■事象揺動宙域編・第40章■
………ッ………
すっごく怠い。まるで体が石になったみたいだ。
………ッ………
一体なにがどうなった。一体ここあ……?
………ッ………
なんか頭に響く。ノイズみたいなもんは何なんだ?
………ッ………
なんかクラクラするぜ。疲れてんのかな?
………ッ………
んー、ああそうか。ボイドゲートの時に頭の隅で感じてたのに似ているか。
………ッ………
あれ?ということは精神干渉の類か? にゃろう誰だか知らねぇが負けねぇぞ!
………ッ………
ム?でも微妙になんか違う?どちらかというと呼んでいるのか?
………ッ………
とても遠いけど何となくわかる気がする。あなたはだれですか? なぜ呼ぶのですか?
………ッ………
名前はない。あと呼ぶ理由はとくにない。ただ現れたから。ふむ。
………ッ………
どうしてほしいんですか?それもわからない?あれま。
………ッ………
なれば。直接行った方がいいのかね?
………ッ!………
はは。反応で丸わかり。OK。なんとかしてみるわ。
………ッ!………
喜んでら。
でもまずは“目ェを覚まさないと”いけねえな。
夢みたいだが夢じゃないここだと動けねぇし。
………ッ………
あん? 不便? 不便だから楽しいんだろうが。人間だしな。
………ッ!………
ああ、あとでな。さってと、いっちょ起きますかねぇ!
……………
…………………
……………………
「―――艦長。艦長、起きてください。報告があります」
「……あぁ? どうしたッスか? 」
いつの間にやら俺は眠っていたらしい。艦内をさんざん歩き回って疲れたのだろう。ブリッジに戻って自分の席に座ったところまでは覚えているが、そこで寝ちまったようだ。
なんだか変な夢を見ていた気がする。何もない宇宙空間に浮かんでいるんだが、そこで何かに呼掛けられた。もちろん自分の手足も見えない暗黒の世界だからして、相手の姿なんぞ見えやしないんだが、しかも呼ばれたといっても声という訳でもないし、なんとも奇妙な夢である。
まったく。ただでさえクルーが消えちまって、俺ぁナイーブになって落ち込んでるってのに変な夢を見せるんじゃねぇや。いやナイーブだったから変な夢を見たのか?
いずれにせよ気分が少し滅入っているのは確からしい。自他ともに認める楽天家な俺らしくもねぇが、俺だって滅入る時くらいあるんだよな。
「艦長っ、寝ぼけていないで聞いてくださいっ」
「うわっびっくりした」
少し考え事をしていてユピの言葉を上の空で聞いてたのが悪かったのだろう。彼女はやや強めの言葉を掛けて来た。顔を上げると、ほぼキスする3センチという位置にユピの顔があって思わずのけぞってしまった。
これはチュウすればよかったか? 惜しいことしたかも……ってオイオイ寝ぼけるな俺。
「すまん。改めて何があった?」
「はい、センサーが巨大な物体を発見しました」
ふむ、巨大な物体。この事象が揺らいでいる宙域でか? ユピがしてくれた報告だが、少しばかり信じられんな。ここは量子的にあらゆる物が揺らぐ宙域だ。通常の宇宙なら粒子があれば引力で集まり岩となって星に変わるが、ここではそういう事象もあり得るしあり得ないの状態で散逸している。
それなのに物体が存在する……、それはつまり元からここにあったものではない。
「かなりの距離ですがそれでも観測できるほどに大きいです。どうされますか?」
「どうしようもこうしようも……」
その物体が何なのか、それ以上に果たして近づいてよいものかどうかも解らん。そういう判断の材料になる情報も、それらを解析する人員もまったくないのだ。判断のしようがないのである。こうなると俺は脆いと自覚させられる。消えて判る仲間の大切さってな。
一応、高性能探査装置はあるにはあるが、それの使い方は俺にはわからん。本来それを運用する優秀なるスタッフも全員この宙域に拡散してしまったんだもんな。
まぁ自動で動かせる探査装置なら簡易探査は可能か。
「よるべきかな?」
「現在、全艦において修理素材が足りていない箇所が53%あり―――」
「わかったわかった。………進路を向けてくれッス」
「了解しました」
