天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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第五話:魔法少女、颯爽登場!

 それから。

 ユーノ・スクライアの探索は、僅かな時間で成果を得た。

 篠ノ之神社に近い森の中で、恐らく野生動物に憑依しているであろうジュエルシードの思念体を捉える事に成功したのだ。発動した瞬間捕捉して、即座に結界を張っているので、リンカーコアを持つなのはでさえ気付くことはないだろう。

 これも束に飲まされたアドレナリン剤のおかげと思えば感謝の気持ちも多少は湧いてこようが、しかし彼女の存在も、ユーノを焦らす一因になっていた。

 ユーノは彼女に夜通し尋問された。魔法とは何か。次元世界とは何なのか。求められるままにユーノは答えたが、しかしそれは、広大な次元世界の中ではほんの僅かな事実でしかない。

 彼はまだ9歳であり、いくら魔導学院という場所で修学したと言え、その知識は浅くなくとも深くなく。だからそこから得られる知識も、常人よりは広範かつ詳密とは言え、特段何か述べる所もない、常識的な知見に終止しているはずなのだが。

 彼女、篠ノ之束はそれだけで、魔法の根本のメカニズムを完全に理解し、しかも何かに応用しようとまでしていた。一を聞いて十を知る、どころの話ではない。二十も三十も進んでいる。

 そんな彼女が、ジュエルシードの願いを叶える強い力を手にしたら?

 きっとろくな事にならないと、分かる。

 それが、ユーノがなのはの提案を退け、とにかく一人で先走った、原因の一つであるかもしれない。

 

「このっ……!」

 

 ユーノが戦っている異形は、大きめの虎によく似ている。しかし、漆黒に彩られた体表からは禍々しい瘴気が滲み出て、それが生み出されるべきでない、忌まわしき器であるということを自ずから証明していた。

 ぐろぉぉう、と吠えて突貫してくる獣に対し、ユーノは地を蹴って回避する。右へ、左へ。突進をいなすごとに交代し、森の奥へ奥へと獣を誘い込み、そして。

 

「広がれ!戒めの鎖!」

 

 獣の周囲の木々に仕込まれた、碧色の魔法陣。そこから魔力で編まれた光る鎖が一斉に放たれ、獣の体躯を捕らえて固定した。

 ユーノの合図で遠隔発生するチェーンバインド群。そしてユーノ自身も、己の両掌から魔法陣を展開しバインドを射出。合計十二本の鎖を獣に向けて放った。

 それは獣の四肢にまず巻き付き、続いて胴体。首筋までも雁字搦めに束縛した。この高度かつ連続で放たれる拘束魔法こそ、ユーノの得意魔法の一つであり、危険なジュエルシードの思念体相手に自信を持って対抗できる根拠でもあった。

 基本、動物の思念というものは、人間のそれより弱い。想像力の根本は脳にあり、その容量と密度においてヒトとそれ以外とでは明確な差があるのだから。

 そして思念体とは、言うなれば思念をプログラム、魔法として動作する魔力の塊。魔法の質はプログラムのサイズと複雑さに依存するものだと単純に考えれば。

 動物が作り出すそれなど、人間の魔法に比べれば取るに足りない。まるきり未熟で対処しやすい。

 

「縛って固めろ! 封鎖の檻!」

 

 ユーノの詠唱に応じて、束縛が強く締められ、獣の体表に碧色の鎖が深く食い込む。苦悶の叫びを上げる獣は、なれど逃れることは出来ない。

 このように、野生動物の思念体への対処は容易い。問題は人間が所持して発動するタイプだ。人の願いは強く激しく、だから暴走も広範囲を巻き込み被害をもたらす。

 だが、これに対してもユーノは対処できる。彼はミッドチルダの魔導学院で拘束魔法だけでなく、一般人を巻き込まないための結界魔法、強固な防御魔法、更には転送魔法と、数多くの魔導を収めてきた。

