何時の間にか無限航路   作:QOL

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~何時の間にか無限航路・第25 話、カルバライヤ編~

■カルバライヤ編・第二十五章■

 

 

 監獄惑星ザクロウの制圧はほぼ保安局の思惑通りに進んでいた。所長ドエスバン・ゲスは半日も前にザクロウから逃げ出していたものの、人身売買や密輸の拠点と化していたザクロウを浄化出来たことは彼らにとっては大きいだろう。これで海賊に捕まった人々が不幸になる流れを断ち切ったといえるのだから。

 だが、残念ながらザクロウは唯の中継拠点であり、大元のグアッシュ海賊団はいまだ健在であるのは確定的に明らか。ジェロウ教授が行きたがっている惑星ムーレアへの航路は海賊本拠地を跨いで反対側に延びているのだ。ムーレアに向かうのであれば航路を掃除しておかないと後顧の憂いとなりうるのである。

 

「エコーさん、サマラ様どこに行ったか解る?」

「もう索敵圏から離脱しちゃって居場所は不明~。だけど向かった方向と座標はトレース済みだから、そっちに進めば道は見えるとおもうわ~」

「うむ。ではエリエロンドを追いかけるッスかねぇ」

 

 さて、ドエスバンが海賊本拠地に向かったと確信しているサマラ様は、さっさと海賊本拠地へ続く秘密の航路へと向かってしまった。ユーリ達も彼女の後塵を拝するべく、急ぎ軌道ステーションに舞い戻ると、すぐさま出港準備に入った。

 ザクロウ近郊での艦隊戦に続き、地上では大規模な陸戦と施設制圧を行ったので、連戦続きのクルー達に疲労度の蓄積が見られる。だが、サマラ様が光陰矢の如く足早に向かったように今が攻め時であるとユーリ達も確信していた。

 

 

 そんなこんなで艦内も慌ただしい。特にユピテルの格納庫では出撃したVFとVBが順次帰投してくるので、帰投した矢先から整備と補給を急ピッチで行っていた。

 このように、ザクロウを制圧した後も整備班達の手が休まることは無い。戦闘中はダメコンや帰還した戦闘機隊の弾薬補給もやるので、戦闘の前後どころか戦闘中も整備班はずっとフネの屋台骨を支えていると言っても良いだろう。

 

「おい、はんちょーはどした?」

「あん? しらねぇーな。おい新入り、知ってか?」

 

 格納庫の一角、3人一組と整備ドロイド多数で損傷機体の整備を行っているチームの一人が、彼らのリーダーであり今は姿が見えぬケセイヤはどこだろうと、作業の手を休めずに仲間に尋ねていた。尋ねられた仲間も知らないらしく、彼はもう一人のチームメイトで新人である人物に声を掛けた。

 

 フェニックスの整備ハッチに頭を突っ込んでゴソゴソ動いていた新人は、先輩の声にモゾモゾと反応し、整備ハッチに半ば食われているように見えていた上半身を起こした。

 炭素粉末に汚れた作業着を纏い、ショートの金髪を作業帽で抑えた格好をしたその人物。顔の頬に機械油をべっとりと貼り付けた蒼眼の少女……そう、女の整備員が顔をのぞかせていた。

 

 彼女は最近になって乗組員募集情報を見て白鯨に加わった数百人の新人の一人である。当初こそ整備班は湧いた。なんせ男所帯である整備班に加わった初めての女性整備士なのだ。容姿も化粧っ気がなくて少し残念だが悪くなく、男の巣に舞い降りた一輪の華。男共の中の紅一点ともてはやされた。

 

 しかし、そうもてはやされたのは今は昔である。仲間に加わってから数週間で彼女の恥じらいのなさ、男女間の性の違いを感じさせない付き合い、そして私生活が幻滅する程だらしないということが整備班の内で広まり、今では普通の男整備士と扱いが変わらなくなっていた。

 

―――そして何よりも彼女には他の女性と違う特徴的な部分があった。

 

「班長さんだったら今は“外”に出てるだ。なんでも“アレ”を完成は無理でも可動くらいはさせたいらしいだよ」

「ふ~ん、ま、いつもの病気だからしかたねぇか」

 

 少女は、ひどく訛った言葉づかいをするのである。訛りというのはは別に悪い事ではない。むしろそういう他人と違う穿った特徴がある方が可愛いと豪語する人間もいる。されど、やっぱり標準語に慣れていると、訛った言葉を使う少女相手では色々とヤル気になれない。なんというかイモっぽい匂いを感じて手を出せないのだ。

 そのお蔭か野獣の巣にいるにも関わらず、少女はまだ純粋でいられた。もっとも男所帯が長すぎて紳士率が高めの整備班、手を出そうにも互いに互いを牽制し合うところなので、仮に彼女にちょっかいを掛けようとしたら、リンチが待っているのはいうまでもない。

 

「それじゃ俺達は班長が戻るまでに、仕事終わらせっぞー! 今日のユピテル食堂の一押しは、チェルシーちゃんの手作りスープだってよ」

「「「「や る ぞ ー ! み な ぎっ て き たぁーーー!!!」」」」

 

 まぁそんな訳で最近の整備班たちの癒しは再び超正義妹様であるチェルシーに戻っていた。今日も格納庫では男らしい声が響き渡る。その内容は聞くに堪えないモノだったが、コイツらに何言っても無駄だろう。

何故ならコイツらは、“漢”達だから! 浪漫が大好きな大きな大人達だからだ! 尚、かの少女も機械弄りに関しては整備班の野郎たちと寸分違わぬ“漢”なのは言うまでもない。

 

 まぁそんな感じで急ピッチで作業を行う整備班だった。

 

 

***

 

 

 白鯨艦隊はエリエロンドに遅れてザクロウの宇宙港から出港した。進路はやってきた方向とは反対方向、ザクロウから続く『くもの巣』へ繋がる秘密の航路である。 

 今からエリエロンドの航跡をたどり、逃亡したドエスバンの追跡を行うのだが、すでにドエスバン逃走から半日が経過しており距離が空いてしまっている。今から追いかけてもドエスバンのくもの巣入りは止められないと結論が出た。

 

