■事象揺動宙域編・第41章■
ユーリが消えたのと同時刻。旗艦ユピテルに残る唯一の乗組員にしてフネの全てを司る統合統括AIのユピは、自分の意識だけをメインフレームに直接接続して、ある作業を行っていた。それはこの奇妙な空間。事象揺動宙域で観測したあらゆるデータを編纂である。
センサーの観測データからユーリの呟きに至るまで、あらゆる情報を分類し、メインフレームにある記録サーバに保管するという、地味だがやっておくべき作業を黙々と彼女はこなしていた。
本来、この手の仕事は科学班に所属する研究系のクルーの仕事である。しかし今の白鯨艦隊に残っているクルーはいない為、フネの運行に関する基本的なことは全て出来る彼女にお鉢が回ってきていた。少し何故私が編纂しているのだろうかとも思ったが、まぁ些事である。
次々と現れるデータを項目別に分類し、分類しきれないデータはその他か新たな項目を設定する作業を黙々とこなしていく。通常ならコンソールの前に座り眠気覚ましの飲み物を9杯くらいお代わりして行う少し辛い作業だが、メインフレームに直接意識を繋げられる彼女にとっては数瞬で終わる作業である。なので苦ではなかった。
メインフレームの利点は人間の感覚で言えば恐ろしく早い思考を並列処理でき、また思考をそのままデータとして言語化できる点にある。人間が思考を言語化し、両手の指でコンソールを操って文章データを組み上げるという、非常にミスを起こしやすい複数の作業を、思考=データ化、という風に簡略化できるのだ、それも一瞬で。早いわけである。
ユピはAIである以上、人間と違い肉体の軛に捉われないので意識の置き場を選ばない。実際、彼女の本体はフネのメインフレームにほぼ直結しているコントロールユニットモジュールのコア・レジストリにある。
普段、人の姿を模した電子知性妖精の擬体でいるのは、建前上はあくまでも対人間用インターフェイスでしかないのである。もっとも人型になった理由はユーリと兎に角一緒に居たいからという少し可愛い理由だったりするが、今の彼女は覚えていない。
【―――艦長?】
人間からしてみれば凄まじい速度で編纂を行っていた彼女であったが、その時、急に作業の手を止めた。思わずユーリのことを呟いたのは、嫌な予感ともいうべき胸騒ぎを感じとったからである。
その極めて生物的人間的な反応に戸惑いを覚える間もなく、今度は緊急事態に鳴る様に設定した警報信号がメインフレーム一杯に満ちていった。それは機械的に監視していた対象をロストしたという警報。監視対象にしていたのは―――艦長であるユーリ。
【――ッ! 艦長の身に何かが!?】
全ての情報が集約するメインフレームに、現在稼働中の全てのセンサーからユーリの反応をロストしたというデータが届く。コンマ一秒にも満たぬ時間でユーリに何かが起こったと察したユピは、全ての作業を一時中断。乗員の生命と安全を守るプロトコルの下、システムの優先順位を乗員救助が最高となるように再設定し、その為の全ての機能を解放し始めた。
巡航状態で火を弱くしていた主機の圧力があがり、いうなれば彼女の全身にエネルギーが満ち始める。同時に残存しているアバリスとKS級とのデータリンクを開き、使えるすべてのセンサーをクレバスへと向けより強力なスキャンを開始した。現在いるところは特殊な空間であるため、機械の誤作動でロストした可能性は0ではないからだった。
ユピは嫌な予感が当たらないでほしいと願いつつユーリを探した。どうか機材の誤作動や誤認識であってほしい。しかし時間が進むに連れて機械はあくまで正常であり、そう願うことのほうがナンセンスであると気づかされた。ユピは完全にユーリを見失っていた。
【………フネを動かしましょう】
艦隊のトップをロストした。焦燥感に押し潰されそうなユピがまずとったのは、フネを小天体に近づけることだった。彼女が呟くと艦隊は微速前進で小天体へと近づいていく。
