何時の間にか無限航路   作:QOL

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いやぁ、色々あって胃の痛みとか体調不良と激闘を繰り広げたら、気が付いたらもう今年も1か月切ってますね。
とりあえず、遅くなってごめんなさい!(土下座)


~何時の間にか無限航路・第31話 、ネージリンス編~

■ネージリンス編・第31章■

 

 

―――リム・ターナー天文台でサンプルの解析結果が発表されていた頃。

 

 

 小マゼランにある自治領の一つ、ゼーペンスト宙域にカルバライヤ宙域保安局のシーバット宙佐は一人赴いていた。本来犬猿の仲であって然るべきネージリンス側に協力を取り付けてまで彼が故国から遠く離れたこのゼーペンストへと態々赴いたのにはワケがあった。

 

 それは以前、カルバライヤで活動していたグアッシュ海賊団が行っていた人身売買に起因する。目録等を元に、これまでにも数々の売却された人々を救出し、その他の足取りを辿っていたのであるが、実はその中には隣国ネージリンスの要人も紛れていたのである。売られた要人はどうやら交易の為の視察と交流が目的であったらしいのだが、捕まった時期が悪いと言えた。

 

 現在、ネージリンスとカルバライヤの間は、長年にわたる不和により外交的にも世論的にも冷え切っていた。両国ともに国境に防衛軍を配備する程、準臨戦態勢ともいえる状況であり、ちょっとしたきっかけで星間戦争が起こりかねないという非常に危うい状況にあった。

 

 そんな中で起こった事件。それは互いに気に入らないお隣さんに燻る民意を大きく動かしうる大事件であり、未曾有の戦乱を招きかねない事態に発展するのは日を見るよりも明らかだった。ある意味でタンカーのタンクに煙草の火を落とすよりもひどいことになる。

 

 だが何も好き好んでそれを看過するという訳ではない。そうならない為に動こうとする者たちも確かに存在していた。保安局のシーバットもその一人だった。彼はスタンダードなカルバライヤ人と同じく、気に入らない隣国を敵視している一人ではあるが、同時にカルバライヤが置かれている情勢を立場的によく知る人物でもある。

 

 現在のカルバライヤの総戦力でネージリンスの高い技術力に裏打ちされた軍隊と戦うのは、負けはしないが泥沼になるのが火を見るよりも明らかであることを理解していた。治安維持を預かる保安局に務める彼だからこそ、ようやく海賊の脅威が減り安定しだした国内の治安を、最悪にまで落とす戦争には“まだ”したくなかった。

 

 また、カルバライヤで起きた犯罪であるのにもかかわらず、それを解決する為の組織である保安局が解決出来ねば、その存在意義が疑われる。そのような不名誉を甘んじて受け入れることなど彼らは許容できない。だから解決の為に彼ら保安局は動いていた。

 

 されど隣国まで伸びた犯罪の枝葉を単独で操作するのは不可能だった。こういった場合より多角的な面での協力が無ければ解決は難しい。故に彼らは額に青筋を浮かべ臍を噛みつつも、今日の屈辱は明日の栄光と思い協力を要請したのだ。目の敵にしているネージリンスに対して……。

 

 そんな様々に複雑な思惑が絡み合い、なんだかんだあって垣根を越えた捜査が実現することになる。その一環としてシーバットは国外に派遣されていた。理由はどんな状況下でもシーバットは常に冷静に指揮官として動くことが出来ると評価されていたからである。

 

 実際熱しやすい気質を持つカルバライヤ人の中で、彼は比較的、物事を冷静に捉えようと努力する傾向がある。それは長年の経験に裏打ちされた彼の指揮官としての誇りが、カルバライヤ人の気質に負けない第三の冷淡かつ冷静な自分を作り上げることで手に入れられた賜物である。それにより、誰も行きたがらなかった国外捜査に送り出されたのは、果たして良かったのか悪かったのか。彼は未だに答えが見つからないでいた。

 

 それはともかく、自治領に降り立ったシーバットは、まずは自治領を統括する領主の下へと足を運んでいた。宇宙港のインフォメーションを頼りにタクシーに乗り継ぎ、郊外への道をひた走ること2時間。尻がそろそろ石になるんじゃなかろうかと思ったところで、ようやく目的である領主館に到着した。

 

 そこは、まさしく城というに相応しい館であった。バハシュール領の領主館。公式ではそう記載されている館であるはずだが、なにをどう改築したのかその大きさはもはや城であった。あえて言うなら装飾過多である。質実剛健な世界で育ったシーバットは思った。しかし国が変われば文化も異なる。それくらい許容できるくらいは大人であるシーバットは特に何かつぶやくことはせずに門を警備する者に声を掛けた。

 

 さすがはネージリンスに本拠を置き、小マゼランに轟くセグェン・グラスチ社の紹介状。警備の者に見せれば引き留められることもなく、すんなりと館の中に通された。すでに通達されていたのかもしれない。

 

 ともあれ館の中に足を踏み入れたシーバットであるが入って早々に立ちくらみにも似た眩暈に襲われた。外と同じくまさに装飾過多。高い美術品をこれでもかと並べ、さらに無駄に照明で照らして輝かせている。これは溜まらないとシーバットは眼を細めてなるべく視界にそれらが入り込まないように歩いた。そうしないと歩くのにも支障が出たからである。

 

 案内係のつもりなのか、先導する執事らしき人物に連れられてシーバットはこの館のグレートホールに足を踏み入れた。重厚な扉を潜った瞬間、実に退廃的なメロディーと共に舞台照明のサーチライトが幾重も飛び交うという、見る者が見れば頭痛を感じるような光景が彼の視界を埋め尽くす。シーバットもまた頭痛を感じる人間であった。

 

 本来は客人を持て成し、領主の偉業を見せつける筈のグレートホールが、まるで趣味の悪いディスコに迷い込んだ気分させる調度品により彩られていた。中に満たされたむせ返るような甘ったるい香の匂いに、シーバットは頭がクラっとしたが仕事だと割り切り、鍛えた精神力を駆使して背筋をシャンとして奥へと進んだ。

 

 進んだ先に待っていたのは輝くミラーボールの下で左手を腰に、右手を天に突き上げたポーズを決める長髪の男である。周りには5人もの着飾った女性たちがまとわりつき、ジーバットを尻目に長髪の男に抱き着いたりしていた。

 

 まるで品のないダンサーかディスコのオーナーのようにも見えるこの男こそ、このゼーペンスト宙域を管理する現領主バハシュールである。そう、品のない男に見えて現領主なのだ。そのことを資料で知っていたシーバットは内心イラつきを覚えながらも、バハシュールの前に立って、こうべを垂れた。例えそうは見えなくとも、目の前の男は自治領を統べる長なのだ。外国人である自分が礼を失するわけにはいかなかった。

 

「よーこそ、ようこそ。このバハシュール城へ~。かんげいしますよシーバット宙佐。A~HA~?」

 

