設定としてはライモン中央駅の中に本家のギアステーションがあるというイメージです。
鉄道員さん達は名前と口調以外は全て捏造です。
今回も少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
イッシュ地方ライモンシティ。
ポケモンセンターやジムはもちろん、大きな観覧車がある遊園地やミュージカルホールなどの娯楽施設だけでなく「ポケモンバトルの聖地」と呼ばれているだけあり、ビッグスタジオやリトルコート、トライアルハウス、そしてバトルサブウェイと言ったポケモンバトル関連施設が数多く立ち並ぶイッシュ地方一の商業都市の要はその地下に縦横無尽に広がる地下鉄である。
特にバトルサブウェイと直結しているライモン中央駅の一日の利用者は膨大な数であり、今も帰宅ラッシュにはまだ早い時間帯にも関わらず構内はそこそこの混雑を見せていた。
「……凄い人だったね。ルカリオ、大丈夫?」
「……ワウ。」
ライモン中央駅改札口。
ホームに降りた瞬間から人の波に押され流され、歩いたというより運ばれたと言った方がしっくりしそうな勢いで改札口を通過したところでやっと人の波から抜け出す事ができた。
やれやれと息を付いた俺の隣でルカリオもまた疲れたように息を付いている。
何だろう、一気に疲れた。
それでもふと鼻孔を擽った懐かしい空気の香りに顔をあげれば、見慣れた構内と人々の騒めき、そして懐かしさとどうしようもない安心感に知らず知らず肩から力が抜けていく。
ああ、帰ってきたんだな、俺。
「――ただいま。」
駅の構内を見つめたまま、無意識のうちにぽろりと零れ落ちたのだろうその声は、どこか安心したような響きを持っていてルカリオはその赤い瞳をすぃっと細めその口の端を小さく吊り上げた。
「あ、ごめん。そろそろ行こうか。早く挨拶行かないと家に帰るのも遅くなっちゃうし」
一瞬、眼前の光景をぼーっと見てた事に気が付いて慌ててルカリオへと告げる。
正直疲れてるしいっそこのまま家に帰りたい気持ちがないわけでもない。
でも自分でも言ったように挨拶したい気持ちはもちろんあるし、何より帰ってきたら一度顔を出すように言われてる手前、それをやったら怒られるのは火を見るより明らか過ぎる。
脳裏に口元を三日月状に吊り上げ、色違いという点を除けば同じデザインの車掌帽と車掌服を模したコートを身に纏った銀灰色の髪と瞳を持つ同じ顔をした長身の二人の青年が腕組みをしてこちらを全く笑っていない瞳で見遣る光景が過る。
――うん。駄目だ、勝てる気がしない。
自らの想像力を多少恨みながら歩き出せば、俺の考えなんてお見通しなのかどこか呆れたような表情を浮かべていたルカリオが俺の後に続いて歩き出した。
「この時間帯なら二人ともバトルサブウェイにいるかな?」
「ワウ」
バトルサブウェイ。
『乗って戦う』がコンセプトの通り、バトル専用トレインの発着所であるギアステーションから内部がバトルフィールドになっているトレインに乗りポケモンバトルを行うバトル施設であり、ライモン中央駅内に存在している。
そしてバトルサブウェイを含めたライモンシティの地下鉄の管理者こそがサブウェイマスター、ノボリクダリなのだ。
「折角帰ってきたんだし、バトルサブウェイにもまた挑戦したいよね。さすがに今日は皆も疲れてるだろうから無理だろうけど。」
腰のホルダーに収まっているモンスターボールに視線を落とし、そう言えばと普段から滅多な事ではモンスターボールに入ろうとしない相棒に疲れてないか尋ねようとした俺の声に聞き覚えのある男性の怒声が重なったのはその時だ。
「おらあああああああ!! まてやああああああ!!」
「……あれ? 今のって……」
ちょうど進行方向から聞こえてきた声に立ち止まりそちらを見ると、黒のジャケットにサングラス、黒のジーパンに黒のキャップを深く被ったあまりにも「いかにもな」男が小脇に黄色い何かを抱え走ってくる。
と言うか、あの黄色いのなんか動いているような気がするんだけど……。
さらにその後ろを追ってきている緑色の制服に身を包んだ駅員らしき人達は知っている顔ばかりで、思わず瞳を瞬かせる。
「クラウドさん、キャメロンさん、トトメスさん!? えっ!? 何で!?」
『何があったかは分からん。が、あの男が抱えているもの。あれは、ポケモンだ。』
瞬間脳内に響いた低く冷静な響きの『声』にハッと横を見れば、涼しい表情をしたルカリオの赤い瞳と目が合った。
明確な意思を持って人の言葉として伝わってくるそれはルカリオがリオル時代、俺と意思疎通をするために編み出した波動を介しての会話方法――謂わばテレパシーみたいなものだ。
ただそれを使っていたのは出会った当初のみで、それからは一緒に日々を過ごしていく中でお互いの考えている事は何となく分かるようになっていったし、意思疎通もアイコンタクトや相手の反応を見る事で可能だったからルカリオになってからは咄嗟の時ぐらいにしか使われていないものでもある。
