何時の間にか無限航路   作:QOL

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※お久しぶりです。精神的に嫌なことがあって、胃袋に穴が開きかけましたが私は元気です。あとフォールアウト3が面白すぎる。


~何時の間にか無限航路・第29話、ネージリンス編~

■ネージリンス編・第二十九章■

 

 

『艦長、IP通信が入ってますが、通信を転送いたしますか?』

「通信? 誰からッスか?」

  

 惑星ポフィーラを後にした俺たちは、軽く小遣い稼ぎのつもりで、アステロイドベルトにて鉱物探査機(スカイベイサー)を使い資源採掘を行っていた。そんな時、その通信は来た。送り主は懐かしのエルメッツァ中央政府軍にいるオムス中佐からである。

 通信を自室のホロモニターに転送してもらったが、相変わらず隠そうともしないギラギラとした眼をしたオムス中佐を見ると、なんだかいろいろとやる気がそがれていく。これで綺麗な女性だったならまだマシなんだけど、相手は軍人のおっさんだしな。滅入るわぁ。

 

 それはいいとして届けられた通信の内容は酷く簡潔であった。俺達に至急見せたいモノがあるから直々に会いたいらしい。通信上ではなくわざわざ直接見せたいというのだから、通信波に乗せるのは盗聴の可能性を考えて戸惑われるような内容なのだろう。

 ここで俺はピンときた。呼出を行うほどの内容、おそらくシュベインさんから託された“あの”航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)の解析が終了したからだろう。アレに記録された内容は確かに通信で話せるような代物じゃない。

 

 ここに来ての呼出しであるが、これはある意味で都合が良かった。現在いる宙域はネージリンス領の端にあたるが、ここはエルメッツァとネージリンスとの交易ルートがボイドゲートを通して繋がっているのである。つまりエルメッツァに繋がるボイドゲートを抜ければ、その先はエルメッツァって訳だ。逆もまた然りである。

 本来ならばリム・ターナー天文台からの通信を待つ予定であるが、件の天文台からの連絡は未だにない。一応宇宙島間であってもほぼラグなしでつかえるIP通信なら、宇宙島を跨いでも相互連絡が可能であることだし、名指しの呼出しである以上断れない。そういった理由も後押しし、俺達はオムス中佐の召還に応じることになった。

 それに、もしもオムス中佐の呼出しが俺が考えたことと一致しているというのであれば、俺は自分の眼で確かめねばならなかった。あの小さいゲーム画面で見たのではない、現段階で最強である敵の姿ってヤツをこの目にしっかり焼き付けねば……そういうとカッコいいよな!

 

 

 さて、方針が決まったので、適当に漂うだけだった白鯨艦隊は急遽、エルメッツァに繋がるボイドゲート【ネージリンス・ジャンクションα】へと舵を切った。このゲートから入り、エルメッツァ側にある【エルメッツァ国境】というゲートからエルメッツァ領に戻ることになる。

 現在位置からネージリンスの航路を通過し、件の【ネージリンス・ジャンクションα】に到着するまでほぼ1日。このゲートを抜けてエルメッツァ領に進宙後、惑星ドゥンガ、惑星アルデスタ、惑星ネロの順に航路上に点在する星々を通過して、目的の政府軍司令部がある惑星ツィーズロンドに到着するまで、約5日掛かった。

 

 移動の間まったく寄り道せず、また通常巡航よりもエンジンに負担が掛からない程度に巡航速度を上げて航路を進んだので、通常7日かかるところを2日短縮することができた。補給もないプチ強行軍であったが、そもそも消耗するようなことが起こらなかったので一々他の星に寄り道する必要がなかったのだ。

 例えば道中では海賊に遭遇したのはたったの2回しかなく、それ以外は実に単調な道中であった。またこの2回あった海賊との遭遇も海賊側がこちらを捕捉した瞬間白旗を上げた為、実質戦闘におちいってはいない。戦闘らしい戦闘もなければ疲労もさほどたまらないという訳だ。

 

 しっかし、スカーバレル海賊団を蹴散らしたお蔭でエルメッツア方面の治安が急速に回復の兆しを見せているのを感じることが出来たのは感慨深いものがあるな。俺達が下心ありではあったが色々やらかしたことがこうした結果を生み出しているのだと思うと、蝶の羽ばたきって怖いとおもう今日この頃である。

