another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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~第6章 平定する悪夢 ~

霧の中、ブルックヘイヴン病院はロサラが外に出た時と変わらぬ静けさを保っていた。

 

 

(兄さん・・・病院に居るかしら?)

 

 

何度も空振りを繰り返していたためロサラの心の中には期待よりも不安が多く占めていた。

 

 

躊躇ためらうロサラの脇でアレックスが門に手を掛ける。

 

 

「待って。アレックス!」

 

「えっ?」

 

 

門が閉じられている事を伝えたかったのだが予想を反して門扉は錆び付いた音を立てて開かれる。

 

 

「そんな・・・? 私が出て来た時は全然開かなかったのに・・」

 

 

 

 

この門を通れるならそれに越した事は無いのだが、拍子抜けする程あっさりと開いた姿に思わずロサラは門を睨み付ける。

 

 

「君が外に出た後に誰かが開けた・・って事かな。内側か外側かは分からないけど。」

 

 

少し考えて出されたアレックスの考えにロサラの鼓動が跳ねる。アレックスが自分の言葉を信じてくれた事も嬉しいが、つまり中に誰か居るかも知れ無いと言う事だ。

 

 

それはもしかしたら、兄さん―?

 

 

「でも、ロサラはどうやって外に出たんだ?」

 

極ごく当たり前のアレックスの質問にロサラは思わず顔を赤くしてしまう。

 

 

「それは・・・えっと・・。壁の穴から抜け出して。」

 

 

あの時は夢中だったが今思えばかなり突拍子も無い行動だったかもしれない。

 

 

「あはは。」

 

俯いて真っ赤になったロサラが面白かったのかアレックスは吹き出してしまう。

 

 

「っ他に出られる場所がなかったんだからっ。」

 

 

むくれて睨むロサラにアレックスは「穴が開いてて良かったね。」と更に笑いながら付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の中は相変わらず薄暗く静寂に支配されている。

 

 

「・・・っ!」

 

「どうした?」

 

 

暗さになれたロサラの目に飛び込んできた光景に息を呑む。

 

そこには何も無くリノリウムの床と壁があるだけだった。

 

 

そう、何も無い。だがそれがおかしいのだ。

 

「その、出て来る時ここにナースが倒れていて。」

 

 

 

 

ロサラの中でも説明が付かずアレックスに説明はしていなかったのだ。出来るなら思い返したくも無かった。

 

 

「? 気絶から回復して歩けるようになったんじゃ無いか?それなら門を開けたのも―。」

 

「そんなっ!だってあれはっ!」

 

 

―どう見ても死んでいた。

 

 

安置室へと遺体は運ばれたのだろうか。だとしたら何故院内がこんなに静かなのだろうか。

 

 

それとも―

 

本当に意識を失っていただけで彼女はこの病院内を彷徨っているのだろうか?

 

―顔が潰れたままで―

 

 

「・・・・・!」

 

上手く考えが纏まり切らずアレックスに説明出来ずに困惑するロサラに何かに気付いたアレックスが人差し指を口に当てる動作をする。

 

 

呼吸を落ち着かせ耳に神経を集中させると微かに何か物音がする。

 

最初は分からなかったが暫く音を辿って行くと正面の診察室、扉の奥から音は漏れているようだった。

 

 

 

 

 

ラジオに耳を当てるがホワイトノイズは聞こえて来ない。

 

と、なればバケモノでは無い。

 

 

お互いに息を殺して扉の前まで近付く。紙が捲られるような音、人の気配―

 

 

いったい誰が―

 

 

期待と不安が身体を駆け回り指先まで届くと一気にロサラはドアノブを廻し扉を開いた。

 

 

 

 

 

「院長先生!!」

 

 

ロサラは驚きに声を上げる。

 

目の前に居た人物には見覚えがあった。ロサラの主治医であり、この病院の院長。

 

 

「院長?」

 

オウム返しに聞き返したアレックスにロサラは無言で頷く。回診の時も殆ど話さず会う機会も少なかったがその顔に間違いは無かった。

 

 

一方ロサラに呼ばれた初老の男性は捲っていたカルテらしき束から目を離し向き直ると目を大きく開き信じられないといった表情を浮かべる。

 

 

 

 

「そんなっ・・・君達はっ・・・・・っ」

 

驚きに声を詰まらせロサラとアレックスを交互に見る。それでも落ち着かず何度も首を振る。

 

 

「あの・・・」

 

「あんたが院長か?聞きたい事があるんだ。ここに入院していたリリーと言う名前の女性を知っているよな!」

 

 

ロサラが話すよりも先にアレックスが詰め寄る。彼もまた何かに追い立てられている様な気迫を持っている。

 

 

「許して欲しい。私は弱い。平穏を求めたっ・・」

 

 

アレックスの声が聞こえていないのか2人を凝視したまま院長は途切れ途切れ言葉を洩らす。だが声よりも息の方が多く洩れていて良く聞き取れない。

 

 

「質問に答えてくれ!」

 

「見てみぬフリをした・・・・。それが・・・その時は最善だと思ったからだ!」

 

会話は咬み合わないのに二人のボルテージは同じ様に上がっていく。

 

 

だが、何故だろう?

