スキマの向こうにはそれなりに大きな石やら木やらの塊があった。あれが家ってやつなんだろう。
「俺はここで過ごすことになるのか。」
「そうよ。いくつか渡すものがあるからついて来なさい。」
そう言って紫はその家の中に入っていったので俺も後について行った。
「まずはこれ。いつまでも天狗の服着てないで、これを着てなさい。」
そう行って渡されたのは紺色の着物だった。見た目は悪くないし素直に着替えてみた。
「あなた、恥じらいを持ちなさいよ。」
「なんだ、似合ってないか?」
「慧音は何を教えてたのかしら…。」
よくわからんが俺はまだ勉強不足らしい。
「とにかく中に入って。あなたのこれからの生活について詳しく話すわ。」
「あぁ、ただその前に俺からも一ついいか?」
「何かしら?」
「智慧と呼んでくれ。慧音からもらった名前なんだ。」
「そう、いい名前ね。それじゃあ智慧、ついてきてちょうだい。」
それから案内されたのは何人か広々と座れそうな部屋だった。居間というらしい。床から何かいい香りがするな。
「おかしな匂いでもするかしら?」
「いや、床のこれからいい匂いがするからさ。」
「それは畳よ。そこにあるのは座布団。あなたが座るためのものだから、そこに座って。」
慧音からは文字を中心に習ったが俺はまだまだ知らないことが多いみたいだ。とりあえず座布団に座ると机とやらを挟んで紫が正面に座った。
「さて、これからのあなたの事について詳しく話すわ。」
「あぁ、頼む。」
「まず、あなたの妖気を封印するわ。これさえできればあなたも自由に暮らしていけるわ。」
「え、それだけで?それなら早く封印しよう。」
「そういう訳にはいかないのよ。あなたそのものを封印するのと、あなたの妖気だけを封印するのは勝手がずいぶん違うのよ。その妖気、いったいどれだけの妖怪を食べてきたのよ。」
今となってはあまり思い出したくない事だが、確か寝床の辺り一帯を覆うほどの妖怪の大小がほぼ毎日いて、どれくらい季節が巡ってたっけな?まぁそれを考慮して少なめに見積もっても…
「万は超えてるかな…。」
「はぁ、とにかく、それだけの妖気を封印するにはかなりの研究時間が必要なの。」
「具体的にどのくらいかかりそうなんだ?」
「少なくとも三百…いや五百年はかかりそうね。」
そんなにもかかるのか。
「そして、その間にやってもらうことがあるわ。」
そういって紫が隣に手をかざすと、そこからスキマが現れその中から大量の紙の束が落ちてきた。
「これは?」
「本よ。ここにいる間、これであなたの暇潰しと同時に知識を得てもらうわ。好きな本を読んでなさい。」
「おお!中にたくさんの字が書かれてる。ずっとこれを読んでたらいいのか?」
「それだけじゃないわ。これを作っておきなさい。」
そう言って紫が渡したのは何枚かの薄っぺらい紙だった。
「これは?」
「スペルカードよ。そこにあなたの考えた攻撃方法、厳密に言えば弾幕を設定するの。」
「弾幕?」
「こんな感じに妖力を練った球を大量に展開して戦うのよ。」
紫は右手から赤色の球を出して説明してくれた。
「悪いが俺、そうゆうのは無理だぞ。」
「あら?あなたほどの妖力があれば造作もないはずよ。」
「いろんな『物』は操れるがあくまで『物』だけだ。妖力とか霊力とかそういう『力』は操れないんだよ。」
「へぇ。あなたの能力は差し詰め、『物質を操る程度の能力』かしら。逆手に取れば、それ以外の特殊な能力は持ち合わせない。」
「確かにそんなところだな。お前みたいなスキマを使うのはもちろん、封印とかも全くもって俺の専門外だ。」
「まぁそれでも問題ないわ。あなたならその辺の空気を纏めて球にできるんじゃないの?」
「確かに。それくらいならできる。」
「それができれば大丈夫。要は球を作れたら良いのよ。」