 今回はいい結果であったが、まわりまわって窮地に追い込まれるような結果が来ないこと祈るぜ。俺はただ宇宙を旅したいだけなんだ。静かで、豊かで……。

 

 

―――まぁともかく、なんやかんやでやってまいりましたは政府軍司令部ビルの前である。

 

 勝手しったるなんとやら。俺以下ユピや護衛の保安部員に加え、この件に関しては外せないであろうトスカ姐さんをつれて受付に向かえば、すでに顔見知りの受付さんがすぐに対応してくれて、そのままオムス中佐の居る一室へと通された。完全に顔を覚えられていたらしく、受付に立っただけでこの対応。もうこっちじゃ悪い事できないね。しないけどさ。

 

 

「ユーリ君、よく来てくれた。さっそくだが、ある映像を見てもらってから話すとしよう」

 

 

 部屋に入ると、あいさつもそこそこにオムス中佐はそう言い放った。駆けつけ三杯ならぬ、駆けつけワンムービーらしい。オムスが部下に合図を…ちなみに指ぱっちんである…すると部屋の壁がモニターに切り変わり、そこに何かの映像が映し出された。

 ノイズが出ている所為でピントが合っていないのか、とても見づらい画像だったが、少ししてノイズがおさまると信じられない光景がそこには映し出されていた。

 

 映像の中では、まずこれまで見たことがない形状をしたフネのアップが映り込んだ。映っているフネの形状はあえて言うならペンシル型。非常に細長いスティック状の形状をしており、船体が濃緑のカラーで統一されていた。構造物レイアウトも軸線回転対称である。

 砲塔といった回転機構がある砲座が見当たらない上、フネの軸線に固定された砲口が見えることから、これは真正面での砲撃戦に特化させたフネであることが見て取れる。細長い船体も全面投影面積を小さくするために限界まで細めるのを追求したコンセプトなのだろう。

 

 そのフネのアップがだんだんと引き延ばされ、このフネによりよく見えていなかった向こう側の映像が露わになった。この映像を初めて見た俺のクルー、そして原作ゲームで見ていて知ってはいたものの、本物の映像を前に、その迫力を感じた俺もまたクルーと同様に言葉を失っていた。

 

 細長いフネと同型艦がいくつも映っていたのだ。それも2~3隻という規模ではない。画面に映るだけで数百隻、映像の左から右に向かって動いている為、実際はその何倍もの数がいるであろう超大規模艦隊がノイズが走る映像としてモニターに投影されていた。

 しかも、見えている艦種は、あの細長いペンシル型のフネだけでは無かった。映像が引き延ばされた時、その奥にペンシル型とくらべ明らかに3倍は大きい左右非対称な艦が横切っていたのだ。

 

 その大きなフネは中央船体の上甲板に大型単装砲が2門、艦底部に同じサイズの単装砲がさらに2門設置され、計4基の主砲をもっていた。それら砲塔が置かれた中央船体をJ型の船体が中央船体後部から中央船体を包むようにドッキングしている。J型船体の先頭部分、左舷側からフネの進む方向に槍のように伸びているのは艦載機用の加速リフトかカタパルトに見えるが詳細は不明だ。

 

 さらには、その大型艦のさらに奥にもっと大きなフネが悠々と航行しているのが映っている。大きさだけでも左右非対称型をした大型艦の2倍もの大きさがある超大型艦で、形状から察するに完全に空母であった。

 なぜならその超大型艦は三段式の艦載機用と思わしき全通式飛行甲板を備えていたからである。つーか色といい形といい、おまえ絶対どう見ても多層式宇宙空母やろ!ガミ○スか!?ガ○ラスの三段空母なのか!? 思わず叫びたくなったが堪える。第一そのネタは俺にしかわかるまい。

 

 実際パッと臨むとあの三段空母をさかさまにしたような形状なのだ。まぁあの三段空母と違いアングルドデッキではないけど、初代から見ていた自分としては本当に突っ込みたい。個人的にはガルマン・○ミラスでも……ちょっとメメタァな所に思考が飛んだ。

 

「信じられねぇッス」

「ユピテルの……私のデータベースにも記録が無い。設計思想も小マゼランでは見ない未知のフネですね」

「解っているのは調査船はこの艦隊により撃沈されたということだ。そしてこの艦隊は今、小マゼランへと真っ直ぐ向かってきている」

 