 

院長の言葉はロサラの心に刺さっていく。それは酷く痛むようなものでは無く寧ろ苛立ちに近い蟠わだかまりを与えた。

 

 

「今でも間違いだとは思っていない。だが君達はここへ来た!」

 

 

それだけ漸く吐き出すと持っていたカルテの束を後ろ手に診察室の机に乱暴に置き

 

院長は診察室の奥へと駆けていってしまう。

 

 

「クソッ。」

 

直にドアの鍵が閉まる音にアレックスが悪態を付く。

 

 

「アレックス・・・・」

 

「あぁ・・・すまない。取り乱しちまって。」

 

 

不安げに声を掛けるロサラにアレックスも漸く落ち着きを取り戻す。けれどそんな彼を詰る事は出来なかった。

 

会えないかもしれない、と言う不安が彼の中にもあるのだ。

 

 

「とにかく。今は病室へ行ってみましょ。」

 

何かを知っている様子だった院長も気になるが今は何かを聞ける状態では無かった。もう少しすれば彼もまた落ち着きを取り戻してくれるかもしれない。

 

ロサラはドアを開けてアレックスを診察室の外へと促した。

 

 

 

 

 

 

エレベーターのボタンを押すと病院特有の大きな扉が静かに開き二人を招き入れる。

 

3階へのボタンを押しモーターが回る音がするとゆっくりとエレベーターが動き出す。

 

 

「・・・・・」

 

本来キャスターで患者も運べるように開く作られた箱は2人だけだとどうしても空間が出来てしまう。

 

エレベーターの灯りが間も無く3階を指そうとしている。

 

 

背後に誰か居るような居心地の悪さを感じてアレックスの横顔を見るとふとした疑問が湧いてくる。

 

 

このまま自分の病室へ向って良いものなのだろうか。

 

この誰も居ない霧の中アレックス自身も恋人の事が心配で気が気で無いのではないだろうか。

 

 

だとしたら先にアレックスの目指す病室へと行くべきではないだろうか。今まで一緒に居てくれた事に報いる程の行為では無いが、せめてこれ以上の迷惑を掛けないためにも。

 

 

ロサラがそう提案しようとしたその時――

 

 

「きゃあっ!」

 

一瞬の凄まじい衝撃。エレベーターの床に体ごと投げ出される。

 

立ち上がろうとするよりも先に異質な物音が耳に届く。

 

「何?」

 

金属の嘶いななく音が頭上から降り注ぐ。

 

 

ロサラは青ざめて天井を見上げる。

 

 

切れている?

 

エレベーターのワイヤーが?

 

違う―

 

切っている?

 

 

ロサラの脳裏にアパートで遭遇したあの大鉈を持ったバケモノが思い浮かぶ。

 

 

けれどもそれも束の間の出来事だった。

 

 

ガタリ――

 

 

ワイヤーと壁のぶつかる一際大きな音の後支えを失った金属の箱はただ下へと落ちていく。

 

 

(嫌っ・・・・・)

 

体中を蝕む様な浮遊感に悲鳴さえ上がらない。

 

 

3階から一気に奈落へ―。いや、この病院は地下があるからそこまでだろう。

 

 

エレベーターも病院も金属だから落ちてもぺしゃんこには成らない。

 

体が地面に叩きつけられて、折れた骨があちこちから飛び出して―

 

 

そう考えると衝撃を体に受けるよりも先に意識が途切れていく。

 

永遠に続く様な下へと落ちる感覚。その最中に思い出したのは小さい頃教会で聞いた「悪い事をしたらそれなりの報いが起きる」と言う神父の説法だった。

 

 

 

私は――

 

死んだら天国へ行けるのかしら―?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新緑に映える木々の中を車が軽快に走り抜けて行く。

 

後部座席に座るロサラは車窓から見える景色を無感情に眺めていた。

 

葉末の間からキラキラと零れる光も古き良きレンガ造りの町並みもロサラの心を沸き立たせてはくれない。

 

夜の闇よりも暗い感情が心から滲み出しロサラを支配していた。

 

ふいに誰かに話し掛けられる。

 

聞きたくも無い声―

 

それは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中に伝わる冷たい感覚にロサラはぼんやりと瞼を開く。

 

―天国にも非常口ってあるんだ―目を開けて最初そう思う。

 

 

緑と白のEXITの文字が煌々と光っている。

 

 

そこで漸く違和感に気付き飛び起きる。

 

薄暗い辺りを見回すと何と云う事は無い、そこは病院の地下だった。

 

丁度エレベーターから仰向けに投げ出される格好でロサラは倒れていたのだ。

 

 

けれどもそれはロサラを混乱させるのには十分過ぎた。

 

あの高さから自分は一体どうやって助かったのか。

 

 

背後にはエレベーターが扉を開いたまま鎮座している。損傷の跡は何処にも見られない。

 

中に入りボタンを押すが反応は無い。

 

 

何がどうなっているのか―。

 

 

「アレックス?」

 

いつの間にか彼も消えていた。

 

明るいエレベーターの中孤独が影を落とす。

 

「もう、いや・・・・」

 

壁に背を預けたままロサラは崩れ落ちる。

 

助かった安堵感よりも混乱の方が大きい。今朝からこんな事ばかりだ。

 

心細さに涙が滲んでくる。

 

 

私はおかしくなってしまったの―?

 

 

否定したい疑問を自分に投げ掛ける。

 

 

「病室に行かなきゃ。」

 

きっと兄さんが待っているはず。

 

僅かな希望がそれでも体を動かした。

 

 

 

 

一階へと続く非常階段は鍵が掛かり閉ざされている。ならば後ろ手にあるドアを開けて地下の部屋から探すしかない。

 

きっと何処かの部屋に鍵が、あるいは何処かへ通じる場所がある筈。今までだってそうだったのだから。

 

 

アレックスの事が気がかりではあったが同じ状況だった自分が生きているのだ、彼もまた無事できっとこの院内の何処かに居るはず。

 

そう不思議な確信がロサラには何故か持てた。

 

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