TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「任務!」

「失礼いたします、勇者様方。国王より依頼を預かってまいりました、メイドのクリハでございます。」

 

 昼を少し過ぎた頃。槍先を煮干しに変えた罪で地面に正座をしているフィオを尻目に、僕はバーディと顔を突き合わせながら新たな戦闘用のフォーメーションを考えていた。連携訓練を提案したバーディに、具体的な方法を出す為の知恵を貸してくれと頼まれたのだ。

 

 彼にしては珍しく真面目に取り組んでいるので、僕も思わず議論に熱が乗っていた。普段からこうであれば、バーディとはもっと気持ち良く付き合える気がするのだが。

 

 さて、そんな折に僕らのアジトの戸を叩く可愛い来客があった。メイドのクリハだ。

 

 別段、彼女がここに来るのは珍しい事ではない。国王、というか政府の細かい言伝や依頼などは、殆ど彼女を通じてやり取りされるからだ。今回も、例にもれず依頼の話らしい。 

 

「了解、クリハ。今は時間があるし、話を聞くよ。」

「感謝を。では、今回の依頼のメンバーは3名。ちょうど今居らっしゃるバーディ様、ルート様、フィオ様への『とあるお方』の捜索依頼となります。期限は無期限ですが、出来るだけ早期の解決が望まれます。」

「捜索? 行方不明者でも出たのかい?」

「ええ。その通りでございます。しかも、失踪されたのはこの国の行く末を左右する程のお方。是非とも、精霊の導き手たるルート様のお力をお借りしたく。」

「そっか、なら僕が出張った方がよさそうだね。受けるよ、その依頼。」

 

 今回の依頼のメンバーは、ここに居る3人の様だ。フィオ以外の女性4人はアルトと離れたがらないから、チームでの依頼は必然的にこの組み合わせが多くなる。

 

 とはいえ、遠征や戦闘以外で3人も勇者を投入する依頼は久しぶりだ。失踪した人物というのは、何者なのだろうか。正座をやめてフィオも机に座り、僕らの定位置である丸いテーブルを囲む。

 

「依頼を受諾いただき誠にありがとうございます、バーディ様、ルート様、フィオ様。では、改めてご説明します。」

「まぁ断る選択肢なんてアンタらくれねぇけどな。」

「バーディ黙ってろ! すまんクリハさん、続けてくれ。」

「・・・はい。繰り返しになりますが、先日重要人物が失踪したとの情報が入りましたので、皆様にはその方の捜索をお願いしたく。ルート様のナビゲートが、今回の依頼の肝となるでしょう。」

「僕の風読みがメインな訳だね。バーディは僕の護衛として、今回フィオが来る意味は?」

「フィオ様にも、捜索の折に案内をお願いして頂きたいのです。何せ、今回失踪したのはフィオ様も良くご存じでしょう、”流星の巫女”様ですので。」

 

 流星の巫女。バーディは聞いたことが無さそうで首をかしげていたが、僕にはその人物に心当たりがあった。

 

「それって確か、フィオの故郷の・・・。」

「はい、ミクアルの里にいらっしゃった筈のお方です。」

 

 そう、流星の巫女とはかつて魔王軍の切り札であった大魔法「星落とし(メテオ)」を、ただ一人で食い止めたと呼ばれる伝説の持ち主。彼女の血族は代々「流星を操る秘術」を継承し、その存在自体が魔王軍に対するけん制となっている人間側のキーパーソンの一人だ。

 

 現在は、古来より人族の守護を生業としてきた「ミクアルの里」に保護されていると聞く。僕は、幼き日の経験からミクアルの里について自分で調べており、それで流星の巫女についての知識もあったのだ。

 

「ほーん、ルートは相変わらず物知りだな。俺は聞いたことないから説明してくれや。」

「僕に聞くよりフィオに聞いた方が早いよ。彼女の里の伝説なんだから。」

「そっか。フィオ、教えてくれ。」

 

 とはいえ、僕が持っているのは所詮書物に記されてあった程度の知識。ミクアルの里の住人だったフィオの方がずっと詳しいだろう。

 

 問題は、流星の巫女の失踪を聞いた瞬間から、フィオは難しい顔で目を閉じて考え込んでしまった事だ。里の住人であった彼女が一番、事の重大さをダイレクトに理解できるからだろう。

 

 とはいえ、僕達もきちんとした情報が欲しい。

 

「フィオ、考えるのは後にして、まずは僕達に流星の巫女伝説について詳しく教えてくれないか?」

 

 僕はそう彼女に頼むと、フィオは、真剣な面持ちでゆっくりと顔を上げ、重苦しく口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・流星の巫女ってなんだったっけか?」

 

 

 無言でバーディがフィオをビンタした。

 

「クリハさん、今ある巫女についての情報を教えてくれ。」

「は、はぁ。申し訳ありませんが、私も書物で読んだ伝説の概要くらいしか存じません。」

「それで良いです。何も知らない馬鹿よりよほど役に立ちますねクリハは。」

「では・・・。」

 