「さて、こんなところか?」
「もう一つあるわ。この家には藍っていう私の式神がいるわ。今は仕事に行ってもらってるけど、その藍にもう一度、学を教えてもらいなさい。」
「わかったよ。」
「それじゃあ私はあなたの件を天狗に伝えないといけないのよ。藍が帰ってくるまでその本を読んで大人しくしててちょうだい。」
紫はそれだけ伝えるとそそくさとスキマへと入っていた。
「さてと、とりあえず藍とやらの帰りを待つか。」
「紫様、ただいま戻りました。」
どうやら藍が帰ってきたようだ。
「紫ならいないぞ。」
「そう言えばそうか。天狗に話をしに行ったんだったな。お前の話は聞いているよ。私は八雲藍。紫様の式神で、これからお前の事を指導するよう承っている。」
「俺は智慧だ。長い間世話になるみたいだから、これからよろしく頼む。」
「あぁ、お茶でもいれてくるから、少し話そうじゃないか。」
そう言って藍は部屋を出て行った。少し気になったので後を追ってみた。藍が水を火にかけていた。どうやらお茶をいれるにはお湯が必要みたいだな。
「ん?お湯が沸くのが早いな?」
「少し手伝わせてもらったぞ。察しはついてるだろうけど、それは俺の能力だ。」
「それは助かる。ちなみにどんな能力なんだ?」
「さっき紫が決めたばかりだが、物質を操る程度の能力だ。」
「便利な能力だな。まぁお湯が沸いたのならあとは早い。部屋に戻ろうか。」
俺が部屋に戻り、少し遅れて藍がお茶をいれるのに必要なものを持ってきた。席につくと緑に濁ったお湯を器に注いでいる。これがお茶と言うものなのか。
「苦いが、美味しいな。」
「それなら良かった。それじゃあ話をしようか。」
そこからの藍との会話は主には自己紹介だった。俺がこれまでどうやって生きてきたか、藍がどんなことができるのかなどだ。話が終わると家全体を案内されて、さらには俺個人の部屋まで用意されていた。紹介もそこそこに俺は部屋にこもりとりあえず本を読むことにした。藍が食事や学を教える時は呼び出してくれるようだし、この山のような本を読みきってしまおう。
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智慧を私の家にかくまった事で、今頃天狗達は目標の妖怪がいないことに焦ってるでしょうね。あの爺さんの慌てる顔が目に浮かぶわ。
「こんにちは、天狗さん達。そんなに集まって宴会でもするのかしら?」
私が再び智慧のいた山に顔を出すと、案の定そこには数え切れないほどの天狗がいた。けれど、天魔の爺さんはいないみたいね。今頃天狗の住処で指示だけ出したから踏ん反り返ってるんでしょうね。
「ふざけるなよ八雲紫!我々がこの山に攻め込むと知って先に手を出したな!」
おそらくこの軍勢を仕切っている若い天狗が怒りを露わにしていた。
「そんなに怒ることないでしょう。彼がいないのなら無駄な戦いがなくなるだけでしょう。」
「そ、それはそうだが…。」
全く、天魔の奴彼を倒して私に何を要求するつもりだったのかしら。
「天魔には私から話をつけてあげるわ。それじゃあ今日は解散よ、天狗さん達。」
「おい、待て!」
待てと言われて待つほど今の私は優しくない。私は再びスキマに入り今度は天魔の居場所へ移動する。
「邪魔するわよ。」
天魔のもとに行くと、やっぱりそこには天魔以外の天狗はほとんど気配を感じなかった。いるのはせいぜい緊急時に天魔を守るための数名といったところね。
「八雲紫…。わし達は今回もしてやられた訳か。」
「あら、何のことかしら?私は不毛な戦いを先に取り除いただけよ。」
「まぁいい。それで、お前一人であの妖怪は始末できたのか?」
「えぇ。あの妖怪には私から手を下したわ。これで幻想郷のバランスは元に戻る。」
「・・・お前、何か隠していないか?」
