十一話 彼。商売を知らず
スキマを抜けるとそこには簡単に舗装された道に出た。近くに川が流れている。周囲に建物はないが道の先には小さく門が見える。おそらく藍が言っていた人里だろう。
「まずは家を建てるか。いや、その前にやることがあったな。」
俺は懐から包帯を取り出し左足に巻きつけた。俺の足はこうして外で生活するには目立つからな。古傷とか言って誤魔化してる方が楽だろうから妖夢からもらっておいた。
「新しい景色に心震えるものもあるが、やっぱり家だな。建築のことも藍から学んだし、木材も困ることはなさそうだな。」
土の形を巨大な刃物に変え宙に浮かし木に向かって思いっきり振り回す。後は木の形を整えるだけで木材が完成する。この調子なら日が暮れるまでには家ができそうだ。今の季節は冬だし、いつまでも外にいると凍え死んでしまう。
(少年建築中・・・)
思った通り一日で家は建てれた。一階は商売をするために商品を陳列する部屋とその奥に鉄を加工するための溶鉱炉などをおいた見よう見まねの鍛治部屋がある。二階を俺の居住スペースにした。と言っても家具は作ってないから寂しい部屋なんだけどな。ただ妖力の減りを感じる。紫の言っていた通り、底なしだった妖力は簡単に底をつくようになりそうだ。鉄を集めて作った釘も余ったし、商品も少しぐらいなら作れそうだが、日も暮れてきたし早めに寝る準備するか。とりあえず布団を合成繊維で作って、後はそうだな部屋に何もないのは寂しいし、棚とか机ぐらいは作るか。
よしできた。これで生活感も出てきたな。自由になっての初日は新しいものも大して見てないけど、まずは生活の最低限を確保するのは当然だからな。そういえば今日は何も食べてないな。まぁ飲まず食わずでも何ヶ月か死ぬ事はないだろうけど、何かを味わいたいな。明日中に商品を用意して、少しくらい収入が入るといいな。そしたら人里で買い物をしてみよう。人里まで商品を持っていくのもありか。そうだな、まずはこの店のことを知ってもらわないといけないしそういう宣伝から始めないとな。
なんだかこれからしばらくのことを考えてると、結構楽しそうな生活ができるんじゃないのか?本当にこれからが楽しみになってきた。そのためにも今日は眠ってしっかり休もう。明日からが本番だ!
朝か。朝ごはん…は何もないし、妖力は回復してるし作業開始だな。まずはそこら辺の土から鉄をかき集め形を整える。後は木材を加工して柄の部分を作り組み合わせれば包丁の完成。こんな簡単なものを商品にしようというのだから若干の罪悪感も感じるが、生活のためだ。別に悪いことするわけじゃないんだ。割り切ろう。この調子でじゃんじゃん商品を作って店を開いてしまおう。
(少年製作中・・・)
こんなもんだな。部屋の棚には包丁や鍋、他にもまだ幻想郷になかったおたまも作ってみた。この程度で幻想郷の技術が跳ね上がるわけじゃないし大丈夫だろう。後は飾り程度の日本刀を数本、飾りと言ってももちろん切れ味は最高のものだ。妖刀などの特殊な刀でもない限りは俺の作った刀より切れ味のいいものはない。理論上最も切れる形状を再現したからな。後は営業中の看板を立てれば営業開始だ。さて、どれくらいお客さんが来るかな。
「邪魔するぜ。」
最初のお客さんが入店してきた。金髪に白黒帽子に白黒の服を着た少女だ。片手には箒を持っている。俺は本で学んだお客さんに対応するための言葉遣いで話しかけた。
「いらっしゃいませ。」
「こんなところに金物屋ができてたなんてな。」
「今日開店したばかりなんですよ。あなたが初めてのお客様なので、記念にお安くしますよ?」
「本当か⁉︎ラッキー、それじゃあゆっくり見させてもらうか。」
手応えは悪くない。これなら何か買ってもらえそうだ。
「……この店の商品の値段高くないか?人里の方じゃこんなに高くないぜ?」
「この店の商品は全て一級品ですので、これだけの価値があると保証いたしますよ。決して損はさせませんよ。」
「本当か?それなら、そうだなこれにしよう。」
「包丁ですか。それは当店でも有数のオススメの商品ですよ。」
「それじゃ、貰ってくぜ!」
そういうと初めてのお客さんはドアを勢いよく開けて外に出て行った。
「ちょっ!お客様!お支払いは⁉︎」
「付けで頼む!」
「それだったら!せめてお名前は⁉︎」
「霧雨魔理沙ー!」
少女は箒にまたがり勢いよく飛んでいくと自分の名前だけ言い残して去ってしまった。
結局その後はお客さんは来ず、商品をまとめて人里まで足を運ぶことにした。
人里まで歩いて商品を運んだ。新参者である俺が飛んだり物を浮かして運んできたりっててのは辺な注目を浴びてしまうからな。さてここが人里か。門の側には門番がいるわけでもなくその扉は解放されていた。ある程度歩くとちょうどいい通りを見つけたのでそこに座り込み商品を並べた。さて、初日の売り上げはどんなものかな?
