何時の間にか無限航路   作:QOL

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久しぶりです。


~何時の間にか無限航路・第33話 ネージリンスinゼーペンスト編~

■ネージリンス編・第33章■

 

 ユーリ達とギリアスとの素敵な出会いがあった日から、宇宙標準時間でおよそ二日後。 その日、守備隊の長であるヴルゴ・べズンは首都である惑星ゼーペンストからみてほど近い絶対防衛圏にある宇宙基地にいた。

 彼は本国守備艦隊が駐屯する宇宙基地に赴き、雑務を処理しながら、偉大なる我らの自治領に進入し、悪戯に民の不安を煽る不逞の輩について考えを巡らせていた。

 

 出来る事ならば、警備艦隊だけに任せるのではなく、この絶対防衛圏に屯する本国守備艦隊も動員して敵を発見。その後、本国艦隊による艦隊決戦をもって撃滅したいと彼は考えていた。

 自治領の防衛を司るヴルゴであるが、その本質は武人でもあり、不逞の輩とはいえ一国相手に戦いを挑むような肝が据わった相手に戦えるのなら、それは寧ろ本懐であるといえる。弱者が弄られるのは弱肉強食の世界では日常だ。強者と強者のぶつかり合いこそ、彼の血潮を滾らせる。

 

 されど、現領主の意向で本国艦隊を動かすこと叶わず、ここ二日で数の不足から敵艦隊を発見できず、逆に何時の間にか奇襲を受け撃破されたという警備艦隊の報告書を片手に、彼は歯痒さを覚えていた。自分が本国艦隊で出撃すれば、敵と一戦でも交えることが出来れば、この鬱々とした辛気臭さも吹き飛ばせるに違いないとヴルゴは確信していた。

 

 だが、それでも領主の意向には逆らえない。只でさえ人望がない現領主を仮にも軍の総責任者である己が見限れば、それに呼応するようにして他部署の人員も離反するだろう。それは自治領崩壊の序曲を開くことになりかねない。自分を重用してくれた先代の恩をそんな形では裏切れないと、忠義の将は一人苦悩することになる。 

 

 考えても仕方がないことなので、出撃したいという願望を意識の外へ起きやり、執務で凝り固まった肩を伸ばした。ゴリンと小気味よい音が肩から響いた。そろそろ休憩に入ろうと思ったヴルゴが椅子から立ち上がりかけたその時である。司令官用の飾らずとも重厚な執務室の扉を、無粋にも蹴破る勢いで飛び込んでくる男がいた。それは彼の部下の一人である。部下はなにやら慌てた様子で、息も整えずに真っ直ぐヴルゴの前に立った。

 

「将軍! ヴルゴ将軍ッ!」

 

「ゼファー。インターフォンを使いたまえ。執務室では静かにな」

 

「すみません―――って違う! 将軍、大変ですッ! クェス宙域を航行していた輸送艦隊が正体不明の艦を捕捉しました! 送られてきたデータを解析した結果、敵は針路を本国に向けて真っ直ぐ突き進んできています!」

 

「なんだとッ! ついに奴らが尻尾を見せたのかッ!!」

 

 彼の大柄な体躯が執務机を引っ繰り返すのと、彼が大声を上げて書類の束を雪崩にさせるのはほぼ同時であった。何故なら仮にも自治領に侵攻する不逞の輩であるなら、侵攻のセオリーに乗っ取り、まずは戦力を削ることをすると考えられていた。参謀陣営の予想では敵が攻めてくるとしても、もっと後になって本国へ至ると結論付けられていたのである。

 

 それが覆された。何が起きているのか解らないというのは単純に恐ろしいものであった。ここまで急激に進撃を進めてくるとは何かがある。彼の指揮官としての勘が警鐘を鳴らすのも当然であった。

 

「外延偵察衛星網にも影が出ました! 計算上、敵艦がこの巡航速度を維持すれば、およそ40時間後に本国に到達します!」

 