意識をメインフレームへダイブさせているので、いちいちコンソールを触らずとも、意思一つで艦隊を動かすのは彼女にしてみれば容易いことだった。というかその為に生み出されたのだから出来て当然のことだった。
なお、これは本来AIには出来ない行動である。だが現状の白鯨艦隊では状況がそれを許していた。白鯨艦隊における傘下型命令系統において、システム上の権限第一位は当然ながら艦長のユーリである。艦隊のトップとして君臨する彼の命令は、システム上はどう転んでも厳守されることになっていた。
そして他の命令系統と同じく、彼が不測の事態に見舞われた場合は、あらゆる指揮権は次の権限者に移行する。
通常ならそこに副長や他のブリッジメンバーが入るのだが、事象揺動宙域特有の存在率拡散により、現状ではユピとユーリを除くすべてのクルーが最初からいなかったことになっている。その為、序列繰り上げにより、ユピは艦隊における自動化されたシステムへの命令権第二位となっていた。
ユピテルはコントロールユニットモジュールでシステム的に補っている部分が3割程あり、ユピは自動化されているそれらのシステムを統括している。全体から見れば3割は少ないように見えるが、統合統括AIが統括するのはフネの基礎システムである。たかが3割でも基礎システムはほぼ全て管轄にはいっており、そこには航法関連なども含まれているので動かす分には十分だった。
ちなみに万が一ユピの本体であるモジュールがクラッキングや暴走した場合、あらゆるシステムに人間が優先して介入できるクラッキング・バックドアがあり、さらに最悪の事態にはユピごと、モジュール自体を爆発ボルトで物理的に分離するシステムがあったりするが、まぁAIの反乱というのは大体のSFでよくある話故、それに対応する備えは万全だったりする。閑話休題。
【全艦目標ポイントに到達―――艦長……】
さて、ユピの指示で艦隊は小天体。さらに言えばユーリの反応が最後に確認されたクレバスの上空へとやってきていた。赤黒く鈍い光に照らされたクレバスは、そこだけが切り取られたかのように深く暗く口を開けている。遠めから見ると怪物が笑っているようなそれに、ユピは少しだけ苛立ちを覚えていた。
さらには苛立ちよりもユーリの安否が気がかりで落ち着かなかった。これは人を支えるAIならではの感覚で、今のように命令を下す存在がいない状況に置かれると、とたん不安や恐怖に似た感覚をAIは覚えるのである。親がいないと怖がる子供に近いといえば近いであろう。
今、彼女の中ではユーリを見捨ててここを離れるべきという声と、残してなんていけないという二つの声が響いていた。前者に従えば、二度と彼と居られなくなる。しかし万に一つの可能性を求めて決断できるほど、今の彼女は経験を積んでいなかった。
【艦長……私、どうすればいいですか】
心細さからだろう。ユピは彼の名を呟いた。しかし答える声はない。今フネにいる知性を持つ存在は彼女一人だけだからだ。いっそのこと自意識を複写してしまおうかとも思った彼女だが、流石に不味い気がしたのでやめた。
それにしても、もしも逆の立場だったらユーリはどうしただろうか。あの艦長のことだからきっと……。
『―――理屈っぽいッスねユピは。いいか考えるな感じるんだ。あきらめんなよ!』
……こんな感じで合理的でないことを言うハズだ。しかしふと思いついた彼の言葉っぽいソレに彼女は苦笑した。本当に私は理屈で考えてばかりだ。機械だからしょうがないと言えばしょうがないが、例え想像した彼の言葉だとしても、まさしく正鵠を突いていると彼女は思った。
【B-34区画へのエネルギー供給回路を解放。無人機制御機構へアクセス】
少しだけ元気が湧いたのか、ユピは兎に角思いつくままにやってみることにした。まずは大格納庫へと意識を走らせる。そこには大量……とまではいかないが、無人機仕様のVFが十数機残されていた。
