とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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少女が見た幻想-ⅲ

 

 

 

 

 

「こ、この牛肉……!まるで溶けるような触感!」

 

「絹旗がおごるんだったら俺も米沢牛にしときゃ良かった」

 

「何か言いましたか浜面、私は今超ご機嫌なので見逃してあげますけど」

 

「はいはい……」

 

 

 

それぞれ全員分の注文が揃い、滝壺達は昼食を取っている。

 

 

 

「絹旗が見る映画ってのは全部あんな感じなのかよ?」

 

「あんな感じとは何ですか、超失礼な奴です。浜面のくせに」

 

「私も悪いけど今回ばかりは浜面に同意する訳。結局アンタの映画センスはとてもじゃないけれど理解出来ないわよ、もー次回以降は勘弁して」

 

「フレンダも分かってないですね、そんな感想しか持てないから何時まで経ってもフレンダは超浜面と同じレベルなんです。あの超展開、意味不明な挙動、謎の言動全てを解き明かして理解していく過程がどうして楽しめないんですかね」

 

「そんな楽しみ理解するくらいなら浜面と同じで言い訳よ……。あ、浜面その醤油」

 

「おぅ」

 

「でも絹旗が見るテレビってあんな急展開なものばっかりじゃない訳よ、ドラマとかも。結局なんで映画だけあんなビミョーな内容のものを好きになっちゃったのかが理解出来ない訳」

 

「ドラマってほとんどが連載ものじゃないですか、今週みたら翌週があってまた次の週も……って感じですよね。もし今週そんな意味不明な内容で急転直下な展開が発生したら翌週の内容が超気になってしまうじゃないですか」

 

「まぁそうなる訳」

 

「それに対して映画だったらどんな展開になっても1、2時間後には結果が分かるじゃないですか」

 

「確かに……」

 

「超気になることもなく、どうしてそんなことになってしまったのかの謎を解く。超最高に面白いと思います」

 

「どうしてそこに着地するのか俺には分からん」

 

「私も同意する訳」

 

「七惟や滝壺さんはそこらへんは超理解してると思いますけど」

 

「私は唯単にその楽しみ方しか分からないから、そう思って見てるだけだけど」

 

「お前らは期待値がデカすぎるんだよ、絹旗と一緒に映画を見に行く姿勢が間違ってんだろ。それ相応の覚悟がねぇとな」

 

「そこはかとなくかなり馬鹿にしてる感じがする訳」

 

 

 

今は先ほど見た映画の感想を皆で言い合ったり、私生活のことを和気あいあいと話している。

 

普段の暗部での生活では絶対にこの6人がこのようなレストランで食事を取り、雑談をするなど考えられないがそれを実現させ皆が楽しんでいる様子を見て滝壺は嬉しい気持ちと共に成功してほっとする気持ちの両方だ。

 

当初はどんなことになるのか想像もつかなかったが、仲良くなってコミュニケーションがスムーズに取れているようにも思える。

 

唯、相変わらずフレンダは浜面にはきつくまた七惟に対しても若干固いような……目を光らせているような態度のようにも見えるが。

 

 

 

「超失礼な!フレンダは所詮浜面と超同じです、浜面菌に毒されてしまえばいいんですよ!名誉棄損で訴えたいところですがその鯖で手を打ってあげます」

 

「あ、絹旗!……結局アンタはそういう言いがかりを付けて鯖を食べたかっただけな訳、それが見え透いている訳よ……!」

 

「鯖の一切れくらいで落ち着けって」

 

「うるさい訳!浜面の癖に!」

 

「ムカムカしますが浜面の言う通りですね、逆に自分のせいで超不快な思いにさせてしまった私に対して分け与えるくらいの器量の広さが超欲しいです」

 

 

 

まぁそれでも最初の時よりだいぶ皆仲良くなったのは間違いないので、今回のイベントは大成功と判断していいだろう。

 

 

 