「な、なんということだ……。いや、まて。“艦”と言ったか? “艦隊”ではなく?」

 

「はい将軍。長距離だったために詳細はまだですが、規模からして艦隊と呼べる物ではないとのことです! ですがヴァランタインのグランヘイムとも違うと報告が上がっています。

 しかし、近くを航行していた警備艦隊が進路上に展開していましたが、既にどの警備艦隊とも通信が取れません。恐らく報告を挙げる暇もなく全て撃破されたのだと思われます!」

 

 既に警備艦隊がいくつか撃破されたという部下の報告に、ヴルゴは怒りを覚えつつも、少し不謹慎ながら同時に安堵していた。何故ならこの時、実はゼーペンスト宙域にはもう一つ頭の痛い問題が持ち上がっていたのだ。

 

 それは大海賊と名高いヴァランタインの有する巨艦グランヘイムの出現である。少し前から、自治領の各所で目撃情報が散見しており、相手が相手ゆえ迂闊に手出しも出来ず、また強力な妨害装置があるからか光学装置以外ではすぐにロストしてしまう為、要注意監視対象という名で実質放置されているのが現状であった。

 

 

 しかし、今きた報告を聞く限り大海賊ではない。その事にヴルゴは内心安堵していた。これで悪戯に部下の命を散らさずに済むだろうと思ったからである。大海賊と呼ばれるヴァランタインの評価は、危険という意味で非常に高いのだ。それこそ動く災害と言えるレベルである。幸いな事に行く手を遮ったり、攻撃したりしなければ基本スルーされるので意外と安全ではあるが……。

 

 ともあれ、グランヘイムではないが突出してくる艦がいることは事実であり、ヴルゴはそれらについて思案する。本国に進路を向けているというフネ……それが少し前から自治領を騒がせている例の艦隊とかかわりがあるのかどうか、その判断がつかない。情報が少ないというのもあったが、指揮官として彼はあらゆる事態を想定しておかねばならなかった。

 

 いずれにしても我らが領域を荒らす不逞の輩を許しておくなど、防人の武人としての沽券に係わる。例の艦隊と関連があろうがなかろうが敵は敵。先代が築き上げた安寧を乱すものは、徹底的に撃滅するだけである。

 

「それはそうと、観測された艦は随分と早いな」

 

「通常巡航速度の軽く数倍以上ですよ! あまりの快速に遠方に出していた艦隊では追いつけません!」

 

「解っておる。敵が真っ直ぐくるのならば進路上に展開するのは難しくあるまい。この基地と絶対防衛圏の戦力を使うのみだ……それとゼファー」

 

「なんでしょうかっ?」

 

「慌て過ぎだ莫迦者。上に立つ者であるならば常に泰然としておれ」

 

「ッ!……失礼しました! 常識外の敵の行動に少しばかり取り乱しておりました」

 

「ン。分かればいい」

 

 ヴルゴはそういって、いまだ若き部下に艦隊を展開させるよう指示を出した。敬愛する上司から訓示を賜り、やる気が出たのか、再び部下は風の如く執務室を去っていく。部下の後塵を見ながらも彼は少しだけ溜息を吐いた。

 

 自治領成立後の軍に所属した手合いの者は、得てして緊急時に落ち着きがない。ちょっと規定にない事態に直面しただけで、ああやって取り乱すことがある。訓練の練度も高く統率力もあるが、圧倒的に経験が足りていない。これは今後、自治領の防備を考えていくうえで議論すべき課題である。そう考えつつもヴルゴもまた腰を上げ、執務室を後にした。

 

 

 

 

 さて、執務室を走り去っていく部下の後ろ姿を追うように、自分の執務室から歩き出したヴルゴは、警戒態勢に突入したことにより、慌ただしい基地内を無駄なく進んでいく。彼にくるであろう報告などは、全て手にした通信機に転送するように設定してある。将である為、彼が向かうべきは通信機能の整った宇宙基地の司令部の筈なのだが、彼が歩を進めたのはフネの係留ドッグであった。

