何時の間にか無限航路   作:QOL

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お久しぶりです、遅くなって申し訳ない。


~何時の間にか無限航路・第12 話、エルメッツァ中央編~

■エルメッツァ編・第十二章■

 

 

 

(′・∀・)つThe Side三人称

 

 

―――スカーバレル海賊団・海賊船倉庫inイネス―――

 

某女史に無理やり飲まされた酒で重い頭を持ち上げながら、イネスは目を覚ました。

 

「うう~ん………―――こ、ここは?」

 

 彼がいたのは、そこらに酒のケースやビンが散乱する小汚い倉庫の中だった。二日酔いなのか少し痛む頭を振りつつも周囲を見回してみると、かなり前からあるらしい埃をかぶった物資パッケージやコンテナが散乱している。

 

 酒場のバックヤードに放り込まれたのだろうかと思いながら、彼は部屋の壁や床をコンコンと叩いてみた。全金属製、音の感じからすると宇宙船やそれに類する物に使われる合板である。

 

 イネスの持つ知識からもたらされた情報をぼやーっとする頭で統合した結果、自分はどうやらどこかのフネの中にいると出た。確か自分はトスカさんに無理やり酒を飲まされてダウンした筈だから、起きるなら酒場の床だと思うのだが、まだ思考がはっきりしないイネスは首をかしげる。

 

 そう、自分はまだ酒場に居た筈だ。そう思ったモノの、無理やり飲まされた酒の所為か思考が回らない。整備班の連中の悪戯だろうか?だとするなら、ある意味認めたくないが艦隊の最高責任者たるあの能天気な男に抗議すべきだろう。なーんか笑って流されそうだな。そう思いながら頭を掻こうとした時、イネスは違和感を感じた。

 

「―――ん?なんだ?」

 

 おでこのちょっと上辺りに何かが着いている。なんだろうと、それを手に取ってみた。それはフリルがあしらわれた純白の髪飾りで髪が結わえられていた。ぶっちゃけメイドさんが頭に乗せるアレである。

 

 最初は何なのか解からず、ただ首をかしげただけだったが、だんだんと思考力が戻ってくるにつれて、彼は思い出した。思い出してしまった。昨夜の内に起きた醜態の宴を、そして羞恥の宴を…。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!どうしてああなった!!どうしてああなった!!!」

 

 頭を抱え、大事なことなので二度言った。いや叫んだ。

彼は、いや今は彼女というべきか。彼女は酒に酔ったユーリ艦隊の裏ボスと整備班という名のマッドサイエンティストの暴走と、ノリのよい乗組員たちの手によってトランスセクシャル、通称TSというある種とても特別な存在にされていた事を思い出したのだ。コレが本当の男の娘(こ)である。誰得といえばオレトクと言っておこう。

 

「ううぅ、なんかすーすーすると思ったら、下はスカートじゃないか」

 

 膝上までしかない紺色の服、しかもスカートである。手には白いシルクの手袋をつけ、ヒールまで履かされているという。いまは着いていないが、確か衣装でエプロンドレスだったからエプロンもついていた筈。

 

 無理やりだったが着替えさせられた挙句、化粧までさせられて…鏡で見せられた時思わず自分も息をのんでしまったその姿を、彼は整備班班長を筆頭とする、酔っ払いの即席カメラ小僧集団によって撮られてしまったのだ!

 

 最後は自棄になって、無表情で言われた通りのポーズをとっていた事も続々と思い出すイネス。さしもの人生の万能薬である酒もイネスが体験した屈辱的な体験の記憶を消し去ってはくれなかったようだ。もう何かいろいろと男の子の矜持とかがガラスのような音を立てて崩れ落ちた気がしたが彼は勤めて無視した。

 そうしないと精神的にヤバかったのである。

 

「………声も、ボクってこんなに声高かったっけ?」

 

 ふと、独り言で叫んだ声の異常に気が付いたイネスはのど元に手をやって。またもや絶句した。ケセイヤの発明は良くも悪くも完璧であった。そんっじょそこいらの性転換手術など目ではない、男の象徴が削除されただけではなかったのだ。

 彼の咽からは咽仏がなくなっていたのだ。その為、普段の聞きなれた声ではなく、咽から出るのは完全におにゃのこのソレである。ケセイヤの作り上げた装置のバカらしいほどのこだわりに、もはや呆然としたイネスはゆっくりと首から手を這わせるように手腕をおろして…。

 

 ふにょん。

 

 そんな、男だったら幸せになれるようなやわらかさを感じ、そこで手を止めてみた。視線を手を止めたところに向けたイネスは微妙に膨らんでいた胸元を見る。ドサクサにまぎれて服を着せられたが、そういえばPADは入れてないとか何とか…。

 

「…ぅう」

 

 聡いイネスはそれがどういう事なのかを理解してしまい、顔が茹蛸となった。まるで全身の血液が顔に集中してしまったようだ。なんとなく…そう、あくまで確認の為にイネスは自分の胸元に置いた腕で弄ろうとしたイネスだったが、不意にその手が止まる。

 

 何だか、超えてはいけない一線がそこにある様に感じて戸惑ってしまったのだ。なぜ躊躇するんだ?これは自分の体なんだから触ったって問題はない筈。というか自分の体にドキドキするとかありえないよ、といろいろと認めたくない故に理論武装を重ねていく。

 

 その所為でいろいろとジレンマな泥沼になっているのに気がついてはいない。だが腕を伸ばした以上、確認しないわけにもいかない。ええい、ままよ!と細かに震える手でイネスは自分の少しばかりなだらかな丘に第一手を踏み出した。

 

「ぅん…!あふん」

 

 正直なところ、とても柔らかかったとイネスは後に酒の席で吐露した。あとは擽ったかっただけだというが、本当のところは誰にもわからないという事にしておく、たとえ倉庫の中に甘い声がちょっとだけ漏れていたとしても、だ。

 

 

 さて、イネスの三人称が彼から彼女に変わってしまった事実を、認めたくはないものの彼女本人が自覚したその時であった。倉庫に設けられたエアロックが開く独特の圧搾音が聞こえてきた。その音に反応した彼女が目をやると、若干の沈黙の後にゆっくりとドアがスライドして開かれていくのが目に入る。

 

 ドアが開かれた後、中に入ってきたのは小汚い男の二人組みだった。とりあえずイネスにとってそのどこか汚らしい男たちに見覚えはない。何故ならユーリの艦隊では彼の方針により、乗組員はなるべく身綺麗にする事が義務付けられていたからだ。

 

 それは衛生面での配慮でもあり、ユーリ自身が『狭い空間で汗臭いとかありえねぇだろJk』という日本人的価値観で決めたルールである。守らなければ宇宙に放りだすという厳しい罰則があるので、定期的に風呂やシャワーを浴びる為、ユーリの艦隊の人間は割かし小奇麗だといえた。

 

 今まさに呆然としているイネスの前に立つ二人組はどうだろう。使いこまれて生地が伸びて油汚れらしき染みが着いている空間服。大きくチャックが開けられた胸元にはシャツがあるが、黄ばんでいたり汚れが目立つ。何よりも体臭がキツイ。

 

 長らくユーリの艦隊にいたからか、それとも肉体構造が変わったからか、その獣くさい体臭はイネスには受け入れがたいものであった。彼女が嫌悪を浮かべたのはそれだけではなかった。入ってきた男たちの眼に浮かぶ怪しい光、それがちらつくたびに理解できない震えが身体の中に走った。

 

 それは所謂、本能からくる警告だったのかもしれない。そう思わざるを得ないという考えにイネスが至る前に、目の前の男たちは下卑た視線を彼女に向けながら話しかけてきた。

 

「よう、元気か?ひっひひひひ」

「ちょうど目覚めたみたいなんだな。ま、そのほうが反応が楽しめていいだ」

「へっへっへ、アルゴン様に差し上げる前に、ちょっと楽しませて貰おうか?」

 

 海賊の片割れがそう言ったのを聞き、イネスは身体が恐怖で硬直するのを感じた。逃げるべきなのになぜか身体が動かせない。そうしている間にも、もう一人がカチャカチャとベルトを外し始めるのを見て慌てるイネス。このままではアッ――――な事をされてしまう!

 

「二人もいるんだから、片方で楽しんだって問題ないだ」

「両方食ったら殺されるけどな。もっとも、もう一人の別嬪は別のフネで先に行っちまったから手は出せないが…、まったく肉付きがいい生娘ばっかり持っていきやがる」

「自分も気に入ったからって、か、勝手なんだな幹部わ」

 

 イネスはあずかり知らなかったのだが、この時もう一人ミーヤという少女がイネスと同じく誘拐されていた。誘拐された理由は売り払うのもあるがボスへの献上品というのが主である。

 

 特にミーヤは酒場の看板娘であり巷で美人と評判だったのだが、どうも誘拐に関わった海賊幹部がボスの嗜好を知っていたらしく、その御眼鏡にミーヤのほうが合致していたのだ。そのため幹部は自分のフネに略奪品の高級嗜好品幾つかと共にミーヤを乗せて、先に本拠地のファズ・マティに連れて行ってしまったのである。

 

 こういった海賊行為の成果を幹部が独り占めにする事は海賊では当たり前に行われていた。こうしてイネスは先発した幹部の巡洋艦には乗せられず、その他雑多の分捕り品と共に後発の下っ端のフネに放り込まれたという訳である。

 

「それはいいから早いとこ済ませちまおう」

「わ、わっ!…ちょ、ちょっと待てって――――」

「いんやまたねぇ」

「こ、こんなベッピン、逃がす手はないだ。大丈夫、やさしくヤってやる」

「安心できるかぁぁーーっ!!」

 

 じりじりと近寄ってくる獣共に、よりいっそう恐怖心をまくし立てられたイネスは、動かない身体を捩ってなんとか彼らから逃れようとした。距離を取ろうとするが倉庫にはそこかしこに物が置かれており、すぐにコンテナの一つに退路を阻まれる。

 

 イネスが身に感じる恐怖に顔を歪めながら這いずる様を見た海賊AとBは、そんな彼女の行動に被虐心を駆り立てられるのか、下種な笑みをより深める。この時、そう言えば自分は男だった事を思い出し、きっとこの海賊たちは自分のことを女だと勘違いしていると考えたイネスは力の限りに叫んだ。

 

「だから待てって!僕は男だぞ!」

「なにぃ?」

「男ぉ~?」

 

 流石に男には手を出さないだろうとイネスは思っていた。だがその認識は甘かった。彼らの家業は海賊、当然の事ながら女性と知り合いになれる接点などは無く、それゆえに独身が多い。

 

 女海賊はいるにはいるが、こんな下っ端のフネに居る訳がない。実力がモノを言う海賊社会ではひ弱な女海賊はつよい海賊に取り入り、実力があれば自分で旗揚げする。つまり一部に集中するか、下っ端には手が出せない力を持っている。

 

 だから海賊船というのは、幹部クラスの旗艦でもない限り、基本的に独身の男やもめ達がぎゅうぎゅう詰めにされている空間でもあるのだ。

 

 もちろんそのままではいろいろとマズイので地上に降りたときには娼館を利用したりも出来るが略奪による出来高制の海賊社会。ましてや上納金なんぞ収める立場の下っ端に毎回娼館に行く金なんぞありゃしない。

 

 

 そんな訳で――――

 

 

「まぁ」

「それはそれで。第一胸触った時に本物だとおもっただか、ちがったべか?」

「ふええ!?」

 

 

―――とこうなる訳だ。男は時に性欲に忠実なのである。

 

 

「オラ嬢ちゃん!いやこの場合は坊主か?」

「んな事どうでも良いだ!メイド少女頂きますだ!」

「う、うわぁ!や、止めてぇっ!」

 

