何時の間にか無限航路   作:QOL

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こちらは同時投稿の二番目です。

ひとつ前が最新の投稿となっております。


~何時の間にか無限航路・第17 話、エルメッツァ中央編~

■エルメッツァ編・第十七章■

 

 

「敵編隊、攻撃隊を突破。進路上に展開した迎撃のエステ隊と接触するまであと10分です」

【撃墜判定を受けた機を迂回ルートで帰投させます……うぅ、信じられません】

 

 

 さて、トランプ隊にケンカ……もとい、模擬戦を申し込まれた訳だが、開幕から僅かな時間でVF隊が展開していた迎撃ラインが突破されてしまった。あれらトランプ隊が通過しただけで撃墜判定を食らった機体は、何とVFだけで計20機を越えていた。最初の接触の時に10機、その後通過する時にさらに10機食われたのである。

 

 というか普通、自分達の八倍もの敵が放った対空弾幕に躊躇なく突っ込むか? あいつら完全にいかれてやがる。まるで攻撃隊の放った弾幕が“どういう風に放たれて”その火線が“どこを通過するのか”まで理解しているみたいだ。

 

 連中はまだ一機も撃墜判定を食らってはいない。それどころか小破すら喰らっていなかった。これじゃあ、もはや変態の領域じゃねぇか。変態の編隊…こわすぎる。

 

「……ええい、トランプ隊の傭兵は化け物か」

 

 だから思わず某真っ赤な人に肖って、つい口走っちゃうんだ。真面目な場面で何バカなことを思い浮かべてんだろうね。集中しなきゃ集中。

 

「ユーリ。アホなこと言ってないで早く指示をだしな」

「さーせん」

 

 そして俺の阿呆な呟きを聞きつけて、トスカ姐さんから注意ひとつ……はて? トスカ姐さんはこの世界の人間だから、ネタ関連の発言は知らない筈なんだが……、いやまぁ戦闘中なのに集中していない俺が悪いんですがね。あれかなー、模擬戦だと調子が出ないのかしらん?

 

 しかし補充が効くとはいえ20機も食われるなんて……もしこれが実戦ならここ一番の被害だろう。何せなぁ、ゲームでは消耗品扱いの艦載機だが、現実ではそんな投げ捨てるように使えないんだよな。おまけに整備的な意味で金がかかるし。本当の敵はゲームでも現実でも金策とか……嫌な世界だぜ。

 

 とりあえず撃墜判定された機は下がらせたが、すでにトランプ隊は攻撃隊を振り切り、後続のエステ隊の近くまで迫っていた。接触は時間の問題であるが、ただぶつけてもさっきと同じような展開になりそうな気がした。

 

「さぁて、どうしたもんスかね」

「ほっほ、これまた面白いことになっておりますな」

 

 如何すべきか困った俺が頭を掻きながらつぶやいたその時、背後に気配が!

 

「あ、ルーさんとウォルくん、ちわっす。散歩ッスか?」

「こ、こんにちは」

「うむ。正確にはブリッジの近くを歩いておったら模擬戦が始まって隔壁が下りてしまっての。暇つぶしに様子を見に来たのじゃよ」

 

 

 そこに居たのは伝説の軍師とその弟子であった。客分扱いの二人は割り当てられた仕事がないので、よく艦内を徘徊して回っていた。そんな彼らには、最重要区画以外ほとんどの場所に立ち入ってもいいように許可を出してあったりする。

 

 理由はウォル少年だ。彼は将来大物になることがわかっているので、経験値を稼ぐ意味で艦内の見学を許可しているのである。そんな訳で彼らはブリッジにもたまにやってきて雑談をしたりするので、今回もそうしようとしていたのだろう。まぁいきなり模擬戦が始まるとか誰だって思わないもんなぁ。

 

「おー、ある意味ちょうどいいところに来たッス。なんかいい知恵ないッスか?」

 

 偶然とはいえ軍師と軍師の卵が来ているのだ。彼らを利用しない手はあるまい。俺は二人をすぐ近くにくるように招きよせ、二人に状況が解るようにホログラムの空間モニターのサブウィンドウを二人に飛ばして戦術情報を渡してみた。

 

 行き成りで戸惑ったものの、飛ばしたウィンドウを受け取った途端、真剣にデータを読んでいくあたり、職業病だなぁと思わされる。時間にして数分にも満たなかったが、それだけの時間で情報を読み終えたのだろう。眼を通していたウィンドウから同時に顔を上げる二人。

 

「いやはや、なんとも。また随分な手練れと当たりましたな」

「そうっスよねぇ。無人機とはいえアレだけの数相手に無傷で突破とか信じらんないッスよ」

「いや、別段驚くようなことでもありませんぞ?」

「ほえ?」

 

 渡り歩いてきた戦場ではよく見ましたからなというルーの言い分に、思わず変な声で返事を返す俺。そんな俺を尻目にロマンスグレーの顎鬚を撫でながらルーは言葉をつづけた。

 

「いいですかな? 無人機はAIプログラムにより運行されます。そしてそれらは決してフレンドリーファイアをしないように基本設定されている場合が多いのです」

「あ、そうか。懐に飛び込んじゃえば」

「お察しの通り。味方識別の都合上。自機の攻撃範囲に入る味方を攻撃しないようにプログラムが走ります。まぁ、そういったのを無視するデストロイモード、いわゆる特別攻撃プログラムは起動していないのじゃろう?」

【はい、そのプログラムを起動させるには上位命令からの許可が必要です】

「それが突破された原因でしょうな。それと彼らの腕も実際良い腕です。分かっていても至近距離まで近づくにはそれなりの腕がいる」

「なんとも……、無人機の弱点がまた一つッスね」

 

 

 俺が知っていた無人機の弱点は、制御する機体数が増加すると、それだけ統括しているAI……すなわちユピに負荷が掛かり、編隊制御が甘くなったり戦術プロトコルに不備が生じて戦術の乱数比率の低下を招いて動きが単調になってしまうことだった。

 

 だが言われてみれば、いくら高性能な乱数を埋め込んだとしても基礎システムは予め組まれた戦術プロトコルに従っているのだし、人間パイロットのような柔軟性を持たない無人機は味方識別を無視するコードを使用しない限りは誤射しないように動く。

 

 つまり多数の可能性を持つ単一の行動を取るのは当然だったか。なんて基本的なミスだろう。 ん? でも待てよ…?

 

「でも、連中。こっちが無人機であることは知らない筈ッスよ?」

「ふむ……ウィルや。お前はどうおもう?」

 

 ここまで話しながら、ルーのじっさまは髭を撫でながら、今度は後ろに控えていたウォルくんに話を振った。いきなり話を振られて困惑したように見えたが、ウォルくんはすぐに思案顔になり自分の考えを口にする。どうやらこういうことは良くやられるらしいな。

 

「え? は、はい……多分ですけど……その、無人機か有人機の違いを、驚きを利用して見分けようとしたんじゃないかと」

「うーん?」

 

 どゆこと?

 

「ですから、もしも艦長が編隊長だとして、敵がまったく躊躇せずに、ぶつかるんじゃないかってくらいに迫ってきたら、どう思います?」

「あー、そういうことッスか。普通は回避に専念するッスね」

 

 人間がパイロットならドッグファイトが出来る距離まで近づかれようものなら、まずは距離を取ってしかるのち反転、相手の喉笛に食らいつこうとするだろう。無人機にはその驚いた時の動きはない。機械だからプログラムに従った画一的な最低限の動きで回避しようとするだろう。それも編隊全部で、だ。

 

 トランプ隊は歴戦の傭兵部隊だから、そういう動きを見せれば有人か無人かなんて一目瞭然なのかもしれない。あるいはそういった相手とも戦ったことがあるかもしれない。そう考えれば確かに不思議でもなんでもないが、とんでもなく恐ろしい技量であることには違いない。

 

 

「通常なら、数と戦力で勝るこちらは動く必要はない……ですが、彼らの力量はそれを超える、かも……。ですが態々最短で中央突破を図るということは、相手はあまり戦いに時間を掛けたくない。もしくは疲労するのを避けたいのではないかと思います。セオリーに従うのであれば、旗艦ごと艦隊を後方に動かすことで勝てます」

「動かすだけで?なんでッス?」

「フネと艦載機では、速度と移動できる距離が違います。加速能力では艦載機の方が上でも最終的な速度ではフネが上です。人間である以上、疲労の蓄積は免れません。戦線を引き延ばすことで艦載機パイロットに疲労の蓄積を促せばいい……、ですが模擬戦なのでこの手はつかえません」

「まぁ、戦っている相手が突然その場所から移動したら、普通は尻尾巻いて逃げたってことになる。んで反則負け確定コースだ。まさかそんなこたぁやらないよなぁ? ユーリぃ?」

「トスカさん、これが実戦なら兎も角。一応きちんとやろうぜと決めた模擬戦でそんなことァしませんって。それやったら俺らバカじゃないッスか」

「まぁ、んなことやったら後ろから撃つけどね。メーザーライフル・フルオートで」

「さりげなく命の危機!?」

 

 冗談とはいえ、過激な発言に思わず飛び上がりそうになった……冗談、だよな?

 

「話を続けますと、逃げられないので迎え撃ちます」

 

 トスカ姐さんとの漫才を華麗にスルーしたウォルくんは戦術モニターに視線を落していた。その前髪に隠されたまなこには、きっと色々な戦術が展開されているのが見えるんだろうなぁ。

 

 それにしてもスルー能力が上がっているとは、良くも悪くも馴染んでるねェ。それでは、見せてもらおうか。未来の天才軍師の実力とやらを――!