 ザワザワしている俺達にどこか沈んだ暗い声色でオムス中佐はそう呟いていた。これほどの大規模な艦隊がこの銀河にやってくる理由など考えられるのは主に二つ。移民か侵略。どちらにしても小マゼラン銀河に未曾有の混乱をもたらすだろう。

 

「トスカさん、これって」

「間違いない。ヤッハバッハの先遣隊だ」

 

 映像を眺めながら、念のために俺は後ろに控えていたトスカ姐さんに声を潜めて確認を取ったが、どうやらあの映像は間違いないらしい。見れば彼女は手を固く握りしめ、睨み付けるようにしてヤッハバッハ艦隊が映る画像を凝視し続けている。その眼に映る暗い感情は俺では計り知れない重さがある気がした。

 

 遂に姿を見せたヤッハバッハ。姐さんにしてみればアレは故郷を破壊した仇であり俺達小マゼランに居る者からすれば近いうちに訪れるであろう恐ろしき生きた災厄だ。

 姐さんは航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)に入っていたこの映像データが解禁されることで、大国であるエルメッツァがヤッハバッハ相手に早期に対策を練って動けると期待しているようだ。

 

 封印はとけられた!……そう行きたいところだが、多分結果は……。

 

 

「中佐、この映像について政府は?」 

「大丈夫だ、問題ない。国内の混乱を招かぬよう極秘でエルメッツアの偵察艦隊の派遣準備を進めている」

 

 政府の対応をオムス中佐が説明している最中、思わず姐さんの方を見たが彼女の顔色は悪い。つまり政府が選択したこれは彼女から見れば悪手なのだろう。もしかしたら彼女の故郷も同じような対応をヤッハバッハに行って、そして……。

 

「新たな星系人種との接触になるだろうからな。勿論相手が好戦的な種族だった場合に備えて、打撃力を持つ艦隊を後衛に付ける予定だ」

「そうかいそうかい。そりゃ結構―――で、肝心の接触する偵察艦隊と後詰の戦力はどの程度なのさ?」

「詳しい情報はこちらもまだ入っていないが……未知の大規模艦隊との接触だ。慎重を期して5000隻程度の艦隊を編成する事になるだろう。最初の接触で我がエルメッツァの威信を見せつける必要があるからな」

 

 五千隻と聞いて護衛について来ていたウチのクルーからスゲェとか声が上がった。エルメッツァ中央政府軍の総艦隻数が約1万5千隻というくらいだから、およそ3分の1もの艦を導入するわけだ。大国の威信をこの艦船の大投入で内外問わず一気に見せつけるつもりなのだ。

 どれだけのフネが集まるのか想像もつかない。スカーバレルやグアッシュ海賊団ですら所持していた艦数は数百隻。でも一度に相手したのは数十隻くらいなので軽く4桁にのぼる艦船を導入すると言われてもピンとこないのだ。

 思うに、銀河○雄伝説のような大規模艦隊が集結することになるのだろう。もしそれの観艦式を見れたなら凄くかっこよく見えるに相違ない。これが通常時だったなら、あるいは相手がヤッハバッハでなかったなら俺も素直に驚いただろう。

 

 しかし原作知識により真相を知っている俺は複雑な気分だった。またさっき見た現実の映像を見ることでハッキリと確信した。エルメッツァの対応は、あきらかに“少なすぎる”。これは現実なのだから、もう少し違う対応を考えてくれると思ったのだが……いやむしろ“現実的過ぎる対応”なんだろうな。

 

「はは、あはははは! 大した自信だよ! “たったそれだけ”の艦隊で威信を見せつけるだって? あははは!」

「む、これでも中央政府軍の3分の1を動員するのだ。大げさすぎるくらいだ」

「あ~知ってる、知ってるさ。滅亡した国家の連中がみんな同じ台詞を言ってたってね」

「なにを、なにを言っているんだね君は?」

 

 控えていたトスカ姐さんがオムス中佐が語る内容を、このエルメッツァが取る対応を、あまりにも滑稽だと笑う。言われた中佐は不愉快そうな表情をするが、俺は彼女からヤッハバッハのことを語られているので、彼女がどう思ったかを察し、何も言わずにただ見つめることしかできなかった。

 彼女はこの銀河でただ一人ヤッハバッハの恐ろしさを知っている人間である。俺のように原作知識でカンニングしたのではない。ヤッハバッハという戦闘民族国家の真の暴力を体感して知っている。