俺以外の意見も聞きたくなりユピに尋ね返せば修理云々の話が出た。話しが長引きそうだったので適当に流したが、そういえばこれも問題だった。
実は、今の艦隊は整備班を中心としたクルーが、拡散して消える直前まで一丸となって頑張ってくれたおかげで一応動けるまで回復していた。ユピテルは格納庫がある中央船体をパージできなかったので失わず、工廠戦艦アバリスもゲート発生に巻き込まれていたお陰で、修理に使う機材がほぼ丸々無事だったからである。
だが、デフレクターのガチンコ対決による重力変調の影響は思いのほか大きかった。具体的にいうと僚艦の多くは局所的な強い重力変調に晒された影響で、船体が歪んで致命的な損傷を受けていたのだ。それらを直そうにも解体修理ができるドッグはないし、それにそこまで壊れてしまうと廃艦にせざるを得ない。
しかたないので涙を呑んで、損傷の少なかったフネ以外は全て廃艦にして、修理材料に転じていただいたのであります。なんせここは時間が経てば存在が拡散して無くなってしまう事象揺動宙域のど真ん中であり、そこには応急修理の素材にできる小惑星もデブリも存在していなかったからな。
修理機材が無事でも材料が無ければ修理できない。使える部品はニコイチするのも生き延びる為だったってわけ。
ちなみに生き延びたフネは大マゼラン製の設計で耐久力が桁違いなアバリスとユピテル。それと運よくあまり船体が歪まなかったKS級が一隻の計三隻である。あれだけの大所帯だったってのに、残存が三隻とかなぁ……嗚呼、諸行無常だぜまったく。
「“観測”が使えればな、ハハ」
「はい?」
「何でもないッス。作業を続けてくれ」
「はぁ、わかりました」
原作で主人公が使えた力を思って、その瞬間、急に可笑しさが沸き上がり思わず乾いた笑いが漏れてしまった。原作知識というのは、まっこと麻薬のようである。そこに答えがあると解っていると、ついつい覗き見してしまいたくなる。カンニングは悪いことなのに止められない心理というものだろう。
すでに原作の流れは面影もなく、その知識はトイペ並の価値しかないというのに……。それでもすがりたくなるのは仲間がみんな拡散してしまったのがショックだったからだろうか?
………あーもう!
「ネガティブになるんじゃねぇっ!!」
今は事象確定の力が使えなくてもいつか使えるかもしれねぇじゃねぇか。それに俺はまだ拡散していないんだ。消える最後の瞬間まで俺は諦めねぇぞ! 原作の主人公のように純粋な飽くなき思いがなきゃエピタフが起動できないってなら禅修行でも何でもしてやらぁ!
フンスと鼻息を出して下降気味の意識を切り替える。そうだ俺はまだ拡散してないんだから悲観してもしょうがねぇんだよ。とにかく今はジタバタしても始まらない。何時拡散して消えてしまうかもしれないこの身であるが、それでも動けるなら動いて足掻くべきだろう。
幸いそのヒントとなりえる何かを見つけたのだ。向かう先にある物体が拡散しない何かなら、もしかしたらこの宙域における拡散という現象をどうにかするヒントがあるかもしれない。これは調べてみる価値はあると俺は思うことにした。
***
「目標物に接近しました。映像を最大望遠で拡大投影します」
「おおー……おお?」
ポジティブに考えて艦隊を向かわせること艦内の時計で約一時間が経過した。巡航速度が落ちているとはいえ、なんとか艦隊はユピが探知した巨大な物体がある空間へと接近。やがて光学観測システムで見れる範囲に物体が入ったので、光学映像がホロモニターに映し出された。
そこに映っていたのは、なんというか形的には卵というか楕円形の小天体であった。かつてグアッシュ海賊団本拠地蜘蛛の巣を壊滅に追いやった、無慈悲な夜の女王が所有していた移動基地コクーンにも似ている気がする。もっともサイズが数百㎞はあり、かなり大きな小天体であるが……。
「ユピ、あの小天体を周回してくれ」
「アイアイサー」
とりあえず小天体を周回する。この時センサーが表面を自動スキャンしたので、徐々に小天体の全貌が明らかとなっていく。形は遠方から見た通り楕円の太り気味の卵という感じ。スキャンした地表面の情報はそのままブリッジのホログラムとして反映された。ふむ、どれどれ~?
