「納得いきません!」
アリサ・バニングスは正座で座りながら、対座している緑髪の女性へ大声で訴えた。
それは少女らしく率直な怒気を孕んでいるが、しかし受けた女性はまるでそよ風でも受けているかのように飄々としている。
一方、女性の横にいる黒髪の少年は若干苛立たしげであった。
それから、アリサの両隣にいるなのは、すずか、そしてユーノは三人共、怒るアリサを抑えようとしている。
だが、そんな周りはまるきり無視して。
アリサは目の前の、提督と呼ばれている女性に怒鳴り続ける。
「そりゃあ、魔法なんて使えない私達が介入しないでくれ、って理屈はじゅーぶんに分かりますよ!? でもね! ジュエルシードを探そうと頑張ってこの世界まで来たユーノと! それからその手伝いをしてただけのなのはまで、何もするなっていうのはおかしくないですか!?」
「アリサちゃん、落ち着いて……」
「すずか! ここで退くわけにはいかないでしょ!?」
傍から見ればどうにも奇妙な状況であった。
その始まりは、アリサとすずかが偶然ジュエルシードを見つけたことである。
事前になのはから、危険な宝石だと説明を受けていた二人は触らず近づかず、すぐさまなのはに通報し。
駆けつけたなのはが封印して確保――しようとした、その時。
ストップだ、と割り込んできたのが黒髪の少年、クロノ・ハラオウン。
彼は自らを時空管理局執務官だと説明し、なのはたちに事情を聞くための同行を頼んだのだが。
これがアリサの反骨心に火をつけた。
いきなり出てきてアンタなんなのよ一体! と叫んで思い切り楯突いたのだ。
とはいえ、管理局側でもそういう反発は予め想定していたのか、クロノも下手に波風を立てず落ち着かせて説明しようとしていて。
そこにユーノが転移して来て、管理局周りの知識をアリサたち三人に教えたので、その場はどうにか収まったが。
しかし再び、アリサは激発した。
その理由というのが、これまた少し不思議なのである。
「アリサちゃん、その……」
「何よ、なのは! アンタだって、こんなところで終わるのは嫌でしょ? 一度始めたことを途中で終わっちゃうなんて、アンタの一番嫌いなことじゃない!」
「それは……うん、確かにそうなんだけど……」
彼女が怒る理由が、彼女自身には全くと言っていいほど存在せず。
ただただ友達であるなのはと、それからユーノのためにだけ、怒り、叫び、訴えているのだった。
彼らが始めたジュエルシード集めであり、フェイトとの戦いであるのに。
他所の人間が横から割り込んで、しかもこれ以上は止めにしろという。
それに納得行かないと、吠えているのだ。
「……とはいえ、ね、アリサさん」
ここで、緑髪の女性――時空管理局提督、リンディ・ハラオウンが話し出す。
「ロストロギアというのは、とても危険なものなの。なのはさんは、よく知っているでしょう?」
「は、はい」
「僅かな思念にも反応し、思念体として暴れだす。それから……」
リンディの言葉を、クロノが引き継いだ。
「昨日起こった、ごく小規模の次元震……その威力と規模は、君たちも理解しているだろう」
「はい……」
その余波で自分のデバイス、レイジングハートを壊してしまったからか。
なのはは悲痛な面持ちで首を縦に振っていた。
「たった一つのジュエルシード、その何万分の一の力の発動でそれなんだ。複数個集めて発動した時の影響は、計り知れない」
「だから、私達時空管理局が、適切な手段と力を以て、それを封印し、然るべき場所に保管するの」
「君たちは今回のことは忘れて、元の世界で日常を暮らしてくれ。そうできるように、僕らがいるんだ」
クロノと、それからリンディが放つ言葉はどれも正論である。
ただの一般人であるアリサにしてみれば、確かに任せておけばいい、とも思うのだ。
この話し合いの場だって、さらばー、とかなんとか言いそうな巨大戦艦の中なのである。
彼らの着ている服、佇まい、そして雰囲気からしても。
嘘をついているのではなくて、時空管理局という巨大組織の一員であることを、アリサは感じ取れていた。
だが。
大事な大事な友達の目が、それじゃ嫌だと燃えていて。
でも、いい子ちゃんな所があって、それをこの場で素直に切り出せなさそうだから。
「……それでも!」
アリサ・バニングスは
――うさみみを付けた生意気なやつの代わりに。
本当ならば今、彼女の隣で天才の弁舌を叩きつけ、リンディやクロノを煙に巻いているはずだろうが。
全くあいつってば、こんな大事なときにどこに行っているのかしら!
お陰で私が意地を張らなきゃいけないじゃない! 結構疲れるのよ、こういうの!
