何時の間にか無限航路   作:QOL

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第四章 カルバライヤ
~何時の間にか無限航路・第18 話、カルバライヤ編~


■カルバライヤ編・第十八章■

 

 さて、時系列はカルバライヤに入る直前、カルバライヤ・ジャンクションに到達する少し前の出来事である。次の宙域に繋がるボイドゲートに向かうまで、戦闘が発生しない限りはそれほど忙しくない俺は艦橋でせっせと事務仕事を行っていた。

 

 内容はついこのあいだのププロネンとの模擬戦で生じた損害について。である。正確には模擬戦で使った信管を電子封印した模擬ミサイルや照明弾の明細。艦載機の推進剤がどれだけ消費されたかのデータなどなどを眉間に皺よせながら決算していた。

 

 前者に関してはウチの技術陣が開発した装備でしか使われないミサイルだったので、部品を取り寄せるのに金が掛かり、後者は艦載機を乗せているので推進剤は管理局が補給してくれるが、どれだけの量が必要かをきちんと計算しなければならないので面倒くさい作業だ。

 キチンと消費された数を計算しないと、保管タンクに半分しか補充しなかったりする。まったくレギュラー満タンって一言で済めばいいのにと思った俺は悪くないだろう。

 

 そんな風に艦の運行をトスカ姐さんに任せたまま事務をやっていたところ、ブリッジに誰かが入ってきた。なにげなく其方に眼を向ければ、そこにいたのはルーのじっさまとお供のウォルくんであった。

 

「ルーさん、本当に降りるんスか?」

「ああ、一通り厄介事は解決した用じゃし、ワシらはそろそろフネを降りようと思うんじゃ」

「一緒に来ては貰えないんスね……非常に残念ッス」

「すまんのう、あまり一つのフネに居座るのは性にあわんのでな」

 

 艦橋に上ってくるやいなや、彼らは唐突にフネを降りると伝えてきた。いきなりだったので思わず放心したが、我に返った途端慌てて何故にと叫んでしまった。

 もしや、客分である彼らに対する待遇に不満が出たのかとも思ったが、訊ねてみたところ、どうにもそういう訳では無いらしい。詳しく話を聞けば、ウチの艦隊のことも粗方見終わったので、そろそろ見聞を広める旅を再開したいとのこと。

 

 要するに根無し草な放浪生活をしたいという病が発病しただけらしい。一か所に縛られるのは嫌いなんですね解ります。

 

「う~ん、ウチとしては、もうしばらく居て欲しかったんスけどねぇ」

「そこまで言われると、年甲斐も無くうれしいもんですじゃ」

 

 本心から述べたことを聞いて、どこか面映ゆそうに頬を書く仕草を取るルーの爺さん。言ったことに嘘などはない。彼らのこれまで経験に裏打ちされた確固たる助言にはかなり助けられた。さらに長い放浪生活で培った経験からくる見聞の深さに、俺たちは彼らに対し敬意を持つに十分すぎた。

 

 部下という訳ではない客分なので直接的な指揮下に置いたことはなかったが、それでも観戦という名目で時折近くに来た際にしてくれた助言の数々は、いまだに未熟なる己にしてみれば値千金の価値があったと言える。

 

 居るだけでも学ぶべきことを、ごく自然に示してくれる。生きる伝説と称されるのは伊達ではないということなのだろう。そんな素晴らしい人々を手元に置いておきたいと思ってしまうのは、一組織のトップとしては当然の感情だ。

 

 だが、彼らには彼らの考え、また生活がある。俺は0Gドッグであり自由に生きる男になりたいが、それを押し付けるような人間にはなりたくない。考えの押し付けなど、かつてロウズ宙域を封鎖した領主のデラコンダみたいであろう。

 

 自らの組織の為か、彼らの自由意思の為か。一瞬それらの対立が脳裏をよぎるが、まぁ答えは決まっている。彼らの自由意思を尊重する。これしかない。

 

「残念ではあるし、寂しい気もするッスけど。ルーさんのことだからきっと考えがおありなんでしょう?」

「うむ。流石は艦長殿。よくお分かりですな。実際、このフネは居心地が良すぎるので、今のままではウォルの為にならんのです。厳しい環境が若き鉄を鍛え、如何なものにも負けず、されど柔軟な芯を持つ鋼鉄を作るのだと、ワシは思っておりますゆえ」

「それはこの間の模擬戦が原因にあったりしますか?」

「直接的な原因ではありません。されど良き意味での切っ掛けではありました。あれも男ですからのう。ショックであると同時にいい刺激となったようで」

 

 ウォル少年に軍師としての視野を広げさせたいじっさま。流浪の身でありながら弟子を抱える身としては、やはり様々な所を巡りたいのだろう。確かにそう言った意味じゃ、このフネの中は便利すぎるしな。成長には時としてキツイ環境も必要って訳だ。

 

「解ったッス。残念ッスけど…まァルーさんの部屋は何時でも空けとくから、また何時か必要になったら来てくれればいいッス」

「そうじゃの。それにワシらも小マゼランで旅を続けるんじゃ。その内お前さんらと偶然出会うこともあろうて」

 

 じっさまはそういうと、あばよ……じゃなくて『ではな』と言い、ブリッジを後にした。たぶんフネから降りる準備をしに行ったのだろう。お別れだというのにあまり抵抗がないあたり慣れているのがバリバリだ。結構さっぱりしていらっしゃる。

 

 無論、いつもの如くじっさまの後ろに背後霊の如く一緒にいたウォルくんも若干ドモリながらであるが、小さくさようならと言うと、一礼をしてブリッジを後にした。 あー、これで少しさびしくなるなぁ。

 

『そういや、イネスは降りねぇのか?』

「な、なんだよトーロ。突然」

 

 ルーのじっさまを見送った直後、ブリッジのホロスクリーンのモニターにトーロの姿が映るとそうイネスに尋ねていた。どうやら保安部から掛けてきたらしい。おそらくは艦内を歩き回るルーを念の為に監視していた序でに今の話を聞いていたのだろう。

 

 断っておくがルーのじっさまの監視について俺は何も指示していない。ウチの艦隊ではルーもある意味で仲間に近いが、それでも身分は客分であり、客分である以上部外者に変わりはない。トーロも見知ったルーのことを好きで監視したいわけではないが、これも仕事であるので仕方がない。

 

 ともあれそんなトーロだが、イネスに連絡を入れてきた。個人に聞きたいのなら個人回線を使えばいいのに、中央ホロスクリーンに回線を繋いだのは……多分、うっかりだろうな。おかげで全員に聞かれている状態だが、俺はあえて聞いていないフリをしておこう。その方が面白い。

 

『だってお前さん、エルメッツァ中央方面の案内役って形で艦隊に来ただろう? 要するに白鯨艦隊は違う宙域に来た訳だからイネスの仕事が無くなるんじゃねぇかと思ってさ?』

「さ、最初はそのつもりだったさ!だ、だけどトスカさんやミドリさんたちが―――」

『あ、そうかスマン。お前さんは女性陣に捕まってたんだっけな? ゴクロウサン』

「おい、トーロなんだその憐みの目は?――ってコラ!通信を切るんじゃない!」

 

 全く、トーロも悪ふざけが過ぎるぞ? 大体、女性陣に捕まってアレコレされたのはイネスの意思じゃないだろうに……。まぁ巻き込まれるの嫌だから俺は遠くから見ていることしかできないけどな。実際、原作でユーリも女装させられてんだよね。

 

「――ん? どうかしたかいユーリ?」

「ん~、いやぁ相変わらず綺麗な御髪だと思ってたッス~」

「んな!? ば、ばか言うんじゃないよ! 私の髪なんか……」

 

 女装をさせた主犯であるトスカ姐さんをジト眼で見ていたら気が付かれたので、適当に言い訳したらスゲェ台詞吐いていた。俺って実はけっこうジゴロの素質あったり……いや、自分で言っていてねぇわ。

 

