何時の間にか無限航路   作:QOL

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~何時の間にか無限航路・第30話、ネージリンス編~

■ネージリンス編・第30章■

 

 

 エルメッツァの中心、惑星ツィーズロンドを離れ、再びネージリンスに向かう為にネロへ続く航路に入ってから二日。俺は腹をさすりながら自室で職務を進めていた。

 

 いやはや、まさか落ち込んでいた姐さんを慰めていたところをユピとチェルシーに見られたとはね。背中に抱き着かれたところをちょうど見られたおかげで、ユピは何故か演算能力が低下するし、チェルシーは俺に出す飯を減らしてくれたので、現在俺の胃袋は腹がぺこちゃん状態である。

 

 まぁ、もとより膨大な演算能力を持つユピの機能が少し低下しても誤差の範疇だし、チェルシーが飯を減らしたといっても全く出さないという訳でもない。あくまで普段と比べてという話であり、それほど困ってはいない。第一可愛いもんだろ。あれくらい。

 

 それよりも、あの後トスカ姐さんとだが……特に何も起きなかった。そう、残念ながら何も起きなかったのだ。まぁ何かが起きても困るが。

 

 あのまま姐さんはぐっすりスヤスヤと眠られ、起きた時にはすこぶるスッキリとした顔をして何時もの飄々とした風の元気な姿に戻っていた。彼女に落ち込まれていると気分的にこっちも苦しいのでそれは別にいいのだ。元気なのは良い事だしな。

 

 ただ、あれから二日たつ訳だが、妙に姐さんのスキンシップが加速している気がしてならない。いやスキンシップは大事だよ? でも今まで彼女が酒の席で色々とタガが外れている時ならともかく、普段の生活の中でそういったことをしてくることはなかった。

 

 それが今では、時折、他のクルーがいないところで有無を言わさずハグされることがあるのだ。俺としては色々と役得なのだが、その時の姐さんが何かに怯えた感じで少しだけ震えていたりするもんで、なんというかエロい気分にならねぇ。第一姐さん相手に手を出す勇気なんか俺にはないんだお。おかげでいまだDT……うぐぅ。

 

 ちなみに行き成りハグされた時、最初は驚いてなんで抱き着くノン?と尋ねてみたところ、俺って抱き心地がすごくいいんだってさ。高重力訓練とかで鍛えている筈なのに程よい柔らかさがあったり何故か伸びない背とか、新陳代謝がいい所為か高い体温など、色々な要素があるらしいが、一言でいうと良い抱き枕かクッション。そんな評価らしい。

 

 妙齢の女性に抱きしめられることを喜ぶべきなのか、男として見られておらず家具と変わらないという評価を悲しめばいいのか悩むところである。おかげで自慢の息子♂も立ち上がる気にならないのか、木陰に置かれたロッキングチェアーでゆったりと寝ているようにしていらっしゃる。

 

 先も言った通り、そういう気分にならないのよねぇ。なんか怖い夢を見たお子さんをあやしている気分? とにかくそういったこともあって、今はもう好きにさせている。気分にはならないが感触は楽しめるしね。それくらいは許されるだろうさ。

 

「ユーリ。いまちょっといいかい?」

「おろトスカさんッスか? 鍵はかけてないッスよー」

 

 うわさをすれば何とやら、トスカ姐さんがやってきたらしい。ちなみに普段は雛鳥のごとく傍にいるユピが今日はいなかったりする。確かにユピは俺の傍で秘書の真似事をいつもしてくれているユピだが四六時中という訳ではないのだ。

 

 今日は確か、電子知性妖精の擬体にどれだけ負荷が蓄積しているか調べる為、マッドの巣におかれたクレイドルで横になっている筈。よほどあの身体に馴染んだのか、俺の近くに居たいなら体を抜け出してAIとしてこの部屋に来ればいいのにそこらへんに思い当たらないあたり、まだまだ経験不足よのぉ。

 

「邪魔するよ」

「邪魔するんやったら帰ってやー……あ、すんません、今のは冗談ッスよ? なんです?」

「びっくりした。出直した方がいいかと思ったよ。ああ用件だったね。実はエルメッツァ領から出てしまう前に惑星ドゥンガに少しだけ寄港して貰いたいんだ」

 

 二日前の甘えん坊が嘘のように、普段通りの飄々とした感じに戻っている。彼女も大人だから切り替えが出来るってことなんだろうな。俺としてはあの甘えた感じも嫌いじゃないが、やっぱりこの人はこの感じが似合っている。

 

 それはさて置き、唐突に惑星ドゥンガに行きたいか……ちょうど今から向かうネージリンスに続くボイドゲートの手前に位置する惑星だな。人口は約94億5200万人程度で、ネージリンスとの玄関口でもあるからそれなりの星だったかな。

 

 ふむ、ヤッハバッハ帝国のこともあったことだし、多分理由はアレだな。

 

「シュベインさんですか?」

「あれ?向かう理由って話したかい?」

 

 驚いた風に聞いてくる姐さん。いえ唯の勘です。

 

「いえ。ただ中佐のところで見た映像のこともあったし、アレのことを具体的に知っている人はトスカさん除くと彼しかいないッス」

「おどろいた。アンタ時々すごいね」

「恐縮ッス」

 

 俺だって馬鹿じゃない。いやロマン方面ではアホになるけどさ。

 

「どっちにしろネージリンス領に戻る前には寄港予定でしたし、休息時間の時にでも上陸すればいいッスよ」

「すまないユーリ。恩に着るよ。あ、アンタも一緒に来てほしい」

「あいよ、まかされて」

 

