TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「天命?」

 寒い。少女は、そう呟いた。

 

 人気の無い、真っ暗な街並。金髪童顔の白魔道士は、目にうっすら涙を浮かべて虚空へと手を伸ばす。その手は空を掴み、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。

 

 

 空には眩く輝く、巨大な流星が浮かんでいる。既に王都の民はこぞって国を捨て近隣の里へと逃げだしており。

 

 王国に残っている人間は、頼る伝手も移住する財力もない貧しい民のみ。逃げ出した先に居場所が無いなら、逃げても仕方が無いのだ。

 

 彼等の胸中や、如何か。失意の中、最期の時を家族と共に過ごしているのか。自棄になり、好きなことを好きなだけ楽しんでいるのか。

 

 いや、それとも。流星の巫女の、その御業を最後まで信じ続けているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────部屋に書置きを残し、オレは一人、静かな街の中をトボトボ歩いている。

 

 馬鹿げた威力の迎撃魔法の後、アルトは気を失ってしまった。流星はまだ空に残っているし頼みのアルトは泡吹いてるしで皆は大慌てだ。そのどさくさに紛れ、オレが窓からアジトを抜け出した事に誰も気付けない程に。

 

 話し声のない街の細道を一人ポツンと歩きながら、オレは私室から持ち出したワインを瓶ごと豪快に煽った。酸っぱい喉越しが、鼻につんと付く。

 

 何かデカい祝い事があったときに開けようとしまっておいた、秘蔵の一本。まさか、自分の死への手向けの酒になろうとは。芳醇な味わいが、今はただただ虚しい。

 

 

 ────今夜オレは、流星の秘術を使う。

 

 

 ・・・それは誰にも、知られたくない事だった。

 

 どうせ逝くなら、一人が良い。周りに仲間がいる状態で死ぬのは、嫌だ。

 

 恥ずかしいのではない、意地を張っているのでもない。自分の死に顔を、アルトにだけは見せたくないのだ。きっと、情けなく号泣しながら、絶望と後悔に溺れ死ぬだろうオレの顔を、アイツにだけは見て欲しくない。アイツの一生の重荷にしてしまう。

 

 王国の壁外には、国民の水源となっているデカい川がある。オレは、川にかかったその橋の上を最期の場所に選んだ。秘術を行使した後、オレが命を失い力が抜けた後は柵に寄りかかって川へ身を投げる。きっと、オレの亡骸は誰にも知られぬまま魚の餌となりこの世から消え去り、公的には行方不明と扱われるだろう。

 

 ・・・それでいい。きっとそれが一番、人を傷つけない死に方だ。勇者フィオは、1人行方不明となって。流星は、魔族領へと軌道を変えて。

 

 アルトは、国を救って、幸せに誰かと・・・。

 

 

 

「・・・良い、それで良いって決めただろ。ビビるな、オレ。」

 

 

 オレが死んだ後に起こるであろうイベントを想像し、声が震えるほど鬱屈となる。

 

 だが、オレは止まる訳にはいかない。今からどこまで逃げようと、流星魔法の範囲内からは逃れられない。

 

 オレが死ぬ事は、すでに確定している。秘術を使おうと使うまいと、死は避けられないのだから。だったらアルトを、この国を秘術で救ってやるさ。

 

 きっと最初から、この終着は決まり切っていたのだ。流星魔法をそう簡単に破れるのなら、初代の巫女様は命を投げ捨ててまでこの魔法を使っていない。ここまでがきっと、この世界の神様の筋書き通り。

 

 

「・・・。」

 

 

 ・・・理不尽だよな。どうしてオレが、オレだけがこんな目に遭う? 一人で死ぬのは嫌だ、皆を道連れにしても誰も文句を言わないんじゃないか? いや、オレにはその権利があるんじゃないか?