 そこでメイドは語ったのは、この世界に伝わるおとぎ話だった。

 

 魔王軍の幹部格の一人が生み出した、流星を降り注がせる魔法「星落とし(メテオ)」は、大量の魔力を消費する反面その威力は絶大であり、たった一度の行使で国を亡ぼせる程の破壊力を秘めていた。

 

 魔族はこの魔法を開発すると、人間側はなすすべもなくいくつもの国を滅ぼされた。だが遂に、ある里の大魔導士が星の進路を操る呪文を創り出す。

 

 いつもの様に「星落とし(メテオ)」を使ったその魔族は、いつもと違い自分たちに流星が降り注ぐことになる。突如窮地に陥った魔族側は「メテオ(メテオ)」の使用で既に魔力を消費しており、ロクに防ぐこともできずあっさり壊滅した。

 

 そして人類を救ったその大魔導士は「流星の巫女」と呼ばれ今日もその秘術を継承し続けている。

 

「ほほう。」

「僕が知っているのもそんな話かな。」

「あー。聞かされたわ、そんなおとぎ話。」

 

 クリハの語った情報は僕の知識と一致した。その「流星の巫女」とやらが失踪したとなれば確かに一大事だ。「星落とし(メテオ)」を使う魔族がまだ生きているかは分からないが、流星の巫女がいない今その魔法を使われてしまってはひとたまりもない。

 

「最悪の事態に備え、星を操る秘術の次世代への継承をミクアルの里に依頼しております。ですが、出来れば今代の巫女を見つけ出して頂きたく。」

「成る程、話は分かりました。では、何時何処で流星の巫女が失踪したのか教えて頂けませんか?」

「はい。時期は、およそ2週間前程と伺っております。詳しい情報はまだ王都に届いていないので、里に赴いて現地で聞いて頂けるとありがたいです。」

 

 失踪したのは2週間も前なのか。これは、間に合わない可能性もあるな。急がないと。

 

「ああ、そうでした。皆様のサポートとして、微力ながら私も同行させていただきます。」

「おお、クリハさん一緒に来てくれるの? やった、旅が楽しくなるぜ。」

「あー良かったなフィオ。俺はどうでもいいや、胸の大きさがフィオとどっこいだし。」

「・・・お前さ、まず女性と話すときに胸を凝視するの止めろよホント。凄い失礼だからなそれ。」

 

 クリハが同行してくれるのか。これはありがたい、勇者パーティは強力な使い手が多い代わりに性格に一癖も二癖もある連中ばかりだ。特に、今僕の目の前にいる二人。僕の精神的健康の為にも、彼女のような良識的な人がついてきてくれるのは本当に助かる。

 

「今回の依頼は急いだほうがいいね、明日朝一で出発にしよう。今から旅支度を整えるよ、二人とも。」

「では、私は明日の夜明け前までに馬車を用意しておき、皆さまをお待ちしております。」

「サンキュークリハさん。じゃ、一時解散だ。」

 

 こうして僕達は、ミクアルの里へ向かうことになった。事態は重篤で、不謹慎なのはわかっているが、僕はどこかでワクワクとしていた。

 

 また、会えるかもしれない。幼いころ、僕と僕の家族を救ってくれたヒーローに。

 

 僕の幼き日の目標であり、今の僕を形作った原点に。今一度、会いに行く事が出来たら、それはきっと素敵な事だと思うから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日は早いので、手を放して頂けるとありがたいのですが。」

 

 

 メイド服を着た少女は、困惑したように呟いた。

 

 勇者一行へ王よりの依頼を告げ、王宮へと帰還するその道すがら。不幸にも彼女は屈強な男に絡まれ、力尽くに路地裏へ連れ込まれてしまう。

 

 

 

「私が、何か貴方の不興を買うような事をいたしましたか?」

 

 

 体格差は歴然。腕力では決して敵わない相手であるが、メイドは一歩も引かず淡々と対応する。それは、彼女が生まれ持つ強気な性格に起因する態度だったのだろうか。

 

 だが、そんな彼女の態度は悪手に他ならなかった。その言葉を聞いた男の目つきが変わる。メイド服の少女クリハは、男に路地裏で乱暴に肩を掴み上げられ、壁へと叩きつけられた。

 

「・・・気付いていないと、思ったか?」

「何を、でしょうか?」

 

 ギラリ。非力で無抵抗な彼女を射殺す様に睨みつけるのは、人類最強と呼ばれる男。

 

「俺は鈍感だとよく揶揄されるが、あいにくと第六勘だけは鋭くてな。」

「ですから、何を仰っているのか理解できません。勇者アルト。」

 

 メイドは困惑していた。いきなりこの男(アルト)に激怒される理由が思いつかなかったのだ。彼の次の言葉を聞くまでは。

 

「フィオに手を出すな。クリハ、意味は分かるな?」

 

