何時の間にか無限航路   作:QOL

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気が付けば8月。時間が経つのが加速してる気がします。
今回は二つ投稿です。こちらが最初ですハイ。


~何時の間にか無限航路・第19話、カルバライヤ編~

■カルバライヤ編・第十九章■

 

 さて、日常とは代わり映えのしない毎日のことであるという。俺にしてみればステーションでローカルエージェント相手に商談したり、宇宙空間で襲来する宇宙海賊を根こそぎ薙ぎ払うのも、いまでは普段の代わり映えのしない日常ということになるわけだ。

 

 しかし、日常だけではあまり面白くない。人は常に刺激を求める。だからこそ、日常というステージの中に少しだけ日々の出来事と違うことが起きる。小さな非日常があるからこそ、輝いて生きていけるってわけだ。

 

「おっし飲め飲め!ルーべ!」

「んぐんぐんぐ、ぶはー!おいしい!」

「すげぇ、よく一気飲み出来るなぁ」

「ボクはこう見えても、ジーバで一番のざるらしいからね」

「いや、そこまで行くとこの宙域一じゃねぇか?」

 

 まぁ小難しいことを並べたてたのは別に意味などない。言ってみたかっただけだ。それよりも今起きていることを直視しようじゃないか。

 

 いやはや奇妙な縁もあるものだ。俺はアコーさんと別れ、一人ステーション内にある酒場に向かった。中では相変わらず0Gドッグたちがたむろしていたわけだが、そんな中になんとルーべ・ガム・ラウがいたのである。

 奇しくも以外と早く彼女と再開したのであるが、フネの修復作業でお世話になったし顔も見知っていたので声を掛けてみた。ルーべにはユピテルの修理で良くしてもらったので覚えが良く、俺は暇そうな連中を酒場に呼び寄せて宴会しようぜーと一声かけてみた。

 

 そして、白鯨のクルーはそういったのが大好きなんだ。皆これ幸いと再開を祝してという建前で酒場の一部を貸切って飲み会を始めた。その飲みっぷりはまさに穴が開いた樽だ。そんな中でも別格の底が抜けた樽であるトスカ姐さんが登場し、彼女の悪乗りによりルーベを巻き込んだ飲み比べ大会が勃発した。

 

 この飲み比べでルーべに付いていけたのは、うちの人員からはトーロとトスカさんだけであり、ほかは物の見事に撃沈されてテーブルをベッド代わりに酔い潰されて寝息を立てている。

 

 こうなる事を見越していた俺は、最初からセーブして飲んでおり、飲み比べにも参加して無かったので酔ってはいない。だが酒関連の面倒は、別に強制飲み比べ大会だけじゃない。

 

「ちょっとー!聞いてりゅのう?ゆーりぃ~」

「き、聞いてるよチェルシー。あと近いっス」

「わたしのさけがのめねってぇーのかー!ばーろー!」

「うっわ、超棒読み」

 

 これだよ。素面だと何故か酔っ払いに絡まれるのだ。これが普通のおっさんなら殴り倒すのだが、相手は眼に入れても痛くない可愛い義妹のチェルシーである。一体誰が彼女にココまでドロドロになるまで呑ませたんだチクショーめ!

 

「いいわねチェルシー。私も、エイ」

「ちょっ!おいティータ」

「なに? トーロ嫌なの?」

「い、嫌じゃねぇけど……酔ってるか?」

「酔ってないわよ。ええ酔ってませんとも、酔う筈が無いじゃない」

「とか言いつつジョッキを煽るの止め、って抱きつくなって!」

「「「「うぅ~、トーロめ妬ましい」」」」

 

 

 もうやだこの空間。

 

 

……………………………

 

………………………

 

…………………

 

 

 しばらくして、何杯もカクテルを飲み干したチェルシーがようやく泥酔した。今は俺の膝枕で眠っている。可愛い義妹の為に俺は膝枕をしてあげているのだ。サラサラでやわらかい髪を梳きつつも安心しきって眠っている眠り姫に苦笑する。

 羨ましいと思われそうだが、2時間トイレに行きたいのに行けない苦しみを味わってみれば、俺の今の状況が解るだろう。お酒って結構利尿作用あるしな。漏れそう。

 

「ゆぅりぃ~」

「はいは~い、アンちゃんはここに居るッスよ~」

「うにゅ~、スースー」

 

 ぐりぐりと顔を擦りつけてくる彼女に優しく起こさないように言葉を掛けると、至極安心したようにあどけない寝顔を晒してくる。何?この可愛い生き物?俺を萌え殺すつもりなのかしらん。

 でも、これはこれで良いかなって思っている自分が居たりする。ナチュラルでヤバいところに堕ちてしまいそうだぜ。

 

「しっかし毎度宴会になると死屍累々だなぁ」

「だね、まさか艦長とボクだけが起きてるなんてね」

「いやまぁ、ウチの義妹がこんなんッスからね、なでなで」

「のむ? 只の水だけど」

「あー、欲しいのは山々なんすけど、俺さっきからこの状態で……」

「おっと。それはそれは」

 

 気が付けばルーべがコップを片手に、こっちに来ていた。こちらの状況を見て色々と察したルーべはコップを引っ込めると、なぜか俺のとなりに越しかけた。しばらく彼女が水を飲む音とチェルシーの寝息だけが聞こえる。

 

「あれからどう? エンジンの方は?」

「ん?ああ。ウチの整備連中が頑張ってくれてね。あれから似た様な事は起きてないッス」

「そう、それはよかった」

 

 ルーべは俺の言葉に満足げに頷いてみせる。彼女もやはり本職の人間。自分の手掛けた仕事だけに、やはり気にはなっていたんだろうな。

 