 

 

***

 

 

Side三人称

 

 ユーリ達が待ち構える準備をしている一方、絶好調に宇宙を駆けるトランプ隊はVF-0部隊を難なく突破し、その先で待ち構えていたエステ部隊に突撃を慣行していた。

 

 歴戦の傭兵部隊である彼らからしてみれば、人の操っていない無人兵器など、ただの案山子に過ぎない。案山子がどれだけ突っ立っていたとしても所詮は案山子。危険など何処にもない。

 

『ヒャッホー!真っ赤にしてやったぜ!』

『コレで9killっと』

 

 そう言わんばかりに、時に激しく、時に静かに動く彼らを捉えるのは、勘という不可思議未来予知を持たないプログラミングの塊で動く無人機たちには、少々荷が重かったと言える。所謂なめプをトランプ隊にされているのだが、機械でしかない無人機ではどうしようもなかった。

 

 トランプ隊の先頭を進むププロネンはマイク越しに届く戦友たちの通信を聞くと、愉快そうに表情を若干緩めていた。彼らは休暇開けということもあり、士気は非常に高い。それでいて彼ら全員の目的でもある“主試し”中なので、そういう空気に興奮しているともいえた。

 

 しかし遊び過ぎるのもいけない。適度な引き締めも時には必要だ。それを理解しているププロネンは少しハメが外れている者たちも含めて全機に通信を入れていた。

 

「各員、まだ気を引き締めて!各員エレメントを崩さないよう気をつけてください!」

『『『『『了解!』』』』』

「あの白鯨に、我々の力を見せつけてやりましょう」

 

 そうやって鼓舞しつつ、彼は隊を先導する。現在一番に突出して彼らが通る道を切り開いている2機のフィオリア。この突出している機体に乗りこんでいるのはププロネンとガザンである。

 

 野生の勘とも言うべき反射神経で突き進むガザン。それに対し未来がわかっているかの様に相手の動きを予測して動くププロネン。対照的な二人だがどちらもエースと呼ぶに相応しい腕前を持っていた。

 

「ガザン、私が針路を見つけますので――」

『あいよ。撃つのは任せな!』

「撃つのは最低限、解ってますね?」

『弾代もバカになんないしねぇ、それにコレだけの数。撃てば当たるなんて楽なモンだ』

「それだけでは無く、弾切れになったら困りますから」

 

 雑談を交えつつも、さらに加速する2機。他のカスタムフィオリアと同じく、この2機も改修を受けたカスタム機であり、性能は既存の機体よりも高い。特に追加ブースターにより速度がUPしているのは2機とも共通であるが、ププロネンの方は、武装はそのままで通信関連を強化した指揮官仕様。対してガザンは武装面を強化した重装備型に改修されていた。

 

 ちなみにガザン機は追加ブースターで余裕あるペイロードを用いて、背面に連装式レーザータレットを搭載し、同軸レールガンを2基から倍の4基に増やしていた。それだけに飽き足らず胴体の埋没式ミサイルコンテナに10連発の熱核魚雷投射機を搭載している。

 

 こいつをひとたび解き放てば、連続発射される核魚雷によって並みの艦船など簡単に塵芥に出来るのだが、今回は模擬戦に切り替わったことで電子的なロックが掛けられており、命中したところで威力はせいぜい10連発のロケット花火といったところであろう。

 

 ガザンは火力信奉者であり、後に模擬戦の後でこれが真の意味で使えなかったのが残念でならないと言っている。それを聞いたユーリが殺す気満々じゃねぇかと戦慄を覚え、さらによくよく話を聞いてからガザンを脳筋(脳みそまで筋肉)と口を滑らせたせいで、容赦のないウエスタンラリアットを食らわされていたりする。

 

 

「ん?各機へ。進路上に敵機が集中しています。言うまでもないでしょうが―――」

『おいおい、さっきの変な変形する奴らよりもはるかに多いな』

『とりあえず突破できるように誘導頼みますよ隊長』

「むろんです。各機我に続いてください」 

 

 それはともかく、もう一方の指揮官機であるププロネンのフィオリア。これは火力信奉者のガザンとは対照的に、出力の殆どを通信機能やレーダーに回していた。流石に大型艦の出力には負けるが、旧式駆逐艦が持つレーダーレンジ程度の範囲を出力でき、広範囲の索敵とセンサーによる細かな調査に特化していた。

 

 これによってププロネン機のカスタマイズは通常のフィオリアのレーダーシステムを超えた代物に仕上がっていたといえる。もっともこの手の電子機器は小型航宙機に乗せるには少々重い。胴体内のミサイルコンテナを撤去して、武装はK-133リニアガンだけという最低限の装備になってしまっていた。

 

 もっとも彼の機体は指揮官機という位置付けであり、戦闘指揮をするが自ら攻撃することはほぼないので問題はなかった。トランプ隊の各機はそれぞれ高い技能を誇っていたが、特に火力のガザンと戦場の眼ププロネン。この二人が連携した時の戦闘力は他のトランプ隊全機に匹敵するとトランプ隊に所属する隊員は後にそう述べている。

 

 そんなププロネン機は、そのあまりある索敵能力を生かし、進路上に展開した白鯨艦隊所属の人型機動兵器の位置をいち早く感知して仲間のトランプ隊に警告を発する。人型機動兵器、エステバリスは小マゼランで長く活動してきたトランプ隊も見たことがない特異な形状をした機動兵器であったが、彼らは多少驚いただけで動揺などはしなかった。

 

 宇宙と地上では、世界を支配する法則が違う。地上ではとてもではないが飛べない形状をした物が宇宙ではごく普通に動き回る。それが普通なのである。それゆえに例え人型ロボットの姿をしていても、スラスターと武装が付いていればそれは機動兵器である。機動兵器との空間戦を主にするトランプ隊からすれば日常的な戦場であった。

 

 

『かなりの量だね。湯水のようにミサイルとか、なかなか羽振りが良い』

「ええ、ですが聊か勿体無いですね」

 

 彼らの進路を妨害していたエステバリス達の中には、マイクロミサイルを搭載した機体が混じっていた。そのマイクロミサイルはもともとはVF用のマイクロミサイルポッドであったが、小型であることを利用し、手持ち装備に出来るように改造が施されている。

 

 ミサイル自体は小型なのだが、ばら撒くことが前提のミサイルであるマイクロミサイルを文字通りばら撒いたエステ隊。これによりミサイルによる弾幕が進行するトランプ隊とエステ隊との中間点に発生する。

 

 リニアガンのシステムを応用したランチャーポッドにより射出されたミサイル弾体は、しばらく何もない空間を飛翔し、センサーが敵を探知した瞬間にロケット推進により加速、誘導機能により敵を追尾する。一発一発はそれほど威力はないものの、一度に5発発射されるので、全弾命中時の威力は単発の対空ミサイルのそれを上回った。

 

 当然ながら、カスタム機とはいえ命中すれば大破や撃墜判定は回避できない。されどこのマイクロミサイル、ロックオンしてからの追尾性がやや悪い上、マイクロと名があるように小さいので搭載する燃料が少ない。

 

 実質、ロケット始動から加速して追尾できる時間は僅か数十秒にも満たなかった。だからランチャーポッドで加速されるのである。そうしないと遠くの敵に命中する前に燃料が切れて、加速度が与えられたそこらへんの宇宙機雷と変わらない代物と化すのだ。ミサイルなのに誘導しないのはこれいかに?

 

 さて、そんな風なマイクロミサイルである。トランプ隊の面々はミサイルがこちらを捕捉して加速、追尾してくるのをギリギリまで引きつけた後、燃料切れの瞬間にピッチを調整することで意図も容易くミサイルを回避していた。

 

 ポンポン避けられると簡単に出来るように見えるが、実際は迫るミサイルが燃料切れになるところを見極めないとミサイルのセンサー範囲から抜けられずに追尾され続けるので一回で躱すことは非常に難しい。

 

 だからこそ、この回避方法ではかなりの度胸と精神力が試される筈なのだが、このミサイル弾幕を受けてもトランプ隊から脱落者は出ていなかった。彼らがどれだけ修羅場を巡ったのかがミサイル回避の挙動一つで解る。何故ならば。

 

『イィィィィヤッホォォォォォォッ!!』

『やかましいぞトランプ8』

『このスリル感がたまんねぇんだよ!』

 

 彼らは命中するかもしれないミサイルの雨というスリルを楽しんでいたからだ。模擬弾とはいえ、フィオリアはバブルキャノピーを持つ戦闘機であり、コックピット周りは装甲が一切無いといってもよく、当たり所によっては例え模擬弾であろうとも死ぬ。

 

 しかし幾多の修羅場を抜けた彼らに取っては、模擬弾のミサイル等はおもちゃと変わらない。ひらりひらりと布に風が吹くかの如く、迫るミサイルをギリギリのタイミングで避けきってみせる。それは確かに遊んでいた。まるで自分達の技量を見てくれと言わんばかりに必要がないほど、自らの技能を誇示してみせていた。

 

『いい加減飽きたな。ほうら!おっ返しー!トランプ10!エンゲージ!fox2!』

『トランプ9、エンゲージ、fox2』

『トランプ8!fox2ぅぅ!!』

 

 そして彼らもお返しとばかりにミサイルを発射する。ミサイルのレーダー波を捉えたエステは、一斉に散開して乱数回避運動を取るが、そこは歴戦のトランプ隊。初撃のミサイルと遅れて別のミサイルを時間差で放つことで、回避運動中の機体に次々と命中させていった。

 

 かくして展開していたエステ隊の内、進路を妨げていた機体はほとんどが大破、および撃墜判定を食らい、後方へと転進していったのだった。それをレーダーで確認していたププロネンであるが、その時敵の動きが変わったことに気が付いた。撃墜判定を受けていない機体が、自分達の進路を塞いでいた機体まで離れていくのだ。

それに気が付くのと同時にセンサーから警告音が鳴った。

 

「む? 高エネルギー反応? そう言えば彼の艦はレーザー砲撃が主体でしたね」

 

 ププロネンはセンサーが得た情報を解析する。彼の機体は電子機器を大量に搭載しているだけはあり、情報処理にも長けている。距離はあるが戦闘艦が発する火器管制のレーダー波を検知して対空砲撃の予兆を掴んだのだ。

 

「各機、編隊陣形“蛇”。対空砲撃を回避します。向こうのレーザーは恐らく模擬戦用レーザーです。ヘルメットの調光バイザーをちゃんと下ろしたか確認しないとひどい目にあいますよ。それと各機は油断しない様にお願いします」

『『『『了解ッ!!』』』』

 

 トランプ隊の各機がププロネンを先頭にして集まってくる。ププロネンは部下を率いながら、自機に搭載されたコンピューターと彼自身が戦場で培ってきた感覚で、次の攻撃の瞬間を予想した。

 

 そんな中、ププロネンはふと思い立った様にコックピットから宇宙を眺めた。先程まで扇状に展開していた筈の駆逐艦が下がり、旗艦の近くに寄っているのが見える。これは何かあると彼の長年の勘が告げていた。

 