 鼻息を荒くした海賊の片割れがのしかかるようにしてイネスを押し倒す。抵抗しようと両腕を振り回そうとはした。だが、素早くもう一人の海賊が、そのごつごつした固い腕でイネスの両手首ごと押さえつけたので彼女は抵抗できない。

 

 彼女はもともと男。だからこそ獣欲に支配されたケダモノが、獲物に定めた女性にどういった事をしでかすのかが容易に理解できてしまう。その事を象徴するように、まるでごちそうを前にした犬の如く、涎を流す男の顔面が視界に入り込み、本能からの嫌悪感がイネスを襲う。

 

 圧倒的な獣欲を前にして怯えてみせるイネスに男たちは下半身の一物を固くさせ、衣服の上からでもはっきりくっきり視認できる。それがまたイネスにはたまらなく恐ろしく見えた。見慣れた物の筈が、もはや自分を害する物にしか見えなかった。

 

「おら!手間かけさせんじゃねぇ!」

「うぐぅ!?うー!うー!」

 

 抵抗する間に落ちたのだろう、エプロンドレスのポケットに入っていたハンカチが強引にイネスの口に詰められる。ハンカチから香水の淡い匂いが漂うが、今のイネスにはそれは救いにはならなかった。

 

 息苦しさに眼から涙があふれてくるが、それは息苦しさだけであふれる涙ではないだろう。犯される侵されるおかされる。せめて男だったならば力で圧倒されて無様に組み敷かれる事もなかったのにと叫びたくても、口から洩れるのはくぐもった叫びだけだった。

 

「おい!お前そっちもて!縄で縛ってやるんだ!」

「よくみりゃ顔も可愛いだぁ…グヒヒ」

「ム~!」

「どれ、すこしだけあそびましょ~♡」

「ヒッ!ヒィ!?」

 

 海賊たちはズボンをズラしながらそういうと、イネスの体を弄り始めた。首から始まって脇や腹や太ももを無骨な指が撫でていく感覚に泣き叫びたい程の嫌悪感があふれだしてくる。

 

 乱暴に組み敷いたのとは対照的に、柔らかな指使いで体中を弄る彼らは、そのたびに悲鳴を上げるイネスの反応を楽しんでいた。そしてゆっくりと臍を撫でた指は服の中に侵入してきた。地肌を弄られる感覚にどうすればいいのか解からず、イネスの頭はオーバーフローに陥って真っ白に染まっていく。

 

「ああ、もうがまんできねぇ!もういいよな!?なっ?」

「おいおい、もうちょい楽しめよ…って言いたいが、交替まで時間もねぇしな。ホントならもっと喘がせたいが、まぁ穴があれば…」

「ふひぃっ!ヒヒヒヒ!」

「ひあっ…あぁ…」

 

 ついに我慢できなくなったのか男の片割れが血走った眼で相方に叫ぶ。もう一人の男はもう少しじっくり楽しみたいようだったが、血走った眼をしている男がどういうやつなのかを知っているのでしたいままにさせた。

 

 倉庫に布を切り裂く音が響いた。ついに衣服が裂かれたのだ。自分が知らなかった女性の体の理不尽な快楽にもう呆然自失になりかけていたイネスは、衣服が切り裂かれる音を意識の外に聞き、ブラが半脱ぎの状態にまでおろされた時、この服借りものなのにと現実を逃避していた。

 

「「それじゃ、いただきま~す!」」

 

 獣欲にそまった男がイネスの口を塞いでいた布を引っ張り出し、力なく開いた彼女の口に自分の顔に近づいてくる。強引にキスするつもりなのだろう。イネスは顔に掛る息が強くなり始めると同時に、どこか遠くに行っていた意識が嫌悪感と共に再燃した。

 

 こんなの、認められない。体は動かせないが…。

 

「がぁっ!」

「おっと。あぶないあぶない。まだ抵抗する気があるとは」

「でもこれが醍醐味って奴だよな」

「ちげぇねぇだ、グヒヒヒ…」

 

 イネスは残された力を振り絞り、伸ばされた男の舌を噛み千切らんとした。だが海賊稼業に身を置く男はこういった経験も多く踏んでいたのだろう。イネスの最後の抵抗も男たちにはこれから行う行為を彩るスパイスに過ぎなかった。

 

 遊ばれた。そう悟ったイネスは抵抗する気が根こそぎ奪われていく。男の知らない女性の身体に戸惑っていたところにこの仕打ち。もとより女性の感覚は男性のそれよりもはるかに鋭敏である。

 

 もう、好きにすればいいさと、イネスは半ばあきらめて体の力を抜いた。それを見た男たちが、獣の笑みを浮かべ行為に及ぼうとした。その時、海賊船の艦内を揺さぶる程の大きな揺れが彼らを襲った。

 

「「な、なんだぁ!?」」

 

 お楽しみ直前だっただけに、イネスを押し倒していた男たちは驚愕した。その間も船体を揺るがす響きが鋼板を伝ってくる。彼らが立ち直る前に船内には非常警報が鳴り響き、自動的に非常灯に切り替わった。

 

「おい!なんもみえねぇぞ!」

「だ、大丈夫なんだな!ここのCOMで倉庫にエネルギーをバイパスしてやれば…ほれ!明るい!」

「なんなんだホント。デブリでもぶつかったのか?」

「さぁ?」

 

 倉庫は本来人間が常駐しない。その為、非常用電源が回されていないのだ。戦闘時は主電源が落ちるので必然と倉庫の中は真っ暗になる。慌てふためく男二人を尻目に、投げ出されたままのイネスはどうすることもできず、成り行きを見守るしかなかった。

 

 そして、鳴り止まない非常警報に昂りが一時的に萎えたのか、男たちはイネスには目もくれず、倉庫に備え付けられていた端末でブリッジに連絡を取ろうとしていた。

 

「おいブリッジ。非常警報がやまねぇがどうしたんだ?」

『“白鯨”だ!あのデカブツが出やがった!テメェ等!死にたくなかったら応戦――な、何だ?!ロボッ――!ガガ…ッ!』

「おい!おいっ!……切れちまった」

「どうなってるんだか」

 

 呆然とする男たち。備付端末の投影画面にはエラー表示が吐き出され、ブリッジは完全に沈黙している。ただ事ではない。だが司令塔のブリッジが沈黙してしまうと、ただの備付端末で情報を得ることは難しかった。

 

「そ、それに今。途切れる前に『白鯨』って言わなかっただが?」

「そういや…、まさか!あの白鯨か!?それに会っちまったのか!?やべぇ!」

 

 はくげい?…白鯨の事か?――放置されている間に少しだけ冷静さを取り戻したイネスは静かに乱れてしまった衣服を直しながら、海賊たちの焦った声を聴いていた。

 

「たしか、最近頭角を現した0Gドッグの艦隊で、旗艦が大型輸送船並みの大きさがあるフネで―――」

「惑星間輸送船で遅速だと勘違いした奴らを見た目よりも高い機動性と巧みな操船で翻弄し――」

「ひとたび火砲に火が灯ると武装と推進器を正確に撃ち抜いてきて――」

「逃げられなくなった海賊船のすべてを平らげる、すべてを呑み込んでしまう姿から付いた名前が――」

「「白鯨!」」

 

 大変だー!と海賊二人が慌てふためくのを尻目に、彼らの会話を聞いていたイネスの心境は三点リーダの羅列で覆われていた。彼らの会話内容を聞く限り、今乗っている海賊船が遭遇した『白鯨』なる存在にひじょーに心当たりがあったのだ。

 

 というか、彼らが言っているような非常識かつ破天荒な艦隊行動をとらせる0Gドッグなんてものは、この広い宇宙では一人しかいない。ただ、その破天荒さに巻き込まれたが為に、こんな姿になってしまったので、イネスとしては微妙な心境であった。

 

「おいこうしちゃいられネェべ!早いとこ逃げねぇと!」

「逃げるって何処にだよ!とりあえずお楽しみはあとだ!部署に向かうぞ!」

 

 あわてて倉庫から走り出そうとする男。それを相方が引きとめた。

 

「待つだ!もしかしたら沈むかも知れねぇし、こいつも連れてくだ」

「ああん?お前やさしいところあるんだな」

 

 イネスを指さしてそう語る相方に、男は不思議そうな面をさらす。だが気の股から生まれ出でて人の心なんておいてきてしまいましたと言いそうな男共がそんな殊勝な事をいう訳がない。

 

「はぁ?だってこのフネが万が一沈んだら、この女を貢ぐ話もうやむやになるべ?」

「なるほど!そうなれば俺たちのおもちゃに出来るって訳だ。お前あたまいいな!ぐへへ」

 

 非常に下種な事を平然と言ってのけるバカどもである。今まさに噂の白鯨に襲われているのに自分の欲望を優先させるあたり救い様がない。第一フネが沈んだら脱出ポッドに乗り込む必要があるが、基本的にそういうのは一人用なのだ。客船ならばともかく、海賊の下っ端のフネに人数分のポッドが用意されていると思っているのだろうか?

 

 答えは否である。

 海賊は良く言えば実力社会であり、悪く言えば助け合いの精神なんて物はトイレのちり紙とさほど変わらない価値しかない。弱肉強食な空間なので脱出ポッド一つとっても、それを確保できる力や狡猾さを持っていない弱者はいらないのだ。

 

 頭が足らない男共は獣欲めいた妄想を膨らませて、股間まで膨らませているが、万が一の時にイネスを乗せるポッドがない事には気がつく様子はなかった。

 

「くっ!」

 

 そんな阿呆共を尻目に一時的にではあるが立ち直ったイネスは倉庫の隅に置かれていたパイプ(のような物)に手を伸ばしていた。阿呆な男たちは気が付いていなかったがフネを揺さぶる振動が徐々に強くなってきているのにイネスは気が付いていた。

 

 つまり、それだけ強力な攻撃が加えられているという事であり、フネが沈む可能性も高い。脱出ポッドもないこんなカビ臭い備品置場のような倉庫にいたら助かるものも助かる筈もない。

 

 だからイネスは生き残る為に、武器になりそうな物で男たちを何とか倒せないかと考えた。ただし、ここに誤算があった。彼女は彼だった時から根っからの参謀タイプであり、同僚のトーロのように汗水たらして体を鍛えて実働する事を嫌悪していたが為に非力であった。

 

 そして、当然ながらその力は女体化によりさらに弱体化しており…。

 

「あわわわ…!?」

 

 持ち上げようとした途端、バランスが崩れたパイプが大きな音をたてて倒れた。彼女の弱体化したパワーではフネの補強材にも使われる合金製のパイプは重すぎたのである。

 

 慌てて拾い上げようとするが、弱体化している彼女の筋肉では持ち上げられても振るうことは出来なかった。更には重い合金パイプが散らばる発する甲高い金属音は下世話な会話を交わしていた男共の耳にとまり――

 

「「なぁ~にしてるのかなぁ?」」

「ひぃ!?」

 

―――音に反応した彼らと眼が合うのは必然だった。

 

 慌ててパイプを構えようとするが、やはり重過ぎて振り上げたところでバランスを崩したイネスはつんのめるようにして転びかける。

 

「おっと。いらっしゃい」

「自分から飛び込んでくるなんて、実は望んでたんか? このエロメイドちゃんめ」

「くッ――!!(ボクは…ココで終わるのか…)」

 

 だが転んだ先は運悪く、海賊共の腕の中だった。イネスは表面上は抵抗の顔色を浮かべているが、内心では血がスーッと抜けたかのように青くなっていた。抵抗も無意味に終わり、このままでは男共に弄られて、男だったのに慰み者となるかもしれない。

 

 諦めかけたイネスの脳裏に次々と、あの短くも濃い生活で知り合った仲間たちの顔が浮かんでは消えていく。最後の最後に思い浮かべたのは、自分と同年代の若き艦長が…何故か海岸で腰まで海に浸っている姿が浮かんだ。