「面会を許可していただき感謝いたします。バハシュール閣下」

 

「Nn~fu~? それで要件とは何かな?」

 

「率直に申し上げる。キャロ・ランバース嬢を返していただきたい」

 

「Funnn? キャロ…キャロ・ランバース? どなたかな~?」

 

 本当に領主なのか……シーバットは思わず、内心で罵りの言葉を吐いた。喋り方も一々耳障りだが、それよりも真実を誤魔化そうとするその子供じみた態度が、正義の執行者たる自分には耐えられないほど醜く映るのだ。

 

 ヒクつきそうになる頬肉を気合いで押さえつけながらも、シーバットは極力冷静な風を装い、言葉を選んで追求することにした。ヒクつきを抑えるのは並大抵の苦労ではないが長年保安局で働いてきた経験が、冷静に理論的に任務を遂行する能力が、ここで生きていた。

 

「とぼけないでいただきたい。グアッシュ海賊団により捕えられこちらの星に送られたはずだ。グアッシュを仕切っていたドエスバンが自供しておりますぞ」

 

「N―fuuuuu……。HA!HAHA!!HA―HA―!!! 確かに彼女はこの城にいるけどねぇ、タダで返すわけにはいかないなぁ」

 

 観念したというのか、以外にもあっさりとシーバットの追求を認めるバハシュール。戯れた風に言葉を返しながらも変なポーズを崩すことなく微笑んで見せた。この笑み、見ているだけで嫌悪感がシーバットの背筋を駆け巡った。生理的に気持ちが悪い人間とやらに久しぶりに出会った気分である。職務でなければ話しかける気にすらならない。

 

 されど仮にも相手は自治領の領主。例え犯罪に片足を突っ込んでいたとしても、例え気に入らない相手だろうと、自治領とは一つの国。国の代表をただの保安局の役人風情が怒らせるわけにはいかなかった。それを許せば、ことは星間戦争にまで発展してしまうからである。

 

 これが国家間でも通用する各国の法務に携わるお偉い方が判を押した令状でもあればことは簡単だった。目の前の男を殴って拘束すれば済んだのだ。現実はそうはいかない。

 

 カルバライヤのグアッシュ海賊団により連れ去られた要人は、実はかなりのVIPであり、それに加えて、その要人奪還を要求した人物が、この件を表沙汰にせず秘密裏に解決するように要求してきていたのだ。

 

 これによりシーバットは目の前の一々癪に障る男に対して強硬な姿勢を取ることができないでいた。それがシーバットの血圧をさらに高めていく。

 

 高血圧の薬を帰ったら飲まねばならない。そう溜息を吐きそうになる気分を抑え、至極冷静な態度を保ったまま、彼は懐から小型ホロモニター投影機を取り出した。物事を穏便に秘密裏に終わらせたい依頼主から預かった“とある物”を提示するためである。

 

「こちらにセグェン・ランバース会長からあずかった、一億クレジッタを用意しております。なにとぞ、これで……」

 

 シーバットが投影機をONにすると、そこには銀行でよく見られる画面が映る。ただし、常人ではお目に掛かれない、それこそシーバット自身もこれまで生きてきた中でも見たことのないほどの大金が表示されていた。バハシュールは空中に浮かぶ半透明のホロモニターを見やると実に楽しそうな笑みを浮かべた。一億クレジッタ。これはおいそれと出せる金額ではない。それを提示されれば喜びもするか。

 

 されどこの時シーバットは、バハシュールの笑みの中に何か違和感を覚えた。確かに傍目から見ればバハシュールは呑気にも一億クレジッタの金に喜んでいるように見える。事実すんごい、シーバットにしてみれば気持ちの悪い笑みを湛えたままだ。

 

 何かが引っ掛かる。それが何かを考える前に、バハシュールが口を開いた為、彼の思考はそこで中断されてしまった。この時、この違和感の正体をもっと深く考えておけば、彼の運命もまた違った物になっていただろうに……。

 

「Ou! すんばらしぃ! それはよろこんで受け取ろうじゃないか」

 

「では!」

 

 バハシュールの反応を見て身を乗り出すシーバット。上手くすればこの至極自分を苛立たせる人物の前から早く立ち去れるかもしれないという期待が彼を動かした。されどバハシュールはそんなシーバットに向けて手のひらを掲げて見せた。

 

「Nnnn、Nononono。落ち着きたまえ。慌てるのは親の死に目だけで十分さ」

 

 そういってバハシュールはクルリとシーバットに背を向けつつ、今度はンーっと考える仕草を取る。ここで焦ってバハシュールの機嫌を損ね、ことを仕損じるのは拙いと感じたシーバットも、一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

―――だが次にバハシュールが口にした言葉に、彼の思考は一瞬停止した。

 

「それはそれとして、だ。我が自治領にカルバライヤの公務員が平然と侵入しているのは、大きな問題と思わないかい?」

 

「な……ッ!?それは閣下が許可を―――」

 

「A―HA―? しらないなぁ~」

 

「なにを―――ガッ」

 

 強い痛みが腹部を貫くのと、閃光と空気が焼ける軽いイオン臭がシーバットの鼻につくのはほぼ同時であった。血迷うたか、バハシュールは唐突に懐から小型ビーム銃を振り向けざまに取り出して発砲したのだ。いつの間にか音楽が止んでいたグレートホールにビーム銃の冷却器が発射の最に発する甲高い吸気音だけが響いている。

 

「ぐ……ぐぐ……」

 

 腹を焼かれる痛みに倒れてしまったシーバットは歯を食いしばりながらもバハシュールから距離を取ろうと這った。出血に震えながらも、襟元に隠しておいた小型の通信端末を起動する。これは彼が乗ってきたフネにある通信機と繋がっており、それを経由して極秘回線の非常通信を送れる物だった。

 

「バリオッ……! バリオッ……! 聞こえるか!?」

 

『緊急通信?! 宙佐! 何があったんです!』

 

「要人は、ランバース嬢は……ぐぅ、バハシュールの下に!」

 

「Nn-huuu。しぶといなぁ、ま~だ生きてるよ。これじゃあまるで、僕の射撃がへたくそみたいじゃないかぁ~」

 

 銃を懐に戻しながら、ゆったりと歩いてきたバハシュールは、激しい出血の中に倒れているシーバットを見降ろし溜息を吐いた。撃ちぬかれた痛みに歯を食いしばりながらも、最後の力を振り絞りシーバットは部下に通信を送っていたのだ。

 

 だが、悶え苦しみながら息絶える様を期待していたバハシュールにとって、この状況は面白くなかったらしい。その顔はくしゃっと歪められ、まるで思う通りにならなかった子供のようだった。

 

「じゃあ、今度はこいつで~」

 