「一筋縄では行けそうもありませんね」

『かもしれないねぇ。で、どうするよリーダー? 白旗でも上げるかい?』

 

 ププロネンが呟いた言葉に返事が返ってくる。何時の間にか後方についていたガザンからの通信だった。ププロネンは通信機のマイクが入れっぱなしだった事に不覚でしたと笑いつつもガザンが述べた言葉を思案していく。

 

 想定していた以上に相手は強力な戦力を持っていた。純粋戦力ならば性能差的にどう足掻いても勝てないとププロネンは判断していた。ガザンが言うように降伏するのも戦いの一つのやり方ではある。だが、ププロネンはそこまで考えて首を振った。

 

「ふふ、おかしなことを言いますね」

『そうかい?』

「私が降伏なんて指示を出したら最後、貴女は私を撃つでしょう?」

『さてねェ、そこはリーダー次第だよ?』

 

 HUDに投影されるバストアップ画像の向こうで笑って見せるガザンだが、長年彼女とコンビを組んでいるププロネンの勘が告げている。彼女はマジだと、本気と書いてマジと読むくらいに本気だと。この二人の関係は只の上司と部下という訳でも男女の仲という訳でも無い。しいていうなれば、二人はライバルという間柄だった。

 

 力押しのガザン、知恵のププロネン、対照的な二人だが、どちらも一介の傭兵が持つには不相応に過ぎるほどの技能を修めてしまった者たちであり、それでいてその力に溺れることなく、その力をふるうに相応しい場を与えてくれる存在。いうなれば最高の雇い主を探そうという点で共通している。

 

 というか、なんだかんだ二人は馬があうのだ。互いにあまり得意としない分野を得意としており、それを互いに競って高め合い、互いに認めているのである。いい意味で凸凹コンビといえた。それ以上に幾多の戦場を共に駆けた戦友同士でもあるので二人は互いが仲間でないなどと口が裂けても言うまい。

 

 そんな二人に共感を持つ者たちが集まり、いまではトランプ隊という大所帯を形成しているのだが、それはさて置き相棒でライバルであるガザンの言い分としては、まだ戦えるのに勝手に降伏するなんて許さんということなのだろう。戦いの機会を奪うのなら味方でも容赦しないのは実に彼女らしいとププロネンは苦笑した。

 

「はは、怖い怖い。ですがそんな貴女だからこそ、背中を預けられますね」

『あいよ。いつも通りトランプ2はトランプ1の2番機に入るよ』

 

 重武装のフィオリアがププロネンの斜め後方につく。他のトランプ隊も彼らの背後に並ぶようにして編隊を組んでいた。何十機も連なる編隊はまさしく蛇である。トランプ隊のリーダー、ププロネンの下で戦う内に体得していた編隊陣形であった。

 

『来たよ!』

「わかっています」

 

 センサーが探知した対空砲撃の照射予測のカウントダウンが残り10を切り、コックピット内の警告音がさらにけたたましく鳴り響くのと同時にガザンが叫ぶ。それに返事を返しながら、ププロネンは一度眼を瞑り、意識を集中した。

 

『全員シートベルト絞めな!頼んだよ“アルゴスの目”』

「――了解です。では皆さん。決して遅れるなッ!」

『『『了解!』』』

 

 ガザンから二つ名を呼ばれた彼は、まるで眠りから覚めたかのように眼を見開くと、左手側のスロットルレバーに取り付けられた片手用のキーパッドを恐ろしい速さで叩き、コンソールを操作していく。

 

 通常、この手の戦闘機の操縦桿やスロットルレバーには、頻繁に使うスイッチ類を統合したHOTAS(Hands On Throttle-And-Stick)という概念に基づいたスイッチが付いているが、ププロネンのそれはHOTASを発展させ、さらに細かに操作できるように……いうなれば小型のコンソールを片手で操作するような、常人では扱えない代物が備え付けられていた。

 

 その機能は普通なら複座にもう一人専用の副パイロットが集中しなければならない程、多岐にわたる。しかしププロネンはそれを苦に感じないどころか、涼しげにサイドスティックで機体を流暢に操っている。

 

 意識を集中したププロネンは今、各種センサーがもたらす戦場の情報を大量に、並列に、そして刹那的に処理し解析していた。今の彼は機体の情報処理装置と一体化したマシーンであり、それでいて有機的に動くことができる一個の完全な生き物とかしていたのだ。

 

 彼の二つ名であるアルゴスとは、全身に百の目を持ち、眠らない大いなる巨人の事。ありとあらゆるところを見る眼を持つ故に、その巨人には空間的にも時間的にも死角がない。

 

 

 その名を冠している、それはつまり―――

 

 

「解析出ました!全機、私に続いてください!」

 

 

―――空間を、宇宙空間という戦場を把握する能力がずば抜けて高いのである。

 

 

 ユピテルを中心に空間輪形陣を展開していた駆逐艦から放たれる対空砲撃が、トランプ隊目掛け、まるで雪崩の様に押し寄せてきた。事前に発射の兆候を察知していたププロネンが10カウントに入る前から解析を行っていたこと、そしてその情報を余すことなく生かせる彼の腕により、模擬レーザー光の壁と形容できる空間に、ごく僅かに出来た隙間に彼は編隊ごと機体を滑り込ませていた。

 

 レーザーは基本的に直進する。それは空間に立ち込めた星間ガスやら、重力レンズという特殊な作用を考慮しなければ純然たる事実である。されどいたるところで凝集光が夾叉しているような空間で、それも対空用に一つ一つが威力を落しながらも効果範囲を広めた太目のレーザーの中を飛ぶ。

 

 それは一つ間違えばたちどころにレーザーに焼かれる結果となる。協定により使用される兵器は模擬戦用とはいえ、それでも駆逐艦からのレーザービームだ。駆逐艦は脆いというのは艦隊戦同士の話。艦載機にしてみれば駆逐艦のレーザーは大口径の大砲であり実戦において直撃されれば普通に蒸発させれてしまう威力を持っている。

 

 今回は模擬戦であり、レーザー出力は低いので、爆散までは行かない。それでも電子機器が焼き切れる程度の力はある。そうなれば宇宙で棺桶状態である。幾ら模擬戦とはいえあらゆる計器が止まったまま漂流というのは、宇宙を飛び回る人間としてはトラウマものである。

 

 しかし、トランプ隊は躊躇う素振りすら見せず、まるでソレが当たり前のようにププロネンが通った軌跡を寸分たがわぬ動きでなぞり、ごく僅かにできた隙間の中を通り抜けていた。蛇の様に戦闘機が一列に並んで飛ぶと言うのは傍から見れば異様である。

 

 これは彼らの技量もさる事ながら、チームワークが生半可なモノではない事を表していた。だれが好き好んでレーザーの嵐の中に飛び込むだろうか?そこには常人には理解できない眼に見えない絆がそこにある。

 

 トランプ隊はププロネンが率いているチームであり、傭兵を一緒にやる戦友達でもある。お互いに信頼が置け、尚且つ仲間意識が高い連中が生き残り、トランプ隊をやっているのだ。だって協力出来ない人間は、みんな戦死してしまうのだから、そういった意味でププロネンの指示で生き延びる者が残るのは必然であった。

 

『凄ぇな、まるで光の洞窟みたいだ』

『私語は慎め、トランプ13。集中が途切れるぞ?』

『あ、先輩、すみません』

 

 トランプ隊の中でも比較的最近に所属した一人が、悠長なことを述べて先輩に叱られている。光の洞窟というか、本来なら機体を制御不能に出来る程の出力を持つレーザーの嵐であるにも関わらず、トランプ隊は隙間を通り抜ける間、実に自然な態度を崩さなかった。

 

 ルートは先頭のププロネンが決めている。少しでもミスを起こせば全員撃墜されるような状況。それでも彼らが笑い話すら出来るのは、リーダーを信頼している証であった。その内に彼らはレーザー弾幕を抜けた。レーザー砲撃の電子干渉で阻害されていたセンサーの“視界”が広がった直後、トランプ隊の、特にププロネンの機体はいち早く警報を鳴らしていた。センサーが巨大な物体が彼らの行く手を塞いでいるのを捉えたのである。

 

 それはあまりにも巨大なフネだった。小マゼランで最大の輸送艦、ビヤット級よりも100mも大きい。明確な艦隊戦のドクトリンに従って配置された砲塔群、鋭角でありながら滑らかな傾斜が付いた無骨な装甲。フネの後方に構える大きな艦橋。

 

 それはまさしく戦艦であった。Uの字を描くエルメッツァ中央政府軍のグロスター級でも、鋭角ながら有機的なデザインをしたカルバライヤ星団連合のドーゴ級でもない。彼らが知っている小マゼランのどの戦艦に該当しない、強力なフネ。

 

 それもその筈で目の前に立ちふさがる戦艦こそ、バゼルナイツ級改である。小マゼランから遠くて近い隣の銀河、大マゼランの国家が運用している主力戦艦を改造した艦で、攻防バランスのとれた戦闘システムと本来の主力艦の名にふさわしい運用能力の高さ、さらにはあらゆる任務に対応した全長1,3kmにも及ぶ巨体誇るフネであった。

 

 ププロネンは内心すこし驚愕していた。対空砲撃がくるまえにもバゼルナイツ級が艦隊に居たのは確認していたが、その位置は確か旗艦と思われる大型艦のすぐ隣だった筈だった。対空レーザー弾幕を張ったそのわずかな隙に戦艦が威風堂々と旗艦を守る盾としてそこに鎮座している。戦艦とは思えぬ足回りの速さに驚いたのである。

 

 正確には旗艦ユピテルも後方にさがり、同じく戦闘工廠艦アバリスが前に出たので相対的に早く動いただけに過ぎないのであるが、そこまではこの時のププロネンに解る筈もない。レーザー砲撃でセンサーが一時的に封じられている間のことを知るのは、さすがに超能力でもない限り不可能であった。ププロネンも超能力染みた能力を持つが、さすがに某新人類のように全てを把握できるわけではなかった。

 

 旗艦を守るように立ちふさがった戦艦アバリスであるが、その甲板には対空レーザー弾幕を張るのに参加したと思われる砲塔のいくつかから冷却ガスを吐き出している。発射の兆候である光子が砲口から漏れていないので、まだ再発射の可能性は低い。

 

