と過ごしていた。

 

いったいどれだけの時間デパートに暴行されたか分からない、一日だったか、或いは1週間、いや1か月…………もしかしたら1年経っているのかもしれない。

 

ただ殴られ蹴られの単調な日々が続いていく内に今さっき起きた出来事が、今日にも、昨日にも、一昨日にも、そのまた前の日にも、先週にも、先月にも感じられる。

 

ふと窓の外を見つめれば太陽が昇っていて、いつの間にか沈んでいる日々。

 

食事は水だけ、偶にデパートが捨てた残飯を拾って食べる。

 

部屋が汚れるのが嫌なのか、デパートは排泄の時だけロープを解く。

 

その時以外は寝る時も、食べる時も、一日中ロープでがんじがらめ。

 

もう時間の感覚だけではなく、人間としての意識すらも薄れ始めた時少女の前にその男はやってきた。

 

まるで彗星のように突如として現れ、去って行った少年。

 

その少年は、自分をオールレンジと名乗った。

 

そして、自身を最低の人間と言っていた。

 

最低の人間と彼が言ったその時、自分が此処に来る前に人殺しをやっていたことを思い出した。

 

あぁ、自分は最低の人間だから…………最低の人間であるデパートに、甚振られたのか。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

オールレンジと呼ばれた少年が自分を助けてくれた後、彼女は車の中に放り込まれた。

 

二人の男が運転する車が動き出す、車種はバンと呼ばれているものだろうか?この車が何処に向かっているのか、今何処に自分がいるのかはもちろん分からない。

 

2、30分程車に乗って移動していたところで突如彼女を乗せた車は止まり前の座席から男が二人ぬっと顔を出す。

 

目の焦点が曖昧になっている彼女はなされるがまま、何をされているのかすら分からない。

 

眼前から男の手が伸びる、それが何をしようとしているのかすらよく分からない。

 

キャンピングカーのように広い車内だが、男の手から逃れることは出来ないだろう。

 

あぁ、もしかして自分は犯されるのか今から。

 

ようやくそのことを認識した時、既に車は廃屋へと走り人気も毛ほども感じられない程深く暗い場所へとやってきていたのも理解した。

 

やはり、この世界に救いなど…………いや、この世界に足を踏み入れた時点で救いなど求めてはいけなかったのか。

 

既に何十人と殺してきた自分だ、こんなことをされるのだって罰だと考えれば当たり前だろう。

 

迫りくるその手を、ただ無機質な表情で見つめる名無しの少女。

 

さてその手がいよいよ少女の服に手をかけようとしたその時だった。

 

横からキャンピングカー全体に強い力が加わったかと思うと、それは勘違いではなく正真正銘の衝撃波。

 

操縦していた人も、手をかけようとした男も、そして名無しの少女も車内をまるでピンボールのように跳ねまわる。

 

手をかけようとしていた男がドアから外へと放り出され、ひぃと恐怖に染まった声を上げた。

 

体中を強打して感覚がマヒしてる最中、外から誰かの声がしたのを少女の聴覚が捉える。

 

 

 

「メンバーの下っ端さンよォ…………こっちに来るお話はなかったよなァ…………?」

 

 

 

窓越しに声の主を確認すると、その人間は白と灰色を貴重としたTシャツに身を包み、現代的なデザインの杖をついている。

 

深紅のように燃える真っ赤な瞳と、雪のように白い髪が印象的だった。

 

しかし、その美しい目と髪とは対照的に、表情は歪んでいる。

 

目の前にいるのは恐怖の対象、動物的な本能が危険であると警鐘を鳴らしていた。

 

自分を虐待していたあの雑貨屋の男とは比べ物にならないくらい、恐ろしい何かを感じた。

 

 

 

「あ、一方通行!?」

 

「離反行為を行ったゴミ虫を早急に片付けろ…………それが今回の任務なンだが」

 

「うッ…………!?」

 

 

 

一方通行と呼ばれた少年を見て益々震えあがる男、どうやらこの美しい容姿をした少年は余程恐ろしいらしい。

 

彼女の世界では、男のような大人よりも少年のような子供が大きな力と危険を持っていることは当たり前だった。

 

そして一方通行という名前には覚えがある、確か彼は…………。

 

 

 

「ちょ、ちょっと楽しもうと思っただけじゃないか!これくらいで離反行為になるのか!?」

 