 それでも俺たちは出港した。あんにゃろめ、詳しく聞けばトスカ姐さんたちがグアッシュのミイラがある隠し部屋に入ったとき、そのまま隠し扉を閉めて鍵をかけ、姐さんらを閉じ込めたというではないか。

 そこらへんの原作展開をてんで忘れていたので、もしも俺達が早めにザクロウに突入しなければどうなっていたことか……。グアッシュのようにミイラにはならないだろうが、変わり果てた姿になっていた可能性は十分にあり、背筋が凍る思いだった。

 

 幸い閉じ込められたのは二日程度であり、脱獄後に物資を頂戴して水筒等を持ち込んでいたお蔭か少し過労した程度で済んだらしい。彼女曰く『ちょうどいいダイエットだったよ、はは』と笑って心配するなと、俺の額を小突いて言っていたが、それはそれである。

 ドエスバン、お前はやってはいけないことをやらかして俺を怒らせた。それはたった一つ、たった一つのシンプルな答えだ。テメェは俺の大事な仲間であるトスカ姐さんに酷い事した。

 俺は彼女の為に怨念返しをしてやらねばならない。やろう、ぶっ殺してやる。

 

―――いや少し落ち着こう。トスカ姐さんと離れすぎていたからか、あまりにも我を見失っている。そうだクールに行こう。ひっひっふー、ひっひっふー、ラマーズ法は偉大だ。大体のことはこれをすれば何とかなる。

 

 ふぅ、怒りを落ち着けたが、やはり腹の中にくすぶるモノはあるな。覚悟はしていたが下手すればトスカ姐さんが死んでいたかもしれないという現実は、ずっしりと俺の胃袋に伸し掛かっていた。改めて、俺は彼女が大事なのだと思い知らされる。

 

 

 まぁ、この怒りはこの後ドエスバンに十二分にぶつけまくるからいいとして、ザクロウを出港してからしばらくして暇な時間が生まれた。これはあまり早く向かい過ぎても、フネとクルー双方に負担が掛かりすぎるので、巡航速度で向かうように指示を出したからである。

 とはいえ巡航速度でも十分に早いので到着するのは結構速い。この貴重な時間を有効に利用する為、まずは戦闘で頑張った人々を優先して休息に入らせた。この後大規模な艦隊戦が控えているので少しでも英気を養っておいてもらいたいという配慮である。

 

 そういった英気を養いたい中で人気のスポットは医務室であったりする。実はサド先生の所では公然と酒が飲めるのだ。飲酒は規制していないが、戦闘を控えているのでバーは閉鎖中、食堂も食事が優先されていて飲酒できる空気ではなくなっていた。

 その為、怪我もしていない連中が集まり酔わない程度に酒を酌み交わしていた。一部は痛飲していたが、場所が医務室なので非常時には苦~いアルコール分解剤を飲まされるので問題ない。

 一応プライベートな空間である自室での飲酒は大目に見ているのだが、やはり一人で飲むよりかは複数で飲みたいという人間心理なんだろう。

 

 それはさて置き、俺も暇が出来たので、とある場所に来ていた。

 

「はぁ~~、飯がウメェっス~」

「ふふ、おかわりも有るよ!」

 

 元気な声で配膳してくれる美少女な義妹にほっこりする。いやぁ悪いねェチェルシー。

 

 そう、やはり人間である以上、エネルギー補給の手段として飯だけは外せない。食事と言うのは只単に生命活動維持の為のエネルギー補給という訳では無いのだ。美味い食べ物を摂取することで、美味いという心地良き刺激により日頃のストレスといった疲れを癒すことができる。

 また俺の中の癒し成分が現在かなり不足している状態となっている。癒し成分はユピで補完していたが何か足りないのだ。そうなんていうか、同じ料理だけじゃなく、もっと違う感じのを摂取したいという感じに似ている。栄養バランスって大事なんだよ。

 

「うん、あれッスねチェルシーの料理の味は、どこか安心する味ッスね」

 

 美味いごはんを食べ、ついつい漏らした本音。そう安心できる味っていいよな。そんな感じのことを呟くと、チェルシーは小首を傾げている。おや、可愛い仕草。

 

「安心する味って普通過ぎるの? タバスコ掛ける?」

「はっはこやつめ。その赤い瓶をしまうんだ」

 

 ちょいまて。なぜ刺激を強くするのだ。しかもそれ唯のタバスコじゃなくてハバネロベースじゃね? さすがのユーリさんも辛すぎると胃に穴開いちゃうかららめぇ。

 

「でもこの間ティータが言ってたよ? 辛い方が美味しいって」

「んー、好みは人それぞれッスから。それに安心する味ってのは、いわばお袋の味みたいなもんだ。味が濃かったり豪華過ぎない素朴の味。また食べたくなるような、お母さんから教えられたような。そんな味だよ」

「また食べたくなる味。うん、私の味はお袋――お母さんの味なのね」

「まぁ教えてくれたのはタムラさん? もしそうならおやじの味なんスけどねぇ~」

 

 そう呟きつつスープを食らう。お、ミネストローネっぽい味。うめぇわ。

 そういえばさりげなく彼女の作る料理も食堂のメニューに加わってたりするんだよな。日々過ごすうちに彼女も成長していらっしゃるんだねぇ。ゲームでいうところの経験値を得てレベルアップして生活関連のスキルが向上しているんだろう。

 なんにせよ、美味い飯は大事。うまうま。

 

「はぁ、それにしても書類整理が無いのはありがたいッスね~」

「そんなにお仕事大変なの?」

 

 食べ終わった俺はお茶を手にそう呟いていた。

 

「ほれ、ココ最近チェルシーに会いに来れなかったじゃん? アレ全部トスカさんがいなかった分の仕事が俺に回ってきたからなんだよね」

「そう言えば食堂で話すのなんて、本当に久しぶりな気がするわ。出前ばっかりだったし……大丈夫?」

「おう。とりあえずトスカ姐さんが復帰したから楽になる……筈」

「体壊すまでやったらだめだよ?」

「うん、気をつけるッス」

「約束だよ? ユーリが倒れたら皆が心配するんだからね」

「うん、大丈夫。何せ部屋で鍛えてるから」

 

 そういって力瘤を……あれ? ねぇぞ?