「ところで、何でルーべはここに? もしかしてまだ上陸休暇中?」

「正解―――って言いたいところだけど、実はフネをクビになっちゃってね」

「ワッツ!?」

「ちょっと声が大きいよ。膝の上の彼女が起きちゃうよ」

 

 クスクス笑って見せるルーベに思わず大声を出してしまった。その所為だろうか、膝の上の眠り姫が身じろぎしたので俺は少し硬直する。だが眠り姫は少し身じろぎしただけで、すぐに寝息立てて寝てしまった。

 た、たくましくなってやがるなァ義妹よ。

 

「豪快な娘だね。きっと良い女になるよこの娘。良い女であるこのルーベさんが保障してあげる。いい娘を持って幸せだね艦長」

「勘違いしてるみたいッスが、彼女とは兄妹の関係なんスがね~」

「うそん? それにしては随分とべったりに見えたけどな」

「酒のちからッスよ。お酒のね」

 

 お酒の力にしては随分と盛大に甘えてくる気もするが、まぁ気にしない。

 

「話を戻すッスけど、首になった原因ってやっぱり……」

「流石にスパナは不味かったかな?あははは」

「あー、ぶん殴っちゃったあれが原因?」

「いやさ? 君達を助ける時にあんまりにも解ってくれなかったから、ついね?」

「これって、もしかしなくても俺達がある意味原因っぽい?」

「ん~、ふふ」

 

 なんとなく気まずい空気が漂う。というか、そんな風に困ったような微笑をみせられたら答えてるも同然じゃないですか、やだー。

 

「うわっ、なんか罪悪感がふつふつとわいてくるッス」

「どうせあのフネは近いうちに降りるつもりだったし、君達の所為じゃ………むむむ」

 

 突如ルーべは言いかけた言葉をひっこめると、何かをひらめいたとばかりに此方に振り向く。その眼には悪戯っぽい光で溢れていた。あ、これはもしやと俺は察した。

 

「そういや、一つ借りだって言ってくれてたよね?」

「ああ、そう言えばそんなことを言ったッスね。よく覚えていらっしゃる」

「じゃあさ。その借りを今返すってことで、ボクを君のフネに乗せてくれないかな?」

 

 ちょっとお酒が入っていたからか、冗談めかしてそう俺に告げるルーべ。

 しかし、ルーべの現状を考えるとこれは冗談ではないのだろう。機関士として生活してきたのに、これ迄乗っていたフネを降ろされたルーべは今のところ路頭に迷っているも同然なのだ。借りの話を持ち出して俺に話を振ってきたのは、まぁつまりていの良い就職先だと思われた次第で。

 ほろ酔いながらも俺は脳を思考させる。ルーべの機関士としての腕前は先の事故の時に証明されている。非常に優秀な機関士である上、トクガワ機関長を尊敬しているから勤務態度は非常に真面目なものとなるだろう。雇い入れた上でのリターン、プライスレス。

 だけど、俺は先ずはこう切り返すことにした。

 

「借りでは乗せないッスよ」

「そっか、残念だなァ……」

 

 残念そうにグラスを煽るルーベ。おいおい早合点だな。俺のターンはまだ終了していないぜ!

 

「キチンと雇うから、その借りはまだ取っておくッス」

「……ぶえ!? けほけほ、変なとこ、入った!」

「あ」

 

 さっきのルーべと同じく、悪戯っぽい光を眼に宿して俺はそう眼の前の優秀な機関士に告げたのだが、驚いた拍子に思いっきり合成酒が気管支に行ったらしく激しく咳き込んだ。

 なんか可哀相なので、俺は背中をさすってやる。気分はポ○モンに出てくるセントアンヌ号の船長の背中を撫でていあい切りを貰うところ……。

 

「ちょっと。もういい。そんな撫で方されたら」

「おおう、俺のナデポスキルで惚れちゃうッスか」

「いや別な意味で撫で方が上手すぎて飲んだの全部出そう」

「ごめんなさい」

 

 俺にナデポスキルは無い。無いのだ。チクショー。

 

「ふぅ。とりあえず乙女にこんなことしたんだから、責任とってくれるんだよね」

「勿論ッス。ウチのモットーは“人格は関係無しで一流”ッスからね。時には上の人間をぶん殴れるくらい肝の据わった人間くらいじゃないと部署は任せらんねぇッスよ」

「そうか、嘘ではないの……ええっ!? いきなり部署まで任せてくれるの!?」

 

 おいおい、何を驚く黒ウサギさん。

 

「ルーベのメカニックとしてのスキルはエンジントラブルの時にみさせてもらってるッスからねぇ。その実力ならトクガワ機関長直々の傘下につけても誰も文句は言われないでしょ」

「しかも生ける伝説の副官ポジなの? もう夢じゃないかなぁこれ」

 

 心底うれしそうにガッツポーズを決めるルーベに微笑ましさを感じるぜ。実際、彼女の腕はかなりのものだった。そうでなければいくら慣れているとは言え、宇宙船のエンジントラブルを数時間で修復なんて出来まい。

 ただ、懸念があるとすれば……。

 

「うへへ。かつて見たグランヘイム程じゃないけど、旗艦の主機もすっごくマッシブでエキセントリックだったから、ぐへへ」

 

 重度のメカオタクなのよねぇ、彼女。今ちょっと直視できない顔してるよ。

 

「それじゃ改めてボクはルーべ・ガム・ラウだよ。よろしく!」

「俺はユーリ。白鯨艦隊を率いる旗艦ユピテルの艦長ッス。これからよろしくッス。あ、ちょっと待っててくれッス―――ユピ、ちょっといいか」

【ハイ艦長。御用ですか?】

「え! これってもしかして統合統括AI? めっずらしいー!」

 