これは存在拡散の影響で彼女は覚えていないものの、グランへイムとの戦いで生き残った無人機たちである。インフィニットスペース作戦における第三段階の際、デフレクターを同調させた艦隊が展開した防御力場により母艦へ帰還することが叶わず、そのまま戦場に残りトランプ隊の勇士たちと共に最後までグランへイムの動きを制限し続けた機体達だった。
ちなみにデッドゲート復活の瞬間、敵艦をけん制するように飛び回っていたので行き成り生成された転移門の範囲に入ってしまい、白鯨艦隊と共に事象揺動宙域に流された経緯を持つ。トランプ隊も同様だったのはいうまでもない。
さて、ガントリーに固定されているVF達。あの激戦を生き延びたからなのか、無人機であるはずなのにどこか威風を感じさせる機体たちであった。
あの時の事は拡散の影響により無かったことになっているので、ユピはどうして無人機がこれだけしか残っていないのか解らず、あと妙に物々しいフインキを感じるんですけど……、などと感じていたりするが、まぁ使えるのだから問題ないと疑問を後回しにしたのだった。
そう、彼女は思うがままに動く為、無人機を導入することに決めた。独りでできないことは手伝ってもらえばいい。記憶にはないがいつか誰かに教えてもらったことを実践することにしたのである。
彼女の意思により格納庫で固定されていたVF達のシステムとエンジンに灯が点る。同時に機体を固定していたロックも外され、そのままカタパルトまで運ばれた。大格納庫の特徴的な横列配置カタパルトに並んだ無人機たちは同時に一斉射出され、外へと飛び出していく。
ユピは発艦した無人機たちが自分の周りをグルグル周回するように設定し、すぐにユピテルの船体各部のある整備用格納庫からも機体を放出した。本来メンテナンスに使われているVE-0《ラバーキン》が何の役に立つのかと聞かれれば彼女は答えに詰まるだろう。しいて言うならば人海戦術です、と可愛らしく答えるに違いない。
とにかく彼女は持ちうる全ての手駒たちを使った。VF-0にVE-0、さらに基本非武装であるRVF-0(P)AEWといった早期警戒機まで大盤振る舞い。ユピテルに残っているほぼ全部の機体である。集結した無人機たちはユピの意思に従い全てクレバスに向けて降りていった。
クレバスに突入した無人機たちを通じてユピはあるものを発見する。それはちょうど上空からは影になったクレバス壁面にあった。壁面にぽっかりと開いた横穴、正確には人為的に作られたであろう通路である。
これはクレバスに降りた最初の無人機が、壁に突き刺さったゴーストブースターを発見。その付近にて見つかったユピテルのデータベースには存在しない未知の様式で造られた人工物であった。
通路は金属らしき物質で構成されているが、あらゆるスキャンを受け付けない組成も特性も不明な未知の物質で造られていた。人工物なのだと解るのは正三角形のパネルが画一的に寸分の狂いなく規則正しく重なりあい長方形の通路として組みあがっていたからだ。
あまりにも規則正しく配列されており、明らかに自然界で偶然出来るとは思えない何かしらの目的と意思が介在したという痕跡である。この奥にユーリがいるのではと考えたユピは中に無人機を送り込むが、通路は途中で塞がっており奥へは進めなかった。周辺に残る真新しい傷跡といった痕跡から、どうやら最近になって隔壁が下りたらしい。
隔壁の奥に通路は続いている。周囲にユーリが見当たらない以上、この奥へと彼は進んだ可能性がある。彼の反応をロストしたのも、このセンサーのスキャンを受け付けない材質で出来た構造体の所為であろう。これがユーリの機体から発する信号を阻害しているのである。
【材質不明……、硬度は……手持ちの火器でも破壊は難しい、ですか】
RVF-0P/AEWやVE-0《ラバーキン》といった調査や精密探査が出来る機体たちが送る情報を受けたユピは呻いた。戦闘機であるVFシリーズは対艦攻撃も軸に据えており、兵装もそれらに対応できるものがそろっているが、流石に未知の遺跡の壁を壊す装備はなかったようだ。
