どうぞ
「バオバブだって、大きくなる前は小さいんだよ?」
「でも、どうして羊にバオバブを食べてほしいんだ?」
「そんなの、分かるでしょ?」
あれ? 星の王子さまってこんなんだっけ?
いや、台詞はそのままよね? んん? なんだろう、この変な感じ。
チラリと横を見る。
うんうんと頷きながら劇を観ている希。
ほんのり顔を赤らめ、顔を反らしながらもチラチラと劇を観ている真姫ちゃん。
もう一度言う。
なんだこれ。
「ごめん。私ちょっとトイレに行ってくるわ」
私は席を立ち廊下に出る。
ふっと一息つくと、後ろから声が掛かった。
「え、あれ? もしかして、μ'sの!?」
やばっ、顔バレした!?
反射的に振り返ると、そこに立っていたのは明るい茶髪で性格も明るそうな女性特有の部分が異様に目立つ美少女だった。
……? 誰? いや、μ'sを知ってるなら不味いわね。ここは一時撤退を……
そう思い、人違いを装って彼女の横を通り過ぎる。
「………………ッ!」
待って。この子どこかで見たことある。
確認のためもう一度振り返ると、向こうも丁度振り返っていた。
「…………」
彼女は頭の上に?を浮かべながら首を傾げている。
前は遠くから横顔と後ろ姿をチラッと見ただけである。だけど、絶対だと言い切れる。
この子はあの日アイツと一緒にライブに来ていた女子二人の片割れだ。
私は彼女の近くまで歩み寄り、顔をマジマジと見る。
やっぱり可愛いわね。スカウトしたいわ。
そんなことを思っていると、彼女の方から話しかけてくる。
「やっぱり、μ'sのにこちゃんだよね! うわっ本物だ!」
ちょっ、この子こんなところで何言ってくれてるの!?
「バカ! 声が大きい!」
私は彼女の口を手で塞ぎながらその場をいったん離れた。
「あのね、にこは今プライベートなんだから、あまり目立つようなことはしないで」
「あ、そうだよね。ごめんねにこちゃん」
にこの言葉に申し訳なさそうに謝る少女。
うっ、そんな顔されたら何かこっちが悪いみたいじゃない。
まぁ、それよりもちょうどいいわ。
「ねえ、あなた比企谷八幡がどこにいるかしらない?」
「へ? ヒッキー? ヒッキーならさっき教室にちょっと顔出して彩ちゃんと話した後、またすぐ出て行ったけど……カメラ持って文実の腕章してたからどこかで写真撮る仕事をしてるんじゃないかな?」
写真? ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。
「そう、助かったわ。ありがと」
そう言い私が彼女に背を向け歩き出そうとすると、後ろから待ったの声がかかった。
「……? なに?」
「あー、えっと……その、ヒッキーとどういう関係なのかなーって」
それはこちらの台詞である。
さっき出てきた彩ちゃんというのは、恐らく戸塚彩加君のことだろう。
そして、教室に顔を出したと言ったということは、彼女も比企谷や戸塚君と同じクラスということだ。
しかし、ただのクラスメートというのは考えづらい。
あのボッチ野郎がただのクラスメートと仲良く秋葉原までライブに来れるはずがない。
こんなに可愛い子ならなおさらだ。
「あ、いや! べ、別に深い意味はなくて、その、にこちゃんみたいな有名人がヒッキーとどういう繋がりがあるのかなーって思っただけで……」
ただ、深い関係でもなさそうだ。何故ならあいつは普通に私と出掛けたり、今回だってもともとは普通の休日に真姫ちゃんと3人で出掛ける予定だったのだ。
彼女がいるのにそんなことはしないだろう。
見たところ、彼女の片想いか。
「あんた、趣味悪いわね」
「ふえ? 何の話!?」
何の脈絡もない私の言葉に驚く彼女。
「安心しなさい。あなたが思ってるような仲じゃないわ。そうね……ただのボッチ仲間よ」
そう言って私は片手を挙げながらその場をクールに去っていった。
「プークスクス。にこっち、何格好つけとるん?」
そして、その姿を階段の陰に隠れていた希と真姫ちゃんにバッチリと見られていた。
その後は比企谷を探しながら、2人と文化祭を楽しんでいた。
たこ焼きを食べたり、輪投げをしたり、暗闇の中でトロッコに乗せられて教室の中を縦横無尽に駆け回ったり。
最後のは自分でもよくわからない。
しかし、お目当ての比企谷八幡には一度も会わなかった。
時間が過ぎるにつれて、生徒や一般の人の数が減ってきている。何やら、講堂で始まっているらしい。
「どうする? 私たちも講堂に行ってみる?」
「そうやね、何か面白そうやし、行ってみようか」
私の言葉に希が反応する。真姫ちゃんも頷いてるし、私たちは講堂に向かうことにした。
