TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
クリハの1件は、昨日の今日だと言うのに。
今朝起きたら、
いや、問題はそこではない。そこも問題ではあるのだが、もっと僕に直接的にかかわる問題がある。
────バーディは、そちらの趣味もある男だったのか。
そう言えばフィオも性別に拘らない奴だったな。うん、僕も気を付けないと。取り合えず、今後僕は、バーディとの相部屋を避けた方が良いだろう。
だが、人の性癖に罪が有るわけではない。彼との接し方はそのままに、寝床の距離だけを開こう。その方が、お互いの為になるはずだ。
「・・・きゅぅ。」
間もなく隣で、可愛らしい声がしたかと思うと。顔の表情筋をピクリとも動かさないままクリハが、白目をむいてばたりと床に倒れ、小刻みに痙攣し始めた。
「無理もないか。」
昨夜、クリハはホモに襲われたのだ。いや、彼はかなり女好きだったな、ならばバイセクシャルと呼ぶべきだろうか。何にせよ、彼女の貞操は無駄に散っただけと言える。
このような節操なしに、きっちりと責任を取ることなど出来はしない。王宮という、礼儀作法のキッチリとした世界で生まれ育った彼女には、こんなゲスが存在するなどと想像もつかなかっただろうに。
後で彼女を、しっかり慰めておこう。
「ガハハ!! ナイスジョークだったろ?」
「ふざけんな!! ふざけんな!! 自分で自分の頸を捻じ斬りかけたわ糞爺!!」
その後僕は、動かないクリハを背負って自分の部屋に戻った。赤いベッドに白目を剥いた彼女を寝かせ、今後のバーディの対応について里の精霊に相談をしていた折。
部屋の外からご老人に朝食へ呼ばれ、居間に来るように声をかけられる。フィオはメンタルヘルスも守備範囲だったっけか? 合流したらこの壊れて白目になったクリハについて相談してみよう。
居間に着く。
よく聞こえないけれど、居間には激高したバーディと、ニヨニヨと笑う村長、顔を背けて笑っているメルが居た。こんな朝っぱらだというのにメルは、何の用事だろうか。
「くくく、私はやられたらやり返す女だし。性格の捻じれ狂ったフィオ直伝の復讐法、如何だったかな
「お前、また俺にボコボコにされたいの? 買うよ? 喧嘩なら買うよ?」
「すまんな、旅の戦士よ。可愛い娘の頼みとあっては、乗らざるを得なかったのだ。勿論、何もしとりゃせんよ。」
「当たり前だ糞爺! それに、アンタも随分と楽しそうだったけどな!!」
朝っぱらから、バーディと村長はイチャイチャしていた。バーディの方はぎゃあぎゃあ騒いでいるが、痴話喧嘩だろうか。
「おい、ルート。その気持ち悪いものを見る目を止めろ、朝のアレは誤解だからな。」
「・・・ふふ、心配いらないさ。僕は、偏見とかないから。大丈夫、君はそのままの君で良いんだ。」
「違うっつってんだろこのカマホモ野郎!」
気を遣ってなるべく優しく語りかけてあげたのに、バーディの興奮は止まらなかった。きっとまだ熱が冷めていないのだろう。
「ホモだなんて、酷い誤解だ。その、すまないけど僕にそっちの趣味はないから、期待されても困る。」
「期待してねぇよ畜生!!」
「ガハハハハ!!」
こういう輩には1度はっきり告げておかないと期待させてしまう事を、昔から男性に告白される性質だった僕はよく知っている。自分にそっちの趣味は無いと先手を打って宣言しておかないと、後々拗れるのだ。
すまない、バーディ。君に対して、僕は友誼以上の関係を結ぶつもりは無い。
「だからその妙に意味深な目を止めろぉ!! ルートォォォ!!」
「くはっ・・・くはははははは!! ココまで綺麗に決まるとかサイッコー! ざまぁ見ろってんだ、バーカ。」
「こんの糞ロリがぁ!! 真っ裸に剥いて縛って発情させたフィオの前に転がされてぇのか!!」
「ふえっ・・・っ? じゃ、じゃなくてやれるもんならやってみろよ変態!」
「なんで今ちょっと期待した顔になったお前。」
ああ。どうして僕の友人たちはみんな、こうも性欲に素直なのか。まともなのはアルトくらいだ。勇者パーティの殆どが色恋と性欲に溺れているとは、今の現状は酷すぎる。