「知るかよ、メンバーの掟なンだろォが。後始末をさせられる俺の身にもなってみろ、イらイらさせやがる」

 

「ぐ……」

 

「大人しく此処でたんぱく質の塊になるか、帰ってメンバーの犬に戻るか、好きな方を選べ」

 

「うあああああ」

 

 

 

男は遂に一方通行の威圧感に怖気づき、キャンピングカーの運転手諸共逃げ出す。

 

何が起こったか未だに頭がついていかない名無しの少女は一人車の中に取り残される。

 

一方通行と呼ばれた少年、学園都市第1位の男がやってきた。

 

彼もまた、自分に手をかけようとしているのだろうか?

 

全てに対して諦めの気持ちを抱いている彼女にとって、今更学園都市最強の怪物の恐怖ですら心には届かなくなりつつあった。

 

そう思った矢先、今度は彼とは別の声が聞こえてきた。

 

 

 

「へー、貴方が人助けとはね。その車の中に居る子は小さな子かしら?」

 

「まぁまぁ結標さん、彼が少女趣味というのは突っ込むところではないでしょう」

 

「何はともかく、調度今まで使ってたキャンピングカーを廃車にされちまったところだったし、グッドタイミングだ」

 

 

 

三種三様の声、一人女性が居ただろうか…………。

 

キャンピングイカ―の中から少女は出され、それぞれの顔を見つめる。

 

一方通行以外は知らない顔だ、暗部で働いていた自分だったが彼らを見るのは初めてかもしれない。

 

 

 

「へぇ……※※※か。一カ月前に数十人殺した部隊の生き残りで、その後雑貨屋に捕まった後行方不明だったが生きてたのか」

 

 

 

※※※……上手く聞きとれなかった、しかも一カ月前……?

 

誰かを殺した記憶はあるが、それはもう1年近く前のように感じた。

 

 

 

「ふーん、書類で見たイメージとはかけ離れているわね」

 

「確かになァ」

 

「焦点が合わないような目をしていますしね」

 

「一カ月も虐待を受け続けていれば、精神もイカレちまうさ。さてどうしようか」

 

「…………」

 

 

 

彼らは、何を言っているのだろう。

 

1カ月前……確か1カ月前も、10か月前も男に殴られ、蹴られ、髪をむしり取られていたような気がした。

 

自分を無視して進んでいく展開にすら関心を抱けない彼女は、一方通行の会話に入りこまない。

 

 

 

「……メンバーねェ。確かアレイスターの糞野郎に最も近い組織の一つじゃねェのか」

 

「そうね、あそこの要人である博士を前アレイスターの場所に送ったこともあるわ」

 

「一方通行、もしかして俺と同じことを考えてるな?」

 

「へェ、てめェも中々の悪党だなァ?」

 

「俺は博愛主義者じゃないんでね、コイツが居た組織には何人か仲間がお世話になっちまったから、利用するには十分過ぎる理由がある」

 

 

 

不敵な笑みを張りつける一方通行と、こちらに思わせぶりな目を投げかけてくる金髪サングラスの少年。

 

何かよからぬことを考えているようだが、それは自分に関係のあることなのだろうか。

 

 

 

「僕は気が進みませんが、必要とあれば仕方ありませんね」

 

「私はどちらでも構わないわ、でも面倒だから貴方達でやっておいて」

 

「言われなくてもそうするさ。まぁ流石に俺も少しは抵抗はあるが、今まで見てきたコイツはそういう情けをかけられるような人間じゃない。それに海原、コイツは元々『猟犬部隊』でゴミの掃き溜めにいた人間だ。遠慮はいらない」

 

「猟犬部隊……ねェ、確かになァ」

 

 

 

猟犬部隊、何処かで聞いたことがあるような名前だ。

 

でも、自分の名前と自分が前居た組織は思い出せない、むしろ自分が何らかの組織に属していたのが何だか驚きだ。

 

言われてみればそんな気もしなくもないが、言われるまで全く思い出せなかった。

 

 

 

「決まりだなァ、おい」

 

 

 

そう言って白髪の少年が声をかけた。

 

 

 

「わたし…………?」

 

「そうだ、お前は自由になりてェか?」

 

 

 

自由…………。

 

どうしてそんなことを聴くのか意図が掴めないが、『自由』という言葉に憧れているのは確かだ。

 