 攻撃的な魔法をあまり使えないのが玉に瑕ではあるが、使用可能な魔法のバリエーションについては、同年代どころかだいぶ年上の魔導師と比べても、ちょっと飛び抜けている。

 優秀で向上心も高い秀才。それがユーノに対する周りの評価だったし、将来有望な人材の卵が集う魔導学院の中でもそれなりに上位であった。

 ユーノ自身はそれらの評価に対してあくまで謙虚な姿勢を崩さず、むしろ自分を過小評価しているきらいもあるが。

 しかしそれでも、「完全に暴走さえさせなければ、ジュエルシードについては問題なく対処できる」という自負は確かにあった。

 まだ幼い身で応援も連れずに単身地球へ乗り込んだユーノ。それは多少無鉄砲な行いではあっても、決して無謀ではなかったのだ。

 

「アレスター・チェーン!」

 

 そんな事実を、行動で証明するかのように。ユーノは高らかと魔法の名を唱え、両手を思い切り引き込んだ。獣を縛る鎖が一斉一気に引き締められ、そして強度の限界を超えて砕け散る。

 それらは全て、魔力によって編まれたものであり。

 ユーノからの制御を失って、弾けるように散逸――つまり、爆発した。

 これは、ユーノの拘束魔法の中では最大級のものであり、そして威力も、彼の使える魔法の中では最強である。攻撃魔法の苦手な彼が、自分の得意分野によってどうにか攻撃力をカバーできないか、と考え、古い文献から探し当てたものだ。

 その威力は期待通りで、思念体はその体力の殆どをを失い、地面に倒れ伏せていた。黒い体表はうっすらとボヤけ、明滅しているようにも見える。きっと、身体を構成するための思念がダメージを受けて弱まったのだろう。

 

「ふう……さて、出番だよレイジングハート」

 

 ここで初めて、ユーノは手に持った魔杖、今は待機形態の赤い宝珠として手の中に握られているレイジングハートへ話しかけた。

 

《All light. but...》

「ああ、お前の気持ちはわかってる、つもり。普段の戦闘でも使ってくれっていうんだろ?」

《Yes》

 

 ユーノの言葉に応答するレイジングハートはただの杖ではなく、人工知能を有したインテリジェントデバイスである。

 自らの意志を持つ杖がユーノに訴えるのは、自分を使わず戦闘を行ったことへの注意と警告だった。

 しかしユーノは、僅かに苦笑しながら答える。

 

「それはちょっと難しいかな。僕はお前を完全に使いこなせない。適正だってチグハグなんだ。だから、こうして今から、封印魔法を行使するための手助けにしか使えない。ちょっと、申し訳ないんだけど」

 

 ユーノにとっては残念なことだった。元々このレイジングハートは、ユーノが遺跡から発掘して、所有するに至ったデバイスである。

 つまり発掘したのは自分で、それを持つと決断したのも自分。だのに使いこなせていない。

 このデバイスの本来のポテンシャルは、面倒で長い術式を省略するという目的だけでは、到底収まらないほど高いものであるというのに。

 ユーノは思い出す。

 昨日の夜、レイジングハートをいきなり手に取って、戸惑いながらも使いこなした少女のことを。

 ああいう子が、相応しいのかもしれない。レイジングハートという、優秀だけど癖が強い、でも、とっても使用者思いで優しいデバイスの主には。

 

「……いや、何考えてんだ僕」

 

 胸の中にこみ上げてきた思いを、独白することで鎮静させる。

 あの子はもう関わらせないと自分に誓った、そうじゃないのか。

 あんな優しい子が、僕を手伝いたいからって、戦いに踏み込むことはやっぱり良くないと思うし。

 それに――束には、ああ言われたけれど――やっぱり僕は、ジュエルシードに対して責任を取りたい。

 あるかどうかも分からない責任だけど。でもやっぱり、目の前で何かが起きていて、それに介入できる力があるなら、放ってはおけない。行かずにいられない。

 そして――恐らく束が言うとおり、それはあくまで、僕一人だけの事情であって、我儘であって。だからこそ尚更、他人を巻き込みたくはない。

 

「そうだよ、元々そのつもりじゃないか。なら、最初の予定通りなだけだ」

 

 だから寂しくはない。こういうのは慣れっこだ。

 ずっと一人で生きてきた、なんて偉そうなことは言えないけど。今までの短い人生の中では、一人ぼっちの時間の方がずっとずっと多かったから――

 

《Master!》

「っ!?」

 

 真横で、魔力の爆ぜる音。

 思念体のものではない。 もっと鋭くて、風を切るような、魔力の弾丸。だからそれは、明らかに――人の放つ魔法である。

 

