TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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前半最後のイベントです。


「急襲!!」

『オレは今、とてもとても怒っています。』

 

 口には出さずとも、フィオの心の声が耳に聞こえてくる。

 

 そう、フィオの表情は今、わかりやすかった。つんと顔を背け、口をぷいと尖らせる彼女。見るからに、不機嫌ですよと全身で表現していた。

 

 

 宿のご老人よ。一番素直な気持ちを伝えたら、大失敗してしまいました。

 

 村の若者よ。言葉をソレらしく言い換えてみたら、思いっきりひっぱたかれました。

 

 

 いや、フィオを怒らしてしまったのは、別にこの二人のせいではないだろう。俺が、正直にフィオの体に興味を示しすぎたのが原因であることは明白だ。何というか、昔から俺は一度何かに集中すると、うっかり常識的なことを見落として大失敗する悪癖がある。今回もそのパターンだ。

 

 素直な気持ちを伝えるにしろ、性欲を前面に押し出してどうする。

 

 王都の門をくぐり、夜の都を二人で歩いて行く。王都ともなれば、この時間でもちらちらと道行く市民が目に入る。あの時俺は、フィオをどう思っているのか、きちんと伝えないといけなかった。だというのに、俺がぶつけたのは自分本位な欲望だ。

 

 もう一度、頭を下げよう。謝って謝って、拝み倒そう。

 

 俺は王都の、俺達のアジトへと帰る道すがら、そう決心していた。

 

 

 

 俺達のアジトは、王都の中心部にある大きな屋敷だ。貴族たちの邸宅が立ち並ぶ中、俺達勇者パーティが所有する巨大な一軒家が道沿いにぽつんとそびえたっている。この屋敷は、元々はとある貴族の邸宅だったらしいのだが今は俺達が譲り受けて使わせてもらっている。

 

 ようやく帰り着いた俺達のアジトには、明りは灯っていなかった。どうやら、ルート達はまだ王都に戻ってきていないらしい。

 

 それもそうか。俺は全速力でフィオをおぶって王都まで走ってきたが、向こうは6人で足並みを合わせて戻ってくるのだ。身軽な俺達の方が早いに決まっている。

 

 魔法でアジトの入り口のロックを外し、俺達は数ヶ月ぶりのアジトへ帰宅する。今回の撤退戦の報告は、明日で良いだろう。この時間に起きている貴族連中はいないはずだ。今日は、もう休もう。

 

 フィオにもそう告げようとしたのだが、彼女はさっさと俺を無視して居間へと歩いて行った。

 

 相変わらず、つーんと顔を背けるフィオに若干傷つきながら、俺は溜息を吐き彼女についていくのだった。

 

 

 

 数か月ぶりのアジトだったがきちんと手入れがなされていたようで、多少埃っぽいところは散見されるもののベッドや居間などはすぐにでも使える状態だった。王都から出発するとき、王宮のメイド達が確かアジトの管理してくれるという話だったな。彼女たちは、しっかりと自分の仕事をこなしているようだ。

 

 俺はソファに腰を落とし、体重を預ける。この4日間、背負って走ったフィオは羽のように軽かったが、彼女から発されていた重圧は金剛石の様だった。ひたすら、走り続けだったこともある。この時少々、俺は疲れていた。

 

 

 

────だからだろうか。

 

 息を殺す、ナニカの気配。この屋敷に潜む、第三の存在。

 

────こんな至近距離になってまで、俺は侵入者の存在に気が付いていなかった。

 

 ぶかぶかした白魔道服を揺らし、眠そうな目で部屋に置いてあったワインボトルを握りしめるフィオ。そんな彼女に見とれていた俺は、僅か壁一つ隔てた距離だというのに捉えられていなかった。彼女の立つその壁の向こうで、息を殺し潜む“暗殺者”の気配に。

 

 俺が気が付いた時にはフィオは、次の瞬間にでも命を落としてしまう位置にいた。

 

 壁越しに誰かを殺す時、取れる手段はいくらでもある。俺達は英雄であると同時に、一部の貴族からは嫌われている。何処ぞの馬鹿から暗殺者を差し向けられる可能性はあると聞いてはいた。

 

 まさか、まさかとは思うが、奴は俺達の帰宅をずっと待っていたとでもいうのか。油断した俺達を、一瞬であの世に送る為に。

 

 フィオは、ワインボトルを開けようと力み顔を真っ赤にしている。暗殺者の存在に気付いている様子は無い。このまま、やつの潜む壁の前へと歩みを進めてしまえば、彼女はどうなるか。

 

「そこを動くな、フィオ」

 

  この距離ではフィオを庇えない。そう判断した俺は即座に彼女と壁の間に割って入り、彼女の肩を掴む。

 

「は? いきなりなんだよアルト・・・、ッ!?」

「すまん。」

 

 そのまま俺はフィオをソファへと押し倒し、あらゆる攻撃から庇えるように覆いかぶさった。

 

 誰かが忍び込んでいる今の状況下で、棒立ちは非常に危ない。壁の向こうの賊を一突きで倒せればいいが、この侵入者があえて気配を晒している陽動であり、本命はさらに気配を殺すことに長けた暗殺者、という線もある。今は、フィオの周りを固めることが重要だ。

 

 俺はまだ、この屋敷全体の気配を探知しきれていない。いつ、予期せぬ位置から毒針が飛んでこないとも限らない。俺ならまだしも、フィオが昏倒すればもう手の打ちようはなくなる。

 

 逆にもし、俺ですら耐えきれぬ攻撃を貰っても、フィオさえ無事なら何とかなるのだ。ここでフィオを庇うのは、当然の選択と言える。

 

「な、な、な、な・・・何を! 何をする気だこの変態糞勇者ぁ!!」

「・・・今は黙れ。」

「にゃっ!?」

 

 フィオは依然として侵入者の存在に気が付いていないようだ。だが、今のような大声を出されてしまっては、賊の気配を見失ってしまう。悪いが、少し静かにしてもらいたい。

 

「・・・っ!」

 

 フィオは俺の指示通りに黙った。後は奴の気配を見失わず、俺がフィオを守り抜けばいい。俺達の大切な仲間であり、俺が罪を償うべき少女であり、そして俺にとって・・・。

 

 俺にとって、何なのだ? フィオは、俺の中でどのような存在なんだ? 俺の体の下で、微かに震えるこの少女は、俺の何なんだ?