 

『―――あきらめんなよ』

 

 へ?――とイネスは驚いた。ふと、あの宇宙航海者の常識をトイレに流してしまったような若き艦長の事を思い浮かべた瞬間、脳裏に浮かんだイメージであるはずの艦長が語りかけてきた気がした。

 

『あきらめんなよ! どうしてそこであきらめるんだ そ こ で っ ! 俺だって宇宙線が飛び交う中、海賊狩りとジャンク回収頑張ってんだよぉ! この海はイメージだけど、それくらい大変なんだよぉ! だからもっとぉ! あつくなれよぉぉぉ! ……という感じで某火の神様のお言葉にあやかってみたッス~』

 

 ピキ、と青筋が浮かぶ。何でか知らないが脳裏でイメージングしたあの男は、今の諦めかけている自分をみたら、絶対に無駄に能天気な顔をして、こんな事を言ってくるような気がしてならない…というか、火の神って誰だよ。

 

 そんなアホ丸出しな艦長に対して怒りがこみ上げるが、それ以上にもう諦めようとしていた自分にも腹が立ってきた。いずれはもっと高みに行く僕が、この程度で諦める?それはイネスの奥底を揺り動かすのに十分すぎた。

 

「………せん」

「ああ?なにか言ったか?」

 

 呟くように言葉を零したイネスに男が顔を近づける。その瞬間、込みあがる怒りと何かが、イネスにこれまでにないパワーを与えた。

 

「やらせはっ、せんぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 そして、イネスは思いっきり、覆いかぶさる男の股間を蹴った。

 

「はぁうんっ!?」

「な!?このアマっ!」

「髪の毛を引っ張るな!噛むぞコラァ!!ぼくはまだあきらめないぞぉぉぉ!!」 

「きゅ、きゅうになんなんだべさ!?ええい大人しく―――」

「がうぅぅぅ!!」

 

 普段のイネスを知るものがみたら想像もできない程、冷静さをかなぐり捨てた抵抗をしてみせる。そんなキャラを捨てた彼女によって相棒がやられた男だったが、ハッとするとイネスを大人しくさせようと試みる。

 

 てっとり早く女性の命たる髪の毛を鷲掴みにして引っ張るが、普通の女性ならともかく元々男だったイネスにとって髪の毛はそれほど大事なものではない。髪が取れても構わんとばかりに頭を振りまくり、これはたまらんと手を引いた男の腕にかじりついた。

 

 思ってもみなかった程の頑強な抵抗に動揺し、食いちぎらんという気迫で齧られたので男は悲鳴を上げる。そんな中で再び轟音が海賊船に木霊した。今度は船体自体にも激しい揺れが襲い掛かり揉み合っていた海賊とイネスはお互いをつかんだまま転倒した。

 

 倒れた拍子にしたたかに身体を打ち、一瞬意識が朦朧としたが、それを気合いで押し流して意識をはっきりさせる。見れば海賊共も呻いているので、ほんの数秒だけ意識が揺らいだだけのようだ。今の内に倉庫から逃げられないかと考えた矢先、外から聞きなれない音が響いていることに気が付いた。

 

 それは白兵戦の音だった。メーサーライフルやスークリフ・ブレードが交わされる戦闘音、航海班所属のイネスにしてみれば聞きなれない音なのだ。

 

「メーザーライフルだと…?近くに来てる!?やばいぞ!?」

「に、逃げるだよ!すぐに!」

「ああ!すぐ近くに脱出ポッドがある!後、こいつも連れてくぞ!」

「んだ!」

「や、やめろ!離せ、離せよッ!」

 

 再び捕まえようとする男共にイネスは最後の抵抗を試みた。このまま連れ去られれば慰み者となるのは避けられない。そんなのは男としての自分が許さないし、女の身体で受けた恐怖がイネスをかきたてていた。

 

 外から響く爆発音や戦闘音をBGMに彼女は倉庫という場所を利用し、棚に陳列されているコンテナや物を手当たりしだいに放り投げる。

 

「コンの!大人しく―――っ!」

 

 だが、所詮非力なイネスが投げつけた程度では屈強な彼らはひるみもしない。胸倉をつかまれてコレまでかっ!―――そうイネスが眼をつぶった瞬間、倉庫の扉が爆発した。

 

「「「うわぁぁ!?」」」

 

 意口同音であったが思わず驚きの声を男共と共に上げたイネス。つかまれたままなので首だけを回して倉庫のエアロックの方を見やると、本来は認証がなければ開けられないロックされたドアが外側から拉げて開かれていた。

 

 唖然とそれを見つめるイネスたち、そんな彼らの耳にカツンカツン――という金属性の硬い物が床を叩く音を響かせながら何かが近寄ってくる。爆発によって上がった煙の中から現れたのは……思っていたよりも小さな人影だった。

 

 重たそうな宇宙服、空間服の上から着用する白兵戦用の装甲宇宙服を着込んでいたが、視界を確保する為か重い頭部ヘルメットを後頭部にあるラックに取り付けて素顔を晒されている。

 

 その顔は、銀髪を肩まで伸ばした色白で紅眼をした少年の顔。アルビノと言ってもいいその少年は煙を吐いている円筒を肩に担いで悠然と入り口に立っていた。

 

 そして何かを探すようにあたりを見回していた少年は、呆然としていたイネスの方で視線を止めた。

 

「あ…」

 

 この少年が誰なのか気が付いたイネスだが、何故か言葉を出すことが出来なかった。なぜならイネスを見た途端、アルビノの少年の眼に怒りの炎が灯ったからである。イネスを見た瞬間に浮かべていた喜色の色は消えうせ、どこか能面のように無表情となり怒りによって見開かれた紅い目がまるで血を滾らせているように爛々と輝いていたのを彼女はみた。

 

 普段の気の抜けたような顔ではなく、弦を限界まで張り詰めた弓矢の如く、緊迫した空気を纏う彼をイネスは知らない。イネスが知っている彼こと戦闘空母ユピテル艦長のユーリは、もっと気が抜けた…暖かい優しい顔を向けてくれる人だ。

 

 こんな彼はしらない。本気で怒る彼をしらない。だけどその怒りは自分の為に浮かべたものであるのは理解できて…そしてそんな彼を見つめていると破裂しそうになる心臓の高鳴りをイネスは知らなかった。 

 

「な、なんだ一人か。脅かせやがる」

 

 動かないユーリを見ていた海賊の一人が不敵な笑みを浮かべて……股間を押さえながら……立ち上がるとナイフを引き抜いた。意外な事にそのナイフは柄は古いものの、持ち主の様相に反して刃は鋭く、鈍い金属の光を放っている。男が引き金のような部位を指先ではじくと、鈍い金属の表面が青白く発光し、不気味な灯りで倉庫を照らす。

 

 それは間違いなくスークリフブレードの光だった。臨界点以上に加圧・加熱した超臨界流体(Super Crifical Fluid)へ変換した金属による被膜加工が施された刃は、出力を上げる事であらゆる物質を融解し溶断する剣となる。ナイフ状で小型ながらも装甲宇宙服の装甲も当たり所によっては切り裂けるこの武器は、男の自信の表れに見えた。

 

「お、おい。向こうは銃を持ってるだよ?!」

「安心しろ、この倉庫は外殻部にあるんだ。あんだけでかい獲物を撃ったら隔壁が壊れて自分がアブねぇ」

 

 男の言葉にピクッと眉をひくつかせるユーリに男はさらに笑みを深めた。男が思うに目の前の銀髪の少年が持っている獲物はこの狭い部屋では使えない代物に見えていた。特に肩に担いでいる小型のバズーカに見える武器は破壊活動にうってつけだろうが、人質となる少女が近くに居る上に外殻部に作られたこの倉庫では使えない。

 

 万が一、それを使って男たちの背後の壁を壊せば、間違いなくこの部屋にあるものはすべて暗黒の宇宙空間へと吸い出されるのだ。なにせ下っ端の海賊船なので少々鋼材をケチり重要なバイタルパート以外の装甲重量はカタログスペックよりも低い。あまり重要ではないモノを収めるこの倉庫も例にもれず装甲されていないので、耐久力は通常の宇宙船と大差なかったのである。

 

「だから、あいつは撃てねぇのさ」

「おお!なるほど!」

「あの御大層な剣も狭い室内じゃ扱えねぇ。ただの飾りだ」

「それにこっちには……人質もいるだ!」

「あいたっ!いつの間に!離せッ!」

 

 何時の間にか近寄っていたもう一人の海賊がイネスを拘束する。相方が人質を確保したのを横目に見て海賊は海賊らしい卑怯な要求を行おうと口を開きかけた。

 だが―――

 

「ってあの坊主武器を下ろさないだよ!?」

 

 海賊たちの行動に微塵も揺らぐことないユーリは、その手に武器を構えたままだ。一瞬イネスは自分を助けに来たのではないのではと思うほど動じていない。その大砲を使うことに微塵もためらいが無い。そういわんばかりである。

 

 男達が何か言おうとする、だがその前にユーリの手にある円筒が光った。圧搾空気のタンクが破裂したかのような低い音が二発倉庫に木霊すると同時に、海賊二人は何かに弾き飛ばされたかのようにして完全にぶちのめされたのだった。

 

 尚、ナイフをユーリにむけた男は吹き飛ばされた反動でイネスにもたれ掛るように白目をむいて気絶してしまい、思わずヒッと小さく悲鳴を上げてイネスは男を突き飛ばした。突き飛ばされた男はそのまま雑多に詰まれた箱の山に突っ込み、崩れた箱の下敷きになってしまったがそれはどうでもいい。

 

「ふははははっ!この武器が狭い部屋で使えないと何時から錯覚してたッスか!」

「………っ!なんて危ないことをしてくれたんだ君はっっっ!!」

 

 脅威?であった海賊二人をさっさと始末したユーリは腰に手を当ててバズーカ片手に馬鹿笑い。一体何をされたのかはわからないが、目の前の若き艦長が何かをして、己の貞操を散らそうとしてくれた敵を倒したのは解る、解るが……理解は出来ても納得は出来ないというのをイネスは味わった。

 

 ともあれ安心した反面、敵を倒して能天気な顔をする目の前の存在にイラっとしたイネスは怒りを込めて彼を叩いた。チョップが脳天に突き刺さったがユーリは全然効いていませーンとばかりに平然としており、それがまたイネスをいらだたせる。女性になった身体ではあまり強い力を出せず、それほど強くは叩かなかったが何かムカついた。

 

「えー、大丈夫ッスよ。出力調整できるエネルギーバズだもん」

「その所為で隔壁に穴が開いたらどうするんだっ!もしもこいつらが言っていることが本当なら下手すれば宇宙に吸い出されてたんだぞっ!?」

「ふふふ、FPSで鍛えた俺の腕に死角はなかったッス」

「本当に助けに来る資格なしだよ!?」

 

 そんなことを楽しげに語るユーリには、部屋に入ってきた時の怒気はもう感じられなかった。そこにあるのは何時もの仲間に対して見せる能天気な垂れた目つきだけだ。その事にどこかホッとした。

 

 しかし、ユーリが怒気に塗れた時に感じた胸のドキドキした高鳴りは、結局のところなんだったのだろうか?生粋の女性ではないイネスには理解できない現象である。何か、こう、うれしくて興奮した時に近いものだったような気がするのだが…と、そこまで考えた時だった。

 

「あ、あれ? なんだ?」

「おいおい、腰が抜けたんスか? そりゃ白兵戦に出たことは無いとは言え0Gドッグならこれくらいで腰を抜かすのは……って、おい。大丈夫っスか?」

 