「あれは……」

 

 反射的に上空を見たユーノの視界に、空を飛ぶ人の姿が入り込む。

 青い空と対比して、ひときわ異質な、黒い防護服。太陽の光を浴びて煌めく、美しい金色の髪。そして――どこまでも透明で、澄んでいる真紅の瞳。

 新たなる魔導師の、少女。彼女は手に持つ黒い魔杖をユーノに向けて掲げた。その先端には黒い刃。戦斧の形をしたデバイスである。

 

「……バルディッシュ。ランサー・セット」

《Yes, Sir》

 

 再びの魔力弾は、合計四発。少ないながらも的確に、面単位で対象の動きを押さえ込んでいる。だからユーノは、それを避けずに防御するしかなかった。

 右手に魔力を込めて、術式を脳内で構築し発動。防御魔法のラウンドシールドが壁となって、黄色い魔力光の爆発からユーノを守る。

 その右手に衝撃が響き、手首の先からじぃぃん、と痺れた。防御しても、それほどの余波が来るのである。

 この子は、強い……!

 

「君は誰なんだ!?」

 

 空飛ぶ魔導師に対抗するため、ユーノも宙に浮きながら、誰何する。

 しかし、彼女は無言のままに、再び射撃魔法を構築し始めた。その術式構築の早さも、射出台となるであろうスフィアの数も、並の魔導師とは一線を画している。

 そして、遠くでもはっきりと分かる、彼女の魔力の量。

 昨日のなのはが見せた、魔力の奔流を作ってしまうぐらいの卓越したそれと、同程度。いや、それ以上か――

 射撃を回避するため距離を取り始めるユーノの脳裏に、自分は勝てるか? という迷いが生まれた。

 

「ファイア」

《Fire》

 

 ズガガガ――!

 

 スフィアから勢い良く射出される、槍のような魔力の塊。今度の数は三つ。しかしその早さも照準も、さっきまでとは段違いに正確だ。

 ユーノは全力で真横に機動し、射線から逃れる。元々空戦は苦手であった彼だが、それでも大きく軌道を取れば、回避できる。

 はずだった。

 一つ、二つ、三つと全てを回避して、そこでユーノはようやく気づく。前回の攻撃で射出されたのは、果たしていくつだったか――

 

「しまっ……」

「そこ!」

 

 黒衣の少女が叫ぶと同時に、全くの死角である後頭部目掛けて金色の槍が降ってきた。

 それを知覚した時、ユーノは少女の実力に戦慄した。一度に四発撃てるところをあえて三発だけ発射して、ユーノの退避先に予め遠隔発生型のスフィアを仕込んで、死角を狙ったのだ。

 言うは易く、しかし実行するのにはかなりの困難を伴う技である。遠隔発生という技術自体の難易度も高いが、それだけでなく相手が油断した所を突いて、きっとそこに向かうだろうという場所を想定し、予め軌道の方向を決めておかなければいけない。

 ユーノの魔導は確かに高いレベルを誇るものだが、目の前の魔導師は、戦闘に限れば更にその上を行っている。

 

「――っ!!」

 

 魔力弾が爆発し、煙がユーノの全身を包み込んだ。

 だが、それが晴れていてもなお――ユーノは無事だった。とっさに全方位展開型のプロテクションを展開し、身を防ぐことが出来ていた。

 しかし。

 

「な、なんて威力だ……防いだら、持って行かれる……」

 

 そもそも防御魔法の原理とは、攻撃に対し魔力の防壁を構築し、攻撃の威力を己の魔力で相殺することである。ならば、強い攻撃を受けるに際し、それだけの分の魔力を消費しないといけないことは自明の理であるが。

 一発防いだだけで、ユーノは自分の魔力がリンカーコアからごっそり抜けていくのを実感した。学院で体験した訓練用の魔力弾とは訳が違う。本物の、戦闘用の射撃魔法だ。

 するとどうなるか。黒衣の魔導師が弾丸を放てば、ユーノは避けきれず防御するしか無い。攻撃魔法は当然少女の魔力を消費するだろうが、こちらも防げば消費する。

 となると、純粋な魔力量勝負になり――それではユーノに、勝ち目が無くなる。

 

「くっ! チェーンアンカー!」

 

