天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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第九話:変わりゆくなにか

 夜空に鉄と魔力の衝突音が鳴り響く。

 魔力によって構成された弾丸同士のぶつかり合いは空気を震撼させ、鋼鉄のデバイスが火花を散らしてぶつかり合う場所は、平穏な国の平穏な街にある平穏な温泉街の外れにあって、間違いなく鉄火場であった。

 

「……っ!」

 

 一撃、一撃、一撃。魔力弾を交錯させながら打ち合う少女。高町なのはと、フェイトと呼ばれる黒い少女の魔導師。その戦いの趨勢は、やはりフェイト優位で進んでいる。

 なのはは覚えたばかりの誘導弾、ディバイン・シューターを必死に操作しながら有効打を与えようとするが、その一発一発を軽くいなされ、金色の槍弾で打ち消され。それだけでなく近接の間合いに持ち込まれては、こうして受けざるを得ない状況に持ち込まれている。

 ユーノと、そしてレイジングハートと訓練をして、自分には射撃・砲撃に適性があると分かったなのはである。この中距離以下の間合いでは不利であると分かってはいるのだ。

 しかし、フェイトは逃してくれない。このままなのはの魔力切れを狙って叩き落とそうとするかのように激しく攻めてくる。

 それを振り払えず、防戦一方に持ち込まれてしまっている理由は、ひとえに練度の差であるのだろう。フェイトの身体の使い方や魔力の放出具合には無駄がないように見える。効率的にスマートに、ひたすらなのはを追い詰めてくるのだ。

 だが、振り払わねば。遠ざけねば僅かな勝機すら無くなってしまう。

 ならば、ここはどうするか――。

 そう思考した直後、なのはの脳裏に浮かんだのは、友達との何気ない雑談であった。

 

「束ちゃんって、いっつも皆を驚かしてるよね」

「ん? あー、まぁね。束さん的にそんなつもりはないんだけど」

「ねえ、人をびっくりさせるには、どうすればいいの?」

「そうだねー……そういう時は、自分でもちょっとこれはないな、ってくらいの事をやってみれば簡単だよ。特に教科書大好き、マニュアル大好きな相手にはうってつけだ。そういうやつって、自分だけでなく自分以外も皆マニュアル通り、効率的に動いて当たり前って人間だし」

 

 常識外れな行動。なのはは一つ、手を思いついた。

 再び斧と杖が交わり、受けていたなのはが衝撃と魔力で数メートルほど空中を後退したその時。

 なのはは杖を持っていない右手を突き出し、術式を組み始める。フェイトは最初、それに構わずもう一撃を食らわせようと突っ込んできたが。

 斧の間合いまで近づく直前、何かに気づいたようで逆噴射をかけたように後退し、なのはから距離を取った。

 

「……引っかかってくれた……」

 

 なのはの編んでいた術式は、レストリクト・ロック。なのはが覚えている内では、数少ない補助魔法であり、強力な拘束魔法である。強力、であるということは勿論術式を組む時間も相応にかかる。まさか切羽詰った近接戦闘の只中でそんなことをする馬鹿はいない。

 しかし、なのははそうした。お陰でフェイトは何か深読みをしたのか、一旦距離を取ってくれている、

 チャンスだ。

 

「レイジングハート、お願い」

《All light. Divine buster Stand by》

 

 この間合ならば撃てる。なのは必殺の砲撃魔法、ディバイン・バスターを。

 対して、フェイトはなのはの目論見に気づいたか、再び接近しようとするが、これはもう遅い。なのはのリンカーコアからすでに必要量の魔力が生み出されてデバイスに流れ込んでいる。後は術式を組み撃ち込むだけ。

 ならばこの短時間では回避も不能。それを理解したのか、フェイトも右手に魔法陣を展開し、魔力を集中させている。

 つまりは、大魔法同士のぶつかり合い。単純な出力勝負。

 

「ディバイン・バスター!!」

「サンダー・スマッシャー!」

 

 斜め上へと一直線に伸びる桜色の魔力の渦巻きと、それを迎え撃つ金色の魔力の閃光。

 二つは真っ向からぶつかり合い、数秒の間拮抗する。

 だが――

 