まともな人しかいなかった僕の故郷が懐かしい。少なくともあそこには、人に女装を強要するような奴は居なかった。
ああ、諸行無常。
「オラ! 捕まえたぞこの糞ロリィ!! はっはっは、全裸に剥いてやるから覚悟しやがれ!」
「わ、ちょ、マジ!? ふざけんな、コラ、ちょ、本気で脱がす気かお前!! ウチの里でもそれはかなりの非常識・・・ぎゃあああああ!!」
「幼女はいねぇかあああああああああああ!!」
「うおおおお!! 殺気!? 何だ、今の飛行物体は? こっちめがけて凄まじい勢いでかっとんできたから、思わず叩き斬っちまったぜ。」
「・・・うわ、グロ。私の肌を察知して出現したのか、この変態は。」
生まれ育った故郷を望み、感傷で目を細めていると。いつの間にか、居間はおびただしい量の血で赤く染まり、この里以外ならきっと大事件として扱われるような非常識な光景が広がった。
僕の瞳が、映すのは。
上半身と下半身が分離し、血塗れでもぞもぞと動いている修道服の男性。
縛られて半脱ぎになった幼女と、全裸でその幼女を縛る悪人面の男。
無表情で先程から一言も喋らなくなった、返り血で真っ赤なメイド。
そして、面白そうにそれらを眺める初老で全裸のマッチョ。
────まさかこれもミクアルでは
「ただいま、戻ったぜ。おーいお前ら、何処に・・・。おい、な、何じゃこりゃあああ!!?」
丁度、僕達と合流しに帰って来たらしいフィオが、この光景を見て絶叫してくれた。嗚呼、よかった。ミクアル出身の彼女にとっても、この光景は非常識なものなのか。あはは。
「お、おいルート? なんか目が虚ろだぞ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫サ。僕の事ハ良いから、早く怪我人を治してあげなよ。」
「成る程、全然大丈夫じゃねぇな。放っといたらもうすぐ死ぬ司祭の後に、ちゃんと治してやるから待ってろよ。」
「ん? だかラ僕ハ大丈夫だヨ。」
「・・・はぁ、お前にこの里はまだ早かったか。よしよし、ゆっくり休めルート。」
フィオが信じられないほど、慈愛に満ちた優しい目で僕を見てくる。どうしたのだろう、フィオらしくもない。何時もの不敵な表情はどこへ行った。
「
そうこう彼女を訝しんでいると。フィオが何かを呟いて、僕の意識はすとんと闇に堕ちたのだった。
「・・はっ!? 僕は一体?」
「目覚めたか? 気分はどうだ?」
長い金髪が、僕の頬をくすぐる。暖かい枕が、僕の肩を挟んで包む。
ここは、ゆらりゆらりと揺れる馬車の上。どうやら僕は、フィオに膝枕されて眠っていたようだった。なんだ、どういう状況だコレ。
「あ、アレ? えーっと、ここは?」
「帰りの馬車だよ。もう、オレ達は王都に向かって戻ってる途中だ。」
「・・・そ、そのフィオ? なんでさっきからそんなに優しい顔してるのさ。」
「うんうん、心配するなルート。お前は間違ってないさ、だからそう思い詰めるなよ。」
「なんか変なフィオだな。えっと、あれ? 僕はいつから寝ていたんだっけ────」
「よしよし、思い出さなくていいから、もうちょっと休んでな。」
そう言って目の前の女性は、聖母の如く微笑み優しく僕の頬を撫でた。
・・・誰だコイツ? どうやら僕の目の前に居るのはフィオではなく、初対面の優しい白魔導士らしい。ミクアルの里に住む、フィオの親戚とかだろうか。
空を見ると、夕焼けが空一面を染め上げており。馬車に揺られ、膝枕の上に僕を抱いたままのぞき込む、慈愛に満ちた彼女の頬を照らしている。まるで、有名な名画を現実に落とし込んだかのような、そんな印象的な景色だった。
「ねぇ、フィオによく似た人。僕はどれくらい寝ていたのか教えて貰えないかい?」
「・・・大丈夫か、まだ意識がはっきりして無いのか? オレはフィオ本人だっつの。あ、ルートは半日くらい寝てたんだぜ? ・・・主に治療のために。」
「治療?」
「ああ、いや。何でもない気にするな。」
僕は何か怪我でもしたんだろうか。まぁだとしても、フィオ本人がここに居るなら心配はないだろう。フィオの隣に居て、怪我で苦しむ事など無いからね。