 

「どこ行ったのかね~って。あ、いたいた。ユーリ、そろそろブリッジ待機の仕事に戻ってくれ」

 

 んな訳あるか、もっとよく探せと俺が力瘤を探していると、いつの間にか来ていたトスカ姐さんが後ろから声をかけてきた。俺はふと食堂に掛けてある時計に眼をやる。確かに俺に与えられた休憩時間ギリギリである。食べながらチェルシーと話している内に時間が経ってしまったようだ。

 正直食べ終わってすぐなのでまだ動きたくないし、サボりたいという衝動が沸々と湧き上がるがそれに蓋をする。こんな俺でもユピテル艦長で白鯨の艦隊司令官でもある。数千人を超えた部下たちが俺の号令に従い働いてくれている中で一人サボれるものかよ。

 内心はサボりたーいと叫びながらも奮起し、頬を叩いて気合いを入れた。

 

「しゃーない、仕事に戻るべ」

「むむ、トスカさん。ユーリは貴女がいない間も頑張ってたんだから、もう少しお休みがあっても良いと思います」

「んー、悪いねチェルシー。そう言いたいのはこっちも何だけどね。ユーリはこの艦隊のトップだから休むに休めないのさ。ま、私も復帰できたから、ちゃんと支えられるけどねぇ」

「とか言いつつ、以前隣で酒飲んで“私は監視の仕事をしてるのさ”とか言って、見てただけの人がいたッスけどね」

 

 ジト眼でトスカ姐さんを見上げると眼をそらす彼女。自覚があるなら改善してくだせぇよ。ま、俺も人のこと言えない時あるから強くは言わないけどね。さてカンチョーのお仕事に戻りますかね。とほほ。

 

……………

 

……………………

 

……………………………

 

 

 食堂を後にし、並んで通路を歩く俺達。歩きながら先ほどの書類関連のことについて思い返していた。実は今、主計課を新たに創設することを構想している。これまではクルーの数も少なく、またユピの助けもあり回せていたが、今回の姐さんがいない期間の忙しさを体験した俺は一肌剥けたのだ。

 

 一応、書類上ですでに主計課は開設されており、今後の予定では小さいながらも主計課室のモジュールも組み込む予定である。問題は、まだ人員を配置していないのでイメージボードみたいなものだということだろう。

 

 ああ、計算に強い人を募集しなければ……新しい部署を軌道に乗せるには、まだ時間掛かるだろう。でもワンマンシップじゃなくなった訳だから任せられる所は任せよう、じゃないと俺が過労で死ぬ。間違いなく死ぬ。

 

「まったく、あの子も心配性だねぇ。アンタ愛されてるよ色男」

「良い娘ッスからねぇ。兄である俺も鼻が高いッス」

「お、生意気言うねェこのこの」

 

 死ぬ死ぬと内心呟いていると、後ろを歩いている姐さんがちょっかいを出してきた。さっきのチェルシーがトスカ姐さんに対して進言したことを、彼女が成長したと喜んでくれているようだ。チェルシーもある意味古参の一人だから姐さんにとっても妹みたいな感じなのかもしれない。

 でも姐さん、俺を突くのやめて。くすぐったいお。おっきしちゃうお。

 

「なぁユーリ」

「ン? 何スか、トスカさん」

 

 俺を突いていた彼女が急に真面目になるのを感じて、静かに次の言葉を待った。なにやらトスカ姐さんは虚空を見ながら、あーとかうーとか呟いている。どうやら何かを言おうとしているが、言いづらいのか言い淀んでいる様な感じである。

 何だろうかと思いつつも、俺は彼女の様子を何も言わず見ていた。少しして意を決したのだろうか、彼女は至極言いづらそうに俺に問いかけてきた。

 

「―――他の奴らから聞いたよ。結構、アンタ無理してたんだって?」

 

 囁く様にして告げられたそれは、俺を心配しての言葉だった。そりゃ彼女は意外に乙女な上、普段は姉御肌で通しているのだ。彼女の性格を考えると、こういう風に尋ねるのは抵抗があるんだろう。

というか隠しているつもりだったが仲間にはバレバレだったってことかね。そりゃ、随分と恥ずかしいこった。

 

「ん~……やっぱ見てる人は見てるんスね」

「なんでそんな無理したんだい? 私が知ってるユーリならもっとこう、無理しない範囲で普通にこなすと思ってたんだけど……」

「なんて言うか俺の隣が涼しくて落ちつかなかったんスよ。だから慌てちゃいました」

 

 実際それだ。僅か一週間であったが、この時に感じた居るべき人がいないという感覚は、かなり俺を消耗させた気がする。いつもそこにいたのに、いない。寒風吹きすさぶ思いであった。

 だから思わず無理してましたテヘ☆とぶっちゃけたら、なんか余計にトスカ姐さんが心配するような眼で見てきた。強がっているのが看破された? それともテヘが気持ち悪くて頭の心配された? どっちにしても誤魔化せそうか解らんなぁ。

 

「でもちゃんと戻ってきてくれるって信じていたんス。そしたらちゃんと戻ってきてくれた。これほど嬉しいのは早々ないッスよ」

「ああ、ああ。心配かけさせちまったんだね。ゴメンなユーリ」

「良いんスよ心配かけて。だって俺らは仲間じゃないッスか」

 

 なんか居た堪れなくなり、そう畳み掛けていうと、トスカ姐さんは眼を細めて俺に近寄り抱きしめてきた。少し驚いたものの、慈愛と親愛が込められたハグだと感じ、俺も彼女の背中に手を回し、同じように抱きしめて返す。互いの心音が解る距離。暖かい……なんだか落ち着く……。

 

 どれだけそうしていたのかは解らないが、やがて互いに満足したのか、自然とハグを終えた。なんだか恥ずかしく思い顔に血が上がるのを感じるが、姐さんを見ると俺と同じく少し顔が赤い。お互いに赤面している、それが何だかおかしくてお互い自然に笑みが浮かんでいた。

 

「行きますか」

「ああ」

 

 その時聞いた『ああ』の一言は、これまで聞いた彼女のどの言葉よりも暖かいものだった。なんだろう元気が出たわ。そんな悪くない気分で俺たちはそのまま歩き出したのだった。

 

「ふふ……。(自分の為に必死になってくれる。女なら誰だって嬉しいもんさ)」

「うぅトスカさん羨ましい……艦長ぉ~~」

 

 はて、どこかでユピの声が聞こえたような? 気のせいか?

