TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
────恋人の声がする。
「フィオ、起きてくれ。」
甘い恋人の声と、戸を叩く野蛮な音により、オレはゆっくりと意識を取り戻す。ううむ、眠い。
昨夜はあまり眠れなかったと言うのに、こんな時間に起こされては寝不足だ。
「────何だよ、今日は休みだろ?」
「すまない、召集だ。起きてくれ、王宮へ向かうぞ。」
「ウゲェ・・・、了解。」
机に突っ伏していた頭を上げると、タラリと涎が垂れた。髪もぼさぼさ、目もクマが出来ているだろう。こんな日に限って招集とはついていない。早く身嗜みを整えんと。
寝惚け眼を擦りながら、オレはボンヤリと視界を手元へ移し、
『どうだいアルト・・・、僕のルートソーセージの咥え心地は・・・?』
『太くて肉汁タップリで・・・太いッ!!』
「おえぇ・・・。」
寝起きからとんでもない絵面を目にいれてしまい、静かに吐くのだった。
「王宮へ、緊急招集ですか?」
「ああ、マーミャ。昨日ルートから聞いたかもしれないが、とうとう魔王軍に大きな動きがあったそうだ。」
「・・・じゃあ、いよいよ最終決戦?」
「かもな。」
よく掃除に来てくれるメイドさんが作ってくれたらしい朝餉のスープを、ちゅるちゅると吸う。
二日酔いとかBLショックとかの吐き気で頭がグワングワンとしていて、朝食の場で真剣な顔をして話し合ってる皆をぼーっと眺めてオレは意識の回復にいそしんでいた。自慢の回復魔法も頭が痛けりゃ使えない。
回復術師の欠点は自分が思考力低下してる状態だと使い物にならない事なんだよな、今みたいに。
「メシ食ったら、すぐ行くぞ。」
「分かった。」
アルトはそう言うと、黙々と担当のメイドさんが作ってくれた食事を頬張る。むぐぐ、オレも出されたものは食わないと・・・だが今食べたら吐くかも。もう少し目が覚めて自分を治してから食おう。
「・・・フィオ? 食べないのか? 何やら顔色も悪いぞ。」
「こりゃ二日酔いしてる顔だ、ほっとけ。」
そんなオレを心配そうに見つめている、ソーセージを頬張るアルトを見てほんのり頭が腐る。いかんいかん。
朝食が終わるとオレ達は用意された馬車に乗り、直ぐに王宮へと向かった。
「どうぞ、謁見の間へお入りください。我らが王が、お待ちです。」
ココに来るのは、何度目だろうか。いつもの様に澄ました顔で待機していたクリハさんが、オレ達を出迎えて先導し王宮を闊歩する。そんな彼女の案内のまま、オレ達は扉をくぐり貴族共のひしめく部屋の真ん中を歩き、国王の座している王座の前へと歩み、その場で静かにしゃがみ込む。
カツン、と。オレ達全員がしゃがんだ後に守護兵が槍で床を叩き、王宮が静まり返った。
「よく来たな、我が勇者達よ。」
王が言葉を発したので、オレ達は深く頭を下げる。
「此度の招集は、他でもない魔王軍のことだ。先に精霊術師ルートの予言も有ったのだが、強大な魔術反応が北東の方角に確認された。何かしら強大な魔術が行使されたのは確実だろう。」
むむ、動きがあったとは聞いていたが強大な魔術だと? 待て、そんなの聞いてないぞ。昨日オレが歌って踊って漫談してる間に一大事になってるじゃねぇか。
「更に、だ。・・・その魔術は流星魔法であろうと、そう解読されたそうだ。確かだな侯爵?」
「ええ、我が魔術の名門たるグレイ家の名に賭けて。その魔術が空を裂き、天を射貫いた事。術式が100年以上前の古式魔術であった事。そして、感知した術式から星に関する記述が読み取れたこと。これらを鑑みるに流星魔法に間違いありますまい。」
「うむ。とならば、此度の我が頼みの想像もつくであろう。」
しかもすっごく聞き覚えのある魔法じゃねーか。
嘘だろオイ。何で流星の巫女が生きてるのにぶっ放してきたの魔族共。アホじゃねぇの? そんなに滅びたいの?
