天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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第八話-B:篠ノ之の父とユーノ・スクライア

 ユーノ・スクライアが旅館に着いてまず宣告されたことは、風呂に入るなら人間形態でしかも男湯に入れ、でないと一千七百六十万とびとびとんで二個に『分解』するぞ、というかなり強圧的な命令であった。その内容から、発言者は推して知ることが出来るはずなので敢えて述べない。

 とはいえ、そんなことはユーノとしても望む所であった。

 考えてみれば、なのは、アリサ、すずか、そして月村忍に高町美由希、ノエル・K・エーアリヒカイトにその妹ファリン。ついでに言えば高町桃子や篠ノ之沙耶も美少女、もしくは美人である。

 そんな人たちの裸を、見たくない、訳ではないが。

 だからといってフェレットに変身してしれっと紛れ込み桃源郷へ、などという卑怯な真似はとても出来ない。

 だから、ユーノは到着直後、籠の中ですやすや眠ったフリをして、女性陣が入浴に出かけた後こっそり変身。抜き足差し足忍び足で男湯に入り。

 衣服を脱いで、さあ日頃の疲れを洗い流そう、としたのだが。そこで大きな難題が立ちはだかった。

 

(……こ、コインロッカー……!?)

 

 普段は常時ロックされていて、百円硬貨を入れれば鍵が閉じ、開ければそれが戻ってくるという仕組みのロッカー。百円を担保とすることにより鍵の持ち帰りやロッカーの複数使用を防ぐというのが目的の、温泉やプールの更衣室には極当たり前に存在するものである。

 だが、ユーノ・スクライアは地球の金銭を所持していない。一円たりとも持っていなかった。

 冷や汗を流しながらきょろ、きょろと周囲を見渡す。ロッカー以外に衣服をしまう場所が無いかという儚い希望はすぐに打ち砕かれた。

 かくなる上は、念話でなのはに助けを頼むしか無いのだが――

 

《なのは、なのは! ごめん、唐突だけど君のお小遣いから》

《ユーノ君起きたの? じゃあ、こっち来てよ、一緒にお風呂入ろう》

 

 速攻で念話を切断した。これでは借りに来た直後、首根っこを掴まれて女湯に入れさせられかねない。なのはにも羞恥心が無いという訳ではないはずだが、この位の男女なら混浴でも大丈夫と思っていて、友達なら一緒に入りたいと願っているのだろう。実際、温泉のルールにも十一歳未満は大丈夫だと書いているし。

 とはいえ、これは困った。残る頼みの綱は束であるが、なのはが風呂に入っているのだ。恐らくは束も女湯で彼女と濃厚なスキンシップを楽しもうとしているはず。それに、お金を貸してくれと言った所で、あの束が素直に貸してくれるはずもない。

 まあ、これも自分の迂闊かな、とユーノは諦める。

 

(あああ、でもどうしよう……しょうがない、帰るしか無いか)

 

 そして、一旦脱いだ服を仕方なく着なおそうとしたその時。

 

「なあ、君」

「えっ……?」

 

 篠ノ之柳韻に声を掛けられた。

 紺色の着物を着こなし、細いながらも背筋が伸びて、どこか芯のあるように見える様子を、ユーノは既に知っている。車の中で束と大喧嘩したのか、苦々しい顔で車から出てくる所を見たのは記憶に新しい。

 しかし、この姿では初対面だ。そう分かっていたユーノは、あくまで他人行儀で応答した。

 

「あの、何か?」

「ロッカーの前でそんなに戸惑っているということは、金を忘れたのか?」

「え、あ……はい」

 

 柳韻は着物の懐からがま口財布を取り出し、その中から銀色の硬貨を手にとってユーノへ差し出した。

 

「これを使うといい」

「な……だ、大丈夫です!」

「百円玉、持っていないのだろう? 風呂に入れず困っているのではないかな」

「か、帰って貰ってきますから」

「別に返さなくてもいい。だから受け取りなさい」

 

 尚も遠慮しようとしたユーノは、しかし柳韻の瞳に確固たる意思を見たような気がして止めることにした。こうなれば、意地でも引かずに貸し与えようとするのではないか、と思ったのだ。

 まるで、どこかの強引で我儘なウサミミみたいに。

 

