何時の間にか無限航路   作:QOL

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※注意
 今回は解説回でセリフが少なく、また割とシリアスに加え原作のネタバレを含みます。
 気になる人はスルーしてください。


第七章 事象揺動宙域The迷子
~何時の間にか無限航路・第39話 事象揺動宙域編~


■事象揺動宙域編・第39章■

 

 

 さて、戦いから四日が経過した。

 

 時間が飛んだが、その間に起きた事なんてフネが動くようになるまで一日掛かり、その後あてもなく動き出しただけなので少々割愛する。

 そんなわけで何とか宇宙を進んでいるが現在いる宙域についてちょっとまずいことになった。そのことについて宇宙の事象にも詳しいジェロウ教授を加えて分析した結果、俺たちはとてつもなく特殊な空間、宇宙揺動宙域へと迷い込んだことが判明した。

 

 

事象揺動宙域―――

 

 それは一般に宇宙の揺らぎと言われている、宇宙各所に点在する宇宙版サルガッソーである。そこは時間と空間と因果律。次元世界を支える要素が散逸した状態で漂っており、子宇宙の形成過程にて複数の子宇宙同士が重なり合って形成された空間であるとされ、位相空間の測定が不可能となっている。

 奇形的ワームホールの一種だと考えられているが正体は不明であり、しかもその特性から実地研究がほぼ不可能な場所である。この場所は、そこに迷い込んだ者の全ての要素、存在確立を限りなくゼロに拡散させるという現象が起こるとされるからだ。

 

―――これが外の、事象揺動宙域を見たジェロウ教授の説明だった。

 

 正直なところ非常に分かりにくい。なんせ用語だけ見ても数学や幾何学の世界である。量子力学や空間関連を専門としていなけりゃよくわからないだろう。

 

 俺的にまとめると、複数の子宇宙が混在している所為で位相空間……何かしらの要素(情報)を内包し近傍として決定された空間で、つまりは俺たちがいる宇宙の法則が及ぶ空間のことだが、今いるこの空間はそれが凄まじく適当な状態で揺らいでいる場所であるらしい。多分。

 んで、ここにいると位相(情報)として収束した状態が緩んで揺らぐ、つまりは存在が微粒子レベル以下の要素にもならない何かへと広がってしまうのだ。

 

 まるで東の方にいるお酒が大好きな童姿の鬼娘の能力みたいである。もっとも密とならず拡散するのみで、それがここに迷い込んだ全員に及ぶというムリゲー状態であるが……、まぁそれは置いておくとしよう。

 

 その存在はこれまで外側からの観測においてのみ認めらてきた。その環境があまりにも特殊な為、中心へ探査船を送ったりできないからである。問題は白鯨艦隊がそんな特殊な宙域である事象揺動宙域を進んでいるということだ。

 何でこんなややこしい場所にいるかといえば先の戦闘の影響でここへと飛ばされたからである。あの戦いにおいて、俺は艦隊をグランへイムに肉薄させた。保身なきゼロ距離射撃とか肉を切らせて云々に近い戦法で鋼と鋼を激突させたのだ。

 これは文字通り体当たりであり、本来はパージ機能を使って船体中央に位置する戦斗略奪ボディを丸ごとヴァランタインにプレゼントする予定だった。

 

予定では―――

 

 ヴァランタインに体当たりカマス → 推力比で圧倒に持ち込み中央船体をパージする → 中央船体がグランへイムをデッドゲート外壁に縫い付ける → その間に分離したリングボディはステルスモードで逃げる

 

―――とまぁ、こういう流れとなるはずだったのである。

 

 旗艦であるズィガーゴ級改ユピテルには分離機構という特別な仕掛けがあった。これは元々海賊が運用する本級が正規軍や強い敵と遭遇した際、ブリッジがあるリングボディ、格納区画がある中央の戦斗略奪ボディ、牛の角を模したウィングボディといった三つのパーツに分かれて逃げる為の機能であった。