 そういって笑うと姐さんもつられて笑っていた。いいねぇこういうの。その後、やはりハグを求められ好きにさせた。むー、感触はいいんだがなぁ、と思っていると丁度メンテナンスが終わったユピが戻ってきてしまい、俺を抱きしめる姐さんの姿を見て硬直してしまった。

 

 どうしたと話しかければ私もお願いしますと大きな声で言われ、なんのことやらと思えば彼女までハグを要求するように……変なことを学習させてしまったかもしれない。え? 勿論ハグしましたよ? だって悪い気はしないしな。

 

 

***

 

 

 さて、惑星ネロを通過後、およそ二日かけて惑星ドゥンガまで戻ってきた。別に強行軍という訳でもなかったが道中イベントが一切起きなければこうなる。正直しばらくはエルメッツァには戻らないかもしれない。飯のタネとなる海賊がいないならあまりうま味がないからな。

 

 それはともかく、姐さんと共に地上に降り、彼女が指定した酒場にやってまいりました。というか何時もの0Gドッグ御用達の酒場である。まぁこの手の酒場は大体いつも騒がしい。騒がしいところでこそ盗聴の危険が減るから秘密の雑談にはうってつけなのだが……。

 

 兎も角、酒場に入り一度中を見渡したところ、カウンター席に見たことのある後ろ姿が座っているのが見えた。シュベインさんだな。姐さんも見つけたらしく、スタスタと彼の方へと歩を進めた。

 

「待たせたねシュベイン」

「どうもッス。シュベインさん」

「おお、これはトスカ様とユーリ様。何、さほど待ってはいませんよ」

 

 適当に挨拶を交わしつつ俺達もカウンターへと座った。ちなみにシュベインがさほど待っていないと言ったが、カウンターに残る冷たい飲み物を置いた跡、結露で出来る輪っかがいくつか見えるあたり、それなりに待っていたのは明白! まぁ余談だ。

 

「シュベイン。航海記録装置(ヴォヤージ・メモライザー)のバックアップデータの解析は?」

 

 いきなりだが、姐さんどうやらあのヤッハバッハ艦隊のことを記録したメモライザーのデータを勝手にバックアップして、シュベインに命じて独自に解析に回していたようだ。鼻から政府の連中は信用していなかったのか。いや、半々だったのかな。アレだけ落ち込んでたし……、

 

「はい、画像と同期して採取されたデータの内。比較的精度の高いモノのみを取り出しました」

「よし、それじゃあ聞かせてもらおうか」

「レーザー観測データ、重力波データおよび画像範囲内のインフラトン測定データをクロス分析解析致しました結果……主力艦のサイズは2000mクラスのモノが複数だと思われます」

「ほうほうウチのユピテルとほぼ同じくらいの大きさッスね」

「ふん、先遣隊ならそんなとこだろう。数は?」

「あくまでメモライザーの観測範囲のみの計算ではありますが……およそ10万隻は下らないかと……」

 

 2000m、キロに直すと2kmだ。戦艦大和が大体263m位だったから、大和のおよそ7.6倍に相当する大きさだ。ウチの艦隊に所属するアバリスが大体1300m、ユピテルは改装を受けた為、当初よりも大型化し2000mの大きさがあるが。そんなのが宇宙を艦隊組んでごろごろ飛んでるとかどんだけ国力あんねん。

 

 だいたい俺ですらこの二隻そろえるのに、軽く数百隻の海賊船を色々としたというのに……。金持ちが羨ましい。いや妬ましいぞチクショー。

 

「ちょいとユーリ。あんたナニ怖い顔してるのさ」

「ぱるぱるぱる……いや、財力がある連中が妬ましいと思って、妬ましい」

「いやシュベインの報告で驚くところそこかい?」

「ほう、ユーリ様は中々着眼点が面白いですな」

 

 トスカ姐さんからは呆れの視線、シュベインからは苦笑をいただきました。

 

「それにしても小マゼランの軍を全部足した上で倍以上の数ッスか。うわっ勝てねぇ。エルメッツァ全軍でも1万5千隻だっていうのに……」

「それどころか小マゼラン全軍の倍くらいの数だ。これで先遣隊だっていうんだからね」

 

 ホント、恐れ入る数である。戦いは数だよ兄貴を地でいっている。きっと征服した星々の財源がかなり軍備に費やされているんだろうなあ。軍国一辺倒でそれでうまくいっている国家ってある意味凄いわ。

 

「シュベイン、このことをエルメッツァ政府は?」

「知ってはいますが分析結果が大分違っている様ですな。どうも古い艦故に一隻当たりのインフラトン排出量が多いモノと判断している様で、政府内の知人によりますと、艦船数は1000隻程度と見積もっているとのことです」

「どいつもこいつも、どうして相手を見くびりたがるんだか……」

「つーか、何をどうすれば10万隻が1000隻になるんスか」

 

 場に沈黙が満ちる。背後で聞こえる酒場の喧騒もこの沈黙を破ることはできず、唯のBGMと成り果てていた。仮に政府の連中が予想している1000隻だったとしてもエルメッツァが送る使節艦隊は壊滅するだろう。彼らが保有する軍艦はソレ位の力を持っているのだ。

 

 またエルメッツァの軍艦はその殆どがバランス型であり、拡張性こそあるが性能や価格は他国のフネと比べて抑えめになっている。これは数を揃えることで小マゼランに一般的に流通している艦船相手ならば十分対処可能であったからである。

 

 特にエルメッツァの場合は大国ゆえに広い領域を持つ。それらを管理するには数が無ければ話にならないという背景もあるのだ。その為、地方軍の戦艦などは中央政府軍の物と比べるとソフトウェア関連がオミットを受けており、ハード面は同等でも哨戒索敵機能は格段に低いらしい。

 

