another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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~第7章 約束された悪夢~

病院の地下にロサラは今まで一度も訪れた事は無かったがそれでも其処が普通ではない事は理解出来た。

 

 

赤黒い汚れが至る所にこびり付いた壁はその硬質さを無くし生き物の様に輪郭がぼやけて見える。ふとしたら脈さえ打ちそうな生々しさがあった。

 

罅割れ所々剥がれ落ちた廊下を奥へと進む。

 

何処と無く湿気が充満していて息苦しい気がした。

 

 

堆く詰まれた車椅子や薄汚れたシーツが掛けられたキャスターがあちこちを塞いでいたがそれでも開きそうなドアを見つけた。

 

錆だらけのノブを回すと軋んだ音を立ててドアが開く。

 

 

 

中に入ると奥の方にぼんやりとした白い影が見える。

 

蜃気楼の様にゆらゆらとロサラに近付く影に背筋が冷たくなる。

 

 

それはロサラが今日初めて会った、病院の廊下で顔を潰され絶命したはずのナースだった。

 

 

「こないで・・・!」

 

怖さに小さく息を飲み、銃を構える。

 

けれどもロサラの制止など聞き入れるはずも無くナースは尚も近付いて来る。

 

よく見れば手には赤く錆びた医療用のハサミを持っている。そのハサミで次に何をするかは明らかだ。

 

 

狙いを定めるが今までのバケモノとは違うヒト型がロサラを躊躇わせる。

 

本当は彼女は生きているのではないかの。

 

自分に起きた非業の事に怯え、錯乱し地下まで逃げ今も尚ロサラを自分を襲った相手思い込み身を守ろうとしているだけなのでは。

 

 

そんな考えが行動を遅らせた。

 

ロサラが引き金を引くよりも先にナースがハサミを振り下ろす。

 

だが振りが大き過ぎた所為でナースの体はバランスを崩しハサミはロサラを掠める。

 

ナースの体が直接ロサラにぶち当たる。鼻をツンと刺すような腐敗臭、矢張りもう彼女は死んでいるのだ。

 

渾身の力を込めてナースを突き飛ばす。

 

その反動でロサラの体は逆さまに詰まれたベッドの山に激突してしまう。

 

 

バランスを失ったままナースはハサミを振り回す。関節を曲げる事が出来ない大きな振り。死後硬直が始まっているのだ。

 

ロサラはドアのほうに目をやる。

 

このまま走って行けば逃げ切れるかもしれない。でも一瞬でも背を向けるのは嫌だった。

 

―何より

 

銃を構え引き金を引く。

 

今度は躊躇いは無かった。

 

悪魔の所業か現世への強い恨みか彼女を死後も動かしている理由は分からない、けれどもこのままにして良いはずが無い。

 

胸に三発の銃弾が命中するとナースの体は今度こそ完全にバランスを失いどう―、と床に崩れ落ちる。

 

無くなった筈の口元からあぁ―、と悲痛な断末魔が洩れた気がした。

 

 

 

暫しの沈黙が戻る室内。

 

もっと悲しみや罪悪感が込み上げて来るものだと思っていたがロサラの胸には少しの疲弊がしか感じないのはナースが元々遺体だったからだろうか。

 

 

それとも―

 

もし―

 

本当に―?

 

 

「私は人を殺しちゃったのかな?」

 

 

心無い三流役者の台詞の様にそう呟き病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

けれども進むに連れてロサラはそんな事を思う余裕すら無くなってくる。

 

どの部屋にも先程と同じ様なナースが何体もおりロサラ目掛けて襲い掛かって来る。途中ベッドの下から弾薬の箱を見付ける事が出来たがそれも突き当たりのドアの前に来る頃には弾倉は空っぽになっていた。

 

 

恐る恐る中へ入ると幸いにも室内には誰も居ない。

 

整然と並べられたキャスターの間を縫って他の部屋よりも幾分大きな室内を確かめる。

 

尤も不自然に盛り上がったキャスターのシーツまでは捲れなかったが。

 