「もっとだよ、もっと……私の全部で届かせるっ!!」

「……!!」

 

 やがて、桜色の光が太く、大きく膨らんで、金色を飲み込んでいく。

 なのはのリンカーコアから、必要以上の魔力が供出されていた。平常時の威力を100とすれば、120か130くらいになるだろう、フルパワーの砲撃。

 それは、サンダー・スマッシャーを完全に上回り、フェイトに向かって届いて、その小さな体を完全に飲み込んだ後、爆裂した。

 

「やった――!」

 

 その光景を見て、なのはは快哉を叫ぶ。この素早い魔導師と戦って、初めてのクリーンヒット。これなら――

 しかしその時、なのはは気づいていなかった。魔力の当たる『手応え』を感じなかった事に。一重に、初心者であることから来るミスであった。

 

《Scythe Slash》

 

 首筋に、刃。

 

「あ……」

 

 魔力の熱さが背筋を凍らせ、硬直したなのはが顔を左に振り向かせれば。

 黒い衣服にそれでも目立つ焦げを作りながら、しかし身体はほとんど無傷であるフェイトが、鎌を構えて宙に浮いていた。

 

「……私の勝ち」

「うぅー……」

 

 観念したなのはは、レイジングハートから一つジュエルシードを取り出す、今夜、フェイトに先んじて封印したものであった。

 しかしちょうどその時、フェイトとアルフも現れて。渡せ渡さないの問答が行われた後、戦いの勝ち負けで所有権を決める事になったのだ。

 

『やっぱりフェイトの勝ちか。まぁ当然だけどね、残念だったねえガキンチョども』

『くっ……』

『ごめん、ユーノ君……』

 

 念話で勝ち誇っているアルフは、同時にユーノと戦闘していたようだ。その戦況は一進一退だったらしく、まだ余力を残しているユーノが約定を守るかを懸念しているようで、未だ油断なく睨みながらの勝利宣言である。

 

「アルフ、じゃあ帰ろう」

『おうさ! これで懲りたんなら、次はお家に帰って大人しくしてるんだね!』

 

 フェイトとアルフは合流し、空高くへと飛んでいく。

 なのははそれを見て、全身で脱力しながらふらふらと地面に着地した。先程の大砲撃で、魔力の殆どを使い切ってしまっていたのだ。

 もしあの砲撃がヒットしていたとしても、それでフェイトを撃墜出来なければ、どのみちあっさりやられていただろう。

 知恵と戦術。魔導戦において大事なこの二つの要素において、なのはは未だフェイトの後塵を拝しているのであった。

 

「……お疲れ様」

「ごめんね、また負けちゃった……」

「いいんだよ。それより、怪我がなくて良かった」

「うん。きっと手加減してくれてるんだ」

 

 ユーノの語ったとおり、なのはの身体には傷一つ見当たらない。ただ魔力によるダメージと、自分の魔力消費による疲労が残っているだけだ。これなら明日、アリサとすずかに会っても危ないことをしているとはバレないだろう。寝起きはかなり悪くなりそうだが。

 

「手加減、かあ……」

「ごめんね。まだちょっと、追いつけなくて」

 

 ユーノがしょんぼり落ち込むのは、自身の実力不足が原因だとなのはは判断した。

 だが、ユーノは頭を振ってこう答える。

 

「いや、違うんだ。もしあの子が本気だったら、なのはは怪我してるって思うと……ちょっとね」

「もう! 今更それは言いっこなしって決めたでしょ?」

「で、でもやっぱり」

「それ以上言うと、怒るよ?」

 

 ユーノの躊躇いに満ちた言葉を聞くたび、なのはの言葉は少しだけ、きつくなっていく。別に怒っている訳じゃないのだと自覚していて、ユーノが戸惑い迷う理由も、分からなくはないのだが。

 だが、自分にやれること、自分にできることがあるのならば、それに妥協したくないというのも、なのはの確かな想いであった。

 

「……でも、これでこっちは六個。向こうは確認してるだけで……四個、か」

「あの子達のこと、全部確認してる訳じゃないし、それ以上って可能性もあるんだよね?」

「うん。とはいえこれで、ジュエルシードも残り半分……折り返しになる」

「急いで集めちゃおう、ユーノ君」

「勿論。あの宝石が、この街に害を為す前に……」

 