 懐から取り出したるは、ユピテルのメインフレームに直結できる携帯端末。表示されるホロスクリーンには人の姿は映らず、サウンドオンリーと大きくAIの文字。その所為かメカオタクのルーベはなんなのかがすぐにわかったようだ。

 しかし身を乗り出してまで見るようなもんじゃないと思うんだが……肩にあたってます。幸福です。

 

「ユピ、新しく機関士を一人追加ッス。ポジションはトクガワさんの下に頼むッスよ」

【調整しておきます。あとで携帯端末を用意しておきますね】

「よろしくね、えーと」

【あ、わたしのことはユピとおよびください】

「うんユピ。ボクはルーベ。よろしくな!」

「うん、頼むッスよ。それじゃなユピ」

【はい艦長。ルーベさん。ではまたフネで】

 

 こうして、機関士が一人。仲間に加わったのだった。

 

 

***

 

 

 さて、ルーベ加入から大体一週間が経過した。当初はいきなりの参加で若干戸惑いが互いにあったが、そんなもん時間が経てば大体どうにかなるもので、今では彼女も普通にフネに馴染みつつある。

 

 俺はブリッジに常駐しているし、ルーベはトクガワ機関長の下で現場に出ているのであまり出会わないが、それでも食堂や通路で出会ったら挨拶とおしゃべりくらいはするので、どれだけ馴染んでいるかは見て取れた。

 そうでなくても彼女の参入は基本女日照りな機関部員には問題なく支持されたからな。もとよりあまり心配はしていない。気になるとすればルーベを仲間にすると伝えた時、トスカ姐さんがまた女かいと呟いたんだが、はて?

 

 まぁそんな呟きをしたけど、トスカ姐さん普通にルーベと飲み仲間してるしなぁ。女は時折、良くわからないもんだ。

 

「ユーリ、そろそろジェロウ・ガンに会いに行かないと不味いよ」

「あーはは……めんどくさいけど、もう引きのばすのも限界ッスね」

 

 さて、そろそろ現実逃避はやめにしよう。俺はいま決断を迫られていた。それは初めてオムス中佐に出会った時、嫌がらせに頼んだ報酬であるエピタフの情報を頼んだのが発端だ。

 

 エピタフは原作において重要なアーティファクトであり、古代異星人の遺跡などから出土する遺物である。見つけた者は富を得られるとかいろいろと眉唾な伝説が付くほど希少な代物なので中々現物が見つからない。

 

 得てしてこういった類の遺物には膨大な真偽が定かではない情報も付属する。エリート軍人とはいえ、一地方の基地司令である彼に対する嫌がらせにはちょうどいいと思ったんだが、まさかその道の第一人者にアポがとれたなんて……予想外デス。

 

「ま、しゃーないか。腹を括るッス」

 

 俺は肩を落としつつも、航路を担当する航海班のリーフやイネスらに連絡を入れ、白鯨艦隊の針路を一路ガゼオンへと向けた。現在いる宙域からガゼオンまではさほど離れてはいない。

 

とはいえ到着するまで戦闘でも起きない限り少し手持無沙汰になる。つまりは暇なので俺は何気なくコンソールからフネのメインフレームにアクセスし、ガゼオンの情報を閲覧してみることにした。

 

――惑星ガゼオン――

 

・人工87億4千5百万人、大気は赤褐色のガスで覆われ1日中夕暮れの様な明るさしか無い。重力はおよそ1,2Gと高めであるが十分許容できる程度である。特産物は無いが近くのアステロイドベルトからの物資保管地となっている。

 

データが出て来た。ちなみに初版は大マゼラン歴2300年だから、今から大体250年前だわな。あってるんだろうか?ちょっとは差異があるかもわからんねー。

 

「ガゼオンの衛星軌道に到達しました。ステーションへとドッキングします」

「ういっス。んじゃトスカさん、行きやしょうか?」

「あいよ」

 

 とにかく普段どおりに停泊させてからガゼオンに降り立った。メンバーは俺とトスカ姐さんの何時ものコンビ。それと科学班でどうしても行きたいと言っていた連中が数名と、そいつらの引率を兼ねたナージャ・ミユさんが付き添う事となった。

 科学班の人間達はこれから会いに行く人物を顔だけでもいいからどうしても見たいという連中だ。その理由は……多分シンパシーとか同族意識という物ではないかと推測される。引率と言っていたミユさんが少し浮かれているのもそういう事なのだろう。全員の眼がトクガワ機関長に初めて会った時のルーベそっくりだ。

 

 そんなどこか不安溢れる面子を率いて、俺はAIのユピにフネの事を任せると、軌道エレベーターに彼らと共に乗り込んだ。後、何故かイネスも付いて来ている。理由としては最近下火にはなったが、未だに白鯨艦隊の女装少年愛好会♀の皆様に虎視眈々と狙われているらしく、下手に俺の傍から離れるのが怖いかららしい。

 そのほかに地上に降りる人々はもう一組いる。アコーさんたち生活班や個人的に買い物がしたい連中だ。我が義妹のチェルシーもまた、その他の人達との付き合いで、買い物に行くらしい。何でもずっと艦内にいるのではなく珍しい気候を持つ惑星へ気晴らしを行わせるのも兼ねているから、だそうだ。

 

 もっともそれに付いていく人物の一人がガンコレクターであるストールと言うのが気になる。何せねぇ、この間知ったばかりだが義妹の趣味がガンコレクターだったし、恐らくは武器屋でも覗きにいくのだろう。

 なんというかなんともいえない趣味を持ってしまった義妹にガックリ来る。だからって折角出来た趣味をやめろなんて言えないし困ったモンだ。俺の悩みを知ってか知らずか、ユーリと愉快な仲間たちは地上に降りたのだった。

 