 

 厳重なエアロックをスルスルと潜り抜けて乗り込んだのは、自分の艦隊である本国守備艦隊の旗艦。アルマドリエル級空母のネームシップ『アルマドリエル』である。いついかなる時も常在戦場の心得を忘れない為に、彼は非常時には旗艦の中で指揮を取ると決めており、実際その通りに動いていた。

 

 そして、彼のフネである『アルマドリエル』は、空母であるがゆえに、元より通信能力が高い。その機能を更に増強したことで、彼女は艦隊を指揮する司令艦としての機能を併せ持つことになる。移動できる司令部ともいうべき彼女は、まさに彼の為に作られたようなフネであった。

 

 旗艦の艦橋を目指して動くヴルゴだが、その時、通路全体に軽い振動が伝わった。宇宙基地に係留されていた他の艦隊が、それぞれ舫いを解き基地から離れ始めたのだろう。なまじ戦闘艦である為、搭載されているインフラトン推進機関の出力は、民間のソレの比ではない。近くに係留されている別のフネを揺るがすほどの衝撃を伝えるくらいには強力であった。

 

 発進した艦隊は、そのまま警戒態勢のままで展開していく。これは何が起きても即応できるように長年そう訓練されてきたからだ。彼らは宇宙基地から発進後、近隣宙域にて集合し他の艦隊の合流を待って待機する手筈となっていた。

 

 さきほどの振動から既に艦隊が発進した事をしり、急がなければ……とヴルゴは少しばかり本気で走ることにした。将として部下よりも遅いのは沽券に係わる。普段から厳しく自分を鍛えている成果を見せる時である。何よりも、依然として鳴りやまず、それどころか益々強くなっていく勘が告げる警鐘が、彼をより急かしていた。

 

 ヴルゴが年齢からは想像もできないくらいキレのある動きで、普段訓練で見せている走るタイムの記録を大幅に塗り替えようとした矢先。彼の持つ通信機がけたたましいアラームを響かせた。少々苛つきながらも普通に足を止めずに通信に出た。

 

「どうした? いまは緊急事態で忙しいのだ」

 

『それが、将軍。バハシュール様がお呼びでありまして』

 

 部下が告げた報告に、駆けていたヴルゴは思わず足を止め、心の内に舌打ちした。恐らく報告がバハシュールにもいったのだろう。あのボンクラ2世領主の性格を鑑みるに、アレがこうして自分に直接通信を掛けてくる。ヴルゴからすればそれは家族の訃報を聞かされるよりも厄介なことに違いないと彼の勘が告げていた。もしや先ほどから感じる嫌な予感はこれだったのだろうか?

 

『バハシュール様に代わります―――』

 

「―――お呼びですかバハシュール様?」

 

『将~軍ッ!! 今すぐ全艦隊を発進させるんだ!!』

 

「はっ。いえ、ですが敵の艦への対応はすでに規定により決定されており――」

 

『そんなの関係ないよ! 僕の庭にハエがうろついているなんて我慢ならないんだ!それに僕がやれって言ってるんだ! 出来ないなんて言わないでよね!』

 

「……解りました。直ちに本国守備隊は全戦力を持って対処にあたります」

 

『Good! それでいいんだよ! それじゃあ頑張ってね!!』

 

 現領主の通信はそこで切れた。彼の勘は当たった。やるせない思いがヴルゴの中を駆け巡る。あの方はこれほどまでに戦略にも戦術にも疎かったのかという思いが、彼の足取りをひどく重く感じさせた。

 

 気分屋のバハシュールは部下からの報告を受けて、何気なく叩き潰せといつものように碌に考えもせずに命令を下したのだ。たとえその判断が碌スッポ考えもせず愚かな判断であったとしても、現領主であるバハシュールが下した命令は絶対である。

 