「ふ~む。見たところ岩石気質の小惑星って感じッス。大きいのに完全な球状じゃないってことは、中身はスカスカなんスね? それにこの空間に存在できるっての妙だ」
「簡易センサーのスキャンでは分かりかねます。どうされますか?」
もぉんユピったら人格がリセットされているからか受け答えが硬いわねぇ。
うー、でも確かにどうするか。一応調べに来たけど見た限りではただの小天体なんだよな。逆に言えばこんな環境下で普通の小天体があることの方が不気味だが……降りて調査するべきか?
………・………
「ん? ユピ今何かスピーカー鳴らしたッスか?」
「いいえ。音響装置が起動したログはありません」
ん~、気のせいかな? 確かに音が……。あんな夢見た所為だろうか?
「そうッスか……。まぁいいや。とりあえず降りてみる」
「了解しました。宇宙服を準備します」
さて、こんなところにある小惑星だ。調べてみて吉となるか凶となるか、当たるも八卦外れるも八卦ってな。あ、そうだ忘れてた。
「ユピ、宇宙服はリングボディのハンガーデッキに持って行ってくれッス」
「解りました。そのように」
これでよし。俺もハンガーに行くかな。
さて、ユピテルにはハンガーが複数ある。一つはメインとなる大格納庫。グランへイムにぶつける予定だった戦斗略奪ボディにある格納庫で無人艦載機やVF達が置かれている場所である。頭蓋骨でいうところの口っぽい場所が大発艦口となっていて複数の並列発艦が可能となっていた。
他にも
それはかつてエルメッツァで少しだけ乗り回して以降、あまり活躍する場もなくてそのまま押し込めていた俺の専用機。VF-0Sw/Ghostが置かれたハンガーだった。
「よぉ、久しぶりッス」
只の部屋を複数改装しただけの本当に置くだけの格納庫に、そいつは羽を畳んで静かに鎮座していた。むろん整備は完璧。エンジンかければいつでも飛び立てる。
だが今の今まで放置していた我が愛機。なんとなく罪悪感を覚え軽く会釈してしまうのも、無機物を擬人化して見れる日本人ならではかもしれない。少なくとも心は日本人だぜ俺は。
とりあえず軽く機体を叩いて済まなかったという心を伝えつつも、発進前の点検を軽くした。うん、やっぱり整備は必要ない。ケセイヤや整備班のメンテナンスは完璧だった。まぁ飛び回るだけなのであまり詳しく何かする必要もない。
「艦長。宇宙服です」
「ん」
ユピが持ってきた宇宙服。見た目はやや厚手のガンダムのノーマルスーツ。本当は宇宙線防御とかで凄まじく分厚くなるはずなんだが、この時代の人類はほとんどが宇宙適応型。低重力症や宇宙放射に対し耐性が高いのが特徴なのでやや薄手でも問題はなかった。
むしろ薄手の方が軽くて動きやすいのでこれで全然問題なかった。とりあえずの気密チェックを自分とユピのダブルで行い、酸素供給やサブシステムなどもチェック、問題なし。
VFのコックピットへとよじ登り、座席にある方の生命維持システムと繋げ、酸素供給をVFから行うように設定してから、キャノピーを下ろしてこれもまた気密確認。
宇宙は基本真空であり、少しの隙間でも空気は漏れ出てしまう。面倒だがしなければならないのが辛いところ。特にあまり自分では宇宙遊泳しない俺はやや慎重な方がいい。
「んじゃユピ。行ってくる」
「では発艦管制をさせていただきます。いってらっしゃませ」
手を振ると返してくれる彼女が格納庫から出ていった。少しして部屋が完全に閉鎖された警告灯が回り出した。同時に天井からシャッターが下りて機体を完全に覆った。
《エアロック閉鎖開始、セカンドロック解放、減圧五秒前》
ユピの管制が始まり、少しだけ周囲が明るくなっていく。空気が抜かれて不純物が消えたからだ。そしてシャッターの中で機首が徐々に上がり始めた。
《エアロック閉鎖確認。2、1。ファイナルロックオープン。Allオーバー》
ユピが言い終わるのと同時にゴウンという振動が伝わって、機体は斜め後ろ向きに下方向へと降ろされた。リングボディ艦橋ビルがある場所からみて進行方向右側のリング内側にある格納庫から降ろされたのである。某宇宙戦艦のリメイク版であった発艦と似ているかもしれない。
飛び出してすぐ、スロットルを吹かしフネと同調している機体を加速させていく。動作中にキャノピーから周りを見ると、かなりボロボロとなった我が愛艦が見えて少し悲しくなった。
「………フンッ」
だから吹っ切れようとして、思いっきりスロットルを吹かして……あっ。
「おほぉぃおぉぉぉおぉ!?!?!」
VFは阿呆みたいに加速した。そうだった。これはゴーストブースターとスーパーパック全部乗せの劇場版ぶっこみ仕様が元ネタ。当然通常VFよりも推力ははるかに上! 忘れてた!?
