another SILENT HILL story 病める薔薇~ 作:瀬模拓也
UFO、UMA、イルミナティ、都市伝説・・・・・・
ハミルやヘミングの様なジャーナリストを夢見てこの世界に入ったが現実は真実よりも嘘を好む三流以下のゴシップ記事を書いて日々を繋いでいる。
夢を諦めた訳では無い。過去の自分に対して後ろめたさが無い訳でも無いが現実とはそんな物だろうとも思う。
誰しもが道を真っ直ぐに歩いている訳では無い。迷い見失うことなど始終あるしそれを揶揄する事など誰にも出来ないだろう。でなければ夢を諦めずに成功を掴んだ人間がメディアで持て囃される事も無いだろう。
認めたく無い部分を認めろと言う訳では無い。
認めたく無い部分があると言う事を認識すれば亡霊の様な後ろめたさから少しは開放されるのだ。
喩えその代償が地に足の着かない浮き草の様な生き方だとしても不自由は無い。
あの少女はどうだろうか?
今日何度か遭遇した彼女は何処と無く現実離れしていて自分とは違う物を見ている様な気がした。
彼女は誰もが時折そうする様に、起きているのに夢を見ている様な不条理さと都合の良さを瞳に宿していた。
現の夢から醒めた時彼女はどうするのか?
そんな事を考えながらメリルは誰も居ない静かな霧の街を歩いて行った。
何処をどう走ったかもう分からない。恐怖が体を支配するままにロサラは地下の迷宮を彷徨っていた。
扉を抜け階段を下り気が付くと狭い通路へと辿り着いていた。
人が一人通れる程の通路は混沌とした水が足元を流れ、枝分かれした先は多くが袋小路に続いていた。もしかしたら通路では無く用水路なのかもしれない。
あの刑務所から随分降りた筈だ。
こんな場所でバケモノに襲われたら逃げようが無い。慎重に道を選ばなければならない現実が頭を冷静にさせていった。
ブーツに水が入らないように注意しながら先へと進む。
途中オタマジャクシのバケモノと遭遇した。
壁を背にしていた為逃げる事が出来ずに銃を構える。長い手で水の中を器用に泳ぐ相手は中々狙いが定まらない。
どうにか足元まで来たバケモノに銃弾を浴びせると黒い水を赤く濁らせて沈んで行った。
長い間暗く狭い場所に居ると罪悪感が鈍って行く気がする。
更に先へ進むとロサラの前に白い影が揺らいだ。
ベールを掛けた例のバケモノだ。
まるで暗い記憶の様にロサラを執拗に追い掛け決して許してはくれない。
彼女に殺される事が自分の運命だと言うのか。
「いや・・・・」
数歩後退すると脇道へと駆け出す。銃の効かない相手に狭い場所で対峙しても勝てる筈が無い。
幾度も道を曲り突き当たりに出くわさないよう祈りながら走る。
ドレスの裾は完全に水に浸かっているのに水を掻く音は聞こえてこない。それでもまるで水の中を滑るように動き振り向くロサラの視界から消える事は無い。
バケモノは相変わらず緩慢な動きながら確実にロサラを追い詰めている。
「・・・・!」
終にその時が来てしまった。
角を曲ったロサラの先には暗い壁が広がっていた。
両脇に道は無く角には既にバケモノの姿が見えていた。
絶体絶命。
それでも立ち止まる事無く走ると希望の光が見えて来た。
ドアノブがあった。
壁だと思っていた場所は実は扉で、錆で全体が黒くくすんでいたのだ。
躊躇う事無くドアに手を掛けると軋む扉を力ずくで開き中へと飛び込んだ。
「アレックス!」
飛び込んだ場所は小さなリノリウムの部屋で中央を鉄格子が区切っている。上の刑務所とは部屋の造りが違うが此処も独房の様だ。
けれどもロサラを驚かせたのはその事では無かった。
鉄格子を挟んだ向こう側の部屋には簡素なベッドと机が置かれておりそして病院で別れた筈のアレックスが居たのだ。
「どうして、ここに?」
慌てて駆け寄り鉄格子に手を掛ける。
「君の書置きを見て。一人で探し回るのは危な過ぎる。」
真剣な瞳でそう諭されてロサラは胸が苦しくなる。心配を掛けまいと自分がした事が余計に彼を心配させてしまったのだ。
「ごめんなさい。でもこれ以上私に付き合ってアレックスが危ない目にあったら・・」
「言っただろ、危ない目には合わせられないって」
アレックスの方も緊張が解けたのかそこで漸く笑う。
「それに、諦めが悪いかもしれないけれど俺には彼女が何処かに居るような気がしてならないんだ」
それが本心なのかロサラに心配を与えない為の言い訳なのかは判断出来ないがアレックスの笑いは哀しげな物になった。
「ありがとう。私も兄さんに会えるって信じてる」
格子越しに会話をしていると面会をしている様に感じる。
「待っててアレックス。そっち側に行くわ」
明るくそう言いロサラは反対側のドアへと駆ける。
「でも・・・・っ」
慌てて止めようとするアレックスにロサラは笑顔で答える。
「大丈夫よ。平気だもの、それ位はまかせて」
あのバケモノがまだ外を徘徊しているかもしれない。銃の効かない相手なのだ。不用意に飛び出してアレックスに危険な目に会って欲しくは無い。
「直にそっちに行くから」
もう一度念を押してロサラは部屋を後にした。
慎重に辺りを窺う。どうやらバケモノはまた煙の様に消えてしまった様だ。ラジオからも何も聞こえない。
アレックスの側にも扉はあったがどうやらロサラの出たドアとは直結していないようだ。前と同じ細く長い通路が何処までも続いている。
受刑者の脱走を防ぐためか通路どうしが更に複雑に交差している様に見えた。
けれども今のロサラには先を進むしかない。
道に迷わない様に来た通路を必死で覚えながら角を曲る。行き止まりを避け柵で塞がれた通路を後退する。焦る気持ちとは裏腹にどんどんと奥へと迷い込んで行く。
突き当たりにあった鉄格子を上ると今までとは違う場所にでた。
刑務所と下の下水道の丁度中間層なのだろう。
コンクリートの無機質な空間は埃と煤で汚れていたが下が水浸しで無い分動きが撮りやすい。
上手くいけば先程の部屋の近くに降りられるかもしれない。
焦りが増すのを感じながらロサラは早歩きになる。
この場所に来てからずっと消毒薬の臭いが充満している。床にはボロボロになった新聞やカルテが散乱しておりその合間には注射器やアンプルが転がっていた。
うっかりと注射器の一つを踏んでしまい辺りに甲高い音が鳴り響く。
辺りにバケモノが居ないとは限らない。ロサラは神経をラジオと周囲に集中させる。
一瞬の沈黙の後ラジオから微かにホワイトノイズが鳴り出す。
それとは別に物音が奥から聞こえて来た。
ロサラは暫し躊躇った。バケモノが出している音なのかもしれない、けれども同時に人の気配も感じるのだ。
こんな場所に誰が―?