 現領主が望めば、ヴルゴは望まなくとも火中に飛び込まなければならない。それが先代領主に忠義を誓ったヴルゴが建てた誓いだ。自分から破るなど考えられなかった。

 

 それでも、やはり鬱々とした思いは募っていく。それはもはや留めるところを知らない。ヴルゴは自身に喝を入れ、気合いを入れ直すと旗艦に続くエアロックに飛び込んだ。ここで悩んでいる暇など彼にはない。悩むのは先代が築いた自治領の調和を乱す輩を排除してからだ。そう意気込み彼は旗艦に乗り込んだのだった。

 

 

***

 

 

 

―――ゼーペンストに入り五日目。

 

 俺達、白鯨艦隊は今、惑星ゼーペンストにほど近い絶対防衛圏と呼ばれる宙域にいた。防衛圏と称されるように、この宙域は自治領の中枢である首都惑星が目と鼻の先にある宙域である。ここには航路を横切るように、いくつかの宇宙基地が悠然と佇み。その中では数多の宇宙戦艦が厳重な警戒態勢のまま繋がれていた。

 

 宇宙基地というが実質は移動可能な機動要塞であり、小回りは皆無とはいえ全方位に向いた幾多の砲口が虚空を睨み続けている。更には幾つもの艦隊が係留されており、艦数だけで二桁はいきそうである。そんな中へ真正面から突っ込むのは、敵さんの宇宙基地の砲台と艦隊火力が集中してしまうので、出来ることなら迂回したいところである。

 

 とはいえ、連中の目に留まらない距離まで迂回するとなると、ある理由からI3エクシード航法で進むのは難しいものがあった。正規航路でない空間をエクシード航法で進むには、この航法は些か早すぎるのである。早いならすぐ行けるだろと思うじゃん? ところがどっこい。色々とあるのだ。

 

 

 さて、ここから少し長くなるが―――

 

 

 インフラトン機関を積んだフネには、I3(アイ・キューブ)エクシード航法と呼ばれる通常の移動法とは異なる特別な航法が存在する。この航法により宇宙の移動が凄まじく早くなったと言われていた。一般的に航路と区分される空間とは、この航法における巡航可能な空間と定義されているのだそうだ。

 

 I3エクシード航法はブリッジ・エフェクトと呼ばれる今自分たちが居る宇宙、つまり母宇宙に対して下位従属する子宇宙を形成し、そこを通過する。この子宇宙を複数縦断するアインシュタイン・ローゼンの橋なる“橋”を掛け、その上を通ることでウラシマ効果といった時間のギャップを調整するのは前に言った通りである。

 

 この便宜上“橋”と呼ばれるものは、つまりはワームホールであると言ってもいいだろう。というかアインシュタイン・ローゼンブリッジ自体、ワームホールの別名みたいなものだ。

 

 まぁそれはいいとして、現在俺達がいる宇宙を仮に母宇宙と呼称しよう。その母宇宙を一つの大きな泡という概念モデルで表すと、この大きな泡から生じた小さな泡が子宇宙であり、それらを臍の緒の如く時空の一点を結び付けている空間領域がワームホールである。

 

 マルチバース的な解釈によれば、我々の宇宙と子宇宙とではプランク定数が異なるらしい。これがどういうことなのかといえば、簡単に表すと光も粒子も原子もその運動や物理法則が全て異なる世界ということになる。

 要するにこっちの常識が通じないし、理が違う、文字通りの異世界なのだ。そんなところなら時間すら流れ方が違う宇宙もあるわけである。

 

 この子宇宙では、例えば我々の宇宙である母宇宙では、ある座標AからBまでの距離が10㎞あるとする。ところが子宇宙の同じ座標においてではAからBまで1mもないという風になりえるらしい。母宇宙では膨大な距離であっても子宇宙の異なる物理法則の中では目と鼻の先に目的座標が存在することもあるのだそうだ。

 