 そういった事情もあって、エルメッツァ製の戦闘艦はあまり強くはない。拡張性は高いのでキチンとモジュール設置や開発を行えば初期設計と比べて雲泥の差が生まれるがそれにしたって限界はある。

 

 仮に原作と同じくらい性能差があるとするなら、ヤッハバッハ製の戦闘艦と性能を比べると、こちらの艦船は紙装甲の段ボール戦艦と言われてもしょうがないことになるだろう。これらがぶつかりあえば、文字通り鎧袖一触、いともたやすく蹴散らされるだろう。

 

「ま、組織がでかくなった上、敵対出来る存在がいなかったからッスね。どんな敵にも負けない、只の張り子のトラだっていうことにも気が付いて無いんスよ。それに気が付くのは艦隊が壊滅した後って所でしょうね」

「国家組織としての弊害でしょう。力が増せば増す程、人間は愚かになってしまう」

「どちらにしても、このデータがあった所でエルメッツァも同じデータ持ってるから、こっちの話しも聞きやしないッスね」

「もうチョイ色々と解っていればねぇ。これ以上は私も知らないし」

 

 いや、流石にこれ以上の情報は望めないでしょう。コレ以上の情報が欲しいなら、俺達だけで威力偵察でもしてみますかい? もっとも10万隻もいる相手にケンカ売ったら、さぞ凄まじいことになりそうだけどね。

 

 何にしても、今のところ打つ手なし。真実を知っていてもそれを知らしめたとしても信じてもらえないもどかしさに俺たちの間に再び沈黙が流れた。下手すれば狂言扱いで病院送りで、退院した時には小マゼランは滅亡しているだろうよ。

 

 どうしたもんかねぇ~、そんな空気が漂い始めた。ぶっちゃけ真相知っているんだから、とっとと他の銀河か宇宙にでも逃げてしまえば苦労はしない。苦労はしないが敵さん宇宙をボイドゲートなしで渡れるような設計思想のフネを造っている侵略国家である。ただ逃げるのは事実上の問題の先送りであり、何の解決にもなりはしない。

 

 兎にも角にもエルメッツァは負けるのがフラグビンビンなので確定的に明らかなのはおいておいて、問題は負けるにしても実りある負けにしなければならないということだろう。

 

 つまり、どうあがいても勝つことが難しいなら、それを逆手に取り次の機会で挽回するということである。幸い俺たちは根無し草の0Gドッグであり、どこの組織にも所属していないからこそ自由に動き回ることが出来る。ヤッハバッハの脅威をデータとして集め、それを持って別の宇宙島で警鐘を鳴らし、備えさせるというのがある意味で一番堅実なのだろうと思う。

 

 ただ、ヤッハバッハを脅威に見せるデータ等、一番わかりやすいのはやはり戦闘の映像等でありまして……つまるところ、一度は連中との戦いに参加しなければならない事に他ならない。

あー、これはウチのマッドたちによるフネの研究開発待ったなしだな。いざ戦いになったとき、攻撃も防御も出来ませんじゃ話にならない……金が飛ぶぜ。とほほ。

 

「ユーリ。デイジーリップ号を精密メンテナンスに出しておきたい。この先何があるか解らないからね」

 

 さて、俺が来るべき未来での仕事量の多さに内心涙してグラスを煽っていると、トスカ姐さんがそんなことを言ってきた。デイジーリップ?……ああ、あれか。

 

「え、デイジーリップ号ッスか? 別にかまわないッスけど……そういやアレ何処にしまったんだっけ?」

「……え?」

 

 真剣にそう告げる姐さんに否定する理由もないので首を縦に振るが……実は本当に何時頃まで使っていたか解らないのだ。確か駆逐艦を手に入れてから人員不足でずっと宇宙港に置いたままだったし、その後アバリスに乗り換えてからは確か……あれ?

 

「ちょいと待ってくれッス。今ユピに問い合わせてみるッス」

 

 俺は携帯端末からユピにアクセスした。腕に付けた腕輪から空間投影されたユピのインターフェイスが映し出され俺の方を向く。

 

『お呼びですか艦長?』

「うん、トスカさんの以前乗っていたデイジーリップ号はどこにあるか解らないッスか?」

『少々お待ち下さい―――解りました。本艦の格納区画にモスボール処置を受けて収まっています。ですけど……』

 

 なにやら含みある感じで言いよどんだユピ。なんだ? どうしたんだ?

 

「何か問題でもあるッスか?」

『いえ、そのう……デイジーリップ号のある格納庫なんですけど……最近の入室ログに科学班や整備班といった通称マッドの巣にいる方々のログが……』

「「な、なんだってー!?」」

 

 この時、俺とトスカ姐さんに電流走る。シュベインさんはよくわかっていない為、叫んだ俺達に対して首をかしげる。な、なんていうことだ。よりにも寄ってマッドの巣の連中が出入りしていただと!?

 

「そ、倉庫の映像は?!」

『あ、はい。監視カメラと映像を繋ぎます』

 

 携帯端末の映像が切り替わり、ホロモニターにちょっと薄暗い格納庫の中が映し出された。画像処理が加わり明るさ補正が掛かったところ、ほぼデイジーリップ号の全貌が映し出された。

 

 元は旧式の小型輸送船を改造したデイジーリップ号。両舷のペイロード部分に無理やりスラスターを兼ねたシールドジェネレーターと武装を、半ば無理やりに取りつけてある。

 

 その為バランスを保つ為に胴体部分に反重力スタビライザーを四本も取り付けたらしい。その場当たり的な改造のお陰で非常にピーキーな機体なので、トスカ姐さん以外には完全に乗りこなせる人間がいないフネがデイジーリップ号なのだが……。

 

