ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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15.「群青の守護神」

 

 

 ルークは、『骨のカンテラ』を選ばざるを得なかった。

 奈落の隣にそのアーティファクトは着地する。

 

 髑髏(されこうべ)のランプが一瞬で燈り、一つの大きさが町一つを覆うほどの巨炎が幾つか四方八方に撒き散らされる。

 幻影の炎は、何をも焼き尽くすことなく再び燈火の源へ還ってきた。

 骸の灯りは溶解し、大地と同化する。すると、それが合図だったようにあまりにも先鋭が過ぎる剣山が、瞬く間に生えてきた。

 おいおい、これはいくら何でも無理あるだろ、とゾッとしたルークであったが、間違い無く世界一高い剣山は幾千幾万年の風化を一瞬で具現化する。

 鋭角は切り取られてなだらかになり、山の標高も剣山の半分ほどまで削られた。

 山の麓を穏やかなせせらぎで緑を育み、白い霧で山頂を隠せば、今ここに『ノルン山脈』が出現したと言えよう。

 

 ルークは、ラルクと共に向かって行く。

 

 

 

 

 風読み士のフルーは、畑を鍬で均していた。

 知恵のドラゴンが一人メガロードの守っているマナストーンからの恵みは、ここのように決してマナの力に恵まれない平凡な土地さえも肥沃な大地に変化させる。

 おかげで鮮やかな緑の木々と草原に爽やかに囲まれ、時に色鮮やかな花々のかぐわしい香りを楽しみながら、農作業ができるのである。

 

 フルーが育てているのは、ジャガイモとニンジン。

 彼の作るものは、どちらも大きくてどんな料理にしても美味しく味を際立たせると専らの評判である。

 フルーの一番の誇りは、真心を込めて栽培したジャガイモとニンジンをメガロードに献上しに行った際に、「非常に美味だ。素晴らしい」と、その威厳ある言葉で称賛されたことであった。

 もとより平凡な鳥人のフルーは、その言葉を直に聞いた時、無礼にも飛び上がりそうになった。

 

(マナの恵みで我々を肥やすだけでなく、凡人の私のような者にまでお褒めの言葉を頂けるとは……)

 

 もとより「ほかの生物との共存をはかろう」が持論のメガロードは、己に仕えるドラグーンの風読み士に対しても身分の別なく接されると仲間たちから聞いていた。

 しかし、実際に直接声をかけてもらえた時の喜びは、まさに格別であった。

 山頂の御前に詣でた際のフルーの総身を貫く畏敬の震えは、一転、嘴から羽根先までマナの力で満ち満ちていくほどの歓喜の震えに変わったのである。

 

(この主様のためならば、どんなことがあってもこの身を捧げよう!)

 

 風読み士にも地位の格差がある。

 元老と呼ばれている風読み士は特に高位で、その象徴たる緑色の衣装をまとっている。

 しかし、フルーのような低位でさらに農作業に従事するような卑しい身分は、青い衣装を身に付けなければならないのであった。

 メガロードに会うまでは、元老のような高位の者に常に憧れていた。

 メガロードを模している素晴らしい衣装とは言え、己の弱さを嘆いたことは数知れない。

 

 しかしながら、メガロード様は、風を操る風読み士以上の風圧で、そんな悩みを文字通り吹き飛ばしてくれた。

 

 この主様は、自分のような小さな仕事にも目をかけて下さる!

 

 ならば、わざわざ不相応に大きな力を羨む必要などないではないか。

 自分の仕事を邁進すれば、それこそがメガロード様に最も報いることではないか。

 こうした農作業も捨てたものではない。十二分に立派な、忠義のある仕事だ。

 そう確信したフルーは、あの謁見以来、ますます畑を耕す鍬に力が入るのであった。

 

 ―――しかし、そんな誇り高き日常は突然破壊されることとなる。

 

 

 

 その日も、いつも通りフルーはノルン山脈の麓にある風読み士の集落から離れた畑に鍬を持って向かった。

 しかし、鍬で畑を鋤いていると、見慣れない二つの人影が入って来るではないか。

 たまにこの山脈に迷い込む人を追い返すのも風読み士の仕事だ。

 だから、いつものように咎めの言葉を投げかけようとしたのであるが、その一人の姿を見て愕然とした。

 

(こいつは、ティアマットのドラグーンの、『砦落としの』ラルク!?)