「家の場所はどこッスかね~」

「んー?私は知らないよ?」

「えーと、“ジェロウ・ガン研究所、セクション4軌道エレベーターより南西に40km”だって」

「へ?イネス、今なんて言ったスか?」

「いや、惑星案内パンフにデカデカ書いてある。どうやら観光地扱いされている様だね」

 

 

 地上に降りてすぐ、どうやって行こうかと話していると、イネスがハイどうぞと薄いデジタルパンフレットを渡してきた。それには極薄モニターでホログラム投影された案内地図と現在位置ナビが表示され、その横には今イネスが口に出したのとほぼ同じ文句がつらつらと書かれている。

 このジェロウこそ、オムス中佐がアポイントを取ったというエピタフを含め様々な分野の第一人者だという。そういや俺は原作知識でしか覚えてないからステータスが高い人物という印象だけど、地元では結構有名人だったけね。ジェロウ・ガン教授。

 

「ハァ。いくッスか」

「レンタカー借りてくるよ」

 

 俺は諦めを込めたため息を吐いてトスカ姐さんが借りて来たレンタカーに乗ってそのまま研究所へと向かった。こんなパンフを見つけてきたイネスを少し睨んだのは内緒。ああ、新しい星なんだから観光を少ししたかったよん。

 レンタカーはそれなりに混雑した市街を通ってドンドン軌道エレベーター基部から遠ざかり、やがて周囲に立っていた高層ビル群を抜けた先の郊外に続く道を突き進む。街の外から出ると極端に交通量は少なくなるらしく、20分も経たない内に目的地に付いてしまった。

 そして到着したジェロウ・ガン教授の研究所。おおよそ三階建てくらいだろう窓が

ついた四角い小さな建物が周囲を囲む柵の中に佇んでいる。パンフにデカデカ書いてあったにしては、随分と小ぢんまりした建物が建っているだけで他には何も無い。

 

 

「ふーん、もう少し大きい建物を想像してたんスが」

「古代のアーティファクト、エピタフの研究だからねぇ。考古学に近いモノがあるから、研究スペースはそれほどいらないのかもね」

「君たちは何世代前の人間なんだい? 研究施設なんて実物を使わないなら仮想空間に置いておくものだろう。とりあえず入ろう。オムス中佐から連絡は言っているんだろう?」

 

 何故か今回付いて来ているイネスにそう急かされ、俺は研究所の門の脇に居る守衛に話しかけた。どうやら本当に話が通っていたらしく、すんなり研究所の一室へと案内される運びとなった。

 

 外見とは異なり通された部屋には様々なモニターやメーターがあり、いかにも解析をこなすマシーンって感じだったが、そのせいか人影は逆に少ない。その部屋で唯一の人影。そして主である一人の老人が、赤い杖をついて俺達を待っているかの如く佇んでいた。

 

「よく来てくれた。ワシがジェロウ・ガンだ。話しはオムス中佐から聞いちょるヨ」

 

 白髪が若干後退し、発達した前頭葉を更に大きく見せているこの老人はそう名乗った。彼こそがジェロウ・ガン。カルバライヤ宙域に研究所を構え、小マゼランにおいてはエピタフ研究の第一人者である老科学者である。

 

 一件すると老いさらばえた印象であるが、彼の眼の奥に湛えられた好奇心の火は未だに煌々と燃えているのが見て解る。原作における立ち居地は、万能の科学者。そしてリアルマッド。

 宇宙物理の全てを解き明かしたいと考える老人は狂気じみたその熱意を隠すような事はしていない。現に彼の眼は眼の前にいる俺達を写してはいない。その眼はもっと遠くの何かを見ているように感じられる。おおう、マジの研究者は色んな意味でスゲェな。

 

「初めましてジェロウ・ガン教授。自分は―――」

「ああ、別に自己紹介はいいヨ。オムス中佐の方からデータを受け取っている。君がユーリくんだネ?」

 

 こちらの自己紹介を遮るジェロウ教授。どうやら俺の個人データは勝手に流出しているらしい。これって訴えられるんだろうか? いや無理か。

 

「あー、はいユーリでス。改めて初めまして」

「うむ。ワシのことは教授でいいヨ。ではさっそくだが、エピタフについて調べているそうだネ?」

 

 あはは、ココロがイタイ。ここで衝撃の事実だが、俺自身はこのエピタフというアーティファクトに関してあまり興味がない。なぜならエピタフ関連は死亡フラグが乱立している鬼門だからだ。

 しかも初めてトスカ姐さんと出会ったときに、俺は駆逐艦を作る資金を得る為に憑依先のユーリが元々所持していたであろうエピタフをトスカ姐さんに見せ、質屋に卸している。

 主人公の大事なモノ欄のアイテムを当然の如く質に入れた訳だがそれはどうでもいい。問題は俺は一言も喋ってはいないのに、姉さんには俺が宇宙に出たい理由として“ユーリはエピタフの秘密を探りたい”と認識されたことだ。

 

 まァ高々宇宙船の部品製造工場にいたと自称した主人公が、工場勤めでは捻出できないくらいの大金である1000Gを持っていた上、コレクターから見れば喉から手が出る程人気があるアーティファクトを所持していたのだ。このときエピタフを所持していたことに関する俺の言い訳は親の形見としたわけだが、それがトスカ姐さんの中では…。

 

 親の形見→親は人生を掛けてエピタフを求めた→子は閉鎖された宙域から宇宙に出たい→そのために後ろ暗いことして金を稼ぐ(工場製品横流し)→色んな意味で後がない。

 

 =親の形見(エピタフ)を調べたいのだろう。

 

 このような謎の公式が生まれていたらしい。しかもこの件に関して俺はその後 特に言及する事がなかった。おもわず親の形見と説明していたので追求とかされると色々困ると思い訂正しなかったからだ。

 

 その所為でクルー達にすら、俺が動く主目的の中にはエピタフがあると誤認されているのである。なので、今更“そんなん調べたくねぇ~!”と叫べない。態度で節々にめんどくさいという態度はとっていたが、どういう訳かそういうのはエアリードされないのだ。

 

 

 そんな訳で――俺はエピタフに関わる事を、強いられているんだっ!