 そこで、二人の会話が途切れる。

 だだだだっ、と地を蹴り走り来る、うさ耳浴衣姿の束が現れたのだ。

 

「なーのーちゃーん!!」

 

 超速の勢いでなのはに抱きつき頬ずりする彼女を、なのははどうにか受け止めることができた。速度からしてまともにぶつかればダウン必至であるはずだが、どうも彼女もフェイトと同じく、激突寸前でブレーキを掛けて手加減しているらしい。

 

「た、束!? 今までどこ行ってたんだよ! もう終わっちゃったよ!?」

「おうおう、そりゃ解ってらぁ。いやごめんねなのちゃん、ちょっと色々あったもので」

 

 ユーノの文句はあっさり流した束が、なのはに振り向く。

 紅玉色の瞳が、まっすぐなのはの目を見つめた。

 

「あ、そうだ。早速だけど約束通り……今、二人きりでお風呂、入っちゃおうか」

 

 

 

 

 

 そして、なのはと束は二人きりで、海鳴温泉の大浴場に入ることとなった。営業時間は深夜0時まで。ギリギリのタイミングだからこその、貸切状態である。

 二人共全裸であり、なのはは髪飾りも解いているが、束の方は機械仕掛けのうさ耳を外さず頭に乗っけている。曰く全領域全気候対応型であるらしい。

 なのはは束を見て、いつもの事ながら少しだけ羨みを抱いていた。彼女のスタイルが、同年代の平均よりも一回りほど上であるからだ。

 胸も尻も、僅かではあるが女らしく膨らみ。均整の取れた肉体は細すぎず太すぎず。女児と少女の中間辺りのラインで絶妙な体型を保っている。

 ちょっとだけ、小学三年生のラインをはみ出ずも、あくまでちょっとだけ大人らしいそのスタイルを見るたびになのはは感心して、自分もこんな風になれるかな、などと考えてしまうのだった。

 

「ねえ、束ちゃん……その、私、あの子に今日も負けちゃったんだ」

「ふうん。そうなんだ。ドンマイだよなのちゃん! 大丈夫、次は勝てるさ!」

 

 そして、なのはは直前の戦いが敗戦であったと告げる。

 こうして負けの話をするのは今に始まったことではない。フェイトと戦う時はいつも負けていて、その度になのはは、束へ話すのだ。愚痴るのでも無ければ詳しく報告するでもなく、ただそうなったという事実だけを伝える。

 そして束はそれを聞く度に、気にするな、ドンマイ、大丈夫、などと応援してくれる。

 なのはにとっては大変暖かい言葉であり励ましになるのだが、しかしそれと同時に、ある不安も湧いてきてしまうのだった。

 

「……私、最近ちょっとダメだなぁ。覚えた魔法も少ないし……魔法の才能、ないのかな」

「そんなことないって! あのフェレットもねー、なのはは才能の塊だーとか言ってた。天賦の才だってさ! 束さんもそう思うな!」

「うん……」

「なのちゃんは、このまま頑張れば、努力と鍛錬を重ねればいい。なのちゃんは大成するよ。ついでに束さんも大成するよ、それは間違いない」

「……そう、かな……」

 

 確かに、魔法の訓練は楽しい。少しつらい時もあるけれど、それの倍くらいやりがいがあって、一歩一歩、自分が大きく強くなっていけると感じられる。

 勉強にも運動にもお菓子作りにも、それから小さい頃少しだけやってすぐに止めた剣術にも、感じなかったもの。多分、自分の才能は、魔導の道に向いているのだ。

 でも、だがしかし。

 

「どうしたの、なのちゃん?」

「え、ううん……束ちゃんに、比べたら……もし、もしだよ? 束ちゃんに私と同じ魔法の才能があって、ユーノ君やレイジングハートと出会っていたら……そしたら、ジュエルシードなんてとっくに集め終わってて、フェイトちゃんにも……」

 