 つまり、I3エクシード航法で、とある子宇宙に“橋”を架けて入り、特定の座標まで進んだ後、再び“橋”を架けて子宇宙から出れば、事実上の距離の短縮につながるのだそうだ。何故そうなるかはわからないがそうなのだ。

 

 また、ウラシマ効果のギャップをI3エクシード航法で調整できるのも、橋を架けるメカニズムによって引き起こされている。すなわち複数の子宇宙を通過する際に、その子宇宙の中に通常とは異なる時間の流れがある子宇宙を通るからであるらしい。時間の進み方が速い、あるいは遅い子宇宙が存在するということなのだろう。

 

 尚、橋を架けて子宇宙を通過という表現をしているが、これはあくまでも概念モデルを抽象的に表しているに過ぎず、実際のところ宇宙船はブリッジ・エフェクト中も依然として通常の時空、すなわち我々の宇宙に存在しているように見えるそうだ。

 

 実際、宇宙船の中に俺達から見ても普通に宇宙にいるとしか認識できない。いるのにいない、いないのにいる、というまるで形而上学みたいな状態になるのだという。子宇宙という概念を抜きで別の座標から宇宙船を観察できるなら、子宇宙に飛び込んだ宇宙船はあたかも光を超える速度で通常宇宙を移動しているように感じられるだろう。

 

 確かに子宇宙という違う世界の泡に宇宙船ごと飛び込んではいるが、元々こちらの宇宙の存在である我々が完全に子宇宙に存在できる訳もなく、また母宇宙からも完全に離れることが出来ない為に起こる現象である。

 

 そもそも、こちらの宇宙の生命体に例え下位従属する宇宙であっても認識し観測することは出来ないのだという。まったく異なる理に支配される領域を概念として理解は出来ても五感では感じられないのだ。ヤカンの水が熱を加えるとお湯になることが理解できていても熱という何かを目で見ることは出来ないということだ。

 

 さて、これを踏まえた上でI3エクシード航法における航路を利用しない場合を考えてみよう。結論から言えば、航路を利用せずに全くの未知の空間を進もうとすれば、この凄く早い航法を上手く使えなくなってしまうのだという。

 

 ブリッジ・エフェクトが、宇宙船同士のエネルギー的な干渉か、何等かの影響で上手く作動しない、あるいは惑星や小惑星の重力場といった空間自体が障害物となった場合、航法装置に備え付けられた安全装置が働いてしまう。

 

 するとブリッジ・エフェクトが自動的に解除され、通常空間に戻されてしまうのだそうだ。I3航法中であっても敵と遭遇し戦闘になるのも主にこういったことが関係している。正規の航路以外を進もうとすると、安全装置の作動が頻繁に起こる為、長距離のI3エクシード航法は事実上不可能となるのだ。

 

 安全装置を切れば、長距離移動も出来なくはないが、その場合は下手すると不安定なブリッジ・エフェクトの影響で、素粒子にまで細切れにされたあげくスパゲッティの如く引き延ばされた映像を見ながら、極小のワームホールを通じて通常宇宙から消滅する可能性もあるのだそうだ。あるいは“いしのなかにいる”状態になるか……少なくとも碌な死に方ではあるまい。

 

 安全に進む為には事前にセンサーで観測した真空の空間、この場合の真空は影響を与える物質やエネルギーが何もないとされる空間を、センサーが探知できる範囲の短距離のブリッジエフェクトで跳ぶしかない。

 

 距離が長ければ長いほど、短距離ブリッジ・エフェクトを連続して発生させるので、はた目から見ればまるで宇宙空間を小石の水切りのように飛び跳ねているように見えることだろう。

 

 ただし、この移動方法は宇宙的尺度で見ると、目的地まで下手すれば数十年単位の時間を要することになる。これでは流石に時間が掛かり過ぎる。通常空間でも推進器を全開にすれば第三宇宙速度以上は出せるけど、宇宙的尺度でみたらやっぱり遅すぎる。道中何もないなら長距離のI3エクシード航法を併用しないとフネの中で干上がってミイラになっちまうぜ。