 トーロにからかわれて自分の席で地団太を踏むイネスと、俺の隣で恥ずかしそうに少し頬を赤らめながらも仕事するトスカ姐さん。いやぁ、今日もウチのフネはカオスですね。うん。

 

 

 

 

 

 

――――さてと、そんな事があってから、一日が過ぎました。

 

 あれから特に戦闘などもなく、無事にゲートを潜り抜けて新しい星系に進出した。こうやってボイドゲートを潜る度に心が躍るのは良いんだが、ゲートを超えてから問題が発生した。

 簡単にいうとチェルシーの体調が悪化しました。ゲートを潜った直後にロウズからラッツィオに渡る時のような感じになったっぽい。つまり“精神的な過労による体調不良”という診断結果であった。

 

 この結果に総料理長タムラは彼女の一時的な休暇を言い渡し、食堂のマドンナの不在に哀しい野郎どもの悲鳴が響いたとかなんとか。

 

 そんな訳で現在は医務室にて静養中らしい。医務室から知らせが来た時、やっべ忘れてた!と内心思ったのは俺だけの秘密である。

 

 まぁこればっかりはしょうがない。彼女は原作でも何度か頭痛に苛まれているが、これはボイドゲートからの干渉によるものなのである。その負荷は彼女が精神的に成長すればそれほどキツクなくなるらしい。

 つまり少女が大人になると痛みが緩和されていくと……字面だけ見るとなんかエロい気がするのは、きっと気の所為だ。何はともあれ彼女も成長していたのだろう。生活班に加えて色んな人と触れ合える食堂勤務にしたのが功を奏したといったところか。

 

 

 むしろ、これまでいくつもゲートを潜ってきたが、ラッツィオのゲート以降、ここまで如実に体調の変化が表れたことはなかったのだ。いや、周りが気づかなかったというべきか。

 彼女の性格上、倒れると迷惑になると考えて体調不良が起きても周りに察せないように演技していた可能性もある。本人がケロリと仕事に精を出していれば、忙しい周囲も気が付かないのも無理はない。

 

 あの娘ったら誰に似たのか、変なところで頑固で我慢強くて、優しい娘だからねェ。倒れた時に迷惑を掛けちゃったことを覚えていたんだろうな。その方がよっぽど心配かけることになるんだけど、まだまだそこらへんが未熟ねぇ。

 

 ところで本来なら俺も頭痛が来る筈なんだが……全然来ないんですけど? いやすっごく原作では痛そうだったから無いに越したことはないんだけど、義妹が苦しんでいる手前、なんか心苦しいというかなんて言うか。何とも言えない男心とはこのことか。

 

 

 まぁ兎に角、我が義妹は今のところは休めば職務に復帰できるくらいで、検査でも身体には特に影響は出て無いみたいだ。義理とはいえ可愛い家族が倒れたので兄としては真っ直ぐ飛んでいきたいが、俺も艦のトップに立つ男。私情で職務を放棄してまで彼女に会いにはいけないのだ。

 

 それに関しては外野が身内に冷たいぞーとかこんの冷血漢だの煩かったが、こればっかりは譲れない。でも心配は心配なので、今回通過したボイドゲートにほど近い惑星シドウに付くまでは休息延長して取ってもらうよう指示を下しておいた……メッチャ周りにニヤニヤされた。不覚。

 

 

 

 そんで何日か経ってようやく仕事を終らせた俺は、お見舞いと見舞いが遅れた事の謝罪の為に彼女の自室に直行した。俺が忙しかった理由としては、新たな戦力トランプ隊の編入が主な原因だ。

 

 当初は愛機のフィオリアを使うといっていたが、仲間になった以上VFとかに機種変更を申し渡したのだ。そこまでは良かったが、今後彼らの愛機となるVF等を航路上で飛ばすのに必要な管理局への書類を作成するのにかなり時間を取られたのである。

 

 その所為で中々時間が取れなくて、ようやく見舞いに来れたのは、惑星シドウに着く直前だったのは、さすがの俺も閉口してしまいそうだった。まったく心配してるならもっと早くこれんのかねと自己嫌悪。

 

「うっス、大丈夫かいチェルシー?」

『あ、ユーリ?いいよ入っても』

「んじゃ、お邪魔しますー」

 

 チェルシーの部屋に来た俺はノックしてから彼女に許可を貰い入室する。考えてみたら初めてチェルシーの部屋に来たんだよなァ。

 

「中々、こっちに来れんでスマなかったスね」

「今はもう大丈夫だよ。こっちこそゴメンね?わたしユーリに迷惑かけちゃったよ」

 

 彼女はそう言うと、ちょっとショボーンとしていた。ふむ、中々に庇護欲をそそる姿だな。これはナデナデくんかくんかしたくなってくる。しないけどな。

 発想が変態っぽい? 男は誰しも中身は変態紳士でゲスよ?

 

「誰だって体調が悪い時くらいあるッスよ。それにチェルシーは普段から無遅刻、無欠席だってタムラ料理長が褒めてたッス。少しくらい休んだって誰も文句は言わないっスよ。むしろ普段がんばってるんだから、少しくらい我が侭言ったって全然OKッス」

「――あう」

 

 とりあえず褒める。褒められるのが嫌なヤツはそうはいない。それに照れた妹様があまりにも可愛いく見えて、気がつけばついつい撫でちゃった。何? 気持ち悪い? ほっとけ。これは只の兄妹のスキンシップや。だから倫理的に問題な~し!

 ともかく、一通りチェルシーの髪の質感を楽しんだ後、再び部屋の中をちらりと見回した。整理整頓がなされていていい感じだ。でもちょっと無機質な感じが残っているのは否めないな。でもこのまま行けば自然にそれも消えるだろう。ウムウム。

 

 しかし見舞いの品が結構多いな。ぬいぐるみの他にも色々と――――!?

 

「―――うぇ?」

「ん?どうしたのユーリ?」

「え!?あ、あはは!」

 

 今気付いたんだが、ぬいぐるみの隣にメーザーブラスターが置いてある。いやソレだけなら問題は無い。どの部屋にも敵から白兵戦などを受けた時用に弾薬のエネルギーカートリッジやメーザーの一つや二つ置いてあるからだ。

 だが、それは大体、引き出しの中とかにしまってある筈。何故かチェルシーの部屋にガンラックと思わしき棚が置かれ、そこに軽く10丁近く陳列されてるンですけど。何でだか知らないけどコレクションみたいになってんぞ?

 

「コレ? 最初の1丁は護身用にってトスカさんに貰ったんだけど、何だか自分でも欲しくなって集めたの」

「へ、へぇ。そう何スか?まぁ、趣味は人それぞれッスからね」

「うん!」

 

 とても素敵な笑顔を浮かべる妹様。成長したけどまだエアリードスキルは高くないらしく、俺が引き気味なのに気が付いていないのはいいのか悪いのか。気が付けばガンコレクターになっていた事に、ちょっとショックを受けたとです。

 でも、偏見の眼で見ない。それが非行に走らせない秘訣!