 そういうと、彼はフラッとグレートホールに飾られている調度品の一つ。古代の甲冑に添えられた剣を手にとった。宇宙航海時代を経ても、こういった調度品の類は権力者たちが自分の力を誇示する意味で未だに需要がある。無論、古代の甲冑が装備する剣は調度品の付属であるので単なるイミテーションの意味が強く、刃が潰された剣は殺傷力皆無である。

 

 しかしバハシュールは迷いなく鞘から剣を引き抜いた。刃渡り1m程のショートソード。0Gドッグの使用するスークリフブレードのような臨界被膜処理も施されていない単なる剣の形をした軽量金属の棒。されど、その切っ先はイミテーションであっても鋭い。

 

「よっと♪」

 

「グはっ!?」

 

 バハシュールは剣の柄を両手に持ち、まるで大地に棒を突き刺すがごとく、戸惑うことなくシーバットの背に剣を突き刺した。やはり砥がれていない剣はすんなりとシーバットを貫かない。

 

 しかし、バハシュールが体重を込めたこと、そして何よりも彼が撃った貫通した銃創に偶然剣先が突き刺さったことで、切れ味皆無の剣はシーバットの体内に強引に侵入していった。銃撃で受けた痛みを遥かに超える激痛がシーバットを襲う。その痛みにより全身が強張り、眼を見開き歯を食いしばるが、瞬間バハシュールは剣先をグリンと回転させた。抉られる痛みは彼に叫び声をあげることすら許さない。

 

『中佐!? シーバット宙佐!! お願いです返事を―――』

 

「うるさいなぁ~。これのせいかな? よっと!」

 

 シーバットの手元で通信機がバリオのシーバットを呼ぶ声をこの場に届け騒がしくがなり立てる。通信機を目敏く見つけたバハシュールは返り血を浴びた顔を顰めながら、まるで小動物を足で踏みつぶすがごとく足を振り上げる。そして末期の言葉すら言えず息絶えたシーバットの手ごと、小さな通信機を踏みつぶしたのだった。

 

 

―――その顔は沢山遊んだ子供のように晴れやかだった。

 

 

***

 

 

 さて、小マゼランのエルメッツァ標準時間における24時間前、すなわち昨日であるが、リム・ターナー天文台の優秀な解析装置とスタッフたちの尽力により、ムーレア遺跡のサンプル解析がようやく終了した。

 

 今回のサンプル解析の結果。なんだかんだでドローン・ヒッグス粒子なる俺の時代には観測すらされていなかった謎粒子がたくさんある宙域を観測すれば、すなわちエピタフを発見できる可能性が高くなったという結論に達したらしい。

 

 そして自説が証明できることに大喜びの教授にせっつかれエピタフの捜索を続行する破目に……いやホントにエピタフ関連は俺にとって鬼門なんだよ? 憑依先である主人公ユーリ君は原作でかなり痛い目にあってたから、一応もうこれでエピタフの調査はいいんじゃね?って感じで終わりたかったんだよ? 

 

 だけど教授がエピタフ見つけられるかもと言いまくったせいで、他のクルーの一部にもそれが伝染したらしく、今のところエピタフ調査を中止するとか言い出せない空気がある。特に教授と共に暇な時間研究に励んでいる科学班や一部整備班あたりの人員がそういった雰囲気にのまれていた。勿論全員じゃない。科学班筆頭のサナダなど熱中はしていないし、科学班以外の部署の人間は別に遺跡に興味がわかないのか日和見である。

 

 だが、ここで下手に調査を止めると俺が言い出すと――

 

 教授、失意のうちにフネを去る → じゃあ俺も…と科学班の一部が離脱 → 人員の低下により科学班の作業効率が停止および極端に低下 → 索敵の成功度やフネの開発が上手くいかなくなる → アバぁー。

 

――とまぁ、こうなる訳で。これを防ぐには彼らがある程度満足できるまで遺跡調査を続けると言い続ける必要が出てきてしまっていた。なまじ俺も表向きエピタフ調査に賛同していると見られているのも痛い。ここまできて諦めるという選択肢を取るのが非常に難しいのである。

 

 まぁ科学班の損失に眼を瞑れば中止は出来る。されどこれまでの航海で育てた人員がごっそり消える可能性がある。もしくはやる気をなくされるのは非常にリスキーであり、それならば教授を留めておいた方がメリットが大きかった。

 

 幸い、エピタフ調査の期限は設けられていないのだ。調査を片手間にして伸ばし伸ばしにしたところで、それを公言していなければ問題はない。日本の役人伝統の引き伸ばし作戦である。ふはは、なんてへタレだろうorz

 

 

 ま、まぁそれは良いとして、実際のところ現在ヤッハバッハに対して打つ手無しであり、やることもないので暇でもある。エピタフ関連は主人公属性の俺にとっては鬼門であって然るべきだが、一応十全に気を付ければ危険を回避できると考えることにしてエピタフの調査を続行することにした。

 

 エピタフは新しい宇宙に導いてくれるだとか富と栄誉を思いのままに出来る願望機だとか、擦るとハイテンション宇宙魔人が現れて山ちゃんボイスで三回まで願い事をかなえてくれるとか、色々と眉唾も含めてロマン溢るる代物だ。

 

 確かに存在するが実物の発見数も少ないアーティファクトであるエピタフが、この結果が本当ならば本物を発見できるかもしれない。浪漫とかスリルが潜在的に大好きである0Gドッグなら、ホントかどうか確かめたくなるんだろうなぁ。俺も含めてな。

 

 そんな訳で運命の悪戯かエピタフ調査を続けることになったわけだが、結局のところ俺達が出来ることは一つだけ、惑星を巡って教授が求める情報を集めるだけである。することが調査結果を知る前となんら変わらないとか言わない。地道な調査は大事なのだ。

 

 先のリム・ターナー天文台の観測結果により、著しい量のDH粒子の発現が観測されたのは、ここから別の宙域にあるバハシュール自治領であることが判明している。観測結果を確かめるのなら、この自治領に向かえばいいが、ことはそう簡単な話ではない。それもこれもここが自治領なのが問題であった。

 

 以前、俺が最初に居たエルメッツァ・ロウズという自治領において、そこを自治領として統治していたハゲの領主が、航宙禁止法を制定して許可のない人間の渡航を制限して星系を封鎖したりした。また内乱鎮圧の為か経済が苦しい筈なのに独自の戦闘艦を開発していたりとやりたい放題であった。

 

 これは自治領における法律の基本骨子はエルメッツァのような大国の法が適用されているが、自治領内の法に関しては領主に独自裁量権があり、独自のルールや法律が制定されても問題が無い所為である。

 

 宇宙開拓法は大体の自治領で通用するが、それに加えて結構独自の法律が存在し、どんな法律なのかは領主の匙加減一つであったりする為、たとえば領主が服を着るのに罰金を科せば途端その星はヌーディストの天国になってしまう。そんな感じで自治領ゆえの独特な法律やら変なルールが無いとも限らんという結論が出ていたので俺達も慎重にならざるを得なかったのだ。

 

 