 イネスは唐突に力が抜けてしまったようにその場に座り込む。それを見ていたユーリは揶揄するが、尋常じゃない様子のイネスを見て茶化すのをやめて真顔になった。

 

「へ、へんだ。おかしい。あれ?どうなってるんだ?」

「マジで大丈夫スか?なんか…震えてるっスよ?」

「あう…うぅ」

 

 困惑するイネスだがこれは仕方が無かった。これまで貞操の瀬戸際で緊張したままだった気持ちの糸が、ユーリのある意味揺るがないゴーイングマイウェイな雰囲気に当てられて、ぶっつりと断ち切られてしまったのだ。自らに降り注いだ理不尽に対する怒りによって保たれていた緊張が途切れ、その所為で無意識に刻まれていた恐怖がぶり返してきたのである。

 

 思い出したくないのに、イネスの脳裏には獣欲に塗れた目で彼女に覆いかぶさった男共の記憶が思い出され、その時感じた恐怖で身体の振るえが自分の意思では止められない。ほんの少し前に起きた事だけに、あまりにも鮮明に記憶されすぎていて、男共から臭うタバコと酒の残り香に咥え、そいつらの口臭と空間服に付いた汚れの染みの数まで思い出せるほどだ。

 

 この時ほどイネスは自分の記憶力がある頭を恨んだことは無かった。記憶が鮮明すぎて中々恐怖が収まらないのである。

 

「とりあえず立てるッスか?」

「ひっ!」

「――っ!」

 

 尋常ではないイネスの様子に、心配したユーリは彼女に手をかそうと手を伸ばした。

 だが手は悲鳴を漏らす彼女によって振り払われる。極度のストレスに置かれていたイネスはユーリが手を伸ばした時、あの時に感じた恐怖が瞬間的に膨れ上がった。いわゆるフラッシュバックというモノである。

 

 記憶から来る実際に受けた精神的な苦痛が、似たような仕草や状況に当てはめられてしまい、それにより無意識に他者を拒絶したのである。認識力が極度に低下したことで仲間であるユーリにまで言いようも無い恐怖を感じてしまったのだ。

 

「あ、ごめん艦長!?」

 

 だがイネスは聡明だった。すぐに自分がしでかした非礼に気が付いて謝罪する。だが、その彼女は普段の彼女を知っている者からすれば見てられないくらい怯えていたのが見て取れた。

 

 かろうじて口にした謝罪の言葉もかすかに震えていたほどなのだ。普段のどこか上から見下したような物言いをするイネスを知っているユーリとしては、違和感を禁じえない、恐怖に怯える少女のような彼女の反応に驚くしかない。

 

(……こりゃ相当堪えてるな。あのイネスがここまで怯えるとは……んー、とりあえずフォローはしないとなァ)

 

 ケアが必要だなと内心思うユーリだが、同時に仲間にここまでトラウマを植えつけてくれた海賊共に対しての怒りが更に燃え上がったのは言うまでも無い。だが、怒りを内側に溜めつつもそれを表出させないように意識を集中させる。

 

 唯でさえ男性不審に――元男なのにそれはどうなんだとも思うが――成りかけている性犯罪被害者な彼女を安心させなければならない。イネスは自分のフネのクルーなのだ。クルーである以上、艦長の庇護を受ける者であり、自分にはその責務がある。

 

 ユーリは無意識であったが、そう自然と考え、そして行動した。

 

「おいイネス」

「う…うう…」

 

 イネスの前に立つユーリ、近づくだけで身体を引きつかせた彼女に、ユーリは無理やりに近づいた。イネスは…特に動こうとはしなかった。怖い、怖くてたまらないのだが、何故か語りかけてくる彼を前にすると、逃げたくないという意識が働いた。

 

 それが何時ものプライドから来るライバル意識なのか、それとも肉体の変化に伴う違う何かの発露なのかは誰にもわからない。だが少なくともイネスは恐怖の対象となりつつある男性という存在を前にして、逃げようとはしなかったのだ。

 

 それを見て手を伸ばせば届きそうなところまで近づき、座っているイネスの顔に視線を合わせるようにしてしゃがみこんだユーリ。しばらく両者には沈黙が流れた。イネスは荒れ狂う感情に理性が追いつかず顔を上げてユーリの方を見ることができなかった。 

 

 ユーリは怒っているのだろうか、何故ほうっておいてくれないのか、理解できない。だんだんと沈黙が身を締め付け始めたあたりで、イネスはボソっと口を開いた。

 

「……たすけに、きたのか?」

「そうッス」

 

 彼は躊躇わずに答えた。それがイネスの心をかき乱し波立たせる。

 

「は、はん。こんな、海賊に捕まるような、馬鹿野朗は、捨てていけばよかったんだ」

「……それで?」

「そう考えるのが合理的だし、普通の艦長はそうする、よ」

「……で?」

「ぼくなんか、助けに来る必要は無い、無かったんだ。なのに」

「……んー」

「なんで、なんで君は、一人のクルーの為に、わからない。解らないよ。助けられてうれしいのに怖い。なのにうれしい。何なんだよ…怖いよ艦長」

 

 ぐちゃぐちゃな感情をそのまま吐露したイネスは再びうつむいた。本当なら助けられてうれしいはずなのに、素直に喜べない自分がそれを邪魔をする。だからイネスからごく自然にその言葉が口から漏れた。

 

「助けてユーリ」

「言われなくてもッス」

 

 その瞬間、頭部に圧力を感じた。ユーリがイネスの頭に手を伸ばしたのである。一瞬身体が飛び跳ねそうになるが、その前にユーリの手から伝わってきた暖かさを感じた途端、急にその気が失せてしまったのをイネスは感じ取った。

 

「イネス、いまじゃお前は俺のフネのクルー。俺の仲間ッス。俺は俺の庇護にあるものを成るべく見捨てはしない。お前が俺のフネのクルーであるのなら、俺たちの仲間であるのなら、そのために俺は出きるだけ助けるッス」

「あっ――」

 

 ぐりぐりと容赦なく撫でられる、その所為でイネスの髪はどんどんぐちゃぐちゃにされていく。だがそれに反比例するかの如く、イネスの心に暖かなもので満たされていった。

 

 気が付けば強張りも融解し、イネスはユーリにされるがままとなっていた。心なしか気持ち良さそうに眼を細め、ユーリのなでなでに身を任せている。

 

 しかし、ユーリは内心で汗をかいていた。実のところこの男、臨床心理士とかカウンセラーの技能なんぞ終ぞ持ち合わせていない。なんとなくイネスのフォローをしなければと思い立ったはいいものの、心に傷を負った人の相手の仕方なんて全然知らない。とりあえずしゃがみこんで話だけでもとか、なんとなく思いついた行動をとったのである。

 

 助けてとイネスが漏らした時、その時のイネスの姿が普段強気な銀髪メイドさんが弱気になっているように見えて……だから、ついやっちゃったんだー☆てな具合である。つまり、ノリと勢いの産物だった。この馬鹿ホントに救い様が無い。

 

 こんなオチだが話はそれだけで終わらない。なんとなくだがユーリは『あれ?これってヤク○さんが女性に乱暴した後急に優しくして垂らしこむのに似てね?』とか思っちゃっていた。事実、イネスは先ほどまでとはうって変わってユーリを受け入れている。

 

 鬼畜艦長ユーリ爆誕!?とか考えてしまった彼は、いろんな意味で終わっているのかもしれない。どちらにしろ真面目路線は長続きしないのよ、と謎の言い訳を内心でしつつも、とりあえず落ち着いたのでイネスを撫でるのをやめた。

 

「あ…」

「おいぃ、なんで惜しいみたいな声をだしてるんですかねぇ?」

「いや、違う!なんでもない、僕は大丈夫だ」

「そうかそうか。もう大丈夫か。ならばジュースを奢ってやるッス。9杯でいいか?」

「多いよ!?」

 

 思わずブ○ント化(さん、を付けろよデコ介ry)したユーリだったが、撫でるのをやめたのを惜しんだことを必死に否定するイネスの姿にちょっとだけ安心した。あとネタにマジレスする姿にも。

 

「まぁとりあえず、みんなのところにもどるっスかね」

「ああ………艦長」

「なんスか?」

「……その、ありがとう」

 

 どういたしまして…と出入り口から出ようとしたユーリが答えようとしたその瞬間。

 

「おう!イネス!助けにきたぜっ!てうえっ!」

「「「イネス~~~(ちゃ~ん)!!!」」」

「ぶはぁぁぁ!なんて刺激的!さすがは我らが女神さまぁぁぁぁ!!」

「俺もう死んでいい。むしろこの光景を忘れない様に誰か殺して!」

「トーロ!見ちゃダメぇぇ!!」≪ズブン!≫

「ぐあぁぁぁぁ目がぁぁ!目がァァァッ!」

「イネスー大丈夫だったー?」「とりあえず服を着替えさせた方が良いだろう」

「ではこれをどうぞ」「まってミドリ、ソレは女性モノだよ?」

「……チッ」「ミドリさんや、女性が舌うちするモノではありませんぞ?」

「ようイネス、無事でなによりだね?」

「み、みんな」

 

 なんと狭い倉庫にユピテルのブリッジクルー+αが全員集まっているのだ。しかも扉の向こうには、一般クルー達の姿まで見える。フネの方はどうした?

 

「いたた…、なんでドア開けたら皆いるんスか?」

「「「ああ、ゴメン艦長」」」

 

 ドア開けた途端、クルーたちに突き飛ばされて、自分が倒した海賊と同じく箱の山に突っ込んでいた。そこから抜け出した彼に周りも謝るが、殆どがイネスに熱中している為にユーリに謝ったのは良識派のごく少数。なので彼の顔が若干泣き顔なのは御愛嬌。

 

「しくしく、みんなで俺をいじめるッス」

【ご愁傷さまです艦長】

「うう、ユピだけが俺のこと心配してくれるッス」

「私もいるよユーリ」

「じゃ訂正、ユピとチェルシーだけッス」

 

 少し涙目な艦長、と言うか潰された癖に結構元気なやつである。

 手に持った携帯端末からフネのAIが彼を慰める姿はとてもシュールだった。

 

「んで、なぜに皆ここに?イネス発見とか言ってない筈なんスが?」

「アンタが連絡よこさないから、トラブルが起きたんじゃないかって思って、戦える連中率いてこっちに来たんだよ」

「ユーリったら。携帯端末の呼び出しに気付かないんだもん」

【端末から艦長周辺をスキャンしたところ、イネスさんと思わしき生体反応が検地できたので、捜索しているクルーに連絡したら…こんな事に】

「あそう…、ところで周辺に敵は?」

【センサーに今のところ反応はありません。仮に居たとしても自動迎撃システムは全段オンラインです。ミサイルが百発飛んできても撃ち落して見せますよー!】

 

 だれもブリッジクルーが誰一人フネにいないのか!?とイネスは驚いたが、反面自分を探しにきてくれたからだと瞬時に理解し、赤面する。

 

「「「ふぉぉーーっっっ!!頬を赤らめるメイド少女ぉぉーーっっっ!!!」」」

「カメラでパシャリ。こんなことも、こんなこともあろうかと!高解像度キャメラだ!」

「「「班長!あとでデータください」」」

「うむ、まかせ「おおーっと、エナジーバズの手元が狂ったーっス」――ぎゃー!俺のカメラがぁぁーーっっ!?艦長テメェ!?」

「いや、俺は助けてやったんスよ? ケセイヤさんの背後に立っているセクハラ撲滅会の制裁から、ね?」

「え?」

「だめですよぉー整備班班長ー。女の子を許可なく撮影するのはー、セクハラというか盗撮、つまり犯罪なのですー」

「元男という言い訳は結構。過去ではなく今が大事ですので」

「グ、エコーとミドリさん…何時の間にそんなグループを…」

「いっその事、騒がしい整備班の♂は全員トランスセクシャルさせればいいのでは?」

「そうすればー、セクハラもなくなるしー、むさ苦しい部署がお花畑ー。イイ事尽くめー?」

「「「「謹んでお断りしまーすっっ!冗談じゃねぇーっっ!!」」」」

「まったく、どこでも騒がしい連中ッス。ま、ソレはさておきとりあえず」

 