 

 チェルシーよ。兄ちゃんは応援しているぞ。例えうっとりとした眼でビッグマグナムな銃を撫でていたとしてもな。ごめん、やっぱりドン引きだわ。

 

「でももうショップに並んでるのは網羅しっちゃったんだよね。他のを集めるにはどうすればいいのかな?」

「あー、そういうのは俺は解らにぃ……あ、そういえばストールとかが銃に詳しかったッスよ確か」

「ホント?じゃあ今度食堂で会ったら聞いてみようかな」

 

 あー!俺のバカ!なんで彼女の変な趣味を助長してんのよん!?兎に角、彼女が趣味を持ったことを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、それが問題だ。

 

 

***

 

 

 さて、中佐に紹介された教授がいる星に行く前に一旦惑星シドウに降り立つ。後は言わんでももう解るだろうが、0Gドッグの酒場へレッツゴーってな感じ。俺達の重要な収入源となっている海賊の情報を集めるのだ。特に金になりそうな奴の情報をな。俺はメインイベントの前にサブを終らせるほうなんだ。

 

「や、マスター。適当にお勧めをくれッス」

「あいよ」

 

 酒場に付いたらまず注文。コレどこでも同じだよね。とりあえず一杯ひっかけてからじゃないと、マスターは情報くれないんだよ。正確にはくれるんだけど、ちょっとだけ情報量が少なかったりするのだ。

 

 酒場のマスターって意外とせこい商売してるよなぁ~。ちょっと生暖かい眼をマスターに向けていると、氷水で割った軽めの蒸留酒が入ったグラスが俺の前にトンッ、と置かれた。多分合成酒だろうなぁ、非常にケミカルな緑色してるし。

 

 

「―――お、あんがとっス。所で、ここら辺は海賊は出るんスかねェ?」

「お客さん賞金稼ぎかい?」

「んー、似たようなもんス」

 

 賞金どころか敵の物資を丸ごと強奪しますけどなにか? それより情報クレ! 気分はクレクレ君な俺はカウンターの酒を一杯飲み干してからジッとマスターを見た。酒が無くなったのを見たマスターは、今度は別の酒を俺の前に置く。

 

 薄いオレンジ色の合成酒だがさっきのよりは少し値段が高め。まぁお察しの通り、ここでは酒の値段が情報量の目安になっている。ちなみに情報聞きながら酒を飲むと酒の値段+情報量で結構なお値段になるのだが……中々にアコギやなぁ。

 

「そうですねぇ。名が知られてるのはグアッシュ海賊団とサマラ海賊団でしょうね」

「サマラってのは、もしかしてサマラ・ク・スィーかい?」

「ありゃ?トスカさん何時の間に来てたの?」

「なに、懐かしい名前が聞こえたからね。ちょっと聞きに来たのさ」

 

 さて、マスターとの情報交換に何時の間にか近くに来ていたトスカ姐さんが割り込んできた。さっき色々買いに行くとかいって別れたんだけど、もう済んだのかな?

 

「お、よくご存じで。女海賊サマラ・ク・スィーが率いるのがサマラ海賊団です。数は少ないようですが粒ぞろいで賞金目当ての0Gドッグは大体返り討ちされて宇宙の藻屑にされていますね。微笑を浮かべて敵対者を完全に破壊するので“無慈悲な夜の女王”と呼ばれていまして、なぜか一定のファンがいます」

「アイツ、昔から変わらないね」

「ふーん、じゃあサマラさまはパス」

 

 

 賞金高くてもこっちの被害が大きいとなるとちょいと及び腰になる。第一ウチは敵のフネを鹵獲することが多いから、少数先鋭の海賊よりも数で攻めるタイプの海賊の方が正直な話し相性がいい。主に金になる的な意味でな。

 

「もう一つのグアッシュ海賊団は、傾向としてはスカーバレル海賊団に似ています。徒党を組んで襲ってくるイナゴみたいな奴らなんですが、最近は妙な噂がたっていましてね」

「妙な噂?」

「はい、実は一年ほど前にグアッシュ海賊団の頭領は捕まってるんですよ。それなのに海賊被害が全然減らないんです。お陰で物価が少し値上がりしています。今ならこの近辺での取引はレートが高いでしょう」

 

 ほうほう、海賊が横行するから取引レートが上がるのか……。

 確かに航路を海賊が跋扈してるなら危険度が段違いになるし、そういう航路は忌避されるからな。幸い貨物でそれなりに物資を積んできてあるから。後で取引させてみるのも手かもしれない。グアッシュ海賊団については、まぁ襲い掛かってきたらいつもどおりの対応をする事にしよう。

 

 俺は二~三品つまみを追加注文してから情報ありがとさんとマスターに礼を言った。仕事に戻るマスターを横目に、隣に座ったトスカ姐さんに声を掛ける。原作では確か姐さんとサマラさんは……なんだっけ? なんというか悪友というか腐れ縁的な? そんな間柄だったと思うが――? 

 

「ところでトスカさん。さっきの言い方から察するとサマラさんって知り合いッスか?」

「ん? ああ。私が十代の頃から付き合いがある。古い友人って奴さ」

「ほう、てことはかなり昔の――って危な!?なんで拳が?!」

「そんなに昔じゃないよ。私はまだ若いのさ」

「そうッスね。年齢なんてリジェネレーション処置の応用でどうにでもなるらしいし――グペッ!?」

「それは暗に私が年取ってるっていいたいのかい? 殴るよ?」

「それ殴ってからいうことじゃないッス」

 

 口は禍の元とは本当である。現に殴られたぜ。女性にお肌と年齢ネタはタブーだけど、ユーリは調子に乗ると、ついついやっちゃうんだ。

 

「あいたたた。ヒデェめにあったッス」

「アンタはもう少し女の扱いを考えな。もっと痛い目をみるよ?」

「後ろから刺される生活はしてないから別に大丈夫ッス。まぁ兎に角、狙う海賊はグアッシュに限定しておくッスよ」

「そうだねぇ………出来ればそうしてくれると助かるよ。ああ見えて可愛いヤツだからね」

 

 わぉ……恐れられている大女海賊を可愛いと呼べる貴女が素敵です。

 ともかく、ここでの鴨はグアッシュ海賊団になりそうだ。

 ご愁傷さまぁ~グアッシュ。美味しく俺達の糧となっておくれ。

 

「了解したッス。それじゃ、後は適当に情報をあさるッスかね」

「そう言いつつも本当の所は?」

「ただの自由行動ッス」

「そいつは良いねぇ、私もそうしようかな」

「良いんじゃないッスか? どうせ長くは滞在しないとは言ってもクルーの休養を兼ねて最低一日は居るんスからね」

「アイサー艦長。好きにやらせてもらうよ~」

 

 そう言うと彼女は、俺から離れて店の奥へと足を向けていた。どうやら酒場にたむろしている他のクルー達の間を適当に回るようだ。黙っていれば普通に美女だから、大体の野郎&女郎は彼女を簡単に受け入れる。

 

 そうやってクルーを労いつつも、さりげなくフネのクルー達が普段思っている不平不満や要望を聞きだして、後で俺に教えてくれるからありがたい。思わず姐さんに感謝を込めてありがてぇありがてぇと手を合わせていたところ、そんな俺に呆れたような声が掛けられた。

 

「キミは一体全体何をしているんだい?」

「えーと日頃の感謝の気持ち?」

「……疲れているなら、薬でも調合してあげようか?」

「気持ちだけで良いッスよ。ミユさん」

「少年、隣は良いかな?」

「良いッスよ?今は誰も座ってないし」

 

 おどけて見せる俺に呆れたような声を掛けてきたのは、我が艦隊が誇るマッド達の一人、ナージャ・ミユ女史であった。許可を得てスッと静かに横に座るミユさん。彼女とは久しぶりにあった気がする。

 彼女はマッドである事は確かだが、根っこの部分は非常に真面目かつ真っ直ぐだ。ただあまりにも研究に真っ直ぐだからマッドなのだとも言える。少年の心を忘れないケセイヤや浪漫を忘れないサナダさんとは別方向なマッドサイエンティストなのだ。

 

 だから彼女が研究にのめり込むと、そのあまりの集中力に素人は声を掛けることも出来やしない。研究室や解析室の揃ったマッドの巣から出て来ないので俺ですら出向かない限り直に会える事は稀だ。

仕事も早いし、やることは一流。勝手にクルーになっていたという謎のバイタリティを含めて、本当に良いクルーを雇えたとは思うが、コミュニケーションが取りづらいのは少し考慮するべきだろうか?

