申し訳ない…
「た、束ちゃん……やっぱり止めたほうがいいのでは……?」
「なに言ってるの? 昨日の夜、ちゃんと決めておいた約束でしょ?」
学校の教室。午前の授業が終わり、生徒は各々弁当を騒ぎながら、喋りながら、あるいは黙々と食べている、そんな最中に。
あわあわと動揺している女の子と、その背中を押しながらニヤニヤ笑ううさみみ付きの女の子が居た。
「そ、それはそうだけど……だって」
「だいじょーぶ、この束さんが保証するから。もしかしてそれじゃ不安かな?」
「ち、ちがうよ! でも、でもでも……こういうのは隠すのがお約束なのではと思うのですが」
高町なのはと、篠ノ之束である。
束が何やら急かすように押し出しているのを、なのはが必死に抵抗しようと試みて、しかし抗えずに段々と、目標のいる場所へと近づいていってしまう。
「いいかいなのちゃん! 常識なんかぶっ壊せ! というかさ、もう壊れてるよね?」
「で、でもユーノ君は」
「助手にはちゃーんと許可取ったから! ちょっと拘束して何度かお話し合いしたら分かってくれたもん!」
それ、説得じゃなくて脅迫ってやつだよね?
と言う間もなく、なのははついに、恐ろしいものが待つ場所へとたどり着いてしまった。
二つの目線が、彼女の顔に突き刺さる。
一方は、アリサ・バニングスのとにかくきっつい翡翠色の瞳。
もう一方は、柔らかいながらもじいっと、混じりけなしの真剣さを叩きつけてくる月村すずかの藍色の瞳。
四つの瞳とその目線を浴びせられたなのはの様子は、正にまな板の上の鯉である。
「さあ、なのはちゃん! 腹を割って二人と話すんだ!」
「わ、わかったよ……うぅ」
こうなった以上戻りようも誤魔化しようも既に無いと悟ったなのはは、何やら珍妙な状況になにも語れず目を向ける二人に対して、こう切り出した。
「あの……ちょっと、一緒に来てもらってもいいかな……?」
それから、戸惑う二人を連れてなのはと束がやってきたのは、束が学内の拠点にしているいつもの空き教室である。
「……で、こんなところで何するのよ」
「ええと、それは」
「こうするのさ! パスワード入力! なのちゃんとリリカルしたーい!」
束が慣れた手つきでロッカーのコンソールを開いて叩き、秘密基地モードを発動させる。
先ひどまでの静寂がウソのようにガラガラと音を立てて閉まるシャッター、動く机。
アリサもすずかも、ただただ呆気に取られていた。
「ちょ、何よこれぇ!? 束、アンタ学校にいつの間にこんなのを」
「はいはい、驚くのは後にしようねー。これからなのちゃんから重大な発表があるからね」
「え……?」
戸惑うすずかに見つめられれば、なのはは口火を切りづらくなって少しまごつくが。
それでも唾をごくん、とのんで覚悟を決めて。
「アリサちゃん、すずかちゃん……私ね……」
胸元にかけている真紅の宝珠、自己修復の終わったレイジングハートに魔力を流し込み――純白の防護服を身に纏って。
「魔法少女、はじめてます」
と宣言した。
今度こそ完全に沈黙し、思考停止の状態にあるアリサとすずかへ、束が流れるような早口で補足説明を行う。
ある日傷だらけのフェレットもどきに救いの手を差し伸べた、我らの天使にして至大至高の小学三年生、高町なのはに訪れた、突然の事態。
渡されたのは赤い宝石。信じたのは勇気の心、手にしたのは魔法の力。
出会いの導く偶然は、無理やり混じったうさみみを巻き込んで、光を放って動き出す。
青い宝石、ジュエルシードを封印し、ご近所の平和を守るための聖戦。
そして、黒い服の少女、フェイトとの出会い。分かり合おうとして幾度も戦い、それでも未だ通じぬ想い。
だがしかし、それでも日々鍛え、探し、飛んで戦い、リリカルにマジカルに頑張っている光の女神。
彼女と同じくらい至大至高で美しく、唯一無二の天才な、うさみみ少女と手を取り合って。
魔法少女リリカルなのは、もうとっくに始まってます。
「……というわけなのさ」
「いや、何が『というわけ』なのよ!」
「あれー? わかんなかった? おっかしいなーちゃんとこの二人でも分かるように話したんだけどなー」
「ううん。ええと、大体事情は飲み込めたんだけど……なんだか、美化しすぎてるような気がして」