 とはいえ、観測結果が出ているゼーペンスト宙域を放置するという選択肢も取れない。エピタフの新発見により探究心が刺激されたのか日々眼を爛々と輝かせている教授が少し怖いのだ。このまま放置すれば教授の探究心が満たされないストレスから、あのマッドサイエンティストが何をしでかすか解らないのである。気が付いたら俺の身体が悪の怪人に改造されていたとか絶対に嫌だぞオイ。

 

 そんな訳で教授の好奇心を満足させるために、とりあえず調査はしているポーズをとっている必要はあった。んで俺が取ったのは中道。すなわちDH粒子反応が大きかったバハシュール自治領があるゼーペンスト宙域について可能な限りデータベースで調べることであった。これなら調べているポーズにもなるし、実際行くにしても情報は大事だ。情報は大事なのだ。大事なことなので二度言った。

 

 さて、データベースによれば、バハシュール領はゼーペンスト宙域に存在する自治領の一つであり、先代が基礎を築きあげた設立された自治領らしい。現在は先代の息子が跡を継いで運営されているという典型的な2世領主自治領である。 

 

 ただし経済関連のデータを見るに、現在の統治機構はあまり上手く機能していない。正確には没落するほどでもないが発展も繁栄もしていない状況。独立心が高く自治領を一人で築いた先代と異なり、すでに官僚や武官も多くいる二世領主は自主的に行うようなことが少なく、それゆえに発展性に欠けている典型例……おいおい、空間通商管理局も結構辛辣だな。

 

 要するに親の築いた礎を食い荒らしている状況って感じだろう。礎を元に発展するなら兎も角、使い潰すだけじゃ唯の緩やかな自殺と変わらない。真綿で首を絞められるという言葉があるが、その真綿の領端を自分で握っているようなものである。

 

 そんなんはどうでもいい。不景気で経済が落ち込んで没落しようが宇宙を旅する俺達0Gドッグには関係ないからな。それよりも領主の人柄とか何かコラムとかないだろうか……。

 

「艦長、間もなく惑星ポフューラです」

 

 長い長いバハシュール領に関するコラムや記事といったデータ媒体を何気なく読んでいたところ、次の惑星に到着したとミドリさんから連絡を受けたので、一度ホロモニターから視線を外した。

 

 惑星ティロアから出発して一日。いま特に補充がいる物品はないが、外部モニターに眼をやれば大気も雲も水もある典型的な居住可能型惑星。てっとり早くイメージするなら地球とほぼ同等の環境の星が映っているのが目に映った。

 

 この小マゼランに住まう人々は基本的には地球を祖とするテラリアンである。科学力の発達に伴い移民船で宇宙各所に散っていた者たちの末裔であるが、母星を離れてから何千年と経っているにも関わらず肉体的にあまり進化も退化もしていない。せいぜいが髪の色や肌の色が普通ではありえない色彩に染まっているくらいだ。

 

 肉体的に地球人と変わらないなら、住まう星もまたそれに倣う。人間が住まう大体の星は地球型、あるいはコロニーやドームをおったててその中に地球と同じような環境に調整している。なにが言いたいのかというと、標準型惑星って地球みたいな星だよなぁっていう、割とどうでもいい話だ。

 

 でも母なる地球から離れても、こういう似た星を見るだけで哀愁みたいな気持ちが浮かぶのはやっぱり地球人の末裔だからなんだろうなァ。重力に魂を引かれてという意味が解る気がする。だがもはやスペースノイドな俺には重力など唯の鍛練の為の重しでしかないのだぁ。

 

「ん、各艦上陸準備。管制塔の指示に従って順次入港してくれッス。オートメンテナンスもお願いしておいて」

 

「アイサー。各艦上陸準備、管制塔の指示があるまで待機せよ。繰り返す――」

 

 まぁ降りるんですがね。そういえば酒の在庫がそろそろヤバいのだ。誰の所為とは言わないが倉庫に積んだ樽が4分の一を切っている。あれは嗜好品の部類だから無償の自動補給目録に含まれないので自力で調達するしかない。

 

「――3,2,1、逆噴射、減速。軌道ステーションからの誘導ビームに乗ります」

 

「ヨーソロ、インフラトン機関内 レベル2から1へ正常に移行、推進機停止。慣性航行に移行する」

 

「軌道誤差X:0,0002 Y:0,0003 Z:0,0012 全て修正誤差範囲内」

 

「反重力スタビライザー……作動します……」

 

 黙っているとブリッジ内のやり取りが聞こえてくる。推進機の火が落ち、慣性の力で港内へと入港したユピテルが各所のアポジモーターやスラスターで微調整を繰り返し、艦隊隷下の駆逐艦や巡洋艦たちが通常ポートに自動で接舷しているのを横目に大型艦用の接舷ポートへの軌道にゆっくりと進んでいく。

 

 ともかく壁とかにぶつからない様にバランスを取りつつ、誘導ビームに従って港の奥へと進んでいく。ある程度まで接舷ポートに近づくと、上下の壁が展開され、中から船上と船底を固定する為のガントリーがせり出してきた。

 

「接舷トラクタービームガントリーを確認。本艦と速度同期――ロック。艦底完全固定まで13秒」

 

「最終逆噴射、機関停止」

 

「よーそろ、機関停ー止ぃー」

 

 ガコンという音がフネの内部に響き、船体が完全に港に固定される。彼女の豊満な身体を覆い隠すが如く、前方の大型船係留ドックの隔壁が降りていき完全に閉鎖された。同時に連絡橋がステーション側から延び、フネのエアロックへと固定されるとドック内部にエアが充填されて気圧が確保された。ちなみに外は無重力のままである。その方が搬入その他がしやすいからである。

 

「接舷完了、ドック内気圧0,4から0,8へ上昇、エアロック解除します」

 

 ―――接舷手順、全行程完了。

 

オペレーターのミドリさんのその言葉に、ブリッジ内に安堵の空気が流れた。

 

「う~ん、やっぱり何回やっても入港と出港の時は少しドキドキもんッスね」

 

「それが一番操艦に神経使うからな。まぁユピちゃんのお蔭で楽させてもらってるよ」

 

 操艦担当のリーフを筆頭に主にフネの航行に携わるクルーは皆ウンウンと頷いている。ユピはその言葉を聞き嬉しそうにはにかんだ。可愛いな~。

 

「ふふ。そういってもらえると統制AI冥利に尽きます。でもなんで全自動にしないんですか? 私の性能ならそれくらい――」

 

「はは、そうなると俺が廃業になっちまうぜ」

 

「あ! いえそういうつもりじゃ!?」

 

「リーフがユピを困らせてますよ艦長」

 

「ウチの子を困らせたヤツは誰ッスかあ? 処す? 処す?」

 

「おい艦長その手にもった如何にもな赤いスイッチはなんだ?」

 

「これ押すと物理的にボッシュートとなります。宇宙に」

 

「怖っ?!」

 