 なのはにとって、篠ノ之束はとてつもなく大きな存在だった。

 それは断じて、恐怖による決めつけではない。なのはも束も同じくらいしか生きていない女子小学生であるのだから、恐れる必要は毛頭なく、対等に付き合えるのが当たり前であると、その認識は今も変わらず保っている。

 だが、なのはは一つ、束に誓っていた。

 

――じゃあ、私が連れて行ってあげる。束ちゃんがつまらなくない、楽しいって思える世界に――

 

 その誓いを果たすために、輝いてみせねばならないと思うのだ。束が真に世の中をつまらなく思ってしまえば、そこから先はきっと大変で、悲しいことが起こるから。

 そこに出てきたのが、魔法。束にとって未知の領域。

 それは、なのはが魔法少女になろうと思った第二の理由であった。

 魔法を使い、空高く飛んで輝く自分を束が見てくれて、それを面白く楽しいと感じてくれたら。そうすれば、今まで普通の女の子として、それでも精一杯輝いて生きようと頑張っていた時などよりも、ずっとずっと、束を楽しませることが出来るから。

 でも、なのはは今の自分が、束の娯楽であり興味の対象になっているのかどうか、どうしても不安を覚えてしまうのだった。

 

「……そんなこと、ないよ」

 

 しかし、束はなのはの言葉を、柔らかく、だがはっきりと否定した。

なのはには、それが友人への遠慮などでなく、まごうことない本心であると分かる。誰に憚らず遠慮などしないのが束であると知っているからだ。

 

「なのちゃん。魔法少女を始めた日、君はどうやってユーノ君のところに向かったの?」

「え……と、それは、魔力を無意識に感じて」

「それはあの助手が立てた、ただの仮説だよ。しかも理屈に合わない。結界は直前まで張られていた。あの空間は封鎖されていて、誰に分かるものでもなかったんだよ」

「じ、じゃあ、きっと私、結界の魔力を感じたんだ」

「それもバツ。助手の組む結界は非常に高度なものだ。隠蔽性も高い。恐らく、結界の専門家が走査して初めて見つかるくらいのもんだよ。なのちゃんは素人だったんだから、見つけられるわけが、ないんだ」

 

 じゃあ、どうして。

 問いかけたなのはが見る束は、彼女にしては珍しく――湯船に座り込みながら、顎を手に乗せて――深く、深く考え込んでいた。

 

「……そうだね……」

 

 それから数秒後、束はぽつり、と話した。

 

「空間把握能力」

「え?」

「魔導師の才能を計る一つの目安みたいなもの。で、助手が、なのははそれに長けている、って言ってた。もしかしたら……なにかのヒント、かもしれない」

 

 それは、いつも物事をズバッと単純明快に言ってのける束にしては、あやふやかつ不明瞭な言い方で。

 だからなのはには、束がそれを『楽しんでいる』のだと理解できた。

 

「ふーん、よくわからないんだ」

「そう、よくわからない。人間の空間把握能力なんて、どんなに先鋭的でも原理的、物理的にはたかが知れてるはずだし。それに封時結界の仕組みからして、その中のことを把握するなんてのは人間の感覚器官にも魔法的な器官にも不可能な、はずなんだけどね――」

「そうとしか、考えられない」

「そう! そうなんだよ、なのちゃん! だから――今、束さんはかなり楽しいよ」

 

 曇り空のようだった顔が、一気に晴れていく。その答えを、なのはは待っていたのだ。

 

「そっか、束ちゃん、楽しいんだ。私のこと……面白いって、思ってくれてるんだ……!」

 

 なのははとてつもなく大きく、そして熱い喜びに浸る。

 良かった。フェイトちゃんにやられてばっかりな私だったけど、でもまだまだ、束ちゃんは私に飽きていないみたいだ。

 そうしたら、もっともっと友達でいられる。

 束ちゃんは私に飽きない限り、こうして近くにいてくれて、色々話を聞いてくれる。

 

 そう、私に飽きない限りは――だから、もっと頑張らなきゃ。

 私よりずっとずっと、高いところにいて、いつか見えなくなってしまうかもしれない女の子へ、少しでも近づくために――。

 




これで第二部完、でしょうか。
続いての第三部は、アリサとすずかと束さんのお話になります。
6/6の19:00に投下します。
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