とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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少女が見た幻想-ⅵ

 

 

美咲香のお見舞いを終えた七惟とメンバーの少女は、帰路に着いた。

 

七惟はこの後もちろん自宅に帰るのだが、少女に自宅なんてものはなくこのままメンバーのアジトとなっているシェルターに向かうこととなる。

 

彼女は帰る自宅など持っておらず、基本的には毎日あのシェルターで寝泊だ。

 

そして今回のような余程の例外が無ければ、一日シェルターの中で過ごし外に出ると言ってもあくまで半径一キロ圏内。

 

彼女にとっては久々の屋外の空気だった訳だが、どのように感じたのだろうか。

 

見た感じ滝壺との買い物はそれなりに楽しんでいたようだが、どうも絹旗やフレンダに対して探るような視線を向けていたのが気になった。

 

七惟の少女に対する疑念はもちろん晴れていない、フレンダや浜面に向けていたあの目は間違いなく相手の粗を探していた、要するに探りを入れていたのである。

 

今回の一件で少女が白か黒か、怪しい所があればすぐにでも見極めるつもりであったが結局は分からないまま。

 

どちらにしろ少女と滝壺達が再会する日はおそらくないだろう、こんなふうに暗部の生活とは正反対の日を過ごすこと自体が奇跡的な確率な訳であって、そもそも今日のようにこんな何もない日がまた来るなんて保証はどこにもない。

 

スクールとのいざこざが収まればそういった日もくるかもしれないが、七惟の直感が今日のメンツで再び集まることはないと告げていた。

 

その直感に根拠なんてないし、その通りになる未来なんて来るかどうかもわからないというのに七惟はその直感が絶対に間違っていないことを妙に納得していた。

 

 

 

「オールレンジ、先ほどお見舞いに行った女の子は貴方の妹なのですか?」

 

「妹みたいな奴、だ。保護者がいねぇから俺が代わりに面倒見てやってんだよ、血は繋がってねぇ」

 

「そうなんですか、仲が良いのですね」

 

「お前から見てそう思えたんならそうなんだろ」

 

 

 

相変わらず受け答えの声に抑揚がない少女ではあるものの、今日の買い物中だけ何処となくその表情や声、仕草に変化があったような気がする。

 

滝壺のように不思議天然系もリアクションは薄くこの少女の反応の無さはその滝壺をさらに遥かに上回っていたが、当初色々と世話をやいていた時よりもマシになったかもしれない。

 

それこそ、精神距離操作で拷問にかけた時が一番のリアクションであったのは間違いないが、あの時を除いてしまえば徐々に反応も大きくなっているように思えた。

 

 

 

「んで、お前は一人で帰れるんだよな?あのシェルターの位置は分かってんのか?」

 

「はい、最悪携帯電話のナビゲーションを使えば大丈夫です」

 

「取り敢えず駅までは俺と同じ道だ」

 

「分かりました」

 

 

 

既にすっかり日は暮れており、夜道を二人して黙々と歩く。

 

元々七惟とてお喋りなほうではない、絹旗や五和が居ると彼女たちからこれでもかと言うくらい話しかけられるので普段は会話に困らないのであるが、このようにコミュニケーション能力が皆無に等しい七惟にとって、この名無しの少女のように全く話しかけてこない場合、七惟も当然の如く口にガムテープを貼られたかのように押し黙るのである。

 

もちろんそれを苦痛に思う七惟ではないので、淡々と駅に向かって歩を進めていった。

 

漆黒の闇染まった空を見上げながら歩き、七惟は先ほどの美咲香のことを回想する。

 

えらくはしゃいでいたり、喜んでいたように感じたのは学校のことがあったからか……それで良い報告が出来ると言っていたのにも納得がいく。

 

しかし滝壺のように不思議天然系の彼女が周りと上手くコミュニケーションを取れるのかどうか心配が残る、まぁ他人のコミュ力を心配する前に自分のコミュ障を心配してください、と五和や絹旗なら言うであろうがもちろんそんなことは本人は気にしていない。

 

……連休明けから通学が始まる、か。

 

そういえば自分の学校は大覇星祭明けに突如として滝壺がクラスから消えたことに、そしてクラスのドアが無残にも破壊され教室内が荒れ放題となっていたことに阿鼻叫喚の騒ぎだったか。

 

あの小さな教師は『捜索願いです!早く滝壺ちゃんを探し出して下さいー!』とか絶叫していたような気もしたが、ジャージの教師から何か言われていて大人しくなっていたっけか。

 

最近はそんな出来事など無かったかのようにあのクラスは平穏だ、いつの間にか滝壺が座っていた机も撤去されてしまい、やれ学校の無法三角地帯だ、時限爆弾ラインだなど言われていた一番後ろの席のラインは席替えですっかり変わっていた。