 焦ったユーノは拘束魔法を発動し、黒衣の少女に向けて鎖の束を発射した。それは散らばり、翠の線の弾幕として少女に襲いかかったが。

 

「…………」

 

 無言のまま、どれも、あっさりと避けられてしまう。ユーノとて工夫はしていた。簡単に避けられないよう、八つの鎖を広範囲に発射した。しかし、そのどれもを回避する少女の機動は――ユーノの目では捉えられないほど、早かった。

 戦闘技術と火力と機動力で、ユーノは既に、そして完全に敗北していた。

 

「硬い……それに魔力運用が上手い。なら」

 

 少女は大上段に戦斧を両手で握り、振りかぶる。

 今度は何が来るか、と停止して身構えるユーノ。

 

《Scythe form》

 

 戦斧の刃と柄との付け根が折れ曲がり、金色の刃が現出する。鎌だ。少女の黒い杖が、斧から大鎌へと変貌したのだ。

 

「切り裂け……アーク、ザンバー!」

 

 今度はデバイスでなく、少女自身が魔法名を叫ぶ。そして、振り下ろされた鎌から光刃がそのまま切り離されて放たれた。

 三日月状のそれは、回転しながら不安定な軌道で、しかしユーノに向かい迫りくる。

 ユーノは両手を振り上げて、全力防御の姿勢を取った。

 元より回避は難しい。特にあの、変則的な軌道を読み切ることはなお難しい。ならばいっそ、回避することを諦めリソースの全てを防御に回すべし、と判断したのだ。

 しかし、その判断は凶と出た。

 数秒後、光刃がユーノの半円型のプロテクションにぶち当たる。その威力に両手が痺れるが、しかしユーノは、完全に受け止めきっていた。

 後はこのまま、上手く受け流せば――

 

「っ!?」

 

 いや、それは出来ない。何故ならこの魔力弾は、今まで放たれた槍状の弾丸とはと全く異なっていたから。

 こいつはバリアを「噛んでいる」――!

 つまり、防御魔法にがっちりと食い込んでしまっている。下手に防御を解除したり、動かしたりしたら、回転する刃に己の身体を巻き込まれてしまう。ならばこのまま防御し続け、光刃の魔力が尽きるのを待つしか――

 

「セイバーブラスト」

 

 爆発。ユーノのプロテクションはその爆裂に一気に削られ、爆風の煽りで彼の体躯は宙を吹き飛ばされた。

 目まぐるしく上下左右に回転する視界を、飛行魔法の再起動でどうにか安定させて、そこでようやくユーノは気づいた。

 黒衣の魔導師が遠隔操作で、まだ魔力を十分に保っていた光刃を爆発させたのだ。

 そして、この次に来るのは――

 

「……遅い」

 

 ユーノはその答えを脳裏で導き出すことが出来たが、対策を起こす一瞬前、背中への斬撃によって地に叩き落された。

 

「があっ……! か、はっ……」

 

 勢い良く叩きつけられたユーノは、背中を強く打って息を詰まらせる。そこから立ち上がろうとしたが、背中への一撃のダメージは深く、重く。手にも足にも力が入らない。重度の倦怠感。肉体ダメージだけではなく、魔力の消耗も大きかった。

 それでもなんとか、震える四肢に鞭打って立ち上がったが――その頭上、至近距離に、空を飛びながら鎌の切っ先を向ける少女の姿。

 

「ジュエルシードは、私がもらう」

「そ、そうは……」

 

 させない、と言いたかったが、膝をついてしまう。魔力不足で、結界も解除された。もはや、先程のような抵抗は出来ないだろう。

 しかし、昏倒している思念体はまだすぐそこにあって。

 だからユーノは、少女からそれを守るために再び立ち上がった。

 

「だめ。これ以上抵抗しないで。あなたは魔導師として弱くない。だから……今みたいに、手加減が出来なくなる」

「……なんだよ……」

「大人しく見ていればいい。あなたにもこの世界にも、危害は加えない」

「なんだよ、それはっ!」

 

 少女の声には感情が見当たらない。機械的にお決まりの警句を述べているようで。

 それがユーノの感情に火をつけた。

 

「いきなり出てきて! 一体君は何なんだ、何のためにジュエルシードが欲しいんだ! いきなり撃ったりせずに、何か話してくれれば! その理由が何か、正しいことだったりしたら! 戦う必要なんて!」