上の階で会ったスーザンだろうか、それともアレックスが自分を探しに此処まで来たのだろうか。
それとも―
人に良く似たバケモノだろうか?
危険だが他のドアには鍵が掛かって入れないのを確認するとロサラは奥へと続く通路に賭ける。
殆ど走る勢いで奥へと進む。
ホワイトノイズは大きくなるのに物音は微かに響く程度だ。
消毒薬の臭いがどんどん強くなる。
突き当たりにあるドアへ手を掛けた。
室内に飛び込んだロサラは一瞬自分が外へ出てしまったと錯覚した。
地面も壁も苔生していて落ち葉が散らばっていた。上を見上げても吹き抜けのようにくらい穴が空いているだけで何も見えない。それでいて何処からとも無く枯れた茶色の葉が舞い落ちて来る。
そして部屋の中央に何かが居た。
まるで子供が作った大きな泥人形の様な真っ黒な生き物が、海中の水草の様にゆらゆらと体を揺らして突っ立って居るのだ。
止め処なく落ちてくる葉が視界を狭くさせる。無駄だと分かっていても手で葉を払うロサラの耳に消えそうな悲鳴が響く。
ごめんなさい―
ごめんなさい―
見ると部屋の隅にスーザンが蹲っていた。
「スーザン!」
駆け寄ろうとすると部屋の中央に居たバケモノがロサラに向って大きな腕を振り回して来た。
寸での所で屈んで避ける。その体制のまま銃弾を放つとボロボロと肉片が零れ落ちる。
泥人形が振り返った。
裏も表も無いバケモノの腹部に白い物体が浮んでいる。
青白い子供の首だ。穴の空いた暗い眼光でロサラを睨んでいる。
恐怖で体が凍り付く。続け様に銃弾を打ち込むが震えた手では首には当らず泥人形の体のあちこちに被弾するばかりだ。
バケモノが再び腕を振り回す。しゃがんだ状態でロサラは転げる様に避けるが腕の先がこめかみに当たり吹き飛ばされる。
目の前が暗くなる。
寄るな―
見るな―
大人の男と子供の声が合わさって頭の中に響く。バケモノが腕を振り回し尚も近付いて来る。
まともに攻撃を受ければロサラの頭は割れ脳が零れるだろう。
死への恐怖がバケモノに対する恐怖を押さえつけた。
痛みを抑えて残りの銃弾をバケモノに浴びせる。
泥人形の中央部分に向けて放った内の一つが首に命中する。
髪を振り乱しながら子供の首が声にならない咆哮を放つ。
それに呼応するかのように泥人形の体も小刻みに震えながら砕け落ち土塊へと変わってゆく。
子供の首と目が合う。
首が一瞬ニヤリと笑うと泥人形の体ごと地面へと消えていった。
「スーザン。しっかりして」
駆け寄り抱き抱えようとするが彼女の手がロサラを拒む。
「いやっ。こないで」
「私よ!」
落ち着かせようとするがロサラを見詰める目には暗い炎が宿っている。
「あなたも同じ!同情したフリをして楽しんでるんだわ」
「えっ?」
「本当は私が犯人だって思ってるんでしょ。影で笑ってるクセに口では御可哀そうにって・・・!」
激しい剣幕で捲し立てる彼女に圧されロサラは怯む。
刺し殺されそうな怒気が其処にはあった。
「落ち着いて」
感情を逆なでしない様に慎重に近付くと憑き物が落ちた様に彼女の目から光が消える。
「あ・・・・。ごめんなさい。私また」
そう話すスーザンは沈んだ瞳に戻っていた。
「ねぇ、スーザン。やっぱり此処は危険だわ。一緒に・・・」
伸ばしたロサラの手をスーザンは避ける。それはロサラに怯えているようにも見えた。
「だめよ。だって私は・・・・」
体を引き摺るように出口へ向う彼女は―まだやる事が―と取り憑かれたようにそう洩らした。
「気を掛けてくれてありがとう」
それでも漸く振り返るとそう告げる。
「ねぇ、ロサラ。貴女と私は同じ匂いがするわ」
「えっ?」
ロサラの疑問には答えずそれだけ言うとスーザンは出て行ってしまった。
「同じ―」
一人残されたロサラは告げられた一言に戸惑いを隠せずにいた。
私と、彼女が―?
頭の中で何かが揺らぐ。
だから―
だからこの町に迷い込んだの―?
いつの間にか舞い落ちる葉は消えていた。