 

 

 無駄に強調線を出したところで歩を進めよう。ここまで多くの手間がかかっている以上、ここでそんなことを言えば確実にクルーの中での俺の評判は下がる。評判が下がる=カリスマ(笑)の低下=求心力の低下。そして白鯨艦隊はカリスマ度低下で空中分解! Oh!No!

 

 別に俺だけなら痛くもかゆくも無いのだが、俺の評判が下がることで仲間たちから見放されたら、宇宙を巡るのが難しくなる。そうなれば中々次の場所に向かえず、せっかく宇宙に出て来た意味が無くなってしまう。

 

 それに彼らをここまで引っ張ってきた責任が俺にはある。今更やりたくないの言葉だけで片付けていい問題ではない……と、責任感という言葉に責任感を感じる中身日本人なユーリ君はビビルのであった。

 

「はい。エピタフについて教授の御力をお借りしたいかなァっと思いまして」

 

 上記の理由により内心に吹き荒れる不満を極力顔に出さない為、なるたけポーカーフェイスを保ちつつ教授にそう説明した。実際エピタフは専門家であっても良く分からない代物であるので、一応唯の0Gドッグである俺からそう尋ねられるのは決しておかしなことではないだろう。

 一方の教授は俺の顔を一瞥しただけで、後はフムと考える様な仕草をとると黙り込んでしまう。その特に興味は無いみたいな眼で見れると、なんだか見透かされているような気分になってくる。成るべく内心の憤りを表面に出さないように自称ポーカーフェイスを保っている俺にしてみれば冷や汗ものだ。

 しばらくして、考えがまとまったのかジェロウ教授が口を開いたが、その答えは此方にとっては予想だにしないものであった。

 

「エピタフの調査と言うものは、検体がまず入手出来ない為に、なかなか調査が難しくてネ」

 

 教授はそう言うと、後手に手を組み少し苦笑した様子で話を続ける。

 

「そもそもエピタフの組成において、現状では4窒化珪素SI3N4に似たダイヤモンド格子が確認され―――」

 

 ココから頭から湯気が出そうなくらいの難しい講義が始まってしまった。うん、御力をお借りしたいと言ったからか、それとも単に説明好きなのか知らないがレジュメもないのに口頭で高等な学問を伝えられる破目に……お、今の上手くない?

 それはさて置き、もともと大学生であり、こういったタイプの教授の話を要点だけを覚え後は聞き流す術に長けている。そんな訳で聞く分には問題無かった。むろん俺に付いてきたメンバーもほとんどが研究職関連の連中なので問題ない。

 ちなみにトスカ姐さんとかは俺と同じく聞き流していたが、こちらは完全に別の事に思考を向けており、教授の授業にはテンで興味がない御様子であった。まぁ俺も専門用語でわからんのは完全にスルーしているしな。唯一完全に教授の話に付いていけたのは研究者でマッドな気質があるミユさんくらいのもんだったし。

 

 

「―――そこから組成活発化と何らかの条件によりStructural phase transition(ストラクチュラル・フェイズ・トランジション)及びポリクリスタル成長の可能性が導かれるのだネ。だからしてシェル・アイゾーマ法による、アブストラクションテストで見られるケイ素生物との―――」

 

 

 だが、そろそろ俺も頭から煙が出てきそうだ。多くを聞き流したとはいえ、後で絶対教授から問われると確信していた手前、ある程度は説明の内容を覚えていなければならないのだ。その負担ッ…のうみそがフットーしそーだよぉ…のレベルに達する一歩手前といったところ。軽い拷問に近いだろう。

 尚、教授の方は話に興が乗ってきたのかまだまだ終わる気配は無い。既にトスカ姐さんなど、お花摘みと称して部屋から退散してしまってここにはいない、俺は教えを賜う集団のトップ故に逃げる訳にも行かず、ジェロウ教授の専門用語飛び交う話を聞き続けたのだった。

 

 

………………………

 

…………………

 

……………

 

 

―――そして会話開始から1時間後。

 

 

「と言う訳じゃ、解ったかネ?」

 

 ゴメンなさい教授、貴方の高尚な知識は、ド低能で腰を振るくらいしか能の無いサルと同等の俺には荷が重すぎです。途中から解らなくなりましたが、でも聞いてなくちゃいけなくて俺の意識は思考を停止して半分飛んでます。

 ここまで聞いていた何となく観光気分で俺についてきていた研究職以外の連中もまた似たようなものだった。教授に解ったかねと問われて俺と同じく苦笑で返している。おお、同志達よ。思わず仲間意識が上昇したぜ。

 

「プロフェッサー。一ついいでしょうか?」

「なにかね?えーと――」

「ナージャ・ミユと申します。彼らの庇護の元、研究をさせて貰っている者です」

「おおそうかねミユくん。何か質問かね?」

「はい、質問……と言うよりかは、これ迄に教授が仰られた事の確認なのですが、この宙域に存在するデッドゲート付近の惑星ムーレアと言う星にエピタフがあったと思わしき遺跡がある。だからエピタフとデッドゲートの関連性を調べる為にも惑星ムーレアへと行きたい―――と、言う訳でしょう? プロフェッサー・ジェロウ」

「うむ! そう言う事だ。キミの言ったことで大体あっているヨ」

 

 俺達が黙っていると、後ろで控えていたミユさんが口を開いた。つーかあの説明の洪水の中で、よくそれだけ理解できましたね、ミユさん。

 