戦艦の分厚く頑丈な装甲板を溶断するプラズマトーチを持つラバーキンでも、未知の材質で造られた壁にはお手上げであった。というか高エネルギー体のプラズマが近づくと謎の力場が発生して弾くのだ。どうやって溶断しろというのだ。
……―――だったら、より強力なので撃てばいいかも……。
閃いた。閃いてしまった。
【全機、一時離脱してください――……射撃諸元、照準、よし。重力偏差修正……よし! 全砲発射です!】
艦載機の離脱を確認後、彼女がポチっとなとつぶやいたその瞬間―――光の柱が落ちた。それは上空にいるユピテルの収束レーザー砲撃であった。旗艦に搭載されている特殊砲、ホーミングレーザーの砲列群から高出力レーザーを照射し、重力レンズにより歪曲、一つの巨大レーザーに収束させて一点に集中したのである。
グラビティウェルを操る人間がいない為、ホーミング機能はないが狙ったのは岩盤の下の遺跡だ。つまりは固定目標であり狙う必要がない。それを外すなど高性能なAIならありえないだろう。
一点に収束している高出力レーザーは小惑星の岩盤を瞬時に融解させ、直下にあった遺跡に直撃している。謎の物質で出来ている遺跡の構造物はさすがに瞬時に融解といかなかったが、ジワリジワリと手で岩を削るようにゆっくりとであるが溶けていきつつあった。
もしもここにジェロウが居たなら『 なんつーことしとるのかネ!! チミィ!!?? 』と怒髪天を突いていただろう暴挙だった。この躊躇のなさは誰に似たのやら
【――撃ち方止め。……突入口、完成です】
岩盤を貫きぽっかりと開いた黒い穴。損傷して出力が落ちているとはいえ、至近距離からのレーザー砲撃である。無人の作業機がもつ工具とは桁違いの出力を発揮する高出力レーザーが一点集中したことで、厄介な遺跡の壁もなんとか融解し貫通していた。
飛びまわる無人機のカメラを通して状況を確認していたユピは、遺跡にVFが潜れる程の穴が貫通したことを確認すると、そのまま全機に向かって命令を発信する。
―――各機、内部へ突入せよ
かくしてユピの意思の下、無人機たちは謎の施設へと突入したのだった。本当にユーリはいるのか? 通路の先に何があるのか? そんなこと高性能AIの彼女でもわからない。彼女はただ、思うが儘にというユーリの指示を実行しただけだった。
***
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
レッドアラート。その時、俺は朦朧とした意識のままコックピットの中にいた。身体を動かすのも億劫に感じる中、かろうじて自分の意志で動かせる瞼を薄く開けると、赤い警告灯が瞼の隙間をぬって目に突き刺さる。
思わず手で光を遮った。その赤い光は照明が落ちているコックピットの中を煌々と照らしている。本来、緊急事態などを知らせるものだから刺激が強いのはしょうがないとして、少々眩しい。今度ケセイヤにでも頼んでもう少し色の薄いのに変えてもらおうかな。
(……って今はいないんだっけ)
―――現実を思い出し一気に目が覚めた。そう今の俺はボッチ。激しく鬱である。
少しふらつく感じを頭を振って追い出す。この感じ……どうやら俺は気絶していたらしいな。思い出せる最後の記憶だと遺跡の出した謎のパワー(グラビティ)で吸い込まれ壁にぶつかると思ったあたりまでしかない。そこからの記憶がないから、多分死の恐怖が精神許容量一杯になって気絶しちまったようだ。
まぁ猛烈に迫りくる壁を前に意識を保てる程、俺は強靭じゃないしねぇー。本職は艦長なんだからパイロットみたいに命知らずじゃないのさ。どこぞの弾幕の雨霰の中をスキマニアクグルノフ――もとい命知らずに潜り抜けるようなパイロット連中とは心臓の毛の数が違うんだ。主に少ない的な意味で。つまり俺は繊細なんだよ。
「ってどの口が言うかね?」
誰も居ないのでセルフツッコミ虚しいなぁ。と、そん時俺の中で電流が走る……まさか漏らしてないよな? 思わず股に手をやるが宇宙服に阻まれる。ああん確認できない!?