 冗談だ。そんな仕掛けいくらなんでもつくれんよ。

 

「まぁ簡単にいうとだねユピくん。我々人間っていうのは何度も反復しないとすぐに忘れちゃうこまった生き物なんスよ」

 

「そうなのですか。大変ですね」

 

 うん、実際大変だよ。反復しても学習しないことが多々あるから、常に争いごとは絶えないしね。まぁ刺激があるといえばあるんだろうけどさ。ほどほどが一番だよねー。

 

「そんな訳で定期的に手動操艦の訓練は入れるッス。ユピもそれ見てさらに学習してね?」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 うん、ウチのAIは真面目でいい娘だよ。実際、幾らフネが優秀でも乗っている人間がダメじゃ意味がねぇからな。フネを動かすのは結局は人である。だから、マンパワーの低下ってヤツほど恐ろしいモンは無い。これからも適度に腕がなまらない程度に訓練を入れていく。準備をしすぎるとか言う事はないんだから。

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

「おいユーリ。アレ」

 

「なんだトーロ? おや、あれは……」

 

 それは、街の酒屋で安いながらも良酒を仕入れることに成功し、しばらくの間はクルーの飲兵衛共も文句は言うまいとホクホクした気分でいた時だった。出港までまだ時間があるので、やることが無く暇なイネス&トーロと合流して街中を散策していると、カルバライヤ宙域保安局のバリオがすぐ近くを横切ったのだ。手にした袋は多分食糧か何か、買い物の帰りだろうか?

 

「あれはバリオ宙尉だね。なんでネージリンスに保安局がいるんだろう? それになんか深刻そうな面してるじゃないか。艦長は何か知ってる?」

 

「そうだイネス。艦長はなんでも知ってるッス」

 

「ふーん」

 

「トーロよ。冗談だからそのなんか冷たい目やめて。地味に痛い」

 

 ここはネージリンスなのに仲の悪い国出身の彼らが何故いるのかというと、国を跨いで犯罪が行われた為、両国で協力しての合同捜査網を敷いているからだろう。この間この星に来たときに盗み聞き……げふん、もとい偶々聞こえてしまった内容がそんな感じだったはずだ。

 

 もっともカルバライヤ人はネージリンス人を嫌うが逆もまた然り、完全にアウェーな土地で働くのはきついだろうなぁ。そう思っている内に、バリオは大企業セグェン・グラスチ社傘下のSGホテルへと入って行った。イネスの言う通り何か深刻そうな面していたし、なんか気になるな。

 

「せっかくだし、会いにいってみない? なんか気になるし」

 

「いいんじゃね? どうせ暇だしよ」

 

「そこらへんは艦長に任せるッスよ」

 

 どうせ暇だったし会いに行ってみようじゃないか。そんな空気に流され、俺達はバリオ宙尉を追いかけて彼がSGホテルに入るのを目撃する。追いかける脚でホテルの中に入って、どこらへんにいるかなと思ったが、宙尉は案外すぐに見つかった。彼はロビーに入ってすぐのソファーに腰掛けていた。

 

「宙尉。バリオ宙尉ッスよね? お久しぶりッス」

 

「……ああ、君たちかぁ……奇遇だな」

 

「なんか死にそうだなオイ。大丈夫か宙尉さんよ?」

 

 トーロが様子のおかしい宙尉を心配して言葉を掛けるが、それに対し大丈夫だと返答するもやはり声に張りが感じられない。何かあったのか? この問いかけに宙尉は案外すんなりと事情を説明してくれた。正確には尋ねる前に全部吐露し始めたのだ。その様子が何だか疲れた感じで痛々しかった。

 

「―――なんと! シーバット宙佐が殺されたんスか」

 

「ああ、ちょっとしたコネのお蔭で人身売買の販売先である領主に会うことは出来たんだ。だがその後に領主が突如態度を変えて宙佐を……くそッ」

 

 事情をなんとか宙尉から聴きだしたが、どうやら原作通り宙佐は死んでしまったようだ。これを聞いた時、ああやっぱりと心の内で思った。以前ホテルで何やら会合をしていた時に、シーバット宙佐が常道の死亡フラグをおっ立ててたもんな。あれで死なないなら異能生存体か何かだろ。

 

 兎も角、宙佐の死を告げた宙尉は、口にしただけでも堪えたのか、腕を組んでうなだれた。そんな宙尉を前に俺達も言葉が出ない。確かに原作知識で知ってはいたが、だからといってこの空気の中で茶化すのは俺には無理だっぺ。

 

まぁこういったのは吐露しちまったほうが楽だと思うし、さらに詳しくバリオ宙尉から聞いた話だと、どうも宙佐は殺される直前に緊急通信で情報を伝えて来たらしい。音声ログを録っていた為、その通信の音声まで聞かせてもらえたが―――実際に聞くとかなり胸糞が悪い。

 

「クソ領主ッスね。つーか下手すりゃ戦争まっしぐらッスよソレ」

 

「ああ、だから……保安局としては動くことが出来ないんだ」

 

「でも何でまたシーバット宙佐はそんな所に単身で向かったんだ? それにグアッシュ海賊団を倒す時からあんた達の動きはどこかおかしかった。まだ何か隠してるんじゃ?」

 

 ほう? トーロにしては鋭い指摘だな。この指摘に際しバリオ宙尉はこちらを見つめてきた。ジッと俺達三人を見てから溜息を吐く。

 

「はぁ、もう俺の上官はいないし、海賊退治に命をかけてくれたお前たちには事情を知る権利があるよな。ただ他言は無用。OK?」

 

 どうやら話してくれるようだ。話してくれる分には問題ないので俺達も軽くうなずいて返す。厳密に言えば情報漏洩に問われそうだが俺達がそれを広めなければいいし、仮にそれで罪に問われるのは宙尉だけである。内心腹黒く考えているのとは対照的に、宙尉は少し逡巡するように視線を動かした後、どういったことの起こりがあったのかを語り始めた。

 

「俺達が最初に出会ったところは覚えてるか?」

 

「えーと、鉱山の酒場ッスね」

 

「あー、スマン言い方が悪かった。宇宙で最初に出会ったのは?」

 

「たしか、客船が海賊に襲われていたあの時ッス」

 

「そうだ、あの時客船の中にはトゥキタ氏ともう一人――セグェン・ランバースの孫娘であるキャロ・ランバースが乗りこんでいた」

 

 確か原作ゲームでは、グアッシュ海賊たちが客船に乗っていたVIP。セグェン社のセグェン会長の孫娘であるキャロ・ランバースを誘拐したという話だった筈だ。大筋はやっぱり変わっていないのか。

 

 あの時、戦闘の真っただ中に介入して奇襲をかけ、民間客船のまわりにいた海賊船を撃沈した筈だが、おそらくそれが全てではなかったのだろう。俺達よりも先に取り付いたフネがいて、その時に彼女は連れ去られていたのだ。じゃないと俺達の手でVIPさんを海賊もろとも宇宙の藻屑にしてしまってただろうしな。