「ユピ、左舷側も見てみたいッス」

『了解』

 

 一見、なにも変わっていないように見えるデイジーリップ号だが、マッドの巣の連中が出入りしていたと聞いた以上、なにもされていない訳がない。そう確信してカメラの映像をゆっくりと回してもらった。

 

「トスカさん、手遅れだったみたいッス」

「アタシのフネが……」

 

 頭を抱えるトスカ姐さんと俺。放置されていたデイジーリップはマッド達のおもちゃにされたらしい。デイジーリップ号の右舷側のリングスラスター。その上部には対艦ミサイル発射口と本来はデブリ破砕用の小型レーザー砲があるだけだった筈だ。

 

 だが今のデイジーリップ号(改?)には、左舷側のシールドジェネレーターがあった部位にも右舷側と同じ武装が追加されている。正確にはシールドジェネレーターが外され、両舷とも小型レーザー砲はより高出力かつ速射性に優れた小型連装バーストレーザー砲に対艦ミサイルも若干口径が大きな物に変更されているようだ。

 

 これにより左右非対称でバランスが悪かった機体バランスが全体的にみて少し改善されているといってもいい。あれ? よく見たら両舷のリングスラスターの部分が上下に二つある? ああ、成程。上部は兵装プラットホームで、その下が本来のリングスラスターなのか。

 

 そして下のリングスラスターにシールドジェネレーターが置かれている。本来は左舷側にだけだったはずだが右舷側スラスター上部にも増設されたらしい。元々主翼みたいに出っ張っていたリングスラスターだったが、その上に兵装プラットホームを増設したことで正面から見るとまるで複葉機みたいだぜ。

 

 つまるところ、今のデイジーリップ号は武装もシールドも2倍になってやがる。しかもスタビライザーもさらに小型のが幾つか増設されたのが見てとれるし、フネの下部に置かれたツインエンジンもより高出力の物に変えたのか巨大化し、全長も増しているみたいだ。

 

 おまけに見ただけでは理解できない、なんか用途不明の装置らしきモノも追加されてるみたいだぜ。こりゃかなりの趣味にはしってんなー。

 

「あ、あたしのでいじーりっぷがぁー」

「こりゃ大分前から改造されてるッスね。そんな事が出来るのは古参のあの人くらい」

「ケセイヤぁぁーーー!! アタシのフネになんてことしてくれてんだぁぁー!!!」

 

 彼女はこんなことをしでかしてくれた張本人の名前を叫びながら酒場から飛び出した。まぁ自分が長年使っていた愛機を本人の断りなく勝手に魔改造していたら誰だって怒り狂うだろ。常識的に考えて。

 

 その後、俺とシュベインは適当に情報のやり取りを行い、この場は解散となった。何せ主宰である姐さんが怒りに我を忘れて何処かに行ってしまったのだ。話し合うべき事柄は話し合ったし、とりあえず互いにヤッハバッハ相手にどう動くかを考えるというところで纏まっているので話すことはもうない。

 

 シュベインと別れた後、フネに戻るとトスカ姐さんがマッドの一人をボコボコにしていた。流れるようなコンボを叩き込まれてボロボロであったが、奴は意識を失う直前“マッド死すとも改造は止めぬ”と迷言を残したとかなんとか。懲りない奴だねー、とか思いつつもアホを死んでなければ蘇生できる医務室に放り込み、この星を後にした。

 

 ドゥンガから出港した俺達はとりあえずジェロウ教授のお楽しみである解析結果を待つために再びネージリンスへと舵を切った。出港してから1日程で入ってきたボイドゲートである【エルメッツァ国境】に辿り着き、ゲートを使ってワープ。ボイドゲート【ネージリンス・ジャンクションα】に到達した。

 

 

 さてこれから再びネージリンスを回ろうジャマイカ。とゲートから進もうとした時、実にタイミングのいいことにリム・ターナー天文台所長のアルピナさんからの連絡が届いた。解析がやっと終わるからそろそろ来てほしい。そんな内容であった。

 

 この連絡が届いたことで教授のテンションがうなぎ上りになった。心なしかアインシュタイン似の広いおでこが輝いているような気がしたが、それよりもあまりのテンションの高さの所為で旗艦の性能を上げる研究がかなり進み、ソフトウェア関連での向上により対艦性能が上がってしまったのには苦笑するしかない。

 

 まぁそんなことがありながらも俺たちは一路ティロアへと向かった。

 

 ゲートから出て、通常航路を進むこと約二日。道中バクゥ級巡洋艦が1隻、タタワ級駆逐艦が2隻いる三隻編制の海賊哨戒小艦隊に挑まれたが、前衛の駆逐艦群だけで事足りる。少々の小銭となるジャンクを回収してから航路に戻るが、その後は海賊に出会うことなく惑星ティロアに到達した。

 

 

「ああ、ユーリ君。ちょうどよかったわ。後10時間程で解析が終わるそうよ」

「おお! それは本当かネ! 楽しみだヨッ!」

 

 降りてすぐ天文台に向かうとアルピナさん自らが出迎えてくれた。少し到着が早かったのか結果はまだ出てはいなかったが、半日程度で結果が出ると言われた教授はまるでクリスマスプレゼントを前に置かれた子供の用に喜色を浮かべている。

 

「すでに時間も遅いことですし、今日はこの星で一泊していったらどうかしら?」

「ゼヒそうさせてもらおうじゃないか、ユーリ君」

 

 リム・タナーホテルなら伝手で部屋を取ってあげられるとはアルピナさんの談。なんでも情報解析の為に長丁場の場合ホテルに泊まることが多いらしく、それにより伝手が生まれたのだとか。ま、せっかくの御好意なので断る理由もない。というか教授が泊まるつもり満々だ。