 だから彼女は笑った。小マゼランの大国と呼ばれた国の……、そのあまりの対応の拙さを聞いて失望を覚えたのかもしれない。同時に大国だからこそ動けない、そのあまりにも鈍い腰の重さに苛立っていると俺は感じた。

 

「いいかいッ? アタシがアンタらがやるべきことを教えてやる! 奴らと対峙するなら今すぐにその戦力を背景にネージリンスとカルバライヤに号令を掛け―――小マゼラン銀河全軍で連中を迎撃するんだ! それで何とか先遣隊を撃退できたなら、オメデトサンと言ってやるよ!」

「バカな! 言わせておけば相手は近辺星系の軍では無いんだぞ! 長い航海を経た遠征軍なら当然支援艦、補給艦も多数混ざっているだろう。戦力となる艦船数などたかが知れているのだ!」

 

 トスカ姐さんのあまりにも戯れているような物言いに、さすがのオムス中佐の眉間にも皺が寄る。なんだかんだで彼もまた大国エルメッツァの軍人。自国の軍が軽んじられているような発言をされるのは面白くないのだろう。彼女の戯れた物言いを止めない俺の方まで睨むように見てきた。

 

 だからなのか、若干声を荒げて中佐は遠征軍のセオリーを掲げ、姐さんの言葉は間違っていると暗に指摘したが、それこそ間違いであると言える。何故なら“未知の相手に何故こちらのセオリーが通用するのか?”これに尽きるだろう。

 

 確か原作ゲーム内における艦船ステータスにおいて、ヤッハのフネと小マゼランのフネとじゃ、対艦性能の値が2倍ちかく違う。装甲値も3倍ほどに跳ね上がり、耐久値に至っては7倍弱の開きがエルメッツァの艦船とではあったはずである。

 この世界においても、そのステータスが適用されているかはわからないが、アバリスやユピテルといった大マゼラン小マゼランの違いだけでも大分性能差があるのは歴然としている。

 もしも原作と同じくそれほどの性能の差があるとするなら、単純に考えてもこっちがあちらさんの10倍近い数を揃えないとまず勝てない。仮にエルメッツァ一国が総動員令を掛けて、張子の虎の1万5千隻を集めたとしてもヤッハバッハの先遣艦隊に戦艦が1500隻以上いればこちらは負けるのだ。

 

 それは複雑な計算などではない、至極当たり前の加算と減算の理屈である。数が多い方が勝つのだ。指揮官の采配云々などではなく性能差で圧倒され、ほぼ確実に――。

 

「その判断が正しいと思ってるのかい? アンタ、自分達の判断にそんなに自信があるのかい? どうなのか答えな」

 

 互いに沈黙し睨み合っていた姐さんと中佐だが、唐突に姐さんは笑みを消して中佐の方をジッと見据えてそう言い放つ。彼女が放つあまりにも真剣で、そして強い眼力に気圧されたのか中佐は一瞬戸惑ったようにたじろいだ。

 

「このエルメッツァも、大きくなるまでに、多くの異人種との接触同化を繰り返してきた。そこから導き出される常識的な判断だと思うがね」

 

 だがすぐに頭を振り意識を切り替えたのか逆に姐さんの眼を見据えてこう言い返していた。

 

 どちらも正しかった。オムス中佐やエルメッツァ軍人からすればこの対応が正しい。いっぽうのトスカ姐さんの言い分も実体験を基にしているのでともすればこの場の誰よりも正しかったのかもしれない。

 

 だがどちらも間違っていた。オムス中佐は大国の組織に捕らわれていた。様々な柵や慣習に伝統がある国の常識を変えるのは容易ではない。ドンキホーテが風車に突撃したように全くの無意味である。

 

 一方の姐さんも性急に過ぎた。彼女は0Gドッグの世界に浸り過ぎた。そして政治にあまり強くなかった。0Gドッグは究極的な個人であるから、命や名誉や金の為ならどんなことでもできるが、国家とは様々な思惑の集合体であり、国の権力や面子を重視する傾向がある。様々な思惑を無視し、全てをかなぐり捨ててまでは動けないのが国家だった。

 

