とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
新年明けましておめでとうございます!もう2月ですけど!
距離操作シリーズもかなり長く続いていますが、この亀更新ではとても今年中に終わりそうにありませんね!(涙)
今年もどうぞよろしくお願いします。
季節はもう秋真っ只中、あの夏のうっとおしい熱風もどこ吹く風といったところか。
七惟は今からアイテムの面々が待つファミレスへと向かうため、足となるバイクにキーを差しエンジンをかける。
自分の心境とは正反対の涼しげな心地よい風が吹いて嫌になる、過ごしやすい季節と言われる秋だがその分不穏分子の動きも夏程ではないが活発だ。
さて今から現地へ向かおうか、とバイクに跨ったところ後方から彼に声を掛ける男が現れる。
「貴方はあの女と仲がいいようですけど、そういう関係なんですか」
「…………」
「気になるんですよ、あのシェルターで毎回あんな砂糖成分の高い会話をされると当てられてしまいそうで」
声の主は査楽、メンバーで戦闘の中核を担う男だ。
ついさっき自分が外に出るまで仲良さそうに会話をしていたのは誰なのやらと突っ込む言葉が喉まで出てその後、面倒事に巻き込まれそうな未来図を予想し飲み干した。
彼はさっさとアイテムの所へ向かいたいと思い最初声をかけられた時は無視をしたのだが、食い下がってくるため仕方なくその言葉に耳を傾ける。
あの女とは、自分が助けた少女のことを言っているのだろう。
「あぁ?てめぇのほうがよっぽど仲が良いだろ、手取り足取り殺傷術を教えてやってるお前と俺を比べたら月とすっぽんだから安心しろ」
……馬鹿馬鹿しい。
そもそも暗部の人間と深い関わり合いになることを七惟は望んでは無い。
「それにな、俺は暇つぶしに相手してやってるだけだ、そんなにアイツと話したいんだったら勝手に話せばいいだろが」
「な、何を!別に僕は話したいだなんて言ってないですけど、だいたい……」
「だいたい、何だ?めんどくせぇから俺はもう行くぞ」
七惟は引き留める査楽の声を無視して浜面と待ち合わせをしている場所へと足を運ぶ。
まだぎゃーぎゃと査楽は言っていたが、あの名無しの少女が気になって仕方がないのか?
自分だって気になっているのは確かだ、だがそれは査楽のようにプラスの感情ではなくマイナスの感情のほうが大きい。
その、はずだ。
もしかしたらあの女はメンバーを壊滅させるために送り込まれたスパイなのかもしれない、もしかしたらあの女は本当に唯の暗部の波に呑まれた不幸な少女なのかもしれない。
どっちだ、いやどっちでもいい。
自分とあの女の関係など、所詮は暗部のみの繋がりだ。
命を助けてやったのも、偶々あの任務を請け負ったのが七惟なだけであって、そこに特別な理由は存在しない。
訓練したこともせっかく助けた命が失われたら気が悪いし、一緒にアイテムのメンバーと御ふざけしたことだって偶然だ、もう二度とあんなことはないだろう。
ただ……時折見せる、あの無表情な顔がミサカに似ていた。
だからかもしれない、どっぷり暗部に漬かりきったあの名無しの少女に対して死んで良い気分はしない……とすら思ってしまっているのは。
しかしそれ以上それ未満なんて有りえない、自分が彼女に向ける感情など。
*
アイテムの浜面と合流した七惟は、麦野達が待つファミレスへとやってきた。
合流して早々に思ったが、コイツらのお客様思考は半端ではないと思う。
「オールレンジ、遅かったわね」
「超七惟、相変わらず時間に超ルーズです」
「結局七惟は女を待たせる男な訳?」
「なーない、久しぶり」
麦野は外から持ち込んだ鮭弁当を食い散らかし、フレンダは缶詰を弄り回す、絹旗は映画雑誌を漁り、滝壺は注文など何もせずにただ一点を見つめている。
浜面は大きなため息をつくと同時に、七惟に声を投げかけた。
「コイツらずっとこんな感じなんだよ」
「……今に始まったことじゃねぇから安心しろ」
浜面のやつれ具合も、コイツらが少し大人しくなれば幾分かマシになるだろう。
ただ世界の中心が自分だ、と考えている女が少なくとも二人いるこのアイテムではそんなコトは決して起こらない。
「浜面、さっさとドリンクバー持ってきて頂戴。いつものね」
「超浜面、私も」
「私も同じので頼む訳よ」
「……わかった」
顎で使われる浜面を見て、まぁ暗部などこういう糞ったれな世界の塊なのだと思いつつ滝壺の隣に座る。
6人掛けの席のようだが、浜面を座らせることを考えて麦野がチョイスしたとは思えない。
間違いなく、自分を座らせるために6人掛けの席にしたのだろう。