 

 

***

 

 

「艦長~、レーザーに感~。小惑星と思わしき十数㎞クラスの岩石塊の近くにエリエロンドの反応を検知~」

「どうにか間に合ったみたいッスね。ミドリさんホロモニターに――」

「投影します」

 

 ザクロウとくもの巣を結ぶ秘密航路のちょうど中間点にあたる座標において、エリエロンドに追いつくことができた。いや、エリエロンドがここで何かをしていたから俺たちは追いつけたのだろう。エリエロンドはいま、彼女の数十倍はあろうかという大きな小惑星の傍に静かに停泊している。

 

 ここに何かあるのだろうか? そう思っていると。

 

「む? 艦長、あの小惑星の内部から高濃度のインフラトン反応が出ている。恐らくだがあの小惑星は移動基地の一種じゃないかと思う」

 

 サナダさんの報告に思わずホロモニターを凝視した。小惑星基地、小惑星基地だ。大事なことだから二度言った。これまで宇宙ステーションは数多く見たが、小惑星を刳り抜いて基地化した建造物は初めて見る。これは良く見ておかねばなるまい。

 

 まだ距離がある所為で映像はハッキリと映らないが、やがて光学映像に捉えられる距離に到達したことで小惑星基地の全貌がホロモニターに投影される。白っぽい岩石系の小惑星に、まるで虫食いのようにパイプや噴射口と思わしき物体が付きだしてるその姿は、まごうことなき人の手が加わった物である。

 

 宇宙を航海する宇宙船とはちがう岩盤がむき出しの無骨さは、それすなわち力強さを見る者に与える。各所にあるクレーターや左右上下非対称な形も実にそれらしい。しかもエンジンが付いていて移動可能。なんて浪漫汁溢れる建造物なんだろう。俺もこういうのいつか作ろうかな。

 

「おおきい。だれが作ったんだろう?」

「イネス、これは多分サマラが持っていた衛星基地だ。エリエロンドが居るのがいい証拠だ」

『その通り、これは私の持つ航行基地コクーンだ』

 

 イネスが呟いた疑問にトスカ姐さんが解説していると、唐突に新しいホロモニターが投影され、そこには無慈悲な夜の女王が……ああ、モニターに! モニターに! 行き成りすぎて俺のSAN値が減少した。アイディアロール回さないと……って違う違う。

 

「ひそひそ(どうやら、強引にアクセスしてきたようです艦長)」

「ぼそぼそ(……なるほど実に海賊らしいッスね」

『何を声を潜めているのかは訪ねないが何か不愉快だな』

「いえ、強引な通信接続に驚いただけッス」

『それが海賊だ』

「ですよねー」

 

 まぁ海賊なんだし強制接舷の時に敵に降伏を告げるハッキング装置くらい常備しとるわな。ふと背後を見るとユピが悔しそうな顔をしている。どうやら彼女の展開しているファイヤーウォールや電子防壁をすり抜けてハックされたらしい。すげぇなエリエロンド。

 

「だけどいいんスか? 大事な基地をお披露目しちゃって? 一応、何隻か保安局艦(お目付け役)も一緒に来てるんスよ?」

『かまわんさ。じきに廃棄する代物だ。重要なモノはすべて取り払って有る』

「廃棄?――あー、成程」

 

これだけの基地を廃棄、その意図は……成る程成る程。これはまた実に豪快な作戦じゃないか。ウマくすれば宇宙に大きな花火が出来るぜ。しかしふと思ったが、これだけ大きいと遠方ですぐに探知されちゃいそうだ。そういや『くもの巣』には専用のミサイル巡洋艦がいたような……。

 

 

「そういやサマラ様。奴さんらの拠点、巨大ミサイル詰んだフネが防衛してるッスよ?」

『何だと?』

「ウソじゃねぇッス。ユピ」

「データ転送します」

 

 以前の偵察した時のデータを送る。解析の結果、ミサイルの全長は100mないしは150m以上と推察されており、非常に大きな威力を持っている可能性が示唆されている。それら戦術考察付きデータを見たサマラさんは、ちょっと顔をしかめた。

 

『まったく、こんなバカな改造を良くやる』

「俺もそうおもうッス。完全に機動性を無視してるッスからね。拠点近辺だけ守れればいいんだという割り切った設計ッス」

 

 運用的にはかつて水上艦であった沿岸防衛巡洋艦に近いな。航行機能や居住性を犠牲にし、装甲や火力にステータスを割り振ったような感じ。ドン亀だから攻撃すれば怖くないが、その火力は侮れない。

 

『こちらが先手を打てれば、楽勝で倒せるんスが」

『そうなる前に、剣山にされてしまうか』

 

 そう言う事である。つーか剣山って言葉よく知ってたなサマラ様。もしかして花道とかが、まだこの世界にて継承されている可能性が微レ存? 将棋もお茶もあったし、もしかしたらあり得るかもしれないな。でもサマラ様と花道、にあわねぇ。

 

『なぁなんだか無性にリフレクションショットで貫きたいんだが、的になってくれないか?』

「すいませんでした。なんだか知らないけど許してください」

『それはともかく、作戦を変更しなければならないか』

「ともかくってやる気? 流してほしいッス。まぁ相手もミサイルっていう実弾兵装ッスから無限にあるって訳じゃないのがありがたい話ッスね」

『アレだけデカければ迎撃も容易なのもな。だが、数が数だろう?』

「そう何スよねぇ。ホントどうし――『お困りの様だな!艦長!』――む、あえて空気を読まないこの声は!?」

 

 また通信に割り込みが入った。サマラさんは少し眉を上げ、俺は知っているヤツの声に顔を顰めて頭を手で抱える。だがヤツはそんなこたぁ関係ねェとばかりに声を張り上げた。

 

