何時の間にか無限航路   作:QOL

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~何時の間にか無限航路・第37話 ネージリンスinゼーペンスト編~

■ネージリンス編・第37章■

 

――――第三研究室―――

 

 

 ズズゥン……!

 

「ええい! うるさいネ! せっかくメンガーのスポンジみたいな構造体をかいせきしとうっちゅうのニッ!!」

 

 高価な研究機材が置かれた研究室。断続的に続く轟音や振動に対し、ついにジェロウが怒鳴り声をあげた。ここにあるのは惑星ゼーペンストに眠っていた遺跡群から採取した様々なサンプルであり、これらを解析することで、失われた古代の英知か、はたまた宇宙という存在の証明への糸口か、ただの人々の思い込みが生み出した虚無なのかを解明できると考えられていた。

 

 ゆえに遺跡サンプルの解析は、彼にとっては何よりも優先すべきことであった。だがそれを断続的に聞こえる砲撃の振動が邪魔している。あの若い艦長はこの崇高なる偉大な研究をしている時に、何を阿呆なことをしてくれているのか。これでは繊細な操作が求められる解析が遅々として進まないではないか。

 

 いまのジェロウにしてみれば外界の事柄など正直塵芥に等しい。むろん常時であれば人間同士の関わりあいがなければ円滑な研究活動などできないと理解しているので、あまりある知性と理性をもって我慢できるが、いまここには自分の生涯を掛けられる研究課題が転がっている。それを前にしては所詮脆弱な人間の理性は、容易く吹き飛ばされるのだ。

 

「まったく、まったくもって度し難いヨ」

 

 地上にいた時、地震で研究中のサンプルが全部壊れたことをジェロウは思い出す。あの時は研究はさせるが安く抑えようと安普請な施設を与えたパトロンや理事会にブチ切れ、殴り込みをかけて研究所を最新式にしたことがあった。ジェロウの研究への熱意はそれだけ強いのだ。

 

 顎を掻きながらジェロウは再び研究に没頭せんと解析操作盤に立つ。彼が立つと自動的にホロモニターが空間投影され、彼は先ほど怒鳴る前にしていたのと同じようにホロモニターをタッチして操作を進めた。

 

 サブのホロモニターには構造解析した結果のグラフィックモデルが映っていたり、常人には理解できない数式などがメモされ、それらが多数浮かんでいた。ジェロウはそれらを見ながら自身が考えられる真理を見つけ出そうと作業を続ける。

 

―――ズドォン……!!

 

「うるさいヨッ!!」

 

「アイタタタ……、何をさわいどるじゃよー、ジェロウくん」

 

 振動で崩れたサンプルの山の中からヘルガが顔を出した。戦闘で慣性重力が働こうが激震で機材が倒れかけようが、研究中は解析操作盤から一歩も動かないジェロウに対し、彼女は大量のサンプルに埋もれていた。

 

 これは戦闘でフネが揺れる度に、積み上げられたサンプルが倒壊するのを防ごうとしていたのだが、ジェロウが地上で張り切って採取した結果、文字通り山のようにあるサンプルを前に、彼女がいかに強力であろうと無力であった。

 

 結果、雪崩を防ぐこと叶わなかった。飲み込まれた彼女は一緒に研究室内を転げまわって、最後は生き埋めにされていたのだ。人間であったらケガをしていただろう。

 

「まったく。たまのおはだが傷つくのじゃよー、と」

 

「なに言ってるンだか。メーザーライフルを受けても傷一つ付かないヨ。キミは」

 

「気分の問題なんじゃよー、と。解らないかなージェロウくん」

 

「解らないナ。解る必要もないヨ。いま必要なのは研究できる正常で厳粛な環境だネ」

 

「……女の弟子にデリカシーがないとか言われたことあるじゃろ?」

 

「数えきれないヨ。――っ! また振動で数値が狂った!」

 

 ムキーっと禿散らかした頭を掻きむしるジェロウ。普段の知的な姿からは想像もつかない狂態であるが、研究対象を前にそんなことは些事である。老科学者は今、研究がしたいのだ。だがそうやって騒いでいたジェロウが突然ピタリと静かになる。

 

「やーめた。やめだヨ。思えば戦闘の中でやることじゃなかったネ」

 

「んじゃどうすんじゃよーっと」

 