「ぬぉぉぉおおおおおお!?!?」
《生命危機と判断。一時的にコントロールを掌握》
俺が大慌てで叫ぶ中、愛機は勝手に機首の向きを変えガウォークに変形すると、脚部で逆噴射をかけて制動し、地表数百の位置で一旦停止した。あーうー……クソ締まらねぇな。
《流石に安全運転できないのは看過できませんでしたので緊急処置いたしました。申し訳ありません》
「い、いや。こうしてくれなきゃ死んで……ヴぉえ」
☆しばらくおまちください☆
「――まぁとにかく助かったッス。もう大丈夫だからデータ送ってくれ」
何があったかは察してもらえるだろう。俺も思い出すつもりはない。ただVFの性能が記憶の時よりも酷く……すごくなってる。またケセイヤが改造していたんだな。それと早速予備のヘルメットが必要になった。ヘルメットは犠牲になったのだ。
《はい。データを転送します。今度こそお気をつけて》
はいはーい。お手を煩わせてすまんな。
さて、どこに向かおうか? データはこの小惑星表面のスキャンデータだが……、正直艦橋で見ていたのと大差ないや。
「ふーむ。地道に回ってみるか……」
まぁ簡易センサーだから見落としもある可能性もある。特殊な鉱石の影響だって考えられるしな。とりあえずは小天体を低空で飛行し肉眼で観察する。最終的に判断できるのは、やっぱり人間の眼玉だよ。
てなわけで小天体に近づくと結構クレーターやクレバスや小さいながらも山とかもあるのが見て取れた。ふーむ、結構起伏に富んでいるな。金属センサーに反応が少ないあたり、修理に使えそうな鉱物も埋没していないっぽいな。あれば良かったんだが……。
「むー……。おぅ? 金属センサーに感あり」
その時、センサーが何かに反応を示した。どうなってる、さっきまで全然反応がなかったのに……調べてみるか。
「何か足元のセンサーに色々反応が出たから、一度小天体に降りてみるッス」
《了…解…、気…付け…ださい……》
「え?何? なんか擦れてるんだけど、もしもし?」
《短…離…信マスト…に損…があ……以上の…離》
「あー、了解了解。あとで直そう。通信終わり」
うーむ。通信マストが破壊されている影響だったか……白鯨艦隊の修理を優先した方がよかったかね? 皆が拡散しちまう前にもう少し進めておくんだった。ま、今更思っても後の祭り。今できることをしようじゃないか。
「えーと、この当たりだったか」
今度は優しくゆっくりスロットルを絞り、進行方向を小天体へと向けて、これまたエッチラオッチラゆっくり降下していく。さっきのでスピードには懲りたんだ。地表まで残すところ数十で降下止め。その後はガウォークでホバリングして移動する。
見たところ、クレバスがある程度でほかには何もない。ただ赤い宙域の空と灰色の地表だけが続いている。センサーをより絞ってみた。艦載機用だから精度はあまり高くはないものの、これだけ近ければ……。
「おっ、ビンゴ」
反応強し、方向……近場のクレバス。見たところこの機体が数機手を繋いでも降りれそうなほどでかいな。ほとんど谷じゃねぇか。
「んー、降りるか」
《ク…バスに…りられる…通…波が届きませ…が》
「まあ少しだけッス。大丈夫大丈夫」
一応は心配そうな声色のユピ。ああ例え人格データの蓄積分が消えても根はユピなんだな。そう感じる自分に思わず笑みを浮かべ、機体を動かしてクレバスを降りていく。
地表と違い空の光が影になりクレバスの壁が良く見えない。機体のサーチライトを起動。ゆっくりと見回しながら降りて行った。
ふむ、これまた特に何か変化はない。鉱物らしき反応も……ん? センサーのグラフが、あらゆる鉱物の存在を示し始めた?