 しかもその逃げっぷりは徹底しており、本来のズィガーゴ級ならば、なんと装甲板の隙間から滲み出す特殊液状発砲スチロールでガワだけ本体に似せて形成した熱源入りデコイまで作り出し、あらぬ方向へデコイを飛ばしつつ本体は別方面に逃走。後に合流して合体するという充実ぶりである。

 

 改装したことでデコイ精製機能はオミットされたものの、分離機構だけはもしもの時にと残されており、今回はそれをやや攻撃よりの方面で使おうとした、というわけである。

 それらを生かして計画では分離したボディがグランへイムをデッドゲートの外壁に縫い付ける……はずだった。この計画が狂ったのは、そこまでも無茶をしたにも関わらずグランへイムと推進力で拮抗したのと、とある偶然が起こった所為だった。

 

 グランへイムとの激突した瞬間だった。凄まじい振動に皆が歯を食いしばり耐える中、いざ戦斗略奪ボディをパージするというタイミングで、突如として絹を裂くような悲鳴がブリッジに響いたのだ。

 俺はこのあたりで意識を失っており記憶が曖昧だが、当事者であるヘルガとキャロの証言によると、なんとこの二人は直上にあるダクトから落下し、俺に命中したらしい。

 

 後にトスカ姐さんやユピといった第三者からの証言も交えてまとめたところ、落ちて来たヘルガは俺に怪我を負わせまいと、足を艦長席のアームレストと椅子の隙間に絶妙に入り込ませて、座っていた俺と対面して座る感じで着地したらしい。道理で後で目が覚めた時にアームレストが破壊されていたわけだ。

 そこで終わりならまだヘルガのウルトラQで済んだが、しかし彼女の背後にはまだ落下するお嬢様キャロ嬢がいた。空中で動けないキャロ嬢はなすすべなくヘルガに激突。着地直後で微妙な態勢だったヘルガは、その衝撃に押されてしまう。

 

 この時に俺は全人類男子が羨むことに、ヘルガの豊満な女性の谷間に吸い込まれたそうだ。その瞬間を目撃していたらしいトスカ姐さんが証言した際、俺に対して彼女から放たれた凍てつく眼光ときたら……、思わず違う世界の扉を開きかけた。

 なお何故か背後に黒き波動を纏う妹様が居たような気もするが、それはきっと気の所為だったに違いない。そう思いたい(切実)

 

 とにかく、一応は美女の姿をしているヘルガの胸に包まれた訳だが、真に残念なことに俺は全く覚えていない。何故ならキャロ嬢が落下の勢いで押したから、そのキャロ嬢落下の衝撃がヘルガを挟んで俺にも襲い掛かっていたからだ。

 しかもだ。この時ヘルガの胸元にはエピタフが入っていたそうだ。どうしてそんなものを持っていたのかは後で知ったが、兎にも角にも、そのダイヤモンドより硬いらしい謎物質でできたアーティファクトが、少女一人分の落下エネルギーを携えて俺のデコを叩いたのだ。

 これは鉄板の入ったボクシンググローブでデコを殴られたようなものである。俺が気絶するのも致し方ないことだった。下手したらデコが陥没骨折とかシャレにならん。

 

 幸いヘルガ自身がクッションになってくれたおかげで大事には至らなかったが本当にヘルガがエピタフさえ持っていなければ、俺は多分パラダイスを感じられただろうからだ。全人類男子なら羨む美女からのパフパフを、な。その後の女性陣からの視線が怖いけど……。

 

 まぁ、そんでこんな気の抜けた感じで俺はエピタフとの接触した。これがいけなかった。ヘルガの胸元にあったエピタフが俺に触れたことで、エピタフが持つ隠された力が起動し、デッドゲートを光で覆いつくしたのだ。

 何がどういう原理か知らないが、ブリッジを満たした光はブリッジの装甲板をたやすく貫通。壁が壊された訳ではないが透過した光が外へ漏れ出して、その光は死んでいた筈の門を瞬時に包み込むと、何処へ繋がるか分からないボイドゲートへ変えてしまったとさ。 

 