 

 そんな訳でホテルに部屋を取ってもらった。地上に降りると酒場でドンチャン騒ぎをすることが多く夜を明したことならよくあるが、その後は大抵ユピテルに戻ってしまう為、ホテルに泊るのは本当に久しぶりだった。

 

 ちなみにクルー全員がホテルに泊まった訳じゃ無く、天文台についてきた連中だけである。流石に数千人いるクルー達を全員泊められる宿泊施設なんてある訳がねぇ。でも宇宙にはそういうことが可能なホテルがあると聞いたことがある、恐ろしいぜ。

 

 さて、そんな訳でホテルに泊まったのだが――――

 

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……」

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……」

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……」

 

≪カチ……コチ……カチ……コチ……カチ……コチ≫

 

「……眠れねぇッス」

 

 

 よく旅先の旅館とかにある時計の音が気になって眠れないって事あるよな? くそ、誰だよ。レトロチックな置時計を部屋においておくなんてさ。趣味はいいけど眠れねぇっての。

 

「う~ん☆ ヒマだから、おさんぽでもしようかな?」

 

 ちょっと某ハンバーガー屋ピエロの真似をしつつ、ベットから起きた。一度目が覚めちまったら、そうそう寝付けないだべ。時間的には、むむ、売店も閉まってるだろうしなぁ……コンビニでもちかくにあるかな? とりあえず財布を片手に割り振られたホテルの部屋を後にしたのだった。

 

 

 

――――さて、俺が部屋を出てから少し経った時。

 

 

 

「艦長、まだ起きてるかなぁ?」

「ユーリ、起きてるかな?」

「「ん?」」

 

 俺の泊る部屋から少し離れた廊下で、二人の少女が遭遇していたらしい。

 片方は我らがAI様ユピ。もう片方は我らが妹様チェルシーだ。

 

「(チェルシーさん?)」

「(ユピ、だよね?)」

 

 廊下で見つめあうこと数分、再起動に時間が掛ったのか、ハッとする二人。

 

「「あ、あの。こんな時間に何をしに?」」

 

 異口同音で問われた質問。

 流れる沈黙のなか無音の風が加速した。

 

 

***

 

 

「やべぇ、企業戦士マンダム超おもしれぇッス」

  

 少々マナー違反だが、俺はホテル近くのコンビニで漫画雑誌片手に立ち読み中。 読んでいたのは、とある企業に入った少年が年代を重ねながら徐々に渋みを増して他企業を圧倒していく様子を描いたリーマン漫画。創刊は30年近く前だが何気に人気があるらしくマンダムエースなる専門雑誌まである。

 

 しかし、やっぱどんな世界にもあるもんだねぇ、コンビニ。24時間営業のソレは、暗い夜を明るく照らす頼もしい味方。立ち読みして時間つぶすのにちょうどいい空間だ。 店員の目が厳しくなってるが、オレは自重しないぜ!

 

 適当にとった漫画雑誌、どうも未来になっても漫画と言うジャンルは終えないらしい。 言語は違うものの描き方も構図もほとんど20世紀のそれとほぼ変わらん。稀によく解らん構図の漫画あるけど、過去に描かれた漫画でもよくある話なので気にしない。

 

 つーか、このトガーシとかいう作者の書いた漫画。ぶっ飛んでて面白いけど、話しもぶっ飛んでるね(休載的な意味で) でもやっぱり俺が気に行ったのは、ルスィックPという人の書いたヤツだね。まるで実際に見て来た様な臨場感がたまらねぇゼ。

 

「ふん、ふん――あ、読み終わっちまったッス」

 

 実は俺は読むのが早い。艦長の仕事をしている内に自然と速読に近いやり方を覚えてしまったのだ。時計を見るとあまり時間は経っていないが、置いてあった雑誌の殆どは読んでしまった。

 

 残っているのは女性向け雑誌とアングラ系、それと青年指定系のソレ。前者は周りの目を考えなければ普通に読める。後者は何か命の危険を感じる為、手をつけたくない。 単行本系は全部ラッピングされていて読めないし、仕方ないからホテルに戻るべ。

 

 雑誌を棚に戻し、コンビニの出入口に足を向けたのだが、ふと目にした棚に色んなおつまみが売られているのが見えた。ドライソーセージやチーズや兎に角色んな乾物。そして得てしてそういう棚の近くには色とりどりの酒の瓶がズラリと衛兵のごとく整列している。

 

「1人手酌でもすっかねぇ」

 

 呑むべきか、呑まざるべきか……呑むでしょ!そんな訳で1人晩酌って言うのもオツなもんだろうとかオヤジ臭いこと考えつつも購入。買ったのはビールっぽい発泡酒系の何かと、ジャーキー的な何か。

 

 詳しくは知らん、まぁ以前食った時にそう言う風に感じたからそう言ってるだけ。不味くは無いしむしろ合うから問題はない。そんで長時間立ち読みをしていた俺を睨むコンビニ店員の視線を背中で受けつつ、買った戦利品を手にホテルへと帰る。

 

 その道すがら、俺はふと夜空を見上げてみた。視界いっぱいに映るのは満天の星空である。それこそ俺が居た時代よりも遥かに沢山の星々の姿を見ることが出来た。そういえばこの時代では石油由来の燃料を使う車は博物館にしかない。空気を汚す物が無ければ多少街の明かりで見え辛くともたくさんの星々が拝めるって訳だ。

 

「……綺麗だよなぁ」

 

 俺の頭上のはるか先では大マゼラン星雲とそこから延びるマゼラニックストリームが輝き、それを拝みながら各星系に飛び立つ幾つもの交易船や輸送船、その護衛艦たちの軌跡が流星の如くキラキラと輝いているのが地上からも解る。思えばなんだかんだでこうやって星々と地上から見上げることなど久しくしていなかった。