 

 ティアマットの所業を知らぬ風読み士などいない。

 奈落に落とされたはずのヤツのドラグーンが、さらにもうひとり人を連れてここに来ているということは……

 フルーは、鍬を投げ捨てて、急いで集落に舞い戻った。

 

 

 

* 

 

 

 

 ルークとラルクが、ノルン山脈に入って幾ばくも時を経ないときのことであった。   

 

「待て……」

 

 機械のように規則的に歩いているルークの足を、突然鋭い声でラルクが静止した。

 

「……なんだよ?」

 

 周囲をすぐに見渡したルークであるが、未だ何らの気配もない。

 怪訝な表情でラルクを見つめるが、

 

「………………」

 

 ラルクは黙して答えず、ただルークの僅か先まで歩み寄っただけである。

 しかし、その纏う雰囲気は険しく、恐らくは眦(まなじり)も相応に鋭いのであろう。

 そう言えば、獣人は嗅覚が効いたな、とリュオン街道でのダナエのことをルークが思い出していた瞬間のことである。

 

 

「!?」

 

カキンッ!!

 

 

 突然白い獣人が降下し、斧を構えたラルクと刃を交えた。

 

「な、なんだ、お前!」

 

 牽制の意味合いを込めて、ルークも瞬時に剣を抜いた。

 小刀を二本両手に構えた女性の獣人は、いったんラルクとの距離を置いた。

 

「……ラルク……ついに見つけてしまったのか、もう一人の戦士を」

 

 そして、ラルクに主たる注意を向けながら、剣呑な視線でルークを一瞥する。

 

「シエラ……」

 

 ラルクの静かな呟きに、どれほどの意味合いが込められているのか、ルークには計りかねた。

 

「まだ分からないのか! お前はダマされているんだぞ!」

「………………」

 

 心臓を射抜くような言葉の矢に、ラルクが怯む様子はない。

 

 ルークは、やや無粋に思いながらも二人の間に割って入り、しかし決してシエラという獣人に当てないように剣を一薙ぎした。

 

「ティアマットめ!」

 

 ルークの一閃で後方に跳躍したシエラは、憎悪を2人の間にぶつけながらも、瞬く間に木の上へと去って行った。

 

 

 

「……あいつは?」

 

 自らは剣を収め、ラルクが斧を腰に吊るしたのを確認してから訊いた。

 

「なに、単なる昔馴染みだ。

 ……行くぞ」

「………………」

 

 短い返答と先に歩を進めるラルクからは、これ以上の説明は望めなさそうだ。

 しかし、警告めいたシエラの口調。

 その不吉な調子だけは、確かにルークにも伝わった。

 

 ノルン山脈の麓は緑も花々も豊かだ。全ての感覚器官はそれを正しく伝えてくれる。

 けれども、ルークは今現在、有りのままの自然を素直に享受することはできない。

 

 いつになったら、そのままの自然の感情を味わえるのやら。

 奈落に入って以来感覚が狂いっぱなしのルークは、鼻腔くすぐる木と花の香りを疎まし気に感じながら、ラルクに追従した。

 

 

 

 

 

 

 

 惨劇の連鎖は続いている。

 メガロードの御前のすぐそばで、フルーは、震えを隠せなかった。

 

 

 

 フルーが、集落に事の次第を報告すると、すぐさま風読み士たちの厳戒態勢が敷かれた。

 

 山頂に続く道程に風読み士の石像を設置した。

 これは、元老3人の風読み士の魂を鍵とする封印で、迂闊に触れてしまうと麓まで戻されてしまう。

 しかし、相手は『砦落としのラルク』と、ティアマットが認めた人間の戦士だ。

 この程度の小細工では、破られてしまうかもしれない。

 