「なのはのことをやれ天使だの女神だの! ついでに自分も天才だとか! すごい鼻について苛立たしいのよ!」
束の要約は確かに天才のそれらしく、理屈だって分かりやすいものであったのだが。
言葉の端々に織り交ぜられた美辞麗句の数々は、アリサやすずかにはどうにも不評であるようだった。
「にゃはは……」
「そういうアンタも!」
そんな様子に苦笑するなのはへ、アリサが叫んだ。
「何よそれ!? マジックとかトリック……じゃ、無いわよね、どう見ても」
「ええと、これはバリアジャケットっていう魔法の制服で。あと、この杖はレイジングハート。私を助けてくれるデバイスだよ」
「あー……魔法か……確かに魔法よね、これは……」
そして、何かを一人合点したようで、思いっきり息を吐いて脱力し、近くの椅子に座り込んだ。
「アリサちゃん……」
「いいのよ、すずか。こいつらの言ってること、全部本当よ」
「ふふふ、信じてくれたね? そう、ありのままを受け止めることこそ肝心なのだよ。さて」
そんなアリサの前にゆっくり歩み寄り、束は問を投げかけた。
「これがなのちゃんの隠し事。君たちへ秘密の隠し事。魔法なんて力を使って、こわいこわーい化け物と戦ったり、とても強い女の子と戦ったり。危険で危ない秘密の戦い、怪我だってするし、不慮の事故で死ぬ可能性も決してゼロじゃない」
それは全て真実である。
誇張でも何でもなく、ただそのままに当てはまる事実。
「だから秘密にしたかった。巻き込みたくなかったから。まあでも、色々あって、こうしてバラすことになったんだけどね」
束の独壇場である。
なのははただ黙って、友達の答えをじっと見守るだけだった。
「さあ、君はどうする? これが真実だ。なのちゃんは君たちを守るために戦っていたんだよ。危険な戦場で、君たちには及びもつかないすごい力を使ってね。さあ、どう返す? どう受け止める?」
うさみみの束は悪魔めいた表情を浮かべてそう締めくくったが、対するアリサ、そしてすずかの顔は穏やかで、余裕すら見受けられるくらいで。
そして、俯き沈黙するなのはに向かって、二人、にっこり微笑んだ。
「何暗い顔してんのよ、なのは」
「あ、アリサちゃん……でも、私二人に隠し事して、嘘ついて」
「私たちを、危険から守りたかったからなんでしょ?」
「そ、それはそうだけどっ……でもやっぱり」
「ああもう、うじうじうじうじ、うるさいわね!」
アリサは勢い良く椅子から立ち上がる。そして、突っ立っていたなのはの手を取って、ぎゅっと握った。
「頑張ってたのね、なのは」
「あ……」
「アンタ、ちょっと前に、自分にとりえなんて無い、って言ってたけど。なによ、すっごい頑張ってんじゃない。街を守るために怪物と戦う? そんなこと、誰にだって出来ることじゃないわよ」
「でも、それは私に魔法の力があるからで」
「そんなことないよ、なのはちゃん」
そして、すずかもそんな二人に近づき、握られていない方の手を取った。三人輪となって語り合う。
「すずかちゃん……」
「もし力があっても、それを使うことには、とってもとっても勇気がいるの。なのはちゃんはすごい。力を使うのに躊躇いなんてなくて、しかも街の皆を守るためなんて、すごくかっこいい事に使ってる」
「かっこよくなんか無いよ、私はただ」
「アンタがどう思ってるかはこの際関係ないわ。結果として偉いことやってんだから、素直に褒められておきなさいよ。それに、私たちは……」
苦い顔で、アリサは語りだす。
「馬鹿だったわ。あんたの事情なんか全然知らないで……何も話してくれないことと、そうさせちゃう自分の力の無さにイライラしちゃっててさ」
「そこで、束ちゃんがやってきたんだよね」
「っ……そ、そうよ! 束!」
「はいはーい、なにかな?」
三人の輪の外からひょっこり顔を出した束へ、アリサがきつく言い放つ。
「どうせあんたが仕組んだんでしょ、これ!」
「ん、まぁそうだよー。ほら、あの時に『このお返しはする』って言ったじゃんか。それだよ。お返しとして、君たちが知りたいなのちゃんの事情をお話するということで」
「ええっ!? そうなの、束ちゃん!?」