 そう判断しかけたププロネンであったが、次の瞬間には背筋が凍りついた。砲塔と砲塔の間、甲板が観音開きに開かれ、そこから別の砲塔がせり上がってきたのだ。見ればそれは大小さまざまな砲塔が無造作にくっ付けられたような、まるでキメラのような砲塔である。その砲口から漏れでる大量の光子、すでに発射準備が完了している。

 

 センサーが気が付かなかったのは、砲塔が艦の中、フネの中心部に近い位置にあったからだろう。フネの中で一番エネルギーが高い部分、いわゆる機関部に近いことでセンサーシステムがその砲塔のエネルギーをフネのエネルギーと誤認したのである。

 

 せり出した砲塔のエネルギーを捉えたセンサーが警告のビーブ音をけたたましく響かせるよりも早く、彼はいち早く通信機を通じて周りの機体に警告を発していた。

 

「各機ブレイク(散開)!」

『ブレイク!ブレイク!』

 

 くしくもププロネンが指示を出すのとほぼ同時に、キメラ砲……ガトリングレーザーキャノンの砲門に電荷が走り始め、蒼白い光子が砲身内部に渦巻いているのを彼は見た。禍々しい蒼い光がその照準をブレイクしたトランプ隊の中央に向けている。

 

 まさか…、そうププロネンが思った直後、キメラはその咆哮を響かせる。

 

『ガッ!トランプ11被弾!離脱する』

『はは、間抜け≪バンッ!≫あ!クソ!トランプ8被弾!離脱するぜチキショー!』

 

 ガトリングレーザーキャノンから放たれた怒涛の光流。その照射量もさることながら、あまりにも広い散布界に彼らは度肝を抜かれた。これまでこれといった被弾が無かったトランプ隊だったが、ここで初めて撃墜判定を受ける機が続出した。

 

 撃墜判定が下されなくても相手は戦艦クラスの放つ模擬レーザー、拡散型で威力低目に設定されているとはいえ、戦闘機は掠っただけでも損害が大きい。彼らの腕が相当高いだけあり、撃墜判定は2機だけだったが、そのほかはレーザーの余波を食らったという判定で小破や電子機器の一部制限が掛けられ、能力が著しく低下した。

 

「ガザン!」

『ああ!解ってる!3~6番機はあたしに続け!デカイ大砲を潰すよ!』

「残りは私に続いてください!敵中を突破します!」

 

 もっとも、味方に被害こそでたが戦場ではそんなことはよくあること。昨日の味方は今日はいないなんてことも彼らにしてみれば日常の一幕である。そうでなければやりがいがない。やはり相手は実に楽しい相手であると感じた彼らは宇宙を駆ける。全員が全員、口角をゆがませる程の笑みを浮かべていた。

 

 

***

 

 

Sideユーリ

 

「アバリス、第三砲塔応答なし、第一砲塔も中破、ガトリングレーザーキャノンは排熱機破壊によりオーバーヒート中。使用できません」

【敵機、残り10機――えあっ、アバリスに撃沈判定】

「うそん?」

 

 上がってきた報告におもわず唖然として言葉を溢していた。アバリスを盾に敵を包囲して集中砲火を浴びせる予定だったのに…コンソールからサブウィンドウを呼び出してアバリスのステータスを見ると確かに撃沈判定が下されていた。

 

 敵の中で二機いるトップガンの内、重武装の機体がいるのだが、そいつが至近距離からアバリスの機関部へ目掛けリニアガンを連射したらしい。模擬戦での判定を下すのは戦術シミュレーターのAI(ユピテルとは別の無人格AI)なのだが、それがアバリスの機関部周りの重装甲を敵レールガンが貫通したという判断を下したのだ。

 

 機関部はフネの命。だからかなりの装甲厚がある装甲板で幾重にも覆われている筈なのに、それを連射した上に貫けるリニアガンなんてアリかよ?どれだけ魔改造されてるのあの機体?

 

「こちらの直掩機も全機撃墜判定です。すさまじい技量です」

 

 その報告を受けて、顔にこそ出さなかったが俺はもう頭を抱えたかった。補給にも戻らずにこれだけの損害を与えてくれた。無駄弾を撃たずにそこまで出来るなんて人間のパワーは時々凄いと感心してしまう。

 

 ていうか、驚愕してる場合じゃない。アバリスを沈黙させたのでその矛先はこっちに向くのは確定的に明らか。このままじゃマズイぜ。旗艦を射程におさめると向こうに勝利判定が出るから、あまり近づかせないようにしないと……。

 

「あ、あのう。艦長さん」

「ん? ウォルくんどうしたんス?」

「こ、この位置の駆逐艦を二隻、彼らとの間に……」

「む? でもそうするとこっちの砲撃の火線が通らないんスけど?」

「大丈夫です。それも誘いですので……それと後方の一隻には……」

「あいよ。当初の予定どおりッスね」

 

 もっともアバリス云々以外は実は予定通りだったりする。それもこれも、いま俺のとなりでドモりながらも意見具申してくるウォルくんが想定した事象がほとんどそのまま展開しているのだ。

 

 さっすが未来の大軍師。俺なんかじゃ予想もできないところもやってくれる。そこにしびれる憧れるッ! 唯一の難点として人見知りなのか彼はしゃべるときに声が小さく、必然的に内緒話をするように耳を近づけて聞く羽目になることだろうか? 

 

 それでも頑張って俺に意見具申しようとするウォルくんを見るルーの眼付が微笑ましいものを見る眼付なのはなんだかなァ。まぁ弟子が色々と策を巡らし、頑張って上申するのを見るのは、これまで師事してきた師匠としては軍師冥利に尽きるのかもしれないな。

 

 そんで肝心のウォルくんの戦術であるが、少し前に全部聞いていた。その時もコショコショ話しされたので、くすぐったかったが何とか聞き取れた。聞いてすぐに“ふむ、中々面白い策だ。さっそく採用しよう”と即断即決で決めた。

 

 いやー、なんていいますか。必死に考えてくれるウォルくん見てたらなんか応援してあげたくなっちゃったのよね。目の前でモジモジしてくるのよ、しかもこの子意外と顔がいいから、そんなんでも様になる。ようするに何?この可愛い生き物みたいな感じ?

 

 まぁ彼のいう戦術を聞いた限りでは多分大丈夫だし、これは模擬戦であって実戦じゃないから、彼のいう戦術が失敗してもあまり問題はない。一応近くで聞き耳を立てていたであろう我が副官さまに視線を向ければ小さくうなずいてくれたので、何とかなると思った。

 

 そんな訳で俺たちは今はウォルくんの考える戦術の元で動いていた。要するに戦術を考えるのを丸投げしただけだったりするんだが、まぁ言わぬが花だよな。げはは。

 

 

 

 さて、戦術はウォルくんのを展開する。守り切れるのか、いや守るのではない、これは攻めへの布石なのである。聞いた通りに進めばだが、おそらく彼の読みは外れまい。だって原作でも有能だしね。

 

 アバリスは突破されたが、すぐに連中がこちらを射程に捉えるというわけではない。なぜならすでにユピテルはそれなりに後退して、彼らから距離を開いている。むろん戦域からの離脱という訳ではなく、全速力で20分くらいの位置に移動したのだ。

 

 これもウォルくんの策であり、それを聞いた時はさすがに戦域離脱になるのではないかと思ったが、ウォルくん曰くあの戦闘機が到達できない距離に逃げれば戦域離脱だけど、到達できる距離にいるなら端っこでも逃げたことにはならない、らしい。

 

 ある意味でグレーゾーンな気がするが、まぁ原作でも距離に関する概念は実際あったし、それに彼のいうことも一理あるので実行した。前旗艦であったアバリスをおとりにするような策で心情的には少しアレだったが、想定では武装を潰されて戦闘不能となるだけだったので許可したのだ。

 

 まさかの撃沈判定になるとは思ってなかったけどな。恐るべしトランプ隊。

 

 件のトランプ隊であるが、すでにその数を半分に減らしている。さすがに戦艦を相手にするのはカスタム機とはいえきつかった様だ。機体の性能差が戦力の決定的違いではないと某赤い人が言っているが、逆に言えば決定的でないだけで戦力の違いはある。エース級ぞろいとはいえ、戦艦を沈めるにはもう少し機体性能が欲しいところだろう。

 

 そんな彼らの進路上に移動中に陣形を入れ替えて、俺たちの前に2隻のガラーナK級を展開させた。強化された砲撃とS級から補給を受けて再発進したエステ隊が弾幕を形成し、進行の邪魔をさせる為の編制である。

 

 さっきの艦隊一斉対空弾幕に比べれば、投射される弾幕の密度は低いが、それでも機動砲台と化したエステバリスの対空射撃が加わり、模擬弾のミサイルも飛んできているのだ。早々に突破できまい。

 

 さらには他のK級やS級も進路上に展開した2隻を中心にして、対空攻撃区画を細かく設定した対空射撃をエステ隊に行わせている。言うなれば爆撃機編隊のコンバットボックスを空間艦隊戦に適用して形成しているので、さっきの一斉射ほどではないが対空弾幕密度は高い。

 

 ここまで何度か攻撃隊を当ててきたから、一見そうみえなくても流石に疲労が蓄積している筈。そこにKS級巡洋艦も手薬煉ひいて待ち構えているのだ。なかなかに突破は難しいんじゃねぇかな?

 

「隊長機が対空弾幕を回避したわー。進路は――迂回、K級を迂回してくるみたいー」

【光学映像に捉えたので、スクリーンに投影します】

 

 普通に迂回しやがった。消耗するからスルー推奨ってか? 思惑に嵌らなかったのは少しアレだが、逆に考えれば奴らの消耗は想定よりも高いのかもしれない……。そうこう考えている内に、こちらの光学機器が探知できる範囲に入ったので、向かってくるトランプ隊をホロモニターに投影した。

 

 映し出された映像にはフィオリアの他に明らかにカスタマイズを受け、追加ブースターをつけた隊長機とか指揮官機とか呼べる機体が混ざっている。つーか、光学解析したらパイロットがはっきりくっきり見えた。未来の科学力に驚くが、それよりもパイロットはどうみてもププロネンさんです。本当にありがとうございました。

 

「ええい! とにかく撃ち落とせッ!」

「アイアイサー!」

 

 少し焦った俺は気がつけばそう叫んでいた。って、今のセリフって死亡フラグっぽくね? なんかこう悪役が追い詰められて叫ぶ台詞っぽい……あ、悪役とちゃうもん!