「これ、どこで手に入れたの?」
「え?」
俺が商売をしてる中、一人の少女がそんなこと聞いてきた。服からして巫女、なるほどこいつが博麗の巫女か。紫のお墨付きの実力者、そんな巫女は今俺に警戒心を向けながら鉄製品を指差している。流石にこいつに目をつけられると俺もただじゃ済まないだろう。しかし焦ってはいけない、冷静になるんだ。
「どうかなさいましたか?そちらは私が作った鉄鍋ですが。」
「あんた、妖怪でしょ。」
「……少し人目のつかないところに行きましょうか。」
「それで、妖怪が人里で商売なんて、何を考えてるのかしら?」
「何も考えていない。今日は俺の店を人里まで宣伝に来たんだよ。それ以上のことなんて一つも考えてない。」
「本当に?」
「本当だよ。それにここで騒ぎを起こせば、お前がすぐに動くんだろ?」
「当たり前よ。」
「俺も博麗の巫女と戦って勝てるとは思ってねえよ。」
「……わかったわ。」
「だが、俺が妖怪ってなんで気づいたんだ?あの商品にはもう妖気も妖力も宿ってないはずなんだが。」
「妖気の通った跡があったのよ。それにその足、妖気が常に渦巻いてるわよ。どうなってるの?」
流石博麗の巫女。俺の足にいち早く気づくとは。しかし紫の封印も完璧なようで俺の妖気を見てもそこまで危険とは思わないようだな。
「足か。そこは秘密にさせてもらおう。話せば長いし、今は早く売り場に戻りたい。」
「そう、それじゃあ最後に名前、聞いていいかしら?」
「智慧だ。」
「智慧ね。私は博麗霊夢よ。この里に私がいることを忘れないことね。」
霊夢からの警告を受け、俺は急いで売り場に戻った。
「これちょうだい。」
「それでしたら値段の方は…って霊夢、さっきあんな事あったのにしれっと買い物か。」
なるほど俺の商品を実際に買って使っていても安全なのかを確かめるのか。疑われるのはいい気分ではないがそこまでして里を守る心構えは素直に感心する。
「最近鍋が古くなってきたのよ。商品は良さそうだったし、何も企んでないんでしょう?」
違う、こいつ本当に買い物しに来ただけだ。俺の感心を返せ。
「まぁそうだけどさ、鍋なら一貫と五百文だな。」
「一貫と五百文⁉︎」
「まぁ今回は初売りだから五百文。」
「普段だと随分ぼったくるのね。」
「それだけ商品に自信があるってことさ。」
「それでも五百文…もう少し安くならないの?」
「うちは値切りお断りだよ。」
「…五百文よ。」
「まいどあり。」
霊夢は鍋を買いその場をあとにした。その後も人里での商売は思ったよりは順調だった。さっきと違って商品を全部開店セールと称して安くしていたので全体的にお客さんの食いつきも良かった。俺は手に入った収入でしばらくの分の食材を買って家に戻った。
「二日目終了。人らしい生活も送りたいし、料理ぐらいするか。」
野菜と豆腐を宙に浮かし一口サイズに切り分ける。鍋を用意し旨味成分を生成しそのままぶち込む。切ったものを鍋に入れ、熱を通せば簡単一人鍋の完成。我ながら手抜きだが一人暮らしってこんな程度のはず。
「随分お手軽な夕食ね。」
「紫。様子をみにくるとは言ってたが流石に早くないか?」
突然スキマが開き紫が現れた。やっぱり急に現れるとちょっと驚く。
「そんなこと言わないでよ。言い忘れてたこともあったし、そのついでにね。」
そう言いながら紫は机の前に座りこんだ。ちゃっかり夕食も食べて行くつもりだ。
「立派な家ね。あなたが建てたのかしら?」
「そうだけど、言い忘れてた事ってなんだ?」
「別にそんな真剣に聞く必要はないわ。あなたの封印に関する諸注意みたいなものよ。」
「諸注意か、とりあえず紫も食べるんだろ?食べながら話すか。」
俺は取り皿と箸を紫に渡し机を挟んで紫と向き合って座った。
「「いただきます。」」
一人分の鍋を二人で取り分けながら紫が話を始めた。
「あなたの封印なんだけど、身体に跡が残るのよ。自分では見えないところにあるから、一応私の口から説明しておこうと思ったの。」
「跡?そんなのどこにあるんだ?」
「え〜とちょっと待ってちょうだい。」
紫は俺の目の前にスキマを作り出した。
「ここに頭だけ入れてみて。」
「頭?こんな感じか?」
言われるがままスキマに頭を突っ込むとそこにはスキマに頭を突っ込んだ俺がいた。