「つまり、自分たちはムーレアに向かえば良いって事ですか?」

「うん、そう言ってくれると実にうれチいネ。まぁそう言う訳でしばらくは、わしも君のフネにやっかいになろう」

 

 ちぇっちぇれー、ジェロウ・ガンが一時メンバーに加わった。そんなファンファーレが脳内に流れた気がする。まだ脳が煙吹いてやがるぜ。

 

まァ、原作でも教授は仲間に加わっていたから、あまり驚きはしないぜ。それに高名な教授が同行を願っているのを遠慮するような真似は出来ないから一応は客員として迎えよう。

そして望みどおり惑星ムーレアの遺跡を見てもらい何も無かったで終ろう。それで行こうウン。

 

「―――ん?ムーレア?」

「どうしたユーリ?」

「いや、確か以前に逃げた海賊船を追っていて、そっちの宙域に近寄ったらカルバライヤ宙域保安局が艦隊を展開していて宙域封鎖の所為で追い返された記憶が―――」

「あー、そんな事もあったねぇ」

 

 あの時は残念だった。略奪品を乗せていたであろう海賊の輸送艦であるポイエン級を連れたせっかくの鴨だったのに、宙域封鎖の所為で追跡を断念せざるを得なくて、しかもそいつらは宙域保安局に拿捕されちまったのだ。実にもったいなかったぜ。

 

「そう、ただ一つ問題点を上げるとしたら、まさにそれだネ。この宙域を根城にしている海賊どもを退治せんことにはどうにもならないだろう」

「ふむ、なら海賊退治と洒落込む事にしまスか」

「そう言ったのはお手のモンだしねぇ」

 

 とりあえずの方針は決まった。まずは海賊退治じゃ。付いてきた連中も血と闘争の臭いはわかるのだろう。各々が“狩りじゃ~、狩りじゃ~”と言っている。士気だけは十分みたいだった。

 

「それじゃ、準備が完了次第、ウチのフネに案内するッス」

「うむ、解ったゾ。ところでユーリ君。さっきと喋り方が異なるが何か理由があるのかネ?」

「あはは、さっきまでの口調はよそ用って感じで、こっちが地なんスよ」

「ふむ、成程。わしとしてはそっちの方が喋りやすいから好ましいネ」

 

 そう言っているジェロウ教授に笑みを返しつつ、準備を終えたジェロウ教授を連れて、 俺達はジェロウ・ガン研究所を後にした。ふーむ下っ端口調が地か……正確には意識を集中しないとこんな口調に自動変換されるんだけど、まぁ細かいことはいいか。

 

 教授も俺の拙い敬語よりも普段の口調の方がいいというし、俺はその後も普段喋るときの口調にしておいた。意識しないとあの口調になっちゃうからホント大変である。もっとも、ここ最近はなんか今の身体に慣れてきたのか、口調を変えるのが前より苦ではなくなってきた。いずれこの下っ端口調も普通の言葉づかいに変更できるかもしれない。

 

「……個性喪失?」

 

 ふとそんな考えがよぎる。い、いや大丈夫だし、別に下っ端口調が俺の個性って訳じゃねぇし! こ、この問題はもう考えないことにしよう。うん。

 

 何はともあれ老軍師の次は老教授の客人を迎え入れたわけだ。教授にもおなじく艦内を自由に動き回れる権限を与えることにしよう。会って話して何となくだが、かの御仁は好奇心によって行動基準を決めている節がある。下手に客室に軟禁しても関係を悪くするだけだろうからな。

 軌道ステーションのアースポートに到着後、そう思った俺は、宇宙に延びるコアケーブルから降りてくるオービタルトラムがまだ到着していないので、近場の待機室で皆と待つことにした。ちょうどいいので、さっき考えた教授に関する指示をユピに送っておこうと懐から携帯端末を取り出そうとした。

 

その時、大きな爆発音が待機室に届いた。

 

「な、なんスか!?」

「海賊の襲撃か!?」

「軌道エレベーターが攻撃を受けたのか?!」

 

 すわ、一大事なのかと思った保安部員数名が俺やトスカ姐さんを含めた重要クルーを守るように立ち上がり、待機室の外へ確認のために飛び出していった。しかしすぐに様子を見に行った保安部員は待機室に帰ってきた。

 

「どうも、ヘルプGがいる部屋で何か起きたようです」

 

どうやら数部屋隣にあるヘルプGの部屋から煙が出ているらしい。ココでヘルプGという存在がなんなのかに付いて説明しておこう。

 

 0Gドッグと一葉に言っても、その人材はピンキリであり、教養や戦闘に至るまで全て習得している元軍人という人間もいれば、地上での生活で嫌気がさしたり厳しい生活から抜け出したいが為に0Gドックに登録した人間も当然いる。

 

 ここで重要なのは前者ではなく後者である。0Gドックの登録では余程障害のある人間で無い限り、簡単に試験も無く登録することが出来る。かくいう俺も試験なしで登録したいと言っただけで登録することができたくらいだ。

だが、訓練もなしに0Gドッグに登録した人間は、大体が宇宙航海者として覚えておくべき基本的な知識が欠けてしまっているのである。

 宇宙は広大であり一歩生活圏である星系を離れれば弱肉強食とも言うべきとても厳しい世界が広がっている。強烈な宇宙放射線に未知の宇宙現象に加え、アウトローな海賊共までが跳梁跋扈しているのだ。

 

 そんな場所では例え訓練を受けた元軍人の0Gドッグでも、多くが途中で息絶えてしまう。むしろなまじ訓練を受けていた所為で自分の力を過信して危険な目に在って自滅するというパターンもある。闘争心や勇気というのは時に寿命を縮めるのである。

 

 俺なんかは非常に楽天的に宇宙を旅しているように見えるだろうが、実際のところ石橋を叩いて渡るように事前準備は欠かしていない。楽しみたいからこその魔改造工廠戦艦と魔改造戦闘空母なのだ。