 

【もう1機。対空砲火を抜けました】

「光学映像解析……機種はフィオリア、ですが恐らく武装面が強化された機体だと思われます」

 

 さらに対空砲火網を抜けた。映像にはフィオリアの主翼部分に更にリニアガンが二門増設された機体が写っている。鈍重そうな見た目なのに意外と軽快な動きをするその機体。そしてやっぱり光学解析でパイロットが見えて、乗っているのはガザンさん。

 

「あ、紅いフィオリアだと!?」

「知ってるスか?!イネス!?」

 

 迫ってくる赤いカスタム・フィオリアを見て、航路担当官として操舵主のリーフの隣にあるチャート記録席に座っていたイネスが驚いたように声を出した。赤い機体だから、まさか通常の3倍とか言うわけないよな? 流石にネタを知らないだろうからありえないだろうけど。

 

「アレは、あのフィオリアは真紅の稲妻!」

「――ってそっちッスか!」

 

 多分ネタじゃないんだろうけど、まさかの某機動戦士に出てくる彗星と勘違いされる幸薄い不憫なお方と同じ二つ名を聞いた俺は驚いて少しズルッと肩を落とした。普通の奴には解んねぇよ! 通常の3倍でも知らん奴は知らんけどね。

 

「真紅の稲妻。たったの一機で11隻ものフネを沈めたって言うので有名な奴だよ」

 

 それを見ていたトスカ姐さんが補足説明をしてくれたが、終始変な物を見る眼を向けられるよりも、スルーされたほうが辛かったり……ああん、ひどぅい。

 

 なんでも単騎で11隻の軍艦を撃破し、航宙機を800機、戦闘機を1000機、戦艦の主砲を100基、機関砲プライスレス――噂だから、尾ひれはひれついているだろうが、もし事実ならこの人は何処のルーデル閣下ですか? もうどこに突っ込んでいいか解んないよぉ。

 

「全く、模擬レーザーで墜ちてくれていたら楽だったのに」

「伊達に名が売れてる訳じゃないって事だね。流石はトランプ隊と言ったところか」

「そうッスね。そこら辺は流石ッスね。だからストール! 早く落とせ! これ以上は経費が嵩む!」

「や、やってるって!」

 

 ちなみにエステバリスがバカスカ撃っている模擬弾ミサイル。これが結構お高いんですのよ? 実弾じゃないと管理局にタダで補給してもらえないからな。実地演習とかは個人でやれって事らしいが、少しは援助があってもいいと思うんだ、うん。

 

【さらに6機、対空網を突破。他の機はこちらの牽制で動けませんが損害は軽微……信じられません】

 

 そんなことを考えている内にリーダー格のガザン&ププロネンのコンビ以外にも突破した面子が……。KS級巡洋艦やK級およびS級駆逐艦達にくわえ無人エステ達が放つ対空弾幕の中を、まるで踊っているかの如くに潜り抜けていた。もはやアレは変態の領域だった。なんてこった。やっぱり変態の編隊だった。いや編隊の変態か?

 

「天使とダンスしてなってか?」

 

 思わずグレースメリア在住のジュニアスクールに通う少女の口癖が漏れてしまう。原作クルーの二人もアレだけど、それ以外の部下さんも弾幕を前にしり込みしないとか、どんだけーって感じなんだけど……。

 

 もしかしてププロネンの部下さんたちの中身は、ユーク○バニアとかオー○アからの転生者とかじゃありませんか? リボンがついてるとか、凶鳥のシンボルマークどこかについてない?

 

 現実逃避してしまったが、これが模擬戦でよかった本当に良かったぜ。実弾でやっていたらどんだけ損害が出たことやら。 しかし人間って訓練するとあそこまで逝っちゃうもんなんだろうか?(もう誤字にあらず)

 

「ユーリ、あんた何か言ったかい?」

「いや、何でも無いッス。それよりも包囲は?」

「残っているトランプ隊の足止めには成功しました。ですが包囲する前に突破した敵機は再編成を終え、現在は本艦目がけて突っ込んできています」

 

 ミドリさんの報告に俺は思案する。ついに他の敵を無視してこっちの本丸を狙い始めた。いや、そうせざるを得ない状況であるのだろう。あっちの戦力は、K級たちの頑張りで客観的にはすでに半減していると言ってもいい……ガザンさんの機体がトランプ隊戦力の半分以上を占めているなら別だけどな。

 

 とにかくこちらの濃密な弾幕がただの牽制にしかなっていないが、それにより戦力が減ってしまったから短期決戦を決めたのだろう。もしかしたら何か切り札があるのかもしれないが、それはそれで向こうの手の内が解って面白いじゃないか。

 

「敵機、10時上方から接近中、ルート想定……中間点のKS級を回避し、真っ直ぐ本艦を狙うつもりのようです。あ、まもなくK級20番艦の傍を通過します」

「KS級の進路変更。旗艦の盾になるように展開。それと20番に信号発信。想定通りで撃たせるんだ」

「了解、副長。そのように」

 

 ユピテルの直掩艦であるKS級たちは速力を生かして回り込もうとするトランプ隊を正面に据えるように展開する。そして、先行していたガラーナK級の20番艦……名前はまだ考えてない艦の傍をトランプ隊が通過する。その瞬間、ホロスクリーンに投影されていた戦術マップに巨大な円が出現した。

 

 くく、どうやら上手いこと引っ掛かってくれたらしい。内心ほくそ笑んでいるが一体何が起きたのか? 実に簡単な仕掛けである。先の20番艦の傍にVB-0モンスターを配備してあっただけ。

 

 ただし、K級を盾にしてレーダーに映らないように潜ませてたけどな! 念には念を入れて主機をおとして最低限動けるアイドリング状態にして、後部甲板下部に“接着”していたモンスターはトランプ隊がK級を通過する時に再起動した。

 

 その後、背負っている大型4連装リニアガンと大型ミサイルを広域発射。リニアガンの弾頭は熱核……に見せかけた照明弾だ。効果範囲が熱核とほぼ同じなので模擬熱核弾頭として登録したものである。地上と違い、宇宙における核弾頭はあまり威力が出ないとされているが、それでも効果範囲はかなり広い。

 

 ウォルくんの予想では、トランプ隊がKS級を迂回するルートを取るなら、間違いなくK級20番艦をスルーすると踏んでいた。艦隊でいたならいざ知らず、K級20番艦は単艦でいたので対空砲も密度が薄い。

 

 おまけにトランプ隊は戦力が半減したので、すぐにでもこちらの艦隊旗艦を落としたいと思うだろう。色んな戦術や策を考えるだろうが、戦力が減少し始めると人間は心理的に不安を多少なり感じる。そうなると、オルドーネKS級巡洋艦が進路を塞ぐ前に最短ルートを取りたがる。

 

 ウォルくん、そこまで読んでいたのだ。すごいねぇ。

 

「トランプ隊、6機撃墜判定です」

「はぁーっはっはっ! あとは残敵の掃討だk……え?6機っスか?」

「はい、6機です。隊長機とそのウィングマンは免れたもよう」

【撃墜判定を下したAIからのデータによると、模擬弾頭がリニアガンから発射された直後、隊長機とウィングマンを庇うようにして他の機が展開したようです。その時の通信ログがありますが、聞きますか?】

 

 ユピの報告に俺は頷く。少ししてブリッジのスピーカーに彼らの音声が流れ始めた。

 

≪高速で接近する物体あり?――駆逐艦の影に伏兵を潜ませていたのですか≫

≪到達まで、あと2分くらいしかないねぇ。おまけにミサイルも回り込んでるから、あれらの影響範囲から飛び出すのは私らの機体でも無理だわ≫

≪姐さん、なんで諦めてんです? あの程度の速さなら回避なんて……≫

≪トランプ4、あれだけ対空攻撃の密度が多かった艦隊だぞ? ここにきて唯のリニアガンの対空砲な訳ねぇだろ、見ろあの弾頭の拡散具合。すごく広いぞ≫

≪考えられるとするなら、多分広範囲に散弾が拡散するか、火球が拡大する弾頭だと思うにぃ≫

≪ああ成る程、納得だぜ。ところで、なぁ皆?≫

≪≪≪≪≪≪――応よ≫≫≫≫≫≫

≪うん? お前らなにしてんだい?≫

≪皆さん盾になるつもりですか?≫

≪いやー、このまま仲よく心中ってのもいいですけどねぇ≫

≪やれるなら最後まで足掻きたいじゃない?≫

≪幸い、俺とトランプ13の機体は装甲強化型だし、トランプ7は簡易APFSポッド積んでるんでね≫

≪この中で、向こうを捉えられるのは、技量的にも度胸的にもトランプ1と2しかいない≫

≪同意≫

≪というわけで……隊長、副隊長。あと任せた≫

≪あいよ、任せれた≫

≪はい任されました≫

 

 こんな通信がされていたらしい。わぁお、自分の命が滅茶苦茶かるいッスね。俺だったら自分の命を天秤に賭けなきゃいけないなら……あー、でも。まぁわからんでもないのかな? 

 

 人間なら意地を張りたいし、仲間がここまでやってくれたなら自分もそれに殉ずる。自己犠牲……とは違うが複雑な感情がそこにあるのは確定的に明らか。

 

 そんな複雑な気分にさせる通信をしていた彼らだったが、これによりププロネン機とガザン機以外は撃墜判定である。実戦なら熱波でデロデロに溶けたということに。怖っ。

 

 まぁ模擬戦だし? 判定くらった後は戦闘宙域から離脱するんだけどさ。

 

「さて、この後はどうなると思うッス? ウォルくん」

 

 ついには2機だけ突出した形となったトランプ隊。それがどう動くのかを近くで戦術マップをじーっと見つめている少年に尋ねた。まぁ俺が予想するにスゴーク飛び込んでくるんだろうけどさ。

 

「お、おそらくですけど……足止めを受けている部隊と合流すると、思います」

「ふむん」

 

 ウォルくんは違う意見らしい。どれ、つづけて?