 そうヘルガが尋ねると、ジェロウは一言『寝る』と呟いて研究室を出て行ってしまった。相変わらず奔放な老科学者だと思いながらもヘルガは自身が埋まっていたサンプルの山から這い出てくる。多少埃やサンプルのかけらまみれだが傷一つない。見た目よりもはるかに頑丈な体で助かったと彼女は思った。

 

 服についた埃を払った後、彼女は顎に指を当て、んー、と考える。これからどうするべきだろうか、手伝うべき人物がふて寝してしまった場合のルーチンはプログラムされていない。

 

 とはいえ、己はかなりの経験を積んだ古参ドロイドのヘルプGが原型となった存在。原型から受け継がれた深く広く張り巡らされた人格マトリクスのニューロンマップは、合理的でありながら生物的なプロトコルをすぐに再構築した。

 

 目をギュッと閉じ集中する仕草を取るヘルガ。すると彼女の顔や腕に光る文様が浮かび上がってきた。耳をすませばリーンという高い音がわずかに聞こえてくる。幽玄ながらもSFめいたこの光景は長くは続かない。電子の光が彼女を覆っていたのはわずか数秒の出来事だ。

 

 この光はユピのナノマシンの活性化現象と同じものだ。彼女たちの身体、電子知性妖精の筐体は集中した際に放熱を兼ねた独特のエネルギー放射現象が起こる。むろん製作者ケセイヤの趣味である。なんでも強く光ると空間服が透けてボディラインが露わになるとかなんとか。

 

「ふーむ、どうやらヘルガには休息の暇はないようじゃよー、と」

 

 彼女の身体はそれ自体が一つの高性能電算装置に匹敵する。機械的なシステムを活性化させ、艦内システムとリンクすれば、たいていの情報が瞬時に手に入るのである。そしてリンクした結果、現在の白鯨艦隊はどの部署も火の車状態であった。

 

 だがヘルガはその状況を知っても、むしろムフフと笑みを浮かべていた。見た目こそ人であるが人ではないヘルガ。本来サポートドロイドであった彼女のプロトコルからすれば、むしろ現状はサポートし放題。奉仕できる場所が増えて逆に嬉しいくらいであった。

 戦闘中であるので、いささか不謹慎な考えであるが、人間とは違うAIならではの思考といえよう。ゆえにその足取りは迷いなく、もうどこに行けばいいのか理解しているという感じである。まるで散歩のような足取りでヘルガは歩いて行った。

 

 自分を必要としてくれる場所へ向かって。

 

***

 

―――同時刻、ブリッジ。

 

「艦長、ヘルガさんのおかげで各部署の作業効率が3割上がりました」

 

「さすがヘルガ。俺にはできないことをやってくれる」

 

 そこに痺れる憧れる、とユーリが呟くのと、敵の30回目の砲撃がユピテルの近くを掠めるのは同時であったという。余裕そうだが実際は余裕など微塵もなく、彼が呟いたのはただの現実逃避に近かった。

 

 グランヘイムとの戦いは白鯨艦隊にかつてない衝撃を与えていた。それは物理的な意味でもあり精神的な意味でもある。相手は十把一絡げな海賊とはわけが違う、いうなれば天かける竜の如き存在。これまで数多の敵を飲み込んできたいかに白鯨の顎であっても荷が勝ちすぎであった。

 

 やはり艦載機を出すべきだったかと思案したが、ユーリはかぶりを振った。逃げるのを前提としているのに艦載機の発艦命令など捨て駒にすると言っているに等しいからである。

 

 ユピテルには通常のカタパルトはあるが、それらはあくまで加速を与えるだけであり、いちいち固定具にセットするので時間がかかる。重力カタパルトと呼ばれるトラクタービームと反重力を応用したカタパルトなら機体の固定が必要ないので発艦が早く行えるが、場所をとるので一部の国の正規空母にしか搭載されていない。むろんユピテルも装備していなかった。

 

 さらに発艦だけでなく着艦にもそれなりに時間がかかる。一度に複数の発着が可能な大発艦口を持つユピテルであっても着艦した機体を収容し、整備格納庫で固定しなければ次の機体を収容できないのである。即応性には大砲に劣るのが空母の宿命であった。

 