 逃げ惑う男性クルーを追いかける女性クルーたちの騒乱を背後に、イネスにさりげなく近寄っていたユーリは彼女に向けて口を開いた。

 

「おかえり、ギリギリだったけど無事で本当に良かったッス」

「……ふ、ふん」

 

 恥ずかしいからなのか、そっぽを向くイネスに苦笑しつつも、仲間を取り戻したユーリたちは自分たちの家であるユピテルに戻ったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

Sideユーリ

 

 

 ふぅ、なんとかイネスを奪還する事に成功したぜ。様子から察すると後少しで喰われちゃう寸前だったみたいだな。ホント二重の意味で間に会ってよかった。仲間がコレを気に変態さんになっちゃったら目も当てられないし、俺もとってもやるせない思いで一杯になっていたことだろう。精神衛生的にも助かったんだな。イヤ、ホント。

 

 ちなみに、連れ去られたイネスをどうやって助けたのかというと、まずイネスが連れ去られた時間を逆算し、海賊船の巡航速度と照らし合わせて、早期警戒型のRVF-0(P)を展開。ユピテルの超長距離レーダーも合わせてセンサーを総動員して海賊船を探し出した。

 

 もしも海賊船が巡航速度より速い高速艦だったりしたとか、ゆっくり動いていたなら、もう少し手間取っただろうけど、今回はある意味運が良かったんだろうな。その結果、複数の海賊船を見つけたが、その中でイネスに持たせておいた携帯端末が発する反応を探り出した。

 

 ただどの艦にいるのかは解ったが、どうも持ち物を没収されていたらしく、ビーコンがある位置に生命反応はなかった。最悪殺されていることも視野に入れつつ、せめて遺体くらいは回収してやろうと、ようやく編隊行動がサマになってきた無人のVF-0達を投入した。

 

 

 そして俺達が囮となって海賊たちをひきつけている間にアクティブステルスで隠れながら先行したVF-0達によってブリッジを破壊させた。ブリッジが破壊された事で混乱状態に陥った隙に兵員輸送用ランチに飛び乗り、装甲板にVF-0が開けた穴から海賊船の中に突入した。

 

 白兵戦なら任せろーバリバリ!と乗り込んだトーロたち保安部員が、海賊船の主砲などの各兵装を無力化し、安全を確保した後接舷、ブリッジメンバーを含めたイネスを心配しているクルー…勿論俺も含むんだが…彼らと共にイネスを捜索して見つけ出したのである。

 

 そして今ユピテルのブリッジに戻る最中なのであるが―――

 

 

「あっはっは。よかったよかった。無事でなによりだねぇ」

「何言ってるんですか?貴女がこんな変な服を着せたからでしょう?」

「なーに言ってんだい?私らの迅速な対応が無かったら、アンタ貞操の危機だったんでしょ?」

 

 あー、トスカ姐さんが誰も触れない様にしてた爆弾を――というか。

 

「そ、その事には感謝してますけど!だからってどうしてボクの服はメイド服のままなんですか!ボクの服はどうしたんですか?!」

「たまたまアンタの服は全部洗われている最中でねぇ? 第一その姿だと男の服を着たら…見えちゃうよ?」

「うっ!」

 

 いまだにイネスの服はあの破けたメイド服のままである。毛布で隠している姿が痛々しい。どうやら馬鹿な連中がイネスの服を全て洗いに出したらしい。しかも全部丸洗いで戻ってくるのに2週間はかかると言うおまけ付き。犯人はおそらく、俺のすぐ後ろひそかにニヤニヤしているミドリさんだろう。今の彼女には何も言えない。

 

「ああそうそう、アンタの救出の陣頭指揮をとったのはユーリだ。ユーリに礼を言わなきゃいけないんじゃないかい?」

「んー、実はすでに礼はもらって――」

「いや艦長。トスカさんの言うとおり、艦長には感謝しきれない。だからお礼はいくら言ってもいいくらいなんだ」

 

 イネスはそう言うと俺の方に向き直った。

 

「だから、ええと…そう言う訳で、あの…ありがとう」

「わぁお」

 

 ええと、とりあえずイネスがどういう状況なのかを伝えさせて頂きますと―――

 

 どう見ても女の子にしか見えない眼鏡メイドさん(服が破けて肌露出)が、目の前で恥ずかしそうに頬を少し染めて、若干視線を外してチラチラと俺を見ながらお礼を述べてくれてます。

 

 しかもボクっ娘…うぐぅ、なんという破壊力!理性隔壁がもうもちません!――なにを考えてんだ俺は。

 

「お、おい、艦長。どうした?」

「大丈夫、いまちょっとだけときめいた自分を殺したくなっただけだから。大丈夫、答えは得たッス」

「はっ?なんで死亡フラグが立つようなセリフしゃべってるの?」

 

 唖然としてるイネス、仕方ねぇだろうが、お前さんのその姿は男には毒にしかならねェ。これは早いところイネスをマシンに放り込まなければならない。じゃないとイネス自身が危険だ。主に性的な意味で。

 

「な、何でもねぇッス。だからしばらく来るな。その姿はやばいから。誰か女性スタッフはイネスに付き添って部屋におくってやってくれッス。このままだと普通にクルーに襲われるだろうから女性の警備員も手配しておいた方が良いッス。そして何でもいいから着替えさせてやってくれッス」

「「「了解しました~!」」」

「ええ!?ちょ!離せ!離してくれ!!」

 

 そしてイネスは女性陣に引きずられて連れていかれてしまった。ドップラー効果と共に…南無。

 

 

……………………………………

 

 

……………………………

 

 

……………………

 

 

 さて、とりあえずイネスをマシンに放り込んで元の男に戻した後、彼女…もとい彼に対して性犯罪を起こそうとした二人の海賊の捕虜をマシンに放り込み、女体化した彼らを飢えた獣ども(整備班)のたむろする場所に放り込んで放置(手は出さない様に厳命)して、とりあえずの手打ちとした。

 

 ある意味彼らは悲惨だった。あの性転換マシン、どうもある程度の美化機能が付いていたらしく、不細工な野朗二人がそれなりの美女に変身したからさぁ大変。やめてと拒んでも女性クルーの手で無理やりに着替えさせられて、いわゆるゴスロリみたいなのとかイケイケなファッション(死語)な姿にされて男としての尊厳を破壊された。

 

 挙句、待機していた無駄に血走った男共が嘗め回すように彼らを観賞し、写真撮影大会にまでハッテンもとい発展したので、終わった頃には色んな意味でボロボロになっていた。何人か我慢できずルパンダイブしてきたのも堪えたのだろう。

 

 海賊二人にとっては、ある意味で因果応報なのだが、さすがに仲間内から性犯罪者を出したくないので、やらかした奴らは行為に至る前に女性陣の手で拘束され、説教を受けたのは言うまでも無い。

 

 ただ、パンツ一丁で淡々と女性陣から海賊と同じになってどうするの的な説教を受けている奴らがなんか新しい世界を開いたかのように、凄くすっきりしていたのが怖かったが…。

 

 

 まぁ兎に角、襲われる恐怖を存分に味わった二名はそのまま女性として生きてもらう事にして、どこかの星に下ろす事を決め、問題のマシンは封印措置を取って倉庫の奥に厳重に保管する事になった。

 

 本当は被害者イネス本人の希望もあって、破壊した方が良かったのだろうが、それをすると何故か女性を含む一部のクルーたちが叛乱でも起こしかねない程の気迫で反対したので、折衷案で封印という形になったのだ。どんだけ女の子好きなんだよ。あと女性クルーにも可愛い娘大好きなお姉さま方がいらっしゃったのに吃驚だよ。

 

 ちなみに海賊二人が墜ちるまでの時間は、ざっと2時間。あなおそろしや。

 

 

 それはさておき、気を取り直して何時ものメンバーでブリッジに向かった俺たち。何をするのかというと、これから海賊本拠地ファズ・マティへの強襲作戦を練る為だ。

 

 大体予想できていたが、イネスが居たフネには誘拐された少女、酒場の看板娘、見事なドリルを持つミィヤ・サキ嬢は乗っていなかった。捕虜にした海賊から事情を知る者から得た情報によると、ミィヤのほうが受けが良かったので先に送られたようなのだ。

 

 高速の巡航艦で先に向かったようなので、時間経過的にすでにメテオストームを超えたか、あるいは海賊本拠地ファズ・マティに到着している可能性が高い。彼女も助けるならこの脚でファズマティに向かわなければならなくなったのだ。

 

 イネス救出の為に彼の反応があったフネを拿捕した事で、本来到着すべきフネが一隻だけ帰ってこなかったら、何か起きたのだろうと警戒するだろう。とくにこのメテオストーム近辺はスカーバレル海賊団の庭のような場所なのだ。事故か何かで帰ってこないという風に都合よく構えてくれるわけがないのである。

 

 つまり時間が経てばたつほど、海賊たちは防備を固めてしまう。いくら強力な戦艦を保有する俺たちでも、防御を固めた陣地を正面突破するのはキツイ……ローズでのアレは、まぁ俺も未熟だったのだ!嘘です、考えなしなだけでした。

 

 

 まぁ兎に角、そうならない為にも敵の本拠地に向かい強襲を掛け、敵地に乗り込むのがいいだろうと判断した。防衛兵器とかが動く前に強襲すれば、うまくやれば浮き足立った敵の艦隊戦力を大分削げ落せるだろう。高性能なフネなので敵陣突破もできるかもしれない。

 

 一番いいのは敵の防衛線を突破して港に強制接舷する事だ、そうなれば敵は俺たちの背後に自分たちのホームを見ることになる。つまり流れ弾で本拠地が傷つくことを恐れて攻撃が散漫になる可能性が高い…、ただ稀にヒャッハーな連中もいるので傷つくことも恐れずというか何にも考えないでバカスカ撃ってくるかもしれないけど…。

 

 

 でもどちらにしろ海賊本拠地に乗り込むのは決定していた。これは中央政府から海賊掃討依頼もあるのもあるが、それよりもクルーたちが海賊に対して怒りの感情を向けているのが大きい。

 

 イネス♂がケセイヤ脅威の発明品の力でイネス♀になってしまった。これはそれほど問題ではない。この世界の医療技術は再生医療が普通にできるレベルに達しているので瞬間性転換などお手の物であったりする。なのにオカマとかニューハーフさんたちの受容は消えてないんだから人類って救い様が無いよね。

 

 とにかく問題は、だ。酔ったトスカ姐さんの悪戯に起因しているとはいえ、殆ど全てのクルーが居た宴会の席で性転換したイネスちゃんの御披露目が行われてしまった事だ。コレによりイネスは可愛い美少女クルーとして酒に酔っていた連中に認識されてしまったのである。

 

 彼には悪いが、この宴会の前でのイネスの評判は…すこぶる地味だった。ある意味空気と言ってもいい。彼自身は上から目線の線の細い眼鏡が似合う破れ短パンの美少年という…、いやまぁある意味目立つんだが、うちの濃いクルーの中では比較的平凡なほうだったのでキャラが埋もれてしまったというか。

 

 

 普段の彼は俺を含めたブリッジクルーなどのメンバーには知られていたが、その他の部署にいる一般クルーにあまり知られていなかったのである。何が言いたいのかというと、元々美少年だったイネスは美化機能まである性転換マシンの力で美少女化した所為で、お酒の力で認識力が低下していた多くのクルーには、美少女のクルーとして知られてしまったのだ。