 だから、この二人の話がこれ以上交わることはない。いつまでも平行線に終わるのは目に見えていた。ヒートアップしている姐さんを見て、仕方ないなと俺はソッと彼女の腕を引いた。手を置いた時にジッと見つめられたので目線を逸らさずに視線だけで語る―――これ以上はいけない、と。

 流石にこれ以上、仮にも正規軍の高官を怒らせるのはあまりよろしくない。そんな俺の意図を汲んでくれたのか、彼女は俺からもオムス中佐からも目線を逸らした。その姿はまるで拗ねた乙女のようである。だがすぐに彼女は顔を顰めてオムス中佐をジッと見据えた。

 

 

「この宇宙で未知の敵の力を常識で測る―――救えないよ」

 

 

 眼を逸らしたまま、どこか失望にも似た声色でそう吐き捨てた彼女は、先にフネに戻っていると言い放ちこの部屋から出て行ってしまった。

 

「あ、トスカさん!?……すみません中佐。ウチの副官が失礼なことを」

「ふん。君達に伝えたかったのはこれですべてだ。それと――」

「他言無用ですね。我々はこれを拾っただけ、この場では何も見なかった」

「ああ、それでいい。しばらく会うこともないだろう」

「ええ、ではこれで」

 

トスカ姐さんの態度にムスっとしているオムス中佐。これ以上居てもより機嫌を損ねるだけだと判断した俺は、とっととこの場を後にすることにした。軽く会釈しながらお別れをいい、オムスを残して部屋から出た俺は何も言わずフネに戻ったのであった。

 

 さてと、彼女のフォローもしとかないとね、と考えて。

 

 

 

***

 

 

 

 ユピテルにあるトスカの自室。班長以上の役職があるクルーにはそれぞれ与えられている標準的な個室の中で彼女は一人膝を抱えていた。明かりをつけようとせず真っ暗な部屋の中は、それだけで一つの宇宙のようだ。そう、たった一人だけしかいない孤独な宇宙。今まで通りその中に一人でいると、ささくれ立った心が静まる気がした。

 

 一言も喋らず、光がない虚空を見つめているとユーリと出会う前を思い出す。

 

 かつてのトスカはこのような身分に落ち着く前、大小マゼラン星雲を離れること別の銀河系、アルゼナイア宙域にある惑星国家リベリアに彼女は生きていた。幼き彼女は穢れを知らぬ純粋な少女として育てられた。何故なら彼女は惑星国家リベリアの皇女として生を受けたからである。

 

 常に春風が吹いているように暖かく優しい惑星リベリアの自然環境は住む人々の気性も穏やかにする。トスカにとってリベリアで過ごした日々はまさしく宝石のように輝いていた。だがそんな幸せな時間は長くは続かなかった。ある日、別宇宙から長い長い艦隊を率いる軍隊がやってきたのだ。

 

 ヤッハバッハ帝国、当時は知らなかったが複数の銀河系を支配下に置く巨大帝国。その先兵である先遣艦隊がアルゼナイア宙域に現れたのである。その数は広い宇宙空間を埋め尽くすのではないかというほどの大艦隊であった。

 当初、アルゼナイア宙域の各国の対応は非常に平和であった。なにせ人類が雨中に幅広く分布するようになって幾星霜。広がり過ぎた生息域では互いの交流はほとんどなく、各銀河でそれぞれ発展を遂げるようになって数千年の歳月が流れていたのだ。

 

 その為、当初アルゼナイア各国はヤッハバッハ帝国先遣艦隊を違う銀河から来たお客さんという目で捉え、様々な交渉に挑んだのである。当然、交渉は決裂、いや会談ともいえぬお粗末な終わり方をしてしまうことになる。何故ならヤッハバッハは最初から交渉するつもりなどなかったのだ。

 

 服従か、絶滅か、選べ。

 

 これが奴らがアルゼナイア宙域すべての国家に最初に告げた内容である。当時皇女として外界とはかけ離れた生活をしていた筈のトスカにまで耳に挟んだほど、ヤッハバッハの要求はこの宇宙の民にとって論外に過ぎるものだったのだ。

 このヤッハバッハの野蛮な要求に対し、アルゼナイア各国の殆どは反発した。無論、あれだけ大規模な先遣艦隊を送りつける相手に対して降伏した方がいいという意見もあったが、それはマイノリティとしてマジョリティの中にほぼ消えてしまった。

 