「……分かりました。でもちゃんと返しますから」

「そうか。ではそうしてくれ。使い方は分かるな?」

「ええ、コインを入れる以外は普通のロッカーで、鍵は」

「腕輪になっているから、外さず付けておくんだ」

「はい、ありがとうございます」

 

 柳韻の勧め通りに百円を入れてロッカーを開く。そしてきちんと畳んでいた衣服をしまい込み、扉を閉めて腕輪型の鍵を抜く。これでちゃんとロックされたかを確認し、右腕に腕輪を嵌めて、ユーノは漸く入浴することが出来た。

 

「おぉぉ……広いなぁ、この世界の温泉って」

 

 ミッドチルダの公衆浴場よりもずっと広い大浴場に目をキラキラと光らせて、早速入ろうとするユーノであったが。

 その肩に、ゴツゴツした大きな手が乗せられた。柳韻である。

 

「待ちなさい」

「え……?」

「まずはこれだ」

 

 ユーノは柳韻が指差す場所を見る。「掛け湯」と書かれた札の近くに、湯壷と手桶が用意されていた。

 

「掛け湯……?」

「温泉に入る前には、身体の汚れを落とす。それから、湯の温度にも慣れておく。その為のものだ。心臓から遠い手足から始めなさい」

「は、はい」

 

 言われる通り桶に湯を掬って手足に掛けると、ポカポカと温かい湯の温度がユーノを包み、身体がそれに慣れていく。

 

「どうだ。いきなり入ると血圧が上がって気持ち悪くなることがある。それに、泉質に身体を慣らすことも出来る。先人の知恵と言うものは素晴らしいと思わないかな」

「は、はぁ」

 

 柳韻はユーノに向かい、親しげに語りかけている。だが、その口数の多さはいつもの彼らしくないものだった。少なくともユーノには、束の前で頑固親父と化している彼とは似ても似つかないように見えた。

 それからユーノは柳韻に、やれ身体の洗い方だの、風呂の粋な浸かり方だの、露天風呂の楽しみ方だの様々な事を教わりながら入浴した。

 所帯持ちの中年男性が、見ず知らずの外国(少なくとも国は違う)人男児に色々と教えながら二人で入浴する。これは傍から見れば中々に奇妙な光景ではないだろうか。ユーノはそう思ったが、なにせ束の父親である。

 それに、やはりお金を貸してくれたのは有り難いという気持ちもあるので、彼の必要以上に長い説明にも顔色一つ変えずにつきあっていた。

 そして、それも一段落ついて、二人のんびりと露天風呂に浸かりながら。

 ユーノは感謝の思いを伝えるため、柳韻と話し始めた。

 

「……あの、ありがとうございます、色々教えてもらって」

「いや、気にすることはない。温泉と言うのが良いものだと知ってもらえただけで十分だ」

「……思っていたより優しいんですね」

「どうかな……周りからはド偏屈の頑固者だとかよく言われるが」

「いえ、たしかにそうかもしれませんが、これは僕から見れば、の話です。見ず知らずの僕みたいな外国人の子供に、話しかけてくれて、お金まで貸して頂けて」

 

 その言葉を聞いて、柳韻はやんわりと首を横に振り、何気ない様子で話した。

 

「知らぬ仲でもあるまい。君は束の友達なのだから」

「!?」

 

 ユーノは仰天する。どうして気づかれたんだ。今まで自分が束と会ったことなど、一言も喋っていないのに。

 

「ぼ、僕と貴方は初対面のはずですが」

「ついさっき、思っていたより、と言っただろう。私は最初から最後まで、君には客観的に見て親切に応答していたはずだ。まぁ私の容姿を気難しいと思われたのならそれまでだが……さて君は一体どの段階で、私を厳しい人間だと判断したのだろうな?」

「あ……」

「ついでに言えば、私は確かに昔から頭の固い方とは言われるが、流石に頑固者とまでは言われていない。そういうことを言うのは束だけだ。頑固頭のハゲ親父とな」

「は、はい……」

「どうして知り合っているのかは、聞かないでおこう。あまり良い内容ではないだろうし、どうも聞いて欲しくないようだからな」

 