 どうしてこうなったか? それは俺はというか俺の憑依先の主人公にある秘密が関係している。それは“観測者”と“追跡者”にまつわる秘密だ。原作におけるユーリの生い立ちの根幹であり、同時にチェルシーやヴァランタインやまだ見ぬ銀河の英傑たちの多くも関りがある。

 

 そして、この身は……本来の主人公であるユーリは“観測者”であった。

 

 観測者と言っても、星を眺めたり近所のふろ場を出刃亀する奴らのことなどでは断じてない。その存在は宇宙の外側にいる“この宇宙を観測する存在”量子力学的高次元空間の所属する知的生命体オーバーロードにより生み出された存在である。

 

 以前、インフラトンインヴァイターの原理で、母宇宙から子宇宙を観測できないとしたことがある。プランク定数や波動係数が異なる子宇宙は宇宙連続体における下位構造体であるが、上位構造体にあたる母宇宙側に所属するこちらはそれを観測する術がなく、せいぜいが思考実験くらいであるからだ。

 

 だが、彼らオーバーロードはそれを行える。あるいは直接的ではなく間接的に行うことができるのである。この場合の観測とは、それこそ量子的に絡み合った宇宙全体が記述されたマクロな波動係数を観測し、確定して別宇宙の材料とするという、真面目に考えると頭から煙が出そうなことを行うことだ。

 要するに宇宙ってのは色々混ざってて不確定だから観測という行為で確定してしまおうぜという話。確定って、時間は止まらないし宇宙は移り変わっていくのにどうやってと思うかもしれないが、そこは量子ゼノン効果とかでデコヒーレンスにしてしまうとかなんとか。

 

 つまり、何かといっぱい観測すると、観測している瞬間は観測対象が止まってるようなもんなので、連続して観測すれば究極的には動かないのと同じであるのが量子ゼノン効果であり、すなわち固定化された宇宙として情報が収束するという……自分で語って訳が分からなくなってきた。

 

 兎に角! そんな オ ー バ ー ロ ー ド の思惑に沿って造られた観測者は、遺伝子レベルで観測することを、強いられているんだッ! 自覚症状はほぼ在りますンッ!!

 だからなんだと言われれば! そういう存在だからエピタフを無自覚でも使えてしまうのだよッ!! 人類は滅亡するッ!!! ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー

 

 ………これが冗談じゃないのがなぁ。

 

 まぁとにかくである。俺の身体はそんな特別製なので、エピタフとの接触によって、その隠された力を無自覚に開放してしまったというのが真相だ。

 しかも、エピタフやボイドゲートといった遺跡の大部分は外側の存在が観測装置として設置したものだ。同じく観測装置である観測者にも何かしらの繋がりがあるというのも頷けるというものである。

 

 嘘みたいだがこの世界ではホントの話。考えてみたら主人公に憑依した俺という存在が、数多あると考えられている多世界構造を肯定しているんだよな。そう考えると皮肉なもんである。俺の存在自体が世の真面目に研究している方々に喧嘩売りまくりなんだからな。

 

 それで、俺が観測者でエピタフの力を引き出して何が問題なのか。

 それは俺たちが戦っていた場所がちょうどデッドゲートの中心部分だったことにある。そこはボイドゲートにおける転移ゲートが展開される場所だ。

 あとは言わんでもわかるだろうが、互いに推進力全開で衝突していた俺たちが動けるはずもなく、開かれたゲートに飲み込まれてしまった。

 この段階ですでに気絶していた俺は“なんの光!”と叫ぶこともできず、哀れ艦隊は事象揺動宙域へと流された。そういう訳である。

 

 ああ、それと肝心のエピタフをヘルガが持っていた理由だが―――

 

 考えればわかることだった。ゼーペンスト自治領でジェロウ教授はエピタフ遺跡に向かいサンプルを集めたのだ。その時にエピタフが混入してもおかしくはなかったのだ。

 なにせ遺跡に向かう時に教授は強襲揚陸艇VB-0AS『キーファー』を一機丸ごと使用している。あの後読んだ報告ではサンプル収集の為に人員を何名か帯同していたらしい。

 ジェロウ教授自身はエピタフの権威であり、エピタフというアーティファクトがどういう物かという知識を組成まで含めて知っているが、彼に人足として連れていかれた一般のクルーたちに、そこまで深い知識はない。