 それに……と、ユーリは想像する。もしもこんな時に傭兵部隊のトランプ隊でも捨て駒扱いしたらどうなるか? ププロネンさんは確実に気が付くだろうし、ガザンさんに至ってはこちらをグーパンで殺りに来るだろう。ユーリには顔をアンパン顔のヒーロー並みにされてから頭をブラスターで撃ち抜かれる姿しか想像できなかった。歴戦の傭兵たちなだけに、裏切りなどには敏感なので使い道が難しいのである。非常にむせる話だった。

 

「くそー……」

 

 こぼれ出た呟きは戦火の煌きに掻き消される。いいようにされている。そう感じざるを得ないような動きをとるグランヘイムをみて、ユーリの中にうっぷんが溜まりつつあった。

 

 ただでさえ、自由な0Gドッグのハズなのに、現地政府に協力させられたりでアイデンティティが揺らいでいるというのに、ここにきて理不尽の襲来となればストレスがマッハである。そりゃ好き勝手やってきたという自覚はあるが、だからといってこれはないだろう。

 

「シールド出力低下。ジェネレーターが異常過熱しています」

 

「ひーん! 艦隊のT.A.C.マニューバ制御プログラム、処理が追いつかないです!」

 

「くそ、出力が足りねぇ。もっと主砲にエネルギー回せないか?!」

 

「無理じゃ! ただでさえサブバイパスまで使ってるのにこれ以上は枯渇を招くぞ!」

 

「うわ、アポジモーターがいくつか吹っ飛んだぞ。姿勢制御がさらに低下。どうしろってんだ!」

 

「デフレクターも……、グラビティウェルに負荷が……」

 

「むむむ……」

 

 あれよあれよと各部署からの悲鳴が。どうしようもない、言葉では言い表せないような絶望感。艦の性能でも負けてない。クルーの練度だって信頼している。なのにこの一方的なまでの差。一体何が悪いのか理不尽な仕打ちとはこうも頭が痛くなるのかと、日ごろの行いを鑑み始めたその時である。

 

「S級3番、7番艦、K級4番艦、KS級3番艦が直撃を受けてまとめて轟沈しました」

 

「……あ゛っ?!」

 

 それは、おそらくは旗艦狙いの砲撃であったのだろう。その射線が運悪く菱形の輪形陣でユピテルを囲っていた彼女たちと重なって青い火球へ変えてしまった。あまりにもあっけない、まるで段ボールを切り裂くような容易さで、愛着あるフネが破壊されるのを見た瞬間、プッツンと、ユーリの中で何かが切れた。

 

「ふふ、フフフフフ―――」

 

「え? ちょっ、ユーリ?」

 

「―――いったい、いくらかかると思ってんじゃぁぁぁいい!!!」

 

「落ち着け! 冷静にならないとだめだよ!」

 

 Gaooooo!! とそれはそれは怒髪天を突かんばかりに、ユーリの怒りが有頂天になった。トスカの声は聞こえていたが怒りに燃えたユーリには届かない。駆逐艦ならばまだよかった。小型でコストも抑えめなので再建も容易い。だが巡洋艦は当然ながら駆逐艦よりコストが高い、そして戦艦や空母は言わずもがな。

 

 さらにはフネの性能を発揮するには改装やモジュールの搭載が欠かせないが、轟沈していく艦隊所属の僚艦を見た瞬間、ユーリの中でこれまでマッドの指示で行った改装費用が瞬時に脳内を駆け巡り、そして永遠に失われてしまったその改装コストに号泣し、冷静さを失わせてしまったのだ。

 

 また、無人艦に装備されたコントロールユニットモジュールのAI達が破壊されたことにも怒った。あれらはユピの廉価版であり、いまのところ自我はなかったが、将来的には機能の増設でユピ並みにしようと考えていたのだ。なまじユピがいい具合に自我が成長し、クルーの一人と認めていたからこそ、その怒りの度合も大きくなった。

 

 それらがまぁ合わさりあって、要するに、キレていた。

 

「ファ〇ク! フ〇ック! ぜってぇ許さねぇッス!! こうなりゃタマとったるどイテマエゴラァァ!!」

 

「落ち着けこんのお馬鹿!」

 

「あびょっ!? いてえぇ……」

 

 何を思ったか、艦長席のコンソールから全砲発射指示をしようとしたユーリを、トスカが慌てて殴りつけて止めた。英断であった。

 