 そう考えた力の強い元老たちは、各々2人に奇襲をかけることにした。

 麓とは違って、ノルン山脈の山道は、決してマナの恩恵を受けているとは言えない。

 霧に包まれる中で、足場の悪い岩場や、険しい坂道が至る所に存在する。

 それは、風読み士ならば足場の悪さを気にすることなく羽ばたいて飛べば良いことであるし、今回のような良からぬ輩がメガロード様の元へと容易に辿り着けないようにするためであった。

 

 そんな環境のもとならば、人間のていを為しているヤツラに、空から飛来する元老たちの強襲は辛かろう。

 そのジンの魔法をフル活用した元老達の強大さは、風読み士ならば誰もが知っていることである。

 

 適当なところで退治されて再び奈落に帰れ。

 

 そんな、やや下劣かもしれないが、風読み士からすれば真摯な願いは、残念ながら次々屠られていっている。

 

 元老たちの魂が、どんどん封印を解いていく。

 強大なはずの我らが元老たちが、次々敗れている。

 

 この不吉な状態を認識した身分の低い風読み士たちも、心の中のざわつきが収まらない。

 しかし、弱くとも地位など関係なく風読み士は、メガロード様のドラグーン。

 主の元へ、おめおめと賊を行かせるわけにもいかない。

 なので、無茶とは思いつつも、義勇兵を募ることにした。

 

 確かに力は元老には及ばない。

 しかし、仲間と一緒に力を合わせれば……。

 戦略というよりは、祈念に近い無謀な試みであったが、誰からも反対の声は出なかった。

 

 

 そして、今に至る―――

 

 志願し、選抜された風読み士はフルー含めて5人。

 普段の職業は、農業の他に、建築、鍛冶、織物と、非戦闘要員ばかりであった。 

 しかし、それでも―――

 ほんの僅か油断すれば縮こまりそうな羽根を5人は、一つの青い屏風をつくるかのようにつなぎ合わせる。

 それでも、各々の嘴や鉤爪の揺らめきは防ぎようもない。

 いっそ雑談でもすれば、まだ気は晴れたかもしれない。

 しかし、それはできない相談である。

 ほんの微かな勝機を掴まんと言うならば、集中力をかき乱すことはご法度なのであるからだ。

 なので、5人は、風読み士という一族の名前とは反し、山頂近くの吹き荒ぶ暴風を直に浴びて、羽根の中に確かに存在する汗の凍えに身を震わせているのであった。

 

 そして、ついに―――

 

「……ザコ共が何をしている?」

 

 先に敵に見つかってしまった。

 5人の視界に、紅い狼の獣人と、紅い髪の青年が入ってくる。

 もう、奇襲は無駄だ。

 しかし、誇りに賭けて一矢は報いたい!

 

「我ら、力は弱くとも、メガロード様にお仕えする身!」

 

 フルーが、彼の人生の中で最も高らかに宣言すれば、

 

「我らが命に賭けて、貴様を主の元へは通さん!!」

 

 アドルフの怒声は、確かに直接2人に突き刺さった。  

 紅い髪の人間の方は、あからさまに狼狽えている。

 瞳の動きも、首と連動してせわしない。

 

 しかし、

 

「……ずいぶんと安い命だ」

 

 ティアマットのドラグーンめは、風読み士の誇りをあっさりと嘲った。

 

「何だと!」

 

 グラハムの憤りとともに、風読み士全員の堪忍袋の緒が切れた。

 恐れを敵意に変えたハンクとキーンとともに、5人で一斉に『砦落とし』に突撃していく!