 

「どうした少年?」

 

 彼女がグラスを傾けるのを横でジッと見つめていたのが伝わり、反応した。俺は何でも無いと返し、同じく酒を傾ける。暫くお互い会話もなく静かにグラスを傾けた。

 うーん、なんだろう。これは中々に悪くない沈黙だ。普段酒場といえばバカ騒ぎが基本なだけに、まわりの雑音ですらBGMに聞こえてくる。大人な感じというんだろうかね? そんな事考えるあたり自分がDTである事は明白なのだが…orz

 

「―――そう言えば、君はエルメッツァの軍から、エピタフの情報を仕入れていたな」

「ん?ああ、そうッスねぇ」

 

 しばらくして、ミユさんは唐突に質問してきた。俺は対外的にエピタフの情報を集めていると言う事になってるので気になったのかもしれない。

 

「私も素材屋としては興味がある。是非とも手に入れたら、我々にも回してくれないだろうか?」

「回してって、どうするんスか?」

「決まっている。破壊して分子構造を隅から隅まで調べ、再構築するのだ。なァに宇宙は広い。一個や二個減ったくらいで、どうともならんさ。うまくすればエピタフを増産できて大もうけが出来るかもしれないぞ?」

 

 成程、確かに超古代文明が残した謎キューブなエピタフは好事家にも考古学者にも夢想家にも大人気だ。本物と寸分たがわぬレプリカが造れれば確かに大もうけできるかもしれないな。

 もっともこの先それをやった所為で大変な目にあう人がいるのを知っているので、俺はやらないけど…。

 

「はは、手に入ればッスけど仮に手に入ったとしても貴重品だからどだいムリッスね」

「そこを曲げて、何なら一晩くらい―――」

 

 そう言うと襟元を少しだけ肌蹴させるミユさん。トレードマークの白衣に隠されたスタイルのよさが普段のギャップもあって扇情的でぐっジョブです。でも、俺は生唾飲んでから彼女に待ったを掛ける。

 

「ストッープ。そこまでしなくても良いッス。どちらにしろアレはレジェンドレベルのお宝だから手に入るか解んないッスから……だから、幾つか手に入れられたらって事で今は我慢して欲しいッスね」

「ふむ、初心な少年だから色仕掛けで行けるかと思ったが失敗か」

「生憎と身持ちは堅いんスよ。ヘタレな童貞ってヤツです……泣きたい」

「それはソレで良いと私は思うがな。そこらの好色な0Gドッグより好感が持てる。泣きたいなら私の胸でも貸そうか?」

「是非……ゲフン、お気持ちだけでおなか一杯ッス。だけどミユさん。幾ら自分の身体とはいえ大事にしないとダメっスよ? じゃないと艦長である俺が怒るッス」

 

 俺がそう言うと、きょとんとした顔をするミユさん。

 いっけね?外したか?―――そう思った時。

 

「ふふ、あっははは! そんなことを言われたのは久しぶりだ!」

「うわっ痛っ! やめて叩かないでっ」

 

 いきなり笑い始め、さらに俺の肩をバンバン叩くミユさんに戸惑う。急に騒がしくしたので周りからくる探る様な視線! こっぱずかしいね!

 

「おい、少年。私はキミが更に気に入ってしまった。どうしてくれる?」

「いやそんなこと言われても」

「フフまぁいい。それとありがとうな少年」

「ええと、どういたしまして?」

 

 なんかよく解らんが、ミユさんとの好感度でも上がったのかえ?

 まぁよく解らんが、とりあえずこの場は俺が奢っておいたのであった。

 

 

***

 

 

 さて、惑星シドゥを後にした我ら白鯨艦隊は、その後も適当にカルバライヤ星系をぶらぶらと巡り、途中の星で宇宙船の重要部品の材料になるジゼルマイトの鉱山とかで採掘アルバイトしたりして過ごしたりした。

 何をするにも先ずは先立つものが必要なのだ。いくらか蓄えがあるとはいえ、持っていて困るものではない。稼げるときに稼ぐのも宇宙で生き残る上で大事な事である。

 

 そうやって航路を渡っている間、幸か不幸か海賊には遭遇しなかった。

 だが、この稼業に生きる以上、絶対に海賊とは遭遇する訳で―――

 

「早期警戒機(AEW)からレーダーリンク~。敵海賊艦隊を捕捉しましたー」

「データ取得、数は3、巡洋艦一隻と駆逐艦2隻の構成です」

【データリンク照会、敵艦はグアッシュ海賊団が使用するバクゥ級巡洋艦、およびタタワ級駆逐艦と判明】

 

 偵察に出していた早期警戒仕様のVFから情報が齎された。全長550mクラスの中華包丁みたいな形状の船首を構えたバクゥ級とそのフネの半分ほどの大きさしかない羽の短い小鳥が羽を広げたようなタタワ級二隻がメインモニターに投影される。

 奴さんらはステルスモードで隠された本隊である此方には気がつかず、真っ直ぐ白鯨駆逐艦隊へと向かっている。彼らからしてみればガラーナK級とゼラーナS級はかなりグレードが低い駆逐艦に映るのだろう。

それにしてもサナダさんが造ったステルスはかなり性能がいいな。メンテナンス大変みたいだが、まぁまだ試験段階だと思ってもいい機材だぜ。

 

「さて、お客さんだユーリ。どうする?」

「はは、そんなの決まってるじゃないッスか?」

 

 俺はブリッジを見渡しつつも、指示を出す為にコンソールに手をやった。手慣れた手順でコンソールを操れば、俺の目の前に複数のホロモニターが空間に投影される。これは各艦に通達するための“窓”だ。ぶっちゃけると内線だ。

 

「総員、戦闘配備! 目的は敵艦の拿捕、鹵獲にある! 前衛駆逐艦は高速機動戦準備! トランプ隊も発進! 各員準備を急げ!」

「アイサー艦長。『総員、戦闘配備。トランプ隊は発進準備を急いでください――』」

「ステルスモード解除。APFS及びデフレクターを戦闘出力へ出力と移行する」

 

 アバリスとユピテルのステルスモードが解除された。おうおう、もうそれだけで大慌てだな。艦隊の挙動が乱れているぞ? 駆逐艦だけのカモだと思ったが、カモは逆に自分達だってことにようやく気が付いたんだな。

まぁ、こっちもおまんま食う為だからな。勘弁してくれや? げへへ。

 

『こちら格納庫! 発艦準備よし!』

「あ、そう言えばトランプ隊は今回が機種変更しての初出撃になるのか」

「そういやそうだったね。ププロネンにつなぐかい?」

 

 トスカ姐さんがそう言ってコンソールに手をやったが、俺は手を振ってそれを制した。

 

「いや、今は良いッス。きっと気が立っていると思うし」

「ソレもそうだね」

 

 彼らはプロだ。鹵獲しろと言っておけばどうにかするに決まっている。傭兵稼業を長らく続けていたのだし、雇い主の意向に従わない筈がないのだから。

 

「敵艦にエネルギー反応。レーザー発射を確認。同時に小型飛翔体も確認。Sサイズの対艦ミサイルです」

【こちらへの機動妨害の為に乱射した模様です。レーザーは本艦隊の3時上方、離れた空間を通過します】

 

 敵さん慌てて撃ってきたが、大体2000㎞位だろうか? えらく離れたところを通過して霧散して消えた。宇宙での距離は地上のソレと違い長大なので、射撃諸元もクソもなくぶっ放せば、誤差でそうなるな。

 

【ですが敵のミサイルはデフレクターに直撃コースです。衝突まで40秒。僚艦による迎撃かTACマニューバで回避しますか?】

「迎撃も避ける必要もなし。そのまま突っ込めッス」

「アイアイサー」

 

 一方のミサイルは偶然の一致と見るべきか、こちらへの衝突コースに入っている。本来なら直掩機に迎撃指示を出すのだが、俺はあえて避けないという指示をくだした。

 これは旗艦ユピテルの旗艦出力から考えるにデフレクターの防御スクリーンの強度はアバリスすらも凌ぐというのが一つ。それと敵に対する示威行為であることも理由に含まれている。避けられる攻撃を敢えて受けることで更なる動揺を与えるのが目的だった。

 

 命令により、旗艦を守るように展開していたオル・ドーネKS級巡洋艦が電子妨害を行いながらミサイルの射線から退避する。ミサイルと接近するのはKS級の方が先なので万が一に備えての電子妨害である。