『こんなこともあろうかと! ギリギリ突貫工事だったが、なんとか“アレ”を完成までこぎつけたぜ!』

「あれって以前、許可を出したあれッスか?!」

 

 それは少し前、まだトスカ姐さんが帰還する前に、ケセイヤとマッドたちが戦力増強案の一つとして提案した草案。完成したというのか、アレが。

 

『おうよ!――と言いたいところだが流石に時間が無くてな。突貫工事で簡易ユニットを接続して改造したもんだけどな。だがなんとか動かすことは出来るぜ! コイツなら、ユピテルの電算機能とAEWの機能を併用することで、アウトレンジからでも攻撃が出来る! 問題はぶっつけ本番ってとこか』

「いや、あれをこんな短期間で作り上げる方が凄いッスよ」

『小僧、出来れば、そろそろ説明して欲しい。ソコな男は何を作った?』

 

 ケセイヤとしていた話を簡単に説明した所、なんとサマラさんも乗ってきた。

 とりあえず、俺達は一度二手に分かれ、サマラさんのエリエロンドとは別方向から攻撃を仕掛ける事で合意したのだった。

 

 

***

 

 

 時間は少し戻り、オールト・インターセプト・システムを宙域保安局と謎の艦隊が強引に突破を図っているという報告をドエスバン所長が受けたのは、その日の朝食の最後の一口をいただこうとした時であった。

 

 手にしたゆで卵を放り投げ、すぐさま自分のところのホロモニターにOIS近辺の情報を転送し情報を吟味した。警告を無視し、真っ向からOISに突っ込んでくる宙域保安局の電撃的な動きを見たドエスバンは、驚愕と同時に納得してホロモニターを閉じる。

 思わず放り投げてしまったゆで卵を眺めながら、溜息を吐いてイスに寄り掛かった。彼は、いずれはこうなるだろうとは思ってはいた。こう見えても監獄の長にまで登り詰めた男である。自分が仕出かしていることが、この宇宙でどれだけの罪なのかくらい理解している。もっともまったく罪悪感もないので反省はしないがそれはそれである。

 

 彼は残った朝食を口に放り込みながら今後を考える。ここザクロウは渡航許可がない如何なるフネも通さぬ絶対防御圏であるOISにより外界と遮断されている。一種の要塞ともいうべき場所なのだ。それなのに保安局は強引に突破を図っている。何故か?

 カルバライヤ宙域保安局もこのOISの強力無比な迎撃能力を知っている筈だ。こと保安局を束ねるシーバット宙佐はカルバライヤ人の中では冷静な男であり、無駄な被害を嫌がる傾向がある。それなのに強引に突破を図っている。何故か?

 

 食後の茶を飲んだ時、彼の脳裏に閃くものが生まれた。これはつまり、ザクロウを私有化して奴隷商売を行っていた証拠を掴まれたのだろう。そして逃げられないように、快速を持って一斉検挙。これだ。これしかない。

 

 保安局の目論見を結論付けた男は、そのままカップをソーサーに降ろし、自動洗浄回収口に食器を押入れて立ち上がると自室から出て行った。そのまま宙域保安局との壮絶なる戦いに赴く……のかと思いきや、彼が真っ先に向かったのは監獄長専用艦が置かれている宇宙船ドックであった。

 

 彼は意外と冷静に考えることができる男だった。ザクロウにおける自身の地位が音を立てて崩れたと理解したので、すぐさま脱出することにしたのである。なにせ居場所が割れている上、ここザクロウは守るのには適しているが攻めにも逃げにも適していない惑星なのだ。

 

 また戦力もほとんどいない。なぜなら私有化といっても表面上は監獄として機能していることを悟らせない為に、犯罪行為に加担させた配下はすくなく、『くもの巣』から派遣させ潜り込ませている海賊配下も数える程のグループしかいないのだ。

 先のデータには艦影情報があったが、OISに接触する前には20隻以上いたと出ている。明らかに戦力が少なく、おまけに配下は連携が拙い。勝てるわけがない。

 

 だから彼はさっさとこの地に見切りをつけた。幸い成り代わり工作のお蔭でグアッシュ海賊団は完全に手中に収めている。戦力が少ないここで奮闘するよりも本拠地の一軍に匹敵する大戦力をもってして迫る敵を撃破した方が色々と楽だと考えたのである。

 

 しかし、いまここで関係者全員が逃げるという訳にもいかない。なぜなら保安局は一気呵成にザクロウを目指している。このままではすぐにザクロウ上空に艦隊が出現してしまう。それでは困るのだ。それではグアッシュの長たる自分が逃げられない。

 

 彼はドッグに急ぎながらごく一部の使い勝手が良い部下だけについてくるよう連絡を入れた。この際だ、仕事ができる部下は連れて行き、出来の悪い阿呆には敵を足止めする名誉をくれてやることにしようと彼は考えていた。

 

 惑星守備隊の配下にも敵を迎撃するように命令を出した。その際、迫る艦隊の数は少々、半分ほど数を減らして情報を渡し、おまけに自分も出撃すると言って自身のフネの出発を急がせた。

 

 

 

 フネがザクロウのラグランジュポイントを振り切ったあたりで、保安局艦隊がOISを突破。惑星守備隊が絶望的な足止め作戦に知らずに出ているさなか、寸でのところで彼は保安局の手から逃れることに成功していた。

 

 追跡もなく悠々自適に秘密航路を進んでいる時、彼は大笑いを浮かべながら『バカな部下どもであってもおとりとしては役に立つ。十分時間を稼いでくれた、やつらには感謝しよう』とフネの中で語っていたという。

 

 非道外道に下種の極み。そんな男は、その足で秘密の航路を突き進み、中間点で大きな小惑星を横切って、半日かけて今やドエスバンの牙城となりつつある『くもの巣』へと逃げ込んだ。

 

 彼は到着するや否や『くもの巣』に残る全幹部を集め、幹部会議を招集。そこで奴隷保管拠点であったザクロウが保安局の手に墜ちたとぶちまけた。

 

 当然、幹部会議は蜂をつついたような騒ぎとなった。何故なら保安局がついに重い腰を上げて、自分たちを殲滅する為に大戦力を送ってきたのだと比較的頭が回る幹部たちは考えたからだ。