何時までも彼女の膝を借りている訳にもいかない。僕はフィオに礼を言って顔を上げ、ゆっくりと辺りを見渡す。
何故か異様に多い荷物、そして白目を剥いたまま静かに御者をしてくれているクリハ。ふむ、不審な点が多いな。
「少し、馬車の荷物が増えていないか、フィオ?」
「ああ、皆からお土産貰ったんだ。それとバーディだ。」
「へぇ、ミクアルの里には何か名産品でもあるのかい?」
「ねぇよ? あそこは観光スポットじゃねぇんだから。お土産っていってもオレの姉さんの手料理とかさ。」
「成る程、通りで良い匂いがする訳だ。・・・それであの、でかくてモゾモゾ動いているのも手料理なのかい?」
「いやだから、あれはバーディの簀巻きだが。」
「あ、そう。ならどうでもいいや。」
何故彼が簀巻きにされているのかは分からないけれど、どうせまた何かやったんだろう。
「人の妹を真っ裸に剥くとか何考えてるんだあの馬鹿。さて、もうちょっと寝てろよルート。今のお前には休養が一番の薬だぜ。」
「・・・本当に君はフィオか? 本物はもっと悪魔的思考と悪魔的行動をとるはずだけど。」
「あはは。いや、その、本当に悪いと思ったんだぜ? お前さ、治療中にちょこっと寝て貰ったんだけど、その・・・。」
「僕がどうかしたのかい。」
「あっはっは、その、どうせ気付くだろうから言うけどお前ちょっと失禁しててさ。スマン、パンツ履き替えさせてもらった。」
「・・・な!?」
慌てて僕は、フィオに替えられたという下着を確認しようと、上に羽織っていたローブを脱いで。
「・・・何で服まで女物?」
「オレの私服だ。お前が漏らしたのは里を出た後でな。バーディのはブカブカ過ぎてすぐずり落ちるしでオレのが丁度よかったんだわ。」
「ぐっ・・・、な、なら仕方ないけど。ってまさか僕が今履いてる下着って!」
「ああ、洗ってるから大丈夫。オレのだ。」
「うぅ、今度からそういう場合は僕の荷物漁っていいよ。着替えを探すくらい、簡単に出来るだろう。」
今の僕は女物の下着と、女物の服を着ている男という事か。まるで変態じゃないか。
というか、普通女ならほかの男性に下着を履かれるってかなり嫌なんじゃないのか? フィオが特殊すぎるだけだろうけど。
「その、自分のに着替えたいから少し向こうを向いていてくれるかい?」
「もう一つ残念なお知らせだ、ルート。お前の替えの服は止血に使ったから血塗れになっていてな、もう全滅してる。」
「止血!? ぼ、僕はそんなに重傷だったのか!?」
「あ、その。お前じゃないんだが、かなりの重傷者が居てな。それで、近くにあった布がたまたまお前の服だったもんで。洗って返す、すまん。」
「・・・分かった、理解した。成る程、それでフィオの服なんだね。」
「似合ってるぞ。」
「止めてくれ。」
色々と諦めた僕は、そのままドカリと馬車に腰を下ろした。僕の腰に巻かれたスカートがはためき、すっと反射的に手で覆い隠す。危ない危ない、見えるところだった。
手で押さえたままスカートの裾をさっと手で直して、上手く中が見えないように足を組み直し、再び僕はフィオに向かい合う。これがあるから、スカートは嫌いなのだ。
「・・・いや、お前の所作はなんでそんなに完成されてるんだよ女子として。」
「どっかの誰かがしょっちゅう女装を強要してくるからじゃないか?」
「いや、それにしては凄い自然だったような。ま、いいけど。」
いかん、前世の癖で無意識にやっていた。これではますます女扱いされてしまう。
精神が男で身体が女、いわゆる「性同一性」を持てずに前世を生きた僕にとって、生まれ変わって男性になれたときの嬉しさはひとしおだった。世間体を気にして職場では普通の女性として振る舞っていたが、自分を偽る苦しみにずっと悩みながら生きていたのだから。
ただ、ここまで女顔に成長するとは思わなかったけれど。それでも身体が男性なだけ、前世より全然マシだ。
何にせよ、これで今回の任務は終わった。僕達はそのままゆっくり、時間をかけて王都へと戻って行くだけ。
白目を剥いたメイドの操る馬車に揺られ、僕達はのんびりと王都へ旅をつづけるのだった。
次回更新は、8月30日です。