 それはアルゼナイアにある国家の殆どが王政を敷いており、王が対決を決めた以上、国家はそれに従ったからである。しかしそれは、後に冷静な視点で見れば無謀に過ぎた。当時のアルゼナイア全ての国家が集結したとしても戦力は小マゼランのエルメッツァが繰り出せる艦隊よりも遥かに少なかったのだ。

 しかも相手は先遣艦隊、先遣ということはその後に本隊が控えており、例え退けても疲弊した軍隊がさらに強大な本隊を押し返すなど不可能であった。それでも惑星国家リベリアを含むアルゼナイア宙域の国家は戦力を出し合い、侵略者への抵抗を準備していった。

 それはかつて祖先がこの宙域に辿り着き、諸問題ありながらも繁栄を享受し生きてきた自分達の国を簡単に明け渡すなど出来ないからであった。こと伝統や格式が多い王政国家において、例え強大な相手が敵であったとしても戦わないで負けを認めるなど、面子を考慮しても誇りを重視する彼らの精神性からすれば無理だったのだ。

 

 そして戦いは始まったが、それは実にあっけない幕切れを迎えた。只の一戦で終わってしまったのである。アルゼナイア宙域の連合艦隊はヤッハバッハのフネとの性能差を物ともせず、優秀な指揮と勇敢な兵士が合わさり善戦していたのだが、当時この連合に参加していた国の一つ、惑星小国家ヘムレオンの王子が突如連合艦隊を裏切り同胞に牙を剥いたからである。

 まさか同胞から身内から裏切りが平然と行われるとは思わず、混乱している間にヤッハバッハはその強靭な力をもってして強固な連携を取っていたアルゼナイアを食い破ってしまった。あっという間、それがこの艦隊決戦における一番似合う言葉となってしまった。

 艦隊を打ち破ったそのままの足で、ヤッハバッハはアルゼナイア宙域に侵攻。最後通牒でも恭順しない国を惑星には徹底的な殲滅を行い国があったことも分からぬほど消滅させて、その強大な力の参加に組み敷いたのだった。

 

 これがトスカが体験した祖国が消滅した話である。皇女だったトスカも王族として処刑される可能性があったが上手く身分を隠して逃がされ、その後たまたま公務で国を離れていた為に艦隊決戦に出ず生き延びたシュベインと出会いアルゼナイアを脱出。依頼人と請負人という形で依存しながら生き延びたのだ。

 

 

 再び、意識はトスカの自室に戻ってきた。あの頃の幸せだった日々を思い出すと少しだけ心が晴れるが、その後に必ず国が消えたあの日のことも思いだし、心に暗い影を落とす。唐突に体の力を抜いてトサっと座っていたベッドに倒れ込み、何気なく枕を抱き寄せて眼を閉じた。

 こういう時は何も考えず眠るに限る。そうすれば少なくとも私怨に溢れてしまった心が落ち着き、眼が覚めた時いつものトスカでいられる。孤独な彼女が生きる上で身に着けてしまった哀しい自衛手段。それを再び行おうと眼を閉じた……その時だった。

 

『ピンポーン、艦長さんがきましたよーっと。開けてくれッスー』

 

 ………こんな時になんとも言えない能天気な声が聞こえた。見ればインターフォンが暗い部屋の中で一筋の光のように輝き、そこにはいつも見ている見慣れた白い髪が映っている。こんな時にくる白髪頭など、ひとりしかいない。

 だが彼女はインターフォンのモニターを一瞥しただけで動こうとはしなかった。エルメッツァがとった対応があまりにも祖国のそれと似通っていたことに少なからずショックを覚えていた彼女は今は何もしたくない気分だった。

 

『あれー? 返事がない? なら勝手に開けて入るッスー』

 

 ちょっ、おま。鍵かけておいたのに艦長権限で勝手にドアが開かれた。プシュっとエアが抜かれる音がしたが彼女は枕に顔を押し付けてそちらを見ないようにした。そうでないと今の顔を私怨で歪んた顔を見せてしまうから、それを誰かに見せるなど出来ない。

 

「うわっ、暗っ! 暗いッスよー……ってー、あー」

 

 突っ伏したままでいるとユーリの声が部屋に響いた。声から察するにやっぱりあのバカはなにも考えず女の部屋に勝手に入ったようだ。あとでどんなお仕置きをするか考えつつも、もう意地でも顔は上げてやらないことにした。