 

 

「────何てな。」 

 

 

 随分と、馬鹿な考えが頭をよぎったものだ。一人だけ死ぬのは嫌だけど、それ以上にアルトに生きて欲しい。だからレイの仕掛けた結界を破ってまで、オレは前に進んでいる。

 

 ・・・死。ソレは既に1度経験した出来事の筈なのに、オレはまだ怯えているのか。なんとまぁ、情け無い。

 

 目頭が、熱くなってきた。

 

 自己嫌悪、嫉妬、倒錯、孤独、寂寥、そして絶望。様々な負の感情が溢れ出て、一筋の涙となってオレの頬を濡らす。そんな自分が、嫌になる。

 

「ああ。この世界でも結局、オレは早死にする運命なんだな。」

「だな。本当に、お前って運が無いよな。」

 

 

 ポロ、と涙が頬を伝った時に。ちょんとオレの肩を叩く奴が居た。それは見慣れた髭面で、悪人顔の男。

 

 

「・・・バーディ。」

「よぉ、フィオ。聞いてくれよ、フラフラ護衛対象が散歩に出かけたモンでな。こっそり尾行してたんだが、とうとう一人で泣きだしやがった。だから仕方なく、声かけてやったんだ。」

「ほっとけ。」

 

 良いだろ、泣くくらい。

 

「なぁ、歩こうぜフィオ。何処目指してんのか知らんけど、お前は立ち止まってて良いのか?」

「良くない。けど、お前についてきてほしくない。」

「馬鹿言うな、王国内とは言え何処に魔族が入り込んでるかもわからねぇんだぞ。いや、そもそも人間の中すら敵が居るんだ。護衛として、悪いが付いて行かせてもらうぞ。」

「・・・はーいはい。好きにしろよもう。」

 

 ・・・確かに、ここで秘術を使う前に魔族に殺されましたじゃ死んでも死に切れん。

 

 それにバーディだし、別に何見られても良いか。一生夢に見るほど、バーディの前で醜く泣き叫びながら死んでやろう。

 

 死に顔を見られたくないのは本音だが、1人で死ぬのはあまりにも寂しい。これもまた、紛う事無きオレの本音だったし。

 

「なぁ、フィオ。聞いていいか?」

「何だ?」

「お前さ。ひょっとして、最初から死ぬつもりだったか?」

 

 そんな意地の悪い事を考えていると、オレの隣を歩くバーディはふと眉をひそめ、そんなことを言い出した。

 

「何を意味の分からないことを。だったら最初から、王様の頼みを了承してたっつの。」

「そしたらよ、アルトが必死で引き留めたはずだぜ。下手したら、お前を気絶させてまで秘術を使わせなかっただろう。」

「・・・。」

「アルトの事は、お前が一番よくわかってるだろ。アイツが仲間を、ましてや恋人を犠牲に生き残るなんて絶対に選ばない男だって事くらい。無理やりにでもお前を引き留め、自分が流星と相対する方向へ持っていったはずさ。アルト自身の立場を悪くしてまでな。だからお前は、敢えて死にたくないと言い張った。」

 

 バーディは、ここでこぶしを握り締め、オレの目の奥を視線で射ぬく。

 

「むしろ、あそこでお前が死にたくないとアピールしない限り、お前に流星の秘術を使うタイミングは生まれなかっただろ。だからこそあの醜い命乞いだ、違うか? ・・・まぁ、半分はアルトが何とかしてくれる可能性に期待もしていたんだろうけど。で、アルトが失敗した時点で、お前は最初の予定通り秘術を使う為こっそりアジトを抜け出した。」

「お前って、心読める魔法とか使えたっけ?」

「抜かせ。俺が何年、お前と親友やってると思ってんだよ。バレバレだ、バーカ。」

 

 ・・・コイツの言う通りだ。

 

 実際、あの時には既に自分の命とアルト達仲間や国民全員とを天秤にかけ、万一の時は流星の秘術を使う覚悟は出来ていた。ただ、あそこでオレを庇うように割って入ったアルトの顔を見て気付いたのだ。

 

 ああコイツ、何があってもオレに秘術を使わせないつもりだって。

 

「・・・初めてお前と会ったのは、2年前だっけか? 長いようで短い付き合いだったなバーディ。」

「このバカロリが。お前さ、何でいつまでたっても気付かない訳? アルトの事を鈍感鈍感と揶揄してたけど、お前も相当に鈍感だからな?」

 

 ・・・ん、いきなり何を言いだすんだバーディは。

 

「俺は、最初から気付いたぞ。女に生まれ変わっちゃいるが、行動や言葉遣い、仕草に至るまで前世のまんまだからなお前。」

「・・・前、世?」

「おうとも。お前、生まれ変わる前の記憶あるだろ?」

 