 柳韻の見事な推理を目の当たりにしたユーノに出来るのは、もはや本心をそのままに打ち明けることだけだった。

 

「凄い……やっぱり、束のお父さんなんですね」

 

 それを聞いた柳韻は、一瞬静止して。

そして浮かべた表情は、ユーノの目と心では計り知れない程の憂いを帯びているように見えた。

 

「束は……あの娘は、私などよりずっと上だ。私がこうして君と束との関係を予測できたのは、長年生きて、成熟しているからだが……束は、既に私のいる所を……通り越している」

「それは、分かります」

 

 ユーノは思う。

 確かに、この男性は賢いのだろう。少なくとも自分より。年もとって、老成して、知識の方向性は違うにしろ、量を比較すれば彼のほうが上であるはずだ。

 しかし、束は。

 そんな自分たちとは次元が違う程に頭がいい。

 父親という立場にいる人にとって、それは多分、認めるには少し努力がいることなのだろう。

 

「……なあ、君は束を、どう思うんだ」

「僕ですか? そ、それは」

「私の前だからという遠慮は無用だ。明確に、思ったままを話してくれ」

 

 ユーノは考える。

 自分にとって、篠ノ之束とはなんだ?

 まだ出会ってから一週間も経っていないが、その過激さと鮮烈さは骨身に染み付いている。それもそうだ、自分自身が実験や聴取対象として散々弄くられたのだから。

 だから、人に迷惑を掛けながら、自分の欲求を追い求める邪悪な女の子、なんて言うつもりだった。

 だったのだが。

 

「僕を助けてくれました」

「……む?」

「僕、ちょっと色々事情があって、疲れてたんですけど……栄養ドリンク、飲ませてくれたんです。束が自分で作ったっていう。効き目はバッチリで……反動も凄かったんですけど、とにかくちゃんと効いて」

「それで?」

「まあその辺りで色々好き勝手に付き合わされて、最初はなんとも邪悪で酷い子も居たもんだって思ったんですが……なんだかんだ、そう迷惑にはなってないといいますか……」

 

 紡いだ言葉は、最初決めていた内容とは全く違っていて。

 もう少し悪しざまに言っても構わないし、むしろそれが正しいとは思うけど。

 しかし、ユーノの目に浮かぶのは。

 なのはと話したり、相談に乗ったり、アドバイスしたりする時の束の顔。

 

『ありがとう、なのちゃん。約束、叶えてくれて』

『大体、なのちゃんはわがままな夜更かし夜遊びじゃなくって、このフェレットもどきを助ける為に駆けつけたんでしょ? それでなのちゃんが叱られるのなんて、束さんが納得行かないから』

『……なのちゃん。私は、そんななのちゃんを応援したい。応援してるつもりだよ』

 

 みんなみんな、暖かく笑っていて。そういう顔が出来て、態度が取れるということは、つまりそういう心を持ってる女の子だと分かるのだ。

 ただ、その優しさを他人には滅多に向けないようだけど。

 

「……だから、まだ良く分かりません。エキセントリックというか傍若無人というか、そういう所は確かにあると思うんですが……それだけじゃないのかな、とも……うーん」

「そう、か。ありがとう」

 

 ユーノのあやふやな答えに、柳韻は二言だけを返して頷く。

 それから、ぽつり、ぽつりとゆっくりに、先程の早口説明よりも言葉を選んで、考えながら。

 

「やはり、同じ年の君から見ると、感じ方が違うのかな」

「と言いますと?」

「私などから見れば……やんちゃ、いや、そんなちゃちな言葉を通り越して、恐ろしいことばかりやっているようでな。人様に迷惑ばかりかけて、お金など湯水のように使って……」

 

 ユーノは、先日束から渡された小切手のことを思い出した。後で確認したら七桁の数字の後ろにドルがついていて、それはこの世界のサラリーマンの生涯賃金の平均値であるそうで。

 そんな大きさのお金をぽんと出せるっていうのは、湯水のようではなく洪水か滝のようにという表現が正しいよね、なんて思いながら柳韻の愚痴を聞き続けた。

 

「別に学問をするのが悪いわけではない。発明をするのも悪くはない。ただ……何をするのか、分からん。予測もつかない。私は親として、あいつのやることには責任を持たなければならない。あいつは一丁前に自分で責任を取る、などとほざいているが……」