だがこの反応は“ある”というには少々語弊がある。センサーに現れはしたが、その反応は出たり消えたりを繰り返し、また埋蔵量も不可思議な表示で意味をなしていない。
おいおい、さっき変な機動した所為で壊れたか?
「おいおい、複数の鉱脈でもあるというんスか?だが肉眼では……ん? あれは――」
その時、視界の隅にサーチライトに照らされた何かが反射した。機体の降下を止めて反射が見えたほうを凝視する。また反射の光、こっちに何かがある。
「大体、このあたりだったが……」
見た限りでは何もない。何の変哲もない岩石で出来たクレバスの壁が垂直に伸びている。俺はふと機体を揺らしてみた。するとやはり一瞬だけキラリと何かが光る。どうやら、ところどころに走る亀裂の奥で何かが反射したようだ。
……これは何かがあるな、そう俺の勘が叫んでいる。オラわくわくすっぞ
「というわけで。FCS、火器の安全装置解除」
幸い俺の機体はVF-0S。換装する時間もなかったので戦闘用装備はそのまま持ってきてある。本当なら作業用機のラバーキンに乗り換えて、掘削用工具で粉砕した方がいいんだろうが、いちいち乗り換えに戻るのが面倒くさったのだ。まぁただ掘り返すだけならレールガンなら楽勝ーっしょ。
「出力最低値にセット。マニュアル照準」
レールガンポッドは戦闘機形態では胴体下のパイロンにあるが、ガウォークやバトロイドの時にはマニピュレーターが保持するようになっている。その際ポッドに保持する為のストックが伸びる構造となっており、ポッドはいうなればVF用の銃であった。
とはいえ、VFは元々対艦対戦闘機用の機体なので、FCSには岩壁をロックオンする機能がない。あったら逆に戸惑うが、とにかくマニュアルで照準ということになる。
その為、操縦桿に幾つも連なるスイッチやパッドやらで動かすのであるが、実のところその必要はなかったりする。先ほどから俺が呟いているのは手順の確認という意味もあるが、実はヘルメット内臓のマイクで音声入力もできるからである。
そりゃユピとかヘルガみたいに人の言葉を認識できるロボがいるんだから、そこらへんのアビオニクスは未来ですよ。てなわけで、難しい手順で操作することなく音声入力でパパッと発射体勢に入った。
「すぅ~~~~……はぁー。発射」
ポチっとな。トリガーを引く指は軽かった。直後に機体内に居ても感じる連続した衝撃。普段、ブリッジにて感じる砲撃戦のとは違うダイレクトな振動をケツに感じる。
VFのバルカンポッドを実際に撃つのは初めてだが……こりゃあ照準が非常に定め辛いな。電子制御されている腕の関節がロックされていてこれかよ。こんな凄まじいのをガザンさんやププロネンさんは普段戦うときに使っていたのか。ホント恐れ入るわ。
もっとも、コレを使った甲斐はあった。コイツはもともと戦艦の装甲を穿つ物。威力だけ見れば合格点どころかおつりがくる。数秒の斉射だったにもかかわらず、哀れ岩の壁は粉塵にジョブチェンジを果たしましたとさ。なんてこった。これじゃ詳細が確認できん。粉塵が晴れるまで待つしかない。
仕方ないのでクレバスから一端上昇して抜け出し、上空にて待機することにした。あと序にユピにも連絡を入れた。
「あーもすもす。こちらユーリ、聞こえるッスか」
《こちらユピテル、感度良好。どうされました?》
「あれ? 随分とクリアーに聞こえるッスが、通信マストが破壊されたままじゃ?」
《はい壊れたままです。なのでシステムを調整して少し艦を近づけました。ところでセンサーがレールガンポッド使用時のエネルギーを探知。なにか危険がありましたか》
「あー、違う違う。ただ調査に使っただけッス」
《艦長。レールガンポッドを調査に使用することは推奨は出来ません。それと僭越ながら次からは作業用ドロイドをお使いになられた方がいいかと》
「いーのいーの。自分の手でやりたいの。んじゃ」
《あ、艦長―――》
そういって俺は通信を切った。
はぁ、やっぱりリセットされてから融通がきかないな。今までのユピなら困惑はしても理解してくれたってのによー。まぁボヤいても今はしょうがないか。とりあえず粉塵も治まったし下に降りてみよう。絶対なにかあると俺の中のゴーストがささやいているんだ。