 

 あの時、教授は艦隊があまり長くゼーペンストに留まらないと理解していたので、おそらく遺跡に落ちているのを何でもかんでも全て持ち去らせるよう指示をだしたんだろう。その時に紛れ込んだのだとみていい。

 後に聞いた話によると第一次グランへイム戦の時、ヘルガは研究室で教授の補佐をしていた。集められて無造作に積まれていたサンプルの山の整理中にサンプルの雪崩にあったそうだ。

 その時にエピタフがヘルガの胸元に入り込んだんだと思う。普通人間なら異物が服の中に入り込んだら取り出すものだが、ヘルガは電子知性妖精であるので感覚が人間とは大きく異なるところがある。

 ヘルパードロイドとして働くのが大好きなので、その働きに支障が出ないところはいささか無頓着だったのだ。その所為で俺とエピタフがゴッツンコとか、ある意味ヘルガらしいと言ったらヘルガらしいんだろうよ。やれやれだぜ。

 

 

***

 

 

「すっすめーすっすめー。んで進路はこのまま適当に~ッス」

「はい艦長……」

 

 まぁそんなわけでありまして、俺は何時ものように艦長席に座っていた。そばにはユピの電子知性妖精筐体が立っており、相変わらずファジーな指示を出したにもかかわらず頷いて見せていた。

 

「それにしても暇ッスねぇ。マッドの巣でも漁ろうかな」

「マッドの巣ですか? 当艦にそのようなモジュールは搭載されておりませんが?」 

「…………やっぱり何処にもいかねぇわ」

「そうですか? わかりました」

 

 腰が浮き上がらせかけたがユピが発した言葉を聞いて、俺は再び艦長席に背を預けた。倉庫……倉庫かぁ。やっぱり“そうなる”んだよなぁ。

 

「………ところでさ。今日はだれか他の人は見ていないよな?」

「え? 他の人、ですか? 他の人と言われましても“このフネには艦長と私しか乗っていませんが?”もともと“空白”の寄港記録や乗船記録にもなにも“記録されてません”し……」

「ん。へんなこと聞いた。忘れてくれっス」

 

―――さぁて、ユピの首を傾げる所作は可愛いと思うけど、そろそろ問題を直視しよう。

 

 もしも今の光景を俺意外のクルーが見れば違和感を覚えるだろう。普段なら茶々を入れてきそうなトスカ姐さんの声もせず、真面目に働くミドリさんの姿も、眠そうなミューズさんも、駄弁っているストール&リーフの姿もここにはない。

 ここにいるユピにも違和感たっぷりだ。かなり成長したハズの彼女なのに、今の彼女はまるで“生まれたての頃”の彼女とほとんど変わらない。むしろもっと悪いかもしれない。兎にも角にもいえることは、俺はいま“たった一人”でユピテルにとどまっているってことだ。

 

「………うん」 

「あ、艦長。どこへ行かれるのですか?」

「トイレ」

「お供は「いらんですよ」ではここでお待ちしています」

 

 すたすたとブリッジから出る。ブラストドアを潜りドアが閉まる直前に後ろを振り返ってみれば、“まるで人形のようになったユピ”が身動ぎ一つせず停止していた。人がいないと動かなくなるのか。

 

 

――――それを見た俺は舌打ちするのを止められなかった。

 

 

 とりあえずブリッジを出た後、トイレには行かずに慣れ親しんだ艦内を徘徊した。エレベーターに乗ったりトラムに乗り込んだりと移動手段には事欠かない。というかこういうの使わないとフネの中で遭難しかねない程、このフネはだだっ広かった。

 ともすれば誰かとすれ違えるかもしれない。そんな期待が無かったと言えばうそになるだろう。 だがどこに向かおうが俺を迎えるのは無機質な機械の駆動する音だけ。人の気配はそれこそ最初からいないと言わんばかりに何一つない。