 

壁に掛けられた白衣のポケットから鍵と折畳まれた紙が出て来た。鍵はきっとロサラが望んでいた物だろう。一緒にあった紙を開くとどうやら日記の一部の様だ。端っこに動物だか人だか分からない絵が描かれている。

 

 

「5月9日

 

この目に見えているものが本当の物事で無くてもそれは些細な事でしかない。

 

大概は誰も気付かず何も知らずに過ぎていく。

 

この世に必要なのは良い人間では無く都合の良い人間なのだ。」

 

 

日記と言うよりは哲学の論文に近い文面にロサラは考える。

 

 

もし今まで自分が見てきた物が本物でないとしたら―

 

オタマジャクシもナースも誰も居ない町も全部偽者だったとしたら?

 

違う!

 

アレックスも同じ物を見ている

 

だから―

 

 

けれども思考は何気無く後ろを振り返った瞬間に霧散した。

 

入り口間際にあのベールを被ったバケモノが音も無く、煙の様に現れたのだ。矢張りエレベータを落としたのはこのバケモノだったのだろう。

 

相変わらずの緩慢な動きだが着実にロサラとの間合いを詰めて来る。

 

手には大きな鉈を持って。

 

 

キャスターの影に隠れるように攻撃を避けると部屋の奥へと後退する。入り口から逃げるにはバケモノを擦り抜けて行かねばならない。銃弾が効かない相手に突っ込んで行くのは無茶だ。ましてや今はその銃弾さえ無い。

 

ロサラは先程から見えていた入り口とは反対にあるドアを目指す。幸いにもバケモノは煙の様に現れても物質は通過できないらしい。キャスターに遮られ緩慢な動きが更に鈍くなっている。

 

 

迷わずドアを開け中へ飛び込む。

 

扉は非常口だったのだろう。薄汚れた広い廊下がどこまでも続いており、それが等間隔にフェンスで区切られて行き先を蛇腹にしている。

 

大よそ建物の構造を無視したその広さに眩暈を感じたがそれでもロサラは走り出す。

 

 

長く長く、永遠を思わせる廊下に体力も気力も底を尽きそうだったが走るのを止める訳にはいかない。

 

角を曲がる際にバケモノが見えたからだ。緩慢な動きの筈なのに何故か角を曲る度に目の端に映る。

 

 

「・・・!」

 

永遠の終わりは突然現れた。

 

1階へと続く階段。酸欠で目が眩みながらも力を振り絞り駆け上がるとドアへと飛び込む。

 

白衣のポケットに入っていた鍵を差し込む。

 

カチリ、と小さな施錠の音と共にロサラは膝から崩れ落ちる。

 

 

これで地下からは上がって来られない筈だ。

 

煙の様に現れる相手にどこまで常識が通用するかは分からないがロサラが肩で息をする間も現れる様子は無い事からどうやら地下に閉じ込める事に成功した様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定一階も二階も地下と同じ酷い有様だった。まるでロサラだけを残して何十年も経ってしまった様に。おまけに地下で遭遇したナースやオタマジャクシのバケモノが室内外を問わずに跋扈していた。

 

逃げ込んだ病室で再び弾薬を見つける事が出来たがもう連中に構っては居られない。隙を見てバケモノを避けるとどうにか三階へと辿り着く事が出来た。

 

 

煩い程に鳴っていたホワイトノイズが急に止み静寂が辺りを包む。

 

それでも慎重に、様子を窺いながら病室へ向う。

 

「兄さん。」

 

本当に居るだろうか。もし居たとして―

 

(無事でいて・・・)

 

そう祈りながらドアを開けた。

 

 

 

「アレックス?」

 

ドアを開け驚くのは今日何度目だろう。

 

何故地下で消えた彼が自分の病室に居るのか。

 

 

 

声を掛けられたアレックスは驚いた様に振り返りロサラの姿を捉えると更に困惑の表情を浮かべる。

 

「どうして・・・ここに?」

 

そう尋ねたのはアレックスの方だった。

 

「だって・・・。ここは・・私が居た部屋だもの。」

 

答えるロサラの方がしどろもどろする。

 

他の病室とは違いこの部屋だけは変わらずロサラが今朝起きた時のままだ。ただ一つ違いがあるとすればベッドに血が、観光代理店で見たデスクの様にべったりと広がっている。

 

 

誰の―?

