一話 彼。情けを知らず
とある山奥、一人の妖怪が生まれた。彼に親と言えるものはいず、地位も名前も知識もなかった。だが彼は圧倒的な力を持っていた。知識を持たない彼自身もこの力を理解せず、生きるため本能に従って使ってきた。幼くして圧倒的な妖力を持つ彼は下級妖怪達にとって格好の餌なのだ。それゆえ今日も、彼は大量の妖怪に囲まれていた。
「・・・。」
「******」
100は超えるであろう大小様々な妖怪が彼ににじり寄っていく。しかしこの中に上位に位置する妖怪は存在せず、言葉を扱える妖怪もいなかった。
「「「「********!」」」」
大量の言葉にならない叫び声とともに妖怪達が彼に襲いかかった。だが、
「・・・・・。」
彼が地面に手をかざすと、妖怪達の地面が突如形を変え、1匹残らず妖怪達を貫き、針山地獄を作り上げた。彼が生き残った妖怪がいないことを確認すると、針山は再び生き物のように動き出し、元の地面に戻って行った。その後彼は妖怪の死骸に近づき、それを喰らい始めた。本来妖怪は自分より下位の存在を食べない。なぜなら食べたところで自分の力になる妖力は微々たるものだからだ。しかし彼が喰らった数は常識をはるかに超えていた。今日のような数の妖怪を彼は毎日相手にしてきた、そして倒した妖怪はもれなく喰らい尽くした。結果として彼の妖力は他の妖怪と比べ物にならないほど膨大になった。今日も彼は妖怪を綺麗にたいらげた後寝床へと戻った。この後もこの生活を何の疑問もなく送り続け、妖力は限界を知らず上がり、最終的に妖怪達も束になろうと彼に勝てないことを理解し誰もその山に近づかなくなった。それからは何十年、何百年という時を独りで生き、彼は誰からも忘れ去られた。
長い年月が経ち、彼の住む山に再び妖怪が立ち入るようになってきた。彼にとっても好都合なことで見つけるたび捕らえては食べていた。彼は考えるということを知らなかったため何の疑問も持たなかったのだが、この頃から妖怪達の様子が変わっていた。まず、集団で彼を襲うことはなかった。そして1番の変化は彼を襲いにきた妖怪はいなかったことだ。ここ最近の妖怪は全て偶然通りかかっただけのもの達だけだった。そして妖怪を襲っては喰らい続けしばらくすると、かれと同じ人型の妖怪が現れた。背中から黒い羽が生えた烏天狗の男3人が彼の前に立っている。
「貴様がこの山の妖怪を喰らうものか。」
「ここで仕留めさせてもらう。」
「二人とも…参るぞ!」
どうやら烏天狗がこの辺りを住処にしようと考えたらしい。言うなれば彼らはこの山全体の安全を確認するための尖兵と言ったところだろう。しかし烏天狗の耳には彼の噂が届いているらしく、彼を前に油断は微塵もなかった。
「奴はどんな攻撃を仕掛けてくるかもわからない、まずは奴の攻撃を確認するぞ!」
「「はい!」」
3人のリーダーらしき天狗が指示を出すと、3人は別方向に飛び撹乱を試みた。
今まで通り彼が地面に手をかざすと地が動き天狗達に向かって鋭く伸び、うねり、どこまでも追いかけた。
「速度を落とすな!」
「もちろんです!」
「がっっっ⁉︎」
リーダーの天狗が声をかけると同時に一人の天狗が壁にぶつかった。しかしそれはおかしなことだった。何故ならそこは空中。壁なんてあるわけはないのだ。しかしそこには突如ガラスのような透明な壁ができていた。
「うぐぅ!」
そして、無慈悲にも彼に地面から生えた鋭いトゲが貫いた。
「参助!」
それが彼の名前だったのだろう。刺された仲間を見てもう一人の部下が名前を叫んだ。
「気を緩めるな!今奴に構っていると俺たちもやられるぞ!」
冷酷なようだが彼の判断は正しかった。今飛んでいる二人の天狗の前にもいくつも壁が生成されていた。そのたびに二人は壁を避け速度を落とさず飛び続けることで、確実に彼に近づいていた。
「こいつ!よくも参助を!」
残った部下の天狗が彼に一気に近づいた。しかしその瞬間
地面から天狗を中心とした四方に壁が地面から突出し、一瞬で天井を作ってしまった。そして中の天狗が何かを言おうと声を上げかけた瞬間、その声は苦痛に歪んだ声に変わり弱々しく消え果てた。ただしリーダーの天狗はその犠牲を無駄にはしなかった。
「確実に仕留めたぞ。弐助と参助の仇は打たせてもらう。」
背後から近づき彼の左胸を確実に貫いた…はずだった。
「なに…⁉︎」
彼が突き立てた刀に刀身はなく、その刀身は彼がつまむように手に持っていた。そして彼はその刀身を躊躇なく、天狗の胸に突き立てた。
「すまない…弐助…参助……無念。」
彼にとっては何の変わりもない日常である。今回は数の割には厄介だっただけで、虚しくも悲しくもない。しかしこの時期から、ようやく彼の運命が動き始めていた。