 

 一番最近は、トスカ姐さんと出会ったあの時だろうか。あそこ、ロウズ郊外の森付近は建物が一切なかったから、ここよりもよりハッキリと星々が見えたものだ。思えばあれを見ながら俺ァ宇宙を巡ると決めたっけな。

 

「………へっきし!寒くなってきやがった」

 

 雲一つない夜空の下は些か冷える。星々に思いをはせていた俺は買ったばかりの酒に手を出すか否かに思考が映り、とっととホテルに帰ろうと足を速めたのだった。

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

「ウーイ……あれ?」

 

 さて、若干夜の寒さに凍えながら自分に割り当てられた部屋の前まで戻ってきたんだけど、なにやら中に人の気配を感じる。何故人の気配など解るのか? いや別に修業を積んだとかじゃなく、ちょびっとだけドアが開いてたのよね。電子オートロックの筈なのに開いている。おかしいだろ?

 

 ちなみに時刻は深夜、こんな時間帯に尋ねて来るやつなんて普通いない。イコール、悪意を持った誰かの可能性がある。まったく、俺は誰かに恨まれる様なことは、あー……該当件数があり過ぎます。もっと絞ってくださいって脳内アナウンスが流れるくらいあるわァ。人気者は辛いわァ。

 

 アホな方向へ思考が流れたが、このまま部屋の外でコンビニの袋持ったままで突っ立っているわけにもいかないし、そうっと部屋の中の様子をうかがってみるかね。部屋の中は……ふーむ、暗くてよく解らんな。これは中に突入して確かめてみるしかあるまい。

 

「(さぁ、何処のどいつが待ち伏せ中なのか)」

 

 ちかくの備品室で手に入れた段ボールでしゃがみ前進しながら部屋の中を進む。何故ダンボール? そりゃスニーク移動の定番だからだよ。そうやって部屋の中を進み、段ボールの持ち手の為にあいている穴から周囲を覗った。

 

 部屋の中は静まり返っている。一番隠れられそうな備品のソファーの裏とか明かりが点いたままドアが開いているユニットバス等に人の姿は見受けられない。あり得るとすれば寝室の方だが……そう思い寝室に繋がる入り口に近づいた俺はベッドの方を見て一瞬固まってしまった。

 

「(た、大佐、美少女が2人何故か俺のベットで寝ている。どうすればいい!?)」 

 

 いや大佐ってだれやねん? 思わず存在しない大佐に救援コールを送るくらい俺は混乱中であった。俺が寝る筈だったベッドにユピとチェルシーが横たわって眠っているじゃないか。何故か仲良し姉妹の如く互いに抱き合って熟睡中。どうなってるねん。

 

 困惑するしかない俺を尻目に、眠り姫たちは本当に気持ちよさそうに横たわっていた。二人とも可愛らしい寝間着姿であるが寝返りか何かで服が少し持ち上がり、絶景なちらリズムがお目見えしていらっしゃる。時折うみゅー…と可愛らしい呟きを漏らす姿はある意味天使である。何この可愛い生き物? 萌え殺す気マンマンっスか?

 

 そのあんまりにも無防備な姿に俺の中で想像された脳内大佐は片手にメガホンを持ってYouヤっちゃいなよー若気の至り万歳WRYEEE!!等という非常に悪意がある問題発言をかましてくれている。実を言うと長時間彼女らが部屋にいたからなのか、女の子特有の誘うようないい香りが寝室一杯に満ちており、さっきから俺の心拍数がうなぎ上りなのだ。

 

 そんな中、チェルシーが寝返りを取った……ブラをしていない、だと?

 

「(アカン、これアカンやつや)」

 

 薄い寝間着の下の柔らかなふくらみがフワリンと形を崩したのを目撃してしまった俺は一瞬頭の中の何かがプッツンするところだったが、生まれてからDTであるへ垂れ根性が辛うじて理性を繋ぎとめてしまい、気が付けば自分の部屋から退散していた。なんだかとっても残n……いえ、いい仕事したよ理性さん。

 

 額に手を置いて冷静になるのを待つ。いやはや実は薄暗い室内で見たあの光景の他に、チェルシーが動いた時ユピの寝間着がさらに捲れあがって健全なお腹がチラリどころかモロで見えてしまっていた。あの娘たち、自分達が美人に相当する存在ってこと理解してないだろクソ。あんな無防備で……ハァ。

 

 それにしても何故ユピも眠っているのか、それは恐らくあのマッドが無駄に凝った仕掛けを組んだに違いない。眠るAI……実にSFである。

 

 とにもかくにも俺の居場所がなくなってしまった。あんな空間に戻る勇気はないし、戻ったところで自分を保てる保証はない。大体片方は年齢的に中学生でもう片方は年齢に至っては一ケタにもなってないんだぞ? ロリコンどころの話じゃないわい。

 

 据え膳食わねばと言われそうだが、いやいやこの時代でもロリコンは世間的にも法律的にもアウト。当然ペドに至ってはちょん切りが待っている、ってあれ? 俺の場合ユーリの年齢的には合法なのか? ……いやいやだからってそれはアカンよ。確実に生殺しに決まっている。俺はそんな苦痛を受けるくらいならクールに去るぜ。

 

 どうしてこんなめにと思いながら、臆病でヘタレなオイラは溜息を吐き出しつつ、部屋の前からそそくさと撤退した。本来休む筈のところで休めないなんてどんな拷問だよ。朝までまだ数時間以上あるんだぞ? 誰もいない深夜のホテルを徘徊するしかないなんて……。

 

 

***

 

 