 これによりミサイルは一時的に目標を見失ったが、すぐに搭載されているセンサーで新たなる標的、すなわち本艦を捉えてこちらに進んでいた。真っ直ぐ飛ぶ槍のごとし対艦ミサイルはユピテルが展開していたデフレクターへとなんの妨害もなく直撃する。

 重力井戸の重力場を利用した防御スクリーンに、質量兵器であるミサイルはもろに影響を受ける。それこそ透明な壁に激突するようにして、スクリーンと接触した瞬間ひしゃげてくの字に折れ曲がり、デフレクターの向こう側に大きな火球を形成した。こんなもの、重力変調で巻き起こるメテオストームに比べれば屁のツッパリにもならない。

 

「本艦に被害なし」

「よし! トランプ隊発進ッス!」

 

 敵が動揺したかはわからないが、攻撃が効いていないことは観測できている筈だ。とにかく敵の無効化を行うためトランプ隊を発艦させる。VF-0に機種を変更したばかりだが、腕のいい彼らには海賊相手では物足りないかもしれないな。

 

「駆逐艦隊はトランプ隊を援護しつつ、連中を包囲して逃げられないようにするッス」

「了解、各艦に通達します」

「ユーリ、キーファーもだすんだ。内部から制圧させるよ」

「うっス。ミドリさん聞いてた?」

「聞いてました。キーファー隊も出します。トランプ隊には援護要請をだしました」

 

 トスカ姐さんの提案で、続いてVB-0ASキーファー計3機が発艦する。このキーファーは形式番号のとおり、モンスターの系列に連なる派生機である。かの機の特徴であるレールカノンを取っ払い、開いたペイロードを装甲に当てたキーファーは、敵艦への強襲接舷を敢行し、内部からフネを制圧する特殊な揚陸艇であった。

 

レールカノンが無くなり総火力こそ低下したが、変わりに対レーザー塗装がされた装甲に換装され、パワーアーマーで身を固めた男達を敵艦へと運んでくれる頼もしい存在であった。

そして、発艦ベイから強力な推進器の力で飛び出したキーファーたちであるが、彼女らにはさらなる特殊な機能を開発したマッドたちから与えられていた。

 

「キーファー隊~、センサーからロストー」

「ステルス機能は順調に稼働しているようです」

 

 それはステルス機能である。むろん、アバリスやユピテルに搭載されたような姿まで隠せる様な出鱈目なステルスではない。通常のステルス機能であり、敵のセンサーをある程度誤魔化すことができ、被弾率を下げることが可能となっていた。

 

 さて、この後の展開はいつも通りであった。

 

 初出撃したトランプ隊が敵の周囲を派手に飛びまわり、すれ違いざまにバクゥ級とタタワ級の武装を破壊していった。加速した状態のままで武装のみ破壊とかどこのエースコンバットだと言いたいが、実際彼らはエースなので問題ない。まだ人型への変形機構に馴れて無いので、作戦中はずっとファイターモードだったが些細なことだろう。

 

 武装を破壊された海賊は逃げようとするが、逃げ道を塞ぐようにK級とS級が進路上に展開して威嚇砲撃を敢行する。どこぞのいかれた砲撃手のログデータが逐一更新されているからか、その威嚇砲撃の弾幕は凄まじく、むしろシャワーの如き弾幕なのになぜ当たらないと言わせしめるくらいの物だった。

 そうやって停止、もしくは減速した海賊船にキーファーたちがそれぞれ一機ずつ強制接舷し、パワーアーマーに身を包んだよく訓練されている保安部陸戦隊が内部から制圧した。

 

 こうして、俺たちはほぼ無傷の巡洋艦と駆逐艦二隻を丸ごと手に入れた。後はこれを曳航し近くの宇宙ステーションで売るだけだ。もっとも、調べてみたところ値段的にはどちらもあまり高くはない。どちらも民間で使用されているフネだし、タタワ級にいたっては駆逐艦クラスの速度と火力があるが大きさ的には攻撃艇レベルである。

 

 まぁそれでも売れば金にはなる。今日もこちらの被害はほぼなかったし、強いぞ白鯨艦隊とか妄想していた……のだが、その時であった。ブリッジに異常を知らせるサイレンが鳴り響いたのだ。

 

「む? インフラトン機関の出力が低下中じゃと? おかしいのう、キチンとメンテナンスはすましておるんじゃが……。ユピや。200番台までの閉鎖弁を緊急閉鎖。排熱は128バイパスを通じて船外へ放出しておくれ。それとシステムチェックも頼みますじゃ」

【了解です】

 

 警告灯が点滅する中、機関長のトクガワさんが少し慌てたようにコンソールを叩いている。何かあったのだろう。そう思い俺は彼の席に通信を繋げ、声を掛けた。

 

「どうしたッスか?トクガワさん?」

「艦長、インフラトン機関の出力が低下しとる。今の所インフラトン・インヴァイター全体には異常ないんじゃが、機関部への粒子供給量が極端に下がっておって、このままじゃと後20分で完全停止するじゃろう」

「ゲッ、トラブルッスか? しかも機関部の……そいつは洒落にならねぇッス」

 

 エンジンはフネの心臓部。俺たちが宇宙空間にいるにもかかわらず、地上と同じように歩き回り、空気が吸えるのも全部エンジンが賄う膨大なエネルギーがあるからだ。

 

「とにかく一度エンジン停止してシステムを通常から非常モードへと移行してくれッス。機関室班は整備班と科学班と一緒に全力で原因究明を急いでくれッス」

「まかされました。そういう訳でサナダくん、行こうかのう」

「すでにケセイヤにも声を掛けてあります。行きましょうトクガワ機関長」

 

 トクガワさんとサナダは自分の席から立ち上がり、駆け足でブリッジから出て行った。それを見送りつつも、俺は突然ユピテルの機関部に異常が発生したことに驚いていた。機関長は過去の経験から、機械任せではなくて自分で何時も整備を行っている。そんな彼が手がけた整備に不備があったとは思えないし、思いたくはない。

 

 とにかく一刻も早い原因究明が必要だ。とりあえずは異常を知らせるサイレンがうるさいので停止させ、トクガワさんたちが原因を見つけ出すまで、異常が起きたと思われる主機関の火を一度落として慣性航行に移行させることにした。

 

 その間の周辺警戒は他の僚艦が輪形陣を組むことでカバーさせよう。そう思いコンソールに手をばしたその時だった。

 

【艦長! 大変です!】

「どうしたッス? 」

【再び機関部に異常発生! 機関がスクラム(緊急停止)しました! それと周囲に展開している駆逐艦隊と巡洋艦の機関部にも不具合発生の信号が発せられました! 現在全艦が主機をスクラム! 白鯨艦隊は航路上にて停止します!】

「うえ、うえ~っ?!」

 

 思わず叫んだ俺は悪くない。なにせユピテルだけかと思いきや艦隊のほぼ全ての艦に異常が発生したのだ。驚くなという方がどだい無理である。

 どうやら事態は思っていたよりも深刻だったようだ。俺はすぐさま乗組員全てに緊急事態であることを通達し、非常事態宣言と同時に問題の対処に動くように指示を出した。

 

 そうやって動く中、脳裏に以前トクガワ機関長から聞いた漂流話を思い出し、背筋に氷柱を突っ込まれたような寒気を感じた。嫌だぜ? 宇宙をずっと漂流だなんて……。

 

 EVA班が小型艇に乗り込み、他の艦へ向かうのをモニターで眺めつつ、整備班や科学班が原因を突き止めてこの事態を何とかしてくれるように祈った。

 

 

……………………………

 

………………………

 

…………………

 

 

 さて、異常事態発生から数時間後。完全に身動きが取れなくなった俺たちの艦隊は、慣性航行とは名ばかりの漂流状態となって航路に浮かんでいた。

 今のところ各艦センサーの範囲内なので異常事態が解決できれば広い宇宙でロストという事態は防げるだろう。センサーの範囲外に出てしまうと遠隔操作も出来なくなるから重要だ。現在の状況は最悪ではない。正確には最悪ではないだけで好転してはいなかった。