「隠してなんかないわよ。あの妖怪のせいでこれ以上被害が出る事はないわ。それこそ、被害が出た時は今回あなたがあの妖怪を倒して私に要求したかったことを飲み込もうじゃない。」
「流石は大妖怪。わしの考えなどお見通しという訳か。だがその言葉、忘れるなよ。」
「えぇ、それじゃあ私は早いうち退散するわ。そろそろ無駄足に終わった天狗も帰ってくるみたいだし。」
そう言って私はスキマへと入った。しかし天魔は油断できないわ。どうせ要求なんて天魔を中心とした天狗社会の発展なんでしょうね。智慧の退治は幻想郷のバランスを保つためだなんて言うつもりだったんでしょうけど、結局自らが支配者側になるチャンスがあれば見逃さないつもりじゃない。何にせよ藍には智慧の教育に力を入れてもらわないといけないわね。多少苛立っていたとは言え、今日は感情的に話してしまったわ。さて、次からはもっと慎重に彼がどうなったかを幻想郷の偉い人達に伝えないとね。
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「紫はまだ帰ってこないのか?」
「紫様はお前の後処理に追われてるんだ。まぁ今日中には帰ってこられるだろう。」
今俺は藍と食事を取っている。このお箸は使いにくくて仕方がないが、この料理は全てうまい。
「俺ってそんな有名だったのか?」
「紫様から聞かなかったのか?もう少しで天狗だけでなく里の腕利きの陰陽師もお前を倒す計画を立てていたぞ。あと、食べながら喋るな。飲み込んでから喋るんだ。」
味はいいんだが、食事もいちいち面倒だな。
「・・・ ゴクッ、まさに紙一重か。だが紫も俺を封印しに来たんだったな。」
「お前の情報は極端に少なかったんだよ。お前にあった妖怪はもれなく全て食われてたんだからな。容姿、性別、能力、全ては紫様が実際に訪れてから判明した。」
「そうだったのか。」
「だがそこでお前が交渉を持ちかけると言う想定外の事をしたからな。慧音という指導者がお前の危険性を下げたと、紫様は判断されたんだよ。あっ、こら!箸を刺すな!」
「絶対こっちの方が楽だろ…。外の食事は大変だな。」
「大変でもこれが常識だ。」
「う〜ん、まぁ頑張るよ。腹はいっぱいになったし、部屋に戻らせてもらう。」
「待った、食べ終わる時はもう一度手を合わせて『ごちそうさまでした』だ。」
席を立とうとしたが、これも勉強。俺は再び席に着き手を合わせた。
「ごちそうさまでした。」
「それでよし、後の片付けはやっておくから、部屋に戻ってもいいぞ。」
「片付けって、具体的に何をするんだ?」
「皿を綺麗にするんだ。お前もこの皿の上にまた料理が乗るなんて嫌だろう?」
綺麗にするか…美味いのは確かだったし、手伝うか。
「少し皿借りるぞ。」
俺は皿に手をかざし、皿を全て宙に浮かせ、消し去った。
「おい!綺麗にするって、皿ごと消してどうする⁉︎」
「落ち着いてくれ、こうやって気体まで分解してからくっつけ直すことで。」
空中に分解した皿を作り直す。こうする事で汚れはおろか目に見えない傷もなくなり、新品同様、いや新品以上の皿になるわけだ。
「す、すごい。こんな一瞬でこんな綺麗に。」
「喜んでもらえて何よりだ。それじゃあ俺は早速部屋を使わせてもらう。」
「構わないが、風呂はどうする?」
風呂か、入った事はないが身体についた汚れや老廃物は操って取れるから俺の身体は常に綺麗なんだよな。
「気が向いたら入るよ。今は本が読みたくてな。」
そう言って俺は用意された部屋に読みかけの本を持って戻っていった。
紫留守中の騒動
「智慧!窓ガラスを壊すな!」
「え?邪魔だったから…。」
「智慧!洗濯物手伝ってくれるのはいいが水分飛ばしすぎだ!パサパサどころじゃないぞこれ!」
「わ、わるい。」