 

 あー、話がそれたので戻す。それでは知識も殆ど持たないような貧しい0Gドッグはどうなるかといえば火を見るよりも明らかなことだ。その多くが結局何も出来ずに宇宙の隅で野垂れ死に、それかステーションの酒場の隅で管を巻くが末路である。

 当然それは航路開発や新資源の発掘などを名目に宇宙航海者0Gドッグを支援している空間通商管理局にしてみれば、むやみやたらに人材が消耗されるのは意味がない。それでは支援する意味がないからである。投資が無駄になるといってもいい。

 

 そんな訳で、少しでも素人な0Gドッグが生き残れるようにと、知識無き者たちを救済する処置として空間通商管理局側が考案したのが、ヘルプGと呼ばれる存在であった。

 

 このヘルプGなるコミュニケーションドロイドは、完全無欠の対話型インターフェイスを持つAIドロイドである。見た目こそ物が掴めるだけの二本の指しかないマジックハンドと対話型インターフェイスを支える頭脳とも言うべき巨大なAIを積んだ頭が異様に大きく、また全身が金属板で覆われている。

 ある意味、いかにもロボットという印象を与える非常にレトロな外見を持つが、その性能は素晴らしく、半人前の0Gドッグ達に0Gドッグの基本的ノウハウや宇宙とはなんたるかを教えてくれる先生の様なものである。見た目がレトロなのは、教わるときに畏まる必要を感じさせない為の工夫なのだそうだ。

 

 そして、このドロイドはほとんどの空間通商管理局の軌道エレベーターにも配置されている。つまりどこでも0Gドッグになろうと思えばなれる体制があるというわけである。そんな先生の部屋から誰かの声が聞こえてきた。

 

『ばっかやろう! ヘルプGが壊れちまったじゃねぇか!』

『だって先輩が何でも質問していいっていうから!』

『同じ質問を30回も繰り返すバカがあるか! とにかくずらかるぞ!』

『ま、まってー! 置いてかないでせんばぁい!』

 

 未だモクモク立ち上る煙の向こうからの聞こえた若い男の声。恐らく新人0Gドッグだろう。この声の主たちが騒動の犯人のようだが、俺が居たほうの入り口とは違う入口から逃げたらしく、犯人達の顔は見られなかった。

 

 そういえば、逃げていった二人組みはヘルプGがぶっ壊れたって言っていたな。少し逡巡したが、気になるのでそのまま部屋に入った。

 ヘルプGの通信講座は開いた時間で良く利用したのだ。しゃべり方は片言だが高性能なインターフェイスを持つ彼は俺達0Gドッグの相談にも乗ってくれる。文字通り先生なのに、それが壊れたと聞いたら見に行かない道理はない。

 

「ケホッ。コイツはまたスゲェ煙ッスね。換気装置が作動して無いッス」

「確か手動の換気スイッチが部屋の端っこにあったな」

 

 俺の後ろをついてきていたイネスが、部屋の端っこのスイッチを押すと瞬く間に煙が換気される。地味だが換気装置も進化しているのだろう。徐々に視界が良くなっていく部屋を見渡すと、中央に置かれた机で、もたれ掛るようにしてバチバチとショートしている金属の塊……いや、ヘルプGが倒れ伏しているのを発見した。

 

「おい! 大丈夫ッスか!? ヘルプG!」

「うぐぐ、たかが、たかが30問でへばるとは……寿命が来たようじゃ……」

「おいおい、いつもの片言喋りはどうしたッス」

「あれは……ただの演出じゃ……」

「ええ?!」

 

 近付いて起こしてみたヘルプGは、手足をプルプルと震えさせている。メタリックでメカな外見ながら、モデルが爺さんの容姿なのでホントに召されそうな感じである。そして明かされる衝撃の事実に驚きを隠せない。

 

「自律修復機能、17パーセントまで低下……再生不能……再生不能」

「ゲッ!?おい!おいしっかり!」

 

 ショート具合が悪化して急激に壊れ始めた。これは本格的にやばい。音声中枢がイカれたのか、人間の肉声みたいだったヘルプGの声が掠れ、電子音声のような妙なアクセントの付いた声に変わってしまった。

 

「すみヤカに代理タン当者ノ…ハ・ケ・ん…ヨウ…セイ…」

 

 ヘルプGが最後の言葉を発し終えた途端、背中の冷却装置からひときわ大きな音を響かせたヘルプGは、そのまま機能を停止してしまった。まるで今の排気が今際の際で吐き出した最後の呼吸のようで、此方としてはなんか後味が凄く悪い。

 

「機能停止したようだね」

「お疲れヘルプG。よく頑張ったッス」

 

 機械とはいえ、この世界にいるドロイド達には心や感情があることを、俺はローカルエージェントとの絡みなどから良く知っている。だから機能停止したヘルプGの目のシャッターを閉じて手を組ませて寝かせてやった。所謂死者への手向けというものである。

 この惑星ガゼオンに居たヘルプGの事は良く知らないが、ロウズ星系に居た頃は同型のヘルプGに何度か話しを聞きに行った事もある。無機物に対して愛着を持ちやすい日本人の気質を持つ俺にしてみれば、知り合いが死んでしまったような感じがしたのだ。

 

 ヘルプGを壊した連中め。まったくもってけしからん。もし航路上で見つけたら圧倒的な攻撃力の下にフクロにしてやる。問題は誰がやらかしたのか全然わからないということだが、この時の気持ち的には俺は怒っていたと思う。

 

「ふむ、ヘルプGが機能停止したかネ」

「あ、教授」

 

 逝ってしまったヘルプGに手を合わせているとジェロウ教授が部屋に入ってきた。教授は部屋をグルリと見渡した後、最後にヘルプGをジッと見やると、ホウッと声を挙げる。

 