 

 でも色んな意味で危なかった。下手したら俺達が星間戦争の引き金をひいていたのか。 捕まったVIPであるキャロ嬢は国の仕事も請け負う大企業の孫娘だ。そんな彼女が海賊、しかも長年にわたり潜在的な敵と認識している国に居る時に誘拐され、おまけに人身売買で売られてしまった。これだけでも戦争の理由になるし開戦待ったなしである。

 

 だから多少戦力が足りなくても、本来不倶戴天の敵である大海賊であるサマラ様に協力を仰いででも、是が非でもグアッシュ海賊団を検挙したかったのか。少なくとも保安局で事情を知る人間はそう思って動いていた可能性は高い。

 

 だが、そうしてグアッシュを検挙して得られた情報を辿ってみれば、既に彼女は人身売買のルートで売られた後。しかも売られた先が道楽ダメ領主のバハシュール。これは色んな意味で開戦回避は絶望的じゃねと思ってしまう。

 

「成程、相手は自治領領主、普通なら諦めるところだがそうもいかない。ことを荒立てたくは無かったから宙佐は単身で乗り込んだってワケッスね……、ところでバリオ宙尉はこれからどうするッスか?」

 

「先も行った通り保安局としては動けん。しかも連中は先代が築きあげた強力な艦隊に守られて、彼の星からも出て来ないからな。宙佐も居なくなってしまったし、この件はコレで終わりさ」

 

ふむ、一見平気そうに話しているように見えるが……。

 

「宙……いやバリオさん。その手……無理しなくても良いッスよ」

 

「――ッ!」

 

 宙尉は動揺して慌てるように手を隠した。俺が指摘した彼の手は指先が白くなるほど爪が食い込んで、そこから血が流れるくらいに強く握りしめられていた。

 

 よほど悔しかったんだろう。自分にとって敬愛できる上司が殺されて、それなのに国家と法と彼の肩書によって宙佐のかたき討ちすらできない。そりゃ悔しさで苦しくもなるな。カルバライヤの民族性からいって、感情を誤魔化すことは大変だったろうにな。

 

 だけど下手に動けばソレが戦争の引き金になる可能性もある。どうすりゃいいかわからねぇんだろう。バリオ宙尉は仇を討ちたいのだろうが、流石に星間戦争の引き金を引くつもりも勇気もない。俺達みたく好き勝手自由に動けないもんな。宮仕えってのはさ。

 

「……どうすりゃいんだよ。ホントにさ」

 

「やるせないッスねぇ、ホントにさ……。でもまぁ、あとのことは宙尉が決めるしかないッスよ。結局自分が一番満足できるのは自分で決めたことだけなんだから」

 

「俺が、決めるのか……」

 

「0Gドッグなら当然のことだけどね。自己判断と自己責任ってヤツさ」

 

「そうだな。イネスの言う通りだぜ。でもだからこそそれがいいんだよな。ロウズから出たのも俺の自己責任だし」

 

「トーロ。お前さんは居場所ないから俺のフネに乗せてくれって通信してきたじゃないッスか」

 

「そうだっけか? 俺のログにはなにもないな」

 

 ははコヤツめ。

 

 それはともかく宙佐のことは知り合いだっただけに残念だ。原作知識を持ってはいたが何時どのタイミングで宙佐が殺されるのか解らなかったから手を出せなかったしな。干渉するには冷え切った両国間の問題にどっぷり浸かる覚悟が要る訳で……流石に俺もそこまで干渉する勇気はない。

 

 自分を守るので精一杯です。俺はふざけたり遊ぶのも好きだが、星間戦争は“まだ”荷が重いッス。せめて準備を進めてからじゃないとな。そう思っていたのだが、世の中は思った通りに進まないんだよな。

 

***

 

「おおバリオ様ここにいらっしゃいましたか」

 

 さて、項垂れている宙尉を前にどうすべきかと考えていると、突如第3者の声が掛けられた。見れば男性が一人近寄ってくるのが見える。

 

「いやはや、ホテルにおられないから探しましたぞ。実はこたびの件でカルバライヤに協力して貰えたことのお礼をと――まだご滞在は可能ですかな?」

 

「いえ、もう帰る事にしましたトゥキタ氏。それに我々は役に立てなかった。礼はいりません。ご期待に添えなくて申し訳ない」

 

「あなた方は十分に働いてくれました。恩には恩を、礼には礼をするのがネージリンス人の誇りです。ですがそれは無理強いするものでもありません。無理を言ってしまったようで、申し訳ありません」

 

「あ、いや。こちらこそ。なんというかすいません―――あっと、紹介しようユーリ君。この人はトゥキタ・ガリクソン氏。ランバース家に仕えている執事だ」

 

 トゥキタ氏だって? トゥキタ・ガリクソン。セグェン・ランバースに仕える執事で原作において加入できる仲間の一人である。確か執事の見た目通り生活系の技能が高く、ゲーム的にいうなら主計関連のスキルを持っている人だった。下手な船員よりも能力が良いまさしくなんでもそつなくこなすスーパー執事である。

 

 宙尉が説明してきたが、どうもこの人物は誘拐されたキャロ嬢と行動を共にしていたらしい。一緒に誘拐されてないってことは上手く逃げたか何らかの理由で誘拐を免れたのだろう。

 

 そういえば以前この星に寄った時、ネージリンス軍人と保安局との橋渡しみたいなことをしていたな。秘密裏にことを進めていたようだし、ランバース家でもかなり信頼されているってことかしらん?

 

「トゥキタ氏、彼らは……まぁ何ていうかシーバット宙佐の知り合いです。海賊関連で保安局と協力体制を取ったこともある基本的に善良な0Gドッグですね」

 

「基本的に善良って評価、ちょっち酷くないッスか?」

 

「お前さんらが真っ白だったら世は全て事も無しで済むんだがね」

 

「ごもっとも」

 

 断言されて思わず納得してしまったぜ。ちくせう。

 

「おお保安局と知り合いの方々でしたか」

 

「ええ、白鯨艦隊と名乗っとります」

 

「白鯨……! おっとこれは失礼いたしました。ご紹介に預かりました通り、わたくしはトゥキタと申します。お見知りおきを」

 

 白鯨の名に驚いた? 俺達も有名になったのかな? トゥキタ氏はこちらに軽く頭を下げる。その所作は長年にわたり積み上げられたことを感じさせる。ほへー、これが本物の貫禄って奴か。

 

「おうふ。なんともイメージ通り執事さんッスか」

 

「俺初めて見た」

 

「ぼくも」

 

 俺らの稼業的に一番縁がなさそうな職業だもんな。一応アウトローだし俺達。

 

 そんな訳で、本職の方が醸すオーラに圧倒されていたところ、宙尉の持つ小型通信機が鳴りだした。

 

「――俺だ。ああ、ああ。分かったすぐに行く。すまないユーリ君、それとトゥキタ氏。今連絡があって宙佐の遺体がゼーペンストからネージリンスに届けられたらしい」

 

「それは早くいかねばなりませんね。御引止めしてもうしわけありません」

 

「すみません。これにて失礼します。あ、お前らもまたな」

 

「じゃあな宙尉。またどこかで」

 

 そういって去っていく宙尉を俺達は見送った。どこかその足取りがトボトボという風に見えたのは、きっと見間違いじゃねぇな……ま、俺達にはどうしようもないけどな。それにしても結局聞くだけ聞いて全然解決してないっていう、不思議!