 

 生き残る為に何をすべきか、だれを蹴落とすべきか。それが問題だった。

 

 

 

 

「大型ミサイル、多弾頭型、炸裂弾型のどちらとも稼働テスト完了。正常に動きますぜ」

「ふん、武器商人に無理言って買った大型艦船用のミサイルだ。高い金を出しただけに、ちゃんと起動する様だな」

 

 幹部会議では怒号と阿鼻叫喚の騒ぎが飛び交い、なんだかんだで戦闘体制に移行することが決定した後。幹部たちが拠点で惰眠をむさぼっていたクズたちに檄を飛ばし尻を蹴飛ばし出撃準備を進める中、拠点防衛艦隊を任されていた海賊艦は無理矢理に搭載した、ある大型ミサイルのチェックを進めていた。

 

 まだ敵艦が来たという情報が来ない為、彼らは直前に発射事故が起きない様にミサイルの稼働テストをしていたのだ。彼らとて海賊に落ちぶれても一端の宇宙航海者であり、自分達の乗るフネが防衛用とはいえ、どんな無茶な改造を施されたか位は把握できていたのである。

 

 そんな中、手持ちぶたさな海賊手下の一人が、自艦のキャプテンに話しかけた。

 

「キャプテン、幹部からの指示らしいけど、ミサイルを搭載したままだと、バランサーに異常が出るよ? 只でさえ自動3次元懸垂とかの核パルス駆動プログラムにエラーが起きてんのにさ」

「仕方ないだろう? 保安局が大挙してくるかもしれねェんだ。それは怖くねェけど、問題は噂によると、相手にあの白鯨艦隊がいるかもって話だ」

「え゛ソレってエルメッツァのスカーバレルを壊滅させたっていう!?」

「そうだ。その白鯨艦隊だ」

 

 キャプテンのその言葉に、顔を蒼くさせる手下A。確定情報ではないとはいえ、相手にエルメッツァ方面では最大勢力を誇ったスカーバレル海賊団を、たったの数隻で壊滅させたという噂がある白鯨艦隊がいるというだけで恐怖である。

 

 スカーバレル海賊団とグアッシュ海賊団の間には、珍しいことに宇宙島を挟んでの交流があった。偶に分捕り品の交換やマネーロンダリングといった交易まがいを行い、また技術提供をしていたこともある。ある意味で商売仲間の様な存在であった。

 

 それを壊滅させた存在が、今度は自分たちを狙っているのだからたまらない。

 

 何せ生き残りの海賊曰く『海賊専門の追剥』『出会ったら骨の髄までしゃぶられる』『でも可愛い女の子が沢山乗ってる』と、好き勝手言われており、どれが本当かは不明だが、どちらにしろ航路で出会ってしまった海賊たちは、そのほとんどが帰還できなかった。

 情報が少ない分、怖さだけが独り歩きし、余計に恐怖を煽っているのである。

 

「や、ヤバいジャアにでッスかキャプてん!」

「おちつけ、何言ってんだかさっぱりだ」

「ヤバいじゃねぇかキャプテン! 逃げちまおうぜ!」

「阿呆、海賊が自分家を守らないで逃げてどうすんだよ? それに逃げようとしたら、まずそいつから撃たれるんだ。そう指示が既に出てるンだよ」

 

 キャプテンのその言葉に、更に顔を蒼くする海賊A。そう『くもの巣』各所に配置されている両用砲は何も敵を撃つだけにあるのではない。戦局が悪化して逃げ出そうとした仲間を背後から撃ち落とす督戦隊のような役目も持っていたのだ。

 

 何時もなら頼もしく見えたあの大きな大砲が、いまは恐怖の対象に見えてくる。作業しつつも話を聞いていた他の海賊たちにも、不安な空気が降りていた。それを見ていたキャプテンは、溜息をつきながらも不安そうな部下達に語りかけた。

 

「大丈夫だ。俺達ゃこの腹に抱えたドデカイ荷物を撃ったら、後退しても良いって話しをつけてある。なんせこのフネは直接戦闘にはてんで向かない。むしろ前に出てたら邪魔になるからな。当たるかはともかくコイツを届けた後は主力艦隊の後ろにひっ付いてればいいとさ」

 

 そうキャプテンがいうと、ブリッジ内に安堵の空気が戻ってきた。そうだ、俺達は海賊だ。素早さが本来の持ち味だ。今は不本意だが、こんな重たい荷物を持たされているが、ソレさえ撃ち尽くせば後は海賊本来の闘いが出来るのである。そう思えば、なんとなくだがやる気がわいてくる感じがした。

 

 だが、せっかく湧きだしたやる気をそぐような大震動が、彼らを襲った。

 

「な! なんだ!?」

「オペレーター! 報告しろ!」

「解りやせん! 突然のエネルギー衝撃波? 近いです!」

「だからどこからだって言ってる!」

 

 再び衝撃波が海賊船を襲う。衝撃波の出所はすぐに判明した。近くにいた艦隊に青い火球が起こっていたのだ。

 

「ありゃあ何だ!?」

「インフラトン反応の拡散!? 誰かが撃沈されちまいやした!」

「さっきの衝撃波もそれか! 敵が来てるのか!」

 

 キャプテンは急いで状況を把握する為に情報をホロモニターに映し出した。基地備え付けの大型レーダー網とリンクしているデータが即座に送られてくる。解析された情報によると何もない空間から――正確には基地のレーダーでも探知できない遥か向こうの宇宙から――飛来した何かの物体が、次々と味方艦を貫通していたのだ。

 

 そう、貫通。その速さは通常のデブリの比では無い。昨今の宇宙船に使われる装甲はデブリ程度では壊れない上、味方艦によっては対物理防御力に長けた重力子防御帯(デフレクター)を装備していたフネもあったのである。

 

それを数発で突き破る何かが、タダのデブリの筈が無いのだ。

 

「キャプテン! 高速で何かが!」

「―――まさか……ッ!! 左舷核パルス出力最大! 面舵、急速回避いそげぇ!!」

 