 

 なのでクルーの多くは可愛い美少女の仲間が海賊という下種共に浚われて、挙句貞操を散らされかけたと思ってしまった。これで怒らない理由がない。そんな風に断言できるほどに海賊に対して怒りの気炎を滾らせたのである。

 

 ウチのクルーたち結構情に厚い連中が多いからなぁ。かくいう俺もたかが海賊に仲間を傷つけられて黙っていられる程、昼行灯ではないつもりだ。まぁ詰まるところ、海賊共に言える事はただ一つ、スカーバレル海賊団、てめぇらは俺らを怒らせた。

 

 

 そこに来て同じく美少女のミィヤの存在も俺たちの行動に拍車をかけている。ミィヤが女性なのですぐには殺されはしない事はわかっているが、同時に海賊に浚われた女性がどうなるかなんて、少なくとも胸糞が悪くなるような事をされるのはすぐにわかる。

 

 人類の宝である美少女が海賊の長に組み敷かれて蹂躙される? んなの許せるはずないだろ常識的に考えて。合理的じゃないし、馬鹿なのだろうといわれそうだが、そうだよ馬鹿だよ。それが俺たち0Gドッグ、宇宙航海者でアウトローなのさ。

 

 自由に生きて自由に死ぬ。そんな中でも人助けだってしちゃう。理由?人を助けるのに理由なんて要るのかよ。でっていう。

 

 ………まぁ実際のところは、俺がチキンハートだから美少女が可愛そうな眼に会うかもしれないのに、良心の呵責で寿命がマッハでピンチだったからなのだが。寂れた酒場の看板娘とはいえ、善良な娘であった事は違いない。

 

 一晩だけ語り合った仲なだけだが、一期一会という言葉もあるし、第一危ない目にあっている女の子をそのまま放り出しておくというのは男が廃るってもんだ。それに本拠地と有れば…ぐふふ。銭や、世の中銭なんやでっ!

 

 

―――そんな訳で強襲作戦の会議を始める。まずは各部署の報告からである。

 

 

「あの海賊船をくまなく探ったが何処にも一緒にさらわれた筈のミィヤの姿はなかった」

【フネのコンピュータから吸い上げたデータログによると、どうやら別のフネに乗せられたようです】

「つまり、一足早く彼女はファズ・マティへと移送されてしまったと言う事か?となると…宇宙隕石流、メテオストームを抜ける為にデフレクターの再調整が必要と言う訳だな?」

「そういう事ッスよストール。なのでサナダさん。デフレクターの再調整お願い出来るッスか?」

「ジェネレーターからのエネルギー配分をいじるだけだから問題はない。幸い海賊船から吸い出したデータを見た限り、それほど大幅な変更は必要なさそうだ。とにかく急いで作業にかかる事にするぞ」

「任せたッス。んじゃ残りの全員は戦闘準備を十全にしておいてくれッス。間違いなく戦闘になるッスからね。それじゃあ、作戦を立てていこうか?」

「「「アイアイサー」」」

 

 

 そして俺達は作戦を決め、海賊の本拠地ファズ・マティへの針路をとった。

 

 

***

 

 さて、惑星ゴッゾと人工惑星ファズ・マティがあるとされる宙域との間にはメテオストームが流れている。前になんども述べたが実際に観測できるところまで来ると、そのすごさが肌で感じられる。

 

 恒星系同士が発する重力偏重に導かれた大量の小惑星が、流れる河のような重力の嵐の中で激突したり、あるいは重力の偏りに巻き込まれ自壊したりする光景は、遠くから見ればまさに氾濫して土砂が流れる大河そのものである。

 

 西暦生まれの常識で考えれば、あの流れに突入することは死を意味するだろう。全長1kmをゆうに超える俺たちの旗艦よりも大きい、むしろ十数倍はあるような岩石がところどころ渦を巻いているような光景を見たら、突入した途端フードプロセッサーに掛けられた携帯電話見たく粉々に粉砕される事請け合いだ。

 

 さすがに自殺する趣味はないから粉砕されるのは遠慮したいところである。 

 

「おお、コレがメテオストーム」

「すさまじくダイナミックだなオイ」

「こりゃ確かにデフレクター無しで突っ込むのは自殺行為だな」

「むしろデフレクターありでも不安になる光景ッスね」

 

 空間スクリーンに投影された目の前の光景に思わずそうぼやく。俺のフネのクルーたちの多くも始めて見る、この宇宙の超自然が作り上げた光景に一時見入っていた。俺なんてぽかんとアホみたいに口をおっぴろげてしまう程の光景だ。

 

 重力偏重の余波で重力波の所為でユピテルが揺らされて、それがマジで荒れ狂う河の音みたく聞こえてくるのだから感動もひとしおである。というかどうやって俺たちよりも貧弱な装備を持つ海賊船がここを突破していったのだろう?

 

「ねぇ?何でだと思うッスか?トスカさん」

「私等が知らないルートか、一時的に弱くなるタイミングでもあるんじゃないのかい?」

「うーん、この流れが弱くなるなんて……数千年は無理っぽいんじゃないッス?」

「それもそうだねぇ…そうだサナダ。どう思う?」

 

 最初こそ思考して見せたがすぐに科学班班長のサナダさんに話題を放り投げるトスカ姐さん。なんとなく振った話題だけど無茶振りだったようだ。確かに餅は餅屋に任せるのが正論だ。

 

「その通り。メテオストームは重力偏重によって蛇行こそするものの、その本質は恒星間を漂うデブリ帯が描く軌道とおなじものだ。つまり」

「「つまり?」」

「この流れを止めるのは、現状の我々では不可能に近い。不規則軌道だが基本的には一定の座標へと流れるこれは近隣の恒星でも爆破しないと難しいな」

 

 だが太陽を破壊するのは今の技術じゃほぼ無理と締めくくるサナダさん。流石はその道のプロ、殆ど逡巡せずに俺達の疑問に答えてくれた。何故、話がメテオストームを止めるという壮大なスケールに発展しちゃったのかをちょっと突っ込みたいが、俺はあえて突っ込まない。

 とりあえず解ったのは常に一定の座標に向かって流れているという事くらいか。

 

「突入するかい?それとも迂回する?」

「安全を考えるなら後者。でも、そうなると看板娘さんに危害を加えられる可能性が挙がるんじゃないッスか?」

「だろうね。アンタはそれでもやるのかい?」

「当然。人を助けるのに理由なんて要らないッス。いるのは熱いハートと心意気だけ!大体少数で攻め入るのにコレくらい出来なきゃねぇ?」

「ま、デフレクターが強力だから大丈夫だとは思うけどね」

 

 それにしても間近でみたメテオストリームはすごい大きいな。これもし迂回したらユピテルの全速でも数週間はかかってしまうだろう。宇宙の自然ってのはマジでダイナミックだなオイ!

 

―――さて、驚愕タイムはここまでだ。

 

「ミューズさん、サナダさん」

「このフネ…すでにグラビティウェルの出力調整は…終っているわ」

「クルクスもアバリスも限界出力で動かしても大丈夫だ」

「トクガワさん」

「エンジンはご機嫌。いつでもいけますぞ」

「しからば…デフレクター出力最大!メテオストームを突破するッス!総員警戒態勢!」

「「「アイサー」」」

『総員警戒態勢が発動されました、繰り返します。総員警戒態勢―――』

 

 重力偏重の河を越えると言う事で、艦内があわただしくなる。海賊たちが突破しているんだからウチのクルーに出来ない訳が無い…筈だ。

 

「よし、それじゃあ目の前のメテオストームに向かって―――」

「わたるだけなら難しくもなんとも無いぞ艦長」

「――その話くわしくサナダさん」

 

 全速前進DAっっ!と、どこぞの社長ばりに言おうとしたのだが、サナダさんの言葉に取りやめる。くそ、出鼻を挫かれた感がぱないぜ。

 

 分析や調査を得意とする科学班の班長らしく、彼の指摘は的を得たものだった。簡単に説明すると直進して無理に突っ切るのではなく、常に一定の方向に流れる星々の流れに身を任せて突入という方法だ。

 

 まっすぐ突入できれば最短距離だが、真横から降り注ぐ音速の数十倍の速さの物体が容赦なく降り注いでしまうので、デフレクターを積んでいても素人にはお勧めできない。宇宙では物体は停止することがなく常に流れているが故の相対速度の所為だ。

 

 だが、ソレならば少し上流から流れに沿って斜めに突入すればどうだろう?降り注ぐはずの岩石や小惑星は殆ど止まって、あるいは非常にゆっくりとしたものに見えるだろうとはサナダさんの言である。

 

 ただし、一部白熱化したガスの影響でセンサーの効きが悪く、流れ内部の重力偏重がどうなっているのか予測できないから注意は必要との事。だが迂回よりも早く、直進よりも確実に通過できるとなれば、この方法を採用するしか道はない。

 

 実のところ、さすがに直進はヤバイかなァと俺の勘も告げていた。だって下手すればウチのフネの数十倍はある小惑星がぶっ飛んでくるんだぞ? プラ○テスみた人ならわかるだろうが、天体とかデブリの衝突怖いのです。

 

 どうも急がないといけないと無意識に急かされていたらしく、その考えに至らないとはね…。

 

「メテオストームの重力偏重影響圏内まで、あと20宇宙キロ」

「各艦デフレクター最大出力、臨界作動開始!最大戦速っ!」

 

 サナダさんの提案を受けてメテオストームの範囲外から流れを溯り、河で言うところの上流に到達した後、機関出力を上げデフレクターを作動させた。近くに居る工作艦アバリスを見ると、フネを全て囲む程の楕円球型シールドが発生しているのが見て取れた。可視化できるほど高密度の歪曲場を発生させているのだ。

 

 おそらくこのフネも遠めで見れば同じような感じになったはずだ。この楕円の防御シールドが俺たちの生命線である。そして全ての艦がデフレクターを展開したのを確認してからブリッジエフェクトではない通常空間でだせる最大まで加速する。加速させた艦隊をメテオストリームの流れに逆らわないように流れに沿って斜めに突入させるためだ。

 

 先頭を旗艦ユピテル、次に工廠艦アバリス、駆逐艦クルクスと単縦陣を取り、一列に並ばせてから川の流れに沿って直進させた。

 

【間もなく、河に突入します】

「総員、耐ショック防御!」

 

 そしてフネが河へと突入する。途端かなりの振動が襲い掛かる!