 

あの暗部の関わりがほとんどなかった日々が懐かしいと同時に、あの日々に戻ることが出来るのだろうかと言う思いが七惟の心を揺れ動かすのであった。

 

 

 

「オールレンジ、貴方はアイテムの方々とよく出かけるのですか」

 

 

 

七惟がもやもやしていた気持ちを持て余していると、ふと少女が話しかけてきた。

 

 

 

「馬鹿言え……。今回は偶々だろ、アイツらと会ってからもう数年経つがこんなことしたのは初めてだぞ」

 

「そうなんですか。その割に非常にコミュニケーションが円滑に進んでいたような気がします」

 

「そうかよ」

 

「はい、私も短い期間ですがオールレンジと一緒に居てあのような会話をするような方とは思えませんでした。シェルター内では常に喧嘩を売っていたので」

 

「…………」

 

「特に絹旗?とかいう少女とは」

 

「……おい」

 

「はい」

 

「……まだ俺に喋ってないことがあったら、早めに言えよ」

 

「はい」

 

 

 

少女のまるで探りを入れるかのような言葉に七惟は釘をさし、遮る。

 

やはり少女に対する疑念は晴れそうにもない、普段は何とも思わないのだがこうやって会話をしている最中や馬場達とシェルター内でのやり取りをみているとふとした瞬間に疑わずにはいられない。

 

機械のように抑揚がなく淡々と聞き出してくるからこそ、七惟も余計に不安になるのである。

 

その後は二人とも口を開かずに、黙って夜道をただひたすら歩いていた。

 

秋も深まりそろそろ冬が顔を出しそうなこの季節、もちろん人通りも少なく静寂な空間の中で響くのは二人の足音のみである。

 

その静けさは先ほどまで乱れていた七惟の心をある程度落ち着かせたものの、普段一人でいる時よりも居心地が悪かった……何だか胸騒ぎが収まらない。

 

数十分歩いた後、二人は駅前までやってきた。

 

七惟は此処にバイクを止めているため駐輪場へ、名無しの少女はこのまま地下鉄に乗ってシェルターのある学区まで移動することになる。

 

別れる際に特に別段何かを言ったかの記憶はない、唯、七惟の耳にははっきりと残っていた名無しの少女の別れ際の言葉。

 

 

 

 

 

「……また喋っていないこと、ですか」

 

「……あぁ?」

 

「今日は楽しかったです」

 

 

 

 

 

これだけは、何故かはっきりと覚えていた、その時の彼女の表情も。

 

これ以外は何も覚えていない、きっとそれ以外は大事なことではないのだろう。

 

だがこの一言が、七惟の胸騒ぎを一段と激しく引き起こした。

 

何かよくないことが起きる、と。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

駐輪場にやってきた七惟は自分のバイクを引っ張り出し、エンジンをかける。

 

何時も通りそこからヘルメットをか被ろうとしたその時に聞きなれた挑発的な声が彼に向かって放たれた。

 

 

 

「結局アンタを付けても何も分からなかった訳……アンタ、一体何がしたい訳?」

 

「途中からまどろっこしい視線を感じると思ったらやっぱりお前かよ……」

 

 

 

苛立ち半分、呆れ半分でその声のしたほうに七惟は振り返ると、予想通り振り返った視線の先にはベンチに座って足をブラブラさせるフレンダの姿。

 

いったい何処から着いてきていたのやら、正直言って七惟程高レベルの距離操作能力者によると五感の敏感さは常人とは桁が違うため、まず尾行などされても気付くのだがそれを知らないフレンダではないだろう。

 

故に尾行しても無駄だ、とは彼女は考えなかったらしいが。

 

 

 

「無駄な労力使ってご苦労さん。さっさといなくなれ、一秒でも早くな……いい加減ぶっ飛ばすぞ」

 

「へぇー……誰もいなくなると素がでるって訳ぇ?」

 

「挑発しても無駄だぞ」

 

「そ、つまんない」

 

「つまるもつまらないもどうでもいいがな、いい加減俺に引っ付いてくんなじゃねぇよ、ストーカーか?」

 

「はぁ?誰が好き好んでアンタみたいな不細工で性格破綻なコミュ障にストーカーする訳よ。これは自衛のための尾行な訳」

 

「んで?その不細工で性格破綻なコミュ障について回って何か得られたか?」

 

「結局わかんない訳、ホントにアンタって昔と変わりすぎてオールレンジに見えない訳。でもさ……それが、惹かれちゃった訳よ」

 

 

 

フレンダはベンチから離れこちらに近づいてくる、近づいてくるのだが……その仕草が、普段とは違う。

 

そもそもフレンダのほうから七惟に接近してくることなんてまずない、買い物中雑用をさせられているときは別だが常に自分の身を守ることが第一な彼女にとって、一応同盟は組んでいるものの以前自分を殺そうとしてきた奴に対して自ら近づいてくるとは。