 何故なら全砲発射指示はあらゆる武装に施されたバーストリミッターを解放し、放熱などに必要なインターバルを無視しての連続斉射を行わせるモードである。仮に使われていたら艤装はボロボロ、フネに残るほとんどのエネルギーを消耗してしまっていたことだろう。

 

 この攻撃の時には、シールドに回すエネルギーも攻撃に回すため、必然的に全砲発射中のシールド出力は低下、もしくは霧散してしまう。全砲発射は確実に仕留められる時でないと使用してはならないのである。

 

 怒りに若干我を忘れたユーリは怒りのままに行動しようとして、慌てたトスカに殴られて何とか動きを止めた。殴られたのと、その反動でコンソールに叩き付けられたので二つのたんこぶを作り、痛みと共に学習した。冷静さを失ってはいけない、Be,Koolだと。

 

「Coolッスよちくしょーメ」

 

「ふん、頭冷えたかい? 馬鹿な真似はするんじゃないよ」

 

「カッとなってやった。反省してまーす」

 

「もう一発ほしいのかい?」

 

「あ、これ以上はおでこから血が出るので勘弁してください」

 

 頭を下げるユーリ。どうやらいつもの能天気男な雰囲気に戻ったらしいことを察して握っていた拳を静かにおろすトスカ。尚、この一連の茶番とも呼べない光景を見たユピはAIなのにあっけにとられ、そのせいで駆逐艦の制御がおろそかになって中破させていたが、だれも気が付かなかった。

 

 とにかく、ユーリはムカッ腹は立つが一応冷静になった。トスカはそれを見て忙しいのにまったくと呟きながら副長席のコンソールに向き直りユーリの方を見もしなくなった。本当にいろいろと忙しくかまう余裕がなかったのである。

 

「……とにかく、このままじゃいけねえッス」

 

 非常に不味い状況である。ユーリは原作ではどうだったかを思い出そうとした。しかし頼りになる原作知識もここにきては頼りにならない。すでに道筋はだいぶ変わってしまっていた。

 

 まず、本来ヴァランタインとの対面は地上の遺跡の中である。逃げ出したバハシュールを追いかけ、逃げ込んだ先の遺跡がエピタフ関連でなんやかんや色々あって、いろんなことの一端がわかるのが原作ルートだ。

 

 しかし、ユーリはバハシュールを追わなかった。特に考えもせず部下に命じた。それだけである。しかしそんな些細な選択の違いが、大きな羽ばたきとなって今を揺さぶるというある種のバタフライエフェクトを引き起こしたのだ。

 

 原作知識とは予言のようでそうではない。いうなればとある未来へのシナリオだ。しかしどんなに正確に描かれたシナリオであっても、それを演じる役者が好き勝手すれば、シナリオは崩壊するのは当然の事なのだ。それを軽視、いやむしろ全く考えていなかったユーリが原作知識縋ろうとしても、それはただのピエロにしかならない。

 

 なので、そういえば原作でこんなイベントないじゃんという事を思い出すのに時間はいらなかった。ちくしょう少し前の俺の馬鹿と憤慨しつつも、まぁ好き勝手するならこういう事もあるという諦めが混在し複雑な心境になるが、そういうのを嗜む時間はない。

 

 何かないかとない頭をひねり、そういえば原作ルートでの自治領制圧の時はどうだったかを思い出すユーリ。少しして、そういえばとある事を閃いた。

 

「すまんユピ。忙しいだろうがちょっと近隣の航路チャートこっちにくれ」

 

「あ。ハイ」

 

「その間トスカさん指揮頼むッス」

 

「ああ解った」

 

 肉を切らせて骨を断つような、一発かませる方法。それを実行するにはこの宙域にあるハズのモノが必要だ。激しい砲雷撃戦のさなか、一人チャートを覗き込むユーリ。いくつかデータをスライドし、そうしてお目当てのブツがこの宙域に存在していると知った時、彼は口角を歪めて喜んだ。

 

 

 いける、少なくともこのままやられたりはしなくて済む。だがそれまで艦隊が持つのか……、ちがう持たせるのだ。逃げるんじゃない、戦うために移動するのだ。そうと決まればすることは決まっていた。

 

「素敵だ。これで理不尽に遊ばれるだけじゃない。これで戦争が出来るッス。全艦に通達! これより艦隊はこの座標へと移動するッス!」

 

