もう忘れ去られているかと思いますが実に3年ぶりの更新です。
3……年……。
……えと少しでも楽しんで頂ければ幸いですので宜しくお願いします。
――俺とノボリさんクダリさんとの出会いは、俺が五才になったばかりの厳しい寒さが幾分か和らぎ、温かな陽射しが降り注ぐようになってきたなったある初春の日の朝食時、母さんの一言がきっかけだった。
「ねえ! 今日は折角のお休みだし、ツムギのポケモン嫌いを少しでも克服するためにバトルサブウェイに挑戦しにいかない? 」
「……え……。」
キラキラと朝の光を受けてヘーゼル色の瞳を輝かせる母さんの提案に寝ぼけ眼でマグカップに入ったモーモーミルクを飲んでいた俺が何か言うよりも遥かに早く同意したのは俺の隣でコーヒーを啜っていた父さんだった。
「そうだなあ。まあポケモン嫌いの人間ってのはどこの地方にも一定数いるだろうが、ポケモンに全く触れない程の筋金入りはそうそういないだろうしな。よし行くか!」
「え……っ!?」
「そうよねぇ。これで少しはポケモン嫌いがマシになってくれればいいわよね。 」
「ま、待って。」
「だよなぁ。」
「まって父さん、母さん!! 俺、別にポケモンが嫌いなわけじゃ……!」
「ほーーう? 」
あまりにもトントン拍子で、さらに俺の訴えを総スルーして決まっていくバトルサブウェイ行きに慌てて声をあげれば一オクターブ声を落とした父さんがすいっと細めたのを見て、それが父さんが怒ってる時の仕草だって事に気が付いてビクッと肩を揺らす。
「……『嫌いなわけじゃない』か。未だに俺のパートナーのレントラーにも母さんのパートナーのキルリアにも指一本すら触れない奴が言える事か?」
「……それは……。」
「いい加減、あいつらが気の毒なんだよ。二体ともお前と仲良くしたいのに、肝心のお前がポケモンを拒絶してるんだからな。」
バッサリとそう切り捨てられると父さんの足元で寝そべり、組んだ前肢に頤を乗せていた黒いふさふさとした鬣と青い体を持つライオンのようなポケモン――がんこうポケモン・レントラーの鋭く切れあがった金色の瞳と。
母さんの膝の上に座っている頭部を髪のように見える空色の毛で覆われた白い体に人間同様二足歩行する空色の細い脚の周りにあるスカートを模しているようなものという姿からまるで人間の少女にもバレリーナにも見えるかんじょうポケモン・キルリアのオレンジ色の大きな瞳がそれぞれ俺へ向けられ、グッと言葉に詰まる。
レントラーもキルリアも俺が生まれた時はすでに父さんと母さんの手持ちだったポケモン達で、俺にとっても家族なのは間違いない。
でも……。
レントラーとキルリアから視線を逸らし黙り込んでいるとあとな、と付け足した父さんがくいっと顎で指した先には青い体に赤い瞳、犬のように前に飛び出たマズルを持つ小柄なポケモン……当時父さんが持って帰ってきたポケモンのたまごから生まれたばかりのはもんポケモン・リオルが食卓から少し離れた位置にあるソファに座り俺に視線を向けていて、さらに視線を反らすと父さんがこれ見よがしに溜め息を付いた。
「これだもんな。人の感情を波動を通して見ることが出来るリオルなら、お前とも仲良くできるんじゃないかって卵をもらってきたんだ。リオルはお前のポケモンなんだぞ、ツムギ。」
「……そんな事言われても……。」
責めるような口調の父さんに少しだけ理不尽を感じながら着ていた寝巻きの裾をぎゅうっと握りしめていると、「ちょっと」と呆れたように父さんを見遣っていた母さんが助け舟を出してくれた。
「五歳になったばかりの息子涙目になるまで追い詰めてどうするのよ。と言うかそれを克服するためにバトルサブウェイに行きましょうって言ってるわけでここでツムギいじめたって何にもならないでしょ。ねえ?」
「キル!」
「ガウ!」
「……ワウ。」
さらに母さんの言葉に同意するようにポケモン達が声を上げれば、其方へ視線を向けまた一つ息を吐いた父さんがぽんと俺の頭に置いた手にわしゃわしゃと髪を掻き回された。
「…………父さん?」
「あーー……そうだな、母さん達の言う通りだ。ちょい急かしすぎた。でもな、うちのポケモン達は置いとくとしてもだ。何より今のままじゃお前、これから先この世界で生きにくいだろう?」