 俺はブリッジで各区画から上がってくる報告をまとめながら、湧き上がるストレス性の頭痛に眩暈が起こりそうだった。宇宙ってのは何が起きるのかわからないところだと知っていたにも関わらず、いま起きている現状を認めるのは大変疲れることだった。

 

「お疲れユーリ。飲むかい?」

 

 サド先生あたりに頭痛薬でも貰いに行こうか……いや、彼の御仁だと万能薬とか言ってアルコール処方しそうだからやめておこうとか考えていたところ、トスカ姐さんが二つのマグカップを手に声を掛けてきた。匂いから察するにコーヒーか何かだろう。その気配りだけであなたが女神に見えてきます。

 

「いただくッス」

 

 当然遠慮なくいただいた。思った通り受け取ったマグにはコーヒーが入っており、おまけに砂糖入りでさっきまで無い頭振り絞っていた脳みそに沁みていく気がした。トスカ姐さんも自分の分だろうマグカップに口をつけながら、俺の傍のコンソールの恥に寄り掛かる。

 しばらく互いのコーヒーをすする音だけが響く。ホッと一息入れられたことで気が付いたが、どうも眉間に大分力が入っていたらしく、少しだけ解れたのがわかった。それを見てトスカ姐さんが少し微笑んだ気がした。

 うーん、心に余裕がなかったのだろう。こういう気配りが出来る大人の女性っていいよな。結婚してください。

 

「それで、最新の今の現状はどうだった?」

「多数のケイ素生物がエンジンの粒子吸入口に付着してエンジンを塞いじまったみたいッス」

 

 唐突だが、彼女は俺に質問をしてきた。彼女も副長という俺の次にこの艦隊での権限がある人なので一々聞く必要はなく、ユピに尋ねるだけで現状を解りやすく手に入れられる。

 だが、あえてそうしないで俺の口から聞こうとしたのは、彼女なりの心配りである。どうやらさっきまでの俺は相当にヒデェ面をしていたらしいな。言葉の節々に気遣いのケを感じるのはうぬぼれだろうか?

 まぁ抱え込むよりかはだれかに吐露した方がいいこともある。それに彼女は副長という俺の女房役だ。一番の古株でパートナー的な意味で一番信頼できる彼女には隠すことなど何もない。そう思ってしまうあたり、ホントかなわないと思う。

 

 俺はよどみなく、現在各部署から上がってきた情報を伝え、彼女の反応をまった。

 

「うん? だけどそういうのを取り除く為のフィルターを搭載してたじゃないか?」

「そのフィルターを全部ふさいじまう程、この宙域に沢山浮遊してたみたいッス。センサーで感知できない程の大きさでも沢山吸い込んだモンだから」

「フィルターが機能しなかったのか」

「オマケにケイ素生物の何匹かがそれなりに成長してた個体らしくて、そいつ等がフィルターに穴あけちゃったンスよ」

 

 ユピテルの中央電算室のデータバンクに極僅かだが記述があったそうだ。この近辺にしか生息していないケイ素生命体。こいつらは鉱物をエネルギーにする不思議な生物なのだそうだ。

 その見た目は岩石と見分けが着かないし、俺ら炭素生命に見られるような解りやすい生命活動をしているわけではない。そんなヤツ等がフィルターに溜まったデブリなどのゴミに反応して活性化。その結果フィルターが食い破られたそうだ。

 

 そうして出来た穴から多数のケイ素生物やデブリゴミが、エンジンに続く粒子吸入口に雪崩れ込んでしまったみたいなんだよね。入り込んだゴミたちは機関部の色んなところを傷つけて行った挙句にエネルギー伝導管を流れる高密度のプラズマエネルギーに接触して焼きついてしまったらしい。

 

 イメージ的にはエンジンに砂糖入れて焼きつかせたようなものだろうか? その所為で周囲の隔壁が溶けてしまい、エンジンはストップする嵌めになったらしい。

 

「ははぁ、それでインフラトン・インヴァイターがオーバーヒートってことかい?」

「そうなんス。今EVA班たちが総出でプラズマカッター片手に焦げ付いたケイ素生物を機関部から取り除いてる最中ッス」

 

 何気なくコンソールに手をやり、外部映像のモニターを映し出す。そこには粒子吸入口の近くで工具を手に飛び回る整備班やEVA班の姿が映っていた。

 

「一応時間さえあれば取り除けるから問題無いらしいんス。それよりも傷ついたエンジンの方が不味いらしいッスね。トクガワさんとケセイヤさん曰く、機関始動の為にはレストア作業にかなり時間がかかるかも」

 

 エネルギー伝導管に不純物が着いた所為で、その部分だけが異常加熱を起こして溶け落ちた。ついでに廃熱システムも連鎖してパーンしちゃって、エンジンがオーバーヒートして加熱状態だったらしいからな。

 

 今回は緊急バイパスで外に強制排気して機関部内に溜まりかけた熱を急いで逃がしたからなんとかなった。ちなみに異常が起きた部分の温度は1200度にまで上昇していたらしい。プラズマエネルギーが漏れたにしては温度低いけど、そこらへんは最低限の安全装置が働いたお陰だそうだ。

 

 だけど、その熱量で周囲にあった電装系や修理ドロイドシステムもかなりダメージを受けたらしく、目下交換作業中だそうだ。フネの心臓部でデリケートな部分なだけに急ぎつつもゆっくり丁寧に作業中との事らしい。

 

「あ、そうだユピ。他の艦船もケイ素生物除去とフィルターの交換作業状況は?」

【はい艦長。現在保有する作業機を用いて本艦を最優先に巡洋艦、駆逐艦の順で除去作業を行っています。進行率は18%でしょうか】

 

 そういえばと、俺はユピに任せていた他の艦の作業状況を聞いてみた。俺たちの近くにホロモニターがピコンと表れ、サウンドオンリーと表示された画面から電子音声で訪ねた内容の解答が返ってくる。うん、全然すすんでねぇや。

 

 整備用マイクロドロイドとVFを作業用に改修したラバーキンも使って、急ピッチで作業を行っているが、26隻いる艦隊の全てが動けなくなったので、その除去作業は難航しているといってもいい。

 

【一応は救援信号を断続的には発していますが、運悪く場所がデブリベルトの中ですのであまり救援は期待できないかと……】

「ま、少し時間はかかるッスが、自力でなんとかできそうッスからね。人手は欲しいッスけど……厄介なお客さんが来なければいいッスねぇ」

「まぁまだ航空戦力となるトランプ隊がいるし、兵装は動かせるからそこらへんの雑魚なら撃退は出来るとおもうよ」

 

 もっともTACマニューバの使えないフネなんて瀕死の狸だけどね。そういってトスカ姐さんはコーヒーをすする。おい、どこでその台詞を……まぁいい。

 

 それはともかく、トラブルが起きている時は、注意を促す意味も込めて救援信号を流すこととなっているが、これはある意味諸刃である。

 その信号に気がついてくれたのが善良な0Gドックならこちらも諸手を挙げて歓迎できるのだが、信号を察知したのがハイエナの如き海賊だったなら……こちらもそれなりの被害を覚悟しなければならないだろう。

 不安はあるがとにかく修理に専念するしか今は方法が無い。人手の少ない我が白鯨艦隊の弱点……もう、人は石垣人は城ってか? ちょっと違うけどマンパワー欲しいなぁ。

 

 あふれ出る溜息と憂鬱さを胸に、コーヒーを飲み終わった後も実直に作業監督をしていた。そのお蔭かフィルターが詰まっただけで機関部に損傷のなかった艦――オル・ドーネ汎用巡洋艦一隻とガラーナK級突撃駆逐艦三隻――の修理が完了したという報告が上がってきた。