 その後、特に行くあても無く彷徨うわたくし。夜は警備の人間以外は居ない自動化されていて人っ子一人いやがらない。いや誰かいても説明に困るんだけど、いないはいないで何だか寂しいモノである。

 

 彷徨っている内に、気が付けばロビーに戻っていた。このホテルのロビーには寝れるサイズの大きなソファーが設置されているが、ロビーで朝を明かしたらホテルの人になんて説明すれば良いか解らん。まったく、どうしてこんな目に…。

 

「……トスカさん辺りなら起きてるかもしれないッス」

 

 イネスは今回来ていないし、かと言ってトーロは彼女とよろしくやっている。ケセイヤさんとかのマッド陣営の所には迂闊に近づきたくないという心理が働いた。となると、行けるのは消去法で一番信用が置ける人物のところということになる。

 

「丁度酒もあるし、夜空を肴に飲みますかねぇ」

 

 トスカ姐さんが寝てたらまたコンビニにでも行って夜を明かそう。そんな訳でトスカ姐さんの部屋へと瞬間移動もとい普通に歩いて到着。インターホンを鳴らす。

 

「トスカさん、ユーリッス。起きてるッスかー?」

「ユーリ? あ、ああ。起きてるよー」

 

 どうやら起きていたらしくドアの鍵が外された。部屋に入ると中は若干薄暗かったが、よく見れば部屋の壁一面に星空が浮かんでいた。壁がモニターらしくプラネタリウムの如く星が写っているのだ。

 

「これまた面白い部屋ッスねー」

 

 素直に感想を述べる。むむ、俺もこんな感じの部屋にしたかったぞ。もっとホテルの案内書見ればよかったぜ。

 

「ああ、面白そうだからココにして貰ったのさ……ん? それは酒かい?」

「あ、よかったら飲みます? 適当に寝酒程度にでも」

「いいね、ちょうど欲しかったとこだ」

 

 けだるそうにベッドに腰掛けていた彼女は、俺が持っているもんに気が付いた。適当にホテルの部屋備え付けのコップを拝借し、ソレに注いで渡してやる。彼女は黙ってそれを受け取り一口、俺も自分のを用意して飲む。沈黙が辺りを包むが居心地は悪くない。

 

「で、何かあったのかい?こんな夜中に」

「いやー、ちーと眠れなかったんスよ」

 

 俺の部屋のベッドは占領中だしな!俺の応えにトスカ姐さんはそっかと応えた。

 再びい流れる沈黙……居心地は悪くない。むしろ気が楽である。

 

「人間が……さぁ」

「はい?」

「人が光の速度を越えられる様になってさ。それって……、良かったのかね?」

「というと?」

「今、この部屋のモニターに映っている星の光は過去の映像だ。この中にはもう存在しない星もあるかもしれない。滅んだものはきれいさっぱり消えるべきなんだ。昔のままの姿で見え続けるなんて……そんなの拷問さ」

 

 そういうと彼女は杯を仰いだ。そして俺はハッとした。この星空が映る映像には彼女の故郷の宙域が映っているのではないか? 俺にはどれがどの星系の映像なのか解らないが、懐かしそうで、それでいて苦しそうな彼女の様子を見れば何となく解る。

 

 今の彼女を突き動かしている行動原理。それは過去にヤッハバッハから受けた絶望の記憶。それが妄念となってヤッハバッハに対して異常なまでの執着を生んでいる。そしてそれを彼女は自分自身で理解している。それが如何に愚かなことなのかも……足掻くのも無駄なほど強大な相手に対して、蟷螂の斧にもならない行為が何のためになる。

 

 それなのに周りを巻き込んで勝てもしない相手に挑ませようとしている……そういう自己嫌悪に苛まれているのかもしれない。実際のところは解らんが、やはり今の姐さんは見ていて痛々しいな。

 

「俺は学が無いから上手く言えないッスが。例え拷問だとしても何時かは見えなくなるんスよ。だったら見えている間は見続けるのも、また一興なんだと思うんスよ」

「……そうかもしれないねぇ」

「それに、滅んできれいさっぱり無くなったら、誰の記憶からも消えて思い出して貰えなくなったら、それが本当の意味で滅亡であり死なんスよ。国であれ個人であれ、ね」

「ユーリ?」

 

 あー、いかんな。酒が変な方に入ってるなコレ。

 

「俺の考えッスからね。自分で言って訳解んねぇッス」

「なんだそりゃ」

 

 クスクス笑う姐さん。まったく、こういったしんみりは苦手ですたい。しかしきれいさっぱり無くなった方がいいか……あっちでの俺はどうなったんだろうねェ。今の俺はこっちで好き勝手してるけど、あの時代の俺がもしも死んでいたら……。

 

「あばぁぁぁああああ!!」

「な! なんだい急にッ!?」

「あれだけは! あれだけは世にださないでくれぇぇ!!」

「ちょっ! ほんとうにどうしたんだい!?」

 

 ふと思ったことに頭を抱えてしまう。もしも俺があの時代に死んでいたとして、きれいさっぱりじゃなく全部残っていたらHDDのエロスな御宝映像が家族の前で赤裸々大公開!? 死ねる! 想像しただけで色々と死ねる!!