そう、心の中で独りごちた時、アリサの横ですずかが手を上げていた。
「……あ、あの、ちょっと、いいですか?」
「え? ええ、どうぞ」
それは、リンディにとっても少し意外だったらしく、許可をする反応が若干、遅れていた。
許可を受け取ったすずかは息を呑み、そしてそれをゆっくりと吐き出すように語り始める。
「ユーノ君に聞いたんですけど……なのはちゃんの魔法の才能って、すごい、んですよね?」
「ええ。若いのに大したものだわ」
「でしたらそれは……もしかしたら、そちらのお役に立つのではないか、と思うのですが」
はっ、とアリサはすずかの意図に気づき、そして言葉を引き継いでまくし立てる。
「そうですよ! ジュエルシードの回収に、それから……フェイトって子とも戦わなきゃいけないんですよね?」
「いや、それはそうなんだが……」
「だったら、なのはは戦力として有用ですよ! 記録映像見たら、もうビーム撃ったり空飛んだりですっごいんですから!」
「あ、アリサちゃん……なんだかそれ、恥ずかしいよぉ」
まるでセールストークのような言い草のアリサに対し、なのはは顔をほんのり赤くして止めようとするが。
「いいじゃない、本当のことなんだから! 今日の封印の時だって、かっこよかったわよ、ね、すずか?」
「うん。まるでアニメに出てくる魔法少女みたいで、とても可愛かったし」
「にゃああああ……」
それでますますおだてられ、林檎のように真っ赤な顔で俯き、ただただ沈黙した。
アリサはそんななのはの背中をばしっ、と軽く叩いて、さあどうだとばかりに言い立てる。
「ですから! 是非うちのなのはを使ってやってください!」
「……
目眩でも起こしたのか、頭を抱えて苦言を呈すクロノが言うように。
アリサの説得はなんとも売り込みじみていた。
それは、彼女の中に流れる大企業の一人娘としての血が、させていることなのかもしれない。
「というか、『うちの』って……」
「Shut up! アンタは黙ってなさい、ついでに二束三文で押し付けてあげるから!」
「えええ……」
恐る恐るツッコミを入れたユーノに怒鳴り返すアリサ。
それを見ていたリンディが、ぷっ、と吹き出し、笑みを浮かべた。
「なのはさん。あなたのお友達はみんな、あなたのことがとても大好きみたいね」
「え。あ……はぁ……」
「さて、友達はああ言ってるけれど、あなた本人はどうなの、なのはちゃん?」
そして彼女に問い質されたなのはは、うぅっ、と瞳を惑わせ、口籠るが。
直ぐ側にいる三人の顔をちらっ、ちらっと見つめたら。
何か覚悟を固めたようで、決然とした表情と、凛とまっすぐな目線をリンディに向け、こう答えた。
「私は……やりたいです。ジュエルシード探しも、フェイトちゃんとの戦いも」
「危険なことよ? 怪我するかもしれないし、それ以上のことだって、あるかもしれないわ」
「今まで、いつだってそうでした」
「あなたには帰るべき家族と、日常があるでしょう? ここから先、私たちに協力するからには、日常と魔法の両立は諦めなければいけない。一時的とはいえ、ね。それで、本当にいいのかしら?」
「でも……ううん、だとしても!」
なのはは声を一段大きく、高々と張り上げた。
「それでもやりたいんです。一度始めたこと、途中で投げ出すのは嫌なんです。この街に危険なものがまだあって、それをどうにかできる力があって、何もしないのは嫌なんです」
「ふうん……」
「あと、それから……あの、フェイトちゃん、黒い服を着た、魔導師の女の子。あの子ともう一度話がしたい。言葉が通じるんだから、わかり合いたい。その為に私は……戦いたいんです」
アリサはそれを聞いて、ああ、これがなのはという人間なんだ、と感慨を覚えた。
どこまでもまっすぐすぎて、不器用で頑固で。でもとても一生懸命で、貫き通すに相応しい、固く鮮烈な意思を持っている。
二年前、束という圧倒的強者の前で立ち塞がる、なのはを見たときもそう感じた。
この儚いくらいにきれいな真っ直ぐさに自分が惹かれたのだと、改めて思う。
そして自分が、彼女の友達としてやるべきことは――
真っ直ぐ突っ込んでいくなのはが、四方八方にある余計なものに囚われないように。
彼女が辿る道を、支え助けてあげることだ。
「……なるほど」
そして、リンディも何かを感じたように、こくん、と首肯して。
「そういうことなら、まぁいいでしょう」
優しい笑顔で、そう告げた。
「母さ……いえ、艦長!」
「いいじゃない。こっちとしても戦力が増えて悪いことはない。貴方という切り札は温存しておきたいし、それに。もし放っておいたら、勝手に走り出してしまいそうですもの、この子達」
「……了解しました」
クロノの反論に、リンディはやんわりとそう伝える。
するとクロノも彼女の意思を察したようで、不承不承、という顔つきながら、自分の意見を取り下げた。