 自分の靴の音だけが通路にこだまするのを聞いて、まるで綺麗な幽霊船にでも迷い込んだ気がした。静かすぎて耳が痛くなり衝動的に耳をふさいで通路を走り抜けたのも何度かあった。それだけ気を紛らわせたかったからだった。

 

 ジェロウ教授、ミユさん、サド先生、ガザンさん、ププロネンさん、ルーベ……誰一人として見知った顔が見つからない。

 研究室。乗員室。医務室。シップショップ。格納庫。機関室。交代勤務制であるため必ず誰かがいるであろう部署ばかり出向いてみたが、誰も居ない。

 

 どの部屋も、さっきまで誰かが居た感じに物が置かれている。だがそのどれも個人を特定する物品は無く、特定できる他の誰かが居たという証拠はなにもない。

 振り返れば、誰かがドッキリ大成功の看板でも出していないかと、何度も振り向いた。

 しかしいくら振り向いてもただ静寂がそこにいるだけで、慣れ親しんだ喧噪も暖かさもそこにはなく、締め付けるような寒さだけがここにはあった。

 

 俺はまるで追い立てられるようにして速足となり、気が付けば食堂にまでやってきていた。普段ならば交代制で食事をしているクルーが必ずいる場所。タムラ料理長が腕を振るい、コックたちが飾り立て、そして食堂のマドンナであるチェルシーが出迎えてくれる場所。

 

 だが、ここも他の場所に違わず静まり返っていた。広い食堂には誰一人いない。

 いい加減歩き疲れた俺は、一端落ち着こうと自販機から飲み物を取り出し、近くのテーブル席に座る。自分の息する音以外は何も聞こえてこない。

 

 

 そもそも俺が一人になってしまったのは10時間ほど前に遡る―――

 

 

 一緒に飛び込んで破壊された僚艦をニコイチで修理素材としたり、意識が戻ったキャロ嬢と再会して意気投合したけど結局怒れる従者ファルネリにドナドナされたりなど色々あったものの、フネは当てもなく事象揺動宙域を進んでいた。

 

 この時の俺は、かなり楽天的に考えていたのだ。エピタフが反応したのならば、原作の通りにエピタフに願うことでどうにかなるはずだと、どこかで考えていた。

 

 原作だと、復活したゲートに『こいよベ〇ット。怖いのか?』という感じで挑発し、ゲートに飛び込んだヴァランタインに『てめぇなんか怖かねェ』と野郎オブクラッシャーって感じで追いかけて、事象揺動宙域に飛び込んだ主人公。

 追いかけた先が居るだけで存在が拡散し0に近づく恐怖の宙域であり、とにかくヴァランタインを追いかけてズンズン航路を進んだ主人公は、やっと追いついたグランへイムが目の前で自前のゲートユニットで自律ワープしてしまうという鬼畜な所業を受けるというのが大体あってる流れだった。

 

 それに比べてこっちは少し流れが違う。フネの全機能に関りがあるコントロールUモジュール。それを統括するユピが機能停止したことでフネ全体がシステムダウンをおこしていた。

 とりあえずユピに変わり同じ電子知性妖精でその擬体自体が一つの電算装置に匹敵するヘルガが、ベースシステムを肩代わりしたことで、基本的なシステムの復旧に成功。

 ホロモニターも停止していたので、とにかく外の様子が知りたかった俺は、真っ先にブリッジの窓を覆う装甲シャッターを解放してもらった。

 だが真っ先に眼に飛び込んできたのは、事象揺動宙域の血に油の虹彩が入り混じり、ついでに凝固した黒い血の塊が浮かぶような眼に優しくない景色。

 そしてそんな場所に静かに浮かんでいる、眼と鼻の先にいるグランへイムの姿だった。

 

 ブリッジで復旧作業中だった全員に緊張が走った。満身創痍なこちらと違い、グランへイムはほぼ無傷だったのだ。立ちふさがる者は全て撃滅してきたという相手だけに、どのような報復があるのかという考えだけが脳裏を過った。

 だが、どういう訳かグランへイムは俺たちが動き出したのを見届けるやいなや、ケツ側にある自律ワープ装置でこの空間を離脱してしまったのである。

 こちらを破壊するでもなく、かといって誘おうということもない。フネのケツから十字に伸びたエネルギーラインが小規模なボイドゲートを展開し、その中に後進して消えていくグランへイム。 