「……肉ばっかり見て、食いたいのか?」

 

「そんなことはありません、オールレンジの考え過ぎです」

 

「お前それ口癖になってねぇか、ったく……」

 

「いえ」

 

「何時も馬場の残飯ばっかでまともなもん食べてねぇだろ、ほらよ」

 

「ありがとうございます、オールレンジ」

 

「無表情でありがとうございますって言われてもどう反応すりゃいいかわかんねーぞ」

 

 

 

鯖の一切れで一色触発のような雰囲気を醸し出す三人とは対照的に、七惟とメンバーの寡黙な少女は黙々と食事を取っている。

 

 

 

「なーない、普段の食事はどうしてるの?」

 

「普段は自炊で、偶にカップラーメンやら缶詰だ。お前らと違って借金付けだから豪華な食事はとれねぇよ」

 

「借金付けって?」

 

「夏くらいに言っただろ、1億の借金があるってな」

 

「あれ本当なの?」

 

「だいぶ無茶やったからな、まぁ今はメンバーが肩代わりしてくれるから給与天引き状態だ」

 

「そうなんだ……でもなーないが自炊するのは意外だった」

 

「偶には生ものに触れて捌いておかねぇと気が狂いそうになるだろ、この世界はな」

 

 

 

気が、狂いそうになる……?

 

 

 

「……どうだろう、私は人を死なせちゃったことがないから分からない」

 

「人間にしろ動物にしろ、どうもこの学園都市暗部ってのは生物が死んで当たり前に成りすぎちまってる。一般の学生から見たら異常だぞ、まぁ奴らはそんなこと知らないで生活してるからいいんだろうけどな」

 

「うん……」

 

「最初はそういう考えで自炊始めた訳じゃない」

 

 

 

七惟はきっと、豚や鶏の肉に触れて命の重みを普段から感じているのだろう。

 

それは暗部の中においては異質な考えを持っている……つまり、人を殺すことを極端に嫌悪する七惟だからこその営みなのだろう。

 

生物を殺すこと。

 

それは豚や鶏、魚を調理して食し血肉にすることと、誰かを殺してその分の自身の生命の危機を排除し生きながらえることと同義なのかもしれない。

 

深く考えれば考える程、この暗部という世界は残酷であり煌びやかな学生生活とはあまりにも相反する存在過ぎる。

 

 

 

「馬鹿みてぇなコト言っててもしょうがねぇ。滝壺も食べるか?かなり旨いな」

 

「ありがとうなーない、貰っちゃうね」

 

 

 

米沢牛を一切れ七惟の皿から取り、それを見つめる。

 

今自分たちは普段の暗部の生活を忘れて、表の生活……つまり、世間一般から見て『普通』の会話・食事・買い物・娯楽を楽しんでいる。

 

でも一歩踏み出せば、そこにはこの米沢牛のようにわが身はミンチになったり面白オブジェになったり……五体不満足な世界が待っているのだ。

 

七惟の先ほどの言葉は、滝壺に取ってこの暗部という世界がどれだけ狂っているのかを理解するには十分過ぎるものであった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

食事を終えた滝壺達一向はセブンスミストの衣服販売フロアに来ていた。

 

今日は此処で一通り買い物をして終了、ということになっている。

 

ぶっちゃげ滝壺はファッションなんでほとんど興味がないしこんなところに来る意味なんてないようなものなのだが、今回一緒に遊びにきた絹旗やフレンダのことを考えての選択であった。

 

フレンダはよくセブンスミストのようなショッピングモールで買い物をすると言っていたし、絹旗もそれなりに衣服には気を使っているので彼女達二人にとって滝壺の選択は悪くはないようだ。

 

しかし悲しいかな、逆にこの選択は男性二人にとっては全くもってありがたくないものである。

 

女性の買い物に付き合うというのは、はっきり言って男性にとっては苦行だ。

 