いやマテ落ち着け。大丈夫だ。大小どちらも漏れ出た感じはしないし、そもそも宇宙服にはそれらを吸収し循環させるシステムが組み込まれている。俺由来の水が生成されましたという表示がHUDにないから大丈夫だ。俺の括約筋はどちらも活躍できたのだ。
身体の方も感覚からして怪我も負ってないし、これもきっと俺の日頃の行いがいいからだな。海賊退治なんてボランティアを無償(海賊から追剥ぎはする)でやっているんだから。
「……なんか、どの口が言うと聞こえたような気がする」
気のせいだろうか? 誰かに突っ込まれたような……、まぁいい。
そんなことよりもササッと機体のチェックを行う。といってもコンソールを見るだけだが、それによれば警告灯の点いた原因は装甲板に軽い傷と凹み、それと操縦者の意識喪失。あ、主な原因は俺か。目を覚ましたから警告灯は消しておこう。赤い光が結構眼にくるからな。
やれやれ、一先ずはするべきことを終わらせたから一息入れたいが……、ソッと顔を上げればキャノピーの向こうに広がる暗闇の世界。遺跡の中にいるというこの現実に溜息を吐くしかない。
外はあんなに赤黒い不気味な光で満たされているのに、キャノピーから漏れる機内灯の光以外は完全に暗黒の世界であるここは、まるで関係ないというばかりに静まり返っておる。つーか気分的に寒い。人肌な暖房がほしくなる。
それはともかく、もっとのっぴきならないこととして、機器をチェックしていて気が付いたが、どうも母艦とのデータリンクが途切れたらしく連絡が付かない。こんな良く判らん場所から自力で脱出とかもうね、やる気のボルテージがどんどん低下していくのを感じる。思わずため息を漏らしちゃうのもしょうがないだろうな。
でもこんな陰気な場所で立ち止まっていてもしょうがないし、脱出のために動くべきか。なんせ母艦から切り離されている以上、エネルギーも推進剤も酸素も有限なのだ。何もせず動かずにいれば少々の節約にはなるだろうが、そんなもん屁のツッパリにもなりゃしない。
そもそも助けがくるか微妙なところだ。これが普通の遭難なら動かない方がいいんだろうけど、あいにくフネにはエラー吐いて動けないヘルガと情緒面がリセットされてしまったユピの二人しかいない。探しに来れる人員がこれだけとか救助に来てくれる可能性は低いだろう。
俺は俺で脱出するために動く。というかジッと薄暗い遺跡の中にいる方が怖い。お化け屋敷に閉じ込められるようなもんだ。SAN値がピンチってレベルじゃねぇから身体動かしていた方がマシってもんだ。
―――さて生命維持の酸素残量は十全か? 大丈夫なら後は俺の心の準備が必要だ。
「さぁて、覚悟を決めるッス!」
景気上げに一発両手で顔をパンッ―――ヘルメット被ってたわ。
さて、そんなわけで移動を開始したわけだが、本当に愛機が無事動いてくれて助かったと思えるくらい、この遺跡の中は広かった。最初に目を覚ました場所もVFが低空でなら飛べるほどに広かったが、そこから続く通路らしいトンネルもホバーでなら余裕で潜れる程である。
何のための空間かわからないが、宇宙にある
少しだけこの発着場(仮)を調べたが、宇宙船らしき物体は確認できなかった。どこかエピタフ遺跡に似た雰囲気はあるが、それだけ。特に仕掛けとかトラップとかもないので、ある意味つまらなかった。もっと浪漫汁溢れる何かを期待していただけに落胆したともいえる。
結局、ここから出られそうなのは先ほどのトンネルしかなかった。人が通れるような扉がないのが気がかりではあるが、まぁ大きいトンネル一つだけというなら迷いようがないからシンプルでいいと考えよう。
俺は愛機を半人半機のガウォークに可変させ、そのまましばらく通路沿いにホバーで移動した。灯り一つないトンネルをVFの頭部パーツにあるサーチライトだけで照らし黙々と進み続ける。暗闇に支配された完全なる静寂の空間を光で切り裂いていくのは、何だか墓荒らしみたいで罪悪感を覚えた。
でも、あの場所で朽ちる訳にはいかない以上、しょうがないね♂
んで発着場(仮)の入り口がサーチライトの範囲から外れるくらいまで進んだところ、目の前に分かれ道が見えてきた。もっとも左側は隔壁らしい壁が降りており通れないので実質右側しか通れないんだが、行き止まりまで突き進むつもりだったので問題はなかった。
その後も似たように分かれ道があったが、そのどれもが必ず片側の隔壁が下ろされていた。最初こそ疑問に感じなかったが、ここまで一本道だと何か作為的なものを感じてしまう。誰かが、俺を呼んでいるとでもいうんだろうか?