「…………」

 

 ユーノの悲痛な叫びに対する問いは、スフィアの展開と、

 

「もう、やめて」

 

 という呟きで。

 だから、ユーノは激高した。

 

「やめてなんか、やるもんか! 僕は決めたんだ! 絶対にジュエルシードを回収するって! それは確かにお節介かもしれない! 自分勝手な我儘かもしれない! でも……でも! 僕はそうしたいんだっ!」

 

 胸にためた思いを吐き出す。無口な少女に叩きつける。

 

「それをしないで、何処かで誰かが傷つくのは嫌だから! だから僕はやるんだ! 一人ぼっちで、どれだけボロボロになったって! 絶対に諦めたりなんかしない!」

「……っ」

「さあ、撃ってみろよ、倒してみろよ! でも僕は諦めないぞ。どんなになったって絶対に、食らいついてでもお前を止めてやる!」

 

 

「そうだよ、ユーノ君っ!!」

 

 その声は、二人の戦闘空間とは全く別の方角から聞こえて。ユーノと少女、二人同時に、虚を突かれた様子で振り向いた。

 

「私もそうだよ、そうなんだよ!」

 

 高町なのはだ。丘を登り、通学カバンを背負って、肩で息をしている。

 

「なのはさん!? どうして……!?」

「そんなことより、ユーノ君、こっちに来て!」

 

 言葉に従い数メートルほどをバックステップで後退したユーノ。その防護服の背部には、斬撃の跡が黒々と残っていた。

 

「ユーノ君、大丈夫……じゃない、よね」

「……言いたくないけど、そうだね」

「あの女の子は?」

「ジュエルシードを狙う魔導師。いきなり襲い掛かってきた」

「そっか……ねえ、私に何か出来ることって、ある?」

 

 そう言われても、ユーノはなお、なのはを巻き込むまいと躊躇った。だが、向こうは当然それに構わず、再び戦闘体勢を整え。

 

「フォトンランサー、フルオート・ファイア」

 再び、三つの槍を射出した。

 

「なのはさん、下がって!」

 

 ユーノはなのはを下がらせ、再び防御しようとしたが。

 

「大丈夫! あの時と同じ、なら……! お願い! レイジングハートっ! 私に力を!」

《All right》

 

 昨日のように立ち上る、桃色の光の柱。

 それが晴れると、変身して白き服を纏い、杖持つ魔導師となったなのはが、三本の槍をプロテクションによって完全に防御していた。

 

「す、すごい……変身のパスワードを短縮して、すぐさま防御魔法。なんて才能……あっ! 危ない!」

 

 しかし、防いだ弾は三つだけ。となるとあと一つは、さっきと同じ遠隔発生で死角から襲いかかるはずだ。

 そう気づいたユーノはなのはに警告したが――やはりその時、既に最後の弾丸は発射され、地面を刳りながらなのはの脇腹に突き刺さる――

 

《Shoot Bullet》

 

 前に、桃色の魔力弾と打ち消し合って爆散した。

 見れば、なのはは左手で杖をしっかり握りながら、右腕は真横に向けている。その掌には魔力の残滓が残っており、シュートバレットがそこから放たれたのは明らかだ。

 

「……すごい……」

「にゃはは、ギリギリ、だったけどね。気づけたのは偶然だし、レイジングハートが魔法を組んでくれなかったら……」

 

 と、なのはは語るが。ユーノからしてみれば、そもそも死角、しかも至近から放たれる弾丸に気付ける方がどうかしていた。

 なのはは両手で握った杖を構え、黒衣の少女と向かい合う。

 

「とにかく! ねえ、そこの女の子!」

「……」

「いきなり襲い掛かってきて、どこの子? なんでジュエルシードが欲しいの? 答えて!」

 

 なのはの問に、少女はしばらく沈黙したままだったが、やがてふぅ、と息を吐いて。一言ぽつりと呟いた。

 

「アルフ、お願い」

「おうよっ!」

 

 新たな異分子の声は、三人のすぐ近く――思念体がグロッキー状態で眠っている、ちょうどその場所から聞こえてきた。

 ユーノが驚いて振り向くと、そこに居たのは橙色の毛並みが眩しい、成熟した狼。人語を発しているということは、ユーノと同じく変身魔法の使い手か。

 いや、この魔力の流れ。黒衣の少女から狼へと一直線に流れるパス。

 このアルフという狼、少女の使い魔だ。ならばそいつが為すのは当然――

 

