TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「おにいちゃん」

 まさか、まさかと半信半疑ではあったが。目の前で二人、隠れ家的な料理店で逢引きをしている、何とも言えぬ空気の男女の様子を見て私は確信する。

 

 どうやら二人は、本当に恋仲となった様だ。

 

 今日は、ここに来て本当に良かった。王宮のメイドとしては最高位に位置し、私が滅多に貰えない休みを消化してまで、確かめる価値が有った。

 

 「死神殺し」などと呼ばれる最高位の白魔導士「フィオ」。彼女と、勇者アルトが交際関係にあるならば私にとってこれ以上都合の良い事は無い。

 

 彼女は何やら城内で随分と人気が有るらしいが、私からしたら彼女は単なる「男殺し」にしか見えない糞ビッチだ。色狂いと言い換えても良いだろう。同じ女性として、実に唾棄すべき存在と言える。

 

 初めて会った日からまるで理解できなかった。彼女の、あの異性に対する気持ちの悪い馴れ馴れしさが。

 

 彼女が足しげく兵舎に通い、兵士連中に媚び口説いてまわっている事を聞いた時は怖気が走った。どれだけ、好き者なのだろうか。その一見して無垢な外見で、何人の男を手玉に取ったのだろか。

 

 そんな腐った女が。バーディ(お兄ちゃん)にまで媚び始めて、ケツを振りいやらしい街へ誘っている姿を見た時の私の心境と言ったら筆舌に尽くしがたかった。全身の血が指先まで凍り付くのを感じた。

 

 ・・・あの腐れビッチめ、なんて、羨ましい事を! 実の妹である私を差し置いて、赤の他人であるお前がお兄ちゃんと色街に消えるなんて、絶対おかしいだろう!

 

 そう。

 

 大事な大事な私の兄。強く、頼れる私の兄。そんなお兄ちゃんを・・・あんな売女には、とてもじゃないが渡せない。

 

 

 際限なく高ぶる怒りを抑え込み、手際よく料理をこさえながら、私は思い出していた。幼き日の、私がまだ子供の頃、両親が死んだ私と兄が二人で暮らしていた時の事を。

 

 貧しかったが、とても幸せな日々だった。兄は、とても優しかったからだ。私は、間違いなく兄に深く愛されていた。

 

 今でも覚えている。私の誕生日に、私を喜ばせる為だけに山を一日中駆け回った挙句、しょんぼりとしながら小さな花を持って帰ってきたこと。

 

 私が高熱を出した時、よく分からない薬草を口移しで飲ませてくれたこと。ファーストキスの、苦い思い出だ。

 

 私が兄の布団に潜り込んだ時、何も言わず頭を撫でてくれたこと。

 

 そうだ。不器用ながらも私をいつも守ってくれていた兄は、間違いなく私の憧れだった。

 

 

 

 だが。相思相愛だった私と兄は、生きながらに散り散りになってしまった。村に襲撃に来た魔族どものせいで。

 

 いつものように、私の事が大好きなお兄ちゃんは、私を逃がす為だけに槍を持って単騎で魔族に突っ込んでいった。一言私に、「逃げてくれ」と言い残して。

 

 ・・・逃げない訳にはいかなかった。私は兄と一緒に死んでも良かったが、兄がそれを望まないとをよく知っていたからだ。遮二無二生き延びるために走り続けた。兄がいない世界など興味がなかったが、兄が望んだから兄の為だけに生きようと最大限の努力をした。

 

 そして、逃げながら私は泣いた。もう兄と会えないと思ってしまったから。

 

 

 

 王都まで逃げ延びた私は、乞食でもなんでも行って必死で生計を立てた。時にはルックスを買われ従業員として、時には手際の良さを買われ使用人として。

 

 やがて、旅亭の使用人としてとある貴族をもてなした際に、私は貴族付きのメイドとしてその場で雇われた。料理の腕やたたずまい、仕事の機敏さなどを痛く気に入られたそうだ。私は農民出身と即座に分かってしまう名前だったためクリハと名前を変え、メイドの基礎を叩きこまれた。

 

 その貴族の家で1年ほど働いた後、やがて私は侍女としてその貴族から王宮へ捧げられた。その貴族は、国王に気に入って貰えたと喜んでいた。初めから、質の良い侍女を贈って王の覚えを良くするのが狙いだったそうだ。

 

 またその貴族には、王宮で私を害するような計画を聞いたら知らせてくれとも頼まれた。彼の私に対する様々な厚意が全て打算なのは分かっていたが、私を見出して貰い、生きていく上で必要な仕事を教わったりと恩があるのは事実なので頷く事にした。

 

 私の答えを聞きホッとした表情の彼を見て、貴族をやるというのはなかなかに大変なのだろうと同情した。

 

 そう、まさにトントン拍子だった。ただの庶民出身の、貧しい家の娘が今や王宮住まいの侍女である。かつての店の同僚達の誰もが私をうらやんでいたし、当然妬まれもした。だが、私の心はポッカリと穴が開いたままだった。

 