もし自分がいなければ、4人掛けの席にしていたに違いない。
「それで?俺に用ってことは仕事か?それも血みどろの臭いがしやがる」
「大方当たりね、まぁ今からそれは話すからアンタも何か頼めば?あの木偶の棒が運んで来るわよ」
「……あの様子じゃ自分で取りに行ったほうが早いだろどう見ても」
そう言って七惟は席を立つ。
こないだ浜面と話した時に思ったことは、彼は心身ともに限界に近付いているかもしれないということだった。
元々スキルアウトで自由にやってきた彼は、リーダーであったことも相まって人に顎で使われるようなことには慣れていない。
そんな奴が少女達にこき使われるというのは精神的にもかなり応えるはずだ、力で屈服しようにも麦野や絹旗にそんなことが出来るはずがないだろう。
フラストレーションがたまっていき、十分な休息もストレス発散も出来ない。
いずれは自爆と分かっていても反旗を翻し、最後には電子炉に放り込まれるのは目に見えている。
メンバーのように屑共の集まりならばどうなろうと知ったことではないが、この男はまだまともだ。
そんな人間が自爆するのに加担するようなことはあまり乗り気ではない、七惟はウーロン茶を取りに行こうと足を一歩踏み出すのだが。
「なーない、私も」
「あン?……そうか」
そう言えば滝壺は浜面にドリンクを頼んでいなかったか、まぁ彼女が人を顎で使うことに快感を覚えたり満足する人種とは思えないだけに納得する。
「俺がついでに持ってきてやろうか」
「ううん、それじゃあなーないに悪いよ」
「そうかぃ」
本当、いったいぜんたいどうして滝壺が暗部組織に身を潜めているのやら理解出来ない。
七惟と滝壺は二人一緒にドリンクバーへと向かっていく。
「あ、お前らは何がいいんだよ?」
ドリンクバーで麦野、絹旗、フレンダの3人分を用意していた浜面が呆れたような表情を見せる。
また命令か、とうんざりしているのだろう。
「ちげぇよ、てめぇに頼むよか自分でやったほうが早いから来たっての」
「……そうかよ」
半信半疑だった浜面だったが、滝壺がグラスを二つ取ったのを見て表情を変えた。
そんな浜面に、滝壺が声をかける。
「はまづら、はまづらは何を飲むの?」
……へぇ。
「は?」
滝壺の言葉に目を点にして、浜面は応えた。
状況と言葉の意味を理解出来なかった浜面の態度を見て、上手く伝わらなかったのかと滝壺は再度言葉をかける。
「はまづらは飲み物は何が好き?」
「……コーラ」
「わかった」
「お、おい」
コーラと聞いて、迷わずコーラサーバへと向かう滝壺に浜面が声をあげた。
「お前、もしかして俺の分を……?」
「うん。はまづら、4つも持てないから」
「……そう、か……その、ありがとな」
「ううん、いつも持ってきてくれるもんねはまづら」
滝壺は表情を変えなかったが、浜面は照れ臭そうに頬を書きながら笑っていた。
アイテム唯一の良心とも言える滝壺がいるのだから、そう簡単に自暴自棄になったりはしないか……。
七惟はウーロン茶を注ぎなら、横目で二人のやりとりを見つめていた。
そんなこんなで七惟滝壺浜面の3人はそれぞれのジュースを手に持ち麦野達の待つテーブルへと戻る。
浜面が視界に入った瞬間、麦野はやれ遅いだのとろいだの、絹旗はぬるくなってるから注ぎ直してこいだの、フレンダは木偶の棒って訳よなど悪口雑言の限りを尽くす。
そんな彼女達の態度を見ても浜面は苛立ちを表に出すことなく、無言で彼女達にジュースを配っていく。
もしこれがメンバーだったなら、馬場あたりがドリンクを浜面にかけていただろう。
そういうのがいるというのを考慮すれば、まだまだアイテムもマシな部類に入るのかもしれない、それでも十分に糞ったれな組織であることに変わりは無いが。
七惟達が席につくと、早速麦野が口を開いた。
「まぁアイテムの皆にはさっき言ったんだけどね。オールレンジ、親船が暗殺されそうになってたってのは知ってる?」
親船。
統括理事会の中で一番の穏健派として知られているが、穏健派故にその権力や力は統括理事会の中で最弱とされている。
そんな老婆を狙う輩がいるという情報は、馬場のシェルターに居た時にあの少女から入手していたが、具体的にそれが何の目的のために行われたのかは知らない。
狙う価値すらないのが親船だと七惟は認識しているのに、それをわざわざ狙って混乱を引き起こす必要などあるのだろうか。
もしかすれば、その暗殺を行おうとした面々は親船の暗殺すらデコイで、目的は別にあるのかもしれない。
「あぁ、さっきメンバーのアジトで聞いた」
「なら話は早いわね。親船の暗殺はまぁ失敗に終わったんだけど」