 つぎつぎと火球が広がっていくのを見ていて、あることに気が付いたバゥズ級改型ミサイル巡洋艦のキャプテンは、レーダー手の叫びに飛び上がるように、それこそ叫ぶように命令を下した。そのあまりの剣幕に気圧されて一瞬だけ操舵士の動きが停止してしまう。

 

「死にたいのか! 緊急回避でもいい! 早くやれ!」

「ア、アイアイサー!! 緊急回避!」

 

 眼がつり上がるほど恐ろしい表情に我に返った操舵士はコンソールを操作し、最後に隅にある黄色と黒の縞で縁取りがされた赤いスイッチを、カバーを叩き割るようにして入れた。

 これにより緊急回避用の命令が電子的に核パルスモーターに伝わり、通常を遥かに超えるキック力で全長600mを超える船体を右舷へと押し流した。それが彼らの命を救うことになる。

 

「ぐわわわわわ!!」

「ひぇぇぇぇ!!」

 

 とうぜん警告もない緊急回避だったので、船内は物が飛び、人が飛びの大狂乱。けがを負う者も出たがそれよりも恐ろしいことがフネの外では起きていた。彼らが兎にも角にもと緊急回避を行った直後、彼らの後続のバゥズ級改型が“消えた”。

 

 いや、正確には“ある”のだ。だがソレは既にフネでは無く、青々とした火球なのである。自分達が回避した直後、何かが後ろにいた味方のフネを潰した。この時キャプテンは自分の勘が発した警告に素直に従ったことを感謝した。

 暫く宇宙の暗闇に陽炎のごとく消えていく青い粒子の輝きを見ていたキャプテンだが、すぐに我に返るとああ拙いと感じた。つい先ほど感じた嫌な予感がまだ拭え切れないのだ。慌ててキャプテンは再び号令を発した。

 

「操舵士! もう一度緊急回避! 取舵一杯! エンジン最大!」

「さっきので船体に歪みが――」

「死にたくないなら無理にでも動かせや!」

「ホントにどうなっても知らないからな! アイアイサー!」

 

 再び大激震がフネを襲った。左舷側だけでなく右舷側の核パルスモーターがその身を犠牲にする出力で彼女の巨体を押し出したのだ。先ほど壁に叩き付けられた者たちは、こんどは逆の壁に叩き付けられて大半が大怪我を負う。死んだ者もいたがそれに気を使う余裕などもうなかった。

 それほど犠牲を出してまでして動いたおかげで、このフネは未だその宇宙に存在することを許されていたといえた。何が起きたのかをキャプテンが確認する前に今度はフネの異常を知らせる警報が艦内に鳴り響いた。キャプテンにしてみれば打ちつけた所為で揺れる頭にとって警報は拷問に近った。

 

「クッ! 今度は何だ! あと警報をとめろ! うるさすぎる」

 

 警報を止め、さらに損害報告を挙げさせると、ひどい具合になっているのが確認できた。取舵でよけたのとほぼ同時に、再び高速で飛来した何かが彼らのフネの右舷側を抉ったのである。複数ある装甲板は半分近くまで削られ、その際飛び散った破片は散弾となり各所の姿勢制御モーターやセンサー類をほぼ潰してしまっていた。

 おまけにジェネレーターも破壊され、兵装は使用不可能になり、シールドは微弱でしか展開できない。沈没せずに浮かんでいるだけ奇跡の状態であった。だが悪い事は二度あれば三度続く。

 

「右舷ウィングブロックのミサイルサイロが異常加熱! 切り離さねぇと爆発するぞ!」

「隔壁閉鎖! 右舷ウィングブロックはパージ! 急いで離れろ!」

「まだアソコには人が!」

「諦めろ助からん!」

「メインスラスター破損してるんだ! 推進力3割もだせない!」

「補助エンジンも使え! 全出力をエンジンに回して逃げるんだ! 爆発に呑まれるぞ!」

「ウィングブロックパージ!」

「エンジン出力最大!!急げ急げ急げェェェェェぇッ!!!!」

 

 150mミサイルをブロックごと切り離したバクゥ級巡洋艦は、出せる全力をもってしてその場からの離脱を計る。後少しと言ったところで、巨大な火球が後方で発生した。 切り離した大型ミサイルが、暴走を起し自爆したのである。

 

「――ッ……くそ、これまでか?」

 

ミサイルの爆発に呑みこまれた海賊達。鳴りしきる警報のなか、神に祈ったことも、神という概念すらも知らない彼らだったが、この時ばかりは何かに祈りたい気分だった。

 

 外部を映す筈のモニターは既に死んでおり、ザーとした砂嵐しか映さなくなっていた。船内各所で隔壁が破壊され空気漏れ警報が鳴りやまない。さらには非常用に出てくるはずの宇宙服がイスの横から出てきており、ソレを装着しないと命が危ない。

 

 まさに絶体絶命。これまで危なくない様に生きて来た海賊船キャプテンは、もうダメだと感じた。悪い事は一杯してきたがまだまだ暴れたりないというのに……だがコンソールに突っ伏した彼らを大いなる熱波が襲うことはなく、次第に振動が引いて行き、やがてあたりは静寂に包まれた。

 

「た、助かった。のか?」

 

 水を打ったかのように静まり返ったブリッジの中で、誰かがそう漏らしたが、実際助かったかどうかは不明であった。コンソールは生きているので、なんとか動力からの回路は無事のようだが、モニターはすでに何も情報を映してはいない。

 

直感であったがキャプテンはこのフネにあるモノのほぼ全て破壊されていると感じていた。主機の力ではなく、爆発の衝撃などの慣性の力で動いているだけである。本拠地に救援を呼びたくても通信アンテナが破壊された為、救援を呼ぶ前に修理を行わなくてはならないだろう。

 

「まずは修理だ。何でか知らないが静かだしな。とにかく生き残りを集めてどうにか生き延びるぞ」

『『『『――応ッ!』』』』

 

 そして彼らは自分らが生き延びる為に行動を開始した。生き残りが何人いるのかを確認し、仕舞ってあった緊急用の物資を掻き集め、その後EVA装備を身に纏いフネの外に出た時には一時間以上が経過していた。

