TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「誘拐」

 魔族。

 

 それは人間の天敵であり、この世界における死の象徴。

 

 本来なら魔族と、人間領で出会うことは殆ど無い。だが、ごく稀に魔王軍に属さない野良魔族がうっかり人間領に迷い込むことがある。その場合、強力な魔族と言えど数で勝る人間に為す術無く殺されてしまうのがオチだ。

 

 だが、目の前にいるこの個体はどうだ。間違っても、迷い込んできた間抜けな魔族には見えない。その気になれば、この村ごと一人で滅ぼせるくらいの力量を間違いなく持っていやがる。

 

 つまり、何か明らかな意図を持って。コイツは、人間領に潜伏している上位魔族────

 

「ほう。我の姿を見て、即座に逃げ出さぬ事は賢明だと褒めてやる。痛みを感じずに済むだろうからな。」

「逃げないって言うより、逃げれないんだけどね。悔しいが僕達じゃ撤退すら危うそうだ。」

「勘弁してくれよな、全く。アルトの居る時にして欲しいもんだ、こういうのは。こうなっちまえば────」

 

 まさに、絶体絶命。青天の霹靂を直撃食らって感電死しかけている気分だ。その降って湧いた不幸をぼやきながら、腕を払い空間に陣を描く。

 

「とっておきを使うしかねぇじゃねえか!」

 

 だが、こんな程度の絶体絶命、今まで掃いて捨てるほど経験してきた。駄目なら駄目で死ぬ覚悟はとっくに出来てる。だからこそ、生きるために、オレは最善を選び続ける。それだけの簡単な話だ。

 

 ここで使うべきは、正真正銘オレの切り札。魔王相手で有ろうと、逃げ出す隙くらいは作れるかもしれないまさに初見殺しの極地。

 

 オレの指がなぞった通りに紅く空中に描かれた二重の魔法陣は、やがて白い霧を渦の様に巻き始め、

 

「いや、使わせんが。」

 

 魔族の呟きと共にそのまま、何も起こらず霧散してしまった。

 

「・・・ウッソだろお前。」

 

 これが、彼我の戦力差か。オレの魔法形態は見切られ、分析された挙句、既に掌握までされている。初見の筈だというのに。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「リア! 無事だったか!」

「ルート、何か逃走手段あるか? こりゃ手に負えない。」

「無い。フィオこそ、なんとか隙を作れないか?」

「無茶言うなよ・・・。あの切り札が一瞬で打ち消されたんだぞ。魔方陣見られただけで。」

「お兄ちゃん! 痛いところない? ぶたれたりしてない?」

「うん、大丈夫。むしろお菓子貰った。」

 

 どうやらルートにも、現状打つ手はないらしい。マジでか、こんな理不尽な最期ってあるかよ? 

 

 いや、そうだった。この世界は日本じゃないんだ、理不尽な死で溢れきっている世界だという事をを忘れていただけだ。アルトが、村長(ボス)が、皆が、いつも守ってくれていたから。

 

「さて、そろそろ観念したかな若き人族よ。おとなしく、此処で頭を垂れよ。」

「あーあ、くっころエンドかぁ・・・。こんないきなりラスボス級に遭遇した挙句、いきなりのくっころとかこの世界酷すぎない?」

「くっころ? よく分からないけど、諦めちゃだめだフィオ。何とか逃げる道を・・・。」

「これなあに? 凄い甘い。」

「クッキーだよ。あのおじさんの手作りだって。」

 

 悔しいな、自分の力不足が。自分の身が守れないのが悔しいのではなく、オレの後ろで震えている、二人の子供を────

 

 ・・・今見ると特に震えてないけど、何故かお菓子をほおばっているか弱い子供二人を守れないことが悔しいのだ。魔族から貰ったらしいお菓子を貪る、純粋なこの兄妹だけでも何とかして────

 

「・・・なぁ、一つ聞くぞ魔族。お前、クッキー焼くの?」

「我の高尚な趣味の一つである。」

「「甘ーい!」」

 

 ・・・アレ? コイツ、そんなに悪い奴じゃないのか?

 

 ・・・いや、騙されるな。相手は魔族だぞ、きっと気まぐれで余ったお菓子を与えただけだ。最期のお菓子ですよ、と言うヤツだ。

 

「僕からも質問させて欲しい。あなた程強力な魔族となると、さぞ名前が知られているのでは? 一つ貴殿の御名を、ここで聞いていいだろうか。」

「くくく、構わんよ。最も、聞いたことを後悔するのではないかと、我としては気がかりでならないが。」

 

 ルートは諦め気味のオレと違い、口先でなんとかしようと未だ打開策を探していた。その眼は鋭く、ヤツは欠片も諦めていない。クソ、オレも弱気になっている場合じゃなかったな。何か考えないと。

 

 幸いにも腕を組み、不敵に笑う魔族は機嫌良さげにルートの質問に答えていた。

 