「ポケモン!? ……追いかけてるのがクラウドさん達ギアステーションの鉄道員さん達って事から考えても、バトルサブウェイで何かあったって事だよね。なら……!」
考え込んだのは一瞬。
男が走ってくる直線上に自分たちがいることを確認するとルカリオへと指示を出す。
「ルカリオ!≪しんそく≫!!」
「ワウ!」
≪しんそく≫を発動させたルカリオが一瞬で男の前へと躍り出た。
「――なっ!?」
後方ばかりを気にしていた男は目の前に突如として現れたルカリオに驚愕で目を見開いたが、如何せん全力で駆けていた足はそんな簡単に止まる事も、方向転換する事もしてくれない。
「ど、どけえええええええあああああああ!!?」
それならば、とせめて声をあげた次の刹那、深く体を沈めたルカリオに足払いをかけられ男の体が文字通り宙に浮いた。
「――ピッチュ!?」
空中で男の腕から解放されたその黄色いポケモンが焦ったように鳴き声をあげる。
「ワウ!!」
「分かってる!!」
鋭く叫ぶルカリオに答え、地を思いきり蹴ると今まさに地面に叩き付けられようとしていたポケモンをダイビングキャッチの要領で受け止め胸元に抱え込む。
そのままぎりぎりで受け身を取り、床を転がった。
ちなみに男の方はというと、俯せに床に落ち、体の前面を床に打ち付けていた。
びたんという何とも痛そうな音がその場に響き渡る。
「……うわ、痛そう。」
体を起こし呟きながらも自らの腕の中に視線を落とせば大きな黒い瞳と目が合った。
腕にすっぽり収まるくらいの大きさの首周りの黒い毛が特徴的な黄色い体に黒く縁どられた平たい大きな耳、黒い短い尻尾に両頬にある桃色の電気袋を持つイッシュ地方にはいないとされているはずのポケモンの頭をそっと撫でる。
「怪我はない? ピチュー」
「……ぴ、ピチュっ!!」
そう尋ねればどこか呆然としていたピチューがハッとしたように大きく頷いた。
その様子を見る限り、本当に怪我はなさそうだ。
「そっか、良かった。…………あれ?」
ほっとして笑いかければ未だに俺を見つめたままの濡れた輝きを宿した黒曜石のような瞳に既視感を覚え、首を傾げる。
「あのさ、ピチュー。前に……」
「「――ツムギ!!??」」
ピチューへの問いかけは頭上から降ってきた二つの頓狂な声に霧散される。
あ、そうだった。と顔をあげればそこには思った通り、目を丸くしているクラウドさんキャメロンさんが立っていて、未だ倒れ伏したままの男の腕をつかみあげたトトメスさんもまた此方に視線を向けていた。
「えと、クラウドさん、キャメロンさん、トトメスさん。お久しぶりです?」
ピチューを抱えたままへらっと笑いかければ、クラウドさんが呆れたような表情を浮かべながらもほれ、と手を差し出してくれた。
「久しぶりやな、ツムギ。って、何で疑問形やねん。」
「……何となく?」
ありがと、とクラウドさんの手を掴めばぐいっと強い力で引っ張られ二、三歩たたらを踏みながらも立ち上がる。
それと同時にルカリオも俺の側へと戻ってくる。
「ルカリオ、お疲れ様。ルカリオも怪我はない?」
「ワウ。」
こくりと頷いたルカリオに安心して息を付けば、キャメロンさんがぽんと俺の頭に手を置いた。
「ツムギ、ルカリオ! 久シブリダネ! ライモンヘハイツ帰ッテキタノ?」
「ついさっき着いたばかり。それで、帰ってきたら顔出せってあの二人に言われてたからギアステーションに行く途中だったんだ。この時間ならバトルサブウェイかな、って思って。ところで、何があったの?」
男へちらりと視線を向け尋ねればクラウドさんがさらに呆れたような表情を浮かべる。
「ちゅーかお前、訳も分からずにルカリオに足払いさせたんか?」
「え、だって俺、帰ってきてから最初に会った知り合いの鉄道員さん、クラウドさん達だし! ただ、追いかけてるのがライモン中央駅の駅員さんじゃなくてクラウドさん達だったからギアステーションで何かあったのかなって。あと、少なくともあの男の人、ピチューのトレーナーじゃないなって思ったから。」
だよね?と腕の中のピチューに問いかければ「ピッチュ!!」と当然と言わんばかりに大きく頷かれた。
「確かにあいつはピチューのトレーナーではないんやけど、何でそう思ったんや?」
「――あの人、小脇に抱えたピチューの口、反対側の手で塞いでた。トレーナーなら、パートナーをあんな荷物みたいに扱わない。それに口を塞ぐ理由もないよね。だから変だなって。」
クラウドさんの問いに男を一目見た時に感じた違和感を告げればクラウドさんとキャメロンさん、トトメスさんがなるほどと、納得したように呟いた。
「それで? 何があったの?」
再び尋ねれば真っ先に口を開いたのはトトメスさんだった。
「――簡単にいえばポケモン泥棒だ。」
「ポケモン泥棒?」