 な、え? 何故、それを。オレは生まれてこの方一度も、前の人生を匂わすような発言をした事なんて────。

 

 

 

「何年、お前と親友やってると思ってるんだ? 2年、そんなちゃちなモンじゃねぇだろ、オレ達の関係はよ。」

「・・・オイ、まさか。お前、バーディ、お前!」

 

 言われてみて、ハっと気付く。そう言えばおかしかった。コイツとは初めて会った時から、10年来の相棒の様に馬が合ったのだ。そう、まるで、

 

「親友、なのか?」

「気付くのおせーよ、ハーレム野郎。」

 

 コイツの仕草、性格、言葉遣い。何で気が付かなかったのか、コイツは前世でずっと一緒だった、オレの幼馴染にしてたった一人の親友だった男だ。

 

「あ、お前、何で、なんで言わなかった?」

「言わずともいずれ気付いてくれると信じてたのによぉ、友達甲斐の無い奴め。」

「あ、すまん。いや、いや気付けるかぁ! お前オッサンになってんじゃん!」

「お前こそロリになってるじゃん。それでも俺は気付いたけどな、と言うか一目で確信したわ。女の癖に、会って間もない4人娘に言いよって、即座に振られるあの玉砕の早さはお前以外有り得ない。」

「・・・ぐっ、そういやそんなことも有ったか。」

 

 そういや勇者パーティ結成の日に4人に速攻フラれたんだっけ。きっとあの時点で、皆アルトにベタ惚れだったんだろう。

 

「なぁ。行こうぜ親友。どこ目指してんのかしらんけど。」

「・・・ああ、行こうか親友。お前には一度死に顔を見られてんだ、お前ならオレの死体の処理を任せられる。」

「はは、それは勘弁して欲しいがな。」

「おい、聞かせろよ。あのあと、オレが死んで家族はどうなったのか。お前は、あの後どう生きたのか。」

「おう、いいぞ。やっとこの話ができるのか、2年たっても気づかれないとは思わなんだ。」

「悪かったよ。」

 

 オレよりずっと歳を食ってこの世界に転生していた、無二の親友と並んでオレは歩く。前世のように、ベラベラとくだらないことで笑い合いながら、王都の外、デートスポットにもなっている架橋の上の、オレの最期の場所へと。

 

 夜空にはいくつもの流星が飛び交い、そして空で燃え尽きて消えていく。オレもまた、ゆっくりと命を燃やすべく親友と共に夜の王都を進む。

 

 オレは今宵、流星の巫女としてその使命を果たすんだ。その死の間際、かけがえのない親友と再会できた事を、いや再会出来ていた事を神様に感謝して。

 

 ────オレは空に浮かぶ流星を、ボンヤリと見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ミクアルの里近辺。

 

 

「さっきのは、本当に魔法なのか?」

「ああ、魔法だの。ふむ、今代の魔王とやらは前魔王よりか攻撃魔法に秀でているようじゃ。」

「・・・そうか。念の為、あなたに声をかけておいて正解だった様だ。」

 

 突如として爆音と共に蒸発した、ミクアルの里。その地を目指して駆ける、一組の男達。

 

「捕まっとれ、人族。少し急ぐぞ。」

「ええ、本当に感謝するよバルトリフ。姿を眩ましている身だというのに、力を貸して貰えて。」

「何を、水臭い。貴様から受けた恩、どう返せば良いか日々悩み抜いていた所だ。我がこうしてまた、前へと進めるのも貴様の手柄よ。」

 

 ニカリと、ルートを背に乗せた魔族が笑う。

 

「・・・魔王軍と闘うのも、久し振りである。魔公バルトリフ、かつて戦場で最強と呼ばれた悪鬼となりて、久方振りに腕を振るおうぞ。」

 

 その魔族は、背の人間を大事に抱いて戦場へ向け加速した。

 

 魔族側の切り札(ジョーカー)、魔王は既に戦場へと君臨している。

 

 そして人族側の切り札(ジョーカー)、バルトリフ。彼がルートと共にミクアルに到着するまで、あと半日────()




次回更新日は10月28日です。
クライマックス近いです。

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