 

 長々と語ったが、何が言いたいのかというと……ぶっちゃけ結果だけ見るなら、宇宙船はこのI3エクシード航法を用いることで光より早く宇宙飛んでいるように見えるってこと。ただそれだけにこれだけの理論が付いてまわる。宇宙ってマジで恐ろしい。

 

 ちなみに、これらの概念や理論のほぼ全てが、我が艦隊屈指のマッドサイエンティストであるジェロウ教授の授業の一環によって門前の小僧の如く覚えてしまった内容である。自分で言っていてホントよく解らんのはいうまでもない。

 

 閑話休題。

 

 

 

 前置きが非常に長くなったが、そろそろ本題に戻るとしよう。

 兎にも角にも厄介な絶対防衛圏であるが、じゃあなんで近づいたのかっていうと、ここを突破する作戦の為である。流石に無策に突っ込むのは失う物がない初期なら兎も角、今のようにモノが増えた状態ではムリなので策を練った結果。イネス発案の作戦が堅実的と相成り決行されたのである。

 

 イネスが立案した作戦に決まった理由は、これが一番堅実かつ安価であると思われたからだった。もっとも冷静になって考えれば大分イっちゃってる作戦なんだが、俺個人としては面白うそうだったから指摘なんてしなかった。ギリアスが聞いただけで二つ返事で乗っかるくらいだ。かなりイカレテルだろう。

 

 実際、有志を募って提出されたイネス以外の作戦ってのが実に問題が多すぎだった。一例をあげるとすれば、例えば、大増産したミサイルによる飽和攻撃だとか、大増産した艦載機による包囲戦だとか、超巨大タキオン粒子砲を建造し敵艦隊を撃滅だとか。どう考えても時間もコスト考えない作戦ばっかりでコスト度外視もいい加減にしろ!ってヤツばっかりだったのだ。

 

 当然ながら殆どがマッド共の立案である。連中は物事を考える時、コストのことは後で考える癖があるのでこうなったようだ。あれでも一応頭は良い部類に入るのだ。それがコレなので救いようはない。多分死んでも治らないだろう。

 

 結局、お手軽でコスト最も掛からないのがイネスの提案した作戦だけってどういうことなの? 馬鹿なの? 死ぬの? なお個人的には超巨大粒子砲とか大好物です。いつかコ○ニーレーザーとかγ線レーザー砲とか造りたいお年頃。大艦巨砲の何が悪いってんだ。そう呟いたところ現実を見なと姐さんに殴られたのは言うまでもない。

 

「敵に動きは?」

 

「一斉に動き出しました。ですがこちらには気が付いていません」

 

 ブリッジの戦術情報が表示されたホロモニター上で、敵艦隊を表す赤いグリッドが次々に絶対防衛圏を離れていく動きが投影されている。それらのグリッドは味方を示す緑のグリッドと敵味方どちらでもない黄色のグリッド目掛けて進んでいた。それを見て俺は良しと頷いた。作戦は順調に進んでいる。後は何とかギリアスが離脱できれば、我らが策は慣れり。

 

 そう、いたって単純な話で、イネスが提案した作戦とは、ギリアスを囮にした囮作戦であった。一応言っておくが別に意図的にギリアスに危険な役をやらせているのではない。当初はこちらの無人艦を遠隔操作で囮とするはずだった。だがそれにギリアス本人が待ったを掛けたのである。

 

 また、こちらは艦隊でギリアスは単艦。お互いに知り合ってまだ時間も経っていない為、共に帯同しての行動は移動だけならばともかくとして、戦闘では互いに足を引っ張り合いかねない。それゆえ、ギリアス達バウンゼィは単艦にて動いてもらう作戦となった。

 

 そして、彼らが連れてきた黄色いグリッドこそ、今回の目玉だ。

 

「間もなくバウンゼィが接触します」

 

 ミドリさんの報告に頭を上げる。同時に、一応つなげておいたバウンゼィとの通信回線から、彼の猛る声が響いてきた。

 