少し戸惑ったが、首を縦に振る。

 

 

 

「そうだろうなァ、1カ月も監禁されていたんだからな。だが俺たちもお前をそう安々と手放すつもりはないンだ、お前には利用価値がある」

 

「私に……価値?」

 

「あァ、書類上じゃお前はメンバーに引き取られることになってるが、俺達の権限で自由にしてやることも可能だ。色々理由はあるンだが、俺達はそのメンバーの情報を知りたいってわけだ。後は分かるなァ?」

 

「…………」

 

 

 

つまり、まずはメンバーに引き取られてその素性を探り、情報を一方通行に送れば良いということか。

 

これはかなりのリスクを伴う。

 

何せ自分は一度その『メンバー』という組織の少年に助けられているのだ、もし裏切りのような行為を行えば殺されるなど容易に考えられる。

 

しかし、自分を助けた少年を『裏切る』行為自体に何の抵抗も名無しの少女は覚えなかった。

 

人間としてのモラルの問題とか、常識の問題とか、彼女にとってはどうでもいい。

 

その『自由』が手に入るのならば、どんなことだってやってみせる。

 

あの暗がりの世界から、同じことの繰り返しの日々から抜け出せるというのならば、何事も厭わない。

 

 

 

「こっちが求める情報を俺たちに見せてくれたらてめェは解放してやるよ。引っこ抜くって形を取ればてめェを俺達の組織に入れるのは簡単だからなァ」

 

「……首を横に振ったらどうするの」

 

「あァ?拒否権なんざねェのは分かってるだろ?もし首を横に振るんだったら、また猟犬部隊みてェな糞溜めにぶち込むに決まってンだろォが」

 

「……そう」

 

 

 

やはり、自由になるためには『イエス』と言う他ない。

 

リスクは伴うが、慎重に行えば大丈夫だ。

 

それにもし裏切り行為がばれたとしても、元々自分は死んだも同然。

 

生きる時間がちょっと長くなっただけだと考えればいい。

 

全てを捨てて死ぬか、またあの拷問の日々に戻るか、自由な世界を見てみるのか、どれを選ぶのかと問われれば…………名無しの少女の決意は固まった。

 

 

 

「分かった。それで自由になれるのなら、断る理由はないもの」

 

「交渉成立だなァ……」

 

 

 

意味ありげに口端を吊りあげる少年に対して、今度は少女も明確な恐怖を覚えた。

 

情けというものを全く知らないような悪党そのものの笑みに、感情の抑揚を無くしかけていた自分の心がうすら寒いモノを感じたのだ。

 

しかし一度闇に引きずりこまれたのならば、その闇すら利用しなければ光のあたる世界には帰ることは出来ない。

 

この笑みすら、学園都市第1位の闇の力すら利用してみせる。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

名無しの少女がやってきたのは、地下深くで核弾頭にも耐えらる構造を持つシェルター。

 

一方通行達の話では、此処にメンバーの主要構成員がいるらしい。

 

今から、自分はグループのスパイとなって嘘と偽りだけで生きていく。

 

今までの自分とは決別し、グループが求める人物像になり、グループが求める情報を提供する人形にならなければならない。

 

もう、いっそのことこのきっかけで自分の名前も付けてしまおうか。

 

前の名前はどうしても思い出せない、でも思い出す必要もないのだ、ここでは自分そのものに価値はないのだから。

 

偽物の自分に、嘘偽りで固めた自分だけに価値がある。

 

 

 

「…………レイア」

 

 

 

この名前にしよう。

 

昔何処かの絵本だったか、歌だったか、何かは思い出せないが、この『レイア』という名前を見た気がする。

 

今の自分にぴったりな名前だ。

 

どうしてぴったりなのかはもちろん分からない、だけどこの名前を思い浮かべた時に、心が揺れ動いて、惹かれた。

 

だから、私はこれで生きていく。

 

名前なんて、誰かと誰かを見分けるためだけにあるようなものなのだ。

 

そんなに深く考える必要なんてないだろう、深く考えたら、どうして惹かれたのかを考えたら何かを思い出しそうで怖かった。

 

それにどうせ、この名前を知るであろうメンバーの構成員達は全員一方通行に殺されてしまうのだからそこまで大事なものではない。

 

そのはずだ。

 

 

 

 

 


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