 

 

誰が―?

 

 

「違うんだ!」

 

心を読んだかの様なアレックスの叫びに驚いて顔を上げる。

 

けれども目が合うとそれは思い違いだった。

 

「違うんだ。彼女が・・・居るわけが無いんだ。一年も前に死んだのに。」

 

「どういう事?」

 

何が何だか分からない。

 

彼は恋人の見舞いにこの町に来たのでは無かったのか。

 

「死んだ筈だったんだ。でも手紙が・・・・この町に居るって。彼女の文字で・・。」

 

悲痛なまでの狼狽。

 

 

死んだ人間から手紙が来たら誰でも嘘だろ思うだろう。悪い冗談だと。

 

それでももしかしたら、と思ってしまうのも人だ。

 

僅かな奇跡に縋ってこの町に来た彼を笑う事など出来はしない。

 

誰も居ない町やバケモノの存在、常識では考えられない出来事が彼の「もしかしたら」に拍車を掛けた筈だ。

 

 

けれどもロサラの登場によってその期待は壊れてしまった。自分がこの病室に居たという事は彼女の死を肯定すると言う事なのだ。

 

掛ける言葉も見つからずに病室をそっと出る。

 

今彼は恋人の死にもう一度直面してしまったみたいなものだ。会えるかもしれないという期待が大きかった分そのショックは自分と同じ位、いやそれ以上だろう。

 

一人にして気持ちの落ち着きを取り戻して貰う位しか今のロサラに出来る術は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トボトボと宛ても無く屋上まで歩いて来てしまった。

 

 

 

それにしてもアレックスの恋人と自分が同じ病室だったとは。

 

 

 

自分が入院する半年前に亡くなった女性。

 

 

 

 

 

 

近くから遠くから、間接的であるのに死は自分達の心に爪を立てて傷付けていく。

 

 

 

その痛みは不定期に、それでいて忘れ去る事を許さずに訪れる。

 

 

 

まるで己の存在を誇示する様に―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―誰?」

 

 

 

思いに沈んでいたロサラの耳に響いたドアを閉める音。

 

 

 

辺りを見回すと霧の奥、屋上の脇に小さな小屋が建てられているのが分かった。

 

 

 

 

 

 

中に入るとリノリウムの床と寝台、医療器械がロサラを迎えた。

 

 

 

その様子は以前何かのテレビ観た事があった。恐らく救命処置室、と言うものだろう。

 

 

 

入院していたロサラは一度も訪れた事は無いが病室とは違う独特の空気が漂う。

 

 

 

 

 

 

それにしても何故それが屋上にあるのか。急を要する患者に階段を登らせて病院の一番上に運ぶなど聞いた事が無い。

 

 

 

 

 

 

医薬品や器具が納められた棚の横の壁に日記の一部が並べて貼り付けてある。

 

 

 

理由は分からないがロサラが白衣から見つけた日記はここから取られたものらしい。

 

 

 

 

 

 

「5月10日。

 

 

 

 物事は全て集約され結びつき融合して行く。

 

 

 

私も、心も。

 

 

 

 いつ全てが剥れバラバラになるかは分からないが。」

 

 

 

 

 

 

「5月11日。

 

 

 

 どう足掻いても外部からの影響を受けない事は無理だろう。

 

 

 

 世界が私を望まなければ望む姿に変えなければならない。

 

 

 

 私自身も気付かない間に―。」

 

 

 

 

 

 

「5月12日。

 

 

 

 本当の私は誰なのかと尋ねるのは愚かな事だろう。

 

 

 

 誰も何も見えないまま生きて行く。

 

 

 

 掴んだと思っていてもいつの間にかそれは逃げてゆく。

 