「敵に背を向けるのかい!?」

 

「違う! その為にチャンと小細工するッス! さぁ早くするッス!!」

 

「アンタ、何考えてるのさ?」

 

「時間がないから詳細は着いてからのお楽しみッス! さぁ早く動くッスよ! ハリー! ハリー! ハリー!!」

 

 ここにきてユーリが出した移動命令に対し、トスカはここまでやられたのにしっぽ巻いて逃げるのかと問い詰めようとした。しかしユーリが真剣に……、いやさ非常に楽しそうに歪んだ笑みを浮かべているのを見て、どこか身体の毛穴が広がるようなゾワリとしたものを感じ取り、それ以上の追及を言い出せなかった。

 

 こいつは何かを仕出かそうとしている。悪戯を思いついたように純粋なのに、とてつもなく邪悪ともみえる凶相。これはそういう貌である。だがえてしてそういう表情を浮かべるヤツは、良くも悪くも大体とんでもない事を仕出かすことをトスカは経験で知っていた。

 

「あーもう! あとでちゃんと説明しな!―――皆聞いた通り、この馬鹿の命令だ! ちゃちゃっと動きな!」

 

 だから信じたというわけではないが、トスカは頭をガシガシ搔きながらそう言い放った。少なくともヴァランタイン相手に普通の手段では逃げられそうもないのは明白。ならば守って磨り潰されるよりかは賭けてみよう。そう考えたトスカの号令がブリッジに響いた。ある意味でユーリは信頼されているといえよう。悪い意味で。

 

「それじゃあまずはこの場を何とかする方法をソッと話そうッス」

 

 こうして白鯨艦隊は移動を開始するのだった。

 

***

 

 さてユーリが方針を転換したことにより、ジリジリ押されているだけだった戦況に変化が生まれた。押されているには変わらないが、より激しい反撃へとシフトしたのである。事情が知らないモノが見れば、それは叶わないとみてやけになったようにも見て取れる。遊んでいるつもりがヴァランタインにあるならば、確実に乗ってくるだろう誘いであった。

 

「艦隊の後進速度さらに加速中。敵艦も増速しました。相対距離変わらず」

 

「S級が前に出ます。エステバリス展開完了しました。準備完了です」

 

「こちらの攻撃の回転をあげる。敵にはただ無様に逃げているように思ってもらうッス! アバリス、ガトリングレーザー砲、撃ち方はじめ! アバリス砲撃後に各艦も撃て!!」

 

 アバリスの上甲板が開き、ゴテゴテと大小さまざまな砲が括りつけられたキメラレーザー砲、ガトリングレーザー砲がせりあがった。戦艦が持つ高い出力により瞬時に砲身から光子が零れ、様々な固有周波数を持つ青いレーザーが解き放たれる。

 

 強制冷却器から冷却の白いガスが排気され、その独特の振動がレーザーの散布界を独特な動きのある流れに変える。グランヘイムは相変わらず回避することなく、アバリスが放つ弾幕に切り込み、凝集光とシールドがぶつかり合い青い火花と電光が空間を満たしていった。

 

 エンジン出力と冷却装置の許す限りアバリスの砲撃は止まらなかった。砲身が赤熱し始めても砲撃は終わらない。拡散するレーザーのほとんどはグランヘイムのシールドに阻まれ、その装甲板に一ミリの傷すらつけられないが、それで問題なかった。

 

 アバリスに続くように他艦も限界まで出力を回したレーザーをグランヘイム目がけ撃ち込んだ。それらのレーザーはアバリスの出す弾幕に紛れてグランヘイムのA.P.Fシールドに到達し、それを突き抜けた。

 

 A.P.Fシールドはレーザー砲弾、指向性エネルギーの固有周波数に干渉するフォースフィールドを展開し、減衰拡散を行わせるシステムである。レイヤー展開する防御力場は確かにレーザーを散らすが、完全無比な防御システムであるわけではない。

 

 レーザーを受けた防御力場は、込められたエネルギーに応じて出力を弱める。それは初撃にユピテルが放った単装主砲の弾着確認で検証されており。グランヘイムであってもシールドの減衰は引き起こされていた。であるならば、出力減衰を回復するよりも早く次弾を撃ち込めば、あるいは出力低下で機能不全となったシールドにもう一度当てられれば突破できるのは道理であった。

 

