とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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War Game ! -ⅱ

 

 

 

 

 

第18学区は学園都市の数ある学区の中でも有数の能力開発機関だ。

 

それは常盤台と肩を並べる霧ヶ丘女学院が存在することからも明らかだろう。

 

霧ヶ丘と常盤台、何故優秀な能力者が片方に偏らず両校に満遍なく入学するのか。

 

原因は校風だ、霧ヶ丘女学院は学園都市最高峰の開発機関である長点上機学園と同じで、一芸に秀でた者ならば誰でも入学出来る。

 

それは別に能力に限らず、芸術、音楽、研究など様々な分野にわたり、一つでも尖っているもの(明らかに他者と違う)を持っていれば、誰にでもその門戸は開かれている。

 

対して常盤台はどれだけ一芸に秀でていても、レベル3以上の能力者でなければ、入学希望の者が世界有数のお嬢様であっても入学は許可されない。

 

絶対的な実力主義、それが常盤台であり、入学を果たし、卒業していく者には栄光の未来が約束されていると言っても過言ではない。

 

そのためには厳しいカリキュラムをこなす必要もあり、途中で挫折して中退してしまう者も多いと言う。

 

自由奔放で自己責任の霧ヶ丘、厳しい規律で欲を律し最後まで面倒を見てくれる常盤台。

 

どちらがいいだろうか、とこの男に聞けばなんと応えるだろう。

 

 

 

「馬鹿言え、学校なんざ俺らと最も遠い位置にあるモンだろうが。もうすぐ目的の場所に着くぞ」

 

 

 

如何にもくだらなそうに、しかし興味はあるかもしれない素振りを見せながら垣根はそう応えた。

 

 

 

「偶にはこういう幻想にふけってみるのもいいことだと思わない?」

 

「少なくともアレイスターの臭いが隅から隅まで渡り切ってる学校なんざ通いたいとは思わねぇ。それよりも今後の動向のチェックでもしとけ」

 

 

 

スクールは親船の暗殺計画の立案者であり、実行者だ。

 

そんな彼らはこの混乱に乗じて警備が手薄になった第18学区の研究所に向かっている。

 

乗用車に乗っている彼らは後部座席に垣根と心理定規、運転手は頭に輪のような装飾品をつけている少年だ。

 

彼らは既に目標であるピンセットを入手する手順を頭に入れており、余程のトラブルが起こらない限りこの作戦の成功確率は100%だと言える。

 

 

 

「心配性ね、アイテムが来ても私達の作戦に成功は揺るがないわよ?」

 

 

 

例えアイテムが垣根達の動向を読んでいて、第18学区に現れたとしても彼らの作戦の成功は揺るがないのだ。

 

それはアイテムにオールレンジが加わっていても同じこと、普通のレベル5がどれだけ束になって垣根に挑んでも木っ端微塵に粉砕されるだけである。

 

 

 

「まぁな。ただオールレンジの野郎がピンセットを本気で奪おうと思えば、厄介なのは確かだ、用心に越したことはねぇよ」

 

 

 

オールレンジはムーヴポイントと同じで物体にふれなくても、その座標をくみ取ることさえ出来れば簡単に対象を移動・転移させることが出来る。

 

この能力は今回の作戦におては非常に厄介だ、まぁピンセットだと気づかれないようにダミーを準備するか、早々に自身が装着してしまえば問題はない。

 

 

 

「ねぇ」

 

「あぁ?」

 

 

 

そろそろ目的地が近付いて来たかと思ったところで、心理定規が声をあげる。

 

 

 

「貴方はピンセットで有益な情報が得られない場合……第1位を潰すって言ってたけど」

 

「そうだ」

 

「その前にオールレンジと第1位をぶつけるのよね?」

 

「そうなると踏んでるぜ」

 

「いったいどうやって?」

 

 

 

確かにオールレンジと一方通行が犬猿の仲であることは周知の事実だ。

 

両者が命をかけて本気でぶつかったのは2回だが、いずれもそれはちゃんとした理由があった。

 

1回目はオールレンジの命が、2回目は『絶対』になるための犠牲となる命が。

 