隕石、隕鉄等のデブリがデフレクターと接触したのだ。

 

「ぐわっ!スゲェ揺れ!」

「はっは、バラバラになりそうな勢いだね」

「不吉な事言わんといてください!トスカさん!」

「おっと、これはすまないね」

 

 入った途端デフレクターに激突するデブリの衝撃波がフネを揺さぶるように振動させている。流れに逆らわないように斜めに突入したが、それでもかなり危険な事なのは変わらないようだ。

 

 コリャ本当にデフレクターを装備していないような普通のフネならひとたまりもない。考えてみればユピテルとアバリスは巨大なフネだから、デフレクターと接触する岩石の量も増えるのだ。ストームから抜けるのが先か、デフレクターのシールドジェネレーターがイカレるのが先かのチキンレースである。参加したくないけど…。

 

【デフレクター出力、4000±100で安定、船体の振動はグリーンエリア内】

「外は重力偏重の嵐だな。部分的な空間空洞や時空のゆがみも起こっていそうだ。デフレクター付きの重観測機があれば精密な調査が出来るのだが…」

「あ、そんな高価なモン買わないッスよ?」

「スキャナーのデータだけで満足しておくよ」

 

 結構本能的にヤバイと叫びたくなる振動でストレスがヤバイなかでも、マッドサイエンティストな一面を持つサナダさんは、どちらかといえば目に喜色の光を宿してぼやいていた。流石は我らのマッド、そこにしびれるあこがれる。

 

 眼を外部モニターに向ける。モニターが映す光景は非常にゆっくりとした動きで小惑星がぶつかり合って破裂し、岩塊を撒き散らしたかと思うと、飛び散ったその岩塊が更にまた別の小惑星に激突してというループが繰り返されている。それにより細かくなった岩石の粉末や発生するガスの所為で光学映像の殆どは遠くまで観測できない。

 

 フネの眼であり耳であるレーダーもセンサーも、この岩塊の嵐の中ではあまり機能していないらしく、非常に近距離しか感知することができなかった。だからだろうか?突入してから艦内時間ではまだ3分も経って無いのに手に汗が噴き出してくる。内心いつデフレクターが抜かれるんじゃないかと超怖い。

 

「あと少しでメテオストームを越えます」

 

 オペレーターのミドリさんが上げる報告に、少しだけ力が篭っていたコブシをニギニギする。もうすぐ抜けるという報告を受けてちょっと安心した。

 

 その時であった―――

 

【――警告!本艦の軌道と交差する大型小惑星の接近を確認!!】

 

 ユピが警告を発して空間スクリーンに投影したのは、大きさが約十数kmに及びそうな大きな氷の塊だった。重力偏重によって渦巻くガスの向こう側から、渦を粉砕して此方に飛んできたもので、ガスに阻まれていた為に感知が遅れたのである。

 

 その大きさだけでもこちらの10倍、それがこっち目掛けてすごい速度で迫ってきているなんて怖すぎるっ!この緊急事態を前に慌てた俺は、大きな声で指示をまくし立てた。

 

「転舵!おも舵50!緊急回避急げッス!」

「アイアイ――クソッ!周りの岩塊の所為で身動きがとれねぇぞ!」

「軌道変更できません。衝突コース変わらず。接触まであと少し」

 

 俺の指示でユピテルは慌てて舵を切るが、重力偏重の所為で上手く動かせない。しかし氷塊はドンドン近づいてくる!どうする?!どうすんの俺!

 

「つ、続きはウェブで!」

「なにワケの解らん事言ってんだい!しゃんとしな!」

 

 混乱のあまりデンパを受信して変な事を口走ったが、トスカ姐さんの叱責で我に返り、ついでに自らを奮い立たせる。こういう時、名立たる宇宙戦艦の艦長たちはどうしたか?お願いします沖田艦長教えてください!!どうすればいいんですっ!?

 

(――波○砲、発射用意!)

 

 何故かあの有名宇宙戦艦アニメの完結編劇場版でのワンシーンが浮かんだ。

 ○動砲?そんな強力な火器があれば確かに小惑星くらい吹き飛ばせるだろうさ。あれ初期の段階でオーストラリア大陸規模の浮遊大陸吹き飛ばしていたし、六連発になったり拡散収束お手の物だったしな。ゲーム版含めるともっと種類あるしね。

 

 残念ながらこのフネにあの兵器に匹敵する武装はない―――いや待てよ?

 

「…そうだっ!ストール!火器管制を開け!シェキナ起動ッス!」

 

 ティンと来た。防げないし回避できないが、砕くなら出来るんじゃないか?というか、これでダメなら俺の冒険はここでおわってしまったー!になるぞオイッッ!!

 

「シェキナを使うだって正気か?!」

「回避も防御も出来ないなら砕くか逸らすしかないッスよ!ホーミングレーザーの収束砲撃なら―――」

「まって艦長…。出力を上げたデフレクターを展開しているから…重力レンズを展開してのホーミングに…支障が出てる…」

「ミューズの言うとおりだ。撃っても出力を強化デフレクターが重力レンズと干渉しあう。それと今ホーミングレーザーを放つとジェネレーターのキャパシティを越えるぞ。エネルギー不足でデフレクターの出力が低下してしまう」

 

 う、ならどうすれば…。

 

「なら、一時的にデフレクターを通常出力まで落とすしかないね。それなら撃てるんだろうミューズ?」

「うん…、あくまで出力強化したデフレクターの重力フィールドが…重力レンズに干渉するから…」

「副長、そうなると小さなデブリや小惑星は防ぎきれんぞ」

「この程度のアクシデントなら私が宇宙で旅してた時に経験済みだよサナダ。それに大丈夫、このフネなら一時的にデフレクターが切れても耐えられるよ。私が保証するさ」

「ふむ。彼女のいう事に科学的根拠などないが…」

「が?」

「実際、俺もそう思うな。ユピテルはいいフネだ」

【照れますねェ】

「という訳でユーリ艦長の案で決まりですね。ではどうしますか艦長?」

 

 ミドリさんが最後を締め、ブリッジ全員の目が俺に集中する。どうするか?どうするかなんて決まってるさ。

 

「かまわん!周囲の小惑星ごと粉砕せよっ!」

「「アイアイサー!」」

 

 こうして各自が動き出し、ブリッジの中が慌しくなる。

 

「トクガワさん!ジェネレーターのリミッターを開放ッス!サナダさんは岩石をスキャンしてどこが一番脆いかを解析してストールに指示してくれッス!あとケセイヤはダメコン班と待機!」

「「了解」じゃ」

『あいよっ!待つぜー!船体に穴が空いてもすぐに直してやるぜ!』

「ミドリさんは艦内放送で注意喚起、吸い出されないように装甲板近くは減圧しといてくれッス。エコーは探知できるだけのデブリを近い順にマーク、ユピの自動迎撃と連動させて迎撃してくれ。ミューズさんはグラビティ・ウェルを宥めすかして」

「わかりました」

「了ー解ー!」

「この子は…とってもいい子だから…大丈夫、よ」

「リーフは姿勢制御してフネを安定させてくれッス!」

「あいよ!」

「あとストール!聞いたとおりッス!合図の後に撃って撃って、撃ちまくれッス!」

「任せろ!あんだけデカイんだ!撃てばあたるぜ!」

 

 とにかく矢継ぎ早に指示を飛ばした。こうしている間にも三次元レーダーが表示されている3Dホログラムモニターに写るユピテル目掛けて、あのデカイ小惑星を表すグリッドがドンドン迫ってきているのだ。 

 

 一番正確な情報があつまるブリッジに勤務し、各部署を統括しているブリッジクルーたちの表情もどことなく硬い。回避不可能な小惑星の接近は怖いもの知らずなアウトロー共ですら震え上がらせていた。出来る事ならば、すぐにでも脱出ポッドに駆け込んでこのフネから逃げだしたいのだろう。

 

 まぁ、この重力偏重の大河、メテオストームの中に大した重力井戸装置も搭載していない脱出ポッドで飛び込むのは、樽に入ってナイアガラの滝から落ちるよりも悲惨なことになること請け合いだけどな。しめやかに爆発四散するだろう。間違いない。

 

 各言う俺も脚がガクガクブルブルと震えていたりする。幸いな事に俺がいる艦長席はコンソールに深く足を入れれば下半身が隠れて見えないので、周囲に悟られる事はないだろう。艦長たるもの、指揮官である以上は部下に弱気なところを見せる事は許されないのだ。特にこういう状況では取り乱す=艦隊壊滅だと通信教育の教材に載っていた。

 

 俺は上半身だけは絶対に揺るがせないように気を貼り、泰山の如く椅子の上に腰掛けているように見せかける。俺は山だ。動かざること山の如し、艦長は決してうろたえず揺るがない…という風に見せかける。艦長職も大変なんだぞこれ。

 

「アバリスに砲撃要請ッス!氷塊の弱点を探る!」

【了解です!】

 

 そんな努力もさることながらもこのフネを生かすために全力を尽くしていた。まずは本艦の背後に控えていたアバリスを動かして砲撃を行わせた。工廠艦とはいえユピテルに乗り換える前の旗艦であり、その凶悪なまでの火力は健在だ。

 

 彼女の大型軸線レーザー砲と両舷のリフレクションレーザー砲が火を噴き、甲板にせり上がったガトリングレーザーキャノンが雨あられのような弾幕を形成する。まさに一斉砲撃、元旗艦の意地を見せた攻撃だった。

 

 たとえ、ガトリングレーザーキャノンの散布界が広すぎて、周辺に漂う関係ない小惑星を爆発四散させ、それが大量のデブリ片を生み、俺たちに襲い掛かるという、ある種のケスラーシンドロームみたいな状態になっていたとしても…。ガトリングはやめさせとけばよかったorz

 

【デフレクターへの負荷20パーセント増大、ですが許容範囲内】

「装甲ハッチ開放、ホーミングレーザー砲シェキナの展開完了、エネルギー充填まで後60秒です」

「デフレクターに沿って…重力レンズ展開…いけるわ」

【小惑星、本艦到達まで後70秒!】

「撃てストールっ!」

「ぽちっとな!」

「シェキナ発射、総員耐ショック防御」

 

 だが、おかげで時間を稼ぐことは出来た。ストールがコンソールを叩いた。通常の出力を超えたエネルギーを流し込まれたレーザー発振体がフィラメント最後の輝きを発するかの如く、そのエネルギーを外部に放出した。

 

 直後、ユピテルは尋常じゃない程の振動に襲われた。これはリミッターを外されたジェネレーターのエネルギーを直結された発振体が、そのエネルギーに耐え切れず自壊してしまい、ホーミングレーザー砲列を巻き込んで爆発を起こしたからだ。

 

「シェキナのレーザー発振体に損傷発生、砲列群の4割が使用不能です」

 

 こんな中でも冷静なオペレーターミドリの声が木霊するが、隔壁を通じて響く爆発音とコンソールのダメージ警報がけたたましく鳴り響いて五月蝿い。この爆発で両舷とも少なくないダメージを負っただろう。ホーミングレーザー砲は自作兵器なので通商管理局のメンテナンス対応外、修理費が嵩む事が予想されて頭いたいある。

 

 だが自壊するレベルで稼動させたお陰で、ホーミングレーザー・シェキナは通常の数倍の太さを保ったまま直進。ユピテルが展開しているデフレクターの内面に沿って展開された重力レンズにより偏向、曲射された。

 

 それはあたかもデフレクター自体を重力レンズとした様な状態になり、巨大重力レンズで艦首方向に収束され、指定された方向へと進む指向性エネルギーとなった極太のレーザーが濁流となって目標へと襲い掛かった。

 

 収束した事で威力が乗算的に増大したレーザーが氷の一点にブチ当たる。ほんの一瞬、表面を溶解させてガスを吹く出したが、直後氷塊は強烈な爆発が起きたのを観測した。 直進するレーザーが表面を融解しながら貫通し、内部の氷を急激に溶かしてプラズマかまで引き起こした結果、盛大な水蒸気爆発を引き起こしたのだ。

 

 爆発のお陰か氷塊に亀裂が走ったかと思うと凄まじい勢いではじけ飛ぶッ!思っていたよりも激しい爆発により氷塊はアイスピックで穿いたかのように真っ二つに割れていく。眼の前で巨大な氷が分解していく様は見ていて気持ちいいスケールである。

 

 二つに裂けた氷塊小惑星は水蒸気爆発の衝撃で軌道が狂い、命中コースを大きく外れて本艦後方へと通過していく。直撃だけは避けられたので安堵の溜め息を吐き出した。

 

「隕氷破壊成功」

「「「よっしゃぁあーー!!」」」

「ですが破片が広範囲に拡散、接近中です」

「「「やっべぇーーー!!」」」

 

 そうミドリさんが言うが早いか、外部モニターに映る最初より随分と薄くなったデフレクターに波紋が走ったのが見えた。ミドリさんが言っていた破片とはこれの事だろう。小さな破片…と言っても軽自動車くらいの大きさなんだが、それらが大量にデフレクターに突き刺さってるじゃねぇか。

 

 これは通常なら問題ないんだろうけど、先ほどからデフレクターの調子がおかしいと機器が警報を鳴らしている。というかシェキナをリミッター解除で使った影響かね?展開しているデフレクターが揺らいでるように見えるんですけど?