先ほどとは一変したカラリとした声で言われ小さく息を飲めば父さんがニッと口許に笑みを浮かべ改めて宣言した。
「そうと決まれば善は急げだ。とっとと朝飯食べてバトルサブウェイに行ってみるか。」
そんな感じで。
簡単に言えば俺のポケモン達への態度にいい加減痺れを切らした両親が遂行したのがバトルサブウェイでのポケモンバトル見学ツアーという当時の俺にとってはなかなかの荒療治で、有無を言わせずに乗せられたノーマルマルチトレイン内で言われた「ポケモンを知るにはポケモンバトルが一番手っ取り早い」という父さんの主張はあの時はよく分からなかったけど、流れるようにバトルをこなしてあっという間に辿りついたノーマルマルチトレインの最終戦――両親とサブウェイマスターのポケモンバトルに一言で言えば俺はとてつもなく魅せられた。
トレーナー達の指示でぶつかり合う技と技。
それを繰り出すポケモン達。
何よりポケモンを信頼してその力を存分に引き出している両親とサブウェイマスター達のどこまでも楽しそうで輝く笑顔とその姿にそれまでどこかぼんやりと色褪せていた世界がぶわりと急速に色鮮やかに染まっていくようにキラキラ輝いて、胸の奥がズンズン熱くなって、叫び出したくなる程ワクワクするポケモンバトルに気が付いたら俺の瞳からは涙が溢れていた。
それで。
『ああ、そっか。』って今までの葛藤とか混乱が嘘みたいに落ち着いて心にストンと収まった気がした。
いくら世界を――ポケモンを拒絶して一人の世界に閉じこもっても俺は、『空野紬生』は一度死んで、この世界に――ポケモンという不思議な不思議な生き物がいるこの世界で『ツムギ』に生まれ変わった。
それはもう変わらない、変えられない事実なのに。
俺何やってるんだろう、何やってたんだろう。
……こんなの。
「……っ、こんなの、小さい子どもが駄々を捏ねてるのと一緒じゃん。……バカだな、俺」
そう呟きながら溢れる涙を必死に拭っている俺の手におずおずと戸惑いがちに触れたのは横から伸びてきた凄く温かい青い手で、ハッとそちらを見れば俺のお守りという名目でバトルに参加せず、隣で両親のバトルを見ていたリオルの赤い瞳と視線があった。
『……大丈夫?』
瞬間頭の中に響いたのは遠慮がちな、それでも俺を心配してくれてる事が分かる声で。
「リ……オル……?」
「……ワウ?」
『……大丈夫? ツムギ?』
当時はリオルがそんな事できるなんて知らなかった事もあって、きょとんとしている俺を見て首を傾げもう一度今度は声に出して尋ねてくるリオルの姿に何か色々な気持ちが込み上げてきて。
余計に溢れてきた涙もそのままにリオルの手をぎゅっと握り返せば彼のそのベネチアンマスクのような形の黒に覆われた瞳が大きく見開かれたのが見えたけど、もうそれどころじゃなくて。
「……っ、だいじょ……ぶ……ッ大丈夫……っ……だいじょ、ぶっ! ありがとうリオル、今までごめん、ッごめんなさい……! 」
リオルの手を強く握ってひくひくとしゃっくりをあげながらただありがとうとごめんなさいを繰り返しているとワウ、と小さく鳴いたリオルに笑いかけられてぺろりと頬を舐められた。
「リオル……?」
『ツムギ、やっと名前呼んでくれた。僕を見て触ってくれた。嬉しい、ありがとうツムギ。』
「~~~~!」
その擽ったさと温かさと何より優しい瞳と声にまた決壊しそうになる涙腺をぐっと奥歯を噛みしめて堪え乱暴に涙を拭いリオルに笑いかけて、思い切り息を付いたら何だか息をするのが楽になって。
それで思った。
俺も、俺もポケモンバトルがしたい。
父さんや母さんのような。
あのポケモンが。
ポケモンバトルが好きで好きで堪らないという気持ちが伝わってくる夜空に瞬く星のようにきらきら輝く銀灰色の瞳を持つサブウェイマスターの二人のような、ポケモンバトルがしてみたい。
……出来ればリオルと一緒に。
――今からでも、まだ間に合うかな。
ここから初めても大丈夫かな。
そんな思いに後押しされるように座っていた電車のシートから立ち上がり、気が付いたら片方の手はリオルと繋いだまま両親とのバトルを終え談笑しているノボリさんとクダリさんのコートの裾をもう片手の手で握りしめていた。