しかし今回はオールレンジにとっても、一方通行にとっても何物にも代えがたい命があるとは思えない。

 

彼らが正面からぶつかりあうという動機がなくては、いくらこちらがふっかけてもそれは不発に終わるだろう。

 

 

 

「引き金があるのさ」

 

「引き金……?」

 

 

 

意味深な言葉を呟く垣根。

 

引き金……何か既にこの男は仕込んでいるのか。

 

 

 

「裏切りのな」

 

 

 

裏切り。

 

その言葉に心理定規は瞬き一つで返答する。

 

 

 

「……貴方が考えそうなことね」

 

「汚れまくった俺達にはもってこいのやり方だろ、まぁ俺が裏切らせるんじゃなくてあの二人が勝手にやり合うわけなんだがな」

 

「裏切らせるのはメンバー?それともグループ?」

 

「メンバー側だ。そもそもこの計画にはオールレンジは元々入っていなかったが……思いもよらない事態が起こったんだよ、こちらにとっちゃ美味しいことだ」

 

「ふぅん。その情報は何処から?」

 

「グループの下部組織に送り込んだ奴からだな」

 

 

 

また自分の知らない所で根を回していたの、と感心するような、呆れるような表情を心理定規は浮かべる。

 

 

 

「こんなことが起こらなかったら俺一人の力で第1位をぶち殺すつもりだったが……まぁ、利用出来るモンは根こそぎ利用するのが俺のやり方だ」

 

「利用して、自分の勝利を絶対的にするってことね」

 

「まぁな……オールレンジの野郎がどんな顔するか楽しみでならねぇよ」

 

「貴方が思い描いているシナリオは?」

 

 

 

垣根は自分の目的達成のためならば何でもする男だ、殺しなんて朝飯前だし誰かを裏切り仲間を殺すことだって厭わないかもしれない。

 

垣根の話によればグループ側のスパイがメンバー側に忍び込んでいてとのことだが、さてここからどうやって最高のシナリオに持っていくつもりなのか。

 

「俺がメンバーのアジトに仕込んだ盗聴器によりゃあ、スパイの女はグループ側にかなりの情報を送っている。だが『オールレンジ』に関するデータだけは送っていない」

 

「それはまた一番大事なモノを隠しちゃったものね」

 

「あの女はオールレンジに一度命を助けられたらしいからな、気持ちも分からないでもない。ただ……そんな奴の気持ちを一方通行の野郎が汲んでくれるとはとてもじゃねぇが思えねぇよなぁ。しかも女は木原の居た猟犬部隊の生き残り……一方通行は本当は喉から手が出るくらい殺してぇんだよ」

 

「それを有益な情報を引き出す媒体だから、我慢してるのね」

 

「まぁな。唯……戦略面において一番大事な情報を隠してるって知ったら?肉塊になるまで10秒もねぇだろう」

 

「でもそれだけじゃオールレンジが一方通行とぶつかる理由にはならないわよ、スパイを殺したんだったらオールレンジとしても有益だし」

 

「いいや……オールレンジは必ずスパイを殺した一方通行を殺しにかかる」

 

「確証はあるのかしら」

 

「あぁ、それこそオールレンジが表の世界で手に入れたモンを利用すんだよ」

 

 

 

オールレンジが表の世界で手に入れたモノ……か

それは暗部においては不要なモノだが、表の世界では絶対に必要なモノである『優しさ』だ。

 

人間は感情で動く生き物だ、理論で理詰めにして無駄を省きながら最適な選択を取り、生きて行くことが最も賢い人間だろう。

 

ただそんなことを死ぬまで一生全う出来る人間がいるとはとてもじゃないが思えない、窮地に立たされた際は必ずと言っていい程人間は自らの感情に従って動く。

 

暴走した感情の前では、己を止める理論など全くの無意味なのだ。

 

それをこの男は利用して、オールレンジを一方通行にぶつけるつもりなのだろう。

 

 

 

