「………。」
「………。」
俺は今、一人の少女と向かい合っている。その少女は何を考えているのかその一点を見つめたまま沈黙が続いている。
当然だ。彼女は俺に対して有効打が何一つない。完全に手詰まりなのだ。相手は可愛らしい少女だ。しかし手加減するつもりはない。その少女にとどめを刺すべく最後の一手を打った。
「チェックメイトだ。」
俺の発言が沈黙を破った。少女は俺の言葉が真実なのかを確かめるため無言のまま思考を巡らせているようだ。そして、
「また負けた。智慧強すぎる〜!」
「ははは、ボードゲームは何度もやったからな。得意ゲームだ。」
チェスは将棋に似たゲームだからルールさえ把握すれば大体打つべき手はわかる。将棋は藍や紫と何度もやったからな。結局藍には惜しくも届かず紫には最後までコテンパンにされたまんまだったんだけどな。
「ちょっと休憩ー。頭疲れちゃった。」
遊ぶ?と聞かれたときはかなり焦ったけど本当に遊ぶだけで助かった。
「フラン、それじゃあちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「いーよ。なに?」
「外にある霧、知ってるか?」
「霧、なんのこと?」
「あれ、知らないのか?いやでも門番も明らかに警戒態勢だったし。」
「霧がどうかしたの?」
「この屋敷から霧が出てるんだよ。本当に何も知らないのか?」
「……私はなにも知らないよ。お姉さまもパチェも咲夜も、みんな私にはなにも言わないんだもん。私はいつも仲間外れ…。」
なんかどんどん名前が出てきたな。多分この館の住人たちだろうけど今はそれよりも。
「なんでフランは仲間外れなんだ?」
パチェと咲夜がどんな奴かは知らないがお姉さまがいるなら仲間に入れてもらえそうなものだと思うんだが。
「私は外に出るとなんでも壊しちゃうの。だから、この部屋から出たらだめなんだって。」
そう言ってフランが手のひらをギュッと握りこむとチェスの盤が粉々に砕けた。
たったこれだけの動作で壊れるとは。ひょっとするとフランは計り知れない程の能力を持っているのかもしれない。でもこれくらいなら
「フラン、俺と一緒に外に出てみないか?もしお前が何かを壊しても、俺がこうやって治してやるから。」
壊れたチェスの盤を戻してみせた。物ならいくら壊しても俺なら元に戻せる。
「駄目だよ。どれだけ治したって私が壊しちゃう。」
「それならそもそも壊させない。いつまでも怖がってちゃなにも変わらないぞ?」
「駄目なの!お姉さまもパチェも、みんなみんないなくなっちゃう!もうあんな思いしたくないの!」
「落ち着けフラン、能力さえ抑えればなんの問題もないんだろ?それなら大丈夫だ!」
様子がおかしい、チェスの盤を壊した時少なくとも手を握りこむという動作があった。
その動作がある限り能力の暴発は少ないはずだ。フランはなにを恐れているんだ?
「駄目なの、駄目なの!だって私…。」
「どうしたフラン?」
「私もう智慧を壊したいんだもん。」
そうやって笑ったフランの笑顔はさっきまでチェスをしていた時とは全く違うもので、その瞳は確かに俺を見ているはずなのにどこか虚空を見つめるように光を失っていた。
そうだな。一言で言うなら、狂った笑顔だった。
俺はフランは能力が制御できないのかと思っていた、だがそれはあまりにも甘い考えだった。能力なんてものじゃない、フランは…。
「心の制御ができてないんだ。」
「ねぇ智慧、私が壊しても智慧が治してくれるんだよね?」
狂った笑顔のままフランがそんなことを聞いてきた。
「あぁ。」
俺がそう答えるとフランは俺に向かって手をかざした。
「えい!」
そしてその手を握りこんだ瞬間、俺の左足が内側から破裂するように木っ端微塵に壊れた。座っていても片足がなくなるとバランスは崩れる。俺の視界が傾きその場に倒れた。
「嘘だろ?」
俺の足は俺の持つ知識をフル活用して作った物だ。チェスの盤とは訳が違う。そう簡単に壊れるはずがないのだ。それをこんな一瞬で。
「どうしたフラン⁉︎」
俺は急いで足を再生する。と言ってもあの足は複雑に編み込んだことで作り出したもの、簡単には再生できないので床から作った非常に簡素な足だ。
「ほんとに治してくれるんだ!それじゃあ智慧を壊しても大丈夫だよね!」
これはまずそうだ。俺は急いでフランから距離をとった。
「『〈禁忌〉クランベリートラップ』」
フランが使ったのはスペルカードだ。
「なるほど、弾幕ごっこか。」
俺は弾幕を回避するために体を宙に浮かした。
「この弾幕、濃いな。」
いくつかの魔法陣が発生しそこから大量の弾幕が発射されている。その上魔法陣は縦横無尽に動き回っている。弾の軌道が読みづらくなっている。
「『〈初弾〉弾幕製作』!」
防戦一方では埒があかない。床から弾幕を作り出し相殺する。しかしこれだとこちらの弾幕も壊されているので『台風の目』にも派生できない。
「『〈禁忌〉レーヴァテイン』!」
フランもより攻撃に転じるために次のスペルカードを繰り出した。大量の弾幕は消え去り、フランの手に巨大な炎の剣が現れた。成る程、近接戦か。
「『〈錬成一ノ符〉土之刃』!」
床から刀が生成されそれが俺に向かって飛んでくる。そしてその刀を手に取りフランに向かって構えた。
近接戦用のスペルを作っておいてよかった、と思ったのもつかの間
「うぉあ!フランお前どこにそんな力あるんだよ⁉︎」
レーヴァテインを刀で受け止めたが、その小さな体からは信じられないほどの圧倒的な力。少しでも気をぬくと一刀両断されそうな勢いだ。
「あははははは!すごいや智慧!まだまだ壊れないでね!」
フランの太刀筋ははっきり言って素人そのものだ。俺もそれなりに経験を積んだつもりだが、フランは力量で、俺の技量を上回っている。結局どのスペルカードを使っても俺の立ち回りは防御に偏っていた。
「まだまだ行くよ!『〈禁忌〉フォーオブアカインド』!」
フランが次のスペルカードを発動すると、なんとフランが4人に増えた。
「嘘だろ!」
1人でも精一杯なのに4人なんて相手できるわけない。くそっ!2人同時に切りかかってきた!