「へぇ……それで?お前らは何処まで掴んでるんだ」
「そうね、親船暗殺未遂の混乱に乗じて警備が手薄になった学区があるわ。私はそこが臭いと睨んでる、浜面」
麦野は浜面に目を配り合図を送る、浜面は慣れた手つきで携帯を操作し、数秒後には七惟の携帯に添付ファイルメールが送られてきた。
送られてきた七惟は早速その内容をチェックしようと、画面も見ずにエンターボタンを押すが……。
「……おぃコラ、アイテムじゃエロ画像を送るのが流行ってんのか」
浜面は何の間違いか分からないが、ネットで落としたエロ画像を七惟の携帯電話に送信したのだ。
七惟はそんなのも知らずエンターボタンを連打していたため、七惟の携帯には大画面で男女のあられもない姿が映し出されてしまった。
「浜面……アンタって奴は」
「そんなことすると七惟からアイテムが超勘違いされるから超やめてくれません?」
「結局浜面がキモ過ぎる訳なんだけど、同じ空気を吸いたくない」
「大丈夫だよはまづら、私はそんな気持ち悪いはまづらを応援してる」
少女達からは侮蔑の視線、そしてメールを送られた七惟は青筋を立てて明らかに怒りの視線を浜面に向ける。
「こ、これは何かの間違いだ!こっち!」
慌てて浜面が七惟に再度メールを送る、今度は七惟もちゃんと中身を確認してファイルを開いた。
そこには今回行われた親船暗殺未遂に関するデータと、それを防いだ暗部組織、そして暗殺未遂をしでかした組織名……。
「スクール……!」
思わずその名前が口に出た、麦野はにやりと口端を吊りあげる。
「えぇ、あの馬鹿共が動きだしたってわけ。前にこっちがスクールのスナイパーを始末して警告したつもりだったんだけど、そんなのお構い無しみたいよ」
「向かった先は第18学区、霧ヶ丘女学院か」
驚いた、まさか行き先まで掴んでいたとは。
「親船暗殺の件で警備が手薄になりそうなところ、尚且つあの糞野郎が欲しそうなモノがある場所と言ったらここくらいね」
「結局スクールの連中のやってることは筒抜けって訳」
麦野やフレンダはしてやったり、これから奴らをぶちのめすのが楽しみで楽しみで仕方がないと言った表情だ。
元々麦野はスクールのリーダーである垣根が嫌いだし、フレンダは高レベルの能力者を叩きのめすのが缶詰の次に好きらしい。
それに対して表情が優れないのは、意外にも滝壺ではなくて絹旗だった。
「お前は乗り気じゃねぇのか」
七惟は麦野に聞こえないよう対面の絹旗に小声で尋ねた。
「…………別にそう言うわけじゃありません」
少し言うのを憚ったかような含みのある言い方に、七惟は確信を得る。
絹旗は、アイテムとスクールが正面からぶつかるのを望んでいない。
そして全面戦争になった場合、負けるのは間違いなくアイテムであるというところまで的確に分析している。
七惟も絹旗同様にこの喧嘩は乗り気ではない、麦野が垣根の戦闘能力をどの程度だと解析しているのかは分からないが、少なくとも『普通のレベル5』では勝てない場所にあの男はいるのだ。
それは普通のレベル5が二人集まっても同じこと、あの男の前では七惟の全距離操作も麦野の原子崩しも全く意味をなさないだろう。
それほどまでにあの男の力は常識をかけ離れてしまっている。
アイテムでそれに気付いているのはおそらく絹旗だけで、後の麦野やフレンダ、滝壺……新入りの浜面だって、こんな化け物達が負けるわけがないと思いこんでいる。
危険だ、あの男と正面からやりあってはアイテム側が全滅も有り得る。
以前から感じていた七惟の胸騒ぎが一気に確信へと駆けあがっていく。
だが……。
「もうこっちもいい加減痺れを切らし掛けてきたところだし、良い頃合いよ。あの男は徹底的にぶちのめして、生きてることを後悔するまでぐちゃぐちゃにしてあげる」
麦野の気持ちは既にスクールとの対戦に向いている、この様子だと止めるのは不可能だ。
もし七惟が無理に止めようとすれば麦野はこちらを無視するか、力で押し通そうに決まっている。
『流石にレベル5が二人もいる組織なんざ作られたら……放置は出来ないからな』
数ヶ月前に聞いた垣根の言葉が脳裏を過る。
もし前面衝突となればあちらも全力で潰しに来るはずだ、一度警告は貰っているだけに遠慮など全くしないだろう。
留まっても、進んでも……事態は好転しそうにない。
戦わずしてあの男が目的としているモノを奪うなり破壊する、そのどちらかが最善の策か。
「そういうわけで浜面、足の用意。早速18学区に行ってあいつらを始末するの。オールレンジは自前のバイクね」
「ああ、分かった」
物語りは走り始める、それは七惟の意思ではない。
七惟の所属するアイテムの意思だった。