 

 

 

「ねぇ……七惟。アンタが本当に変わって、今のアンタが本心だとするなら……私もちょっとはいいかな、って思う訳よ」

 

「…………」

 

 

 

身体を、腰をくねらせながら、態勢を低くし、上目づかいでこちらを見つめてくるフレンダ。

 

 

 

「だから、さ……。アンタがこの後……良かったら、二人でちょっと……」

 

 

 

まるで小動物を連想させるかのようなその動きの中の一連に、七惟は彼女の手がすっとポケットに入ったのを見逃さなかった。

 

 

 

「一緒に……」

 

「…………」

 

「私と……」

 

「おい、スタンガンポケットからはみ出てんぞ」

 

「は!?そんなことない訳……ぇ?」

 

「またゴミ箱に転移したいならそのままやりたいことやれ」

 

「……はぁ~……降参な訳、はい」

 

 

 

そういうとフレンダはぽいっとポケットからスタンガンを放り投げ、七惟からさっと身を引く。

 

いったい何をしてくるのかと思えば、色仕掛けか。

 

まぁフレンダは同い年ではあるし、絹旗よりも多少マシな色仕掛けではあったが正直普段のどうしもようもない彼女を知っていれば全く持って意味のない作戦だ。

 

 

 

「お前色仕掛けする相手間違ってんだろ、浜面にでもしてろ」

 

「私は自分より強い男に色仕掛けはするけど、弱い奴にはしない訳。そもそもアイツにやって私に何のメリットがある訳?」

 

「俺に仕掛けるより真に受けてくれると思うぞ」

 

「……それって結局私のこと馬鹿にしてる訳よ」

 

「それで、お前は色仕掛けしてどうするつもりだったんだか」

 

「簡単に言っちゃえばアンタを連れて帰って拷問するつもりだった訳よ、拷問だったら怪しい素振りを見せたからーって上手く言えば大丈夫な訳だし。逆に殺しちゃったら貴重な戦力がーって麦野が激昂するからね」

 

「へぇ……それで、何を聞くつもりだったんだよ」

 

「別に。さっきと一緒な訳、アンタは本当はいったい何がしたいのか。先に言っておくけど、私はアンタを微塵も信用していない訳」

 

 

 

先ほどの小動物のような可愛らしい目つきとは違い、冷たい色をした青い瞳でこちらを見るフレンダ。

 

なるほど、確かに此奴は一切自分のことを味方だとは考えていないのだと納得がいく。

 

 

 

「まぁ結局アンタからすれば私が信用してもしなくても関係ないだろうけどね。私としては死ぬのは真っ平ごめんだからこういうことをした訳」

 

「はン」

 

「……此処で私のことを殺しにかからない七惟が既に違和感を感じまくりな訳よ……はぁ、ホントわかんない訳」

 

「そんなに短気じゃねぇ」

 

「人間と戦闘機を正面衝突させてゲラゲラ笑ってた科学者を気に食わないからコンクリート内に転移させた人間が言えるセリフとは思えない訳」

 

「…………」

 

「それじゃ、私はもうアンタに用はないから帰る訳……アンタも夜道には気を付けたほうが言い訳よ、何時私みたいな奴から攻撃されるか分からない訳」

 

「お前もな……セブンスミストでも言ったがな、事態を甘く見ていいことはねぇぞ。特にスクールのことはな」

 

「……学園都市で最強の距離操作能力者がそんな怯えた発言をするなんてらしくない訳よ、麦野みたいにどっしり構えてれば?」

 

「少しでもてめぇらの不安を駆りたてないと、余計なことしそうだからな」

 

「そ、まぁアンタの心配なんてどうでもいい訳。たぶんどっちにしたって、結局スクールとは戦わないといけないことになる訳よ」

 

「……勝ち目はねぇぞ?」

 

「勝ち目がないから、麦野はアンタをアイテムに迎え入れた訳。そんなこといくら楽天的な私だって分かってるけど」

 

「…………」

 

「それじゃ、七惟。あ、今日色仕掛けしたことは絹旗や滝壺には内緒にして欲しい訳!また笑われる訳よ!」

 

 

 

七惟にとって非常にどうでもいいセリフを最後に残し、フレンダは闇夜の中を駆けていった。

 

結局フレンダが向ける自分への疑念の眼差しは解消されそうにもなかった、まぁそれは自分が名無しの少女に対して解消されないことと同じなのだろう。

 

自分が少女に向ける感情が、フレンダが自分に向ける感情と同じというのは何とも皮肉なことである。

 

七惟はヘルメットを被り、バイクにまたがると最後にその場を一瞥し去っていた。

 

 

 

 

 

 


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