 

 柳韻はそこで、深々とため息をつきながら、

 

「取れるわけがないだろう。まだ子供なのだ。トラブルが起こって誰かが怪我したら治せばいいというが、もし治せなかったらどうなる? あの馬鹿はそういうことを考えておらん。もしそうなった時、自分にどんなものが降り掛かってくるかを知らないし、分かろうとも思っていない!」

「……」

「あの子は失敗を知らん。何でもかんでも出来てしまう。だからあんな戯けたことが出来てしまう。それではいかんと思うから、私は……」

 

 そこまで語った所で、お湯の熱さよりも熱くなりすぎていた自分に気づいたのか。

 柳韻はふぅ、と一息ついて、ユーノに向かって謝った。

 

「いや、すまないな。我ながらどうも不甲斐ないもので、君のような、30年も年の離れた子供に愚痴を聞かせてしまった。不徳だな」

「あ、いえ、大丈夫です、いいんですよ。聞いてて思う所もありましたし」

「思う所?」

 

 柳韻の問に、ユーノはどこか遠い所を見つめながら答えた。

 

「羨ましいなーって」

「……羨ましい」

「はい、羨ましい。親御さんにそんなに心配してもらえるなんて」

「心配……と言うよりは、あいつが人様に迷惑を掛けないように抑え込むような心持ちだが」

「それが、心配っていうんじゃないでしょうか?」

 

 その言葉を聞いた柳韻は、虚を突かれたような表情でユーノを見つめた。湯船の表面が風に吹かれて揺れる。

 

「人様に迷惑を掛けさせたくないっていうことは、裏を返せばそうした時、束がどうなるかを知っていて。そういう思いをさせたくないってこと……なのかなって」

「……」

「そういうの聞いてて、ああ、束は本当に、あなた方両親に大事にされてるんだと思います。最も束の方はそれをウザったいと思ってる、というか必要ないと感じているし」

 

 うーん、と少し考えた後、ユーノは述べた。

 

「そうか……賢いな、君は。私などよりもずっと」

「いや、柳韻さんにはとても」

「年を考えんか。君が私くらいの年の時は、将棋と武術くらいしか興味が無いし、考えていなかった」

 

 最近の子は揃って早熟なのだろうか、などとぼそりと語った柳韻。その顔は、何かの憑き物が落ちたように見える。

 それは、父親の顔だ。

 人の顔には色んな形、色んな表情があるけれど、ユーノはこの表情に馴染みが薄い。というか、全然見たことがない。

 ユーノには両親がいないから。

 木の股から生まれた訳ではないが、物心ついた時には既に居なかった。スクライア族の中に躾をしてくれた人、魔導学院の授業料を出してくれたりした人は居るけれど。みんな、ユーノを子供として見て、でも同時にスクライア族の一員としても扱っていた。仕事を振り分けたり任せたりする為に世話をするし教育をする。そういう上司みたいな人たちだった。

 だから、ユーノは羨ましい、と形容したのだ。

 両親に心配され、愛されている束のことを。

 

「……」

「どうしたんだね?」

 

 柳韻の声。子供を持つ、父親の声。

 それを聞いてしまえば、さっきまで思っていたことをそのまま口に出してしまいかけるが。

 良くないことだと思い直す。

 この人は束と、それから箒ちゃんの父親で、僕の父親ではないのだから。

 

「あの、束のことなんですけど」

 

 だから、代わりに。

 

「そういう柳韻さんの気持ちが分からないような子じゃ、無いと思うんです。頭はいいし。ただ今は、気付いてないだけで。だから……その……えと……もうちょっと、話とか出来たらいいんじゃないかなーって……それが、難しいんでしょうけど」

「そうだな。向こうからは、けんもほろろだ」

「あぁー……じ、じゃあ……」

 

 なりたてだけど、助手として。

 

「伝えてあげてください。自分が心配してるって。束ってもしかしたら、自分が心配されてるってこと、分かってないのかも……うーん、束にしてはちょっとおかしいことだけど……でも、一度言葉にしてあげたらいいんじゃないかと」

 

 天才に足りない何かを補えればいいなと思って、そう語った。




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