「あなたがこの山の主かしら?」
そこには紫のドレスに白い帽子、日傘をさした女性がいた。しかし何よりも特徴的だったのは彼女がよくわからないスキマの上に座って宙を浮いていたことだ。
「なんだ?外から来るなんて珍しいな。」
この山に何者かが来るなど滅多にない。彼の知る限りは慧音と蜘蛛が最後の来訪者である。
「話せるの⁉︎情報とは違うわね。」
「なんだ?質問しておいて失礼なやつだな。」
「さらに都合の悪いこともありえるわね。やっぱり封印させてもらうわ。」
「ふういん?なんのこと…!」
彼女が開いたスキマから巨大な岩石が飛んで来た。
「随分手荒な真似してくれるじゃないか。」
岩石は彼の目の前で急停止し宙に浮いていた。
「あなたがいると幻想郷のバランスが崩れるのよ。」
そう言いながら彼女はゆっくりと地面に降りて来た。
「ばらんす?難しい事ばかり言うな。悪いがまだ言葉は教えてもらってる最中なんだ。」
「教えてもらってるってことは、誰か仲間がいるのね。」
「勝手に話を進めるな!て言うか攻撃してくるな!」
彼女は一人考察を練りながらも常に彼に向かって大量の妖力の塊、言うなれば弾幕を発射し続けていた。
「これならどうだ!」
先ほどの岩石で守りを固めていた彼だったが、岩石を横へ吹き飛ばしたあと彼は腰に下げた天狗の刀を彼女に向かって投げた。刀は重力を無視して一直線に飛んでいった。
「こっちにも時間がないのよ。大人しくしてちょうだい。」
彼女が手を振り上げるとその軌道にスキマが現れ、刀はそのスキマに飲み込まれた。
「返すわ、何倍にもしてね。」
彼女がそう言うと先程より何倍も大きなスキマが現れその中から刀に限らず包丁や鎌などの刃物が大量に降り注いだ。
「それはどうも。」
しかし刃物はどれ一つ彼に傷つけることなく、宙に浮きスライムのように形を変えだした。やがてそれらは一つにまとまり一振りの大剣を形成した。
「面倒だ。」
彼女は再び大量の弾幕を展開したが、彼は大剣を振り回し弾幕を叩き切りながら一気に接近した。
「捕まえたわよ。」
彼が彼女に一撃を与えるために大きく踏み込んだ左脚は足元に突如現れた魔法陣から鎖が飛び出し拘束した。
「残念だがそっちは…」
彼は捕らえられた左脚を軸にもう一度右脚を踏み込み、トカゲの尻尾のように左脚を切り離した。
「もうないんだ。」
「え⁉︎」
身体の自由を取り戻した彼は大剣の面を彼女に向かって叩きつけた。攻撃をもろに受けた彼女は吹き飛ばされたが、片足となった彼もバランスが取れるわけがなくその場に倒れこんだ。
「どう言うつもりかしら。さっき私を切ることはできたはずよね。」
「…無闇に殺すと怒られるからな。」
「道徳を学んでいるのかしら…。わかった。少しあなたを信じてみるわ。話をしましょう。あなたに色々言葉を教えた人も交えてね。」
「わかった。だけど慧音には手を出すなよ。その時は本当に容赦しない。」
「も、もちろんよ。約束するわ。」
その一瞬だけ彼は彼女を威嚇し、その一瞬彼女は萎縮してしまった。
「おかえり…、て誰だその人は?」
「あなたが先生ってところかしら?私は八雲紫。話があってきたわ。」
「だそうだ。」
紫を寝床まで案内した彼は早速壁にもたれかかり、紫も近くに座り込んだ。
「えぇと、私は上白沢慧音だ。それで話とは?」
「そうね、まず慧音。あなたは彼の危険性を理解しているかしら?」
「彼の危険性?」
「知らないなら具体的に話させてもらうわ。あなたも聞いてちょうだい。」
「?わかった、聞くよ。」
「そうね、まずこの山についてなんだけど、少し前までは妖怪達の住処だったのよ。」
「妖怪達の住処?私が迷い込んだ時は追いかけられた蜘蛛以外には妖怪は見当たらなかったぞ。」
「そうね、彼がこの山に来るまではいろんな妖怪がいたのよ。けど、彼がこの山に来てからは一気に数が減ったわ。彼が食べ尽くしたからでしょうね。その上大量の天狗まで殺したとなるとあなたの危険性は幻想郷中に広まったわ。」
「彼が危険…。」
「慧音、あなたもわかってたはずよ。彼から発している妖気はただの妖怪のものじゃない。たくさんの色を適当に混ぜたような黒さ。純粋な黒でもなく、混じり合った黒よ。ある程度力があればその妖気はすぐ見抜かれる。そしてそんなのを目の当たりにした相手は人も妖怪も近づこうとなんてしないわよ。」
「だが、彼はもう簡単に妖怪を殺したりしないぞ。私もそれを教えたし、紫もこうして生きているんだ。」
「それはわかっているつもりよ。でも、頭の固い奴らはそんな簡単に済まさないわ。しばらくすればあなたを退治するために、天狗の全勢力でこの山に攻め込んで来るわ。」
「なに⁉︎」
「今彼を倒せるとそれは英雄になれるようなものだからね。天魔のやつもそれで私に借りを作りたくて必死みたい。それに天狗の全勢力を倒せたところで名誉を求めて人妖問わずこの山にはあなたを退治するためにやって来る日々が続くわ。どうやったって静かな生活は終わりよ。」
「それで…俺はどうなるんだ?」