「我はすなわち旧魔族、バルトリフである。200年前、前王国を焼き払った正真正銘の魔公バルトリフその本人よ。さて、我が名はご存じだったかな?」

「・・・そりゃ、聞いたことあるよ。“裏切りのバルトリフ”、歴史の本で見た名前だ。」

「お兄ちゃん、そっちの袋は何?」

 

 その名は、確かに有名なものだった。歴史に疎いオレですら、聞いたことのある名だ。人族の中でも、1、2を争う程に悪名を轟かせている、この世界の昔話になった最悪の魔族の名だった。

 

 確か奴は、かつて人間に取り入り、前王朝の時代に貴族として爵位を得た唯一の魔族。だが最後には、人族から信用を得た後に、内部から国を焼き払ったと言う卑劣としか言いようのない所業で前王朝を滅ぼした。

 

 裏切りによる内部からの攻撃とは言え、たった一人で国を滅ぼした事を考えると、当時の魔族で最も強力な個体の一人だったと思われる。そのおとぎ話に出てくる最悪の魔族が、今日まで生き延び成長を続けているとしたら、危険というレベルではない。下手をしたら、現魔王より遥かに強い可能性すらある。

 

「裏切りの、と頭につけるな小童。裏切られたのは、我の方だ。次にその名で呼べば。即座に首を飛ばす。」

 

 奴はその言葉に、ひどく不快そうに声を低めルートを脅した。ただそれだけで、大地に亀裂が走り奴の足元の草木が枯れてしまう。あまりの圧力でルートの額に、じんわりと汗が滲んだ。

 

「・・・失礼。それほどの魔族が、ここで何をしている?」

「さてな? それを貴様に話しても、意味のない事だ。何せ貴様らはすぐに・・・」

「リア、こっちは飴って言ってたよ。食べる?」

「うん。わ、わ、凄い、クリーミー!」

 

 ゴクリ。オレ達を射貫く様ににらみつけた魔族は、一歩づつオレとルートの間に歩いて来た。その足が大地を踏みしめる度、ギシリと草木が歪み逃げるように曲がっていく。

 

「貴様らはすぐに、全てを忘れることになるからな。記憶を消した後、そこらに放り出してやる。」

「なんだ殺さないのか? 随分と寛大なんだな。」

 

 完全に死を覚悟したオレ達に対する処遇は、思った以上に軽いものだった。

 

「フィオ、違う。コイツの目的は潜伏なんだ、人を殺して目立つ訳にはいかないだけだ・・・。」

「ご名答。では、さっさと貴様らの記憶を頂くとしよう。」

 

 だが、ルートの言葉でオレは再び思考を凍り付かせた。

 

 人の中に紛れ、爵位を得るまでに社会に馴染み切った後、王国を火の海へと沈め国を滅ぼした悪魔。そんな逸話を持つ魔族が、再び人族の住む街に潜伏している、この意味は。

 

────推し量るのに、決して苦労しない。恐らくは前王朝の、無残な滅びが再び現世に再現される。

 

「クソ!! 何とか出来ねぇのかルート?」

「甘くて、クリーミーで、何というか美味しい!」

「バルトリフ・・・、バルトリフ、何か弱点のような伝承は残ってなかったっけか? 分からない、思い出せない、僕に出来る事なんて考えることくらいなのに、畜生!」

「また貰いに行ったらあのおじさん飴くれるかな?」

 

 非力な自分が嫌になる。普段ならぽんぽんと出てくる奇策の類が、こんな肝心な時に何も思いつかねぇなんて。

 

 ・・・苦しい言い訳になるのだが、さっきからあの子供たちが煩いのが大体悪い。くそ、集中できない。

 

「おじさーん、この飴もっと欲しい!」

「私クッキー欲しい!」

「フハハ! 我が菓子を求めるのはうれしいが、余り食べると、晩の食事が食べられなくなるぞ。そこにある分で満足しておくがいい童べ。」

「じゃあ、明日また会いに行ったらお菓子くれる?」

「それは困るのぅ。我はひっそりと暮らしている、あまり人族に出入りされるのは・・・。」

 

 と、言うか。

 

 さっきからこの魔族の良い奴オーラが凄まじいのだが。あんなに怯え泣いていた子供が、今やすっかり彼に懐いた挙句抱き着いている。何だコレ。悪魔の代名詞だぞ、その魔族。

 

 ・・・いや、待てよ? そんな有名な魔族だって言うのに、今まで戦場で見たことないような。何か妙だぞ?

 

「なぁルート、こいつの名前、襲撃してきた魔族のリストに有ったか? バルトリフなんて名前(ビックネーム)がありゃもっと大騒ぎされてるだろ。」

「・・・ふむ、確かに一度も戦場で報告されてないね。この実力なら、隠れたりせず堂々と闘われた方が人族にとって遥かにヤバい筈なのに。まさかコイツ、魔王軍と関係ないのか?」

「む? 現魔王との関係か? 我が従っていたのは前魔王だからの、今は特に魔王軍とつながりは無いぞ。」

 

 はい?