「・・・勇者フィオ。これは、決して貴殿への命令ではない。私個人としての、あくまで願いなのだ。このままでは国が亡ぶ。国民たちは皆屍を晒し、この地から人の笑顔が永遠に失われてしまう。」
厳かな表情のまま、王はオレの前へ歩き、膝をついて頭を下げた。どういう事だ? 王の頭ってそうホイホイ下げる物じゃないだろう。万が一にもオレの機嫌を損ねたくないって事かね。
「断ったとて、決して恨んだり責めたりはしない。だが、私は私の守るべき民の為、貴殿に頭を下げよう。どうか、フィオ殿の秘術を以てこの国を救ってくれないか。」
いや、言われなくとも別にいいけど・・・。何でそんなに仰々しく頼み込むんだ、この王様は。こんな時の為にちょいちょいっと習得しているんだし、流星の秘術。
今回の戦果は絶大だろうなぁ。きっと報酬もたんまり貰えるし、オレの名は英雄として代々伝承されていくクラスの名声も得られるだろう。
これはまた、かなり旨い依頼来たなコレ。徹夜で薄い本書いてて眠い中、頑張ってこんなところまで来た甲斐があった。くく、アルトより有名になっちまうなコレは。
「りょ――――」
「・・・待てフィオ、こんな依頼を受ける必要はない。王よ、口をはさむ無礼を許してくれ。魔族が使ったのが流星魔法である事は確かなのか?」
「王の発言中であるぞ、この無礼者!!」
「構わんよ、続けなさい。勇者アルトよ、魔法を検分したのはわが国で最も魔術の解析に優れたザスト・グレイ侯爵である。恐らく彼の言に間違いではあるまい。」
「・・・で、あったとしても。流星魔法は俺が何とかしましょう、フィオに秘術を使わせるまでもない。俺がカタを付けます、俺が星を砕けばそれで済む話だ。」
「勇者アルトよ、すまぬ、その言を受け入れる事は出来ぬ。私は貴殿が非常に強力な使い手であることをよく理解しているよ、だが。」
オレが二つ返事でOKしようとしたその瞬間。予想外にもアルトが王に食ってかかり、オレを庇うように割って入ってきた。
何なんだ一体。ひょっとしてオレの報酬を横取りするつもりか? そんなことしなくても、言ってくれたらお金なんて幾らでも用意するのに。
「アルトよ、貴殿が星を砕いたとて、飛び散るであろうその破片はどうする? そも、人に星が砕けるのか?」
王の言葉に、アルトはウッと言葉を詰まらせる。
「これは、由緒ある歴史書に残された記載であるのだが。迫りくる流星魔法に対し、300年前の当時の勇者が全員で力を合わせ、反動だけで山が消し飛ぶほどの強大な魔術で流星を迎撃した記録が残っている。」
王はそう言って、静かに顔を横に振った。
「狙い通りに流星へと直撃した、勇者全員の結束の証たる人知を超えた大魔術は、わずかに隕石のハジを割っただけでその進路すら変えられなかったという。人が、星を相手取るというのはそういう事だ。」
「・・・ですが!」
「そして、これは千載一遇の好機でもある。勇者フィオが星を操り、魔族領へと流星をたたき込めばこの戦争は人族の勝利ぞ。もう我が民は、魔王軍の暴威に怯える事無く生活できるのだ。分かってくれ、我が勇者アルトよ。」
「ぐ、でも、そんなっ・・・!」
アルトがすごく辛そうな目でこっちをチラチラ見ている。何をそんなに熱くなってるの、コイツは。
「勇者アルト、貴殿の仲間思いはよく分かる。流星の秘術は、術者の命を奪う事は私もよく理解している。だからこそ、私は命令したりはしない。王として、いや一人の個人として頼むのだ。私はこの国が大好きだ。私にはこの国を守る義務がある。どうか、その命をわが臣民の為に使ってくれないか勇者フィオ。」
名声とかを気にしてるのかな? 別にオレがどういう立場になろうとアルト以外を求める気なんて無いし、そもそもアルトは現時点で最強の勇者みたいな称号得てるし。軽く国を救ってオレはヒーローになったらお似合い・・・。
・・・ん? 術者の命を奪う?
「断ってくれても、恨みはせん勇者フィオ。貴殿の、その心に任せる。」
「・・・フィオ。」
此方をジッと、目を逸らさず見つめる国王。焦燥した顔で、オレを庇うように立つアルト。
その時、うっすらと亡き父の声と記憶が、フラッシュバックした。
『なぁ、村長。流星の秘術ってもっと真面目に教えなくていいのかよオイ。巫女服しか記憶に残ってねぇぞ。』
『本当はいかんが、この秘術には秘伝書もあるし失伝することは無かろうて。後でしっかりおさらいするようにの、フィオ。・・・よく聞け、お前にこの秘術を教える意義は、秘術の存在が魔王軍の流星魔法に対する牽制となるからに他ならぬ。お前の仕事はいざという時にこの秘術を使う事ではなく、正しい型で後世にまでこの技法を継承させる事だ。』
『使っちゃいけないの?』
『・・・術者が死ぬからの、この技法。命を賭して、初代の巫女様は国を救ったのだ。その志には確かに敬意を感じる。だが俺は、家族に命を捨てろなんて言う気は無い。あくまで、牽制としての技法であることを忘れるな。フィオ、貴様の命は俺のどんな宝より重いんだ。変な献身欲にかられ、自己犠牲で死んだりしたら許さんぞ。』
『・・・ふぅん。』
あ、そうだ、確かに村長の奴も言ってた言ってた。あの秘術使ったら死ぬじゃん、オレ。
「やめろ、フィオ。やめてくれ、頼む・・・。」
「・・・ああ、勇者フィオよ。私は強制はしない、いや、私に貴殿へ死を強制する資格なんてない。だが、だが、私は王なのだ。この国の民の為、貴殿に頭を幾らでも下げよう。靴をも舐めよう、どうか、その命を使って貰えないか。」
成る程、妙にみんな真剣な顔でオレを見てる訳だ。
「・・・が。」
オレの命で、たくさんの人の命が助かる。
「フィ、フィオ?」
「・・・すまぬ、聞こえなんだ。その、申し訳ないがもう一度言って貰えないか、フィオ殿。」
オレが死ねば、もう魔王軍の脅威に怯える事のない、平和な世界がやってくる。・・・オレがこの話を断れば、この国の人たちは皆、隕石により死滅してしまう。
「・・・だが。」
「その、フィオ殿? もう少し大きな声で・・・。」
答えなんて決まっている。オレがオレである為に、選ぶ答えに悩みはしない。自分の中に湧き出る感情が止まらないのだから仕方が無い。
・・・恥ずかしいな、こういうのは。柄にもなく照れてしまい小声で返事をしてしまったので、案の定王様には聞こえていない。仕方ない、ちゃんと腹から声を出して返事するか。
オレは腹をくくって顔を上げ、王の視線をしっかり見返し答えを返す。
「死ぬとか、絶対嫌なんだが・・・。」
当たり前だよなぁ?
次回更新日は10月16日です。