another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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第11章~開眼する悪夢~

足に絡みつく水をかき分けて進む。

暗澹とした世界はロサラの心を映しているようにも思えた。

 

いったいどれだけ歩いたのか、長い長い水の通路。けれどもどれだけ歩いても頭の中が晴れ渡る事は無かった。

 

 

進むしかない-。

 

そう、何かが心の中で呟く。

 

そして再び訪れる突然の終わり。

広いフロアに出ると上へと続く階段が伸びている。亡霊のような足取りで階段を上がり古い木製の扉を開ける。

 

 

不意に差し込んだ眩しさに目を細める。相変わらず周囲は濃い霧に包まれているがそれでも昼と夜では明度の差が歴然としている。

いつの間に夜が明けたのだろう。

けれどそんな疑問すら今のロサラにとっては些細な事だ。

 

 

 

 

霧の中に姿を見せた優美な佇まい。

 

レイク・ビューホテルだ。

 

 

どうやら地下水道はトルーカ湖を縦断していたらしい。

ロサラが出てきたのは湖の脇にある小さな小屋だった。ホテル側が宿泊客にレジャーを提供する施設なのだろう、手漕ぎのボートが何隻か繋がれていた。とは言えこの霧の中を一人ボートで渡るのは危険すぎる。歩いてこれた事にロサラは安堵の溜息を吐いた。

 

 

 

整備された石段を上りホテルの庭に入る。

青々とした蔓薔薇のアーチ、彫像が飾られた繊細な噴水や目を引く煉瓦畳も濃い霧の所為でロサラの沈んだ心を上げてはくれなかった。

 

まるであの時の様にー

 

 

「兄さん」

 

それでも期待せずには居られなかった。きっと此処にいる。此処で自分を待っていてる筈。

 

重厚な扉を開けてもロサラを出迎える者はいなかった。ここも他の街と同じ様に人の気配は無く、薄暗いロビーが奥へと続いていた。正面を突っ切るように進み大きな扉の前に出る。扉には『改装中』と札がかけられており鍵が閉められていた。

 

しかたがなく引き返し進める場所を探す。階段横にあるレストランのドアを開けると大きなガラス窓が見えた。庭に面したその窓からは色とりどりの薔薇が咲いている。今は時期では無いのに、狂い咲きだろうか。

 

 

「あら、こんな所まで来るなんて」

 

妖艶な声がロサラを絡め取る。

 

「随分熱心なファンが私にも出来たものね」

 

メリルがおどけたように小首を傾げて笑う。

 

「どうして、ここに?」

 

「結局医院長には会えなかったからね。先に別の仕事を済ませようと思って。貴方は?お兄さんには会えたの?」

 

ロサラは力なく首を振る。

 

「そう。でもここにはいないんじゃないかしら。割と前から営業していないし」

 

メリルのその言葉がロサラの心臓を抉る。

 

「そんな・・・・嘘よ。・・・・だって私は・・・・・」

 

ロサラの来たかった場所。

退院したら連れてきて欲しいと兄に頼んだ。

メリルは何かを勘違いしている。

 

「私も忍び込んでるからあまり大きな声では言えないけど。何か資料でも残って無いかと思って。あの事件の-」

 

肺から空気が搾り取られる。蔓延する霧が室内に入ってきたかのように呼吸が出来なくなる。

 

「貴方は何か知らない?例の事件の事-」

 

窓の外の薔薇が首から落ちていく。いくつもいくつも、落ちては転がり重なり合い庭を埋め尽くしていく。

 

 

「私は・・・・ここで兄さんと会わなくちゃいけないの!」

 

突き放す様にロサラは叫ぶとレストランを飛び出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を駆け上がり呼吸を整える。思わず飛び出して来てしまったがメリルが追い掛けてくる気配は無い。

 

「私は、変なんかじゃ無い」

 

自分に言い聞かせるようにそう呟く。彼女は何かを勘違いしているのだ。そう思いつつも気まずさから避けるように階段を上っていく。

途中、いくつも並んだ客室を一つ一つ調べていく。室内を念入りに調べ弾薬を補充する事は出来たが兄の姿は無かった。

 

三階の客室を調べ終わり、更に上へと続く階段を上る。ビロードの絨毯が敷き詰められた今までも階段とは違いその階段は板が見え、埃が積もり所々に瓦礫が散乱している。

荒廃した姿に一瞬メリルの言葉が頭を過ぎったが、直ぐに頭を振って否定する。

きっと改装中なのだ。一階の扉にも書いてあったでは無いか、一部を修繕しつつもホテルとしては機能している話は良くある事だ。

 

 

思案を巡らせながら階段を上りきると屋上へ出た。ホテルに入る前よりも深さを増した霧が屋上の縁を消している。

数歩進むと木材の軋む音が響く。歴史あるホテルとは言えここの改修は早急に行った方が良さそうだ。

 

 

 

「兄さん?」

 

霧の中に動く影を見つけた。懐かしい面影を頼って近付くが直ぐにその足を止めた。

 

ベールを着けたバケモノが霧の中から現れたのだ。

 

逃げようと引き返すが先ほど上って来たはずの階段は消えていた。

 

 

「来ないで!!」

 

彼女は何故執拗なまでに自分を追い掛けるのかー

彼女は何をロサラにさせたいのかー

何を思い出させたいのかー

 

 

振り下ろされた鉈を掠めるように避けてバケモノの脇を走り抜ける。

バケモノの動きは緩慢ながら出口の無い此処ではロサラの方が圧倒的に不利だ。

 

攻撃を避けては走り抜ける。霧の屋上をまるでバケモノと追いかけっこをしているみたいだ。

 

 

「きゃっっ!!!」

 

追いかけっこの終わりは突然訪れた。

 

端に逃げ過ぎた所為で屋上の縁から身体を滑らせてしまったのだ。

 

 

辛うじて片手が縁を掴むが、体重の全てが片腕に掛かってしまい痺れていく。

 

下には霧が渦を巻いている。地面は見えないが落ちたら助からない高さなのは間違い無い。

 

もう片方の腕も伸ばすが虚空を掴むばかりで身体を支えられない。

 

 

バケモノの気配が近くまで感じられる。

 

 

 

漆黒の花弁が開く様に記憶が解けていく。

 

 

ー思い出してはいけない

ー思い出せば二度と元には戻れない

 

 

ドレスの裾が見える。

 

ーそれでもーー

 

 

見上げているのに相変わらずベールの中は見えないが濡れた鉈の刃は目に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー思い出した!-

 

 

 

ー私はここでー

 

 

鉈が振り下ろされる。

 

 

ーここで兄さんを殺したーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

手が縁から離れる。

 

ロサラの身体は真っ白い奈落へと落ちて行った。


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