「というわけで、条件として二つほど。まず、高町なのは、ユーノ・スクライア両名の身柄を、時空管理局預かりとします。つまり、こちらの命令には従ってもらうということだけど……いいかしら?」
「はい!」
「分かりました」
リンディの言葉に、なのはは元気よく返事をして、ユーノもしっかりと目を見て答える。
「そして、これはまぁ確認みたいなものだけど……アリサ・バニングスと月村すずか。あなた達はこの事件にこれ以上関わらないで。無論、記憶を消したりとかはしないけれど」
「今回みたいにジュエルシードを見つけたら、すぐにこちらへ連絡すること。それから手出しは一切しない……ということですよね」
「ええ、そうよ。約束できるかしら?」
二人は顔を見合わせた。互いに微笑し、迷いはない。
アリサはふと、束の告げたことを思い出す。自分たちに『翼』を授ける、だったか。
あれは結局、どうなったのだろう。
ただ真実を明かすということだけなのだろうか。どうにもそうは思えないが。
「構いませんよ。下手に出しゃばるとなのはに迷惑かかりますし」
「それが私たちにできることですから。なのはちゃん、頑張ってね」
「うん……ありがとう、アリサちゃん、すずかちゃん」
「それから、ユーノも! なのはのこと、ちゃんと守ってあげなさいよ! 怪我させたりしたら承知しないんだから!」
「分かってるよ、僕も……ん?」
と、アリサの激励めいた言葉にユーノが首肯したその時。彼のポケットの中から、ぴりりり、と音が鳴った。
「あっ……! すいません、ちょっと失礼します」
リンディたちからくるりと振り向き、ユーノが取り出したのは人参型の通信機。
アリサはそれに見覚えがあった。束が持っていたのと、同じ形だ。
「もしもし!? 大丈夫だったの!? ……そっか、良かった……っえええ!? こっちに!? わ、わかったけど……」
ユーノの驚き具合からするに、やはり通話の相手は束らしい。
一旦通信を切ると、ユーノはリンディに向かって何かの許可を求めた。
「すいません、この船へもう一人、転送させて頂きたいのですが……」
「もう一人? あぁ、話に出ていた篠ノ之束、という人かしら」
「ええ。なのはの友達で、この事件にも最初から関わっていて……えーと、多少、いえ、かなり変な人なので、その点ご了承頂けたらなと……」
「なんだ、その変な人というのは」
ユーノのオブラートに包み込んでいてなんとも婉曲的な表現にツッコむクロノ。
リンディも少し頭を捻っていたが、やがて彼の提案を了承した。
「ありがとうございます!」
早速、とばかりに転送準備にかかるユーノ。その慌ただしさから見て、相当に急かされていたのだろう。
緑色の魔法陣が組み上げられ、そこから淡い光が立ち上り。
そして、現れる青いエプロンドレスと、うさみみヘッド。
見ると、リンディは何やら興味深げな視線を向けていて、クロノは若干引いている。
どうやら束の服装は、異世界の常識に当てはめても相当変ちきりんであるようだ。
「……うむ、本日二回目。ご苦労であった助手よ」
「束! ……そ、その……大丈夫? 何かされなかった?」
「ううん、全然。五体満足の篠ノ之束さんだよー。っと、なのちゃんこんばんはぁ♪」
「こんばんは、束ちゃん」
いつも通りのニヤついた笑いを浮かべている束へ、アリサとすずかが問いかける。
「アンタ、一体何してたのよ? こっちはご覧の通り、宇宙戦艦の中まで誘われて色々大変だったのに」
「そうだよ。なのはちゃんも心配してたよ?」
それに対し、束は気さくな風に答える。
「んふー、ごめんねぇ、ちょこっと野暮用があってだね」
もはやそこに、二人を凡人と呼ぶような嘲りはない。
どうやらアリサとすずかは、束にとって「無価値以上」であると認識されたようだ。
「まぁ、それを含めて、これから話すことにするよ。ねえ、君らが時空管理局?」
翻って束が語りかけたのは、正座で座るリンディとクロノ。
そのいつも通りな無礼さに、クロノの方は面食らったのか何も答えられないようだった。
しかしリンディは慌てず騒がず、といった風に切って返す。
「ええ。私達は時空管理局です。L級巡航艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウン提督です。こちらは、執務官のクロノ・ハラオウン」
「ふむふむ。んーと? なるほど、地方のドサ回り部隊かな?」
「あら、面白い言い方ね」
「大体あってるでしょ? まぁそれはどうでもいいんだ。君たちに一つ教えてあげたいことがあるのさ」
正座で座っている二人に対し、束は立ったままで、腰に手を当て、胸を張り。
衝撃の事実をぶちまけた。
「束さんねー。この事件の首謀者とか、知ってるんだけど。聞きたい?」