 するとどうだ。人の部屋に勝手に入ったバカはトスカの状態を見て戸惑ったように唸るだけ……そうそれでいい。こちらが反応を見せなければ勝手に出て行くだろう。それとも二人っきりのこの状況に若さが暴走して欲情して襲い掛かってくるだろうか? それならそれで追い出す手間が省ける。殴れば終わりだし。

 

 頭を掻く音、スタスタと近寄り、そして頭の近くに何かが沈み込むのを感じる。ユーリはトスカの寝ているベッドに腰掛け何か言いたそうに唸っていたが、結局彼は何もいわなかった。ただ横に座っているだけ、何がしたいのだろう。

 

 そんな時、ポン、ポン、といった感じに体に振動が伝わった。なんだと思いチラリと薄目を開けてみれみればユーリが手のひらで優しく叩いていた。てっきり何かしら慰めの言葉でも吐くのかと思いきや予想外である。下手な慰めなら辛辣に切り返してやろうという気分だったトスカは、ユーリのこの行動が理解できず困惑してしまった。

 

 これでは、まるでむずがる子をあやす親のようじゃないか、とそこまで考えた時、ふと自分も小さなころ、両親にこうやってあやされたことがあったのを思いだした。

 

 嫌なことがあって泣いていると両親はこんな感じの親愛がこもった感じでポンポンと背中を叩いてくれた。すると何だか勇気ややる気が湧いていつも笑顔でいられたものだ。ああ、そうか……、これは励まされているんだなと唐突に理解する。

 

 なにも全てを言葉にしなければ伝わらない訳ではない。行動で、あるいは動作で、こういった風に親愛を込めたものでも思いは伝わる。かける言葉がない少年なりの精一杯にトスカを思っての行動に、それを理解して少し胸が熱い。

 

 その手がポンポンと触れる度に、触れられたところから彼の暖かさが波のように広がっていくようだ。これは……中々に心地良い振動だと彼女は思った。

 

「ふぅー……、やっぱり俺ァダメッスね。戻るッス……」

 

 しばらくの間、部屋の中ではポンポンと軽い音だけが響いていたが、その間ずっと無言であったトスカの反応を見たユーリはやっぱり駄目だ感じたのか立ち上がりかけた。 

 しかしその動作は途中で中断されてしまう。中腰になりかけたユーリの手をしっかりとつかむ手。それは紛うこと無きトスカの手であった。なんと彼女は立ち上がろうとしたユーリを留めるように彼の腕を掴んでいたのである。アレまぁと口をあんぐりと開けて固まるユーリ、彼にしてもこの彼女の動きは想定外であった。

 

「あのう、なぜに掴むのでございますよー?」

「………むー」

「いや、むーってキャラちゃいますやんアンタ」

「うるせい」

 

 そういうとトスカは腕を引いた。1Gの重力下で腕を引かれたユーリは慣性に従い再びベッドの上に落着する。アイタッと声が聞こえたがトスカには関係ない。そのまま彼の背中に顔を埋めた。人肌の暖かさが今はなんだか心地が良い。特に意外と細いこの少年の体つきは実に抱きしめやすい。これはクセになりそうで困る。

 

 そしてまた動かなくなったトスカに、ユーリは仕方ないかとこのまま好きにさせてあげることにした。いろいろと女性特有の柔らかさやいい香りにドッキドキではあるが、流石にここまで弱いところを見せた彼女に、若さで暴走する気などなれなかった。再びユーリは励ますように適度な強さでポンポンと彼女の背を叩くと、彼女が眠るまでそのままであった。

 

「……艦長ぉ、ぐすん」

「ユーリのばか――でもトスカさんは……でも、むぅ」

 

 なお、入り口の隙間から、羨ましいなぁとか、トスカさん何かずるいという感情の込められた二つの視線がずっと覗いていたが、ユーリはあえて何も言わなかった。指摘すると何だか七面倒なことになりそうだという彼の勘であったが、この行動はある意味で正解であったのは言うまでもない。

 

 ただし後日からフネのAIさんの性能が少し落ちたり、出される食事が少し量を減らされてしまったのであった。

 

 

***

 

 

―――ユーリ達がオムスとの対談を終えたちょうどその頃。

 

エルメッツァの中心にある星間国家連合の中枢が置かれているエルメッツァ大統領府の一室に一人の男が入室した。ルキャナン・フォー、大国エルメッツァ軍政長官で、政府と軍部を取り持つ人物である。