「しまった!」

「気づいてももう遅いよ! どぉりゃあああ!!」

 

 狼は大地を踏みしめ、思念体に向かい勢い良く突進。横たわる虎の身体をすくい上げるように吹っ飛ばす。

 黒衣の少女は数メートルほど上昇し、虎が吹き飛ばされる直線コース上に居座ってデバイスを、全力稼働させる。デバイスは大鎌から再び形態が代わり、ヘッドを更に回転させて槍の穂先として、光の翼を広げた。

 

《Sealing Form》

「ジュエルシード、封印」

 

 少女から強大な魔力の渦が放たれ、思念体に直撃した。そして、「ⅩⅥ」と記された青い宝石と、思念の元になった黒毛の子猫が宙に舞い、どちらも少女によって回収された。

 

「ああーっ!! ずるい!」

「ずるくない」

 

 なのはが喚くが、少女はぴしゃりと跳ね除ける。

 

「フェイト! 遅れてごめんな! で、なんなんだい、そいつらは」

「ん……大丈夫。気にしないで。ジュエルシードは手に入れたし、帰るよ」

 

 そして、使い魔と合流した少女は、ジュエルシードを自分のデバイスに閉まった後、この場所から飛日去ろうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

「こらっ、待て!」

 

 当然、なのはもユーノもそれに追いすがろうとしたが。一人は満身創痍、そしてもう一人はまだ飛び方を知らないため、何も出来ずにその背中を見失ってしまった。

 なのはは力を抜いて変身を解除した後、一人と一匹の去っていった空をじっと見つめ続けていた。

 

「……なんだろう、あの子。私達と同じくらいの年だよね。喋る狼さんをアルフって呼んでて、向こうはあの子をフェイトって呼んでた……フェイトちゃん、か……ユーノ君はどう思う?」

「え……いや、とにかく強かった……って! それよりなのはさん!! 一体どうしてここにいるんですか!?」

 

 その、余りにも場に馴染みきった台詞と雰囲気に流されかけていたユーノだが、そもそも問うべき疑問を思い出し、声を張り上げて話した。

 そう、今はともかく、思念体との戦闘や、黒衣の少女――フェイトとの戦闘時には、まだ結界がかかっていたはず。

 今でこそ魔力不足とダメージにより消滅しているものの、それで露わになぅた魔力のどよめきを感じても、こんなところまですぐに来れるはずがないのだ。

 

「ど、どうしてって……」

 

 なのはは問に答えるどころか、自分でもよくわからない、というようにまごつき、黙り込む。

 その様子を見ながら、ユーノもユーノで考えてみれば。

 真っ先に思い当たる、しかも一番可能性の高い事実に思い当たった。

 

「まさか……! なのはさん! 束に何か言われたんですね!?」

「えええっ?」

「そうに違いない! あのウサミミ、何が『これ以上介入しないし、邪魔もしない』だよ! 自分には魔力が無いからって、友達をけしかけるなんてふざけてる!」

「あ、あのー……ユーノくん?」

「魔力切れをなんとかしてもらって、不干渉も約束してもらって……いい人かな、と思ってたらこれだよ! なのはさん、君だってあんなヤツ、嘘をついてまで庇わなくてもいいんじゃないかな!」

「ユーノ君っ!!」

 

 疲れからか、妙な方向に考えを暴走させていたユーノだが、なのはの懸命な叫びが通じて我に返った。

 

「違うの、私、束ちゃんからは何も言われてないから」

「え……本当に?」

「ほんとだよっ!」

「じゃあ、どうして……」

「よくわかんないんだ。でも、私お昼休みからずっと、やっぱりユーノ君の力になりたいなって思ってて。ずっとずっと頭の中で、そればっかり考えてて。そしたら、いつのまにかこの丘を登ってて……急に魔力を感じて、それで」

 

 そして再び混乱に陥る。魔力を感知したわけではないのか?