 

「・・・この国を滅ぼそうとしてるんじゃないのか?」

「いや、何でそんな面倒なことをせにゃならんのだ。現魔王とはそもそも面識無いし。」

 

 え、そんな、嘘。まさかこんな強い癖して、コイツただ迷い込んだ野良魔族だって言うのか?

 

「えっと、魔王軍関係ないなら何でこの地に潜伏を?」

「そんなに知りたいか、小童! なら答えよう、ぶっちゃけただ余生を過ごしているだけである。隠れているのは、国に報告されて討伐部隊とか組まれたら面倒だからである。」

「えぇ・・・。」

 

 ・・・ソレが本当なら、何もせずとも万事解決なのだが。曲がりなりにもコイツは「裏切り」で有名な魔族だからなぁ。確かに雰囲気も良い人っぽいが、オレには逆に不気味に思えて仕方無いぞ。

 

「そ、そうだったのですか。なら安心しました、魔族バルトリフ。」

「ってルート!? おいおい、敵さんの言うことを鵜呑みにして信じるなよ。おいバルトリフ、それが本当だって証拠はあるのか?」

「うん、フィオ落ち着いて。この魔族の言うことは多分本当だから。だって、今ここでこの魔族が嘘を吐く必要が無いの、分かるかい?」

 

 一方ルートはと言うと、何故かアッサリ魔族の言う事を信じ込んでしまった。ルートには、どうやら信じられるという確信があるらしい。

 

「考えたまえ、フィオ。この魔族が僕達の記憶を消せるとしたら、今嘘を吐いて僕達を騙す意味は無いだろう? そしてこの魔族が他人の記憶を消せないとしたら、僕達を生かして返す訳が無いだろう? そして、この魔族が僕達を殺すのに、いちいち不意を突く必要なんか無いだろう。僕達を嘘を吐いて罠に嵌めるまでも無く、この魔族は既にこの場の勝利者なんだから。」

「うむ、未熟な人族にしては頭が良く回っておるの。そう言うことだ、安心せよ。ここで貴様らが記憶を無くし街に戻ったところで、現魔王による被害がこの街を襲うことは無い。」

 

 ああ、成る程。例えこの魔族が嘘ついていたとしても何も状況が変わらないから、オレ達は信じるしかないのか。警戒しても無駄ならば、奴の言う事を信じてやった方が相手の心象も良いだろう。

 

「あー、そっか。ならこの魔族のオッサンは見たまんま良いオッサンと思って良いのかね。」

「我はかつて、国を滅ぼしたって言わなかったかの?」

「うおっ、そうだった! この極悪魔族め、今回は負けといてやるけど次はケチョンケチョンだ、覚えてやがれよ!」

「カッカッカ! 威勢が良いの、小娘。その真っ直ぐさ、大変好ましい。」

 

 ・・・この野郎、何が面白いんだ。

 

「僕は大人しく降伏しますよ、魔族バルトリフ。僕としては、貴方ともう少し話をしてみたかったのですがね。」

「ほう? 我と何を話す?」

 

 一方ルートは、魔族相手に歓談を始めた。ルートはまだ何か、情報を聞き出すつもりのようだ。あわよくば打開策を、等と考えているのかもしれない。

 

「貴方は裏切られた、と仰ってましたね。僕の知っている歴史とは違う。ならば事実を当事者から聞いてみたい、それだけです。」

「ほー、聞きたいなら構わんぞ? なら、ウチに来るかの?」

 

 ・・・え、良いの? 流石に無警戒すぎないか、オレ達の事。

 

「なぁ、ルート。このオッサンひょっとして・・・。」

「・・・うん、一応警戒はしておいた方が良いかなと色々気を張っていたんだけれど、この魔族は多分・・・」

「ただの暇なオジサンみたい、かの? 聞こえとるぞ人族共。」

 

 げ。耳打ちした内容すら筒抜けかよ。どんな知覚能力してるんだ。

 

「だがぶっちゃけその通り、我は暇で仕方ない。たまに我が家に迷い込んできた子供に菓子を与えて記憶を消し返す、それが最近のマイブームじゃ。」

「本当にただの暇なオジサンだった!!」

 

 ・・・ここら辺でオレには、バルトリフが嘘を吐いているようには見えなくなった。子供に異様に懐かれ、遊具の如くぶら下がられているこの魔族を、警戒するのは無駄に思えてきたのだ。

 

「お前ら、茶菓子くらいは出してやる。ただし記憶を消すから味は覚えてられんだろうがの。どうじゃ、一杯ほど話に付き合わんか?」

「・・・、そうですね。貴方の話に興味があるのは本音ですし。お邪魔します。」

「よく分からんがお菓子くれるならついて行くぜ。」

 

 こうしてオレは「お菓子をあげるからウチにおいで」と言う暇なオジサンの深夜の家に、ノコノコついていく事にしたのだった。




次回更新は3日後、8/2の17:00です。

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