 大好きな兄が、私が生きることを望んだのだ。私は兄が死んだ今も、兄の為に生きている。自分がいかに出世しようと、興味は無かった。これは、兄の死を無駄にしないために、常に最善と思われる行動を私が選び続けた結果に過ぎない。

 

 人生とは、死ぬまでの暇つぶしである。そう考えていた矢先。

 

 

 

 

 ・・・まさかその兄が、勇者として召集されるとは思わなかった。

 

 魔族の活動が活発となり始め、再び魔王軍との戦争が始まると予期された時。国王お抱えの占い師が、命を絶ってまで占ったというその結果は、「体に聖痕浮かびし勇者を八名集めれば、この国は滅びる事は無い」というモノだった。即座に王の命令で各地の捜索が行われ、様々な年齢層の8人の勇者が特定された。

 

 私は彼らの世話役を仰せつかった。いつも通り、そつなく淡々と与えられた仕事に対して最大限の成果を発揮する。それだけの筈だった。

 

 彼らを初めて出迎えた時は、我が目を疑った。この私が見間違えることはあり得ない。死んだと思い込んでいた兄が、不敵に笑い確かにそこに立っていたのだ。

 

────嗚呼。

 

 頭が真っ白となり、世界に彩りが戻ってくるのを感じる。数年ぶりに再会したバーディ(お兄ちゃん)は、私を庇った時の傷を顔に刻み付けたまま、数百倍は格好良くなっていた。筋骨隆々百戦錬磨、槍を振るえば国内に右に出るものなし。私を守り行方知れずとなり、私が再会を諦めてしまっていた兄は、まさに理想の王子様となって再び私の前に姿を現したのだ。これが、運命の再会と言うモノなのだろうか。私と兄は、結ばれる定めだったのだろうか。

 

 ところが。

 

「おお、これは随分とべっぴんなメイドさんだな! だが実に残念。あんた致命的に魅力(おっぱい)が足りないな!」

「バーディ、このアホ! す、すまん可愛いメイドさん。実はこいつ、頭が残念で出来ているんだ。」

 

 数年ぶりに再会したお兄ちゃんの隣には、既に女の影があった。

 

「ん、何だメイドさん。俺の顔に何かついてるか?」

「・・・いえ、バーディ様。王がお待ちです、只今ご案内いたします。」

 

 そして、あろうことかお兄ちゃんは私に気付かなかった。数年前のお兄ちゃんなら、どんな変装をしてもすれ違い様に匂いを嗅いだだけで妹だと見分けてくれたのに。

 

 そうか。そんなに、そこに居る女に夢中になってしまっているのか。

 

 だから、お兄ちゃんは私に気付いてくれないのか。

 

 

 そこに居る、糞みたいな女が悪いのか。

 

 

 

 

 

 勇者パーティを詳しく調べていくにつれ、一つの事実が明らかになった。パーティを構成する六人の女性の内、四人は勇者アルトに懸想している。一人は、自分を男と言い張っている。こいつらは捨て置いて問題ないだろう。

 

 問題はこの白魔導士だ。最後の一人であるフィオ・ミクアルが、お兄ちゃんと常に行動を共にし、いやらしいお店にお兄ちゃんを連れまわしていると言う事実を確認した。まさに、彼女こそ諸悪の根源だったと言う訳だ。

 

 ・・・お兄ちゃんが、愛していた筈の(いもうと)に気付いてくれない理由。それは全てこの女が原因だったと、確信した。

 

 

 そこで私は、虎視眈々と彼女の暗殺計画を打ち立て始めた。パーティの一行が遠征に出かけている際にわざわざ屋敷の管理を買って出て、正確に屋敷の内部構造を把握した。完璧な隠ぺい工作で、決して疑われぬままにあの女の命を取る。優秀な私なら、それが出来る筈だ。私は、絶対に兄をこの手に取り戻す。

 

 勇者パーティ敗走の報を受け、真っ先に私は彼等の家に忍び込んだ。戦闘と言う極限状態から、ホームへ帰宅し気を緩めたその一瞬が狙い目。武の心得なき私でも、気付かれず奴の命を狙えるその瞬間を虎視眈々と待つ。

 

 

 幸いにも、帰宅したのは勇者アルトと糞ビッチの二人のみ。出来る限り気配を隠しつつ、廊下に出た瞬間にヤツの頸を跳ね飛ばそうと鉄糸を指に構え部屋の外で待ち構えていると。

 

 

 

 偶然にも勇者アルトの、糞ビッチへの熱い告白の場面を聞いてしまう事になる。

 

 

 

 どうやら、尻の軽いこの女は見事に勇者アルトを口説き落としたらしい。彼は現在、この国最強の戦士と名高い。お兄ちゃんより資金的な価値を見出し、あんなに仲良くしていたお兄ちゃんを捨てて口説きに行ったのだろう。何時ものように男に媚びた、馴れ馴れしい態度で。

 

 吐き気がするような邪悪な思考回路だ。可哀想な兄。だがこれで、お兄ちゃんはヤツの魔の手から救われる。

 

 きっと、目を覚ましたお兄ちゃんは私に気付いてくれる。

 

 きっと、子供の時の様に私を愛してくれる。

 

 

 