 困惑しながら、グランへイムが自律ワープしていく姿をただ眺めていると、かの戦艦から発光信号で――この時通信設備もお釈迦だったので、非常に古風な通信方法だったが――、送られてきたメッセージがあった。

 

“ここを抜けられるかはおまえの心一つ”

 

 これは、意味を知らない人間からすれば首を傾げざるを得ない言葉である。そして、原作を知っていた俺からすれば、このメッセージが送られてきたことで、過程を飛ばしはしたが原作に近い流れになったのかと思う程度だった。

 原作では事象揺動領域に消えたグランへイムにようやく追いついた際、おなじように自律ワープでグランへイムだけその場から去り、同じような通信を主人公に送り付けたのだから……。

 

―――だからどうにかなると、ここで俺は考えてしまったのだ。

 

 それから3日ほどが過ぎた。正確には修理時間を含めて4日ほど事象揺動宙域を彷徨った。この宙域も宇宙のどこかにあるとされる空間なのだし、ともすれば通常空間に出られるかもしれないとクルーには説明し、俺自身はエピタフで事象揺動宙域を“確定”させようと唸る日々だった。

 

 そう“確定”。事象揺動宙域は揺らぎの宇宙とよばれている。つまりは状態が収束しておらず、それは量子宇宙的には“どの状態にも至れる”可能性が散逸する空間といえた。

 観測者はこのような揺らぎを観測し、量子ゼノン効果という観測する行為で時間経過による量子状態の移り変わりを抑制する方法で、初期状態に限りなく近い状態を維持して収束、位相空間を固定化する。

 

 まぁ要するに“こうであったらいいな”という望みこそ“観測”であり、それを行うことで不確定要因で揺らいだ状態の宇宙が限りなく“望みに近い状態”へと推移すると解釈してもいいだろう。

 これはもはや科学を通り越したオカルトの領域なのだが、物理学は神秘に近いところがあるので、一概にこれは科学じゃないと決め付けられないのが、こういう話の面白くも恐ろしいところである。

 

 そんで、エピタフは認めた“観測者”の力を増幅する作用があるとされた。つまり観測する行為をよりスマートに、かつ強力に後押しする。そして原作のユーリは“観測者”だった。だからその力が使える俺ならば、この不確定で揺らいでいる事象揺動宙域を確定できる。そう考えた。

 

 しかもヴァランタインを追いかけて宙域内の航路を進む描写があったので、少なくともすぐに消えてしまうと思っていなかった。それは油断であり、そして慢心だったのをすぐに思い知ることになった。

 

 4日目の朝時間。いつものように艦橋に上った俺は、おはようと挨拶をしても返ってこないことに気が付いた。首をかしげて当直のトスカ姐さんを見た瞬間、俺は凍り付いた。

 そこには確かにトスカ姐さんが立ってはいた。だが、そこに“トスカという人格を持った生命”を感じ取れなかった。塵で出来たマネキンを前にしていると言えば感覚的な部分が伝わるであろう。

 

 驚きの余り、声も出せない俺は取り乱すように最上階の艦長席から身を乗り出して他の当直のクルーを覗き込むと、みな同じように立ち尽くしており、そこには生命、人格、そして何より存在が感じ取れなくなっていた。

 

―――そう、存在確立の拡散が限界に到達したのだ。

 

―――彼らは俺が見ている前で“崩れた”。

 

―――光の塵となって、風の乗る砂のように壊れていった。

 

―――かつて神は塵から生命を想像したという。

 

―――そして塵は塵に返る。

 

―――俺はその光景を、まざまざと見せつけられたのであった。

 

 気が付いた時、俺は声にならない叫びを上げていた。そりゃそうだろう。だれしも親しくしていた仲間が目の前から消え去るところを見せられたら何等かのリアクションを取る。無駄なことだが、俺は消えた仲間たちが立っていたところまで駆けていって、一生懸命に床を見回していた。