 メイドの顔色が、変わった。

 

 

 

 

「・・・申し訳ありません、意味がよく分かりま────」

「気付いていた。そう言っているメイド。」

「何を、でしょうか。私は彼女に危害を加えるつもり等は────」

「俺が、激高してお前の首をねじ切る前にその口を閉じろ。気付いていた、と。そう言っているだろう?」

 

 勇者アルトは、静かにメイドの肩を握る力を強めた。彼の全身からは、その輪郭がゆがむ程に強い殺気が滲み出ている。

 

 完全に、看破されている。これ以上白を切るのは逆効果だと、即座にメイドは判断した。

 

「・・・はぁ。で、私を殺しますか?」

「そのつもりだったが。昨日のフィオとの逢瀬で手を出してくる気配がなくて予定が狂った。まだ貴様を殺す大義名分がない。」

「あらら、罠だったんですか昨日のアレ。方針を転換して正解だったという事でしょうか。」

 

 メイドは一息吐く。だが、彼女の頭の中では、必死に生き延びる道が無いかと模索していた。最悪、バーディの妹であるという自分の出自を明かせば、仲間思いである勇者アルトが私を殺すことは無いとは考えている。

 

 だが、出来るならこの事実は胸の内にしまっておきたい。兄自身に気付いてもらって、より劇的な再会を演出したいのだ。こんな形でバラされてしまっては、兄に嫌われてしまうかもしれない。

 

「ご安心ください。今は彼女を殺すつもりはありませんよ、勇者アルト。」

「で? 俺はその言葉をどう信用すればいい? あんな暗殺者染みた真似をしでかしておいて、今さら信用を得られるとでも?」

「それも気付かれていましたか。ですが現に、昨日私は手を出していませんわ。あんなに隙だらけだったというのに。」

「単に、俺が警戒しているのに気付いただけではないのか?」

「気付いてませんよ、バレてたなんて。これっぽっちも想定しておりませんでした。」

 

 とはいえ、このままだと即座に打ち首にされてもおかしくはない。仮にも勇者の一人の暗殺を企て、看破されたのだ。メイドは、ここが正念場だと気合を入れる。

 

「勇者アルト、宣言しておきましょう。貴方が彼女を手放さない限り、私は彼女に決して手は出しません。」

「・・・何を企んでいる。」

「分かりませんか? 私はただ、貴方がフィオ嬢と婚約するなら味方となる存在、それだけです。」

 

 そういって、クリハは不敵に口元を歪めた。少しアルトが腕に力を籠めたら、頸を捩じ切られるこの状況で。

 

「勇者、アルト。フィオ嬢をせいぜい大事にしておきなさい。」

「貴様に言われるまでもない。」

「そうですか。では、早くフィオ嬢の元へ向かっては?」

「・・・、貴様まさか! 他にも刺客を送っているのか!」

「違います、言っているでしょう。今は彼女を殺す方針ではないと。」

 

 そう言って悩まし気に、首を振るメイド。微塵も、最強の男アルトを前に委縮する気配もない。

 

「頬にまだ、紅葉の跡がうっすら残っていますよ。昨日のアレは、流石に彼女が怒るのも無理は無いかと。」

「うぐっ・・・、油断を見せて貴様を釣り出すためだったのだが。」

「だからと言って、あれは無いと愚考いたします勇者アルト。早く謝ってきなさいと、そう言っているのです。」

 

 ・・・メイドも、昨夜恋人(フィオ)からのビンタで四つん這いになり落ち込んでいたこの男を、そこまで怖がることが出来なかったのだ。

 

「今回の、私の旅への同行は決してフィオ嬢を害する目的ではありませんとも。ですから、ご安心ください。」

「・・・嘘ではないな?」

「自信がお有りな貴方の勘は、どう言っているのです?」

「・・・。それは嘘ではない、とは思う。だが、貴様に企みが全くない訳では無いだろう?」

「無論です。ええ、私にも別の目的があって同行するだけでございます。」

「分かった。だが万一、旅の最中にフィオが何か危険に晒されたら貴様の思惑だと断定して貴様を殺す。精々、フィオを守れ。」

「横暴ですね。・・・っと、分かったので殺気を向けないでください。心臓に悪いんですよ、それ。」

「フィオには殺気を向けた癖に、何を今更。いけ、準備を万全に整えろ。」

「仰せの通りに。」

 

 肩を掴む勇者の手を払い、メイドは銀髪を揺らしくるりと身を翻す。

 

「ではごきげんよう、勇者アルト様。」

 

 そう言って微笑み、彼女はアルトからゆっくりと歩いて逃げ出した。

 

 こうして、内心では冷や汗を滝の様に流しながら、表面だけ取り繕っていたクリハは無事に帰路へ着く事が出来たのだった。

 

 彼女は、やっと私室に帰り着いた時、ヘタリとその場で座り込んだと言う。

 

 




次回更新日は7月27日の17時です。

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