「……あの……あのね、凄かった、です。凄く綺麗できらきらして、お星さまみたいでした!あの、俺……俺も、ポケモントレーナーになりたい!父さんや母さんみたいに。サブウェイマスターさん達みたいに、きらきらしたポケモンバトルがしてみたい!だからっ、その……。俺が、もしトレーナーになれたらっ、トレーナーとしてここに、リオルと……リオルと一緒に来ることができたらっ!その時は……!」
俺の行動に少しだけ目を丸くしている二人に構わずとにかく気持ちを伝えたくて必死に言葉を紡げばノボリさんとクダリさんがふっと微笑んで膝を折り、視線を合わせてくれた。
「ええ、その時は是非わたくし達とポケモンバトルをして下さいまし。」
「うん。その日を楽しみにしてるから。えっと……」
「――ツムギ! 俺の名前、ツムギって言うの! 」
なんだか凄く楽しくて笑いながら答える俺の様子に父さんと母さんが驚いたような、それでもどこか嬉しそうに笑ったのが見えた。
「――ツムギ、ですか。良い名前で御座いますね。貴方が成長し、トレーナーとなる日を楽しみにしていますね、ツムギ様、リオル。」
「うん!」
「ワウ!!」
ノボリさんにそう頷くとリオルもまた続いてくれて、隣を見ればやる気満々なリオルとまた目があってそれが嬉しくて仕方なかった。
「ならその日まで僕たちも頑張らないといけないね、ノボリ兄さん。ツムギ君がトレーナーになってリオルと一緒に来てくれた時がっかりされないようにさ。この二人、かなり手強くなりそうだよ?」
「そうで御座いますね、クダリ。」
そう笑いあってぽすんぽすんと頭に乗せられた二つの大きな手はどこまでも優しくてとても温くて、その心地良さにへにゃへにゃ笑ったまま頭を撫でられたのを今でも覚えてる。
その後はバトルに集中してて俺とリオルの一連のやり取りを全く見ていなかった父さんと母さんに説明しろって問い詰められたり、リオルだけずるいと言わんばかりにレントラーにのし掛かれられたりキルリアに抱きつかれたりという一悶着はありつつ。
その日から今までの価値観を百八十度変えてポケモントレーナを目指しだした俺を父さんと母さんは毎日のようにバトルサブウェイに連れていくようになった……のは良かったんだけど。
…………そうなってから最初に気が付いたのは俺の両親はポケモンバトルに関してはそんじょそこらのジムリーダーじゃ太刀打ちできないレベルの化け物だって事だった。
そんなんだからノーマルトレインは勿論、スーパートレインでさえもサブウェイマスターまで当たり前のように辿り着いていたし、ノボリさんとクダリさんとは下手したら週五日くらいのペースで会ってたと思う。
そんな風にたとえ短い時間でも同じ時間を過ごしていくうちに、俺の中では二人は尊敬するトレーナーで、目指すべき目標で、頼りになる兄貴分で。
……そして何よりも、大切で大好きな『兄さん達』になっていた。
だから……――。
「ツムギ、貴方はわたくしとクダリにとって『弟』で御座います。兄が弟を守り、助けるのは当然で御座いましょう。」
あの時と同じように俺の頭に置いた手で優しく頭を撫でてくれるノボリさんの温かい言葉と手に瞳を伏せる。
――分かってる。
俺が二人を慕うのと同じように二人が俺の事を『弟』って思ってくれてるって事くらい。
……でも。
「……でも。俺、兄さん達に俺のせいで怪我とかしてほしくない。」
小さく拳を握りながらそう告げた瞬間、するっと下ろされたノボリさんの手がクダリさんが摘まんでいる逆の頬を摘まんだかと思うと二人に同時に頬を軽く横に引っ張られた。
「ふぁっ……!? ふぃ、ふぃひゃ……!?」
痛みはほとんどないもののさすがに驚いて声を上げればさらに顔を見合わせた二人が同時に息を付く。
「……分かってないね。」
「ええ、分かっておりませんね。」
「ふぇ?」
先程同様摘まんだ俺の頬をむにむにと揉みながら頷きあう二人にきょとんとしていると、ふっと眉を下げたノボリさんがその仏頂面な口元に笑みを浮かべたノボリさんがさて、と改めて口を開く。
「とりあえずこの件は後に置いておきましょう。ツムギ、貴方にはこのピチューの事も含めて話したい事が沢山御座います。なのでこのままギアステーションの駅員室においで下さい。……貴方の話も聞かせて下さいまし。」
「俺の?」
「ああ。帰ってきたって事は、集まったんだろう? 八つ。」
「…………あっ!!」
クダリさんの言葉に当初の目的を思い出し、ハッと目を見開いた。