まぁこの先に何が待つにしろ俺は只ひたすら進むだけだ。この遺跡がエピタフ遺跡に似ている以上、絶対になにか繋がりがあるはず。原作にはなかっただけに不安ではあるが、何かしらの手がかりを必ず見つけてやる。
そう思って進むことしばし、視界が一気に開けた。ついにトンネルを抜けて別の大きな空間に突入したのだ。
「ここは……ドームッスか?」
まず最初に目を引いた――というか遠近感を狂わされたのだが、この部屋がドーム状の空間であるということだった。プラネタリウムを想像すると解りやすいが、あれって薄暗いところだと本当に距離感がつかめなくなる。小さい頃は天井の高さが分からなくてちょっと怖かったな。
さて、このドーム部屋。VFのセンサーによれば真円に近い形状をしており、直径だけで500m以上、高さも最大が同じくらいなので完全な球体をぶった切ってかぶせたような空間だといえた。プラネタリウムにしてはずいぶんと巨大である。
「ふーむ…………駄目だサッパリ解らん」
しばしVFを停止させてこの空間を眺めていたが、この場所について調べることを早々に放棄した。こういう分析とかはもっぱらサナダさんかジェロウ教授に任せっぱなしだったので、まったくの門外漢なのである。碌な知識も持ち合わせていない素人が何を調べても何も理解できまい。
普段、俺がやってる仕事は……まず部下や仲間たちに調べるように指示を出して、彼らが持ってくる結果を待つことなのだ。遺跡調査なんぞ視察や見学するのはともかく、艦長本人が率先してやることじゃねぇ、と自己弁護しておくズラ。
そう考えると、本当宇宙戦艦の艦長って部下がいないと役立たずなんだとしみじみ思う。つまり俺は今まったくの役立たず――やめろ、その現実は俺にきく。やめてくれ。
しばし、色々と不安に駆られたからか俺は腐ったミカンじゃないと呟いていた。ちょいと情緒不安定なのは独りぼっちだからだ。あるいは事象揺動宙域ってヤツの仕業なんだよ! ΩΩΩ≪ナ、ナンダッテー!!
……誰もツッコミしてくれないとやっぱり虚しいわ。まぁいい、とにかく考えを止めないことが一番だ。なんていうか一人だと自己の連続性ってのを感じられないから、思考停止したら自身が消えちゃいそうな気がしてならないんだよね。特殊な宙域だけに何が起きるかわからないってのもあるんだけどな。
それはともかく、本当にここは一体なんなのだろうか。流石に巨大プラネタリウムってわけじゃないだろうから、思いつくとすれば……仮想現実シミュレーターとか?――貧相な考えしか浮かばない自分が嫌になる。
この遺跡がエピタフ遺跡に似ているところで関連付けるなら、異星人が造り上げた何等かの施設なのは解るが何の施設かまでは理解できない。そもそも原作じゃこんな場所、存在すらしなかったから、なけなしの原作知識もここにきては糞の役にもしないのだ。
もっとも原作じゃ――
・序盤のロウズで設計図なんて手に入らないからバゼルナイツ級建造できないし。
・戦闘ですぐ金が手に入る代わりに鹵獲できないし。
・空間通商管理局のドロイド相手に交渉は出来ないし。
・バゼルナイツは魔改造で工廠艦になるし。
・今の旗艦は魔改造され過ぎて原型ないし。
・戦艦を率いられる数はこの時点だと本来3隻までなのに制限ないし。
・一部のクルーメンバーは原作だと名前すら存在しないし。
・イネスが女の子になるし、ダタラッチ元気だし、キャロ嬢元気だし。
・バハシュールは美女になるし、マッドサイエンティストが艦内に巣窟作ってるし。
・ヴァランタインと戯れないでガチンコ勝負しちゃうし……。
―――ざっと思いつくだけでこんなに現状と違いがある……うわ、俺の無限航路酷すぎ? バタフライエフェクトどころかモ〇ラが羽ばたきで大津波起こしてるレベルじゃねぇか。