「何にせよ二人ともこの山にはいられないわ。慧音もこのままいると天狗に何を聞き出されるかわかったものじゃないし。」
「それでこの山からは去らなくてはならないのか。だが、私たちはそれからどうなるんだ。」
「天狗がこの山には攻め込んで来るまでに一週間あるの。それまでにあなた達の移住先を用意するわ。」
「要するに私たちがこの山にいられるのは一週間。その後は紫が用意した移住先に済むわけか。」
「えぇ、それが私に出来る精一杯だわ。理解してもらえるとありがたいのだけど。」
「わかった。お前も納得してくれるな。」
「あぁ、だが俺から一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「俺と慧音はこれからも一緒に入れるのか?」
「残念ながら、それは無理な話よ。これから私が用意するのは慧音の移住先だけ。あなたはしばらく私の監視下にいてもらうわ。」
「そうか…。」
「悪いけど私はそろそろ帰らさせてもらうわ。慧音の移住先を探さないといけないし。」
そう言うと紫は早々にスキマへ消えて行った。静寂の中彼の顔は酷く寂しそうだったが、慧音はどこか吹っ切れた表情をしていた。
「さて、一週間か。このままここにい続けても何か変わるわけでもなかったし。これもいい機会だろう。」
「そうだな。あと、一週間か。」
「大丈夫、お前ならやっていけるさ。お前に教えるべきことはしっかり教えたんだ。」
「一週間…慧音、一つ頼んでもいいか?」
「なんだ?」
「一つ欲しいものがあるんだ。」
「?わかってると思うが私に手持ちはないから、渡せるものは限られているぞ。」
「名前が欲しいんだ。それだけでいい。」
「名前か。そうだな、考えておくよ。」
慧音はそう言って微笑んで見せた。
それから彼らの最後の一週間は短かった。彼が慧音から最後に山の外の常識を学んでいた。慧音はこの一週間辛そうな顔を見せなかったが、彼はずっと明るい顔をしなかった。そして紫が迎えに来る前夜。
「慧音、明日だな。」
「そうだな、私がいなくてもお前ならきっと大丈夫だ。彼女のところでも、山の外でも上手くやっていけるさ。」
「寂しくないのか?俺は…寂しい。」
しばらく慧音は黙り込んだが、彼は背を向けている彼女が少し震えていることに気づいた。
「・・・寂しいよ。私だってこんな急にお前と離れるなんて考えてもいなかった。」
「慧音、名前考えてくれたか?」
「あぁ、考えたが本当に私がつけていいのか?」
「慧音が良い。いや、慧音じゃないと嫌だ。例えどんな名前でも、俺はその名前と共に生きて、名前と共に慧音のことも忘れない。」
「
「智慧…いい名前だ。これで慧音の事はずっと忘れないよ。」
「そうか、私もお前のことは忘れない。忘れられるものか…。」
彼はそっと彼女の背中に抱きついた。少し前に急に抱きつかれて彼を叱った慧音だったがこの時は大人しく受け入れていた。しばらくこのままいると、慧音は眠りにつき、その寝息を確認すると彼も安心したように眠りについた。
彼はその日、いつもより早く目が覚めた。慧音は彼が眠っているうちにこちらを向き彼を抱きしめていた。慧音も目を覚ましたようで彼の顔を見て少し寂しげな表情を浮かべていた。
「おはよう。」
「おはよう。朝が来てしまったな。」
いつもと変わらない挨拶を交わしたが、彼らの顔は明るくはなかった。とうとう別れの日が来てしまったのだ。そしてその迎えは突如現れた。
「迎えにきたわ……よ。ごめんなさい、最後の夜だったものね。私の配慮が足りてなかった、出直すわ。」
「勘違いするな!間違いは起こっていない、なんの問題もないぞ!」
「・・・いやまぁ、この際あなたたちの関係を深く聞くのはやめておくわ。それより、用意はできてるかしら?できてなくても連れて行くけど。」
「用意はできてる、慧音も大丈夫だよな。」
「あぁ、覚悟はできてるさ。」
「いい返事が聞けて嬉しいわ。それじゃ慧音、あなたはこのスキマに入ってちょうだい。私が話を通してある人里に繋がってるわ。そこでどうやって過ごすかは、あなた次第よ。」
「話まで通してくれているのか。ありがたい限りだな。」
「慧音、今までありがとう。また…会おうな。」
「あぁ、また会おう。それじゃあな、智慧。」
慧音はそう言うと涙をこぼしながらスキマの中へ消えていった。
「・・・それじゃあ、俺も頼むよ。」
「えぇ、この中に入って。」
紫がスキマに入りその後を追うために智慧もスキマの前に立った。そして後ろを振り返りただの自分の寝床だった場所をしばらく見つめると、再び足を進めスキマの中へ入っていった。スキマが閉じる直前に寝床の出入り口がそこには何もなかったかのように閉じられ、彼の思い出の場所は暗闇に包まれた。
紫が山に来る少し前
「藍、もうすぐここに住む住人が増えるわ。部屋を用意しておいて。」
「かしこまりました。それで、その住人はいつ来るのでしょう?」
「今から連れて来るわ。よろしくね。」
「承知しました…え⁉︎今からですか。」
「それじゃあよろしくね〜。」