 

「戦闘機は編隊を組むことで、その力を発揮できます。大量にくることで対空砲の対応できる許容量を大幅に引き下げられるからです。濃密な弾幕でも1機に集中する砲火が少なければ恐ろしくない、だから一度は部隊と合流する。そう思います」

「そうならないように各個撃破ッスかねぇ」

「はい、そうすればこちらの勝利――「敵機、こちらに直進してきます」……え?」

 

 ミドリさんの報告に若干下がり気味だった顔を上げるウォルくん。戦術マップ上ではトランプ隊リーダー機とその僚機を示す光点がこちらに向かって移動していた。それこそ、真っ直ぐに、燃料のことなど考えていないくらいに……。

 

 それが信じられないのかウォルくんが固まってしまった。それを見てやっぱりまだ未熟なんだなぁとシミジミ思う。むろん人にそんなこと言えるほど俺自身熟達してないので口にはださない。そういった細かい気配りが人気の秘訣。

 

「ミドリ、巡洋艦は?」

「先ほどの模擬弾が炸裂した直後、K級の対空砲火を振り切った機が続出しました。現在それらの妨害を受けてKS級巡洋艦は身動きがとれません」

「はー、やっぱりねぇ。遊んでたんだね。あの野郎ども」

 

 傭兵だからねぇ、とボヤくトスカ姐さん。つまりは連中、あれだけの技能を見せつけてたくせに、これまで本気じゃなかったということらしい。

 

 彼らは正規軍とちがって傭兵だ。誰とでも連携が取れるが、それは金次第でいろんな輩と肩を並べることがある傭兵だからであり、また高い技能からくる副産物である。彼らの本質は部隊連携よりも、個々人の技量が生きる単騎駆けの方が向いているのかもしれない。

 

 そう、その時は思ったが、実は単騎駆けもチームワークもどっちも上手なエースよりも化けもんだったとはこの時の俺たちは知らなかった。

 

「敵リーダー機、まもなく本艦の射程に入ります」

「シェキナ照射用意! 弾種、対空散弾――」

「アイアイサー! 両舷砲列群のブラストドア解放! エネルギーを回すぜ!」

「重力レンズ……両舷から20の距離へ……レンズ形成設定を変更……拡散に変えます」

 

 とにかく、近寄らせてこちらがロックオンされると負け確定だ。幸い戦艦なので射程に余裕がある。想定外のことに動きを止めたウォルくんを尻目に俺は砲雷班長ストールらに指示を下していく。

 

 その時、何気なく横に眼を向けると、狼狽えてどうにも動けないウォルくんが意気消沈しているようだ。なにかフォローを入れたいがまずはこっちが先だ。号令後、ユピテルの両舷に並ぶ砲列を塞いでいる装甲が開き、中からレーザー発振体がせり上がってくる。遠目から見ると電球の頭見たいなのが一斉に並んでいる姿を想像すれば大体その通りだ。

 

 そこから出力を落とした模擬戦用レーザーが照射される。空間に形成した重力レンズの作用でカーブを描くレーザーだが、カーブついでに重力レンズの収束をちょいと緩めてやれば、意外と容易にレーザーは拡散する。

 

【敵リーダー機に被弾判定。小破、右翼追加ブースター使用不能判定】

 

 先行していたププロネンさんは躱せなかった様だ。デッドウェイトと化したブースターを迷いなくパージしている。パージが速かったからか速度は低下していない。だが軌道がずれたのでそれを立て直そうとしているらしく、すこし猶予が生まれた。

 

「ウォルくん、気にスンナっス」

「で、でも……」

「あのな――「敵機進路を変更しました。予想される到達点は本艦直上」あー、まぁ兎に角ウジウジしなさんな。模擬戦で失敗しないで一人前になった奴なんていないッスから」

 

 なんかよくわからんフォローになってしまったが、状況が動いているのでしょうがない。それにフォローしてみたが、あまり手ごたえを感じないな。まあ俺みたいな若造に言われてもってところもあるだろうし、そこは経験豊富な師匠殿にまかせましょ。

 

 そんな意味を込めた目線を向けるとルーのじっさまは頷いて見せた。

 うん、わかってらっしゃる。やっぱり自分の弟子は可愛いんだよね。

 

 ルーのじっさまが頷いてくれたので、俺は俺で現状に意識を集中させることにした。別にこの戦いがウォルくんの所為で負けたとか言うつもりもないしな。そこまで腐ってませんって。

 

「敵リーダー機、再び2機とも進路変更。4分後に本艦の直下に到達します」

「上はやめて下からか。バカめ、この艦に死角はほとんどないッス。トスカさん、他の艦の位置は?」

「巡洋艦艦隊は足止めされてる。K級とS級は反転して向かってるが相対速度的にあと6分はかかるね」

「となると、ウチだけで迎え撃つッスか……艦載機の最大射程ってドンくらいだっけな」

「敵機、対空ホーミングレーザーの射程に入りました」

「近づけさせるなッス。弾種は変わらず、遠距離対空戦闘」

「アイアイサー。高角対空戦闘、左20度、下げ角60度。シェキナ捕捉したっ!」

「撃ち方、初めッ!」

「はいよほら来たポチッとな!」

 

 再び、ホーミングレーザー砲が火を噴いた。両舷合わせて80門の大型レーザー砲から放たれた光は、直進後、空間重力レンズにより少しして歪曲。指定座標へと夾叉する位置に収束していく。

 

【対空弾、接触まであと10、9、8―――】

 

 戦術マップが更新され、二つの光点に向かう複数の光線弾道が表示される。ユピが表示した弾着までの予測カウントが進み、秒数がやがて0になるとき、弾道は光点二つと交差した。

 

「敵機撃墜判定確認。反応は敵一番機、リーダー機です」

【ププロネン機、撃墜判定。後退していきます】

 

 最後まで機体を捻って回避運動をしていたが、追加ブースターが片側落ちおり、尚且つこれ迄の戦闘で収集した諸元を計算し、拡散範囲を調整した対空レーザーは容赦なくププロネンさんの機体を翻弄した。これが実戦だったら溶けたくず鉄しか残るまい。

 

「流石に避け切れなかった様ッスね?」

「ああ、まぁアレだけの数で良くココまで戦えたね」

「むしろそれが問題なんスよねェ~人手不足って怖い」

 

 いやホント、機械だけではフネは動かないのよね。ウチは人手不足なもんだから、艦隊はAIが操作してオートメーション化されている。だけどAIはユピの如く高性能でないかぎり、基本的に受動的にしか動かないのである。今回も護衛艦隊の動きは逐一此方から指示を出していたが、それではこの先情報量に押しつぶされるだろう。

 

 解決策は二つ。人員を雇うか、AIを強化するかの二種類だ。前者は立ち寄る宇宙島という宇宙島で人材募集をかけるだけでいい。ただし、だれでもいいわけではない。いくら人手不足でも赤ん坊をクルーに加えることはできないのだ。その分を考えると選考にかけねばならないのでそれなりに時間が掛かるのが難点。あと雇う人数分の人件費。

 

 一方で後者はウチのマッドどもを使えばそれほど時間はかからないだろう。現に既製品であるにも関わらず、非常に出来が良いユピというAIがいる。仕組み的にはあの子をコピーする方法を取れば、かなり短期間で人員不足を解消できる可能性はある。問題は維持費だろうなァ。多分管理局の整備審査通らないし…。

 

「敵2番機、対空弾幕を回避した模様。さらに増速しました」

「ゲッ、さっきの対空戦闘で墜ちてないッスか?」

 

 どうやら、勝利の女神さまはまだトランプ隊を見捨てていないらしい。

 

「シェキナはまだエネルギーチャージ中だぜ? どうするよ?」

「ユピ、直掩機は?」

【S級が残していった機が20機程です。足止めをさせますか?】

「うーん、多分無理だとおもうけど……しょうがない。ユピ、やっちゃってくれッス」

【アイアイサー、直掩機を妨害に向かわせます】

 

 トランプ隊リーダー機は落としたが副リーダーはまだ闘志があるらしく、降参する気配はない。攻撃の意思ありと見たこちらも迎撃を行いたいところだったが、一番効果がある砲はエネルギーがないので使用できない。仕方ないのでまずは直掩機を回し、足止めした上でシェキナではない元々搭載されていたレーザー砲を使うことにした。

 

 とはいえ、模擬戦が始まってから艦隊規模の対空弾幕を潜り抜けてきたトランプ隊。そのサブリーダーが現在単艦でいるこちらが放つ薄い対空砲火なんぞ苦にもならんだろうなぁ、と予測はついていた。

 

 案の定、直掩のエステバリスは普通に邪魔な機体だけ撃破。レーザー砲は悉く躱されていた。なんで旗艦なのに単艦でいたのかって? だってここまで向こうが粘って単騎掛けまでしてくるなんて想定の範囲外だったんだもん! というか艦載機なのに艦隊と互角以上に渡り会えるこいつらが異常なんだよ!

 

 まぁ、そんな訳で。

 

「敵2番機……ガザン機が本艦をロックオン。模擬戦はこちらの敗北です」

「まぁ、そうなるッスね」

「随分とあっさりだね。負けたんだよ? 名声が落ちるよ?」

「いやぁ、あいにくランキングには興味がないといいまスか」

「それこないだまでランキング上位に短期間で食い込んだヤツの台詞じゃないよ?」

 

 ミドリさんの敗北報告を聞きながらも俺は意外と冷静であった。それを見たトスカ姐さんが不思議そうに首をかしげている。まぁ普通の0Gドッグなら負けることをそれは嫌がるもんだ。普通なら、な。

 

 実をいうとランキング上位を目指す理由。上位者報酬を手に入れたから目的は達してるんだ。要するにアバリスの元になったズィガーゴ級とかの設計図とかユピとかのコントロールユニットとかみたいなモジュールね。

 

 おかげで大分楽になったし、そのままランキング維持を続けるのも面倒くさいというのが本音である。後は適当に宇宙のいろんなところに行ければ俺としてはそれでいいのだ。まぁ面子にこだわるような商売ではあるので、あるに越した事はないが。

 

「まぁそれはさて置き、ガザンさん最後にロックオンした時、どんな兵装使うつもりだったんスかねぇ?」

【はい艦長。ログによりますと……こちらをロックした際のガザン機は右舷のデフレクター発振ジェネレーター、及び後部噴射口にリニアガンの模擬弾発射。弾種はデータ上では徹甲融合弾です】

「まぁ、それくらいはね」

「うんうん、スゴイ装備ッス。傭兵の売り上げ結構改造で消えてそうッス」

【さらには十連装熱核魚雷投射機を全弾発射。データ上における弾種は戦術核クラス。この距離で全弾命中すれば本艦のデフレクターのキャパシティおよびAPFシールドの耐熱レベルを23倍ほど上回ります。実戦なら瞬時に溶けてダークマターに……ひぃーん】

「「「「……はぁ!?」」」」

 

 ちょっ、AIである筈のユピが悲鳴あげちゃうくらいの損害が出るのかよ!? 連中はたったの20機、しかも戦闘機だけで俺達をココまで相手にしやがったってこと?!……いや、慢心していう訳じゃないが純粋な技量だけでこうも渡りあえるとは思わなかった。コレだから宇宙は広くて面白いぜ!