ゆっくりと機体を下ろしていく。低重力で空気が無いので粉塵は割とすぐに拡散したらしく、視界は良好とは行かなくとも見る分には支障はない。とりあえずサーチライトの光量を上げ、弾を撃ち込んだ場所を照らしてみた。
「こいつぁ……」
俺は息を呑んだ。レールガンポッドで破壊した岩壁に中にあったのは、なんと灰色に鈍く輝く金属であった。しかもそれには凹凸など一切見られない滑らかさで、サーチライトの光を反射して光沢を放っていた。
明らかに自然発生したものではない。何かしらの意志が造り上げた人工の壁である。勘というか思い付きでやってしまったが、どうにも凄まじい物を見つけてしまったようだ。
とにかく見つけた壁を調べてみることにした。
まずは機体を自動操縦に切り替えホバリングするように設定し機体から降りる。宇宙服には宇宙遊泳用のスラスターが内臓されているので、俺はそれを使って目の前の壁にとりついて調べてみた。
そして俺は再び驚くことになった。改めて近くで見て気が付いたのだが、あまりにも滑らかな壁である。だがそれはおかしいのだ。いまさっきここには至近距離なら戦艦の装甲にも効果があるレールガンポッドの弾が当たっているのである。
傷の一つや二つ、そうでなくても凹みくらいあってもおかしくはないのに、その痕跡は何一つない。壁は最初からここにあったかのように非常にきれいな状態だった。素晴らしく硬い壁だと言えるだろう。俺の知識じゃ計り知れない未知の金属かもしれない。
普段なら大発見っ!とよろこぶんだが、状況が状況なだけに素直に喜べない。果たして、これは修理素材に使えるのだろうかと現実逃避に似た思考が過る。至近距離のレールガンがダメならレーザーもプラズマも歯が立ちそうにないよコレ。
そんな壁を見ていて、ふと足元の方に目をやると、そこには何かしらの模様があるのに気が付いた。近寄ってみると画数の多い象形文字に似た文字が描かれている。はて? コレをどこかで見たような? 首をかしげていて俺は思い出した。それはかつて惑星ムーレアで見た遺跡の壁の模様に、とてもよく似ていた。
「ここにも異星人遺跡が埋まっていた?」
異星人の先史文明が残した遺跡……、ムーレアやゼーペンストのエピタフ遺跡を含む各地の遺跡はそういうものだと言われている。だが、ここにあるこの壁はなんだ? 何故、全てが拡散する宙域にこんなものがある?
………・………
「っ!? ―――今のは?」
まただ。どこからか遠くで音が鳴った。しかもかなり強く頭に響く。思わず目の前の壁を凝視した。何故なら音の聞こえた方向はこの壁の方だったからだ。
そんな馬鹿な、ありえない。事象揺動宙域、ここもまた真空の宇宙空間だ。空気もガスもない場所で音なんぞ伝わるはずがないのである。機体の通信機も特に変な電波なども受信していないので余計に気味が悪い。
だが今、確かに俺は聞いたのだ。かつてお寺で聞いたような低い鐘に近い音。目の前にある壁の向こうから確かにそれが響いてきた。そして、それはどういう訳か異常に俺の興味を掻き立てた。この壁の向こうには絶対に何かがある。勘であるがそんな気がしてならないのだ。
しかし冷静に考えると何と不気味なことだろう。多分俺にだけ聞こえた音。極め付けが事象揺動宙域に存在する遺跡だと? 前者は訳が分からず、後者も意味が分からないぜ。
そもそも遺跡は迷い込んだ物なのか、誰かが意図的に設置したものなのか? 設置したとして一体だれがこんなところに遺跡を置いたのだろうか? 誰かジェロウ教授を復活させてくれ。俺の頭から煙が出そうだ。
唯一候補としてあげられるのはオーバーロードの連中だが、奴らの目的が量子宇宙的な観測が目的であることを考えると、それはあり得ない。遺跡を置くよりも観測者を送り込んで確定させた方が遥かに楽だろうからだ。
連中は高次元のスーパーな知生体なのだし、無駄な事をしないようなイメージである。本当はどうだか知らないが、とにかく調べられないか………むむ?