 

 いや、今考えるべきことはそれじゃない。奴の気配に集中しろ。

 

 ・・・いる。間違いなく、この部屋の外の廊下に、忍び込んでいる。先ほどのフィオの大声で、賊は俺達の存在には気付いているはずだ。賊の狙いがこの屋敷の金銭なら、このまま逃げようとするだろう。狙いが俺達の暗殺なら、こっちに近づいてくるはずだ。

 

「放して、くれよぉ・・・。」

「ああ、後で話してやる。」

 

 フィオが、か細い声を上げた。いきなり押さえつけられて、確かに彼女からしたら説明が欲しいところだろう。だが今は危機の真っ最中。外敵に集中している俺に、そんな余裕はなかった。

 

 

 ・・・かたん。

 

 

 ドアの向こうで音がした。反射的に俺はフィオを抱きすくめ、衝撃に備える。彼女の全身を、俺の体で覆う。幸いにも、爆発などの攻撃は無かった。まだ、仕掛けてこないようだ。

 

 この状況、俺一人なら何とでもなるが、フィオがいる状況なのが本当にまずい。彼女はとてもじゃないが、一人で暗殺者に対応し身を守れるほどに戦闘行為に熟達していない。

 

「や、やだ、やめろって。」

「大丈夫だ、心配するな。」

 

 得体のしれぬ敵に怯えるフィオを、なんとか宥める。安心してほしい、なんとしてもフィオを傷つけさせたりなんかさせない。俺は腰を浮かし、何時、何処からの襲撃にも対応できるように全身を集中させる。目の前の、小さな少女を絶対に守り抜くために。

 

 そうだ俺は、勇者だから彼女を守りたいんじゃない。俺は、俺は。

 

 

 俺は、きっとフィオが好きだから守りたいんだ。

 

 

「フィオ、聞いてくれ。」

「何だよ、早く放せよ。」

 

 彼女が泣きそうになりながら、こちらを見ている。その表情があまりに切なくて、思わず言葉に詰まる。

 

「こんなこと、今言うべきじゃないかもしれん。だがフィオ、聞いてくれ。」

「・・・。」

 

 じぃ、とフィオの目が細まった。きっと、彼女はまだよく事態が呑み込めていないのだろう。

 

 だが俺は、言葉を止めない。思考の大半を、迫りくる外敵に向けてしまっている。会話の内容が、脳を通過していない。ただただ純粋な俺の感情が、外界へと零れ堕ちていた。

 

 そう、俺は命を狙われ、暗殺者と相対しているこの現状で。俺の口は勝手に、フィオへ思いを告げる。

 

 

「フィオ、俺はお前が好きだ。」

「・・・。は?」

 

 

 直後、がたん、と一層大きな音が廊下に響いた。賊は最早、気配を隠す気は無いらしい。だが、まだ姿を現さない。 

 

 

「・・・は?」

 

 そして、廊下の賊の気配が、ゆっくり遠のくのを感じた。だが、油断するわけにはいかない。俺がまだ捕捉しきれていない、新たな暗殺者が潜んでいないとも限らない。

 

「って、おい! は、何だ、何じゃこりゃああ!?」

 

 俺の言葉を聞いてパニックになったのか、フィオは突如暴れだす。しまった、また色々とやってしまった。いきなりそんなことを言われてもフィオは混乱するだけなのは分かりきっているだろう! 

 

 まだ、安全の確保が出来ているとは言えないというのに、フィオにまで暴れられたら対応しきれない。このままではいかん。

 

「────おとなしくしろ。フィオ。」

 

 できるだけ落ち着いて貰えるよう、俺はフィオの目を見て、はっきりとそう告げた。勿論、意識は賊に向けたままであるが。

 

 少しずつ、部屋から賊の気配が遠のいている。だが俺は去りゆく賊を追ったりはしない。これが誘導である可能性も否めないからだ。屋敷の中の安全が確認できるまで、俺はフィオの傍を離れるつもりはなかった。

 

 

「・・・。」

 

 

 そしてフィオはと言うと、いつしか静かになり、目を閉じていた。まだ恐怖感があるのか、小さな肩を震わせているがひとまず落ち着いてくれたようだ。

 

 そのまま、無言で。俺がフィオを庇い続ける事、数分。

 

────全身の感覚を研ぎ澄ます。賊はやがて俺達のアジトを去り、夜の人込みへと消えてしまった様だ。さっきからずっと気配を探っているが、アジトの中にさらなる賊の存在は感知できない。奴は単なる金銭目当てだったのだろうか。何れにせよ、危機は去ったと思って良いらしい。

 

 

「あ、あのさ・・。」

 

 俺は肩の下で震える少女に、もう安心だ、いきなり押さえつけて申し訳ないと、そう告げようとした時。フィオは、潤んだ目を逸らしながら、こう呟いたのだった。

 

「最初はキスから、その、シてほしい・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・ん!?




次回更新は6/30の17:00です。

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