TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
アルトに抱きすくめられ、どれだけの時間がたっただろうか。一瞬のようにも思える。1時間はこのままだったかのようにも思える。
オレは、今、全身を押さえつけられている。筋肉質な腕に、鍛え上げられた体幹に、射貫くようなその眼光に、あらゆる行動を封殺されている。両手を胸の前で繋ぎ、仰向けで神に祈るような姿勢のまま、オレは固まってしまっていた。脳内は、疑問符が湧き出ては沈み、膨れては萎む。
一体、何が起こった!? なんで、どうして、こうなった!?
真剣な奴の目をまともに見れない。せいいっぱい顔を逸らしても、アルトの視線は外れない。
感じる。何か、強い意志で、オレを押さえつけているのを感じる。
この膠着状態は、いつまで続くのだろうか。オレはいつまでこの男に、こんな状態で拘束され続けねばならないのか。
だがこの均衡は、直ぐに崩れ落ちた。
奴が、動いた。いや、元々この状況では奴しか動けなかったのだけれど。
「・・・ッ!」
アルトは何の断りもなく、無言でオレの大腿部を撫で上げた。ぞくり、と悪寒が背筋を走る。
奴の息が、どんどん荒くなってきた。奴の手が、少しずつ乗降してくる。どんどん、オレのアレへ向かって進んでいく。
どうしよう、オレはこのまま昨日の様にヤられるのか? また、凌辱が始まるのか? 嫌だ! 二度とごめんだ、あんな屈辱は!
・・・噛みついてやる。それ以上手を進めてみろ、お前の鼻っ柱を嚙み千切ってやる。覚悟しろよこの色情魔。勝てないまでも、せめて一矢報いてやる・・・。
すり、すり。
ところがアルトの手は、太腿の付け根で止まったのだった。それ以上、進んでこない。ポタリ、と汗がオレの頬を打つ。横目で見ると、アルトの顔は、大丈夫かというくらい真っ青だった。
よく見るとオレの肩を押さえる腕は震えているし、下半身に置かれた手先は既に汗でビッショリだった。アルトの手は、ひんやりと冷たい。
・・・ふむ、さてはビビッてるのか、アルトの奴。昨夜はあんなに傍若無人だった癖して、今更になってチキってやがる。まったく、情け無い奴だ。
いくら待っても、手は先へは進まない。そのまま太腿を撫でられ続けるだけだ。少し、くすぐったい。
ははん。コイツ、さてはテンパってやがるな。
オレは奴の惨状を前に、少し余裕が持てるようになった。絶体絶命な状況ではあるけれど、アルトより精神的に優位に立てるのは気分がいい。
さて、次はどうするんだ? とうとう、ヤバイ所に手をやるつもりか? 迂闊にもアルトは、オレの肩を抱いてはいれど腕を押さえてはいない。両手はフリーだ。
さあ来やがれ、渾身のビンタをお見舞いしてやる。
ぐい。
突然に頬を撫でられ、オレの目の前には先程まで思いっきり張り倒すつもりだった
アルトが手を伸ばしたのは、オレの顎。心の準備も無く顔面を向き合わされ、迂闊にもオレは思考を一時的に止めてしまった。
───近い。
ちょ、待って。何でコイツ、今日に限ってこんなに的確に揺さぶりかけてくるの? 実は女慣れしてるんじゃねぇか、コイツ!?
息がかかり合う距離。
蛇に睨まれた、蛙。
まな板の、鯉。
ああ、駄目だこれ。どうしようもないじゃないか。
「・・・いいな?」
奴は真顔で、そんなとんでもない事を問う。
・・・良い訳があるか!? 頼むからここから逃がしてくれ!
────止めろ、オレを見るな。
肩を掴まれている。体は覆いかぶさられている。顔は吐息のかかる距離。
何かを期待した表情のアルト。乱れた呼吸音。顎を掴まれ、外せない視線。
────何故か、オレは、頷いていた。
おい、何をやってるんだオレは。馬鹿じゃねぇの。意味が分からない。何頷いているんだ、この妙な空気に流されたんだろうか? ああ、そういえばオレってば
「分かった。行くぞ、フィオ。」
「・・・。」
もう、自分で自分の考えていることが分からない。奴の顔が近づく。思わず、目を閉じる。そして、
────唇を奪われた。舌を入れたりとかは無かったけれど、数秒間はタップリと吸われた。唾液の糸が引かれ、オレの頸を冷たく刺激した。
そう言えば、昨日はキスとか無かったな。これ、ファーストキスか。
奴がオレを抱きすくめている間に、オレはぼんやり、そんなことを考えていた。
もう、コイツが何なのかよくわからない。
気が付いた時には、丸裸になっていた。いつの間に脱がされたのか、覚えていない。
気が付いた時には、体が熱く火照っているし、頬が真っ赤に上気していた。
初夜の時が嘘みたいに、快感しかない。コイツ、鈍感糞野郎だと思っていたが、こりゃ童貞じゃねーな。流石に上手すぎる。コノヤロー、女に興味ないふりして、コッソリやることはやってるんじゃねーか畜生め。
────脚が、大きく跳ねる。
・・・あ。今、凄い声出したな、オレ。こんな声出せるのか、初めて聞いたぞ。
なんだコレ、何も考えられない。今、何をされてるかもわからない。体が自分のモノじゃないみたいに跳ね回っているのだけが、分かる。どんな体勢で、どんな顔をしているんだろうか、オレは。奴に、どんな景色を見せてしまっているんだろう。
ああ、ああ。堕ちていく。これは、抗えない。
そして、物凄い快感と共に背筋がピンと跳ねて、そのままオレの意識が飛んだ。
そして、朝日が照り付ける。まどろみと光彩が安い宿の相部屋に混ざり合い、心地よい朝を演出した。
「・・・はっ! なんだ、ただの淫夢か。」
オレはいつものように、起床時間にスッキリと目を覚ました。寝起きがいいのが、オレの自慢の一つなのだ。
それにしても、随分と悪い夢を見たものだ。本当、妙に生々しい夢だったな。心なしか、身体が暑苦しい。風邪でも引いて、熱でうなされたのだろうか。ボディチェック、ボディチェック。風邪ならちゃちゃっと治さなきゃな。
もぞり。暑苦しくオレを圧迫してる何かが、動いた。何だ? 野良犬でも潜り込んできたか?
────いや、違う。オレってば、誰かに抱き着いてない?
・・・バシーーン。
心地よい朝に、少女の悲鳴と気持ちいい炸裂音が響き渡る。
覚醒したオレは混乱の極致で、布一枚身に着けず抱き着いてしまっていたその男を、全力で張り倒したのだった。
汚い小さなその民宿に居た全員が、少女の悲鳴と叫び声で昨夜に何があったのかを理解したという。
次回、更新は3日後の6/18の17:00です。
記載ミスで17日になっていました。
お間違いのないようご注意ください。