「待て、少し落ち着こうじょのいこ」
思わずエナリってみた。一人でネタに走るのはつまらんがそれどころではない。
何故、俺はここを立ち去ろうとしないのだ?
何故、ここを調べようと躍起になる?
何故、不気味だと感じたはずなのに何故こうも“引かれる”のだ?
ふと気が付いた事実に背筋が寒くなっていく。只の小天体調査のハズが、俺はいつの間にか遺跡の壁に執着している。目的がすり替わっていても違和感がない自分がいることに気が付いたのだ。
これは本当に俺の意志なのだろうか? アイディアロールを回してくださいとか選択肢出たら確定でSAN値削られそうなんだけど?
宇宙に出てしばらく経つが、こんな風に自分の意志が微妙に歪められたような気味悪い経験は初めてである。ボイドゲート通過時もこんな変な感覚はなかったというのに……。
ボイドゲート?
一瞬何かをつかみかけたが、それよりも気味の悪さが先行した為、悪態をつきながらも俺はここを一端離れようと考えた。実は先ほどから“まるで何かが囁きかけてくる”ような幻聴が聞こえている気がしてならないのだ。
まさか見つけたのってデッドスペースのマーカー的な遺跡だったりして……。
おい、それってマジじゃないだろうな? 周囲の岩にマグロが埋まってるとか無いよな? 思わずキョロキョロとあたりを見回してしまう。幸いなことに目に見える範囲にはなさそうだ。
良かったぜ。あんなものがもしも存在したら宇宙最強のエンジニアみたいに工具で戦わんといけない。さすがのユーリ君の知識にも工具のリミッター外して武器に変えるような知識はない。
それ以上にネクロモーフにはなりたくないとか考えつつ、俺は愛機のコックピットに飛び込みキャノピーを閉めた。首筋に背筋といった、およそ危険察知の時にゾワリと感じる部分がブルっている。股間周りまでキュッと縮こまって困る。宇宙服だから漏らしても平気だけどな!
別にお化け怖いとかそういうのじゃない。本当に違う。ただ苦手なのだ。でも帰ったら厨房に行って塩を体に振りかけないといけないな。ファヴリーズはこの世界にあるんだろうか?
「……ん? なんだこの光?」
現実逃避していると、ふとコックピットのキャノピーに何かの光が反射しているのに気が付いた。それは機械が発する光と違い、まるで赤い人魂みたいにボンヤリと揺らいでいる――って俺から怪光でてますやん。
え? オレいつの間に電飾に転職したの? 俺ちゃん不思議体質なだけの只の艦長ちゃんよ? 思わず身構えるが、これが少なくとも存在の拡散が起きたとかではないのは解る。なんせ俺はみんなが消える瞬間見てるからな。どんな風に崩れ去るか知ってるし……ああ、鬱だぜ。
人体発光とかありえないから……。そう呟きながらもう一度よく調べると、懐から光が漏れていた。中で何かが光っている。取り出してみると、それはヘルガがゼーペンスト遺跡から持ち出し、ここに来る原因にもなったエピタフだった。
あるぇー? これってこんな風に光ったっけ?