「すごいすごい!」
「まだまだ行けるよね!」
無茶言うな、こっちは両手で一本、左足で一本抑えてるんだ。右足は空いてるけどこっちは生身だから抑えようものならそのまま切られる。
そんな状態なのに三人目のフランがこっちに斬りかかってきている。
「『〈錬成ニノ符〉土之手』!」
今度近くの壁からから四本の腕を作り出す。そのまま肩にくっつけて合計六本。早速作った腕で三本目のレーヴァテインを受け止める。
「四人目は…どこだ⁉︎」
早々に切りかかってくると思ったが、姿が見当たらない。
「ここだよ。」
「なに!」
フランが現れたのは分身の後ろからだった。分身ごと俺を貫いてきた。
「があぁぁぁ。」
思わず情けない声が漏れる。しかし斬られた分身は霧のように消えたので先程作った手が空いた。俺は四本の手でレーヴァテインを掴んだ。
「つ、捕まえた…。」
多分だけどこいつが本物なんだろう。分身で俺の動きを封じた後に安全にとどめを刺す。危なかったがこれで少しは攻勢に移れるか。
「『妖力発電式電磁砲』!」
俺はさらに次のスペルカードを放つ。その場にある物質から発電機を作り出しその電気を相手に向かって放つ。すごい勢いでスペルカードを消費しているが出し惜しみしているようでは簡単にやられてしまう。
俺が放った電撃はフランの分身達を捉え本物だけが残った。しかし残りの妖力が少ない、何とかして戦いを終わらせないと負ける。
「落ちつけフラン…お前が何かを壊そうとしたなら俺が守ってやる。たとえ壊したって俺が治してやる。だから…」
「本当に…本当に守ってくれるの?私が壊そうとしたもの全部守って治してくれるの?」
フランが俺の話に耳を傾けた。
やっと冷静になったか?
「だったらこれでも壊れないでね!『QED 495年の波紋』!」
フランはレーヴァテインを引き抜き距離をとってさらにスペルカードを放った。
様々な場所から弾幕が波紋のように広がり俺を襲ってきた。もう妖力が少ない。空を飛ぶ力も尽き、俺は地に足をつけた。しかし能力で操ってた左足も動かない。腹にはレーヴァテインで抉られた穴が開いている。
「本当に…死んだかもな。」
スペルカードももう撃てない。妖力も体力もない。攻撃する手段は…ない。
QED、証明か。俺がフランを守ってやれる証明。それができればフランは正気を取り戻すのだろうか?それだったら…
「証明するしかないだろ!!」
俺が取った行動は回避だ。空を飛べなくても、片足が動かなくても、体が動く限り回避はできる。幸いこの弾幕の弾の一つ一つは小さい。できるだけ最低限の動きで、時には片足でジャンプし、時には地を這ってでも、体力のある限り弾幕を避け続けた。こんなかっこ悪い証明他にはないかもな。
でもスペルカードには時間制限がある。この時間いっぱい避けきれば何とかなるかもしれない。
「なんで、なんでなんでなんでなんで!!?!?」
時間が差し迫っているのか、フランから焦りが出だした。だがその分、弾幕も密度を増してきた。もはや体力もない、俺を動かしてるのは気力だけだった。
「なんでそんなに私との約束を守ろうとするの⁉︎私智慧にこんな酷いことしてるのに!」
もう少しで正気を取り戻しそうだな。もう一踏ん張りだ。
「俺にだってわからないけど、なんでかフランは俺に近いものを感じたんだ。それに、少しの間でも一緒に遊んだ、それだけでフランは俺の大切な友人だ!だから守る!」
「智慧…。」
腹の奥から大声で叫んだ。抉られた腹筋を使ったから腹から血が溢れる。気力ももうない、けど
「智慧ーー!」
弾幕は時間切れ、最後に俺に飛んできたのはフランだった。
せっかく飛んできてくれたのだがそれを受け止める力はない。俺はフランと一緒にその場に倒れた。
「ごめんなさい、もう壊さない…もう壊したくない。」
「気にすんな。だから…そうだな、霧のことお姉さまたちに一緒に文句言ってやろうぜ。仲間外れにするなって。」
「うん、頑張る。」
泣きながら俺に抱きついてきたフランの頭を撫でると、落ち着いたのか静かになった。
「あれ、寝ちゃった?」
そりゃそうか、さっきまであれだけ暴れたんだし、一気に疲れがきたんだろう。
我ながら、自分らしくないことしなぁ。こんなに熱くなったのは久しぶりだ。
「智慧、ありがとう。」
「ん?…寝言か。」
涙も止まり、幸せそうに眠っているフランの顔は、チェスをしていたときより、狂気に染まっていたときより、安らかで可愛らしい笑顔だった。
「熱くなった甲斐はあったかな。」
この顔を見て安心してしまい俺の中の何かが切れたように体が重くなり、眠気が急に来た。お姉さまに文句を言うのは、一休みしてからでいいだろう。