 

 ホント莫迦である。そもそも塵になったみんなは存在確立が限りなく0に近い状態に拡散したのだ。つまり最初からここには誰も居ないという状態になってしまったのだから、痕跡一つ残ることはない。それでもそんな行動をとったのは……まぁ、取り乱しちまったってことなんだよな。うん。

 

 そして、そんなことがあってから俺はこの大きなフネの中で独りとなった。ユピはあの通りクルーたちとの接触で培われた経験が丸ごと消えてしまい、もはやユピという人格ではなくなってしまった。あれでは受け答えのできる機械である。

 

 ここからコミュニケーションを続ければ、やがて経験から人格が形成されるだろうが、それはもはやこれまでのユピではない別人だろう。ヘルガも言わずもがな。バグった状態でフリーズしてしまい、受け答えすらできなくなっていた。

 

 そういう意味で俺は完全に独りぼっちとなった。俺だけが残ってしまった理由は解らない。原作の描写でもユーリ一人だけは拡散していなかったので、観測者だから事象揺動宙域の位相拡散に耐性があるのかもしれない。

 

 はたまた違う世界の人間が宿っているイレギュラーだからなのかもしれないが、そんな小難しいことはジェロウ教授が考えればいい話である。まぁ彼も多分拡散しちゃったけど……。

 

 こうなってしまったので、俺は藁にも縋る思いで手に持ったエピタフに願った。皆とまた旅を続けられるように、そういう可能性の宇宙になるようにと、額に汗をかきながら必死になってイメージした。

 だが考えても見てほしい。俺は無意識で無自覚でエピタフの力の一端を起動しただけであり、エピタフ自体の操作方法なんぞ知りもしない。そもそも原作でもエピタフの存在は謎扱いだったのだ。それをプレイヤーとして見ていただけだった俺が、エピタフを動かせるのか? これでYesと答えたなら、ナンセンスだと回答が返ってくるだろうよ。

 

「はぁ……、ままならんッスね」

 

 食堂のテーブル席に腰掛けて、虚空を眺めながらため息を吐いた。いつの間にか飲み物の入れ物は空になっていた。色々考えているうちに結構時間が経っていたらしい。いまのところ俺の身体が拡散する気配はない。完全な異常事態だがもう俺にはどうすることもできなかった。

 

 ふと、俺は懐に手をやった。硬く冷たい感触。手のひらに収まる確かに存在する物体。確かめるようにしてゆっくりと取り出したのはヘルガから受け取ったエピタフだった。

 

 黄土色ともカーキ色とも見えるルービックキューブ大のアーティファクト。表面にはうっすらと燐光が走り時折鼓動のように光が浮かんでいる。俺の心拍とリンクしてるかとも思ったが微妙に違うので、別のパターンで明滅しているようだ。

 

 記憶にある中で、俺が最初から持たされていたヤツは灰色だった。しかも俺が握っても特に何の反応も示さなかったことから、目の前のこれは活性化したエピタフということになる。こんな小さな物体が数十㎞以上あるボイドゲートを復活させられたりするなど、誰が想像できようか。

 

 エピタフを親指を中指で挟み、まるでビードロを灯りにかざすかのように照明に向けて掲げてみる。当然光は透過しないが……、なんか触れている部分だけ燐光が強い気がするぜ。

 

「……お前さんは、宇宙の宇宙の力の根源なんだろう?」

 

―――だから、俺に現状をどうにかする力をくれよ。

 

 そんな呟きは、食堂の静寂の飲まれて消えた。

 




久々に原作を最初からやり直して凄まじい事実に気が付いた。

原作におけるヴァランタインのグランへイムのサイズがかなりでかい。

あるサイトではプレイヤーのグランへイムと比較すると数倍の大きさあるらしい。

仮に三倍くらいだとすると、6600mという大きさに・・・さすが大海賊、格が違う。

なおこちらの作品ではプレイヤーのグランへイムと同サイズという感じです。

それではまた次回に。


追伸。
感想で指摘があり上記の大きさはゲームの表示バグだそうです。
良く調べもせずに申し訳ありません。

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