 

 

 ならば生きる理由を問う事は尚愚かだろうに。

 

 

 

 人は何故追い求めるのだろうか。」

 

 

 

 

 

 

「5月13日。

 

 

 

 人の身体は幾度となく病に侵される。

 

 

 

 同じ病気に、違う病気に。繰り返し繰り返し。

 

 

 

 心も同じなのだろう。

 

 

 

 悪化と弛みを繰り返して

 

 

 

 そして最後には―」

 

 

 

 

 

 

ずるり―

 

 

 

 

 

 

読み入っていたロサラの耳に奇妙な音が響く。 

 

 

 

 

 

 

ずるり―

 

 

 

 

 

 

何か重たい物を引き摺るような音。

 

 

 

 

 

 

ずるり―

 

 

 

 

 

 

水の腐ったような臭い。室内を圧迫する気配。

 

 

 

 

 

 

ずるり―

 

 

 

 

 

 

意を決して振り返るとそこには見たことの無いバケモノが居た。

 

 

 

まるで巨漢が寝転がった様なぶよぶよとした白い肉塊。体のあちこちに腕が生えておりそれが本体を移動させている。

 

 

 

 

 

 

気持ちが悪い―。 

 

 

 

 

 

 

醜悪な姿と恐怖から反射的に銃を撃つと銃弾は腕の付近に当る。

 

 

 

すると腕が肉塊からずり落ち藻掻き出す。

 

 

 

 

 

 

セミの様な甲高い鳴き声。

 

 

 

 

 

 

オタマジャクシのバケモノだ。

 

 

 

 

 

 

ロサラが今まで遭遇したのに比べると若干頭が小さいが間違いない。

 

 

 

この肉塊こそが親玉なのだろう。

 

 

 

続けざまに銃弾を放つと肉塊から血が噴出しオタマジャクシのバケモノが床に転がるが体が大きい分余りダメージを受けないのだろう。体をうねらせながら尚もロサラに近寄ってくる。

 

 

 

 

 

 

まるでロサラが憎い相手であるかの様に。

 

 

 

赤い爪の腕を動かして―

 

 

 

 

 

 

バケモノの体が邪魔をして部屋から出る事は出来ない。

 

 

 

じりじりと後退するロサラの目に医薬品が納められたガラス棚が映る。

 

 

 

 

 

 

あれを倒せれば―。

 

 

 

 

 

 

それなりに重さもありダメージを与えられそうだ。化け物を倒せないまでも怯ませてその間に逃げる事が出来れば。

 

 

 

 

 

 

壁伝い注意深くバケモノを避けながらロサラは棚に近付く。

 

 

 

手を掛け歯を食いしばって動かそうとするがガラス瓶や金属が目一杯入った棚は中々言う事を聞いてくれない。

 

 

 

棚の端が少し浮き上がるが重さでまた戻ってしまう。

 

 

 

もう少し。

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ!」

 

 

 

 

 

 

バケモノの腕がロサラの足を引っ掻く。

 

 

 

僅かに血が滲んだ感覚。

 

 

 

 

 

 

どうして―。

 

 

 

 

 

 

どうして私を憎むの―?

 

 

 

 

 

 

オタマジャクシの仲間を殺したから―?

 

 

 

 

 

 

貴方を殺したから―?

 

 

 

 

 

 

そんなの―。

 

 

 

 

 

 

そんなの貴方が悪いんじゃない―!

 

 

 

 

 

 

貴方が―

 

 

 

 

 

 

貴女が私の―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び棚の端が浮かび上がる。今度はバランスが手前の方に入ったらしく。バケモノ目掛けて倒れていく。

 

 

 

 

 

 

ガラスの割れる音が響き渡る。

 

 

 

塩素か硫酸が入った瓶があったのだろうか。バケモノの体から焦げ付く様な臭いと共に白煙が登る。

 

 

 

 

 

 

低く、くぐもったバケモノの咆哮を最後に辺りは白い光に包まれて行った。

 

 

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