 

『うわはっはー! ヴァランタインのつり出しに成功したZEeeey!!』

 

 

 ボリュームを抑えていた筈なのに耳を抑えたくなる煩さ。相変わらず無駄に音響兵器な男である。そのバックで被弾した音や、それに慌てふためく副官の姿が映っているが、まぁ頑張れ。

 

 それにしてもバウンゼィは本当にいい仕事をしてくれた。何せ彼らは“最高の敵役”を引き連れてくれたのだ。彼らはゼーペンスト自治領の守備艦隊を相手に囮になったのではない。彼らが本当に囮となって連れてきてくれたのは、つい先日見かけた通りすがりの大海賊ヴァランタインであった。

 

 ギリアスは、この宇宙版ナマハゲとも言うべき大海賊に再度攻撃を仕掛け、挑発。逆らう奴は叩き潰すをモットーとするヴァランタインを、見事この宙域まで誘引したのである。

 

 ところで正規軍すらも発見することが難しい神出鬼没の大海賊を何故ギリアスが発見できたのか? 種を明かせば簡単だ。ギリアスのフネのバウンゼイには特殊なセンサーが搭載されていたからである。

 

 それは彼が宇宙を放浪中に入手した試作品的な装置らしく、例え主機関を停止させていたとしても、空間に残されたインフラトン粒子の微細な波長を捉えて特定することが出来る探査装置であった。

 

 一応、従来品にもインフラトン反応を検知する探査装置はある。だが従来品はインフラトン反応の増減は捉えられても、完全に火を落とし停止したインフラトン機関までは見つけられなかったからな。画期的な装置である。さらには福次効果で移動した後に残るインフラトン粒子の痕跡を辿れるときたもんだ。

 

 つまりヤツが毎回大物と戦えていた理由がそれだ。

 データにある既製品のフネが放つインフラトン粒子の反応は除外し、ワンオフ機的設計のフネが放つ粒子反応を探す。一度でも探査範囲内に捉えられれば、この特殊センサーが痕跡を辿って追跡し、居場所を特定してケンカを売っていたのである。

 

 ある意味ストーカー並みに性質が悪い。粒子波長を特定されてしまった敵は、逃げても逃げても追いかけてくるのだ。敵にはたまらない話だろうが、今回はそれが役に立ったともいえる。

 

 つまりは“敵の敵は味方? イヤイヤやっぱ敵でっせ奥さん……って奥さんって誰やねん”作戦だった訳だ。俺達だけでは戦力としては不足。損害が出るのは避けられない。それならば、戦力を別のところから持ってくればいいって訳で。

 

 そして、ソレは何も味方である必要なんてどこにも無いのだ。第3勢力の存在。ソレらに相手をさせれば良い。その第3勢力とは、現在ゼーペンスト艦隊を蹂躙中のグランヘイムだっただけのこと。丁度良い時に大海賊ヴァランタインがいてくれたってモンよ!

 

 そういえば原作でも同じようにヴァランタインを使った作戦だったな。まぁあっちは別の宙域に敵艦隊誘き出してからヴァランタインぶつけてたけど……。あれ? なんか俺っち忘れてる気がするけど、なんだったっけ? すごーく重要な気がするんだけど……。

 それにしても何であの大海賊はこんな辺境宙域にいたんだろう? 経済が下降気味で、略奪できるほど豊かな宙域じゃないだろうし……。

 

「敵艦隊。ヴァランタインのグランヘイムに向けて攻撃開始。両者交戦状態へと入りました」

 

「これは釣れたね」

 

「ウス。今の内にこの宙域を離脱するッス。全艦ステルスを解除。機関出力一杯、最大戦速!」

 

「「「「「アイアイサ―!」」」」」

 