 

「……しかし宙佐には本当に申し訳ないことをしてしまいました」

 

 宙尉を見送っていると、トゥキタ氏はそう小さくつぶやいた。

 

「仕方ないです。宙佐がどんな最後だったかも聞いています。その理由も」

 

「まさしく。あの方は我が国とカルバライヤの関係をよくしたいと自ら交渉役を買って出られたのです。立派な方でした」

 

 ふーん、シーバット宙佐が両国の仲をねぇ? あの人は別にネージリンス好きって感じでもなかったし、真相は多分違うんだろう。

 

 打算的に考えれば両国間で戦争起きると治安がマッハでピンチだから、それを回避したかったと見るのが妥当かな。ネージリンスとカルバライヤは仲が非常に悪いのは有名なことだし、それでも国外派遣されたなら……宙佐の苦労は果てしなかっただろうなぁ。

 

 さて、シーバット宙佐が派遣された経緯についてトゥキタ氏からネージリンス側の事情を含んだ補足があった。なんでもトゥキタ氏の話によるとセグェン氏も両国の冷え切った関係に心を痛めており、二国間の関係改善の為に主に経済面で動いていたらしい。

 

 まぁ大企業の長であるセグェン氏からすれば、近隣の一番商売になりそうな国とケンカしていたら市場価値が下がって勿体ないって思ってたのかもな。

 

「その後バハシュールからセグェン様に交流を止める様に脅しが入って来ております。最初からグアッシュ海賊団、そして――その背後にいたバハシュールの目的はソレであったかと」

 

「ボンクラ2世領主の考えることは解らんスね」

 

 これまで集めた数少ないバハシュールの情報を分析する限り、あの道楽2世馬鹿領主が戦争を拡大させることで得られるメリットがあるとは思えんのだが……。

 

「で、ユーリどうするよ? 宙佐の敵討ちとかするの?」

 

「するなら宇宙開拓法の第11条が適用可能だよ。『自治領領主はその宙域の防衛に関し、全ての責を負う』ってやつ。僕らは一応民間人の部類に入るからね」

 

「トーロにイネスよ。ナニ自治領に侵攻する形に話が進んでるんスかねぇ?」

 

「………あの、皆様。出来るならば白鯨の皆様には協力していただけると、こちらとしても助かります」

 

「へ?」

 

 トーロとイネスたちに何か言おうとしたところ、トゥキタ氏がそう告げたことで俺は思わず驚きの声を出した。あれ? あなた原作ではバハシュール領に攻め込むのは危険だとか言ってませんでしたか?

 

「此度の件、解決の為の力となりえそうな方々は官民問わず調べあげリストを作成しております。その際に皆様の名前があったのを存じております。その名声、あなた方でしたら自治領くらい一蹴されるやもしれません」

 

「えー……、俺達どんな評価されてるんスか」

 

「ご存じないのですか? 近年に入ってわずか数カ月の内に0Gランキング上位に食い込み。どこの既存のフネとは違うカスタム船で宇宙を翔け、海賊たちを専門に倒し続ける猛者がそろった正義の艦隊だと言われております」

 

 え、ちょ、正義の艦隊っておま。中二病か!

 

「海賊やゴロツキからは『海賊殺し』『見えない白クジラ』『海賊専門の追剥』『白い悪魔』という二つ名まで付いているくらいです。その力は小国の戦力と同等だとみなされておりますね」

 

 あ、いやー、なんつーか海賊専門の追剥とかは知ってたけど、なんか大分尾ひれが付いて無いか? つーか二つ名の半分が褒めてないのは今更か? 名声値の上昇っていうのは凄いんだな。

 

「どうか皆様。お嬢様の奪還に力をお貸しください! この通りですっ」

 

「ちょっ! 往来でやめてくださいッス!」

 

「やめません! ひきません! 軍も保安局も動けない今、頼れるのは皆様しかおりません! どうか非力なわたくしどもに代わって! どうか! どうかっ!」

 

 やべぇ、紳士が土下座せん勢いで頭下げまくってる。それまでの温和な姿を見ていただけに、この取り乱したようなギャップが、実はかなり追い詰められていることを感じさせた。というかここホテルのロビーだから周囲の眼が痛い! このまま放置とかちょっとできないぞオイ! 

 

「解った! 解りましたから! なんとかやってみますから!」

 

「おお! おお……。愚かなわたくし共の為に、このご恩は決して、ランバース家は決して忘れることなどないでしょう」

 

「大げさッスよ! 出来るかわかんないのに!」

 

 なんとも断りきれない雰囲気に流されて、俺はバハシュール領へと赴くと決めた。そう宣言してしまったので言質まで取られた形である。なんというか、これを狙っていたならランバース家の執事、恐ろしい人……(白目)

 

 

…………………………

 

……………………

 

……………

 

 

 さーて、自治領にケンカ吹っかける羽目になってしまった。頼んできた相手が一般人ならフザケンなド阿呆と一蹴できたが、頼んできたのは大企業セグェン氏に連なる人物である。断ったら何か恐ろしい報復がありそうで怖い。今いる星系もセグェン社の息が掛かった企業が多いから、納入される補修部品とかに工作とかされたくない。被害妄想かもしれないけど、政府と繋がった大企業なんて色んな妄想が膨らむんだよな。

 

 言っちまったのはしょうがないので、クルー達に事情を話してゼーペンスト宙域に向かうと宣言した。反対は……少なかった。どうやらエピタフ関連でいずれは行くと皆には思われていたらしい。精々が今の戦力で戦えるのかという声がある位だ。

 

 それは俺にも解る。自治領とはいえ国は国。規模は大きくても艦隊でしかない俺らが攻め込むというのは大変だろう。もう多分断れないから諦めているが、少し頭と胃袋が痛く感じるのは上に務める人間に付き物なんだろうな。

 

 そんな時、天からの声ともいえる発想が舞い降りた。逆に考えるんだユーリ。これはチャンスだと考えるんだ、と……。

 

 唐突に脳内に紳士が現れたが、どういうことかというと、この先逃げるにしても残るにしてもヤッハバッハ帝国との戦いは避けられない。そこで問題なのが、俺達が今までに経験した戦闘の多くが海賊との戦いが9割であるということである。

 