 偶然なのか彼女たちはフィルターを破られずに済んだらしく、フィルター表層に溜まったケイ素生命体をフィルターごと交換するだけで済んだのだ。これで動けるフネができたから海賊の襲撃に合っても対応可能だろう。

 

 問題はケイ素生命体が住む空間から離れられていない(慣性航行だったのと、ケイ素生命がいる空間の移動先が重なっていた為)ので、下手に戦闘出力でぶん回すと、短時間で同じような状態になる可能性があるということだろうか。

 

 まぁ兎に角、巡洋艦が復帰したのは助かった。巡洋艦の出力はそれなりにあるので、彼女をユピテルに接舷させて外部からエネルギー供給をさせれば、とりあえず窒息死は免れそうである。

 

 ハプニングはあったが光明が見えてきた。そんな矢先。

 

『オーイ! ソコのフネ……いや艦隊?! まぁいい大丈夫かい!?』

『おい、ルーべ! 俺達は急いでんだ! 勝手に通信をいれてんじゃねぇ!』

『何言ってるんですか! 救援信号を発しているフネを見捨てておけないでしょ!』

『てめぇこのヤロウ! 艦長の俺に逆らおうってのか!』

『やかましいハゲ!』

『殴った! 殴ったな! 仮にも上司だぞおいィ!?』

「今のは?」

「付近を航行するフネからの広域通信です。通信装置をONにしていたので、どこからかの通信が入ったのだと思います」

 

 どうやら俺達が発した救援信号を感知してくれたフネがいたらしい。戦闘の影響で流されたから結構航路から離れてたし、通信傍受なんてされないと思ってたんだが…。

 

 ま、一応通信を入れて来たってことは海賊では無いだろう。よほど賢しい海賊でも無い限り、海賊ならば問答無用で襲い掛かってくるのが定石だからだ。だからといって向かってくる相手を丸々信用するのは長く生き残れない0Gドッグのする事。

 俺はユピに指示を出し、修理が終わった駆逐艦をデブリの陰で息を潜めさせて護衛に回した。万が一、向こうが変な真似をしたら撃ち落とせば良い。現実は身内以外には非情なのだ。何をするにもまず身内を大切にしなきゃ、フネという共同体を回していく事は不可能である。

 

 ややあって。こちらに通信を入れてきたフネとの直接のホログラム通信による交信が可能な程に接近してきた。俺達の救難信号を受け取った相手と直接話せるので、どんな奴等なのか確認も兼ねてホログラム通信を繋げたのだが―――

 

『お~い、聞こえてるか?ソコのフネ!』

「此方白鯨艦隊旗艦ユピテル。聞こえてるッス………ところで、そちらの後ろで倒れている人は大丈夫か?」

 

 ホログラム通信に浮かび上がったのは、黒人も各やと言うほどの黒い肌をした人物である。そして、その手に持った紅いスパナはなんですか? 微妙にスプラッタを見せ付けられて背筋が凍りそうなんだが……、殺人鬼とか言わないですよね?

 

「うん? ああ、大丈夫。ウチの艦長は何気に丈夫だから」

「なら良いスが……」

 

 艦長さんは彼女の背後で頭を抱えて思いっきり呻いてる。うん、何も見ていないさぁ。 あちらの問題はあちらの問題。とりあえず助けて欲しいのはこっちなのだ。溺れる者は藁どころか塵芥だって逃すかよ。

 

「現在こちらは主機関のトラブルで身動きが取れないんス。今も修理をしているんスが圧倒的に人手が足りない。だから修理の救援をお願いしたい」

 

 コレ本当。フネの規模が規模だから機材を用いても修理に時間が掛かりそうなのだ。大艦巨砲とは浪漫だが、デカすぎるとこんな時に非常に困るのぜ。

 

『りょーかい。こっちからエンジニアを向かわせるよー。それにしても君、運が良いよ。こんな所に凄腕の機関士に会えるんだからさ。あっと自己紹介がまだだったね。ボクはルーべ、ルーべ・ガム・ラウだよ。今からそちらに移るから接舷コネクトとハッチ解放よろしく!』

「あいよー。救援感謝! 待ってるッス!」

 

 そして切れる通信。どうやら向こうの感じからして、百パーセント善意らしい。正直な話、主機関の修理を他の人間にやらせてもいいのかといわれれば、あまりいいとは言えない。メインエンジンはフネの心臓部、些細なことでも部外者に知られるのは少し問題あるだろう。

 

 だが幸いなことに、巨大で最新型とはいえ、俺の艦隊にあるフネが持つ全てのインフラトン機関はこの世界の大抵のフネに使われている有触れた技術で、所謂どこにでもある枯れている技術とも言える。

 

 空間通商管理局の整備補給を受ける為、殆どのフネはブロック工法とモジュール規格を統一されいるのだ。大きいだけで多分構造はほぼ一緒って事になるだろう。態々航路を外れつつあるこちらを、あちらさんが助けてくれるって言っているんだから、その言葉に甘んじるのも船乗りってもんだ。

 

 実際助けて欲しいのも本当だからな。いろいろと助かるぜ。

 

 

 

 

 

 さて、外部からの救援を受け入れてから2時間が経過した訳だが―――

 

「―――しっ、おっけ! インフラトン出力良好! 非常モード解除します!」

「ふむ、そんなやり方があったとはのう」

「あのケイ素生物はここの宙域にしかいないですから対処法はあんまり知られていないんですよ」

「ワシもまだまだ勉強不足じゃのう」

 

 なんかすさまじい速さでエンジンが復旧した。こりゃあビックリだ。助けに乗り込んできてくれたエンジニアがステマしてたんじゃないかって疑うくらい。

 こっちの整備班が出していた予想だと、あと73時間くらいは修理に時間が掛かる筈だったんだけど、救援に来たフネのエンジニアであるルーべが頑張ってくれたお陰でマッハで修理が終ったのだ。もっともルーべが張り切ってくれたのには理由がある。

 

「いいえ伝説の機関士長トクガワさんの整備は完璧でした! ただ予想外の事があっただけですよ!」

「ほっほ、そういって貰えると助かるわい」

「そうです! むしろこちらが色々と教わりたいくらいで! でも感激だな~、まさか、こんな所で伝説のトクガワ機関士長に出会えるなんて」

「いろいろとあったんだよ。それに伝説なんて、この爺には似合わんよ」

 

 これである。眼の前で繰り広げられている尊敬と謙遜の応酬。こちらに乗り込んできたルーべが作業にあたる前に、先に修理に出ていたこちらの人員と顔合わせしたのであるが、トクガワ機関長に出会った途端、ものすごく目をキラキラさせて握手を迫ったのである。

 彼女のあまりの剣幕に様子を見に来た俺達は驚愕したが、握手を求められたトクガワさんは何のその。慣れた様子で握手に快く応じていた。どうやら機関士など、その手の人間の間では、トクガワさんは生ける伝説と化しているらしい。

 なんでそんな凄い人がロウズなんて辺境に転がってたんだか……自分の運の良さに感謝の気持ちで一杯である。こうしてユピテルのメインエンジンは直ぐに修復され、また再び航路を旅することが出来るんだ。素直に感謝しよう。

 

それで、未だにトクガワさんの手を握ってブンブン振っているルーべを見て苦笑しながらも彼らに話しかけた。

 

「やるもんすねぇ、良い腕ッス」

「ああ、艦長さん。まぁボクの腕は故郷のジーバでも修理の腕前は一番だったんだ。まぁトクガワさんには負けるけどね」

 

 ルーべはそう呟くようにして言うと、再び尊敬の念を機関長に向けている。彼女の修理の腕前は言うに及ばず、素晴らしいと言えるほど凄腕だったのだが……。

トクガワさん、アンタどんだけ凄い人なんだ? そりゃ、偶に後光が差しているような感じはあるけどさ。

 

「今までどこに行ったのか行方不明だった伝説の機関士長。もうこの手は洗わない!」

「いや、洗いなさい。機関士と言っても女の子。最低限の身だしなみはしておきなさい」

「はい!解りました!」

 