「敵艦のシールド突破、ですが敵に損害無し」

 

 だがやはり隔絶した防御力を持つのか、砲身寿命を縮めてまで出力を高めたレーザーであってもグランヘイムの装甲板を軽く削る程度であった。だがそれを見てもユーリは驚きはしなかった。そうでなければ敵が伝説に例えられる暴れん坊と言われるわけがないからだ。

 

「思った通り装甲もなにか処理されてるッスね。まぁレーザーで沈むくらいなら苦労しないッス。さぁてユピ、S級に信号をおくれ。艦載機の出番だ」

 

「はい艦長」

 

 旗艦ユピテルからの命令が無人艦へと送られる。前に出ていたS級各艦の飛行甲板にはかれらが搭載する人型艦載機のエステバリスが並び、VFと共通する手持ちのミサイルポッドをグランヘイムへと向けていた。

 

 攻撃命令が来てすぐにエステ達のコンバットAIはプログラムに従ってミサイルを投射する。一斉射ではない、後方に控えた機体が飛行甲板に繋がる格納庫から装填済みのポッドを取り出し、撃ち終わった機体に投げ渡した。撃つ撃つ撃つ、装填する装填する装填する、これらが繰り返され多量の小型ミサイルが連続投射されていった。

 

 それはまるで在庫一掃セールの如きであった。弾薬庫なんて倉庫に変えてやると言わんばかりにミサイルを全て打ち出していく。これはユピテルに搭載されたVFも同じで、少しだけ開いた大格納庫のブラストドアの隙間に並んだガウォーク形態のVF達も同じように艦載機の対艦ミサイルを撃ちこんでいった。

 

 投射されたミサイルは艦載機がキャリアーとなって現地に運ぶ物だから、当然なのだが航続距離はフネのミサイルに遠く及ばない。しかしここは宇宙空間、遮らなければほぼどこまでも直進できる真空の世界である。グランヘイムとの相対速度を計算し、かのフネの速度が通過するであろう座標目がけ時間を図って投げてやれば理論上は命中する。

 

 余裕の表れで回避をあまりしないグランヘイムは、もはや流れる宇宙機雷のようなミサイルの中へと自ら突っ込んだ。爆発の花がグランヘイムを覆いつくす姿を白鯨艦隊の光学センサーは捉えていた。ミサイル同士の爆発に巻き込まれて7割ほどは関係ないところで連鎖爆発をおこしていたものの、グランヘイムを多大に揺らすことには成功していた。

 

「あんなにミサイルを受けて対空砲火一つ動かさないとは……すさまじいな」

 

 ミサイル攻撃を観測していたサナダの呟きは皆口には出さないが思っていたことであった。艦載機用の対艦ミサイルとはいえ、通常のフネが喰らえば骨組みしか残るまい。であるのに攻撃を喰らっているグランヘイム級の装甲はどんな性能を持っているのか想像もつかなかった。

 

 されど、さすがに煩わしくなったのか、三段目のミサイル攻撃が届く直前、グランヘイムを楕円上に包み込む歪みが現れた。デフレクターを起動したのだ。かのフネのデフレクターはこれまで観測されたことがないほど強力であり、ミサイルはもちろんのこと合間に放つレーザーすらも偏向させるという恐るべき防御システムであった。

 

 ミサイルもレーザーも効かないのでは打つ手がないのでは? 

 

 だが、これも想定の範囲内であった。

 

「最終段階ッス。ケセイヤさん例のミサイルの準備は?」

 

『いつでもいけるぜ』

 

「それじゃあ撃て。全部だ」

 

 あいよー。そう軽い返事をケセイヤが返すのと同時に、弾薬庫にある最後とケセイヤ達マッド達に準備させた特製のミサイルが発射された。その特製ミサイルはミサイルと呼ぶにはあまりにも不格好に過ぎた。スレンダーなロケット型とはかけ離れたゴテゴテと取り付けられたそれはジャガイモに似ている。

 

 ふつうのランチャーでは入らないのでVFが手投げしたミサイルは、ほかの通常ミサイルと混ざってグランヘイムへと向かい、かのフネのデフレクターに他と同じく遮られ、そして中身を盛大に撒き散らした。

 

「着弾、効果は―――センサー波の拡散を確認。光学映像でもグランヘイム視認できません」

 

「よし! いまだ! 逃げろ!!」

 