 つまり正規軍が運用する艦隊と戦った経験が少ないのだ。一応ロウズ自治領の警備も正規軍の組織と言えるがアレは半分腐って海賊に片足突っ込んでたから経験にはならない。そう考えれば今回の一件は正規軍相手の予行演習と取ることもできる。だから無駄にはならないと踏んだのである。

 

 無論、何等か手段を考える必要はあるが、とにかく準備を行わねばならない。明確なタイムリミットは告げられていないが、時間が経てば経つほど要人であるキャロ嬢の身が危うくなることは想像に難くない。評判から得たバハシュールの性格分析によれば享楽に溺れる傾向があるので、あまり悠長に構えてられないだろう。これだからボンクラ自治領二代目ってのはさ……むぅ。

 

「さー、国家相手にケンカ売るんス。どんなことがあるかわからんスから、補給品は何時もの3倍注文しておいてくれッス」

 

『あいよ艦長。任しときな。上手い事ペイロードに収まるようにしてやるよ』

 

「苦労かけてすまねぇッスねアコーさん」

 

『いいよ、こういった刺激が欲しくて0Gに登録したってのもあるしね。どちらにしろ艦長には従うさ。いそがしいから切るよ』

 

 さて、そう言った訳で我等白鯨艦隊は出港準備を急いでいた。なんせ正規軍の、先代領主により設置されたバハシュール領主軍は周囲の自治領と比べると精強であるという。こちらもそんな相手は初めてなので、何がどう転ぶか解らないから、補給品や修理材とかは積めるだけ積み込んでいくことにした。

 

 積み込み作業は港湾ドローンもレンタルして急がせているが、20隻以上いる艦隊なので全部の作業が終わるまで一応4時間はかかる予定である。急ぎたいところではあるが、急いては事を仕損じると古事記にも書かれている。あれ? ことわざだったけ?

 

「――艦長。面会をしたいという方がいらしています」

 

 ―――面会?誰だろうか?

 

「危険人物の可能性は?」

 

「武器の持ち込み、及び過去の犯罪データには該当なしですが、女性です」

 

「(なんか不機嫌そうだなユピ)……そうッスか。ま、危険人物じゃないなら上がってもらっても良いか」

 

「では保安クルーにブリッジへと案内させるようにお願いしておきますね」

 

「ん、まかせた」

 

 多分、稀に来るセールスの商人か何かだろう。通商管理局の無料補給で得られない物品は色んなルートで手に入れるが、こういった行商もそういったルートの一つである。そんな訳で特に気にも留めていなかったのであるが、ブリッジに入ってきた面会希望の人物を見て、俺は思わず叫んでしまっていた。

 

「失礼する「あぁぁぁーーっ!!あんたは!!!」え!」

 

 忘れもしない! あの日、広告を見て応募しただけの純粋な俺を小馬鹿にし、残念賞とばかりにティッシュを渡してきたあの女!

 

「ネルネル・ネルネ!」

 

「ファルネリ・ネルネよ!!って、本当にあなたが白鯨艦隊の指揮官?」

 

「ふん、見てくれはそうは見えないだろうけどねー。ねぇどんな気分? 本当のこと言っていたのに勝手に判断したのってどんな気分?」

 

「うざっ、でもどうやら本当みたいね」

 

 NDKとかやっていたが、冷たく蔑まれただけだった。なんかクセになりそう。

 

「そんでネルネさんがこちらに? 我が艦隊はもうすぐバハシュール領へと出向くんですが?」

 

「トゥキタから聞いたのよ。貴方達がキャロお嬢様の救出に向かうって」

 

 実際はエピタフ遺跡とかその他もろもろの財源確保も含む侵攻なんだけどね。表向きはキャロ嬢の救出って事に主眼を置いておいたっけな。誰しも利益が全くない状態では動きませんわ。勿論ソレはこの場では口に出さないんだけどな!

 

「だから、私も同行させてもらいます」

 

 

………………はぁ!?

 

 

「い、いや! 何でいきなりそうなるんスか!?」

 

「私はキャロお嬢様が小さな頃から知っているのよ。だからどうしてもお嬢様を助けたいの。その為に会長におひまを頂いてきたわ。お願い、あの時の無礼は詫びます。どうか私もクルーとしてキャロお嬢様の救出を手伝わせて!」

 

 凛としていた彼女だが、途中から声を張り上げるかの様に懇願してきた。

 

 ふむん、どうしたものか。あの時に受けた態度は少し腹に据えかねるものがあったしな。しかし頭を下げ続ける彼女の態度は本物とみるべきか? あるいはセグェン社から内情を探る為に送られてきたとみるべきか? 悩むところだな。

 

 しばらく沈黙が流れる。俺もどうしようか決めかねていた。そんな空気を破ったのは意外なことに第三者であるユピであった。

 

「艦長、乗せて上げましょう。私は人間じゃないから、まだよくわからないですけど……だけど、この人。本当に心配しているって感じるんです」

 

 感じる、だと? 統合統括AIってのは凄まじいな。人の感情を感じられるとか、それってもう下手すれば生命体と見なせるんじゃないだろうか?

 

「じー……」

 

「わ、解ったッス。だからその純粋な眼でオイラを見んといてくれッス」

 

 しかしユピよ。そんな純粋な瞳で穢れちまったオイラを見ないでくれぇっ! 俺のガラスのハートがブロークンしちまうぜ!! なんだか負けた気分だけど、ユピならいいかと思う自分がいる。ああ、俺ァもうだめだぁ。

 

「はぁ……。ファルネリさん、貴女の乗艦を許可します。ユピに感謝してくれッス。一応扱いはクルーとして、期間はキャロ嬢が無事に戻るまでで良いッスか?」

 

「ありがとう艦長! こう見えても少しは役に立つつもりよ」

 

「まぁ配属先については後で決めましょう。一時的とはいえようこそネルネさん。我が白鯨艦隊に」

 

「ファルネリでかまわないわ。あと敬語とさんもいらない。キャロお嬢様を救出するまでとはいえ、このフネのクルーとなるのだから」

 

「了解、まぁこのフネを一時の家だと思ってくつろいでくれッス」

 

 こうして、新たな仲間を加えることになった白鯨艦隊は、補給品を詰み終えてポフューラを出港した。この飛び入り参加のような形で一時的な仲間となった彼女は出港後すぐにクルー達に紹介され、他にも補充されたモブクルー達と一緒に歓迎会という名の宴会へと強制参加させられた。後に聞いたところ、この宴会により白鯨の流儀を一晩で理解したと語っていた。

 

 彼女、ルーべやトスカ姐さん程じゃないが酒豪だったのだ。なんでも会長秘書の嗜みらしい。秘書をやる人間はお酒に強いのだろうか? 歓迎会で酔いつぶされた男どもが医務室に搬送されるのを涼しい顔して見てたけどな。酒豪ってよりかはザルか蟒蛇であろう。なんかこの世界の女性って酒に強いのだと、後に改めて思ったのはいうまでもない。

 

 


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