 

【過負荷とエネルギー不足でシールドジェネレーターが緊急停止(スクラム)。予備システムで動いていますがデフレクター出力が1300±100まで低下っ。低出力展開ではデブリ破片を防ぎきれません】

 

 ユピが告げるデフレクターの現状に思わず頭を抱えたくなる。これは復旧を急がないと拙い。防御システムがない状況でメテオストームの中にいるなんて自殺行為だ。裸で銃弾の弾幕の中を歩くようなモンである。

 

 ふざける暇もなく今度はへそを曲げたデフレクターをなんとか再起動させるべく、ケセイヤと愉快なダメコン班を急いで現場に向かうように指示を下した。だが直後にユピテルに衝撃が走る。

 

「ぐおっと!?」

「おわっ!?」

「艦首、装甲板に氷塊が着弾。損傷軽微なれど損害不明、現在確認中」

 

 崩壊した氷塊の一部が恐ろしい速度を保ったままユピテルに接近し、デフレクターの揺らぎにより一瞬できた無防備な隙間を通過した破片が艦首に命中した。その衝撃が彼女の全区画を襲う。外部カメラが自動で命中箇所を写し、損害箇所を確認すると、空間モニターに写った装甲板は…思っていたよりもダメージはない。

 

 これがプラ○テスなら問答無用でフネがバラバラになるような威力がある筈だ。実際飛び込んできた岩塊や氷塊は音速をはるかに超えている。それでも被害が少ないのはこのフネが俺のいた時代よりもはるかに未来の技術で造られていたというのもあるだろうが、それ以上にこのフネ自体が完全なる戦闘艦として建造されていたからだろう。

 

 ミサイルや空間魚雷などは、この降り注ぐ弾丸のようなデブリ嵐よりもはるかに速い速度で装甲板に突き刺さるのだから、この程度の質量と速度では外装部に少々へこみが出来る程度なのかもしれない。

 

 みらいのかがくってすっげー!

 

「艦長、外部に露出しているセンサー類に損害が発生しています。感知能力23パーセント低下。これ以上は飛来物の補足が困難になります」

「だけどユーリ。デフレクターを先に復旧させないと拙いよ」

「そっスねトスカさん。じゃあダメコン班を二班に分けて―――」

 

 現在デフレクターに向かっているダメコン班に指示を出そうとしたその時だった。再び艦が大きく揺れた。その所為で椅子から投げ出されそうになるのを必死でこらえる。

 

「今度はなんスかっ!?」

「重力偏重の変化により引き起こされた突発的な重力波がぶつかりました。センサー類の損害により発生を探知出来なかった模様です」

「まるでシェイカーに突っ込まれた気分だったッス」

「いたた、おかげで尻餅ついちまったよ」

 

 揺れた影響で後ろに控えていたトスカ姐さんも尻もちをついてしまったらしい。おしい、もしも揺れたときに後ろに眼をやっていたら、某相当閣下の如くオッパイプルンプルン!と叫んでいたというのに!

 

「おおトスカさん大丈夫ッスか?痛くないように撫でますか?」

「鼻息荒くしながらは減点だね。金取るよ?」

「お幾らでしょうか?」

「ちょっ、バカ!本気にするんじゃないよ!」

【……艦長、分離した氷塊小惑星が今の重力変調により互いに接触しました。氷床爆裂により氷片が大量に発生。数は――計測できません】

 

 場を和ませようと漫才していたら、どんどん状況が悪化していく、不思議。あとユピの電子音声が若干トーンが低いような気がするのは気のせいだろう。

 

 外部モニターに眼をやると真っ二つにした筈の氷塊が、お互いの硬い身体を容赦なく叩きつけ、雪崩にも似た青白い雲を巻き起こしていた。雲に見えるそれは細かく弾けた氷塊の粒である。それが接触面から円盤状に周囲に放出されている。それはまさしく雪崩だった。宇宙空間に起きた雪崩は音速を超えた速度で周囲に拡散していく。

 

 

 そして、その拡散範囲方向には運悪く俺たちの艦隊があった。巻き起こった氷の雪崩は周囲のデブリを巻き込んで広がっていく。これは非常に拙いだろう。ユピテル本来のデフレクター出力があれば耐えられる。

 

 だが出力低下で通常時よりも防御力が低下したデフレクターしかないこのフネは、いわば丸腰の状態だ……やべェ、ふざけてる場合じゃねェや。

 

 

【氷塊、円盤状に拡散、本艦隊到達までのこり20秒です】

「シェキナ以外の全武装にエネルギーを回すッス。アバリスを先頭に単縦陣をとりこの宙域を即座に離脱する――機関出力最大!最大船速!巻き込まれたくなかったら急げーーーっっっ!!!」

 

 なんというか、運が悪いな。海賊船だって通れるルートの筈なのにどうしてこうも不運が続くのだ。今日は厄日だったのかなぁ?

 

 とにかく迫る氷を出来るだけ回避しないとマズイ。幸い迫る氷はミサイル等とは違い誘導性とかは無い上、距離が開けば開くほど感覚が広がるから回避がしやすくなるはず!

そう考えて現宙域からの離脱を急がせた。主機の出力が上昇し、出せるだけのスピードでこの場を離脱しようとした。そう指示を出したのが、実はほんの少し遅すぎたと気が付くのは、すぐの事だった。  

 

【最後尾クルクスに氷塊接触!デフレクターシステムダウンしました!】

「航法システムにも異常発生、艦隊より脱落します」

 

 かくも現実は非情なのか…。

 艦隊の後方に位置し、殿についていたクルクスに、拡散した氷塊の中でも加速がついた早い奴の一部が完全に直撃してしまったのだ。クルクスを護っていた楕円状の防護壁を突き破り、高速で飛来した氷塊は彼女の装甲板を段ボール紙みたくへし折ってしまう。

 

 もともと武装輸送船を改造したジュノー級駆逐艦の親戚みたいなアルク級駆逐艦であるクルクス。モノコック機構を採用したことでジュノー級よりかはマシになったが正規の駆逐艦よりも性能が低い彼女では、このメテオストームの世界は厳しすぎたのだ。

 

 デフレクターが破られた程度ならまだ何とかなったが、氷塊は彼女のバイタルエリアにまで影響を及ぼしてしまったらしい。後方を映すビューモニターには推力が失われ半ば惰性で動いているクルクスが見える。俺が宇宙に出てから初めての旗艦であり、艦長として様々な事を学んだフネが大破して今にも轟沈しそうになっていた。

 

「あれは、もう助けられないッス…無念」

 

 思わず漏れた諦めの呟きに、クルー達は皆首を振った。理解してはいる。予想以上のアクシデントでデフレクターが安定しない本艦の力では迫る宇宙雪崩の中、クルクスを助け出す事は出来ないのだと。

 

 俺を含めブリッジクルーは全員クルクスの方を見つめていた。ここにいるブリッジクルーのほとんどが一度は乗り込み、俺ことユーリという人間が指揮する最初のフネを経験したフネだ。

 

 あ、すぐにアバリスに乗り換えたから実質乗り込んだ時間は短いとかいう突っ込みは無しだ。とにかく、もう手遅れだって解かる。理解できてしまうから何とも切ない。助けられるなら助けたいが、クルー全員の命とフネを天秤にかける事などできない。だから諦めるしかないのだ。そう言い聞かせる自分がやるせない…そんな感じであった。

 

「自動航法装置応答なし、制御用簡易AIも沈黙。クルクス、完全に操舵不能です」

 

 こちらの手を完全に離れたクルクスはもはや漂う事しかできなかった。デフレクターユニットへの負荷ダメージがフィードバックした事で内部からいくつも爆発が起きているらしく、完全に大破に追い込まれていた。轟沈しなかったのが不思議なくらいだ。

 

 主機も補機ももはやほとんど機能しておらず、噴射口から断続的に吐き出される噴射炎が、まるで息も絶え絶えであるかのように見えてならない。噴射制御されていないので、彼女の行き先を決めるのは慣性の力のみ。

 

 小規模な爆発を繰り返すクルクスであったが、その中でも比較的大きな爆発が起こる。右舷側の艦首で起きた爆発。それにより姿勢制御が死んでいるクルクスはその場で回転していく。

 

 やがて速度が落ちた彼女は、こちらに背を向けるようにして停止した。加速し続けるこちらと違い推進力を失っている為にどんどん引き離されていく。だが、それはまるでここは私に任せろと言っているように見えて…。

 

「…先に行けって、そんな感じがする」

 

 誰が呟いたかは解からないが、俺もそんな気がした。クルクスは完全に推力を失っていたが、不思議な事に重力変調により揺さぶられずにその場にとどまっていた。四方八方から飛来する重力変調の波、それが上手い事相殺される事があり、その状態の空間におさまれば揺さぶられる事はないという。クルクスはその小さな身体で偶然その空間におさまっていたのだ。

 

 こうして動きを完全に停止したクルクスは、すぐに追い付いてきた氷塊の流れへと飛び込んだ。俺はクルクスが壁のようにして迫る氷塊に飛び込む瞬間、彼女の航海灯が光ったような気がしたが、彼女自体が氷塊に呑み込まれて見えなくなってしまう。

 

 そして――――

 

「……インフラトン粒子反応が拡散。クルクス、爆散しました」

 

 クルクスはダークマターに返っていった。呑み込まれてからしばらくして、完全には停止していなかった主機、インフラトンインヴァイターが暴走して爆発。普段海賊狩りで見慣れていた筈のそれは、爆発に巻き込まれた氷塊を押しのけて咲いた蒼い粒子がきらめく大きな華となり、艦隊に迫る多くの氷塊のほとんどの軌道をズラしてみせた。

 

 俺は…いやさブリッジでクルクスの最後を見ていた誰もが呆然とその華を見つめた。まるでクルクスが最後の力を振り絞り、いまだデフレクターが復旧しないユピテルを護ろうとしてくれたように見えたのだ。物には、魂が宿るという。もしもそうなのだとすれば、クルクスに最後に起きたこれらは単なる偶然なのだろうか?

 

「……クルクスの最後の華。見せてもらったッス。各艦離脱を急げ」

「「「……アイサー」」」

 

 こうして、少なくない犠牲を強いられた俺たちは、急ぎ足でこの宙域を離脱していく。海賊が無傷で出来るような事を出来なかったのは癪だが、これは経験がなかった上に慢心があったのだと心に刻もう。

 

 あと不甲斐なく僚艦を失った俺は自分への怒りを覚えたが、同時にその怒りはこんな変な環境を超えないといけないところに拠点を持つ海賊たちに向いたのは言うまでもない。見ていろ海賊共、仲間に加えた危害、美少女看板娘を浚った事、それらの罪はどれくらいの重さなのか、自分で天秤でも使って清算させてやる。

 徹底的にぶっ壊して…てめぇらのため込んだ資材もいただくぜ!――あれ?なんかおかしいような………まぁいいか。

 

 こうして三隻いた艦隊が二隻だけとなり、若干の寂しさを覚えつつも、俺は最後に外部モニターに向かって声も出さず口だけを動かした。さようなら、クルクス…。少々騒がしいところだが、退屈はしないだろう。だから静かに眠ってくれ。

 

 




※いやほんと遅くなって申し訳ありません。

 いろいろあって職場が変わったりといろいろあり、おまけにぜんそくの発作が…。
 言い訳なんだけど時間が取れなかったのも事実、精進したいですね。

 それではまた次回にノシ

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