 

「ミドリさん、彼らに通信回線を開いて模擬戦の終了を伝えてくれッス。あ、できれば模擬戦に参加した全員も映してしてくれッス」

「了解です」

 

 ミドリさんが通信回線を彼らと繋ぐとトランプ隊のパイロット全員のバストアップ画面がホロモニターにズラリと並んだ。トスカ姐さんが遊んでいると称した彼らは実際そのとおりだったらしく、息を乱している者は一人もいない。

 

 そのほとんどがヘルメットの遮光バイザーの所為で機青が見えないが、通信がつながると同時にヘルメットを外した男がいた。いわずもがな、トランプ隊リーダーのププロネンだ。彼は鋭くこちらを見据えたまま、少し誇ったように口を開いた。

 

『いかがでした? 我々の力は?』

 

 艦隊を相手に少数の艦載機で互角以上に戦える戦力。そう称してもいい筈。そんな自信に満ちた彼に対し、俺がした返答は。

 

「………ぶほっ!」

 

 ご、ごめん。ふいちまった。周りから冷たい視線が集まるがしょうがないじゃない。ププロネンさん、ヘルメット取ったはいいけど、髪留めも外れたらしくてバストアップ画面の向こうで髪の毛が漂うワカメみたいになっちょるんよコレ。

 

 ふと見たらそれだから初見殺し過ぎる。あ、あかん、ちょっと待ってくれ、ぶふふ!

 

「あー、すまないね。うちのバカがツボに入っちまったみたいだ」

『いえ、お構いなく。なんか紐が取れてしまいまして』

『だからネット帽かぶれってあれほどいったのに、ウチのリーダーも存外アホなんだよねぇ。髪固めるのも嫌がるしさ』

『後でかゆくなるんですよ』

『……これだよ。もとエリート軍人なんだけどねぇ。これでも』

「どこもリーダーがアホなのはよくあることなんだねぇ。そんな訳で抜け作がいるんだが平気なのかい?」

『いやぁ、もっとバカな雇い主は結構いますから』

『親の遺産を食潰す二世領主とかね。上がアホなのは慣れてるよ』

「ちょいとアホとかバカとか連呼するのやめてくれッス。なんかいたたまれない」

「でも否定はできないよね。考えなしでたまに行動するし、サプライズという名の無鉄砲やらかすし宇宙バカだし」

「………まったくもってその通り過ぎてグゥの音もでねぇッスよコンチクショー!」

 

 だって宇宙空間楽しすぎなんだもん!しょーがないじゃないか!

 

「なに? なんなの? 超強引な実力面談終えたら雇い主こき下ろしタイムなんスか? ケンカ売るなら買うッスよ? お前ら2秒で俺の返り血に染まるッス!」

「負けてんじゃないかい。バカ言ってないで本題に戻すよ」

「うぃーッス。まぁ兎に角……あれ? なんで模擬戦したんだっけ?」

『それは我々の実力を見てもらう次いでに、主君の見極めも兼ねた試練、でしたよね?』

『途中からなんか楽しくなっちゃって普通に沈めに行ってたね。模擬戦モード使ってなかったらマジで撃ってたよ』

「まぁこっちも沈める気でやってからお互い様ッスねぇー」

『『『HAHAHAHA!!』』』

「アホだ。ここにアホ共が募っている。まぁ兎に角だ。アンタらの試練でうちらはどうだったんだい?」

『言わなくても解るでしょう? 我らは新しいヴァルハラを得ましたよ』

「んで、こっちは素晴らしき戦士たちを得たってことッスね。……ようこそエインヘリアル。歓迎しよう。盛大にな」

 

 こうして、俺達白鯨艦隊は恐ろしい程の技量を持つ戦闘集団トランプ隊を仲間に加えることになった。コレで戦闘機部隊の戦力が上がるだろう。中核をトランプ隊にやってもらって彼らの動作のデータを取りつつ、無人機にもフィードバックすれば中々につよそうだぜ。

 

 中でもリーダーとサブリーダーのププロネン&ガザンを手に入れられたのは大きい。先の模擬戦でいやってほど技量を見せつけられたので、腕の心配はしていない。むしろ連中が他の0Gドッグと違うウチに馴染むかどうかだが……まぁ心配いらないだろう。傭兵ってバイタリティとか高そうだしな。

 

 さて、仲間にしたなら連中には言わなくてはならないことがある。

 

「あー、そうだ言い忘れてたっス」

『なんでしょうか?』

「模擬ミサイルの支払いは初給料から差っぴいておくッスよ」

『『『え?!』』』

 

 迷惑料ってヤツだ。ソレ位しても良いだろう。契約書にはソレを返し終えるまでは、俺ら専属で傭兵をやって貰うってことにしたもんな! わははは! ユーリはタダではおきんのよ!

 

 

 こうしてボラーレ・オズロンド間、機動兵器模擬海戦は終わったのであった。若干名に不満の色を残して……死亡フラグにはならねぇよ?

 

 

***

 

 

――――ツィーズロンド士官宿舎・オムスの部屋――――

 

 さて、新たなる仲間の歓迎会もほどほどに勝手知ったる士官庁舎にお邪魔しています。オズロンドに着いて直ぐにオムス中佐へアポを取り、中佐のもとへと直行してボラーレの酒場にいたシュベインさんから受け取った航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)を中佐に手渡した。

 

 しっかし結構な頻度で来たもんだから、もう守衛さんに顔覚えられていて、ほぼ顔パスだよ。あ、一応アポイントの確認はされるぜ? いくら顔を覚えられていてもそこらへん抜かりはないらしい。それにしては手荷物検査しないあたりチグハグだが、はてさて。

 

「これは、調査船が沈没したと言うことか」

「まぁ詳しくは知りませんが、ある人物が残がいを回収したそうです」

「それが運良くヴォヤージ・メモライザーだったのか」

 

 それはさて置き、依頼されていたことの報告である。面倒臭いが頼まれていた以上、報告しておかないと色々と問題が生じるのだ。そんでヴォヤージ・メモライザーを渡したわけだが、こいつを見た中佐は色々と察したのか少し顔を渋めた。

 

 そりゃ本来、メモライザーなんて機材はフネの中枢に置かれているもんだし、コレ自体が飛行機のブラックボックス的な役割がある。それがここにあるってことは積んでいたフネが何らかの理由で動けなくなったってことになるしな。

 

 ところでメモライザーに記録されたデータの内容について、俺は実は知っていたりする。なんせ俺は異世界からの憑依者であり、原作知識なる未来予想図が俺の脳内に存在するからだ。

 

 もしも俺がやらかした数々の事象が呼び水になってバタフライエフェクトが竜巻旋風脚状態になっていなければ、ようするに原作記憶の通りに事が進んでいるといすれば、データの中身は小マゼランの人々にとって洒落にならない内容となっている筈である。

 

 

 だがこの件に関しては何も口を出さないことにしている。知っているのに口をはさめないのは心苦しいのだが、たとえば俺が介入しようとしたとしよう。だれが許可してくれると思う?

 

 飽く迄、俺の立場は民間の0Gドッグ。民間軍事会社とデブリ回収業者と宅配便を足して割ってクラッシュしたような存在である。要するに武装していても立場的には民間人なんだよな。信じられないことに民間人なのだ。大事なことなので二度言います。

 

 それに、ことは小マゼランが歩んできた歴史においても類を見ない戦争に繋がる可能性がある話なのだ。500年前のカルバライヤが主体となって起こした独立戦争以外、紛争が起こっても戦争なんて起きたことは、ここ数百年無かったのだ。

 

 メモライザーにおさめられた情報が考えている通りのものならば、それは違う宇宙島からの侵略者との邂逅ということになる。そんな国家の一大事に高々0Gドッグの意見を必要とするだろうか? まず普通ならありえないってこった。

 

 正規軍には正規軍なりにいろいろなルートを通じて情報を精査する。当然その為の戦略機関や情報局がおそらく存在しているわけで、例え実戦不足の机上の空論ズだとしても、それでも非正規の俺たちと違う正規の組織があるのなら、俺たちの動く場面はずっと後。今には存在しないのだ。

 

「ふむ、解った。コレを解析すれば沈没した際の状況も解る筈だ。あずからせてもらう」

 

 そんな訳であえて何も言わずにいた俺たちを尻目に、データが詰まったメモライザーをデスクに仕舞う中佐。これで話は終わりというアイサイン……って程じゃないが、雰囲気を発したので、空気が読めるユーリはクールに去る――おっと、忘れちゃいけ無いことがあった。

 

「あ、それとテラーとかいう元軍人も捕まえたので、そちらで引き取って下さい」

「テラー?まさかテラー・ムンスまで捕まえたのか?」

「ええ、ボラーレ近辺に潜伏していた様でしてね。なんか調査に向かった時に唐突に襲われたんスよ」

「それは、同じエルメッツア軍の者として謝罪しよう」

 

 そういって頭を下げる中佐。ま、それくらい軽くできないようじゃ、海千山千が跳梁跋扈するような歴史ある軍の上層部に食い込んでいけないわな。

 

 実はこれまでずっと、捕まえたテラーを部屋に閉じ込めっぱなしだった。別に存在を忘れていたわけじゃなく、一応は中央政府軍の軍人であった男なので、交渉などの切り札に使える可能性が一応あったのだ。

 

 中央政府軍にしてみれば正規軍人が軍の艦艇をドサクサに混じり奪取した挙句、宇宙航海者のフネを襲うという海賊行為を働いたとなると、政権を揺るがすものではないにしろスキャンダルになりえる。

 

 どの時代にも、自由をいろいろと勘違いした平和主義者やら、福祉厚生を手厚くと叫ぶプロ市民の方々がいるので、壊すことはあっても創ることはしない軍にしてみれば、この手のスキャンダルはあまりよろしくないものとなりえるのだ。

 