 

「いいだろう……その命、俺がかり取ってくれる!」

 

 

 

 ―――傍らを紅い狼の獣人が通り過ぎただけだった。

 そのはずなのに……

 

「ぐはっ!」

 

 燃え立つ痛みを、痛みとして認識できるほど、鳥人の脳の処理能力は高くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まだ生きてる。

 

 

 

 フルーが意識を取り戻して、まずそう自覚できたのは、ドラグーンとして誇りのおかげか。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 痛い。痛い。 

 腹から血が止めどなく出て来る。

 鳥人の象徴たる自慢の羽根は完全に折られた。

 集落まで飛んで手当すればどうか、という傷口。

 徒歩で山頂近くから麓まで行く―――無理だ。

 私は死ぬ。これは既定事項。

 

 傍らの仲間を見やる。

 首か、心臓か、羽根か……どこかしら完全に抉られている。

 絶命しなかったのは、どうやら私だけのようだ。 

 もっとも、すぐに彼らと同じようになるだろうが。

 

 ならば……せめて、ドラグーンとして最期の奇襲をかけに行こう。

 

 アイツらは私たちが死んだと思い込んでいるはず。そこに奇襲をかければ……

 

「うぐっ!」

 

 しかし折れた翼は私をここから動かそうとはしない。

 羽根から出て来る強烈な電気信号が、これ以上の運動を拒んでくる。

 

 しかし、それでも―――

 私は、動かなければならない。

 それがドラグーン。知恵のドラゴンから恩恵を受けている者の役割。

 何よりも、私ごときのジャガイモとニンジンを褒めてくださったメガロード様にどうしても報いたい。

 

 ……ああ、よかった。意識が朦朧としてきた。

 痛覚が伝える余計な情報も、これで大分弱まっている。

 

 ―――メガロード様に、なんとか、少しでも

 

 

 

 

 

 腹を押さえ、片翼を引き摺るように、慣れない二足歩行でフルーがなんとか山頂に着いた時―――

 

 

 

 

「ああっ!!!」

 

 

 

 無数の傷が刻み込まれた群青のドラゴンが、紅い髪の青年の大地を噴出する掌底でひれ伏し、その御身を循環するマナが尽きてしまった頃であった。

 鮮やかな魔力に包まれた巨大なドラゴンは、憎きドラグーンの戦斧に払われ、山頂から墜落していく。

 瞬く間に見えなくなった。

 

「メガ……ロード……さま」

 

 魂が抜けた。

 痛みに耐え、必死に登って行ったその先で待ち受けていたものがこれとは―――

 最後の最後に見るのが、よりにもよって己の主の死とは―――

 

 奈落からの使者2人がフルーを見た。

 咄嗟に武器を構えているが、遠目からでも長くないのはわかるのだろう、積極的に近づいてくる様子はない。

 フルーもフルーで、もはや彼らの対する敵愾心など湧いて来ない。

 ただただ、自分たち風読み士というドラグーンの不甲斐なさに打ちひしがれているだけであった。

 

「なぜだ……なぜこんな恐ろしいことが……メガロード……さま……」

 

 この2人を見かける前は、本当にいつものように畑を耕して過ごそうとした一日であった。

 メガロード様に、丹精を込めたジャガイモとニンジンを届けようと、その準備していただけだった。

 たったそれだけの、いつもの日常だったのに。

 

―――主を守れない従者など要らない

 

 恩を与える主に、何も返せずにおめおめと生きている従者の何と恥ずべきことか。

 いや、放っておいても自分は死ぬのだろう。

 けれど、出血多量という生易しい死に方で絶命するのは、あまりにも罰が軽すぎる。

 

 風読み士たちにとって最悪の罰は『墜死』。

 空を舞う鳥人たる風読み士が、地面に叩きつけられて死ぬなど、最悪の侮辱と言っても良い。

 主を守れなかった自分を辱める罰としてちょうど良いだろう。

 

 そう思ったフルーは、山頂の手近な崖に向かって行き、そして―――

 

「お、おい! 待てよ!」

 

 紅い髪の人間の静止の声など耳に入らず、そのまま麓に向けて頭から身を投じた。

 

『非常に美味だ。素晴らしい』

 

 ―――最期に頭をよぎった言葉が、メガロード様のお褒めの言葉とは。

 

 これ以上ない幸せに、フルーは、フッと笑った。

 

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