 私は、すぐさま方針を転向した。最初から彼女を殺すのはリスキーだとは理解していたから、殺さなくて済むならそれに越したことは無い。

 

 

 今日だけは、全力で支援してやろう糞ビッチ。本当は、お兄ちゃんに食べて貰う為に鍛え上げた料理の腕だが。今だけは勇者アルトとお前をより強固にくっ付ける為に、全力で腕を振るおう。お前も全力で感謝して貰いたい。

 

 陳腐な店の設備なので、料理の仕込みにすら苦労したが。自前の魔法を補助的に使い設備を補う。私の数少ない魔力を大盤振る舞いし、逸品と自信の持てる料理の数々を精魂込めて作り上げるのだった。

 

 

 

 

 

 計画は順調だった。

 

 出来上がった料理を、二人の世界を邪魔せず静かに並べ、余計なものをタイミングを見て下げる。ゲストの二人が気分よく食事ができるよう、最大限に気を配る。私が、メイドとして普段から当たり前のようにこなしてきた仕事だ。

 

 二人の頬はワインにより赤みを帯び始め、テーブルには甘い空気が流れ始めている。良い感じだ。そのままもっと親密になって貰いたい。この私が、全力で料理をしているのだ。

 

 

 

 次に運ぶのは、いよいよメインデッシュの粗挽き肉ハンバーグ。会心の出来だ。きっと会話も弾んでくれるに違いない。

 

 私は静かに、今まで通り厨房から料理を運び。

 

 

 

「ん、ん。」

 

 

 

 

 無言で抱き合う二人を視認し、即座に音を立てず厨房に引き返した。

 

 ・・・なんともタイミングが悪い。危ない所だ、もう少しで気付かれるところだった。まさかキスの真っ最中だとは。念のため気配を消していて良かった。

 

 なかなか盛り上がっているようで何よりだ。もう少し待ってから、さりげなく邪魔をしないように料理を運ぶとしよう。

 

────少し、羨ましいな。私もいつか、お兄ちゃんに素敵な雰囲気のお店で二人きりの食事に連れて行って貰おう。そして、今まで頑張ってきたことを褒めて貰おう。

 

 さて、そろそろキスは終わっただろうか?

 

 ・・・ちらり。物陰に隠れ、料理を出すタイミングを測るべく2人の様子をうかがう。

 

 

「フィオ、フィオ!」

「や、どこ触って、ちょっ!」

 

 

 無言で物陰に戻る。

 

 はだけていた。服が、ビッチの服が良い感じに半脱ぎになっていた。

 

 待て。私もいるぞ、料理を運んでいただろう!?

 

 キスだけなら、ギリギリ理解する。だがまさか、ここでおっ始める気かあの二人は。私の事を忘れているのか、見せつけているのか。どちらにせよ、頭がおかしいだろう。どれだけ股が緩いのだあの女!

 

 いや、きっと悪ふざけに違いない。キスの延長の、ちょっとしたボディタッチ。非言語的コミュニケーション。うん、それだ。

 

 そろそろ運ばないとせっかくの料理が冷めてしまう。私は意を決し、料理をもって厨房を出て、

 

「待てって! さっきもッ・・・! ・・・ッ!」

「ふっ・・・! ふっ・・・! ふっ・・・!」

 

 音を立てずバックステップで華麗に厨房へターン。

 

 どうして二人とも脱いでいる!? どうして此処でおっ始めてるの!? 

 

 おかしいでしょ。やっぱ頭おかしいでしょ。本当にヤツがアルトとくっついて良かった。あんな色狂いがお兄ちゃんの嫁になんて、想像するだけで頭の血管が破裂する。

 

 

 やがて、店にはもの凄い声が響き出した。な、何をやっているのだろうか。

 

 

 思わず、欲望に負けこっそり覗いてしまう。私は悪くない。こんなとこで始める奴が悪い。

 

 ・・・いや、ちょ、うわ。なにあれ凄い。あんなに軽々と人の体は持ち上がるものなのか? ビッチがいくら小柄だとは言え、絶対腰痛めそう。あ、自分で治せるからあんな無茶が出来るのかあの女は。

 

 やがて、唐突に勇者アルトが立ち上がり、ビッチを抱き抱え妙な体勢を取った。何をする気だ?

 

「フィオ、大車輪いくぞ。」 

 

 ・・・大車輪?

 

 いや、ちょっと待て。なんだアレ? 行為の最中にビッチがくるくる回ってるぞ。え、回るの!? 近頃のビッチは回るのが主流なの!? なんでそれでちょっと気持ちよさそうなの!?

 

 流石は勇者。女との合体方法も、色々と格が違う様だ。来るべきお兄ちゃんとの初夜の参考に・・・全くならない。

 

 ・・・どうしよう、この会心のハンバーグ。仕方ないし、あの謎行為が終わるまで冷めない様にかまどの近くで保温しておくか。

 

 

────暫くして。

 

 

 謎行為が終わった後、素知らぬ顔でメイドが料理運びを再開した際、白魔道士は我に返って大絶叫したのだった。




次回更新日は3日後、7月21日の17時。
感想返し、殆ど出来なくて申し訳ありません。、

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