 外に出てみれば、すでに彼らは本拠地が見えないところまで流されてしまっていた。それもこれも爆発するミサイルから逃れる為に、補機のエンジンを全開にして動いた為に慣性の法則が働いたからだ。

 

 補機とは言え宇宙船を動かすパワーが出せるエンジンだ。それを少しの間とはいえ全力で吹かせば多少の加速がフネに付与されるのは当然と言えた。むろん爆発の衝撃も彼らのフネを押し流す原因ともなった。

 こうして何とか生き残った彼らは、何時の間にかこの宙域を離脱することとなる。これがまた彼らを救う事となるとは、船内に居る生き残った40人の海賊たちが知る由も無かった。

 

 

***

 

 

 海賊の本拠地『くもの巣』から離れること、目視可能圏内ギリギリの位置に俺たちは移動していた。ここからはくもの巣と言われる通り、チューブやパイプで蜘蛛の巣状に繋がれた幾つもの岩石塊が辛うじて見えているが、おそらく向こう側からはこちらを認識できてはいない。

 

 あの『くもの巣』は高密度の小惑星帯の中に造られた基地である。隠れる分にはもってこいの宙域だが、逆に言えば探査能力もそれに比例して低下するのだ。マッド特性のEMPを積んだユピテルやブラックラピュラス製の装甲をしたエリエロンドといったステルス性の高いフネが揃っており、ここまで近づいても感知されなかったのである。

 

 本来はここでサマラ様の切り札である小惑星基地『コクーン』を飛ばす予定であったが、大型ミサイル持ちのミサイル巡洋艦が多数いることを鑑みて、まずは俺達が露払いを行う流れとなっていた。

 

――そして俺たちは、ケセイヤが開発した装備を用い、攻撃を行った。

 

「―――第5射、発射完了。しかしK級四番艦の加速ユニットの耐久値が限界です」

「放熱システムにも異常を検知、現在強制冷却処理中です」

「砲雷班は第6射目の攻撃は不可能と判断するぜ。艦長」

「サマラ様に連絡。Dフィールドの防衛網を破壊、そこを狙われたし、と」

「了解しました。エリエロンドに連絡します」

 

 攻撃により敵の防衛網に穴が開いたのを、先行させて『くもの巣』を見張っているAEWたちの中継により確認したので、エリエロンドに連絡を入れた。返信は来なかったものの、すぐさま小惑星基地『コクーン』に装備されたエンジンが煌々と噴射炎を吐き出して加速を開始する。

 

 片方3つある計6発のエンジンが蛹のような形をした基地を押し出す姿は圧巻であった。まだゆっくりであるが徐々に加速して、きっとおもしろいことになるだろう。

 

『艦長、こちらケセイヤ。ユニットを装備させたK級だが、思ったよりも船体フレームのダメージがデカイ。10隻中4隻は戦闘への参加は無理だぜ』

「戦力低下になるッスが、まぁ仕方ないッスね。K級はここに置いていくッス。後で回収するからね。ケセイヤも戻ってくるッスよ。これからが本番ッス」

『了解、すぐに戻る』

 

―――さて攻撃したとはいうものの、一体全体なにをしたのか? 

 

 ぶっちゃければ1,5kmの長さがある即席マスドライバーキャノンでの攻撃であった。あん? マスドライバーって何だって? 本来の意味でいえば荷物や物体を第一宇宙速度まで加速するための設備や装置のことだ。要は巨大な大砲と思えばいい、ジュールベルヌの小説にもそう描かれている。

 

 まぁともかく、なんでマスドライバーなんぞあるのかというと、ケセイヤ達マッドサイエンティストらが考案した対要塞攻撃用の一案の一つであったからだ。以前、ケセイヤが俺の部屋にまで来て開発の許可をくれと言ってきたものである。

 

 当初、提案されたのは装甲板に特殊な加工を施した1000m級のフネを2隻建造し、マスドライバーの加速レールとして機能するようにするというモノだ。要するに戦闘工廠アバリスと同じくらいのフネを加速レールにしてマスドライバー化するという、ロマンあふれる提案であった。

 

 だが今の白鯨に新たなフネを建造する余裕などは無く、作るとしても現有の戦力を削らねば捻出できない。なので草案をもっと煮詰めて煮詰めて、安くて同じような効果を得られるようにと無茶振りをしてみたのだ。

 

 そしてソコはマッドの底力、見事要求にこたえたのだ。ようするに使えるものでなんとかすればいいじゃないと考えた次第らしい。そんな彼らが眼を付けたのはガラーナK級突撃駆逐艦だった。哀れK級は再びマッドの手により魔改造の憂いにあう。

 

 マッドたちは、まず10隻のK級駆逐艦の側面に、加速用ガイドレールとして機能する特殊鋼板をユニット化し、突貫工事で貼り付けて固定した。それらを片方5隻ずつ並べて直列繋ぎにし、長さ1500mのマスドライバーにしてしまったのである。

 

 当然、無理な改造な為、連射は無理だし耐久性も低く壊れやすい。逆に言えば壊れることが前提なので丁寧に使わなくてもよく、無茶な使い方をすることができた。特に加速用ガイドレールの出力を最大にしたりとか、な。

 

 重力すらも操るこの世界の技術で製造されたマスドライバー用加速ユニットには、重力カタパルトっぽい機能も混ざっているチャンポン仕様である。その加速力は第一宇宙速度を軽く超えた凄まじいものだった。

 

 しかもAEWや偵察型VFのリアルタイム観測データのおかげで命中率も比較的高い。少なくとも5発中3発命中するくらいには……なんか一隻だけ妙に勘が良くて巻き込めなかったけど、大体数のミサイル巡洋艦に被害は与えることが出来たので問題ない。

 

 

「それにしても、宇宙基地をまるまる突撃して放棄できるなんて……海賊って儲かるっぽい?」

「やめときなユーリ。そいつは最後の手段なんだよ」

 

 あ、止めるけど絶対にするなとは言わないのねトスカ姐さん。ま、色々と政府関連のシガラミが面倒くさくなったら海賊に鞍替えするかもな。自由の旗を掲げるのだー!

 

 どんどん加速していく『コクーン』のケツを望みながら、俺はそんなことを考えるのだった。

 

 


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