「まぁそこが面白いところなんスがね」
どうなるかはわからない。予定は未定~と俺は呟き、ドームの中心に向かってVFを動かした。いやまぁ、己のこれまでの行動を思い返し冷静な曇りなき眼(まなこ)で見れば、自分で『これはひどい!』と言いたくなるレベルである。だが、ここで愚痴を呟いても時間を浪費するばかりで進展など望めまい。時とは金なり。地味に酸素残量が気になるので手短にやろう。
というか、さっきセンサーを飛ばした時、ドーム中央に反応があった。サーチライトも遠すぎてぼんやりとしか照らせないが確かに中心に何かがある。これは何かあると感じたので、ダメで元々調べに向かうのだ。
「おお……、これは……、なんスか?」
なんといえばいいのだろうか? 中心に近づくにつれてサーチライトの光が届き、中心部の全貌が明らかになったのだが、その中心にあるオブジェクトを何と形容していいのかわからない。形状としては……逆ピラミッド? いや三角錐が逆さまだから……。うーむ、とりあえず見たまんま逆三角錐の物体が床に突き刺さっているとだけしかいえない。
こんなもん何に使うんだろうか? そう思ってさらに近づいたその時だった。行き成り暗闇を切り裂いて赤い光が俺の眼を眩ませた。なまじこれまで暗闇を通って来たのでそれなりに目が暗闇に慣れていたから、この赤い光はきつかった。
その赤い光は、ある意味想像通りだが逆三角錐様から照射されたものだった。攻撃性のあるものではないが、移動する愛機を常に追尾している。これは何かが起きると考え、機体を停止させた。それだけはなく何が起きてもいいように、火器管制を解除し推進装置のリミッターも解除して待ち構えた。
だがそんな俺の動きをあざ笑うかのようにして、別の赤い光が起こった。エピタフだ。俺が持ち込んでいたエピタフが座席の下から光だけを貫通させて眩い光を放ったのだ。なんでそんなところにエピタフがあるのかというと、今の今まで拾い忘れていた。一応は大事なものなんだからポケットにしまっとけと、きっとイネスに叱られそうだ。
ケツのしたからの光と遺跡の光、その赤い光は混ざり合いさらに輝きを増す。いや、これは遺跡とエピタフが共鳴している? というかエピタフを拾わないと―――
「あふん♡」
何かが俺の中を通り抜けた。エピタフを拾おうと手を伸ばして触れた瞬間、光が膜のようになり、狭いコックピットの中ではよけられる筈もなく光を浴びてしまった。その未知の感覚に嬌声のような声を漏らしてしまった。恥ずかしいなオイ。
おまけに起きた異常はそれだけではなかった。エピタフを拾った途端、VFのコンソールとHUDの表示がバグって数秒間変な記号やノイズが走ったのだ。まさか何かのエネルギー放射で機体のコントロールシステムがおかしくなったんじゃないかと思い血が引いた。遺跡の奥に来ているかもしれない中で乗り物がイカれるとかBADエンド待ったなしじゃねぇか!
だが、そんな騒ぎも数秒後にピタリとやんでしまった。まるで何事も無かったかのように、周囲は元の暗闇に支配され、静寂が周囲を覆っている。俺の顔はまさに( ゚д゚)ポカーンという感じで固まった。狐狸に化かされた気分とはこういう物か……。
「ん? 通信?」
その時、なぜかVFの通信機に通信が入った。まさか旗艦ユピテルと繋がったのかと思ったが、相手を示す表示がバグっているあたり違うようだった。色々と連続で起こる事態に狼狽えていると、勝手に通信がつながり―――
【やぁ、こんにちわ。あえてうれしいよ】
「なに話しかけてきてるわけ?」
―――誰か知らない人の声が聞こえてきた。思わずブロントさん風に返事したのは言うまでもない。というか、マジで誰だ?