 

「ヤズー・ザンスバロス大統領閣下。ルキャナン軍政官、参りました」 

「うむ……」

 

 ルキャナンが入室した部屋にはすでに先客がいた。いや先客というよりかは今のこの部屋の主というべき人物だ。ヤズー・ザンスバロス、この国の国家元首であり、海千山千の政治家たちとの権謀術数に打ち勝ち、この国を率いる大人物である。

 ヤズー大統領はこの超高層ビルでもある大統領府の執務室から壁一面の窓の前に立ち、繁栄を極めているエルメッツァを眺めていたが、入室したルキャナンに気が付くとそちらの方へ意識を向けはしたが、振り向くことはしない。 

 ルキャナンはそのことに少し蔑ろにされている気がしたが、まぁ目の前の男が政治活動以外でそこまで気が付くような人物ではないのを知っていたので別に気にはしなかった。

 

「例の異人種の艦隊はどうなっている?」

「はっ。ヴォヤージ・メモライザーの解析によれば、およそ3か月で我が領宙に到来するかと。現在交渉役の選定、および万が一の迎撃艦隊の編制作業を進めさせています。詳細は後程書類にてお送りします」

「ふむ、では交渉役はキミにやってもらおう軍政官」

 

 報告を遮りヤズー大統領が唐突に告げた言葉に内心ギョッとするルキャナンだがそれを顔に出すことはない。久方ぶりの大仕事になろう今回の件を任されることに関して思うところ等彼にはない。彼は自分のできることを尽くすだけである。

 問題はこういった風に“公平でない”やり方で選定をしてしまうと、関連各所との折り合いをつけるのが、少し面倒に感じただけである。ああまた説得周りをしなければならないのかと、本来悲鳴をあげない筈の肝臓が傷む気がした。

 

 そんなルキャナンの苦労を知ってか知らずか、ヤズー大統領は言葉と続けた。

 

「全権大使としてな。彼奴らの居住星系を我が偉大なるエルメッツァの新たな勢力圏とするのだ」

「はっ」

「しかし一時的とはいえ、国内の戦力は些か手薄になるな」

「国内の治安維持は問題ないかと。我が国でもっとも大きかった海賊勢力といった騒乱分子はすでに壊滅しておりますゆえ」

「ほほう、軍もたまにはヤルではないか」

「恐縮であります」

 

 大統領が満悦の笑みを浮かべるのを無表情で受け取るルキャナン。彼は大統領がエルメッツァ中央政府軍単独で治安を乱す輩を撃滅したと勘違いしているのに気が付いていたが、それを指摘しなかった。

 実のところ海賊勢力を下したのはエルメッツァ軍単独ではなく、外部協力者の0Gドッグ達も協力したからなのを彼は報告を受けて知っていた。もっとも、その0Gドッグが後に白鯨艦隊と呼ばれる0Gドッグというのは知らなかったが、兎にも角にも彼はこの場で何も知らずに喜ぶ政治家に事実を言うつもりなどなかった。

 

 理由は、仮にも大国の宇宙軍が海賊の勢力を駆逐できずに、手を拱いていたというのは体裁が悪いからであった。これを知った大統領という立場にいる目の前の男が、もしも本来ならず者である0Gドッグを賞賛するようなことを公にしゃべくった場合、軍部の面子が潰され、それはそれは七面倒な後処理が待っているのだ。軍事と政治の両方に足を突っ込んでいるからこそ、解ることである。

 ゆえに大統領府の公式見解としてはエルメッツァ軍が主導で海賊を駆逐したという形にするように情報操作が為されていた。得てして上に立つ人物は自ら調べることをせず、代わりに部下を扱き使うので、その部下を掌握していれば問題はない。世の中知らなくても良いことは沢山あるのである。

 またこういったことは結構頻繁に行われていた為、例え知られても暗黙の内に終わるので特に問題はなかった。

 

「問題はカルバライヤ、エルメッツァの動向ですが―――」

 

 そんなことよりもまだまだ沢山報告すべきことがたくさんある。星間国家を束ねる政治の中枢が眠ることなどないのだ。ルキャナンは定時には帰れないだろうと思いつつも、自身の口髭と顎鬚を同時に撫でてから、今日大統領に告げるべき報告と続けるのであった。

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