 オペレーターのミドリさんの報告に俺は顔を上げた。号令により、センサーに見つからないように電子妨害を行いながら潜んでいた白鯨艦隊は、ステルスを解除。敵が減った絶対防衛圏突破に掛かった。もとより電子妨害等はこちらの十八番。海に潜る様に、宇宙に潜るのは初めてではない。

 

 アバリスを手に入れた頃は、軍用の高出力の電子妨害で本家本元の電子戦艦ほどではないが、EAやEPやEMPといった電子攻防戦を行い、奇襲をかけたものだ。いまでは更に光学迷彩を兼ねたステルスモードも加わり文字通り宇宙に潜るように潜む。

 

―――クジラのように、突如現れるから、俺達は白鯨なのだ。

 

 さて、満を持して俺達は静かに姿を現した。ステルスのままいけばいいと思うじゃん? だけど敵さんの宇宙基地がね、小惑星帯によって航路の狭くなる部分のど真中に居座っているんだよな。この狭い航路はギリギリ光学装置の範囲内なのがいやらしい。

 

 ステルスモードは白鯨やアバリスに実装されているけど、いまのところガラーナK級突撃駆逐艦やゼラーナS級航宙駆逐艦には光学迷彩のような高度なステルス設備がない。どうせ見つかるのならば、最初からエネルギー節約の為に解除していた方がましである。

 

 さて、そんな理由から、こちらが(あちらさんにしてみれば)急に現れた事で、宇宙基地のエネルギーが活性化した。そりゃ守備艦隊と宇宙基地の間に反応が現れれば多少は慌てるだろう。

 向こうとしては発進した艦隊とすれ違わなかったのかと思うだろうが、守備艦隊はギリアス達のところに急いでいたのと、こちらがインフラトン機関を切り、予備電源だけで電子妨害を行いながら光学装置の探知範囲外に浮かんでいたら中々気づけまい。

 

 そもそもこちらの認識じゃ、宇宙にいる時に主機を落すなんてことまずしないからな。海賊とかアウトローだとそういった戦法をしているヤツもいたが一般的じゃないし、そもそも向こうは正規軍。こんなアナログなやり方で敵をスルーする方法なんぞ想像も及ぶまいて。

 

「まもなく宇宙基地の射程に入ります。こちらが射程に捉えるまで10分」

 

「リーフ、ストール、頼んだッス」

 

「「アイアイサー」」

 

 もっともウチには腕が確かな砲雷班長と航海班長がいるので心配はしていない。確かに要塞としての側面がある宇宙基地だが、どこぞの英雄伝説の如く航路ごと粉砕するような硬X線ビーム収束砲がある訳ではないのだ。

 

 艦砲を大型化したような連装ターボレーザー砲やミサイル砲台が、ハリネズミのように各所に置かれているが、いうなればその程度である。武装は多いが艦船に比べれば殆ど動かない基地など的も同然であった。

 

 

 

 

 さて、そんな宇宙基地との戦闘は―――やっぱり戦闘といえるもんじゃなかった。てっきり護衛の為に警備艦隊が一個はいると思っていたんだが、どういう訳か一隻もいないかったので、まさしく一方的。

 

 いや反撃は受けましたよ? だけどウチのTACマニューバ回避機動のパターンって豊富だから大体はよけられるし、こっちも反撃の為に近づくと被弾するけど、あちらさんが混乱しているからか火線が集中してなくてシールド抜けなくて、その間にこっちの艦砲で……まぁそんな感じでした。

 

 あまりにもあっけなくて拍子抜け。まさかトランプ隊に出番すらないなんて……でも宇宙基地撃破が目的ではないので、最低限武装と通信設備を破壊したら、あとはすたこらさっさとこの宙域を後にした。迅速に動く必要があるからな。最終目標以外はスルー出来るならスルーすべきであろう。

 

 

 実際、目的の星は目と鼻の先まで迫っていた。

 

 




遅れて申し訳ない。
ちょっと引っ越しがありまして……その所為でネットに繋がらなかったんです。
とりあえず戻ってこれましたので投稿しますハイ。

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