「ふーむ、この部屋はどうやら換気システムの調子が悪かった様だネ。このヘルプGの排熱機構に随分と埃が溜まっているじゃないカ。その所為でショートしてしまったんじゃろう」

「え!?」

「恐らくこのステーション改装時のミスだろうネ。アレだけ煙が出ていたのに強制換気スイッチを押さないとすぐに換気されて無かっただろウ?」

「そう言えば全くと言っていいほど……じゃあ、このヘルプGが壊れたのって」

「十中八九、この環境のせいだろうネ」

「そんな! だったらこのヘルプGは、まだ機能停止する筈じゃ無かったって事ッスか?」

「うむ、そう言う事になるヨ」

 

 なんと不憫な事だろう。ヘルプGが壊れたのは変な質問を繰り返してAIに負荷を掛けて熱を蓄積させた新人にも原因があるが、そうでなくてもいずれヘルプGは壊れる運命にあったのというのか。

 

 俺はこの哀れな機械人形に憐憫の視線を送った。そんな俺の様子を見ていた教授は、顎に手を置きフムンと息を吐き、すこし好奇の目をこちらに向けていた。この世界の人間にしてみればタカが量産型の知能ドロイドが壊れただけなのにこんな反応を示した俺は随分とおかしい人間に見えるんだろう。博士が少し反応するくらいな。

 

 まぁ変なことなのだと自覚はしているが、愛着がわいていた物が壊れたらやっぱり悲しいと思うのは普通の反応だと思うから俺は自重しなかった。

 だが、直後教授の口から思いもよらない言葉が飛び出した。

 

「なんなら直してみるかネ?」

「へえあ!?」

 

 思わず変な声を挙げた俺を尻目に、教授は俺の反応を了解したと思ったのか、ヘルプGに近寄って簡単な操作の後、胸部のメンテナンス・パネルを開いた。パネルを開いた途端、ボワッとした黒い煙が立ち上った。ゴムやプラスチック系が焦げた時の独特の臭いが周囲に拡散する。

 

 だが教授は全く顔をしかめずメンテナンス・パネルの中を捏ね繰り回し、中の回路を取り出して見せた。教授が取り出して見せた回路基盤は確かに埃がたまっている。一部ショートして焼け焦げている部分もあった。

 こんなに焦げていて直せるのだろうか? 内心そう思う俺をよそにジェロウは焦げた基盤を手に、少しばかり観察してから、すぐに口を開いた。

 

「うん、これならまだ間に合うヨ。すぐに研究設備がある場所に行って中の記憶メモリーが消去される前に修復をする事が出来れば直せるじゃろう。どうするかネ艦長」

 

 ジッと教授は俺を見つめてきた。彼にしてみればあくまで手慰み程度の事なのか、至極淡々とした口調で俺にそう告げてくる。俺は教授からの質問に答える前に逆に質問を返した。

 

「教授。もしも放置したらどうなるッス?」

「一日もしたらコンデンサの蓄電も放出されきるから内部の記憶メモリーが消えるか、よしんば消えなくてもこのありさまではスクラップとして廃棄物処理用の溶鉱炉に放り込まれるとおもうヨ。なにせこの機体はすでに自分の代理担当をコールした後みたいだからネ」

 

 そういえば、代理担当者の派遣を要求とか、喋らなくなる前に呟いていた気がする。このまま放置すると代わりのヘルプGがこの部屋の主となり、この壊れたヘルプGはスクラップとなってしまうのか。

 

 それを聞かされた俺は更に壊れたヘルプGを殊更哀れに思った。長年、この部屋で色んな人々を送り出してきた0Gドッグの先生がスクラップとして処分されるなんて物悲しすぎる気がする。俺自身は機械が大好きなメカオタクという訳じゃない。だが先生みたいだったヘルプGは嫌いじゃなかった。ならば、答えは一つしかあるまい。

 

「助けましょう。結構世話になったッスからね」

 

 宇宙戦艦にはAIやロボットは付き物だ。それもまた浪漫だしな。ヘルプGを助けたいと思ったというのもあるが、やはりヘルプGの持つ膨大なデータは役に立つかもしれない。

 こんな打算も含んでいたが、概ね助けるという判断である事に違いはなかった。俺の言葉を聴いた教授はニヤリと口角を吊り上げて笑みを作る。

 

「艦長は中々に義理堅い性格の様だネ。ま、大船に乗ったつもりで任せておいてくれたまえ」

「我々の研究室を提供しましょう教授。その方が早い」

「ミユさん、何時の間に……」

「ついさっきさ。案ずるな少年。これくらいすぐに修復してやるさ。科学者と技術屋の腕にかけてな」

「さて、これを運ぶ為の台車でも持ってこようかネ」

「運ぶのは他の連中に任せるッス。とりあえず教授はユピテルに案内するッス」

「それもそうだった。ハハ、ワシはまだ艦長のフネがどこにあるのか知らないからネ」

 

 そう言う訳でヘルプGの回収をウチのクルーに任せ俺達はその場を後にした。

 

 あ、事後承諾に近かったが、一応空間通商管理局に許可は貰った。直してやると決めた以上、最悪強奪も視野に入れていたのだが、引き取り許可はあっさりと出た。

 この壊れたヘルプGは廃棄処分が決まっていたから別段構わないと来たもんだ。ちょっとドライな通商管理局だが、今回はGJである。そう言う訳で安心してヘルプGを回収したのであった。

 尚、その事を態々伝えに来たローカルエージェントはこの件以外の事は口にしなかったが、明らかにその表情は俺に対してヘルプGを頼むという感情が垣間見えた。

 やはり、この世界のAIは心を持っている。そう確信したのだった。

 


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