「…なんとも滑稽で、複雑な気分なんだが。」
どうやらこのスキマは俺の背後に繋がっているようだ。こんな形で自分の背中を見る機会があるとは。
「いいから待ってて。」
そう言いながら紫は俺の肩に手をかけ着物を軽くはだけさせた。
「なるほど、これか。」
俺の背中の右肩。ちょうど肩甲骨のあたりにその跡はあった。刺青のように肌に三寸程度の円が書かれていてその中には文字…いや様々な形の模様が複雑に配置されている。
「確かに自分じゃ見えないな。」
見るべきものは見えたので俺はスキマから首を戻しその場に座り直した。
「前置きはこの程度で、これからが諸注意なんだけど。」
豆腐を掴みながら紫が次の話を始める。
「この幻想郷に、その封印を解く手段が二つ存在してるの。事故で解けてしまうことがないようにあなたにもその内容を理解して欲しいの。」
「わかった。それでその内容は?」
「一つは高等な術者がその封印を解いてしまうこと。これはどの封印にも通じて言えることだけど、私の封印式を解けるのなんて幻想郷には二人ぐらいしかいないわよ。」
「二人、そのうち一人はお前だろうな。」
「当然よ。私が封印をかけたんだから、解けないはずないわ。」
「それでもう一人ってのは?」
「博麗の巫女、あの子なら軽くやってのけるわ。一応気をつけておきなさい。」
「博麗の巫女…霊夢か。」
「あら、もうあったの?」
「商売してたらいきなり脅された。」
「あの子、時々妖怪にきついからね。」
互いに箸を進めながら話も進める。一人前だから減りが早いな。
「それで、もう一つは?」
「その肩の跡、それが身体から物理的に離れれば封印は解ける。」
「物理的に?」
「要するに、あなたの肩が吹き飛べば、あなたの肩のその跡も当然一緒に吹き飛ぶでしょう?」
「そうだな。」
「そうなってしまえば封印も解けるわけ。言ってしまえばあなたは肩の肉をえぐり取ればいつでも自分で封印を解けるの。」
「へぇ、肩は大事にしろってことか。」
「そういうことよ。昔みたいに身体の一部を犠牲にして戦うんじゃないわよ。」
「失うのはこの足だけで十分だよ。これから何かと戦うつもりもないし。」
話をしていると鍋の具材は豆腐を一つ残すだけとなっていた。紫は当然のようにその豆腐にも箸を伸ばしている。
「それなら良かったわ。それで、この箸は何かしら?」
俺は紫の箸を箸で妨害した。指先に力が入るので互いに腕が震えている。
「俺だって腹が減ったんだ。お前は昨日も三食きっちり食べだろうけど俺は一日何も食わなかったんだぞ。」
「こうして私が会えるのも不定期になるのよ。あなたの自慢の料理を私に味わってもらった方がいいんじゃないかしら?」
「タダ飯ぐらいが何様だ。」
「何百年も私の家でタダ飯食らってたのは誰かしら?」
会話をしながらも紫は箸の攻めを休まない。もちろん俺も豆腐を死守している。
「飯を用意してたのは藍だろ。それに俺だって何回お前のドレス直してやったと思ってるんだ?俺だってちゃんとあの家で働いていたんだ。」
互いの話と箸が拮抗する。このままでは拉致があかない。
「・・・仕方ないわ。分けましょうか。」
「それが一番だ。」
「紫が豆腐を二つに分けろ。それで俺がどちらかを選ぶ。それでいいな。」
理論上これが最もお互いに納得のいく分け方だ。文句はないだろう。
「はい、選んで?」
紫は箸で豆腐を分け俺に選択を促した。こいつ、寸分の狂いもなく二つに分けてやがる。
「とりあえず、こっち。」
俺は利き手に近い右の豆腐を掴んだ。紫は豆腐を取り皿に乗せなぜか俺が豆腐を口に入れるのを見つめている。
「どうかしたか?」
「なんでもないわ。気にしないで。」
「そうか、ならいいんだが。」
俺が豆腐を口の前まで持ってきた瞬間、俺の口にスキマが開いた。
「智慧にあーんしてもらっちゃったわね。」
「こんなにも腹立たしいあーんがあってたまるか。紫お前の豆腐をよこせ。」
こいつ、俺の口にスキマ開いて自分の口に接続しやがったな。無駄に器用なことしやがる。
「ご馳走さま。それじゃこれからも暇なら顔出したりするから、ご飯の用意もしててね。」
紫は最後の豆腐も自分の口に入れスキマに逃げ込んだ。結局最後の豆腐は紫に食べられてしまったか。