「衛星を使ってウィルスを散布するブロックの『おとりの作戦』はメンバーの下位組織に流しておいた。もちろんその情報はグループだって知っている、メンバー側はその裏にある意図に気付いていたようだが……グループはどうだろうな?アンテナを破壊するために第1位を送り込むだろうよ、破壊を止めるために送られるのが……」

 

「スパイの女、か……」

 

「あぁ、あの女がメンバーから抜け出すタイミングはそこしかないからな。唯……メンバー側も新入りの女を一人で活かすとは思えねぇ、オールレンジを必ず送りこむ」

 

「そこで私達が涙を流す展開が繰り広げられるのね」

 

「お涙頂戴の素晴らしい舞台になると思うぜぇ?」

 

 

 

オールレンジと一方通行が血みどろの戦いを繰り広げるための舞台と役者は揃った。

 

後はイレギュラーが起きない限り、ピンセットから有益な情報が出ようが出まいがあ二人は死ぬまで闘い続けるだろう。

 

何もかも思惑通りに今のところ進んでいる、あともう少しでこの学園都市は自分の手の中だ。

 

計画通りにコトが進む、まるで登場人物が自分の掌の上で踊っているようなその感覚に満足げな表情を浮かべる垣根。

 

その隣で窓の外から覗いてくる乱立した研究機関の無機質な風景を眺めながら、心理定規は今から相対するオールレンジ一行のことを思い浮かべる。

 

 

 

「オールレンジ……七惟理無、ね。そういえばそう名乗ってたかしら」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟とアイテムは第18学区の素粒子工学研究所に向かっていた。

 

七惟は途中で寮に置いていたバイクを回収し、アイテムは浜面の運転する乗用車で移動している。

 

この先に居るのは間違いなく垣根帝督率いるスクール、そして当然こちらの動きを読んで万全の準備で待ち構えているはずだ。

 

もし垣根帝督とぶつかることになったら、どうするのか?

 

フレンダ同様、七惟とて自分の命に対して執着はある、生きる者として当然だろう。

 

始めからこんな弱気でいては闘う前から勝負はついているのかもしれない、いや感情など関係無しに理論的に考えてアイテム側がスクールに勝つことなど不可能だ。

 

麦野はまだ垣根と正面からドンパチやったことがないため気づいていないかもしれないが、あの男の実力は一方通行のソレと変わりない。

 

そんな化物相手にそこらへんのレベル5が一人二人群がったところで意味はない、蟻のように蹴散らされるのが落ちだろう。

 

その結末を予想しているのは七惟だけなのか……絹旗の表情が優れなかったことから少しは察しているとは思うのだが。

 

ただ、核となる人物である麦野は絶対に自分達が負けるとは思っていないし、滝壺もいつも通りに仕事が終わると思っているに違いない。

 

フレンダに関しては言うまでも無い、早くレベル5を傷めつけたくて仕方がないと思われる。

 

 

 

「ったく……アイツらの頭の中が羨ましいぞくそったれが」

 

 

 

七惟は垣根の実力をよく知っている。

 

知っていると言ってもそれは氷山の一角かもしれないが、それだけでもあの男の力量を測るには十分過ぎる代物だった。

 

奴の力は『質量』を操る力、そして……この世界には存在しない『質量・物体』を操る。

 

この世に存在しない物体を生み出す男に、この世のモノしか扱うことの出来ない者達がどう足掻けば勝てるというのだろう。

 

垣根との戦闘を考えるとやはりネガティブな思考ばかりが浮かんで来る、これでは何もできずにぼろ雑巾のようにされてしまう、気を引き締めなければ。

 

少なくとも、今回は『ピンセット』を奪うのが本来の目的だ。

 

垣根本人と闘う理由はこちら側としてはないし、自分の能力を持ってすれば少なくとも奪い取る可能性も皆無ではない。

 

その後逃げ切れるかどうかは分からないが……。

 

まぁ、これから起こることをあれやこれやと考えても仕方がない。

 

七惟は首を回し、気持ちを入れ替えてバイクのスロットルを開く。

 

ただ、そのスロットルを開く勢いも力も普段の彼とは全く違った、不安や恐怖が七惟の身体を束縛していたからだ。

 

 

 

 

 


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