そんなことを考えていると―――
「のぉぉぉおおお!?!?」
―――機体が大きく揺れた。自動制御システムがアラームをけたたましく鳴らし、制御が急遽、オートからマニュアルに切り替わる。とっさに操縦桿とスロットルレバーを握れたのは幸運だった。
「あばれんな、あばれんなよ」
まるでじゃじゃ馬のように暴れる愛機。私の愛機は狂暴ですってやかましいわ!一体何が…?と思ったその時である。機体に搭載されているパイロットサポートの簡易AIから電子文によるメッセージがHUDに表示された。
“ 警告 重力場検知 重力変調 検知 トラクタービームの可能性 高 ”
これは非常に簡素かつ端的な単語の羅列だが、それだけで理解するには十分だった。どうやら俺の愛機、VF-0Sw/Ghostを異常な重力場が包み込んでいるということらしい。
愛機のサポートAIはマスドライバーのキャッチャーやフネの接岸に使われるトラクタービームではないかと予想していた。トラクタービームは対象周囲の重力を操作して対象に干渉するもので、よくあるSFでも大活躍な縁の下の力持ち的なシステムである。
それに似た作用が周辺に働いている。つまりは目には見えないが巨人のごとき大きな力が機体を包み込んで引き寄せていることを意味している。
では一体、どこへ?
それは重力が働く方向を矢印で指し示すだけの原始的な計器が、その答えを示していた。
矢印が指し示したのは―――遺跡の壁。
「くぁぁぁっ!踏ん張れ俺の愛機ちゃん!」
即座に機体のスロットルを全開にした。何で金属の壁にキスしなきゃならんのだ。そもそもなんでこんなことになるんだっての! あの壁は遺跡荒らしホイホイってか!?
機体の全推力を使い、どうにかして壁から距離を取ろうとするが、完全にトラクタービームに捉えられた我が愛機。重力の網ともいうべき出力さえ確保できれば惑星すら動かせるその大いなる力の前には無力だった。
ゆっくりと、そして確実に、愛機が壁へと、落ちていく。
「むわぁあああああ!吸引力が変わらない掃除機ーっ!!」
誰に向かってというつもりもなく、ただ横へ落ちる恐怖から肺が潰れるまで叫んだ。涙も鼻水も、というか顔から出せる液体を無様にまき散らす。汚いと思うが元より俺しか乗っていない機体だから恥もなにもない。
というかトラクタービームに抗った所為で壁がゆっくり迫ってくるというのが逆に怖かったのだ。なんというか、真綿で首を絞められるという感じ? ジワジワと嬲り殺される気分とはこういうものだろうか。
数分、重力の手による引き寄せる力に抗ったが、背負い式のゴースト型ブースターのオーバーヒート警告が鳴った瞬間、俺はもう逃げられないと悟り目の前が真っ暗になった。諦めたら試合終了? 諦めるも何も最初から終了してましたってな。本当にありがとうございました。
再びアラームが響く。ブースターがオーバーヒートで爆発する前にセイフティ機構が働いてブースターを勝手にパージさせやがった。重たい機体から切り離されたブースターは推力により重力場を抜け出し壁に激突。炎となって消えた。なんか俺の行く末見たみたいで縁起悪いなオイ。
問題は、これでただでさえ足りていない推力が大幅にダウンしたことだ。その結果は火を見るよりも明らか。愛機は凄まじい速さで壁に向かって引き寄せられていった。引き寄せられた時、機体に生じた急激なGと色んな意味で絶望的な状況に頭の血の気がさーっと音を立てて引いていくのを感じる。だんだん目の前が暗くなっていく。
だが俺が意識を失う直前、エピタフから光が伸びたのを俺は見た。それはボイドゲートを復活させた神々しい青白き光では断じてない。夕日よりも赤く、血のように目に焼き付くような赤い光である。
それがレーザーのように真っすぐと、迫りくる壁へと吸い込まれ、鈍い金属の色をしたあの壁が赤い光に包まれたかと思えば、まるで“最初から無かったか”のように壁が消えうせてしまった。光の砂が零れ落ちるそれは、物質の存在確率の拡散、それが起きたのである。
そして、跡には大きく口を開けた穴があった。壁は消えたのに重力場の異常は消えていないらしく、機体は錐揉みしながら、ぽっかりと空いた暗黒の中へと吸い込まれていく。
まるで怪物に吸い込まれる生贄の気分だ。
これがガメオベラというものか……。
そして、俺はそこで意識を失った。