 

「へ、へへ。滅んだ後はきれいさっぱりッス。反陽子でも量子弾頭でももってこいってんだ。いやむしろオーバーロード乞い、いあいあ、ふんぐるい」

「ホントにどうしたんだよ。急に酔っぱらったのかい? あと何か呪文吐くのやめな」

「…………あ、でも大丈夫か。うん、やっぱり滅ばなくてもいいや」

「自己解決したのかい?」

「ウッス。ちょっと昔の黒歴史ってヤツに苛まれただけッス。俺はもう大丈夫ッスよ」

「なんだかよく解らないけど、ハハ。アンタはつよいんだねぇ」

 

 いやー、考えてみれば俺があの時代に戻れるわけでもなし。いくら見られても誰もこっちにゃいないんだから時空の彼方に忘れ去れてて問題なんかありゃしないんだぜ。

 

 それにしても俺ってシリアスが続かねェなぁ。でも、なんか姐さんの俺を見る眼があきれつつも、なんだか悩んでるのがあほらしいって感じになってるし、ある意味結果オーライ? 俺はある意味では道化なのかも、生きているようで生きていない。遊んでいるだけなのかもねー。

 

 この後は結局彼女と朝まで呑んで夜を明かした。つーか酒が無くなったからパシらされた。あり? 俺って艦長様だったよな? 上司なんだけど……アレぇ?

 

 

 

***

 

 

 さて翌日になり、再び天文台に赴いていた。解析結果がでると聞いて興奮しているジェロウ教授を宥めつつ部屋に入ると、すでに準備されたモニターには様々な比較グラフが展開され色んな数値が出ている。

 

 アルピナさんやその他の研究員が若干疲れた顔をしながらもやり遂げたという顔をしている。そしてプレゼンを始めたのだが――正直専門的すぎて外野のおいらにはチンプンカンプンなんだぜ。でも一応俺が解析を頼んだことになっているので、眠ったり意識を飛ばすことは許されず、真面目に聞いておかねばならない。なんという拷問。

 

「――こほん、結論を申し上げますと」

 

 お、どうやら結論が出たらしいな。俺はすぐに意識をそちらに傾ける事に全神経を集中させた。

 

「(ユーリ艦長、凄い気迫ね。よっぽどエピタフに関心があるんだわ)――エピタフとデッドゲートには、やはり何らかの関係性が見受けられます」

 

 そう言うと彼女は手元のコンソールをピポパと動かす。

 すると背後のモニターに映し出されていた画が変わった。

 

「先生たちが採取されたサンプルには、微弱ながらヒッグス粒子反応が確認されました。これは私たちが以前偶然にも観測に成功した11番目のヒッグス粒子、ドローンヒッグス粒子(DH粒子)と完全に同一でした」

 

 ヒッグス粒子つーのはヒッグス場を量子化して得られる粒子のことである。一応詳しい説明はウィキなどで参照してください。すでにおにーさんの頭は爆発寸前だから、コレ以上聞かないでほしいのぜ。

 

 まぁ兎に角、専門用語が飛び交うこの場はいったん終わった。正直、俺の中では“なにそれ美味しいの?”的な話であったが、説明を終えたアルピナさんは満足そうである。このままだと説明おばさんになってしまいかねないな。

 

 そして教授は教授で、自説が証明されたと喜んでいた。それこそ年甲斐もなく両手でガッツポーズを決めるくらいである。あそこまで喜ばれると、ムーレアまで連れて行った甲斐もあるもんだ。

 

 まぁ何とか俺のおつむで理解したところによると、端的には先のドローンヒッグスとかいう粒子の観測が肝要らしい。それによって宇宙に散らばっているエピタフがある場所もある程度特定できるかも……ってのがアルピナさんの談だ。

 

 正確にはエピタフと関連が深い遺跡とかが該当するらしいけど、この観測方法が適応可能なら、いちいち星々を探査して回る必要がなくなる訳だ。世のトレジャーハンターの皆さんにとっては垂涎ものだろう。

 

「ちなみにこのDH粒子が強く観測された宙域があるの。ゼーペンスト自治領の宙域で以前から微弱な反応があったのを検出する事はあったのだけど、最近検出回数が上がっているわ」

「自治領ッスか。そらまた面倒臭い場所に」

「あそこの領主バハシュールがエピタフを持っていたという噂は以前からあるわ。彼の父親、すなわち先代の領主でありバハシュール自治領を開拓した初代バハシュールね。彼が航海している時に見つけたといわれているわ」

 

 普通なら胡散臭ぇと鼻で笑うだろうが、DH粒子の検出量の多いところでエピタフが見つかると言うのなら信憑性も増している。序でに言えば火が無い所に煙は立たず、噂があるってことは少なくても何かがある可能性が高いと言う事でもある。

 

 まぁまったくの無駄足に終わる事も多いだろうけどね。

 ことエピタフ関連は半分信じて半分疑う程度がちょうどいいのさ。

 

「ヒッグス粒子を観測できる装置を、フネに搭載出来るといいんだが……」

「流石に無理ッスよね。この天文台の能力でようやく観測可能だっていうのに」

 

 ちなみにこの天文台、敷地だけでも20平方kmある。設備だけにしても、数キロ以上地下に埋没しているから、流石にフネに乗せるのは難しい。幾らウチにマッドが多くてもダウンサイジング化は難しいだろう。流石にフネ一隻をタダの観測用として改装する程、ウチの艦隊に余裕はないしな。

 

「なんとか乗せられないかネ?」

「アバリス級を一隻食いつぶす覚悟があるなら可能でしょうけどね」

「艦長」

「いや、流石にもう一隻作る余裕はないッスよ?」

「だが、エピタフを発見したくは無いかナ? かナ?」

「はっは、だが断る」

 

 断るとシュンとした感じになるジェロウ教授。流石にそこまで身を削るほどはやりたくねぇよ。それに目的であった解析は終えたことだし、これ以上は天文台に居ても仕方ない。更なる調査解析はここの職員たちに任せる事にして、俺達は俺達で宙域を回って情報収集でもするしかない。

 

 だけど、まさかまた色々と巻き込まれるとはなぁ~。

 人生ってのはままならないッス。ウン。

 


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