何を買う訳でもなくあてもなくフラフラと歩きまわりウィンドウズショッピングなんてよくある話で、買ったら買ったでお金は男性もち、更に荷物持ちにもなり兼ねないという有難味がほとんどないのだ。

 

正直なところ意中の女性でもない女の子がどんな服を着ようが男の子にとってはどうでもいいのである。

 

そして滝壺は知る由もないが、特に七惟はこの間フレンダにスーパーの付き添いを頼まれ缶詰を死ぬほど購入させられ、尚且つ膨大な時間も無駄にしたばかり。

 

しかし条件反射で顔のしわが増える七惟のことなどフレンダは気付くことなく、展示エリアに進んでいく。

 

 

 

「へぇー、今年の冬ものはこういうのが流行るって訳ねぇ……でも人と同じだと私の良さが際立たないし」

 

「何を言っているんですがフレンダ、フレンダの軽薄そうな人柄を表すにはこの服がぴったりだと思います。色々超緩そうな感じですし」

 

「結局絹旗は私を馬鹿にしている訳?」

 

「そんな訳超ありますけど」

 

 

 

相変わらず先ほどの鯖の一件を引きずっている二人だが、その手には彼女たちが気に入った服がしっかりと握られている。

 

浜面は今から始まるであろう下っ端としての雑用業務が脳裏を嫌でも過り、顔が引きつっていくものの現実は非常であり彼女たちは次々と冬物の服をチェックしていく。

 

それに対してメンバーの女の子はさして興味がないのか、七惟の横に通常通り待機している。

 

そう言えば彼女とは今回ほとんど喋っていない、当初の予定では一緒に来ることは考えてもいなかったがせっかく来てもらったのだ、少しはコミュニケーションを取って楽しんでいってほしい。

 

メンバーの地下シェルターではかなり七惟にべったりで絹旗は彼女に対して苛々していたが、滝壺はあまり気にもならなかった。

 

何故ならばあの時の彼女は今と同様、ちっとも楽しそうな顔をしていないのである。

 

 

 

「ねぇ、一緒に見て回らない?」

 

「いえ、気持ちは嬉しいのですが仕事中です」

 

 

 

まるで機械のように淡々と話す彼女、その言葉には抑揚がなく彼女の意思のようなものはあまり感じられない。

 

 

 

「お仕事中?」

 

「はい、ですのでまたの機会に」

 

「でも非番だからこうやって外に出てるんじゃないの?」

 

「そんなことはありません」

 

「何の仕事なの?」

 

「オールレンジの護衛です」

 

 

 

なるほど、頑なに七惟の側を離れることを嫌がるのは確かなようだ。

 

しかし何故そこまで七惟にくっつくのだろう、博士からの業務命令か何かだろうか。

 

 

 

「お前な、俺が適わないような相手が出てきたときお前一人でそいつに勝てる訳ないだろが。滝壺と一緒に買い物してこい」

 

「ですがそれは」

 

「業務命令だ」

 

「……わかりました」

 

 

 

どうやら上司である七惟のことは素直に聞き入れるようだ。

 

七惟も先ほどからこの少女とのやり取りを見るに、それなりに気にかけており嫌悪してはいないようである。

 

部下思い……という訳ではないだろうが、自分にとってどちらかと言えば足手まといになるような存在……要するにいざと言うとき邪魔な存在に対して此処まで気配りをする男性は、暗部の中では七惟くらいではないだろうか。

 

自分にとって利害関係で言えばマイナス、そういった人材をすぐ横に置いて尚且つ気にかける。

 

滝壺にとってそんな小さな優しさを持つ七惟は彼女の中で大きな存在。

 

大覇聖祭の時から変わっていない、七惟の人柄に彼女はまた心を擽られるのだ。

 

 

 

「浜面!早く来る訳!荷物持ち!」

 

「やっぱりこうなるのかよ!」

 

 

 

しかしその一方で浜面は大変なことになっていたのである。

 

 

 

 

 


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