すると、男子1人女子2人の3人組が慌てるように階段を登っていくのがふと視界に入った。
ちなみに今私たちがいるのは最上階であり、この上といったら屋上くらいしかないはずだ。
普段なら気にならないはずだ。全く知らない3人が屋上へ急いで向かっているのを見たところで、何とも思わないはずである。
しかし、何故かこのときだけは、何かが引っ掛かったのだ。
「ごめん、トイレ行くから先に行ってて。すぐ行くわ」
そう言って2人を先に行かせ、私は先程の3人が登っていった階段を見上げる。
普段は使われない椅子や机が置かれているのだろう。
だが、今はその机たちの間に人が通れるくらいの道ができていた。
そこを通り、屋上へ繋がる扉の前まで来ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『はぁ~、本当に最低だな。相模、お前は結局チヤホヤされたいだけなんだ。構って欲しくてそういうことやってんだろ? 今だってそんなことないよって言ってもらいたいだけなんだ。そんな奴委員長として扱われなくて当たり前だ』
つい最近電話越しに聞いた声。だが、そのときよりもかなり低い声だった。
『本当は雪ノ下みたいになりたかったんだろ? あんな風に誰かに認められて求められて、頼りにされるような人間に』
その後も比企谷の罵倒ショーは続いた。
話し声からして罵倒の相手は恐らく女子だろう。よく女子相手にここまで言えるわね。
いや、これは罵倒とは言わないか。罵倒っていうのは相手をただ悪く罵ること。″あることないこと″を言うのではなくて″ないことないこと″を言うことだ。
確かに私は相手の女子のことは知らない。ただ、比企谷はただただ事実を言っているような気がする。
だって、比企谷の説明で相手がどんな女か何となく想像できるし。
ま、言い過ぎなのは確かだけどね。
『本当は気づいてるんじゃないのか? 自分が、その程度のにんげn……ッ!』
比企谷が決定的なことを言おうとしたその瞬間、ドアのすぐ近くの壁に誰かが叩きつけられるような音がする。
『比企谷、少し黙れよ』
状況的にさっきのイケメン男子が比企谷を止めたんだろうけど、止めるの遅くない? 何? マッチポンプ?
ドアのすぐそばでのやり取りが終わり、彼らが校舎の中に戻ってくるような気配がする。
「やば、どこかに隠れないと」
私は机の陰に隠れて静かにしていると、扉が開き、泣いている女の子を慰めるように連れ添っている女子が2人と、少し遅れてさっきの男子が階段を下りていった。
が、比企谷が屋上から出てくる気配はなかった。
机の陰から出ると、ふと、呟くような声が聞こえてきた。
「ほら、簡単だろ? 誰も傷付かない世界の完成だ」
…………。
「それで? その世界にあんたの居場所はあるわけ?」
私はいつの間にか屋上への扉を開き、扉のすぐ横で座っている比企谷に向かって言っていた。
「……? 何でお前がここにいんの?」
「質問の答えになってない。その世界とやらに、あんたの居場所はあるの?」
私はもう一度同じ質問をする。
「はっ、どんな世界だろうとそもそも俺に居場所なんてねーよ。居場所がないからボッチなんだし」
自虐ぎみに笑う比企谷。
そこで私はそういえばと、あることを思い出す。
「ねえ、そういえばあのライブの日、あんたと一緒にいたのって誰?」
「え、は?」
「いや、だからUTXでライブしたときよ。戸塚君以外にもう2人くらいいたじゃない」
「あー、ていうか何で知ってんだよ。あれは、えーとただの部活仲間だよ」
「ふーん、ただの部活仲間とわざわざアキバまでライブを観に行くんだ」
「何が言いてぇんだよ」
「ボッチじゃないじゃん」
「…………は?」
ポカンと口を開けて、アホみたいな顔になる比企谷。
「ボッチじゃないじゃんあんた。少なくとも一緒にμ'sの良さをわかりあえる仲間が3人はいるんでしょ? なら、あんたはボッチじゃないわよ」
「…………」
「それに、どこにも居場所がないっていうのも嘘ね」
「……何でだよ」
「μ'sはファンを差別しないの。μ'sファンなら全員が平等に応援できる場所があるわ」
「…………」
私は比企谷の横にしゃがみ、比企谷と目線を合わせ、
「もしあんたが花陽じゃなくてにこ推しになるなら、最前列の特等席を用意してあげてもいいわよ?」
最高の、営業ではない本当のスマイルを比企谷にぶつけてやった。
μ'sのファンになった時点で、あんたの居場所はここにあるのよ。
流石は姉御なにこっちです。
にこっちにこんなこと言われたら惚れてまうやろー!
次回もお楽しみに
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