 ユーリの号令が響き、各艦が急速転回して加速していった。グランヘイムの周りには、まるでパレットの絵具をバケツにぶちまけたような様々な色のガスが浮かび、その姿を完全に覆い隠していた。

 

 マッド特製のミサイル、それは格納庫の可燃物や既存の煙幕やチャフ、さらには彼らの試作品やら何でもかんでもをとりあえず接着したミサイルであった。いうなればチャフのカクテルといってもいいだろう。デフレクターに遮られても中のチャフや煙幕ガスはデフレクターに沿って周囲の空間に拡散する。

 

 センサーも光学映像も封じられれば、大体のフネは目と耳を封じられたに等しい。宇宙での撃ち合いは高度なセンサーが必要不可欠であり、それらを封じられれば命中率は格段に下がる。

 

 むろんチャフ煙幕カクテルの範囲外に突き進まれれば意味を無くすだろう。だがその一瞬の隙があれば十分であり、艦隊各艦のアポジモーターとスラスターはその意義を最大に発揮して、数万トンの巨体たちを瞬時に反転させることに成功していた。勝てない相手なら勝たねばいい。負けなければ問題ないのである。

 

「艦隊は加速状態に入ります。本艦も続きます」

 

 旗艦ユピテルが殿を務め、白鯨艦隊はこの宙域から離脱したのだった。

 

***

 

―――同時刻、グランヘイム・ブリッジ

 

「あーらら、獲物さん逃げるみたいやでキャプテン」

 

 戦闘照明で薄暗いブリッジの中で子分の一人が呟いた言葉に、このフネの長であるヴァランタインはあごひげを撫でながら、逃走する艦隊の背を見つめていた。

 

「まったくもって小賢しい連中だな。煙幕なんぞ今時使うヤツなんぞ見たことがない。あれだけいいフネを使っている癖にな」

 

 そう言ったヴァランタインの視線の先には、先ほどの戦闘で観測した敵の旗艦が映るモニターがあった。白く滑らかな装甲を持つクジラの頭を想像させる船体、装備する砲も大きさに見合った威力であり、こちらの宇宙で初めての手ごわい相手だと少しだけ期待した手前、逃げ出したことに少し落胆している。

 

「どないします? このまま放置するんやろか? だったらワイは戻ってもええか?」

 

「お前は本当に自由だな」

 

「それが海賊ってもんや。特にワイはいま忙しいねん」

 

 そう語る子分にまったくという眼を向ける。どうやら戦闘がひと段落したので己の趣味を優先したいらしい。自分という存在に付き従う同士であるが、どういうわけかアクと癖の強い輩ばかり集まるのはどういうわけやら。

 

「プラモはあとだ。それよりも―――」

 

「追いかけるんだろヴァランタイン」

 

「来ていたのか。お前、研究で籠ると聞いていたがやめたのか?」

 

「おいおい、あんな綺麗なフネがいるんだ。直接ブリッジから見ないでどうするよ」

 

「やらいでか」

 

 

 ヴァランタインの言葉を遮って、彼の近くに歩み寄る人物。近眼なのか瓶の底のような眼鏡をかけ、本当に人類かと言いたくなるくらいサルににた面構えをした男は、敵の旗艦を見ながら、おーすげぇなと呟いている。

 

 この男、ヴァランタインの部下ではない。いうなれば友人もしくは悪友であった。グランヘイム級建造にも設計から携わった男であり、自分よりも遥かに背が低いが遥かに賢い旧知の友であった。

 

「で、おいかけるんだろう?」

 

「ああ。小細工だったが俺達に抗ったんだ。ならば応えてやるのが男だろう」

 

「まぁな。男なら敵に殴られたら徹底的にやり返すもんだ。ま、俺としては新しい技術が使われてそうなフネだから? そこを知りたいのが本音だ」

 

「なるほど、目的はそっちか」

 

「あとな。あのフネには“アレ”の反応もある。連中もってるぜ、アレを」

 

「そうか、そうか! ならば余計に逃がすわけにはいかなくなったな!」

 

 ただの獲物かと思いきや、必要としている物を持つ獲物だったとは、めぐりあわせとは時に運命的だとヴァランタインは呵々大笑する。白鯨艦隊、完全に目を付けられたのだが、まだユーリという存在にヴァランタインは気が付いてはいなかった。

 


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