 それなら、なのはが自ら語るように行動していたとして、この山に行き着く可能性はいかほどであろう。千に一つ、いや万に一つと称するべきだ。

 ならばなのはは、その万に一つを手にしたのか? それとも魔法ではない、また別の――

 

「……いや、それよりも」

 

 ユーノは再び、頭を振り被って余計な思考を拭い捨てた。今言うべきことはただ一つ。

 

「今日は助かったけど……なのはさん、もうこれ以上」

「なのは」

 

 へ、と惚けた声を出してしまった。

 

「だから、なーのーは。なのはさん、じゃなくってそっちで呼んでほしいな。束ちゃんを呼び捨てにして、どうして私はさん付けなのかな」

「え、あ……うん、わかったよ、なのは」

 

 ユーノの言葉を聞いたなのはは、大輪の向日葵のような、にぱっとした笑いを浮かべた。

 

「ユーノ君が、私を巻き込みたくない気持ちは分かる。危ないこと、させたくないって思いも分かる」

「……」

「だけどね、ユーノ君。私、ユーノ君と同じなんだ。言ってたでしょ、お節介かも我儘かもしれない、でもそうしたいんだ、って」

 

 なのはの目が、ユーノの目を射抜く。ひたすらにまっすぐ、見つめてくる。

 

「私もそう。お節介でも我儘でも、お手伝いしたい。力になりたいんだ。あ、別に魔法使うことだけじゃなくてね。フェレットに戻ってくれたら、私の家に住めるよ。もし戻らなくても、それはそれで、どこか休める場所探してあげる」

「……どうしてですか。どうして、会ったばかりの僕に」

「だって、ほっとけないでしょ? ねえ、考えてみて? もしお互いに立場が逆なら、って。私が異世界でたった一人の魔法使いで、ユーノ君が私みたいな男の子で。そしたらどうするかな?」

「……放っておけない。どうしても手伝いたい」

「だよね!」

 

 はっ、と気づいた。

 そうか。僕となのはは、似た者同士、と言うより、思いの対象が違うだけで、方向は全く同じだったんだ。

 僕は、何も知らない他の世界の人が悲しむのが嫌だから、ジュエルシードを集める。

 なのはは、知らない男の子が苦しんでいるのをほっとけないから、お手伝いをする。

 そう考えれば、今までの僕の態度は、ものすごくおかしくてふざけている。

 こんなに理解できる助けの手を、強情だけで退けていたんだから。

 

「……なのは」

「はい」

「この先、あの魔導師ともう一度戦う時。僕一人だと恐らく無理だ。ジュエルシードを奪われちゃう。対等に戦わなきゃいけない」

「うん」

「それは、やっぱり危ないことになるけど、その時は僕ができる限り守るから。君が自分の身を守る術も、レイジングハートと一緒に教えるから」

「うんうん」

「だから……僕と一緒に、ジュエルシードを集めてほしい」

 

 そこまで言ったユーノの全身に、少女の温かい体温がぶつかってきた。

 

「うん、うん、うんっ! わかったよ、ユーノ君! 私、頑張るから! 高町なのは、リリカルマジカル、頑張ります! ……ええーと、でも学校と、塾の時間は無理ですが……」

「ありがとう、なのは」

 

 こうして、高町なのはは魔法少女となった――の、だが。

 

「あ、そうだ。束ちゃんに電話しておこうっと」

「何かあったの?」

「いや、お昼休みの時。束ちゃんの言ってたことに答えてなかったでしょ?」

「ラボで魔法の実験するっていう、アレ?」

「そう。今からでも電話して、今夜いつお伺いすればいいか聞かないと」

 

 一方、その頃篠ノ之束は。

 

「……あれ、電話の電源、切られてる?」

「きっと忙しいんだよ。僕が出ていく時、何か新しい研究を始めてたみたいだし」

「そっかー……じゃあ、また夜にメールでも送っておこうかな」

 

 海鳴市の中心にある市街区、高層ビルの並び立ち、人の行き交うその場所で。

 

「……みぃつけた」

 

 双眼鏡を覗きながら、マントを靡かせ飛んでいる少女を見つけてにやり、とほくそ笑んでいた。

 




次回投稿は6/1の19:00になります。

……と思いましたが、気づけば話数がちょうど一週間分溜まっているので訂正。
しばらく毎日投稿で行ってみようかなーと。
というわけで、本日(5/31)の18:00に投稿します。
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