 なのに、よくも悪くも知り合いである中佐にテラー・ムンスのことを引き取るように持ちかけたのは、捕虜のクセに飯が少ないとか娯楽をよこせと色々と図太い男が面倒くさく……ゲフンゲフン、いや中佐に対して言外に貸し一つってことを伝えたかったのだ。こういう細かい気配りを積み重ねることが人気の秘訣。

 

「はは、君達には驚かされる事ばかりだ。まぁエピタフの情報を含め、礼を用意してあるから後日改めて軍司令部に来てくれたまえ」

「了解です。それでは失礼」

 

 そして毎度の如く、多くを語ることなく部屋を後にした。はぁ疲れた。

 

 

……………………………

 

 

………………………

 

 

…………………

 

 

 後日、副官役のトスカ姐さんと共に再び基地を訪れると、オムス中佐がいる司令部の方に案内された。日をおかず、それなりに頻繁に基地に足を運んだからか、士官庁舎んところの守衛さんよろしく、基地内の人間に顔を覚えられているらしく、こと司令部勤めの軍人さんには、すれ違うごとに挨拶されて居心地が悪い思いをした。

 

 なんていうか、内勤とはいえビシっと軍服を決めた人にあいさつされると、なんとなく萎縮しちまうというか痒いというか、なんかもどかしい何かを味あわされるきぶんなのだ。

 

 そんななんとも言えない気分を胸に、何だか見慣れちまった通路を通って、司令部の自動ドアの前に来た。ドアの前に立つと如何にもSFにありそうな圧搾空気が抜けるような音と共にドアが開く。ドアの先には先日会ったばかりの中年もとい中佐が立っていた。

 

「おお、待っていたよユーリ君。陸(おか)ではよく眠れたかね?」

「どうも中佐。ええ、長い航海はしてますが、時々陸に来るのもいいもんスね」

「それは何よりだ。どんな環境でも適応出来るというのは若いモノの特権だな」

「はは、0Gなら大抵そうですよ」

 

 相変わらずの社交辞令的なやり取りを交わした後、すぐに本題に入る。

 

「さて、まずは君達の回収した調査船の航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)についてなのだが」

「もう解析が終わったのかいっ!?」

「うひっ!……トスカさん。声デケェ」

「あ、すまんユーリ」

 

 オムス中佐の言葉を聞いた途端、俺の真後ろで大声を出すトスカ姐さん。おいぃ、いきなりだったので耳がキーンってしたぞ、ホレ見ろ、オムス中佐も苦笑いしてんじゃねぇか。

 

「残念ながら損傷度合いが大きく、いまだ解析は難航中だ」

「そ、そうなのかい。とりみだして失礼」

 

 姐さんまさかのフライングで羞恥により顔を赤くしている。ハハ、こやつめ。

 

 それはさておき、実際ヤッハバッハの連中と会ったのは沈められた調査船だけである。今この小マゼランにおいて、外宇宙の侵略国家ヤッハバッハの情報が一番入っているのは間違いなくあの航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)だろう。

 

 彼女は間違いなくその情報を欲している。シュベインとの会話で俺に席を外すようにお願いしてきたのが理由だ。その後普通に教えられたが、メモライザーの解析はシュベインさんはしていなかったようだしな。

 

 とにもかくにも敵は大群となって押し寄せてくる。それは原作ルートだろうが原作破壊ルートだろうが変わらない決定事項である。そんなイナゴの大群みたいな輩がいなければ、彼女は打ち上げ屋なる博打商売をしてはいないのだ。

 

 だから中佐の言葉に早とちりして驚いたのだろう。十中八九、最大の敵ヤッハバッハの情報が詰まっているメモライザーが解禁されれば、それだけ中央政府軍が速く対応できると彼女は思っているのだ。原作…いや史実を知っている身としては何とも言えんがね。

 

「さて、例のエピタフについての情報だが、調査船とは違う方面での情報が入った。ところで君はデッドゲートを知っているかね?」

「デッドゲート、確か機能していないボイドゲートの事ですよね?」

「正確には少し違うが、おおむねそんな感じだ。軍に残された古いデータでは、デッドゲートの付近でエピタフの発見例が2件ほどあるそうだ」

 

 話が代わりエピタフ関連の情報に移る。そこで聞かれたのはデッドゲートのことである。デッドゲートとは、たしかボイドゲートと同じ宇宙に浮かぶ巨大な施設のことである。

 

 ボイドゲートはマゼラン星雲で発見された宇宙の星々を繋ぐ空間直結を可能とした奇跡の門であり、これの発見が宇宙での大航海時代の幕開けとなったと歴史データでは語られている。

 

 科学の発展により、人類はインフラトン・インデュース・インヴァイター、通称インフラトン機関の発明し、宇宙空間を光速の200倍は超えて航海できるI3エクシード航法が普及していった。

 

 だが、光速の200倍で動けても、それでも大いなる宇宙は広大であり、距離が開けば開くほど時間が掛かるのも事実だった。地球からマゼラン星雲に向かうのですら、単純計算でインフラトン機関を用いても800年はかかるのだ。どれだけ宇宙が広大なのかがよくわかる話である。

 

 たしかにインフラトン機関はこれまでとは比べ物にならない強力な主機となりえたが、このエンジンは決して永久機関等ではなく、起動には別個のエネルギーが要る。このシステムの関係上、発揮できるエネルギーが膨大でも常に超光速を維持し続けることは出来なかったのだ。

 

 そんな中で発見されたボイドゲートはフネが息切れするような距離であっても、僅か数秒でエネルギーの損失なしに別の空間へと繋がることができた。インフラトン機関を使ったI3エクシード航法も、その原理作用的にはある意味ワープであったが、ワープを遥かに超えた超ワープ、いや瞬間移動を行えるこれは、時間の損失を最小限に距離を稼ぐという意味では最良の存在だった。

 

 そして重要な点として、人類が使うこのボイドゲートは、現在こそ空間通商管理局の管理下に置かれている施設ではあるものの、元々は人類ではない別の文明の遺跡のようなものだったのである。使えるから使っている。これがある意味一番正しい。

 

 まぁそんなボイドゲートであるが、遺跡である以上その全てが稼動している訳もなく、オムス中佐が言ったとおり死んでいるボイドゲートが存在する。それがつまりはデッドゲートというものである。当初マゼラン星雲で発見されたゲートも元を正せばデッドゲートらしい。それが何で使えるようになったかは……閑話休題。

 

 とにかくエピタフの話だったな。しかし発見例がたったの2件。2件ねぇ?

 デッドゲートは宇宙全体に幾つくらいあるんだ?

 

「高名な科学者であるジェロウ・ガン教授の研究でも、エピタフとデッドゲートを構成している材質の組成は近いモノが見られるということだ」

「成程、デッドゲートについて調べれば、エピタフの謎も解けるかも」

「そう、かも、だな。詳しくはジェロウ・ガン教授に直接会って話をしてみると良い」

 

 正直、俺としてはエピタフにはあまり興味は無いのだが、適当に話をあわせておかないと軍隊の情報網まで使わせてしまった手前、悪い印象を与えてしまう。原作知識を鑑みるに、古代異星人超文明のアーティファクトであるエピタフ関連のイベントは、ある意味俺にとっては鬼門フラグだ。原作イベントでは目玉失ったりしてたし、備えよう。

 

 ともあれ、この場は適当に答えて教授のところへは行かずに違う宇宙島に行くべ。こうすればエピタフ関連の話はここで一度ストップになる。理由としてはエピタフも大事だけど、俺たちの目的が宇宙を巡ることが最優先目標であるからだとしよう。

 

 小マゼラン一周もむろん楽しいが、お隣の大マゼラン星雲も捨てがたいし、それ以外にも宇宙船をコロニーシップ化して外宇宙に出るというのも一興だ。古代の宇宙人遺跡がある世界だし、他にも宇宙人いるかもしれない。原作にはないルートの開拓とか考えたらオラわくわくしてきたゾ!

 

 だが、そんなバラ色の未来予想を粉々に砕く一言を中佐は口にした。

 

「私から教授には連絡しておいた」

「……へ?いま何と?」

「私から連絡を入れておいた。かなり高名な方だし、アポが取れるかは運だったが、私のコネでなんとか。な?」

 

 大変だったのだぞ、と苦笑するかのような、それでいて照れているような。なんとも形容しがたいが、そんな凄く良い笑顔を浮かべて、中佐はそう仰られた。そんな事を言われてもとても困る。脇に控えてる部下さんが、大変でしたぁって顔してらっしゃるので余計に。

 

「そ、そんなに凄い人なんスか?ジェロウ・ガン教授って?」

「ああ、遺跡関連にもそうだが、様々な分野でも天才的でな? その手の世界の人間にはシンパも多い。アポを取るのは本当に大変だったんだぞ?」

 

 うわーい、これで行かないとか言ったら俺どんだけKYだよ。

 どうやら外堀が埋められていたらしい。自業自得?納得できっか!断れんけど。

 

「教授はカラバイヤ星団のガゼオンという星にいるよ」

「了解、カラバイヤのガゼオンですね?」

「ああ、ソレとエルメッツァからでる君たちに、私の個人的な礼だ」

 

 すると何やら名刺みたいなカードを手渡された。

 

「軍の造船関連や兵装関連を扱っている会社だから、新しい星団に行くんだし訪ねて置くと良い」

「あー、はは、ありがたく貰っておきます」

 

 正直ウチの艦隊の兵装関連や艦船は、我らがマッドな技術陣達により常に進化している。一応参考程度に覗かせておくのも一興かな?

 

「私が出来ることはコレで全部だ。これからの航海の無事を祈っているよ?」

 

 こうして、ツィーズロンドに2~3日滞在した後、俺達は新しい宇宙島へと行く為。ボイドゲートへと向けて艦隊の針路を取った。そっち方面はいずれ行く予定だったし、特に問題は無いな。エピタフの事を考えなければジェロウ教授も仲間にしたかったしね。原作でも生粋のマッドサイエンティストっぽかったし。

 

 ああ、次はどんな事が待ち受けているんだろうか?

 

 死にたくは無いけどワクワクするぜ!

 

 そして惑星ドゥンガを経由し、新しいボイドゲートをくぐったのだった。

 




次回は……いつになるかなぁ……。

というか覚えてくれている人いるんだろうか?

まぁ、それでもやめませんがw

ではまた次回ノシ

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