「そだよー。ああ、なのちゃんには話してなかったね。この前こいつらと話しててさ、まぁそれがちょっと面白かったから」
「ふうん……」
束の説明に頷くなのはの表情は、どことなく嬉しげであった。
普通、友達同士に自分抜きで何か大事な話をされれば怒るか、そうでなくても疎外感を感じてしまうだろう。
だがなにせ、束のやることである。彼女が自分や家族抜きで、しかも同年代である女の子二人と会話をするなんていう状況は聞くのも初めてであった。
だから、嬉しくなる。束が段々と、外に向かって目を向けている。それは、彼女がこの今の世界に、楽しさを探し求めようとしている歩みでもあるのだ。
「ま、なんというか……なのは」
「うん」
再びアリサがなのはへと語りかける。
「あたしは、あんたの手伝いとか、多分できないけど。あんたが眠そうにしてた授業のノート見せたり、色々話を聞いて秘密にしてあげるとか、それくらいは出来るのよ」
二人と握った手の平を、ギュッと握りしめながら。
「それくらいのこと。でも、それだけでもいい。あんたの助けになってあげたいの。あんたが何も考えず、まっすぐ歩いていけるように」
「……アリサ、ちゃん……」
続いて、すずかもぎゅっと手を握り。愛おしげな顔で二人を見つめて続いた。
「なのはちゃん。私たちなら平気だから。秘密にしたい気持ちはよく分かるし、伝わるよ。でも……たまには私達も、なのはちゃんにおせっかい、したいから」
アリサも、そしてすずかも。なのはに助けられた人間である。
なのは自身はそう認識していないようだが、彼女たち二人、そして束を加えて三人共、高町なのはのことが大好きで、だから一人で抱え込ませたくない。
秘密も苦しさも、分け合って背負っていきたいのだ。
「……アリサちゃん、すずかちゃん……!」
そんな二人の言葉を聞いた、なのはの胸の内はじいんと震えて。
痛いほどに握られている二人の手を、それよりもっと強く、跡が残るくらいにがしっと握り返した。
そうして出来た輪から一歩離れたところにいる束は、何も語らず、にんまり笑いながら三人の友愛に満ちた光景を見ていたが。
突然、アリサとすずかの左手が分かれる。そして、束の方へと向けられた。
「ふぇ?」
「何してんの、あんたも混ざりなさいよ」
「束ちゃんも私たちの友達……だから、ね」
その時、目の前にいるなのはから見た束の顔は、一瞬だけぼやけるように惚けていて。
しかしその直後、いつもより更に満足そうな笑みを浮かべて、二人の手を思いっきり握り締めた。
そう、
「っだああああ! ちょ、いたいいたいいたい止めなさいって! 束!」
「きゃぁっ!? い、いたいよ束ちゃん……!」
「あはは! まぁそこまで言うならしょうがないなぁ、そういうことにしてやるか! というわけでよろしくアリちゃんすーちゃん!」
二人の悲鳴なんか完全に無視しながらぶんぶん手を上下に振る束を見て、なのははそういえばと思い出しながら苦笑いするしかなかった。
そう、あれは二年前のとても懐かしい思い出。
アリサとすずかに出会った時の大喧嘩の果てに、先生や両親から叱られた跡、二人きりで仲直りしながら初めて握手した時。
なのはもその時、手の骨が砕けてしまいそうなほどに強い握手をかまされたのだ。
この天才、どうも手を繋いだり、抱きしめたりという一時的接触には免疫がないのか、そうされると加減なしに返してしまうのだ。
まあ、一度やればそれで覚えるらしく、なのは相手になら加減を効かせられるようだけど。
無論アリサともすずかとも、手を握り合うことなど初めてであるから。
「離してっ、ちょっと痛いから話しなさいよ離せ馬鹿!」
「う、動かさないでぇ、て、手が、手だけじゃなくて腕も痛くなるからっ」
このような悲劇が起こってしまう。
少しおかしくなって、ふふっと笑ってしまうなのはだったが、当然このままにしておける訳がない。
「もう、束ちゃん落ち着いて、ほら、今度は私と握手しよ?」
「わぁい! なーのーちゃーん!!」
だから束の興味をこちらに向け、二人を解放させてあげながら。
悪気はないから、許してあげてね。束ちゃんって、こういう子だもの。
なんて思いを詰め込んで、ぺこりと首を傾け頭を下げるのであった。
高らかに笑い笑えばなんとやら。