 ビシっと、なぜか軍隊式な敬礼をするルーべ。

 中々ノリが解ってるじゃねぇか。

 

「さて、もう少しトクガワさんと話していたいけど、ボクはフネに戻るよ。念の為に宇宙港に入ったら再点検を忘れずにね?」

「了解ッス。でも大丈夫ッスか?」

「え? なにが?」

 

 俺の問いかけにキョトンとしているルーベ。いやだってさ。

 

「こっちに通信入れてきた時に、何やら上司さんともめてたみたいに聞こえたんス」

「あー、そういえば。ついついヤッチャッタ。でも大丈夫。結構こういうことよくやってたからね! 理解してくれるさ!」

「それはなんていうか……救援感謝ッスよルーべさん。コレ一応のお礼って事で」

 

 俺はマネーカードを差し出そうとしたが、ソレはルーべに止められた。

 

「いらないよ。こっちは善意で助けたんだからさ」

「そうッスか。ま、それなら貸し一つって事にしとくッス」

「はは、また会えた時に僕が困っていたら、返してくれればいいよ。それじゃ僕は戻るね」

 

 ルーべは俺の言葉にウィンクで返し、減圧ブロックへと向かっていった。ところで彼女は知らないのだが、彼女が乗り込んですぐに彼女のフネの責任者が彼女をほっぽり出して帰ろうとしたのだ。特に殴られたと思わしき責任者は怒り心頭だったようだ。

 

 こちらとしても彼女を置き去りにされるのは色んな意味で困るので、なんとか修理が終わるまで待てないか交渉したのである。誠心誠意、謝礼のマネーをちらつかせるとコロッと態度てくれたので何とかフネは待ち続けてくれた。ただそういった事情を知っている以上、彼女がどうなるか少し不安である。

 

 まぁ本人が心配してないし? こちらが関わるようなことでもないし? 後は彼女次第だよねぇ。

 

 

***

 

 

―――惑星ジーバ・空間通商管理局・巨大船係留ドック―――

 

 

 さて、トラブルがあったけど、ちゃんとしたドックがある管理局の軌道ステーションに入港した。到着してすぐに管理局側に大型艦メンテナンスドックの使用申請を打診し、あの航路から最も近かった、この惑星ジーバにて補給と再メンテナンスを行った。

 ルーベのおかげでココまで何の問題も無く運航できたが、宇宙船は本来精密機械の塊だ。確かに宇宙という人の生存を許さない苛酷な環境の中でも、ちょっとしたことでは壊れないが、だからといって油断は出来ない。

 

 特に今回起こった事故のような事が再び起きないとも限らないのだ。用心は多くても困ることは無いのである。

 また、一部あり合わせの部品で応急修理を行った場所をちゃんと修復し、こんなことが再発しないようにフネの改造もしたいという考えもある。うちの連中、性格はともかく優秀であるから二度と起こることはもうないだろう。

 

 今頃ケセイヤさんやサナダさんやミユさん等のマッド陣営が、メンテナンスドロイドの改良と言う名の魔改造を施しているだろうな―――R2-○2 とか造らんだろうな?ソレは流石に不味いぞ? 版権的に……。

 

 まァともかく。メンテナンス中は動けないので各員やるべき事をしにいった。

 かく言う俺も―――

 

「ふーむ、いつもながら素晴らしい。武装類以外は無傷ですね。今回はこれくらいでいかがですか?」

「むー、もう少し上がりませんかね?」

「あー、そうですねェ。……私も新品のオイルとか欲しいですねェ(ボソ)」

「それは都合がいい。ちょうど貿易用に大量に輸送してきたんだった」

 

 今回の事故の直前に拿捕した海賊船を、より高く売却する為の交渉を管理局側に行っていた。目の前には通商管理局が使っているローカルエージェントがニコニコ顔で立っている。

 

「いえしかし、0Gドック様方からそういった品を受け取る訳には」

「うーん。こっちで輸送品を仕入れたいから、場所をとるオイル樽とかは売却するか廃棄したいんスよねェ」

「「…………。」」

 

 通商管理局のローカルエージェントと無言で睨みあう。だが直ぐにお互いに破顔すると、ガシっと握手を交わしたのであった。交渉成立だ。

あっちはオイルを入手し、此方は少しだけ査定を高くしてもらい海賊船を買い取って貰える。お互いの損の少ない有意義な交渉だったな。

 

「あれ?でも何であのエージェント俺が以前にゴッゾでやった事を知ってるんスか?」

「艦長知らなかったのかい?連中は結構色んなところで並列化されてるんだよ?」

 

 エージェントへの些細な疑問を呟いたところ、後ろから声を掛けられた。振り返ると燃えるような赤い髪をした胸が大きな女性が立っていた。そこにいたのは生活班の物資管理の一切を引き受けているアコーさんであった。

 

「ありゃアコーさん。こんなところで奇遇ッスね。って並列化?」

「だから管理局のステーションで問題起せば、他のステーションでもマークされるってワケさ」

 

 ほうほう、並列化とかこれまたSFロマン単語が。こういうの好きなんだよね。

 

「後ちょうど良かったよ。これ補給品の目録。一応生活必需品Ⅰ型コンテナを100と生鮮食材の冷凍コンテナを200程。後は有料だったけど、以前から要望があったモノをパックした雑貨コンテナを幾つかってとこ。確認よろしくー」

「ん、どれどれ――無料の食料と生活必需品はともかく、有料の雑貨の量がいささか多い気もするけど、まぁ今回のアレの事もあるしな。あい解った。雑貨コンテナの方は財源から捻出おくッス」

 

 しかし、雑貨コンテナか。たしか船内で買い物が出来るシップショップの品物も入ってんだよな。今回はコレの他にフネに使う修理用の素材とかもよそから仕入れたらしいから、今回の値段はそれら全部含めて、およそ2000Gってとこか。

 拿捕した海賊船を全部売り払った値段が、約7300G程度。これは中古のフネはどんなに新しくても買い取り価格は新造で巡洋艦を造船ドックで作ったときに掛かる値段の半額となるからだ。

 加えて無力化の為に武装周りを壊したのでさらに減額となる。今回はそれにプラスして交易品やジャンク品の買い取りを含めるので、最終的にこちらに入る金額は大体8000G。

 

 支出との差額は6000Gが手元にってところか。無力化のために多少傷つくから拿捕したフネでも安いもんだ。もっとも沈めたフネのジャンクパーツ売るよりかは高いけどな。おおよそ桁が一つ違うのだからなるべく拿捕したいもんである。

 

「ふぅ、もう一隻ユピテルと同型艦を作りたいんスがねぇ」

「しばらくは無理だとおもうよ艦長。ウチの浪費の大半はマッドの巣だしね」

 

 原作と違い支出が高い事高い事。お金の昔の呼び方はおあしと言うらしい。なんでも脚が生えたみたいにすぐ無くなるかららしいが、まさにその通りだ。昔の人は的確だわ。ホント艦隊運営も楽じゃないぜ。

 

「……なんか、自力で資源惑星見つけて鉱脈でも探して造った方が早い気がしてきたッス」

「ん~、でもそうなると私はここから抜けようかな。色んなところを旅したいから乗り込んだわけだしね。娯楽もなんもなさそうな資源惑星で石ころ数えて過ごすなんて真っ平御免さ」

「Oh! アコーさんに抜けられると困るから、このまま頑張るしかないッスね!」

 

 おどけたように冗談をいう女性だ……いや、おどけてるけど本気か? 本気なら拙いな、彼女ウチの補給関連一手に引き受けてるし、抜けられたら俺が過労で死ぬ。序にレーダー手のエコーも彼女の姉妹だから抜けられると彼女も……うへぇ、クルーの望みを考えるのも楽じゃねぇなオイ。

 




いやぁ、水便で死にかけました。腹痛甘く見るとヤバいッスね
あ、汚い話してごめんなさい。それじゃあまた次回にノシ

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